『アメとムチ』
「まったく、君って人は加減を知らないというか単純というか
…馬鹿というか。
なんで今日みたいに元々早い時間に起きなければならない日に
お弁当なんてつくって来るんですか」
そんな時間があるなら寝ていなさい。
相も変わらずの観月の小言が朝一番から巴の耳に響き渡る。
やっぱり観月さん美声だよねなどと聞き惚れはするものの
それにうつつを抜かすとまた小言の原因を作りかねない。
あわてて顔を引き締め、すこしうなだれる。
本当は巴にはうなだれなければならない理由などあまりないので
反省する気はさらさら無い。
だって、それは観月さんのためにしたことで。
むしろ観月さんが希望してたことで。
それをただ実行しただけなのに。
ただ、日が、悪かった。
それだけ。
観月の手には不釣り合いなポップな紙袋。
中身は手製のお弁当だ。
いつか、観月は料理の上手な巴に弁当をせがんだことがあった。
観月の言うことだから当然軽口や冗談ではなく本気で。
それを知っているから、張り切ってお弁当を作成した。
よりによって、早朝朝練のある今日に。
もっとも今日作ったのは単に良い材料を昨日見つけたからなのだが。
それでなければ自分だって今日作ったりはしない。
普段はあまり見せないムッとした表情で観月を見る。
「で?何時に起きたんですか?君は」
「3時半です」
「昨夜寝たのは?」
「………12時半………」
呆れたように肩をすくめ大きなため息をつく観月。
スポーツマン、いやそれ以前に成長期の人間には睡眠が必要だ。
それは常々巴にも言い聞かせてあった。
理解してくれていると思っていた。
「どうしてそんな睡眠時間になってしまうんです。
3時間しか眠っていないじゃないですか」
ナポレオンじゃあるまいし。馬鹿馬鹿しい。
自分の言ったことを受け入れて貰えなかったいらだちで
観月はついついキツイ声音になってしまう。
「だって、仕込みとかメニューの最終チェックで遅くなっちゃったし
それでも作るのには早起きしないといけなかったし…。
ご飯、土鍋で炊きたかったから時間が必要だったんですよー」
悪びれずに巴は言う。
もちろん悪びれる理由など無いからだ。
「それに、私、観月さんのためにお弁当を作りたかったんです。
そんなに責める口調で言わなくてもいいじゃないですか!」
今日の苦労が報われるどころか
小言を喰らってしまう結果になり、
なんだか悲しくなって巴は思わず涙目になる。
こんなコト言われたくてお弁当を作った訳じゃないのに。
頑張って作って、
喜んで受け取ってくれて、
美味しかったよってっていってくれて、
そういうことを期待していたのに。
可哀想な私。
ちょっとぐらいここで泣いちゃってもいいんじゃない?
泣いちゃおうか。
しかし、その気配を察したのか、
観月は慌てて、しかし真面目な顔で巴に自分の気持ちを伝える。
「すこしキツく言ってしまいましたか?すいません。
ただ、僕も君のことが心配なんです。
こんな言葉を投げつけてしまった僕に怒るのも当然ですが
それだけは分かってください━━━都合が良いかもしれませんが」
観月はいつも自分に非があると認めたことは真摯に謝る。
残念ながら自分限定のようだが。
だけど、いつもにもまして真剣で思い詰めた口調だ。
思わず巴はひるむ。
「本当に心配なんです。
睡眠不足で君の体が変調を来したらと思うと
自分のことのように怖いし
その可愛い顔の肌が荒れてしまったらと思うと悲しいです。
前に君は無理な特訓をして倒れたことがありましたね。
その時に誓ったんです、こういう事は2度と僕が起こさせないと」
あの時、自分は医務室のベッドの上で意識が無く
私の手をずっと観月さんは握っていてくれた。
それだけでなく私のために祈っていてくれさえした。
当時の彼の心情を考えると、自分に代えて考えるととても苦しい。
それが今日までの小言に繋がっているのだろうか?
━━━身体を冷やすな。
━━━準備運動、ストレッチは念入りに。
━━━無理な生活はしない。
━━━食生活に気を付ける。
━━━学業も常日頃から怠らない。
すべては私のために。
私の身の上に無理が起きないように。
もうあんな事にならないように……?
