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*from day to day



リボンタイって楽に出来ていたんだな…って思う。
鏡を見てため息。
ネクタイ、上手く結べない。
ルドルフに入学してしばらくは
見るに見かねて同じ寮の子が結んでくれていたけれど
ついに昨日「そろそろ一人で結ぼうね」と通告されてしまった。
それで昨夜、早川さんに相談したけれど「そんなの慣れよ」って一蹴された。
あとでネクタイの綺麗な結び方の本を貸してくれたけど、
(そう言うところが早川さんらしいというか…)
あまり役には立たなかったみたい。
要するに、私はネクタイ結びのスキルはゼロのようです。
お父さんはあんなにカンタンそうに結んでいたのになあ。
そう考えると全国のネクタイ男性達は凄い器用なんだね。
賞賛に値するよ。すくなくとも私にとっては。
特に観月さんなんて全く隙なく完璧に結んでいて神の領域だよ!

ちらっと時計を見るともうそろそろ寮を出る時間だった。
仕方ないのでよれよれの、かろうじて結ばれたネクタイ姿で寮を出る。
あーあ、こんな姿で観月さんと登校かあ。
お説教されるに決まってるんだから気が重い事ったら。

学校までの数駅が観月さんと私が過ごせる時間。
高校と中学で校舎は離れちゃうし、スクールの時はみんなが一緒で、
案外私たち二人だけっていう時間は少ない。
そんな貴重な時間は…甘く無くて…。
結局テニスの話とか生活態度なんかに対するお説教だったりするんだよね。
今日のネタはネクタイでキマリかなあ。
部活とかスクールのあとはノーネクタイで誤魔化していたけど
流石に朝っぱらからノーネクタイは無理だしね。
あ~。いつかは電車で見かける登校中の馬鹿ップルみたいに
ラブラブいちゃいちゃしてみたいよ!
今の私たちみたいに、まるで先生と生徒みたいじゃなくてね。


「━━━まったく君って人は!
女性なら身だしなみの重要性ぐらい当然わかっていますよね?」

電車内。
苦り切った表情で、案の定観月さんは私にそう告げた。
はい。わかってます。わかってるからこんなに悩んでるんですってば!
でも、結ぶとかそういうのは苦手なんですってば。
ちゃんと結べるものならば、出来ることならば、
完璧に結んで、むしろ観月さんを感嘆させるぐらい美しく結びたい。
それぐらいには悩んでいますよ。
わーん!
そして私は堪えているような表情を作ってみせる。
いや、本当に堪えているんだけどね。
予想していたこととはいえ、観月さんのキツイ一言はやっぱり重いもの。
せめて観月さんには私が傷ついたように見えるように。
だって怒った後の観月さんてとても優しいから。
まるでマシュマロを溶かしたココアのように甘いから。
観月さんに怒られるのは、本当に観月さんが好きだから辛いことだけど
それとは矛盾して怒られたい私が居るのも確か。

傷ついたようか私の表情を見て、観月さんは片眉を上げる。
動揺しているときの観月さんのクセ。
多分私だけが知っているクセ。
そして「仕方ないな」というような表情をして私にこう言った。

「……本当に君は仕方のない人ですね。
僕がいないと本当に危なっかしいんですから」

そして、すっと私の胸元に手を伸ばす。



----



いかにも観月さんらしいオトコらしくてそれで居て優美な手は
私のよれよれのネクタイを、
まるで壊れ物でも扱うかのように慎重に解いていく。
ちょうど胸の谷間の上あたり。
かすかに観月さんの手が触れたり、触れなかったり。
まるでこれから全部脱がされるかのような感覚に鼓動が激しくなる。
がたんがたんと揺れる電車。
まるで私の心と同調しているみたいに。

「あ、あの…」

「ジッとしていなさい、曲がっちゃいますから」

綺麗に解くと、今度はまた結びなおそうと手を動かしていく。
胸の上あたりのくすぐったさに赤面を隠しきれない。
春だから、頭がおかしくなってるのかな、私。
「そういうこと」に敏感みたい。
でも観月さんは、気づかない。
私は身体をかすかに掠められるだけでこんなに意識しちゃうのに。
手を握られたことも、
抱き上げられたことも、
テニス練習中にフォーム修正で触れられることもあるけれど。
それでも慣れない。
観月さんの身体と私の身体がこんなに近くにあること。
触れることを許される人、私に触れても良い唯一の人。
くすぐったさが堪らず、つい言ってしまう。

「…み、観月さん…あの、その、てっ手…が……む…」

それまで私のネクタイを結ぶために伏せられていた顔が上がる。
観月さんの肌は、女の私が羨むほどきめ細かく、白い。
でも今は、紅く上気している。
車内が暑い訳でもなく、発熱している訳でもなく。
少し目をそらし私に言う。

「少し黙っていられないんですか?君は。
そんなこと言われたら、僕も━━━その、意識してしまうでしょう?」

そしてまた作業に取りかかる。
けれども先ほどの流れるように動いていた手は少しぎこちない。
私の鼓動はさらに、さらに、高まって。
結んでくれている時間がまるで何時間にも感じて。
ネクタイを結び終えた観月さんの手が名残惜しげに見えたのは
私の気のせいかな。

