「全く!君は馬鹿ですか?」
「……」
「いえ、言い方を間違えましたね。疑問でなく君は本当に馬鹿です」
観月は眉をつり上げうなだれている巴を見下ろす。
見下ろすといってもほんの数センチの差でしかない訳だが。
*そんなきみが…
現在ジュニア選抜の合宿に参加している彼らは
あいかわらず学校という垣根を越えて一緒に行動していた。
もっとも観月と巴というより、ルドルフスクール組と巴といったカンジだ。
青学の面々は多少複雑なところもあるようだが、
巴は一向に解しない。
そもそも他人の感情に恐ろしく鈍い━━━その被害者の筆頭は観月だろう。
単に怖くてしかし親切な先輩だと思われているのではないかと
寝ずに悩むこともしばしばだ。
そして今、巴がうなだれている現在もそれに振り回されている。
二人の足下には湯気の立った湯が広がっている。
そして巴の両足は裸足になっており、湿った靴と靴下は近くに転がっている。
状況から見ればお湯が足にかかったのは明白だ。
「まあ、いいでしょう。今はそれどころじゃありませんから」
「わわっ!」
そういうと巴を横抱き、いわゆるお姫様抱っこの状態で
キッチンカウンターに乗せ、シンクに足を降ろさせ凄い勢いで水を流す。
「つつつ冷たいです!それにイタイです~!観月さん!!!!」
巴は先ほどまでうなだれていたのも嘘の様にわめき散らす。
「自業自得です!それに君のためなんだから我慢しなさい!」
---
合宿はきわめてハードに行われているものの、
それに見合うように休憩時間もキッチリととられている。
15時ぴったりに彼らは休憩を言い渡され、
スクール組面々とお茶を飲むべく食堂にやってきた。
普段は観月セレクトの茶葉を彼本人が紅茶のルールに従いキッチリと入れるが
今日に限っては「たまには私にも入れさせてください!」と張り切った
巴がお茶を煎れるべく食堂横の厨房へと入っていった。
しばらくして金属音と高いところから落ちてきたような水音と沈黙。
皆なんだろうと色めき立ったが、奥から
「お騒がせしてスイマセン~」と巴の声がしたので気にもとめなかった。
また何か巴がドジなことをしでかしたのだろう程度だった。
しかし、何かが引っかかった観月は一人だけ巴の様子を見に行った。
まったく、目を離すとあぶなかっしくて仕方ない。
今度は何をしたというのだろうか。
厨房のドアをくぐり目にしたのは、足にお湯をかけ立ちつくしている巴。
あわてて靴と靴下は脱いでしまったらしい。
━━━呆れた。
観月は一瞬思考停止してしまった。
明らかに熱湯をかけてしまったというのにこの娘は何をしているのだろう。
隣の食堂にいるというのにこの自分に助けも求めず、
かといってすぐに冷やしたりといった応急処置をする訳でもなく立っている。
しかも、火傷の時は患部を覆った布などは取らずにそのまま冷やすのは常識だ。
いや、常識とは言わないまでも
すくなくともスポーツドクターを志す人間には必要な知識ではないのか?
それになにより、
とっさに助けを呼んだりしない位自分は信頼されていないのだろうか?
自分はこんなに心配しているというのに。
こいつは馬鹿か?
その感情はついつい声に出してしまうことになった。
---
「つくづく馬鹿ですね、君は。
こんなコトになっていたというのに何故黙って突っ立ってるんですか」
「だって、熱くて痛くてビックリして…」
「ビックリしたのはこっちの方です。
あまりのことに心臓やら胃やらも痛くなりましたね。
しかも、誰も呼ぼうとしないどころか平気を装ってましたよね」
「また迷惑かけちゃうかなー…って」
「誰が迷惑だなんて言いました?」
「だって観月さんすぐ怒るしー」
だって顔が怒ってるし。
こんなあからさまな表情の観月さんて珍しいし。
やっぱりちょっとこわいなーと思う巴。
もっともそれも嫌ではない様子。
「いつ怒ったって言うんですか」
「今」
「……」
あまりの巴の言い草に観月はフリーズ。
ただ水が勢いよく流れる音だけが響く。
まったく巴くんから出る言葉はびっくり箱みたいですね。
何が出てくるものだか分かったものじゃありませんよ。
それでも気を取り直して観月は話を続ける。
「そりゃ、怒りもしますよ。
処置が遅れて悪化でもしてテニスが出来なくなってしまったら
どうするというんですか?
しかも迂闊にも処置の方法は間違ってますし」
「そ、それは…そうですけど。
観月さんは私のテニスだけが心配なんですか?」
巴にはまるで自分自身の身体は心配じゃない様に聞こえ
少しふてくされる。
そんな巴の気持ちを察したのか観月は答える。
「当然心配ですよ。
僕を冷血人間か何かだと思っているんですか。
それでなかったらどうして僕がここにいると思うんですか?
君の身体に傷でも残ったらすぐに駆けつけなかったことを
悔やんでも悔やみきれませんよ」
少し声のトーンを和らげる。
それに巴もすこしほっとした表情を見せ、
それから一転して厳しい表情、深刻な表情で言葉を口に乗せる。
「私の身体に傷が残ったら━━━それで観月さんが悔やむんであれば、
責任をとってもらいますから、大丈夫です」
当然いぶかしげな表情を見せる観月。
話が読めない。
「責任?」
「はい。責任を取ってお嫁にとってもらいますから」
「━━━!!!」
観月の全身に動揺が走る。
もちろん、巴がそう言う目で自分を意識していたのは嬉しい。
少なくともただの他校の先輩、テニス友達ではない様だ。
鈍い巴でもそう言うことには聡いらしい。
しかし。
しかし、こういうコトは先手必勝で言うことでもない。
ましてや合宿所の厨房で火傷を冷やしつつなんて。
観月の美学としてはきちんとムードをつくって…
順を追って言って欲しい。
と、言うより男の自分が先に言いたかったコトだ。
少し悔しい。
悔しい、だから。
「じゃあ、傷にならなければ僕は責任を取らなくていいんですかね。
つまり━━━君を娶とらなくていいと」
お返しといわんばかりにイジワルを言ってみる。
「あっ…それは!その…」
あわてふためいて否定になる言葉を紡ごうとするが
なんと答えて良いか分からない巴は口をパクパクするばかり。
それは言葉の勢いで。
出来ることならどっちにしてもお嫁に行きたい。
傷跡云々は関係なく。
中学生の身でそんなこと考えるのは尚早だとは分かっているけど
今の自分の気持ちはそう言う風に固まっている。
未だお互いの気持ちを確固たる言葉で確認したことすらないけれど。
愛の言葉なんてお互い囁いたこともないけれど。
私は嫌ではないし、観月さんだって嫌ではないはず。
観月さんはイジワルだ。やっぱり性格悪いよね。
しみじみ巴はそう思った。
そう言うところも好きなのだけど。
「ちょっと傷つきましたね。
いえ、ちょっとどころではなく大ダメージですね。
心の傷として残りそうですよ……」
一つ大きく息をつき言葉を続ける。
「だから、その責任を取ってお嫁に来なさい。
どうせ、馬鹿な君にはお嫁のもらい手なんてある訳無し
願ったり叶ったりなんじゃないですか?
僕の心の傷を一生かけて癒してもらいますからね、覚悟しなさい」
問題の患部は水をかけっぱなしにしているせいですっかり冷え切っていた。
火傷どころかむしろ悴んでじんじんするほどだ。
しかし、巴は気づかない。
あまりの台詞に口を大きく開けたままだ。
そのとき、出しっぱなしの水に気付いた観月は水道栓を閉めこう言った。
「本当に君は馬鹿なんだって、つくづく思いますよ。
ほら━━━足が色を失っているじゃないですか。
君は本当に馬鹿ですね……僕がいないとなんにもできないんですから」
そう言うところも君の魅力の一つではあるんですけどね…。
観月はそう思ったけれども、
調子づけたら今回は事なきを得たものの本当に何をするか分からないので
言わないことにした。
END
「……」
「いえ、言い方を間違えましたね。疑問でなく君は本当に馬鹿です」
観月は眉をつり上げうなだれている巴を見下ろす。
見下ろすといってもほんの数センチの差でしかない訳だが。
*そんなきみが…
現在ジュニア選抜の合宿に参加している彼らは
あいかわらず学校という垣根を越えて一緒に行動していた。
もっとも観月と巴というより、ルドルフスクール組と巴といったカンジだ。
青学の面々は多少複雑なところもあるようだが、
巴は一向に解しない。
そもそも他人の感情に恐ろしく鈍い━━━その被害者の筆頭は観月だろう。
単に怖くてしかし親切な先輩だと思われているのではないかと
寝ずに悩むこともしばしばだ。
そして今、巴がうなだれている現在もそれに振り回されている。
二人の足下には湯気の立った湯が広がっている。
そして巴の両足は裸足になっており、湿った靴と靴下は近くに転がっている。
状況から見ればお湯が足にかかったのは明白だ。
「まあ、いいでしょう。今はそれどころじゃありませんから」
「わわっ!」
そういうと巴を横抱き、いわゆるお姫様抱っこの状態で
キッチンカウンターに乗せ、シンクに足を降ろさせ凄い勢いで水を流す。
「つつつ冷たいです!それにイタイです~!観月さん!!!!」
巴は先ほどまでうなだれていたのも嘘の様にわめき散らす。
「自業自得です!それに君のためなんだから我慢しなさい!」
---
合宿はきわめてハードに行われているものの、
それに見合うように休憩時間もキッチリととられている。
15時ぴったりに彼らは休憩を言い渡され、
スクール組面々とお茶を飲むべく食堂にやってきた。
普段は観月セレクトの茶葉を彼本人が紅茶のルールに従いキッチリと入れるが
今日に限っては「たまには私にも入れさせてください!」と張り切った
巴がお茶を煎れるべく食堂横の厨房へと入っていった。
しばらくして金属音と高いところから落ちてきたような水音と沈黙。
皆なんだろうと色めき立ったが、奥から
「お騒がせしてスイマセン~」と巴の声がしたので気にもとめなかった。
また何か巴がドジなことをしでかしたのだろう程度だった。
しかし、何かが引っかかった観月は一人だけ巴の様子を見に行った。
まったく、目を離すとあぶなかっしくて仕方ない。
今度は何をしたというのだろうか。
厨房のドアをくぐり目にしたのは、足にお湯をかけ立ちつくしている巴。
あわてて靴と靴下は脱いでしまったらしい。
━━━呆れた。
観月は一瞬思考停止してしまった。
明らかに熱湯をかけてしまったというのにこの娘は何をしているのだろう。
隣の食堂にいるというのにこの自分に助けも求めず、
かといってすぐに冷やしたりといった応急処置をする訳でもなく立っている。
しかも、火傷の時は患部を覆った布などは取らずにそのまま冷やすのは常識だ。
いや、常識とは言わないまでも
すくなくともスポーツドクターを志す人間には必要な知識ではないのか?