それに気づくと、もう涙は止まらなかった。
知らず知らずのうちに心配させていたことに気づいて
胸が苦しくなってしまう。
「観月さん…ごめんなさい。
私、心配してくれている観月さんの心も知らず無茶ばっかりで…。
酷い子ですよね…ごめんなさい…ありがとうございます」
巴の流す涙を観月が掬い取っていく。
己の唇で。
突然のことで涙も止まってしまった。
止まらないのは柔らかくて優しい感触だけ。
「君を泣かせてしまいましたね…本当に申し訳ない。
これは僕が勝手に心配しているだけです。
ついつい厳しい言葉をかけてしまうこともありますけど、
心配ゆえの愛の鞭だとでも思ってください。
しかしそれを君が負担に思う必要はないし感謝もしないでください。
僕も自己嫌悪に陥ってしまうこともあるんです」
心底申し訳なさそうな声色に巴は動揺する。
謝罪の言葉だなんて。
愛の鞭なんて言う言葉だなんて。
自分が彼にこんなコトを言わせてるのだと思うと。
きっと自分以外の誰かにこんなコトを言わないだろうと思うと。
なんてこの人は私のことを思ってくれてるのだろう。
胸が熱くなる。
「君のお弁当はもちろんご馳走になりますよ。
こんなに頑張って作ってくれたのですからね。
君が作ってくれたというだけで
僕にとっては充分美味しいものですけど、
きっと本当に美味しいお弁当なんでしょうね。楽しみです」
巴の目を見据えてにっこりと微笑みそう告げる。
つられて巴も笑顔を見せる。
「当然です。あまりにも美味しいことに驚かないでくださいね」
「心得ましたよ。━━━でも……」
そう言って先ほど口づけた巴の頬を指でなで上げる。
「ここの感触よりも触感の良いものはないでしょうけどね」
厳しい言葉の鞭と甘い言葉の飴。
私限定に観月さんは使い分けていて、狡いなあと思う時がある。
まさに、今がそう。
END
「まったく、君って人は加減を知らないというか単純というか
…馬鹿というか。
なんで今日みたいに元々早い時間に起きなければならない日に
お弁当なんてつくって来るんですか」
そんな時間があるなら寝ていなさい。
相も変わらずの観月の小言が朝一番から巴の耳に響き渡る。
やっぱり観月さん美声だよねなどと聞き惚れはするものの
それにうつつを抜かすとまた小言の原因を作りかねない。
あわてて顔を引き締め、すこしうなだれる。
本当は巴にはうなだれなければならない理由などあまりないので
反省する気はさらさら無い。
だって、それは観月さんのためにしたことで。
むしろ観月さんが希望してたことで。
それをただ実行しただけなのに。
ただ、日が、悪かった。
それだけ。
観月の手には不釣り合いなポップな紙袋。
中身は手製のお弁当だ。
いつか、観月は料理の上手な巴に弁当をせがんだことがあった。
観月の言うことだから当然軽口や冗談ではなく本気で。
それを知っているから、張り切ってお弁当を作成した。
よりによって、早朝朝練のある今日に。
もっとも今日作ったのは単に良い材料を昨日見つけたからなのだが。
それでなければ自分だって今日作ったりはしない。
普段はあまり見せないムッとした表情で観月を見る。
「で?何時に起きたんですか?君は」
「3時半です」
「昨夜寝たのは?」
「………12時半………」
呆れたように肩をすくめ大きなため息をつく観月。
スポーツマン、いやそれ以前に成長期の人間には睡眠が必要だ。
それは常々巴にも言い聞かせてあった。
理解してくれていると思っていた。
「どうしてそんな睡眠時間になってしまうんです。
3時間しか眠っていないじゃないですか」
ナポレオンじゃあるまいし。馬鹿馬鹿しい。
自分の言ったことを受け入れて貰えなかったいらだちで
観月はついついキツイ声音になってしまう。
「だって、仕込みとかメニューの最終チェックで遅くなっちゃったし
それでも作るのには早起きしないといけなかったし…。
ご飯、土鍋で炊きたかったから時間が必要だったんですよー」
悪びれずに巴は言う。
もちろん悪びれる理由など無いからだ。
「それに、私、観月さんのためにお弁当を作りたかったんです。
そんなに責める口調で言わなくてもいいじゃないですか!」
今日の苦労が報われるどころか
小言を喰らってしまう結果になり、
なんだか悲しくなって巴は思わず涙目になる。
こんなコト言われたくてお弁当を作った訳じゃないのに。
頑張って作って、
喜んで受け取ってくれて、
美味しかったよってっていってくれて、
そういうことを期待していたのに。
可哀想な私。
ちょっとぐらいここで泣いちゃってもいいんじゃない?