「さ、結び終えましたよ。これでかんぺ━━━」

「きゃっ!」

キーッ。

ガクン。

そんな音を出しながら列車は急ブレーキをかけた。
『ただいまこの列車は異常信号を感知し急停車いたし………』
車掌のアナウンスも遠くに感じる。
それも当然で。
だって、世界は真っ白で、鼓動しか聞こえないし。
なぜならば計らずとも、私は観月さんの腕の中。
腕の中というか、
観月さんと私と電車のドアのサンドイッチ状態ってカンジ。
少女漫画お約束、観月さんの腕が必死に自分自身を支えているので
かろうじて私は観月さんの身体と周囲の人々に潰されなくて済んだみたい。
観月さんになら潰されても良かったんだけどなあと考えるのはイケナイ事かな。
出会って1年経ったけれども、
世間的にはどうやらカップルの分類にはいるらしいけれども、
こういった形で身体を寄せ合うのは初めてかもしれない。
合宿の時に抱き上げられたことは
私の意識がなかったのでノーカウントと言うことにして、だけど。
現段階では私たちには身長差がほとんど無い。
きっと普通なら彼の胸の中でドキッといったカンジになるんだろうけど。
私の場合、顔が近くてドキッとした。
私が少し顔を動かすだけで。
観月さんが少し顔を動かすだけで。
触れてしまう距離。
きっとこのまま手を観月さんの背中へと伸ばしたら、
それは世間では抱き合うという格好になってしまうのだろう。
してみたいけど、出来ない。
観月さんは今何を思っているのかな。



----



「すみません、大丈夫でしたか?」

耳元近くで観月さんの声。
あまりにも近すぎて頭にダイレクトに響いてくる。
高くなく、かといって低くもない綺麗な声。
ぞくぞくするような。
聞き慣れないその声の固さは、観月さんも緊張しているということ?
電車は止まったままで、車内の動きも落ち着いたけれど
私たちの体勢はそのまんま。
もちろん、私も緊張している。
足はがくがくするし、心臓はバクバクいっている。
声すら上手く出すことは出来ない。
顔ももちろん迂闊に動かすことは出来ない。
もし、触れてしまったら…?そう思うと恥ずかしくて怖い。
必死に横目で観月さんの表情を追う。

「だっ…大丈夫です…!」

驚いて思わず大きい声になってしまった。
私ったら人の耳元でなんて事を…!
でもそれは、観月さんにも責任があるんだから。
ちらりと窺った観月さんの横顔。
あの綺麗な顔で照れ顔って反則だと思う。
そういえば、昨年末のルドルフ合宿で好きな人の話をしたときにも見たけれども
紅い顔でなんて言っていいかわからないような表情の観月さんは、
それを見た私までなんだか照れてしまう。
ネクタイを結んでくれたときも、そんな表情だったけど
これだけ間近で見てしまうと凄い破壊力。
その照れの原因は私自身にあると思うとその威力は倍増。
私自身が観月さんにそう言う表情をさせているのだと思うと。
私ってばとっても観月さんのことが好きなんだなあ。
改めて実感しちゃったみたい。

「どうしました?顔が、赤いですよ?」

正面を向いたまま意地悪げに観月さんが囁く。

「観月さんこそ、どうしたんですか?」

お返しにと負けずに観月さんへと囁く。
そうすると、ふっと顔が柔らかに崩れ、緊張気味の顔は笑顔へと変わった。

「んふっ、おたがいさまですね」

くすくすと耳元でくすぐるように笑い出す観月さん。
私も、そうですねと釣られて笑い出す。
残念なことだけど、自然に私たちは身体を離した。

「残念ですけど、そろそろ駅に着きますからね。
この続きはまた今度誰もいないところで、ということで」

私は思わず物珍しいものを見る目で、もちろん顔は赤いままで
観月さんの顔をマジマジと見てしまう。
観月さんってこんなベタ甘な事を言う人だったっけ?
もちろん、とても言葉巧みな人だと言うことは知っているけれど。
こんなコトでも巧みに言葉を操ることが出来るなんて、
あんまり思ったことはなかったから。
ちょっと驚いた。

「誰も、いないところで、ですか?」

「おや?君は嫌でしたか?」

もちろん、そんなことはない。
全然。
観月さんのことは好きだし。
むしろバッチ来いなカンジで。
そんなことを言われるなんて、嬉しくて。
幸せで。

「なんというか…。観月さんがそんなことを言うとは思いませんでしたから。
効果的な一言がお上手なんですねえ」

ぴくっと、観月さんの肩眉が上がる。
あっちゃー…ちょっと何かマズイこと言っちゃったかなあ。

「効果的な一言が上手って……巴君……
僕だって、そんなコト言い慣れていませんよ。
むしろ僕こそそんなこと君に言われるとは思いませんでしたね。
心外です。本当に。
僕が他の誰かにもペラペラそんなこと言っていると思ってるんですか?」

えーと、思っていないんですけど…、驚いただけですってば。
でも観月さんには引っかかる一言だったんだね。
言い方が悪かったかなあ。
失敗したなあ。

「大体君は少々デリカシーに欠けるところがあります。
もうちょっと人のことを察するとか気を遣うとか━━━━━━」

どうやらお説教モードにスイッチを入れてしまったみたい。
一瞬甘いカンジになったから、今日こそラブラブ登校だと思ったんだけど。
せっかくの貴重な二人だけの時間は今日もお説教。
電車が駅に着くまで続いちゃうんだろうなあ。
あーあ。

「君、ちゃんと聞いているんですか?」

だんだん観月さんの声がいらだたしげになってきた。
はいはい。ちゃんと聞いてますよーだ。
あれ?
『僕が他の誰かにもペラペラそんなこと言っていると思ってるんですか?』
これって、私以外にはそんなこと言わないって意味だって
受け取っちゃって良いのかな?

「はい、ちゃんと聞いてますってば。
だけど残念ですけど、そろそろ駅に着いちゃいますから
この続きはまた今度誰もいないところで、ということで。
その時には、また私に言い慣れていないことを言ってくださいね、観月さん」

「……まったく……、君ってひとは……」

観月さんが脱力したように声を絞り出したところで、うしろの扉が開く。


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