それになにより、
とっさに助けを呼んだりしない位自分は信頼されていないのだろうか?
自分はこんなに心配しているというのに。
こいつは馬鹿か?
その感情はついつい声に出してしまうことになった。
---
「つくづく馬鹿ですね、君は。
こんなコトになっていたというのに何故黙って突っ立ってるんですか」
「だって、熱くて痛くてビックリして…」
「ビックリしたのはこっちの方です。
あまりのことに心臓やら胃やらも痛くなりましたね。
しかも、誰も呼ぼうとしないどころか平気を装ってましたよね」
「また迷惑かけちゃうかなー…って」
「誰が迷惑だなんて言いました?」
「だって観月さんすぐ怒るしー」
だって顔が怒ってるし。
こんなあからさまな表情の観月さんて珍しいし。
やっぱりちょっとこわいなーと思う巴。
もっともそれも嫌ではない様子。
「いつ怒ったって言うんですか」
「今」
「……」
あまりの巴の言い草に観月はフリーズ。
ただ水が勢いよく流れる音だけが響く。
まったく巴くんから出る言葉はびっくり箱みたいですね。
何が出てくるものだか分かったものじゃありませんよ。
それでも気を取り直して観月は話を続ける。
「そりゃ、怒りもしますよ。
処置が遅れて悪化でもしてテニスが出来なくなってしまったら
どうするというんですか?
しかも迂闊にも処置の方法は間違ってますし」
「そ、それは…そうですけど。
観月さんは私のテニスだけが心配なんですか?」
巴にはまるで自分自身の身体は心配じゃない様に聞こえ
少しふてくされる。
そんな巴の気持ちを察したのか観月は答える。
「当然心配ですよ。
僕を冷血人間か何かだと思っているんですか。
それでなかったらどうして僕がここにいると思うんですか?
君の身体に傷でも残ったらすぐに駆けつけなかったことを
悔やんでも悔やみきれませんよ」
少し声のトーンを和らげる。
それに巴もすこしほっとした表情を見せ、
それから一転して厳しい表情、深刻な表情で言葉を口に乗せる。
「私の身体に傷が残ったら━━━それで観月さんが悔やむんであれば、
責任をとってもらいますから、大丈夫です」
当然いぶかしげな表情を見せる観月。
話が読めない。
「責任?」
「はい。責任を取ってお嫁にとってもらいますから」
「━━━!!!」
観月の全身に動揺が走る。
もちろん、巴がそう言う目で自分を意識していたのは嬉しい。
少なくともただの他校の先輩、テニス友達ではない様だ。
鈍い巴でもそう言うことには聡いらしい。
しかし。
しかし、こういうコトは先手必勝で言うことでもない。
ましてや合宿所の厨房で火傷を冷やしつつなんて。
観月の美学としてはきちんとムードをつくって…
順を追って言って欲しい。
と、言うより男の自分が先に言いたかったコトだ。
少し悔しい。
悔しい、だから。
「じゃあ、傷にならなければ僕は責任を取らなくていいんですかね。
つまり━━━君を娶とらなくていいと」
お返しといわんばかりにイジワルを言ってみる。
「あっ…それは!その…」
あわてふためいて否定になる言葉を紡ごうとするが
なんと答えて良いか分からない巴は口をパクパクするばかり。
それは言葉の勢いで。
出来ることならどっちにしてもお嫁に行きたい。
傷跡云々は関係なく。
中学生の身でそんなこと考えるのは尚早だとは分かっているけど
今の自分の気持ちはそう言う風に固まっている。
未だお互いの気持ちを確固たる言葉で確認したことすらないけれど。
愛の言葉なんてお互い囁いたこともないけれど。
私は嫌ではないし、観月さんだって嫌ではないはず。
観月さんはイジワルだ。やっぱり性格悪いよね。
しみじみ巴はそう思った。
そう言うところも好きなのだけど。
「ちょっと傷つきましたね。
いえ、ちょっとどころではなく大ダメージですね。
心の傷として残りそうですよ……」
一つ大きく息をつき言葉を続ける。
「だから、その責任を取ってお嫁に来なさい。
どうせ、馬鹿な君にはお嫁のもらい手なんてある訳無し
願ったり叶ったりなんじゃないですか?
僕の心の傷を一生かけて癒してもらいますからね、覚悟しなさい」
問題の患部は水をかけっぱなしにしているせいですっかり冷え切っていた。
火傷どころかむしろ悴んでじんじんするほどだ。
しかし、巴は気づかない。
あまりの台詞に口を大きく開けたままだ。
そのとき、出しっぱなしの水に気付いた観月は水道栓を閉めこう言った。
「本当に君は馬鹿なんだって、つくづく思いますよ。
ほら━━━足が色を失っているじゃないですか。
君は本当に馬鹿ですね……僕がいないとなんにもできないんですから」
そう言うところも君の魅力の一つではあるんですけどね…。
観月はそう思ったけれども、
調子づけたら今回は事なきを得たものの本当に何をするか分からないので
言わないことにした。
END
*from day to day
リボンタイって楽に出来ていたんだな…って思う。
鏡を見てため息。
ネクタイ、上手く結べない。
ルドルフに入学してしばらくは
見るに見かねて同じ寮の子が結んでくれていたけれど
ついに昨日「そろそろ一人で結ぼうね」と通告されてしまった。
それで昨夜、早川さんに相談したけれど「そんなの慣れよ」って一蹴された。
あとでネクタイの綺麗な結び方の本を貸してくれたけど、
(そう言うところが早川さんらしいというか…)
あまり役には立たなかったみたい。
要するに、私はネクタイ結びのスキルはゼロのようです。
お父さんはあんなにカンタンそうに結んでいたのになあ。
そう考えると全国のネクタイ男性達は凄い器用なんだね。
賞賛に値するよ。すくなくとも私にとっては。
特に観月さんなんて全く隙なく完璧に結んでいて神の領域だよ!
ちらっと時計を見るともうそろそろ寮を出る時間だった。
仕方ないのでよれよれの、かろうじて結ばれたネクタイ姿で寮を出る。
あーあ、こんな姿で観月さんと登校かあ。
お説教されるに決まってるんだから気が重い事ったら。
学校までの数駅が観月さんと私が過ごせる時間。
高校と中学で校舎は離れちゃうし、スクールの時はみんなが一緒で、
案外私たち二人だけっていう時間は少ない。
そんな貴重な時間は…甘く無くて…。
結局テニスの話とか生活態度なんかに対するお説教だったりするんだよね。
今日のネタはネクタイでキマリかなあ。
部活とかスクールのあとはノーネクタイで誤魔化していたけど
流石に朝っぱらからノーネクタイは無理だしね。
あ~。いつかは電車で見かける登校中の馬鹿ップルみたいに
ラブラブいちゃいちゃしてみたいよ!
今の私たちみたいに、まるで先生と生徒みたいじゃなくてね。
「━━━まったく君って人は!
女性なら身だしなみの重要性ぐらい当然わかっていますよね?」
電車内。
苦り切った表情で、案の定観月さんは私にそう告げた。
はい。わかってます。わかってるからこんなに悩んでるんですってば!
でも、結ぶとかそういうのは苦手なんですってば。
ちゃんと結べるものならば、出来ることならば、
完璧に結んで、むしろ観月さんを感嘆させるぐらい美しく結びたい。
それぐらいには悩んでいますよ。
わーん!