泣いちゃおうか。
しかし、その気配を察したのか、
観月は慌てて、しかし真面目な顔で巴に自分の気持ちを伝える。
「すこしキツく言ってしまいましたか?すいません。
ただ、僕も君のことが心配なんです。
こんな言葉を投げつけてしまった僕に怒るのも当然ですが
それだけは分かってください━━━都合が良いかもしれませんが」
観月はいつも自分に非があると認めたことは真摯に謝る。
残念ながら自分限定のようだが。
だけど、いつもにもまして真剣で思い詰めた口調だ。
思わず巴はひるむ。
「本当に心配なんです。
睡眠不足で君の体が変調を来したらと思うと
自分のことのように怖いし
その可愛い顔の肌が荒れてしまったらと思うと悲しいです。
前に君は無理な特訓をして倒れたことがありましたね。
その時に誓ったんです、こういう事は2度と僕が起こさせないと」
あの時、自分は医務室のベッドの上で意識が無く
私の手をずっと観月さんは握っていてくれた。
それだけでなく私のために祈っていてくれさえした。
当時の彼の心情を考えると、自分に代えて考えるととても苦しい。
それが今日までの小言に繋がっているのだろうか?
━━━身体を冷やすな。
━━━準備運動、ストレッチは念入りに。
━━━無理な生活はしない。
━━━食生活に気を付ける。
━━━学業も常日頃から怠らない。
すべては私のために。
私の身の上に無理が起きないように。
もうあんな事にならないように……?
それに気づくと、もう涙は止まらなかった。
知らず知らずのうちに心配させていたことに気づいて
胸が苦しくなってしまう。
「観月さん…ごめんなさい。
私、心配してくれている観月さんの心も知らず無茶ばっかりで…。
酷い子ですよね…ごめんなさい…ありがとうございます」
巴の流す涙を観月が掬い取っていく。
己の唇で。
突然のことで涙も止まってしまった。
止まらないのは柔らかくて優しい感触だけ。
「君を泣かせてしまいましたね…本当に申し訳ない。
これは僕が勝手に心配しているだけです。
ついつい厳しい言葉をかけてしまうこともありますけど、
心配ゆえの愛の鞭だとでも思ってください。
しかしそれを君が負担に思う必要はないし感謝もしないでください。
僕も自己嫌悪に陥ってしまうこともあるんです」
心底申し訳なさそうな声色に巴は動揺する。
謝罪の言葉だなんて。
愛の鞭なんて言う言葉だなんて。
自分が彼にこんなコトを言わせてるのだと思うと。
きっと自分以外の誰かにこんなコトを言わないだろうと思うと。
なんてこの人は私のことを思ってくれてるのだろう。
胸が熱くなる。
「君のお弁当はもちろんご馳走になりますよ。
こんなに頑張って作ってくれたのですからね。
君が作ってくれたというだけで
僕にとっては充分美味しいものですけど、
きっと本当に美味しいお弁当なんでしょうね。楽しみです」
巴の目を見据えてにっこりと微笑みそう告げる。
つられて巴も笑顔を見せる。
「当然です。あまりにも美味しいことに驚かないでくださいね」
「心得ましたよ。━━━でも……」
そう言って先ほど口づけた巴の頬を指でなで上げる。
「ここの感触よりも触感の良いものはないでしょうけどね」
厳しい言葉の鞭と甘い言葉の飴。
私限定に観月さんは使い分けていて、狡いなあと思う時がある。
まさに、今がそう。
END
コポコポと心地よい音をたてながら巴は紅茶を注ぐ。
「今日は観月さんのために、チェリーティーを入れてみました。
山形って言えばサクランボですよね?」
*あなたは専属の
したり顔で観月にそう告げる。
確かに部屋には爽やかで甘酸っぱいサクランボの香りが
茶葉の香りと良い具合に絡み合って広がっている。
今日は観月の誕生日。
巴は頑張って男子の女子寮入室許可をとりつけ
観月を聖ルドルフ女子寮の自室へと招いた。
入室許可証は少なくとも担任と寮母の判子が必要で
男兄弟といえども許可を得るのは難しいとされているが
許可を欲しているのが優等生の観月だったので今回はすんなり許可された。
「こんなコトで普段の行いの良さを試されるとは思いませんでしたね」
しみじみと許可が下りたと知った観月はそうつぶやいたものだった。
簡素ながらやはりどことなく女性らしさも感じる、
巴の部屋の中心のテーブルには所狭しと言わんばかりに、
サンドウィッチ、スコーン、ケーキやタルトといった
