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バレンタインデーのバカップル話。




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クリスマス、正月……ときて、また街にきらびやかな季節がやって来た。
街中は赤やピンクやチョコレートブラウンに彩られ、その色目は見るからに温かな感じで、このイベントでやって来る心が温かくなる何かに期待しているようだ。
チョコレートを扱う店を前にしての人々は、宝探しにやって来た子どものように目を輝かせてショーケースをのぞき込み、いつもよりも華やかな意匠の紙袋を抱えて去っていく。
買う目的でない人々も興味津々といった表情をして店舗を横目に通りすぎていく。
赤月巴もその一人だった。
今日はテニススクールでの練習日であり、練習上がりの疲れ切った身体に大きなラケットバッグを抱えた身では店には近寄りがたい。
ちらちらと横目で店のにぎわいを気にしながら、足を進めようとした。

「いいんですか、ボクはキミが見ていきたいというのならばお付き合いしますよ」

そんな巴の様子をしっかりと見ていたのだろう、苦笑交じりに隣を歩く観月はじめは彼女にそう勧めた。
付き合い出してから初めてのバレンタインデーというわけでもないので、2人には特に気負いというものは無い。
巴も無理にサプライズプレゼントなんていうことをする気は無かった。観月はデータマンだけあって洞察力に優れているので、隠し事などするだけ無駄なのだと巴は知っていた。
それに、チョコレートに関しては初めての時に選択の失敗というちょっとしたミスを犯しているので、以降のバレンタインデーは観月の好みをキッチリと教わった上で贈ることしていた。
好きなチョコレートの味を訊かれた観月は「キミから貰えるものなら何でも嬉しいし、幸せなんですけどね」といいつつも、まんざらじゃない表情で好みの味を口にしている。
もっとも、贈られる予定のチョコレートが既製品か手作りのものか──そこまではお互い言及しなかったのだが。

「え、いいんです。興味はありますけど、私には高くて手が出ないお店ですし……」

言いよどみながら、巴はそう答えた。
たしかに、誰が見ても高級な店構えであり、中学生がたとえバレンタインデーだからといって簡単に買える店では無いようだ。
観月も、好みのチョコレートを語る前に「値段とか店のラベルとかには興味ありませんから」そう前置いていた。
高級品も好きではあるけれども、それを彼女に求めようとは思わない。
巴に語ることはこの先も無いようにしようと固く決めているが、それこそ食べようと思えば毎年自分の席に積まれる義理チョコでいくらでも補給することが出来る。
彼女に求めるのは、彼女の気持ちであり、チョコレート自体では無い。
しかし、観月は巴の手をつかんで店に足を向けた。

「え、観月さん?」

「入ってみましょうか、興味があるのならば買わなくても見るだけで価値があるでしょう」

「それは、そうなんですけど……っ」

観月は我関せずとばかりに重そうな扉を開いて、さっさと中に入ってしまう。
巴は手をつかまれていることもあり、しかたなくそれに続いて店内に納まった。
さすがに場違いだと巴はすこし落ち着かない風情で店内を見回した。しかしそれでも落ち着けば、「すっごく高級……っていうかオトナな雰囲気ですよねー」と持ち前の図太さを見せはじめた。
それを横から眺めて観月は楽しそうに語りかけた。

「チョコレートマニアが言うには、この時期の東京には世界中の有名無名問わず素晴らしいチョコが集うそうです。こんな場所は世界を探しても他に無い。せっかく東京にいるんです、ボク達もそれに触れないのは勿体ないとは思いませんか?」