そして私は堪えているような表情を作ってみせる。
いや、本当に堪えているんだけどね。
予想していたこととはいえ、観月さんのキツイ一言はやっぱり重いもの。
せめて観月さんには私が傷ついたように見えるように。
だって怒った後の観月さんてとても優しいから。
まるでマシュマロを溶かしたココアのように甘いから。
観月さんに怒られるのは、本当に観月さんが好きだから辛いことだけど
それとは矛盾して怒られたい私が居るのも確か。
傷ついたようか私の表情を見て、観月さんは片眉を上げる。
動揺しているときの観月さんのクセ。
多分私だけが知っているクセ。
そして「仕方ないな」というような表情をして私にこう言った。
「……本当に君は仕方のない人ですね。
僕がいないと本当に危なっかしいんですから」
そして、すっと私の胸元に手を伸ばす。
----
いかにも観月さんらしいオトコらしくてそれで居て優美な手は
私のよれよれのネクタイを、
まるで壊れ物でも扱うかのように慎重に解いていく。
ちょうど胸の谷間の上あたり。
かすかに観月さんの手が触れたり、触れなかったり。
まるでこれから全部脱がされるかのような感覚に鼓動が激しくなる。
がたんがたんと揺れる電車。
まるで私の心と同調しているみたいに。
「あ、あの…」
「ジッとしていなさい、曲がっちゃいますから」
綺麗に解くと、今度はまた結びなおそうと手を動かしていく。
胸の上あたりのくすぐったさに赤面を隠しきれない。
春だから、頭がおかしくなってるのかな、私。
「そういうこと」に敏感みたい。
でも観月さんは、気づかない。
私は身体をかすかに掠められるだけでこんなに意識しちゃうのに。
手を握られたことも、
抱き上げられたことも、
テニス練習中にフォーム修正で触れられることもあるけれど。
それでも慣れない。
観月さんの身体と私の身体がこんなに近くにあること。
触れることを許される人、私に触れても良い唯一の人。
くすぐったさが堪らず、つい言ってしまう。
「…み、観月さん…あの、その、てっ手…が……む…」
それまで私のネクタイを結ぶために伏せられていた顔が上がる。
観月さんの肌は、女の私が羨むほどきめ細かく、白い。
でも今は、紅く上気している。
車内が暑い訳でもなく、発熱している訳でもなく。
少し目をそらし私に言う。
「少し黙っていられないんですか?君は。
そんなこと言われたら、僕も━━━その、意識してしまうでしょう?」
そしてまた作業に取りかかる。
けれども先ほどの流れるように動いていた手は少しぎこちない。
私の鼓動はさらに、さらに、高まって。
結んでくれている時間がまるで何時間にも感じて。
ネクタイを結び終えた観月さんの手が名残惜しげに見えたのは
私の気のせいかな。
「さ、結び終えましたよ。これでかんぺ━━━」
「きゃっ!」
キーッ。
ガクン。
そんな音を出しながら列車は急ブレーキをかけた。
『ただいまこの列車は異常信号を感知し急停車いたし………』
車掌のアナウンスも遠くに感じる。
それも当然で。
だって、世界は真っ白で、鼓動しか聞こえないし。
なぜならば計らずとも、私は観月さんの腕の中。
腕の中というか、
観月さんと私と電車のドアのサンドイッチ状態ってカンジ。
少女漫画お約束、観月さんの腕が必死に自分自身を支えているので
かろうじて私は観月さんの身体と周囲の人々に潰されなくて済んだみたい。
観月さんになら潰されても良かったんだけどなあと考えるのはイケナイ事かな。
出会って1年経ったけれども、
世間的にはどうやらカップルの分類にはいるらしいけれども、
こういった形で身体を寄せ合うのは初めてかもしれない。
合宿の時に抱き上げられたことは
私の意識がなかったのでノーカウントと言うことにして、だけど。
現段階では私たちには身長差がほとんど無い。
きっと普通なら彼の胸の中でドキッといったカンジになるんだろうけど。
私の場合、顔が近くてドキッとした。
私が少し顔を動かすだけで。
観月さんが少し顔を動かすだけで。
触れてしまう距離。
きっとこのまま手を観月さんの背中へと伸ばしたら、
それは世間では抱き合うという格好になってしまうのだろう。
してみたいけど、出来ない。
観月さんは今何を思っているのかな。
----
「すみません、大丈夫でしたか?」
耳元近くで観月さんの声。
あまりにも近すぎて頭にダイレクトに響いてくる。
高くなく、かといって低くもない綺麗な声。
ぞくぞくするような。
聞き慣れないその声の固さは、観月さんも緊張しているということ?
電車は止まったままで、車内の動きも落ち着いたけれど
私たちの体勢はそのまんま。
もちろん、私も緊張している。
足はがくがくするし、心臓はバクバクいっている。
声すら上手く出すことは出来ない。
顔ももちろん迂闊に動かすことは出来ない。
もし、触れてしまったら…?そう思うと恥ずかしくて怖い。
必死に横目で観月さんの表情を追う。
「だっ…大丈夫です…!」
驚いて思わず大きい声になってしまった。
私ったら人の耳元でなんて事を…!
でもそれは、観月さんにも責任があるんだから。
ちらりと窺った観月さんの横顔。
あの綺麗な顔で照れ顔って反則だと思う。
そういえば、昨年末のルドルフ合宿で好きな人の話をしたときにも見たけれども
紅い顔でなんて言っていいかわからないような表情の観月さんは、
それを見た私までなんだか照れてしまう。
ネクタイを結んでくれたときも、そんな表情だったけど
これだけ間近で見てしまうと凄い破壊力。
その照れの原因は私自身にあると思うとその威力は倍増。
私自身が観月さんにそう言う表情をさせているのだと思うと。
私ってばとっても観月さんのことが好きなんだなあ。
改めて実感しちゃったみたい。
「どうしました?顔が、赤いですよ?」
正面を向いたまま意地悪げに観月さんが囁く。
「観月さんこそ、どうしたんですか?」
お返しにと負けずに観月さんへと囁く。
そうすると、ふっと顔が柔らかに崩れ、緊張気味の顔は笑顔へと変わった。
「んふっ、おたがいさまですね」
くすくすと耳元でくすぐるように笑い出す観月さん。
私も、そうですねと釣られて笑い出す。
残念なことだけど、自然に私たちは身体を離した。
「残念ですけど、そろそろ駅に着きますからね。
この続きはまた今度誰もいないところで、ということで」
私は思わず物珍しいものを見る目で、もちろん顔は赤いままで
観月さんの顔をマジマジと見てしまう。
観月さんってこんなベタ甘な事を言う人だったっけ?
もちろん、とても言葉巧みな人だと言うことは知っているけれど。
こんなコトでも巧みに言葉を操ることが出来るなんて、
あんまり思ったことはなかったから。
ちょっと驚いた。
「誰も、いないところで、ですか?」
「おや?君は嫌でしたか?」
もちろん、そんなことはない。
全然。
観月さんのことは好きだし。
むしろバッチ来いなカンジで。
そんなことを言われるなんて、嬉しくて。
幸せで。
「なんというか…。観月さんがそんなことを言うとは思いませんでしたから。
効果的な一言がお上手なんですねえ」
ぴくっと、観月さんの肩眉が上がる。
あっちゃー…ちょっと何かマズイこと言っちゃったかなあ。
「効果的な一言が上手って……巴君……
僕だって、そんなコト言い慣れていませんよ。
むしろ僕こそそんなこと君に言われるとは思いませんでしたね。
心外です。本当に。
僕が他の誰かにもペラペラそんなこと言っていると思ってるんですか?」
えーと、思っていないんですけど…、驚いただけですってば。
でも観月さんには引っかかる一言だったんだね。
言い方が悪かったかなあ。
失敗したなあ。
「大体君は少々デリカシーに欠けるところがあります。
もうちょっと人のことを察するとか気を遣うとか━━━━━━」
どうやらお説教モードにスイッチを入れてしまったみたい。
一瞬甘いカンジになったから、今日こそラブラブ登校だと思ったんだけど。
せっかくの貴重な二人だけの時間は今日もお説教。
電車が駅に着くまで続いちゃうんだろうなあ。
あーあ。
「君、ちゃんと聞いているんですか?」
だんだん観月さんの声がいらだたしげになってきた。
はいはい。ちゃんと聞いてますよーだ。
あれ?
『僕が他の誰かにもペラペラそんなこと言っていると思ってるんですか?』
これって、私以外にはそんなこと言わないって意味だって
受け取っちゃって良いのかな?
「はい、ちゃんと聞いてますってば。
だけど残念ですけど、そろそろ駅に着いちゃいますから
この続きはまた今度誰もいないところで、ということで。
その時には、また私に言い慣れていないことを言ってくださいね、観月さん」
「……まったく……、君ってひとは……」
観月さんが脱力したように声を絞り出したところで、うしろの扉が開く。
END
リボンタイって楽に出来ていたんだな…って思う。
鏡を見てため息。
ネクタイ、上手く結べない。
ルドルフに入学してしばらくは
見るに見かねて同じ寮の子が結んでくれていたけれど
ついに昨日「そろそろ一人で結ぼうね」と通告されてしまった。
それで昨夜、早川さんに相談したけれど「そんなの慣れよ」って一蹴された。
あとでネクタイの綺麗な結び方の本を貸してくれたけど、
(そう言うところが早川さんらしいというか…)
あまり役には立たなかったみたい。
要するに、私はネクタイ結びのスキルはゼロのようです。
お父さんはあんなにカンタンそうに結んでいたのになあ。
そう考えると全国のネクタイ男性達は凄い器用なんだね。
賞賛に値するよ。すくなくとも私にとっては。
特に観月さんなんて全く隙なく完璧に結んでいて神の領域だよ!