アフタヌーンティーに必須な食べ物が並べられていた。
残念ながら、中学生と高校生の二人では夜祝うという訳にはいかないので
日中、こうしてアフタヌーンティーでお祝いすることになった。
当初は「誕生日祝いなんて構いませんよ」と、拒否していた観月だったが
巴のムダすぎるほどの熱意に圧され承諾した。
そして、しぶしぶつきあうといったカンジで巴の部屋を訪れたのだったが
室内に入って驚嘆し、来てよかったと思い直した。
なにせ、その数々の食べ物はすべて巴の手作りで、
料理が上手という噂もあながち大袈裟でないことを知った。
もちろん、味の確認はまだだが、
整った形をしているそれらは、はじめて作る物でないことを表している。
一見でも手慣れた人間が作ったことはよく分かる。
もっとも観月とて料理には精通していないので、
それがどこまでのレベルのものなのかは分かっていないのだが。
そして、今それらを食べようと巴が観月の為に紅茶を入れている。
いつ練習したのか巴の紅茶を入れる手つきは堂々としたもので
紅茶にうるさい観月も安心して見られるレベルだった。
部屋には相変わらず良い香りが漂う。
巴の部屋であろうとなかろうと、
女性の部屋というだけで甘い良い香りが漂っているものだが
彼女の部屋は特別良い香りだと感じる。
チェリーの香りは自分の好きな香りで、
普段フレーバーティーはアールグレイしか嗜まない観月だが
香りに刺激されて早く飲みたいとすら感じる。
茶葉本来の持ち味を生かした紅茶が好きだったはずなのに
これはどうしたことだろうか。
それは多分、彼女の部屋で、彼女の入れたお茶だからだろう。
しかし、それとはまた相反する感情も生まれる。
それは━━━
「はい、観月さん。どうぞ召し上がってください!」
いかにも反応を楽しみにしているといった表情で
観月に紅茶と軽食を勧める。
彼女のワクワクした表情を正面に受け止めながら
一通り飲食していく観月。
「どうですか?」口には出さずに眼で訴える巴。
そして感想を言うために口を開く。
「どうも紅茶はいただけませんね」
「えっ?」
ショックを受けた様な表情で巴は観月を見る。
茶葉多すぎたかな、温度間違ったかな、蒸らしが足りなかった…???
何がいけなかったのか、頭が混乱する。
あんなに頑張って練習したのに!
観月さんならこの練習の成果を喜んでくれるとばかり。
すっかりしょげかえる。
「君はいつの間にこんなに紅茶の煎れ方を練習していたんですか?
以前は紅茶には全く無頓着だったのに、がんばりましたね」
観月の口からどんなダメ出しが…と思った巴だが、
それとは反して褒め言葉を聞いた。
何を言われたか全く解せずきょとんとした表情になる。
じゃあ、さっきの否定は何だったのか?よく分からない。
そういった表情だ。
んふっ、といつものように笑って言葉を続ける。
「でもね、僕は嬉しくないんですよ」
まあ、君が僕のためにしてくれたという気持ち自体は嬉しいですが。
そういって、巴のすっかり混乱した表情を真剣な表情で観月は見つめる。
「君は紅茶の煎れ方なんて覚えなくていいんです。
いつだって僕が煎れたお茶だけを口にすればいい、それこそ一生」
その言葉の意図を感じ取り、巴は急に照れくさくなるが
観月はあくまで真剣な表情のままだ。
「もちろん、君は他の誰のために紅茶を入れる必要もないし、
君が僕以外の誰かのために紅茶を入れることを考えると僕は気が変になりそうです」
そしてふっと、観月の表情が緩む。
「逆に僕は君の作った食べ物ばかりを口にしたいですね。
━━━まあ、そればっかりは無理でしょうけどね」
口調がいかにも残念そうなので、思わず巴は吹き出してしまう。
それにつられて観月も笑い出す。
紅茶は嗜好品だから口にしなくても一生過ごせるが
食品となるとそうはいかないのが当然だ。
誰かの作った物しか一生口にしない、
それはもちろん幸せなことだろうがどう考えても難しい。
だいたい、彼らが寮生だという時点でアウトだ。
それを分かっていても、あえて観月はそう言いたかった。
巴のために。
これから先君の作ったものばかりを一生食べる覚悟がある、
それを示したかった。
「そうですね、じゃあ、出来る限りそうしてくれますか?
私、チャンスがあれば頑張ってガンガンお料理作っちゃいますから!