「そうですね、岐阜の山中に住んでた頃にはこんなお店に近寄ることすら思いませんでした」

「んふ、そうでしょう? もし、キミが値段を気にせずにこのショーケースから選ぶとしたら何を選びますか」

ショーケースに並べられた宝石のようなチョコレートを指さして、観月は巴に問いかけた。
「そう……ですねえ」味すら想像できないようなチョコレートもあって、巴は目をチカチカさせながら一生懸命考えた。
1つから買えるとはいってもどれも気軽に購入できる値段では無いし、ショーケースを挟んで立っている店員だってまさか彼女らが買っていくようには見えていないだろうとの考えに至ると、かえって気楽に考えられるような気がした。
その時ひとつのチョコレートに目が留まった。ショーケースの正面に鎮座する白いチョコレート。それは他のチョコレートよりも少し大きなハートの形をしていた。
ほかに並ぶチョコレートより倍以上の値段はするけれど、目を留めたのは値段では無く、白いチョコレートの上にはもう一つピンクのハートチョコレートが乗っているのが可愛らしく気に入った。
「これなんて良いですね、かわいいです」指さしてそう答える。
観月も「そうですね、とても可愛らしいし……中がラズベリーガナッシュというのも心魅かれますね」そう同意しつつも、その後普通に冷やかしの客として表へと出た。
その後、勢いに乗った2人は日が暮れるまで数店舗、チョコレート巡りを楽しんだ。


2月14日。
放課後、巴の寮の近くのカフェで2人は会う事にした。
平日だと案外放課後に会える時間というのは短い。部活やそれ以外の学内活動などに時間を取られてしまうと、どうしても普通に動いていても寮の門限までの自由時間が僅かになってしまうのだ。
だから2人が会う時にはいつも巴の寮の近くとなっていた。観月は高校生ゆえ巴よりも門限が延ばされていることと、寮長や寮母の信頼を得ている事もあって多少自由の利く身であった。
それでも、この日、2人に残された時間といえばドリンクの一杯を飲むのがせいぜいで、巴がカフェモカを観月がアールグレイを注文するとすぐに本題に入らねばならなかった。
「はい、観月さんに本命チョコレートですよ」巴は観月の持っていた大きな紙袋の中身を、──今年も他の女子からのチョコレートを大量にもらったのでは無いかと、若干気にしつつも自分の持ってきていた包みを手渡す。
観月が本命であろうと義理であろうとチョコレートを沢山もらっていたとしても、本当に彼が欲しがっているのは自分のチョコレートである事は巴にはわかっているし、その辺は信用しているので、自信を持って渡す事が出来た。
「ありがとうございます、嬉しいですよ」そう言って受け取る観月の表情は、巴でさえも滅多に見る事が出来ないような蕩けた表情で女子としての自尊心を多いにくすぐった。
受け渡しがすんだところで、注文のドリンクが運ばれてきて、いったん会話が途切れた。
2人とも一口二口と飲んだところで、会話を再開させた。

「で、今年もチョコレートらしき包みと、それ以外のものもあるみたいですけど、いま開封しても良いでしょうか? ──チョコレートは、ここは飲食店ですし自室でワクワクしながら開ける事にしますけど」

観月は許可を求める風であったが、手は既に開封へと動いていた。巴もそれを止めるつもりは毛頭なかったので「どうぞ」と促した。
包装紙は丁寧に一つの欠損も無く、観月の性格さながらに神経質なまでに綺麗に開かれ、中からバレンタインのプレゼントが現れた。

「ああ、これは……コードヴァンを使った小銭入れですか」

「前にこういうのが欲しいって言ってた気がしたんですけど、違いました?」

確かに、クリスマス前のギフトコーナーか何処かでついでのように会話した事があった。なんとなくその時思った事を口にしてみただけの事だったが、まさか巴が覚えていたとは思わず観月は破顔した。

「違いませんよ、キミの記憶力も捨てたものではありませんね」

「それは観月さんの事でしたらなんでも……って、何を言わせるんですか」

巴は恥ずかしげに頬を染めて肩をすくめた。

「その言葉自体も相当嬉しいですけどね、もちろんこのプレゼントは大歓迎です。欲しかったものを見事に具現化してますよ」

うっとりと指でコードヴァンのつややかな手触りを確認したのち、また包みに納めた。
「……これは、ボクも負けてはいられないな……」小さい呟きは巴の耳までは届かず、近づく巴の門限に2人は焦りながら残りのドリンクを口にした。