ちらっと時計を見るともうそろそろ寮を出る時間だった。
仕方ないのでよれよれの、かろうじて結ばれたネクタイ姿で寮を出る。
あーあ、こんな姿で観月さんと登校かあ。
お説教されるに決まってるんだから気が重い事ったら。
学校までの数駅が観月さんと私が過ごせる時間。
高校と中学で校舎は離れちゃうし、スクールの時はみんなが一緒で、
案外私たち二人だけっていう時間は少ない。
そんな貴重な時間は…甘く無くて…。
結局テニスの話とか生活態度なんかに対するお説教だったりするんだよね。
今日のネタはネクタイでキマリかなあ。
部活とかスクールのあとはノーネクタイで誤魔化していたけど
流石に朝っぱらからノーネクタイは無理だしね。
あ~。いつかは電車で見かける登校中の馬鹿ップルみたいに
ラブラブいちゃいちゃしてみたいよ!
今の私たちみたいに、まるで先生と生徒みたいじゃなくてね。
「━━━まったく君って人は!
女性なら身だしなみの重要性ぐらい当然わかっていますよね?」
電車内。
苦り切った表情で、案の定観月さんは私にそう告げた。
はい。わかってます。わかってるからこんなに悩んでるんですってば!
でも、結ぶとかそういうのは苦手なんですってば。
ちゃんと結べるものならば、出来ることならば、
完璧に結んで、むしろ観月さんを感嘆させるぐらい美しく結びたい。
それぐらいには悩んでいますよ。
わーん!
そして私は堪えているような表情を作ってみせる。
いや、本当に堪えているんだけどね。
予想していたこととはいえ、観月さんのキツイ一言はやっぱり重いもの。
せめて観月さんには私が傷ついたように見えるように。
だって怒った後の観月さんてとても優しいから。
まるでマシュマロを溶かしたココアのように甘いから。
観月さんに怒られるのは、本当に観月さんが好きだから辛いことだけど
それとは矛盾して怒られたい私が居るのも確か。
傷ついたようか私の表情を見て、観月さんは片眉を上げる。
動揺しているときの観月さんのクセ。
多分私だけが知っているクセ。
そして「仕方ないな」というような表情をして私にこう言った。
「……本当に君は仕方のない人ですね。
僕がいないと本当に危なっかしいんですから」
そして、すっと私の胸元に手を伸ばす。
----
いかにも観月さんらしいオトコらしくてそれで居て優美な手は
私のよれよれのネクタイを、
まるで壊れ物でも扱うかのように慎重に解いていく。
ちょうど胸の谷間の上あたり。
かすかに観月さんの手が触れたり、触れなかったり。
まるでこれから全部脱がされるかのような感覚に鼓動が激しくなる。
がたんがたんと揺れる電車。
まるで私の心と同調しているみたいに。
「あ、あの…」
「ジッとしていなさい、曲がっちゃいますから」
綺麗に解くと、今度はまた結びなおそうと手を動かしていく。
胸の上あたりのくすぐったさに赤面を隠しきれない。
春だから、頭がおかしくなってるのかな、私。
「そういうこと」に敏感みたい。
でも観月さんは、気づかない。
私は身体をかすかに掠められるだけでこんなに意識しちゃうのに。
手を握られたことも、
抱き上げられたことも、
テニス練習中にフォーム修正で触れられることもあるけれど。
それでも慣れない。
観月さんの身体と私の身体がこんなに近くにあること。
触れることを許される人、私に触れても良い唯一の人。
くすぐったさが堪らず、つい言ってしまう。
「…み、観月さん…あの、その、てっ手…が……む…」
それまで私のネクタイを結ぶために伏せられていた顔が上がる。
観月さんの肌は、女の私が羨むほどきめ細かく、白い。
でも今は、紅く上気している。
車内が暑い訳でもなく、発熱している訳でもなく。
少し目をそらし私に言う。
「少し黙っていられないんですか?君は。
そんなこと言われたら、僕も━━━その、意識してしまうでしょう?」
そしてまた作業に取りかかる。
けれども先ほどの流れるように動いていた手は少しぎこちない。
私の鼓動はさらに、さらに、高まって。
結んでくれている時間がまるで何時間にも感じて。
ネクタイを結び終えた観月さんの手が名残惜しげに見えたのは
私の気のせいかな。
「さ、結び終えましたよ。これでかんぺ━━━」
「きゃっ!」
キーッ。
ガクン。
そんな音を出しながら列車は急ブレーキをかけた。
『ただいまこの列車は異常信号を感知し急停車いたし………』
車掌のアナウンスも遠くに感じる。
それも当然で。
だって、世界は真っ白で、鼓動しか聞こえないし。
なぜならば計らずとも、私は観月さんの腕の中。
腕の中というか、
観月さんと私と電車のドアのサンドイッチ状態ってカンジ。
少女漫画お約束、観月さんの腕が必死に自分自身を支えているので
かろうじて私は観月さんの身体と周囲の人々に潰されなくて済んだみたい。
観月さんになら潰されても良かったんだけどなあと考えるのはイケナイ事かな。
出会って1年経ったけれども、
世間的にはどうやらカップルの分類にはいるらしいけれども、
こういった形で身体を寄せ合うのは初めてかもしれない。
合宿の時に抱き上げられたことは
私の意識がなかったのでノーカウントと言うことにして、だけど。
現段階では私たちには身長差がほとんど無い。
きっと普通なら彼の胸の中でドキッといったカンジになるんだろうけど。
私の場合、顔が近くてドキッとした。
私が少し顔を動かすだけで。
観月さんが少し顔を動かすだけで。
触れてしまう距離。
きっとこのまま手を観月さんの背中へと伸ばしたら、
それは世間では抱き合うという格好になってしまうのだろう。
してみたいけど、出来ない。
観月さんは今何を思っているのかな。
----
「すみません、大丈夫でしたか?」
耳元近くで観月さんの声。
あまりにも近すぎて頭にダイレクトに響いてくる。
高くなく、かといって低くもない綺麗な声。
ぞくぞくするような。
聞き慣れないその声の固さは、観月さんも緊張しているということ?
電車は止まったままで、車内の動きも落ち着いたけれど
私たちの体勢はそのまんま。
もちろん、私も緊張している。
足はがくがくするし、心臓はバクバクいっている。
声すら上手く出すことは出来ない。
顔ももちろん迂闊に動かすことは出来ない。
もし、触れてしまったら…?そう思うと恥ずかしくて怖い。
必死に横目で観月さんの表情を追う。
「だっ…大丈夫です…!」
驚いて思わず大きい声になってしまった。
私ったら人の耳元でなんて事を…!
でもそれは、観月さんにも責任があるんだから。
ちらりと窺った観月さんの横顔。
あの綺麗な顔で照れ顔って反則だと思う。
そういえば、昨年末のルドルフ合宿で好きな人の話をしたときにも見たけれども
紅い顔でなんて言っていいかわからないような表情の観月さんは、
それを見た私までなんだか照れてしまう。
ネクタイを結んでくれたときも、そんな表情だったけど
これだけ間近で見てしまうと凄い破壊力。
その照れの原因は私自身にあると思うとその威力は倍増。
私自身が観月さんにそう言う表情をさせているのだと思うと。
私ってばとっても観月さんのことが好きなんだなあ。
改めて実感しちゃったみたい。
「どうしました?顔が、赤いですよ?」
正面を向いたまま意地悪げに観月さんが囁く。
「観月さんこそ、どうしたんですか?」
お返しにと負けずに観月さんへと囁く。
そうすると、ふっと顔が柔らかに崩れ、緊張気味の顔は笑顔へと変わった。
「んふっ、おたがいさまですね」
くすくすと耳元でくすぐるように笑い出す観月さん。
私も、そうですねと釣られて笑い出す。
残念なことだけど、自然に私たちは身体を離した。
「残念ですけど、そろそろ駅に着きますからね。
この続きはまた今度誰もいないところで、ということで」
私は思わず物珍しいものを見る目で、もちろん顔は赤いままで
観月さんの顔をマジマジと見てしまう。
観月さんってこんなベタ甘な事を言う人だったっけ?