あっそれと、やっぱり私も観月さんの紅茶しか飲みたくないです。
でも紅茶は好きなんです、観月さんも頑張っていれてくださいよ?」
今は学生だから日々のお弁当ぐらいしかチャンスはないが出来る限り頑張ろう、
観月さん直々に紅茶を入れて貰う機会をがんばってつくろう、そう巴は胸に誓う。
そうしてもうひとつ。
「あと、今日もそうですけど、観月さんの誕生日ケーキを作るのは
いつだって私でありたいんですけど、いいですよね?」
巴はケーキにフォークを突き刺し、それを観月の口元へと運ぶ。
いわゆる「あーん」の体勢だ。
観月も躊躇わずにそれを口へと入れる。
「……はい。いいでしょう、おいしいですこのケーキ。
どうやら僕の口には君の作ったケーキしか口に合わないみたいですから」
珍しく優しげに眉を和らげて観月はそう答える。
そしてなにか申し合わせた訳ではないのに二人の声が重なった。
「「これからも、よろしく」」
END
「今日は観月さんのために、チェリーティーを入れてみました。
山形って言えばサクランボですよね?」
*あなたは専属の
したり顔で観月にそう告げる。
確かに部屋には爽やかで甘酸っぱいサクランボの香りが
茶葉の香りと良い具合に絡み合って広がっている。
今日は観月の誕生日。
巴は頑張って男子の女子寮入室許可をとりつけ
観月を聖ルドルフ女子寮の自室へと招いた。
入室許可証は少なくとも担任と寮母の判子が必要で
男兄弟といえども許可を得るのは難しいとされているが
許可を欲しているのが優等生の観月だったので今回はすんなり許可された。
「こんなコトで普段の行いの良さを試されるとは思いませんでしたね」
しみじみと許可が下りたと知った観月はそうつぶやいたものだった。
簡素ながらやはりどことなく女性らしさも感じる、
巴の部屋の中心のテーブルには所狭しと言わんばかりに、
サンドウィッチ、スコーン、ケーキやタルトといった
アフタヌーンティーに必須な食べ物が並べられていた。
残念ながら、中学生と高校生の二人では夜祝うという訳にはいかないので
日中、こうしてアフタヌーンティーでお祝いすることになった。
当初は「誕生日祝いなんて構いませんよ」と、拒否していた観月だったが
巴のムダすぎるほどの熱意に圧され承諾した。
そして、しぶしぶつきあうといったカンジで巴の部屋を訪れたのだったが
室内に入って驚嘆し、来てよかったと思い直した。
なにせ、その数々の食べ物はすべて巴の手作りで、
料理が上手という噂もあながち大袈裟でないことを知った。
もちろん、味の確認はまだだが、
整った形をしているそれらは、はじめて作る物でないことを表している。
一見でも手慣れた人間が作ったことはよく分かる。
もっとも観月とて料理には精通していないので、
それがどこまでのレベルのものなのかは分かっていないのだが。
そして、今それらを食べようと巴が観月の為に紅茶を入れている。
いつ練習したのか巴の紅茶を入れる手つきは堂々としたもので
紅茶にうるさい観月も安心して見られるレベルだった。
部屋には相変わらず良い香りが漂う。
巴の部屋であろうとなかろうと、
女性の部屋というだけで甘い良い香りが漂っているものだが
彼女の部屋は特別良い香りだと感じる。
チェリーの香りは自分の好きな香りで、
普段フレーバーティーはアールグレイしか嗜まない観月だが
香りに刺激されて早く飲みたいとすら感じる。
茶葉本来の持ち味を生かした紅茶が好きだったはずなのに
これはどうしたことだろうか。
それは多分、彼女の部屋で、彼女の入れたお茶だからだろう。
しかし、それとはまた相反する感情も生まれる。
それは━━━
「はい、観月さん。どうぞ召し上がってください!」
いかにも反応を楽しみにしているといった表情で
観月に紅茶と軽食を勧める。
彼女のワクワクした表情を正面に受け止めながら
一通り飲食していく観月。
「どうですか?」口には出さずに眼で訴える巴。
そして感想を言うために口を開く。
「どうも紅茶はいただけませんね」
「えっ?」
ショックを受けた様な表情で巴は観月を見る。
茶葉多すぎたかな、温度間違ったかな、蒸らしが足りなかった…???
何がいけなかったのか、頭が混乱する。
あんなに頑張って練習したのに!
観月さんならこの練習の成果を喜んでくれるとばかり。
すっかりしょげかえる。
「君はいつの間にこんなに紅茶の煎れ方を練習していたんですか?