店を出ると、まだまだ春は遠い事を実感させるような、切りつけられるような冷たい風に2人はあてられた。凍える事を避けるように2人は手を繋ぎ寄り添って帰路についた。
巴の住む中等部の女子寮の前までやって来ると、観月はパッと彼女の手を放し、反対の手で持っていた大きな紙袋を開いた。
中身をとり出した彼の手に握られていたのは、パンジーの花束だった。
「これを、キミに」そう言って巴の手に握らせた。

「パンジーはバレンタインの花と海外では言われているんですよ。いまでは有名な話ですけど──海外では男性から贈り物をしてもいい日ですし、色鮮やかで健気なカンジがするパンジーは、キミのイメージにぴったりですからね」

「観月さんならもっと洗練された花を選びそうなだけに、ビックリです」

巴は正直に思った事を話した。それには観月も苦笑で答えた。「でも──」巴は続けて思った事を口にした。

「でも、私の事を思い描いて選んでくれたんだなって伝わってきて、高級なバラや百合を贈られるよりもよっぽど嬉しいです!」

上気した笑顔でそう喜びの言葉を述べる巴にもう一つ小さな紙袋を手渡した。「これも、キミへ」
それは、先日冷やかしに行った店のロゴが金色で書かれた、いかにも高級そうな紙袋だった。

「あ……これって、もしかしてチョコレート……ですか?」

この袋は説明がなくても、開かなくても、巴にはわかった。あの店で、巴が気に入ったと指さしたチョコレートが入っているに違いない事を。包装を解かなくても、白いチョコレートの上にもう一つピンクのハートチョコレートが乗っている、あの可愛らしいチョコレートが目に見えるようだ。

「あの時、私が気に入ったというチョコレートですよね。きっと」

「んふっ、ご名答です」満足げに観月はそう答えた。

「一度、世間の女性が──キミがどういう気持ちでチョコレートをバレンタインの為に購入するのか知りたくなりましてね。ついつい購入してしまいました」

「この時期にこのチョコレートを買うのは……さすがの観月さんでも恥ずかしくなかったですか?」

ちょっとした疑問を訊いてみる。確かに観月から贈られるものは嬉しい。しかし、女性であふれる店に一人で赴き、いかにもバレンタイン専用であるようなチョコレートを購入する事は、いかに観月といえどもハードルは高かったに違いない。

「まあ……全くと言えば嘘になりますけどね。でも、案外楽しいものでしたよ。キミがどんな顔をして受け取ってくれるかなとか、美味しいかなとか考えながら買うのはね。キミ達女性はこんな楽しみを毎年体験してたんですね」

「ふふっ、そうなんです」

お互い笑顔で見つめあったあと、「──ああ、もう寮に入らなければいけませんね」と観月は残念そうに呟いた。

「あ、もう……そうですね。行かなきゃ怒られちゃう──じゃあ、観月さん。今日はありがとうございました」

巴は慌てて、寮へ入ろうと体勢を整えた。
くるりと観月に背を向けたところで、彼から声がかかった。

「3月14日、ホワイトデーは学期末ですし、もう少し時間が作れると思いますよ。キミからのホワイトデーも……期待していていいんですよね。楽しみです、もちろんキミも三倍返し、ですよね」

「は、はいっ」そう返事だけして巴は寮の中へと滑り込んだ。ちょうど扉を閉めた瞬間、門限のセキュリティーが掛かり鍵が自動的にカチっと降りた。
カチっという音と同時に「もちろん、キミ自身で返してくれてもボクは構わないですけどね」そういう声が聞こえた気がして、あわてて振り向いた。
私だってちっとも構わない──そう返事をしようかとも思ったけれども、電子ロックの掛かった目の前の扉は開かない。
返事のかわりにパンジーの花束に一つ口づけを落として巴は自室へと向かった。
別に答えなんて急がなくったって構わないだろう。
バレンタインデーだろうが、ホワイトデーだろうが、巴の結論はいつだってひとつに決まっていたのだから。
いままでも、これからも。


END
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