もちろん、とても言葉巧みな人だと言うことは知っているけれど。
こんなコトでも巧みに言葉を操ることが出来るなんて、
あんまり思ったことはなかったから。
ちょっと驚いた。
「誰も、いないところで、ですか?」
「おや?君は嫌でしたか?」
もちろん、そんなことはない。
全然。
観月さんのことは好きだし。
むしろバッチ来いなカンジで。
そんなことを言われるなんて、嬉しくて。
幸せで。
「なんというか…。観月さんがそんなことを言うとは思いませんでしたから。
効果的な一言がお上手なんですねえ」
ぴくっと、観月さんの肩眉が上がる。
あっちゃー…ちょっと何かマズイこと言っちゃったかなあ。
「効果的な一言が上手って……巴君……
僕だって、そんなコト言い慣れていませんよ。
むしろ僕こそそんなこと君に言われるとは思いませんでしたね。
心外です。本当に。
僕が他の誰かにもペラペラそんなこと言っていると思ってるんですか?」
えーと、思っていないんですけど…、驚いただけですってば。
でも観月さんには引っかかる一言だったんだね。
言い方が悪かったかなあ。
失敗したなあ。
「大体君は少々デリカシーに欠けるところがあります。
もうちょっと人のことを察するとか気を遣うとか━━━━━━」
どうやらお説教モードにスイッチを入れてしまったみたい。
一瞬甘いカンジになったから、今日こそラブラブ登校だと思ったんだけど。
せっかくの貴重な二人だけの時間は今日もお説教。
電車が駅に着くまで続いちゃうんだろうなあ。
あーあ。
「君、ちゃんと聞いているんですか?」
だんだん観月さんの声がいらだたしげになってきた。
はいはい。ちゃんと聞いてますよーだ。
あれ?
『僕が他の誰かにもペラペラそんなこと言っていると思ってるんですか?』
これって、私以外にはそんなこと言わないって意味だって
受け取っちゃって良いのかな?
「はい、ちゃんと聞いてますってば。
だけど残念ですけど、そろそろ駅に着いちゃいますから
この続きはまた今度誰もいないところで、ということで。
その時には、また私に言い慣れていないことを言ってくださいね、観月さん」
「……まったく……、君ってひとは……」
観月さんが脱力したように声を絞り出したところで、うしろの扉が開く。
END
ネクタイをきゅっと結ぶ。…結んだつもり。
初めて結ぶからよれよれ。何とか形にはなったけど。
たかがネクタイを結ぶだけで30分もかかってしまい、
既に寮を出るタイムリミット寸前だ。もう一度自分の姿を鏡に映して確認。
初めて着る聖ルドルフ学院の制服。糊が目一杯利いていてまだぎこちないカンジ。
「やばっ!早く出なくちゃ観月さん待たせちゃう!」
*甘いアナタ
ふと我に返って慌てて朝食も取らずに寮を飛び出す。
登校初日から全力疾走とは先が思いやられるなあ。
そう、今日が始業式。
去年中学生になったばかりだというのに、また再び新入生。
そんなわけで、色々手続きをやらねばならず
今日は早川さんや他の寮生よりも早く登校しないといけなくて。
ただ先日、その事を観月さんに伝えると、
「私が推薦をした以上、責任を持って学校までお送りしますよ。
━━━いきなり迷子になっても困りますし」
と、相変わらず心配性のお母さんのような物言いで
学校まで送ってもらうことが決定した。
しかし、いきなり迷子って…。
ふだん観月さんが私のことをどう思っているのかよくわかるね。とほほ。
心配している事も同時によくわかってその点だけは嬉しいんだけど。
待ち合わせの最寄り駅に着くと当然の事ながら、観月さんが待っていた。
「やっぱり走ってくると思いましたよ」
あきれ顔で、呼吸を整える私を見ている。
もしかしてこんな事まで計算通りですか…。
段々呼吸が整ってきてふと顔を上げた私の前に白い袋が差し出された。
「何ですか?これ?」
「……あなたは初日から朝ご飯抜きで登校するつもりですか」
袋を開くとコンビニおにぎり2個とお茶のペットボトル。
わあ、観月さんちゃんとわかっていらっしゃる!
…って、ここまでバレバレですか!
そんなに私って分かり易いのかなあ。
「さ、電車が来るまであと5分しか有りませんよ、早く食べて」
やっぱり観月さんはお母さんみたいだ。
多分本人に言うとムッとした表情で「やめてください」って言うんだけど。
そのあと「ちゃんと異性として好意を抱いてますよ」って伝えると
大抵普段見せない、何のたくらみもなさそうな笑顔を私には見せてくれるから
そして「私もですよ」ってぎゅっとしてくれるだろうから。
やっぱり、言っちゃおうか。
「観月さんて、お母さんみたいですよね?」
結局、朝ご飯を食べるタイミングは逃しちゃったみたい。
END
初めて結ぶからよれよれ。何とか形にはなったけど。
たかがネクタイを結ぶだけで30分もかかってしまい、
既に寮を出るタイムリミット寸前だ。もう一度自分の姿を鏡に映して確認。
初めて着る聖ルドルフ学院の制服。糊が目一杯利いていてまだぎこちないカンジ。
「やばっ!早く出なくちゃ観月さん待たせちゃう!」
*甘いアナタ
ふと我に返って慌てて朝食も取らずに寮を飛び出す。
登校初日から全力疾走とは先が思いやられるなあ。
そう、今日が始業式。
去年中学生になったばかりだというのに、また再び新入生。
そんなわけで、色々手続きをやらねばならず
今日は早川さんや他の寮生よりも早く登校しないといけなくて。
ただ先日、その事を観月さんに伝えると、
「私が推薦をした以上、責任を持って学校までお送りしますよ。
━━━いきなり迷子になっても困りますし」
と、相変わらず心配性のお母さんのような物言いで
学校まで送ってもらうことが決定した。
しかし、いきなり迷子って…。
ふだん観月さんが私のことをどう思っているのかよくわかるね。とほほ。
心配している事も同時によくわかってその点だけは嬉しいんだけど。
待ち合わせの最寄り駅に着くと当然の事ながら、観月さんが待っていた。
「やっぱり走ってくると思いましたよ」
あきれ顔で、呼吸を整える私を見ている。
もしかしてこんな事まで計算通りですか…。
段々呼吸が整ってきてふと顔を上げた私の前に白い袋が差し出された。
「何ですか?これ?」
「……あなたは初日から朝ご飯抜きで登校するつもりですか」
袋を開くとコンビニおにぎり2個とお茶のペットボトル。
わあ、観月さんちゃんとわかっていらっしゃる!
…って、ここまでバレバレですか!
そんなに私って分かり易いのかなあ。
「さ、電車が来るまであと5分しか有りませんよ、早く食べて」
やっぱり観月さんはお母さんみたいだ。
多分本人に言うとムッとした表情で「やめてください」って言うんだけど。
そのあと「ちゃんと異性として好意を抱いてますよ」って伝えると
大抵普段見せない、何のたくらみもなさそうな笑顔を私には見せてくれるから
そして「私もですよ」ってぎゅっとしてくれるだろうから。
やっぱり、言っちゃおうか。
「観月さんて、お母さんみたいですよね?」
結局、朝ご飯を食べるタイミングは逃しちゃったみたい。
END
ターミナル駅前。大きな交差点を二人は渡る。
雑踏の中、気づいたら自然に手を繋がれていた。
巴はビックリして自分に繋がれた手の先━━━観月を見つめる。
色素薄目の整った顔立ちはいつもと相変わらず冷静な表情だ。
「…?巴くん、どうかしましたか?」
巴の驚いた表情に観月は不審に思い問いかける。
「ああ、手…嫌でしたか、スミマセンね」
巴が手を繋ぐのを嫌がっていると考え、観月は慌てて繋いだ手を解こうとする。
もちろん、巴は嫌だった訳じゃないのでそれを阻止する。
観月の手をきつく握りしめることによって。
「あ!違うんですよ………い、嫌じゃありませんてば」
恥ずかしそうに観月の誤解を解こうと声を出す。
「わかりましたよ…そんなに力を込められては解けるものも解けませんよ。
だいたいキミは自分の握力をちゃんと把握しているんですか?
女子にしては強すぎるんですから加減してください」
「ああっ…すいません!…痛かったですか?」
巴の申し訳なさそうな表情に満足して観月は笑う。
「んふっ。痛くはないですよ…冗談です。ボクだって男ですよ?