以前は紅茶には全く無頓着だったのに、がんばりましたね」
観月の口からどんなダメ出しが…と思った巴だが、
それとは反して褒め言葉を聞いた。
何を言われたか全く解せずきょとんとした表情になる。
じゃあ、さっきの否定は何だったのか?よく分からない。
そういった表情だ。
んふっ、といつものように笑って言葉を続ける。
「でもね、僕は嬉しくないんですよ」
まあ、君が僕のためにしてくれたという気持ち自体は嬉しいですが。
そういって、巴のすっかり混乱した表情を真剣な表情で観月は見つめる。
「君は紅茶の煎れ方なんて覚えなくていいんです。
いつだって僕が煎れたお茶だけを口にすればいい、それこそ一生」
その言葉の意図を感じ取り、巴は急に照れくさくなるが
観月はあくまで真剣な表情のままだ。
「もちろん、君は他の誰のために紅茶を入れる必要もないし、
君が僕以外の誰かのために紅茶を入れることを考えると僕は気が変になりそうです」
そしてふっと、観月の表情が緩む。
「逆に僕は君の作った食べ物ばかりを口にしたいですね。
━━━まあ、そればっかりは無理でしょうけどね」
口調がいかにも残念そうなので、思わず巴は吹き出してしまう。
それにつられて観月も笑い出す。
紅茶は嗜好品だから口にしなくても一生過ごせるが
食品となるとそうはいかないのが当然だ。
誰かの作った物しか一生口にしない、
それはもちろん幸せなことだろうがどう考えても難しい。
だいたい、彼らが寮生だという時点でアウトだ。
それを分かっていても、あえて観月はそう言いたかった。
巴のために。
これから先君の作ったものばかりを一生食べる覚悟がある、
それを示したかった。
「そうですね、じゃあ、出来る限りそうしてくれますか?
私、チャンスがあれば頑張ってガンガンお料理作っちゃいますから!
あっそれと、やっぱり私も観月さんの紅茶しか飲みたくないです。
でも紅茶は好きなんです、観月さんも頑張っていれてくださいよ?」
今は学生だから日々のお弁当ぐらいしかチャンスはないが出来る限り頑張ろう、
観月さん直々に紅茶を入れて貰う機会をがんばってつくろう、そう巴は胸に誓う。
そうしてもうひとつ。
「あと、今日もそうですけど、観月さんの誕生日ケーキを作るのは
いつだって私でありたいんですけど、いいですよね?」
巴はケーキにフォークを突き刺し、それを観月の口元へと運ぶ。
いわゆる「あーん」の体勢だ。
観月も躊躇わずにそれを口へと入れる。
「……はい。いいでしょう、おいしいですこのケーキ。
どうやら僕の口には君の作ったケーキしか口に合わないみたいですから」
珍しく優しげに眉を和らげて観月はそう答える。
そしてなにか申し合わせた訳ではないのに二人の声が重なった。
「「これからも、よろしく」」
END
*君が僕にくれたもの
AM4:30。
ちょうど日の出と重なる時間だ。
ようやく鳥がさえずりだし、街が目を覚まそうとしている。
まだ高校生である観月はじめにはこのような早暁とは無縁で
未だ深い眠りにあった。
………コン………コン
そんな観月の部屋の窓の外から何か小さいものが当たる音がする。
…コン…コン…コンッ…ゴン
それはしばらく長い一定間隔で当てられていたが、
次第に間隔は短く、強く窓に当てられるようになった。
…ガツッ
窓が未だに割れないのが不思議な勢いで何か固形物が窓にぶつけられる。
そして観月はようやく眠りから覚めた。
「…チッ…まったくなんなんですか。こんな早朝に…」
不審人物なら半殺しの目に遭わせてやる。
寝起きの者特有の機嫌の悪さで窓に向かい、カーテンを開けた。
そこに見えた光景は、余りにもあり得なくて。
彼の常識からは外れすぎて、
強く握りしめたカーテンは破れる寸前のきしんだ音を立てた。
そこには、
巴がいた。
自分のダブルスパートナーで、今一番気になる異性だ。
それはともかく、彼の部屋は二階である。
そのあまりな光景に観月の開いた口はふさがらない。
巴は観月の部屋の窓の前の木に登り、こちらを見つめていた。
ちなみに観月の部屋の前に植わっている木は
室内のプライバシーを完全に隠してくれるので彼のお気に入りだ。
丈夫な枝振りもなかなか素晴らしいと思っている。
しかし、その枝も人間の体重に耐えられるとは限らない。
観月は慌てて窓を開けて、手をさしのべて
危うい体勢で木から観月の部屋の窓へと移ろうとしている巴を支えた。
そして部屋の中へ迎え入れる。
「あ、観月さんすいませんっ。おじゃましまーす」
こんな時間に何をしているのか。
意味が分からない。
何故木に登って自分の部屋を訪問しているのだろう。
落ちることを考えなかったのだろうか。
いくら巴が山育ちの野生児といっても猿も木から落ちるという言葉もある。
余りにも危険だ。
思わず大声で巴の奇行に声を張り上げそうになったが、
時間が時間なのと、こんな所が見られたらどうなるか分からないので
かろうじて自分を押さえつける。
巴が部屋に着地すると同時に窓を閉め、カーテンも慌てて閉める。
「き…君は一体何をしてたんですか!そんなところで!」
悪びれない雰囲気で、はじめて観月の部屋に入った巴は
物珍しそうに室内をきょろきょろしている。
観月は変なものを室内に置いていなくて良かったとさりげなく胸を撫で下ろす。
彼とて年頃の男子高校生だ。
いきなりガサ入れ突入されるのはかなり都合が悪い時もある
。しかし、それはともかくとしてはっきり言うことは言わないと。
謎が謎のままで終わってしまう。
すでに脳内では「何故…!?」の嵐が巻き起こっている。
一番謎なのは、そんな彼女に恐ろしい程惹かれている観月本人なのだが
それは自分自身とっくに痛感しているので気にしない。
「あ、やっぱりパジャマ派なんですね、観月さん」
観月の質問には答えず、あくまでのんきに巴は言う。
「……っ!」
当然といえば当然なのだが、寝起きを起こされたため
観月はパジャマのままだった。
完璧主義の帰来がある彼にとって、そんなだらしない姿を
人に、ましてや好きな娘に見せるなんて屈辱以外の何ものでもない。
着替えてもいない、顔も洗っていない。
巴の前でそんな無防備な姿で平気でいられるほどの仲には
残念ながらまだなっていない。
しかし、かといって彼女の前で着替えるのも難だし、
顔を洗おうすると物音で他の寮生が起き出してしまうかもしれない。
巴が今、彼の部屋内にいることがばれてはマズイ。
かなりマズイ。
観月の本音としてはこれでライバル候補も払拭できるし
(実際は二人の間に何も起こっていなくても)
晴れて公認カップルとなれるのなら別に構わないが、
どう考えても高校生の取る行動としては良くないだろう。
彼女の評判が落ちるのも不本意だ。
そういう訳で仕方なく寝起きのままで巴と接する。
「ええ、パジャマですよ。
━━━僕が裸で寝ていたらどうするつもりだったんですか、君は。
まったく考え無しですね。いつものことですが」
観月の発言に巴は赤面する。しっかり想像しているのだろう。
「さて、僕の質問には答えていないと思いますけどね、君は」
思い切り不機嫌な表情で観月は問う。
まだ深夜に等しい時間にたたき起こされ、
彼の尊厳すら微妙に脅かしているのだから仕方もないことだろう。
見慣れない、観月の寝起きの不機嫌な表情に
少しおびえながらも巴は答えた。
「ええ…ええっと、今日は何の日でしょう?」
今日?
今日は5月…。
5月27日だ。
と、言うことは……。
「観月さんのお誕生日ですよね!おめでとうございます!」
音を立てずに口で「ぱちぱちぱち」といいながら軽く拍手する巴。
━━━彼女は僕の誕生日だから、こんな時間にこんな所へと来たのか?
ここに来た理由はとても単純なことなのでよく分かったが
その行動の根拠が分からない。
誕生日だったら、早朝にたたき起こさなければいけないのか?
脳内がパニくっていて上手く働かない。
頭脳派と呼ばれる、この僕が。
巴は混乱している観月を見てとって、説明しようとする。
「ここしばらく観月さんの誕生日プレゼントって何が良いか考えてたんです」
それは知っていた。何せ彼女は隠し事が出来ないから。
「で、私なら何が欲しいかなあ…って考えて思いついたんです」
一体、彼女は何が欲しいのか?自分にはよく分からない。
彼女のデータが採れないことは悔しいことだが、
そこに快く惹かれる自分が居るのは確かだ。
「それで君なら何が欲しいんですか?今後の参考にしますよ」
語尾に本音があらわれる。
今後の参考にして彼女を喜ばせたい、素直な気持ち。
「私なら、朝起きて一番に観月さんの顔を見たいなあって思いまして」
えへへ、と照れくさそうに笑う巴。
観月はこの世で一番カワイイ生き物を見た気がした。
それは、彼女。
「それでこんな早朝に僕の部屋まで忍んできたというのですか?」
しかしながら多少あきれ顔で言う。
気持ちは嬉しいが、確かに幸せだが、馬鹿げていないとは言えない。
彼女は世界で一番可愛くて世界で一番突飛な生き物だ。
「そうなんです!これが誕生日プレゼントなんですよー。
あっ。もちろん物としてのプレゼントもちゃんと持ってきてますから!」
がさがさと持ってきたトートから派手な包みを取り出す。
「……」
「観月さんも、朝一番に私の顔をみたいなって思ってくれてたら嬉しいんですけど…。
やっぱり、こんな無茶なことをして怒っちゃいました?」
不安そうに観月を見つめる彼女の眼は少し赤い。
眠いのを我慢してここまで来たのだろう。そんな寝不足の眼だ。
そしてよく見ると表情もとろんとして眠そうだ。
普段の巴はよく食べよく動きよく寝る娘だ。
自分でもこんな時間に起きるのは辛いのに、彼女ならなおさらだろう。
お互い、眠い。
欲しい誕生日プレゼントが今出来た。
「怒ってはいないですよ。呆れているだけです。
こんな時間に女子が一人で男子の部屋に来るとは何事ですか?