好きな女性に手を握られて痛みを感じる訳がないでしょう?」
好きな女性…もしかしてもしかしなくても、私のことなんだろうか。
今観月さんの手を握っているのは自分で。 なんだかドキドキしてきた。
巴の血圧も脈拍も上昇中。
観月さん、今日はいつもとなんだか違うような気がする。
表情は至って冷静。 声は落ち着き払っている。
だけれども、この人はいつもは急に手を繋いだりしないし
さらっと甘い言葉をささやけるような人じゃない。
そうだと思っていたんだけれど、どうやら違ったらしい。
ともかく今日は違うようだ。
「ほら、人が多いですから、はぐれちゃいますよ」と手を繋ぎなおして
先ほどの言動は何でもないことだったように
普通通りの顔をして観月は隣を歩く。
巴は動揺を隠しきれなくてちらちらと横目で何度も観月を追う。
意識しすぎたのか、気づいたら少し手を引かれる格好になっていて、
あっと思った時には観月は自然に歩む速度を落として再び横に並ぶようになった。
女性をエスコートする男性としては理想的な態度だ。
そして、人並みを上手く避けて歩いていく。
うわー。どうしちゃったんだろう。
なんだか本当にいつもと違う人みたいだ。
もちろんいつも格好良いけど、今日はなおさらよく見える。
ああ、どうしよう、あまりにもドキドキしすぎて体温まで上昇してる。
あ、手!手に汗かいちゃうかも…どうしよう。
その事に気付き、巴はやや挙動不審な動きになる。
その動きに普段から巴の挙動に慣れている筈の観月も
怪訝そうな顔になり、彼女を窺う。
「……どうしたんですか?なにか?」
「え…だっだって、今日の観月さん、なんか違いますよ」
思い切って考えていたことを素直に口にする。
その素直さが巴の良いところだ。
観月もその率直さに惹かれていたので気分を害することはない。
「んふっ。そうですか?」
それどころか上機嫌のようだ。
その理由が分からない巴は脳内疑問符でいっぱいになる。
「まあ、そんなところで不思議そうな顔をしないでもう少し歩きましょう。
もうすぐ、目的地に到着するんですから
━━━ほら、目の前に緑色の看板が見えるでしょう?」
今日の二人の目的は買い物だ。
スポーツ雑貨と、合宿に備えての細々としたもの、
そう言ったモノが一気に揃う雑貨のデパートとも言うべきビルが目標だ。
普段は学校近くの大手スポーツ用品店に下校途中に寄ったりするのだが、
久し振りに日曜日の練習がないため、
大きな所へ買い物に行こうということになった。
そして電車を乗り継いで人々が多く集う街へとやってきた。
よくよく考えると、そこは多くのカップルのデートコースでもある。
そういえば、観月さんとこういったところに二人っきりで来るの初めてだなあ。
朋ちゃん達とか女友達となら来たことはあるんだけど。
巴はぼんやり考える。
━━━コレって、デートっぽいよね。普通に。
手を繋いで、繁華街でショッピングで。
二人とも制服でもジャージでもないし。
そういえば私服の観月さんて久しぶりに見るなあ。
あっ、ヤダまたドキドキしてきたみたい。
もう一度観月の横顔をそろっと窺う。 やっぱり冷静そうな横顔。
観月さんはコレがデートみたいだって事、気づいてないのかな。
意外とテニス馬鹿的なところがあるもんねえ。
そんなことをつらつらと考えていると目的地に到着した。
白を基調とした広い入り口に差し掛かったときに、
再び思ったことを口に出してみた。
「ねえ、観月さん。私思ったことがあるんですけど」
「はい?なんですか、思った事って?またなにか突飛なことですか」
巴が何を言い出すか分からず、心底不思議そうな表情を観月は見せる。
そして、ちゃんとした話だと思ったのか入り口の端に巴を導き
他の客の邪魔にならないように話を聞く体勢に入る。
手を繋いだままということには二人は気づかない。
それぐらい自然に繋いでいて違和感がないということか。
「あ、そんなにたいした話じゃないんですけどね。
ほら、私たちって、今日はデート中のカップルに見えるんじゃないかと思って」
「……!!!デ…デート…ですか?」
急に精神的に揺れが見え出す観月。
ああ、こういうカンジの方が観月さんっぽいよねと巴は逆に冷静になる。
いつも余裕綽々っていうよりも、少し余裕ありげで余裕なさそうな方がイイ。
巴は観月のそういうところがちょっと可愛いなあと思うようにもなっていた。
「まあ、考えなくもなかったですけどね…」
態勢を立て直そうと、動揺を抑えようときわめて冷静を装う努力をする。
もちろん、観月とてデートだと思わなかった訳じゃない。
むしろ、逆に買い物にかこつけてデートに誘っていた訳なのだが
流石に巴はそこまで考えが及ばなかったらしい。
無邪気に思いついたことを観月に告げているだけだ。
しかし、図星には違いないのでその事で動悸が激しくなる。
デートだから、二人でお出かけなんて滅多にない機会だから、
場所を選んで、余裕を持って。 お約束のように手を繋いでみたり
言葉でその気にさせて甘い雰囲気作りをしてきたり
自分でも必死に努力してきた訳だが
どうやら巴には「いつもと違う」程度にしか思われていなかった訳だ。
ここまで来てやっと「コレってデートかも」と思った訳だ。
少し落胆を隠せない。 ここまで鈍いと犯罪に近いですね…。
鈍い巴にははっきり言ってやる必要があると思い
普段冷静な、格好つけの態度を脱ぎ捨てて思い切って率直な言葉を口にする。
「……いえ、最初からキミとのデートのつもりだったんですけどね、コレでも」
「ええっ!そうだったんですか」
だったら、そういってくれなくちゃ分からないですよ、という言葉を無視して続ける。
初めからはっきりと言えるなら、そんな自分なら、こんなに苦労しない。
「デートしましょう」なんてスマートじゃない誘い方が出来るものですか。
「そうだったんですよ。ボクだって、キミに関しては精一杯なんですよ。
こうして、努力して何でもない振りをしてキミを誘って
キミと手を繋いで…キミの本心は分からないですからね」
デートだって事にすら気づかないキミですから。
なんて、自分らしくない馬鹿馬鹿しいことを言っているのだろうと観月は思う。
普段の自分なら、巴以外の相手になら、こんな事は絶対に言わない。
弱みは見せたくない。
カガミ売り場の前なんかじゃなくて良かったと何となく思った。
少なくとも自分自身のみっともない姿を見なくて済む。
観月の確かに北国生まれ特有の白い肌は紅くなっていて目も泳いでいた。
観月さんが真っ赤になって動揺している。
その事実は巴にも激しく動揺させた。
彼をこんなに乱しているのは自分、その事実に。 正直言って、可愛い。
そんな観月さんが好き。
そして、自分だけが彼を動揺させることが出来るのならば
もっと動揺させてみたい。
自分自身の存在で彼をもっともっと乱してみたい。
そう思って繋いでいた手をふりほどく。その行動に観月は少なからず驚く。
「……!やっぱり、こんなボクとデートだなんて嫌でしたか…」
ふりほどかれた手を見て、 半ば呆然とした口調で観月はぽつりという。
「そんな訳、ないじゃないですか!」
当然そんな訳ない。
巴の手が離れ、ぶらりと垂れ下がったままの観月の左手に
もう一度巴は手を伸ばした。 そして今度は観月の腕に絡みつかせる。
その身体ごと。ぎゅっと押しつけるようにして。
その事にビックリした観月は慌てて身体と離そうとする。
「とっ…巴くん、なななななにやってるんですか!」
もうどう頑張っても冷静にはなれないらしく、声もうわずっている。
きっと他の人たちは観月さんのこんな姿を見たことはないんだろうなと
巴は満足感でいっぱいになる。
たしかに、自分はこの手のことには鈍いらしいし
今日だって気づかずにここまで来たけれども観月のことが好きなのは真実。
デートだって、手を繋いだり腕を組んだり甘い雰囲気だって大歓迎だ。
さらに腕ごと身体を離そうとする観月を慌てて引き留める。
もう一度、身体ごとその腕に押しつけるように。力一杯。
観月の薄く見えて案外厚い胸はさら激しく上下し、
また、紅い肌がますます紅く染まっていく。
「ねえ、観月さん?
デート中のカップルだったらこれぐらい当然じゃないですか?」
身体を寄せることで近づいた距離を利用して耳元で囁いてみる。
満足げな表情をたたえながら。
観月さんの心臓が弱くなくて良かったなと思いながら。
弱かったらきっと発作が起きていることだろう。
END
雑踏の中、気づいたら自然に手を繋がれていた。
巴はビックリして自分に繋がれた手の先━━━観月を見つめる。
色素薄目の整った顔立ちはいつもと相変わらず冷静な表情だ。
「…?巴くん、どうかしましたか?」
巴の驚いた表情に観月は不審に思い問いかける。
「ああ、手…嫌でしたか、スミマセンね」
巴が手を繋ぐのを嫌がっていると考え、観月は慌てて繋いだ手を解こうとする。
もちろん、巴は嫌だった訳じゃないのでそれを阻止する。
観月の手をきつく握りしめることによって。
「あ!違うんですよ………い、嫌じゃありませんてば」
恥ずかしそうに観月の誤解を解こうと声を出す。
「わかりましたよ…そんなに力を込められては解けるものも解けませんよ。
だいたいキミは自分の握力をちゃんと把握しているんですか?
女子にしては強すぎるんですから加減してください」
「ああっ…すいません!…痛かったですか?」
巴の申し訳なさそうな表情に満足して観月は笑う。
「んふっ。痛くはないですよ…冗談です。ボクだって男ですよ?
好きな女性に手を握られて痛みを感じる訳がないでしょう?」
好きな女性…もしかしてもしかしなくても、私のことなんだろうか。
今観月さんの手を握っているのは自分で。 なんだかドキドキしてきた。
巴の血圧も脈拍も上昇中。
観月さん、今日はいつもとなんだか違うような気がする。
表情は至って冷静。 声は落ち着き払っている。
だけれども、この人はいつもは急に手を繋いだりしないし
さらっと甘い言葉をささやけるような人じゃない。
そうだと思っていたんだけれど、どうやら違ったらしい。
ともかく今日は違うようだ。
「ほら、人が多いですから、はぐれちゃいますよ」と手を繋ぎなおして
先ほどの言動は何でもないことだったように
普通通りの顔をして観月は隣を歩く。
巴は動揺を隠しきれなくてちらちらと横目で何度も観月を追う。
意識しすぎたのか、気づいたら少し手を引かれる格好になっていて、
あっと思った時には観月は自然に歩む速度を落として再び横に並ぶようになった。
女性をエスコートする男性としては理想的な態度だ。
そして、人並みを上手く避けて歩いていく。
うわー。どうしちゃったんだろう。
なんだか本当にいつもと違う人みたいだ。
もちろんいつも格好良いけど、今日はなおさらよく見える。
ああ、どうしよう、あまりにもドキドキしすぎて体温まで上昇してる。
あ、手!手に汗かいちゃうかも…どうしよう。
その事に気付き、巴はやや挙動不審な動きになる。
その動きに普段から巴の挙動に慣れている筈の観月も
怪訝そうな顔になり、彼女を窺う。
「……どうしたんですか?なにか?」
「え…だっだって、今日の観月さん、なんか違いますよ」
思い切って考えていたことを素直に口にする。
その素直さが巴の良いところだ。
観月もその率直さに惹かれていたので気分を害することはない。
「んふっ。そうですか?」
それどころか上機嫌のようだ。
その理由が分からない巴は脳内疑問符でいっぱいになる。
「まあ、そんなところで不思議そうな顔をしないでもう少し歩きましょう。
もうすぐ、目的地に到着するんですから
━━━ほら、目の前に緑色の看板が見えるでしょう?」
今日の二人の目的は買い物だ。
スポーツ雑貨と、合宿に備えての細々としたもの、
そう言ったモノが一気に揃う雑貨のデパートとも言うべきビルが目標だ。
普段は学校近くの大手スポーツ用品店に下校途中に寄ったりするのだが、
久し振りに日曜日の練習がないため、
大きな所へ買い物に行こうということになった。
そして電車を乗り継いで人々が多く集う街へとやってきた。
よくよく考えると、そこは多くのカップルのデートコースでもある。
そういえば、観月さんとこういったところに二人っきりで来るの初めてだなあ。
朋ちゃん達とか女友達となら来たことはあるんだけど。
巴はぼんやり考える。
━━━コレって、デートっぽいよね。普通に。
手を繋いで、繁華街でショッピングで。
二人とも制服でもジャージでもないし。
そういえば私服の観月さんて久しぶりに見るなあ。
あっ、ヤダまたドキドキしてきたみたい。
もう一度観月の横顔をそろっと窺う。 やっぱり冷静そうな横顔。
観月さんはコレがデートみたいだって事、気づいてないのかな。
意外とテニス馬鹿的なところがあるもんねえ。
そんなことをつらつらと考えていると目的地に到着した。
白を基調とした広い入り口に差し掛かったときに、
再び思ったことを口に出してみた。
「ねえ、観月さん。私思ったことがあるんですけど」
「はい?なんですか、思った事って?またなにか突飛なことですか」
巴が何を言い出すか分からず、心底不思議そうな表情を観月は見せる。
そして、ちゃんとした話だと思ったのか入り口の端に巴を導き
他の客の邪魔にならないように話を聞く体勢に入る。
手を繋いだままということには二人は気づかない。
それぐらい自然に繋いでいて違和感がないということか。
「あ、そんなにたいした話じゃないんですけどね。
ほら、私たちって、今日はデート中のカップルに見えるんじゃないかと思って」
「……!!!デ…デート…ですか?」
急に精神的に揺れが見え出す観月。
ああ、こういうカンジの方が観月さんっぽいよねと巴は逆に冷静になる。
いつも余裕綽々っていうよりも、少し余裕ありげで余裕なさそうな方がイイ。
巴は観月のそういうところがちょっと可愛いなあと思うようにもなっていた。
「まあ、考えなくもなかったですけどね…」
態勢を立て直そうと、動揺を抑えようときわめて冷静を装う努力をする。
もちろん、観月とてデートだと思わなかった訳じゃない。
むしろ、逆に買い物にかこつけてデートに誘っていた訳なのだが
流石に巴はそこまで考えが及ばなかったらしい。
無邪気に思いついたことを観月に告げているだけだ。
しかし、図星には違いないのでその事で動悸が激しくなる。
デートだから、二人でお出かけなんて滅多にない機会だから、
場所を選んで、余裕を持って。 お約束のように手を繋いでみたり
言葉でその気にさせて甘い雰囲気作りをしてきたり
自分でも必死に努力してきた訳だが
どうやら巴には「いつもと違う」程度にしか思われていなかった訳だ。
ここまで来てやっと「コレってデートかも」と思った訳だ。
少し落胆を隠せない。 ここまで鈍いと犯罪に近いですね…。
鈍い巴にははっきり言ってやる必要があると思い
普段冷静な、格好つけの態度を脱ぎ捨てて思い切って率直な言葉を口にする。
「……いえ、最初からキミとのデートのつもりだったんですけどね、コレでも」
「ええっ!そうだったんですか」
だったら、そういってくれなくちゃ分からないですよ、という言葉を無視して続ける。
初めからはっきりと言えるなら、そんな自分なら、こんなに苦労しない。
「デートしましょう」なんてスマートじゃない誘い方が出来るものですか。
「そうだったんですよ。ボクだって、キミに関しては精一杯なんですよ。
こうして、努力して何でもない振りをしてキミを誘って
キミと手を繋いで…キミの本心は分からないですからね」
デートだって事にすら気づかないキミですから。
なんて、自分らしくない馬鹿馬鹿しいことを言っているのだろうと観月は思う。
普段の自分なら、巴以外の相手になら、こんな事は絶対に言わない。
弱みは見せたくない。
カガミ売り場の前なんかじゃなくて良かったと何となく思った。
少なくとも自分自身のみっともない姿を見なくて済む。
観月の確かに北国生まれ特有の白い肌は紅くなっていて目も泳いでいた。
観月さんが真っ赤になって動揺している。
その事実は巴にも激しく動揺させた。
彼をこんなに乱しているのは自分、その事実に。 正直言って、可愛い。
そんな観月さんが好き。
そして、自分だけが彼を動揺させることが出来るのならば
もっと動揺させてみたい。
自分自身の存在で彼をもっともっと乱してみたい。
そう思って繋いでいた手をふりほどく。その行動に観月は少なからず驚く。
「……!やっぱり、こんなボクとデートだなんて嫌でしたか…」
ふりほどかれた手を見て、 半ば呆然とした口調で観月はぽつりという。
「そんな訳、ないじゃないですか!」
当然そんな訳ない。
巴の手が離れ、ぶらりと垂れ下がったままの観月の左手に
もう一度巴は手を伸ばした。 そして今度は観月の腕に絡みつかせる。
その身体ごと。ぎゅっと押しつけるようにして。
その事にビックリした観月は慌てて身体と離そうとする。
「とっ…巴くん、なななななにやってるんですか!」
もうどう頑張っても冷静にはなれないらしく、声もうわずっている。
きっと他の人たちは観月さんのこんな姿を見たことはないんだろうなと
巴は満足感でいっぱいになる。
たしかに、自分はこの手のことには鈍いらしいし
今日だって気づかずにここまで来たけれども観月のことが好きなのは真実。
デートだって、手を繋いだり腕を組んだり甘い雰囲気だって大歓迎だ。
さらに腕ごと身体を離そうとする観月を慌てて引き留める。
もう一度、身体ごとその腕に押しつけるように。力一杯。
観月の薄く見えて案外厚い胸はさら激しく上下し、
また、紅い肌がますます紅く染まっていく。
「ねえ、観月さん?
デート中のカップルだったらこれぐらい当然じゃないですか?」
身体を寄せることで近づいた距離を利用して耳元で囁いてみる。
満足げな表情をたたえながら。
観月さんの心臓が弱くなくて良かったなと思いながら。
弱かったらきっと発作が起きていることだろう。
END
「━━━いいでしょう、私が子守歌代わりだというのなら期待に応えましょう」
*ピロウ・トーク
夜な夜な耳元で囁かれる甘い声。
貴方は私の為だけに言葉を紡ぐ。
もうやめて。
貴方のその声は私には甘い毒。
もうやめて。
これ以上は私が耐えられそうにないから。
貴方が私の夜を浸食したのは新月の夜だったのにいまでは望月。
月が狂わせるのか、貴方の口から紡がれる言葉はことさらハードで。
貴方の言葉だけに打ちのめされる私。
貴方の口から紡ぎ出るは私専用の必殺の武器。
あのとき貴方は「子守歌代わり」と言ったけれども
こんな気持ちにさせられて眠れるわけが無いじゃない。
「……あっ……もう……っ、いやぁっ」
「んふっ、そろそろ巴くんは私に言わなければならないことがあると思いますけどね」
「あ、あります」
「さあ、いってごらんなさい?期待に応えて欲しいのならば」
「お願いです……」
「どんなお願いですか?」
「もう……やめてください」
「なにを?貴女の口からききたいんですよ?」
耳元で響く甘い声。そして含み笑う声。イジワル。
観月さんの声は好き。
だけど。
だけど。
「あやまりますから、夜な夜な寝る前に数式唱える為だけに電話するの止めてくださいっ!」
「おや?巴くん、キミが望んだことですよ」
耳元に当てられたケータイから聞こえてくるは楽しそうな観月の声。
確実に巴の反応を楽しんでいる。
きっかけは半月前。
期末テストに備えた小テストで壊滅的な点数を取ってしまった巴は
観月の元へとやってきた。もちろん個人授業だ。
口では蔑んだことを言う割に嬉しそうに観月は巴へ数学を教え始めた。
しばらくは巴も良い生徒役を楽しんでいたのだが、
しかしそこは苦手な教科。
気づくと深い眠りに落ちていた。
観月は真剣に巴に数学を教えているつもりだった。
彼女の自分への好意をも利用してどんどん伸ばすつもりでいた。
父親と同じくスポーツドクターになりたいという彼女は
数学以外の教科の成績は非常に良い。
しかし、理数系の成績が芳しくなければ医学関係の大学へ進めるわけもなく。
そして進学できたとしても授業についていけるわけもなく。
そこまで考えての個人授業のつもりであったが
彼女が授業についていくつもりが無いのならどうしようもない。
「━━━いいでしょう、私が子守歌代わりだというのなら期待に応えましょう」
わずかにはらんだ怒気に気づいて巴ははっと身を起こす。
観月はいつもの表情だ。
怒っている様子はない。
と、いっても、笑顔でキツイ事も嘘も平気で言う男だ。
真意はわからない。
どんな期待に応えてくれるというのかはわからないが
そのまま何もなかったように授業は続き、
そしてその日の授業の過程は終了した。
その夜、観月から電話がかかってきた。
「さあ、キミの期待に応えましょうか」
一体それはどういうことですか、と尋ねる暇も与えず観月は朗読を始めた。
教科書を。
参考書を。
ずっと数式の時もあった。
それは約1時間読み上げられ、寮の消灯とともに終了する。
半月間。休むことなく。
早川などは着信拒否ればいいじゃないとは言うが
流石に巴も拒否はしなかった。
先日寝てしまったことへの意趣返しと言うこともわかっているし、
あの観月が毎日自分のために時間を割いていると言うことも嬉しい。
しかし、そろそろ自分が限界に達していることも同時にわかっていた。
多分観月も気づいてはいたのだろう。
「んふっ、そろそろ巴くんは私に言わなければならないことがあると思いますけどね」
「あやまりますから、夜な夜な寝る前に数式唱える為だけに電話するの止めてくださいっ!」
本当は違う。
止めて欲しいのではない。
いや、どうせ電話してくれるのならばもっと楽しいこと、
━━━たとえばその日あったこととかデートのお誘いとか、がいいけれど。
そして、彼に告げなければいけないのは謝罪の言葉ではなくて感謝の言葉。恥ずかしくて上手くは言えないけれど。
例え数学のことばかりでも観月の甘い声が自分の耳元で囁かれる。
もったいなくて聞き逃すことは出来なかった。
一言一句。
そう。
気づいたら身体の中に染みついていた。
そして今日は1学期期末考査、数学のテストだった。
「この問題は観月さんがこう解説していた…」
「あのときああ言っていた…」
気づくと苦労なく問題をこなしていた。
そのとき、観月が意図していたことを明確に気づいてしまった。
「おや?巴くん、キミが望んだことですよ」
そう、私が望んだことなのかもしれない。
観月さんの声は聴きたかったらこれまで止めようと思わなかったから。
「そうです。私が態度で観月さんは子守歌だと言ったようなモノですから。
━━━でも、もういいんです。もう、わかりましたから」
「わかった?なにをですか?」
「観月さんの私に対する想いです」
「キキキキ、キミは何を言ってるんですか!たた単に意趣返しですよ!アレは!」
電話の向こうで観月の動揺する声が聞こえる。
「それでも、いいんです」
「はい?」
「ああ、あとどうせ、子守歌されるなら、
毎晩直接耳元で囁いて頂いた方が私のやる気も出ると思うんですが、どうでしょう?」
ゴン。
がたがた。
電話が落ちて転がる音がする。
そして静寂。
「き、期末考査がおわったら夏休みですからね。
……それまでに考えておきましょう」
だけど、本気でやっぱり数式唱えていたらどうしよう。
ちょっと巴の心には不安がよぎったのだった。
END
*ピロウ・トーク
夜な夜な耳元で囁かれる甘い声。
貴方は私の為だけに言葉を紡ぐ。
もうやめて。
貴方のその声は私には甘い毒。
もうやめて。
これ以上は私が耐えられそうにないから。
貴方が私の夜を浸食したのは新月の夜だったのにいまでは望月。
月が狂わせるのか、貴方の口から紡がれる言葉はことさらハードで。
貴方の言葉だけに打ちのめされる私。
貴方の口から紡ぎ出るは私専用の必殺の武器。
あのとき貴方は「子守歌代わり」と言ったけれども
こんな気持ちにさせられて眠れるわけが無いじゃない。
「……あっ……もう……っ、いやぁっ」
「んふっ、そろそろ巴くんは私に言わなければならないことがあると思いますけどね」
「あ、あります」
「さあ、いってごらんなさい?期待に応えて欲しいのならば」
「お願いです……」
「どんなお願いですか?」
「もう……やめてください」
「なにを?貴女の口からききたいんですよ?」
耳元で響く甘い声。そして含み笑う声。イジワル。
観月さんの声は好き。
だけど。
だけど。
「あやまりますから、夜な夜な寝る前に数式唱える為だけに電話するの止めてくださいっ!」
「おや?巴くん、キミが望んだことですよ」
耳元に当てられたケータイから聞こえてくるは楽しそうな観月の声。
確実に巴の反応を楽しんでいる。
きっかけは半月前。
期末テストに備えた小テストで壊滅的な点数を取ってしまった巴は
観月の元へとやってきた。もちろん個人授業だ。
口では蔑んだことを言う割に嬉しそうに観月は巴へ数学を教え始めた。
しばらくは巴も良い生徒役を楽しんでいたのだが、
しかしそこは苦手な教科。
気づくと深い眠りに落ちていた。
観月は真剣に巴に数学を教えているつもりだった。
彼女の自分への好意をも利用してどんどん伸ばすつもりでいた。
父親と同じくスポーツドクターになりたいという彼女は
数学以外の教科の成績は非常に良い。
しかし、理数系の成績が芳しくなければ医学関係の大学へ進めるわけもなく。
そして進学できたとしても授業についていけるわけもなく。
そこまで考えての個人授業のつもりであったが
彼女が授業についていくつもりが無いのならどうしようもない。
「━━━いいでしょう、私が子守歌代わりだというのなら期待に応えましょう」
わずかにはらんだ怒気に気づいて巴ははっと身を起こす。
観月はいつもの表情だ。
怒っている様子はない。
と、いっても、笑顔でキツイ事も嘘も平気で言う男だ。
真意はわからない。
どんな期待に応えてくれるというのかはわからないが
そのまま何もなかったように授業は続き、
そしてその日の授業の過程は終了した。
その夜、観月から電話がかかってきた。
「さあ、キミの期待に応えましょうか」
一体それはどういうことですか、と尋ねる暇も与えず観月は朗読を始めた。
教科書を。
参考書を。
ずっと数式の時もあった。
それは約1時間読み上げられ、寮の消灯とともに終了する。
半月間。休むことなく。
早川などは着信拒否ればいいじゃないとは言うが
流石に巴も拒否はしなかった。
先日寝てしまったことへの意趣返しと言うこともわかっているし、
あの観月が毎日自分のために時間を割いていると言うことも嬉しい。
しかし、そろそろ自分が限界に達していることも同時にわかっていた。
多分観月も気づいてはいたのだろう。
「んふっ、そろそろ巴くんは私に言わなければならないことがあると思いますけどね」
「あやまりますから、夜な夜な寝る前に数式唱える為だけに電話するの止めてくださいっ!」
本当は違う。
止めて欲しいのではない。
いや、どうせ電話してくれるのならばもっと楽しいこと、
━━━たとえばその日あったこととかデートのお誘いとか、がいいけれど。
そして、彼に告げなければいけないのは謝罪の言葉ではなくて感謝の言葉。恥ずかしくて上手くは言えないけれど。
例え数学のことばかりでも観月の甘い声が自分の耳元で囁かれる。
もったいなくて聞き逃すことは出来なかった。
一言一句。
そう。
気づいたら身体の中に染みついていた。
そして今日は1学期期末考査、数学のテストだった。
「この問題は観月さんがこう解説していた…」
「あのときああ言っていた…」
気づくと苦労なく問題をこなしていた。
そのとき、観月が意図していたことを明確に気づいてしまった。
「おや?巴くん、キミが望んだことですよ」
そう、私が望んだことなのかもしれない。
観月さんの声は聴きたかったらこれまで止めようと思わなかったから。
「そうです。私が態度で観月さんは子守歌だと言ったようなモノですから。
━━━でも、もういいんです。もう、わかりましたから」
「わかった?なにをですか?」
「観月さんの私に対する想いです」
「キキキキ、キミは何を言ってるんですか!たた単に意趣返しですよ!アレは!」
電話の向こうで観月の動揺する声が聞こえる。
「それでも、いいんです」
「はい?」
「ああ、あとどうせ、子守歌されるなら、
毎晩直接耳元で囁いて頂いた方が私のやる気も出ると思うんですが、どうでしょう?」
ゴン。
がたがた。
電話が落ちて転がる音がする。
そして静寂。
「き、期末考査がおわったら夏休みですからね。
……それまでに考えておきましょう」
だけど、本気でやっぱり数式唱えていたらどうしよう。
ちょっと巴の心には不安がよぎったのだった。
END
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