世間は今とても危険だというのに人気のない時間に外をうろつくし」
「でも、だっ男子って言っても観月さんですよ!
それに私にはかかと落としという強力な技が━━━うぐっ」
観月の華奢に見えて意外とがっしりとした手が彼女の口を塞ぐ。
「ちょっと興奮して大きな声を出さないでください。お互いの為になりません。
……それに、そんなことが聞きたいんじゃないんです。
ただ心配なだけですよ、僕は。君のことが心配でたまらないんです」
ちょっと、目を離すと何をしでかすか、
何に巻き込まれるか分からない彼女。
心配で心配で仕方がない。
いくら自分のために取った行動でもそれはぬぐえない。
巴もそれを感じ取ったのかシュンとしおれている。
「でもまあ、君は僕のためにここまで出来るんですから、
もう一つ誕生日プレゼントを贈ってはいただけないですか?」
んふっ、と相変わらずの笑みをみせる観月を見て巴の胸が跳ねる。
ようやく、観月さんと自分は男と女でビミョーにそーいう関係で
彼の部屋にふたりっきりで、と思い当たったらしい。
もっとも観月は、巴が「プレゼントはワ・タ・シ」という展開にまで
想像を巡らせているとは考えてもいなかったが。
最初は混乱した表情で、最後には悟りを開いた表情で、
「観月さんが…あの…そうしたいなら…いいですっ…」
声を振り絞ってそう答えた。
「じゃあ、君と一緒に寝ましょうか?」
余りにも直截的といえば直截的な言葉が観月の口からでる。
おおよそ彼のイメージとはかけ離れた台詞だったので巴は少し驚いた。
そして、観月に抱き上げられてベッドに運ばれる。
観月の顔を見上げると少し緊張した表情で、
彼も緊張しているのだと思うとすこし安心した。
とうぜん、観月とて年頃の男子で、
女子をお姫様抱っこするなんてはじめてで緊張する。
体格が自分と近い巴は抱きにくい相手ではあるけれど
そこは男の意地もあり絶対に落とせない。
無意識だろうが(そうだと信じたい)
自分の腕の中で巴は身を固くしている。
少しでも気が和らげばと思う。
「べつに、君が嫌がるようなことはしませんよ━━━気を楽にして?」
そうして彼女をベッドの横たわらせる。
そしてその隣に観月も身を添わせる。
彼の左手は彼女の頭の下にくぐらせ指先で優しく彼女の髪を梳く、
そして右手は彼女の身体にまるで守るように回す。
いわゆる腕枕という体勢だ。
「え?観月さん?」
いくらその手のことに少し疎い巴でも、
これから先何が行われるのか想像がつく。
覚悟も出来た。
しかし、その覚悟も虚しく考えていた展開とは違ったようだ。
すっかり混乱する。
ちゃんと覚悟も出来たのに!と思わなくもない。
当然観月は馬鹿がつくほど正直な巴のその感情を表情でみてとった。
今の状態がいくら据え膳に近かったとしても流石に躊躇われる。
常識からいってもそうだし、
そもそも自分は巴に甘いのだ、甘すぎるほどに。
こんな眠たげな表情で、でも自分のために頑張ろうとする彼女を
いまここで…というのは余りにも可哀想すぎる。
それに、はじめてはもうちょっと情緒という物も欲しいし。
ロマンス小説好きな自分の美学に反する。
そして自分自身、眠気が勝っていてそれどころじゃないような気がする。
今日も当然学校へ行かなくてはならないし、
完璧な優等生でいたいし。
ただ、可愛い彼女にこの手で触れたいのは確かで。
この手に留めたいのも確かで。
「さ、学校が間に合う時間に起こしてあげますからもう少し寝なさい?」
「え…でも」
「でも、じゃありません。僕も眠いんです寝かせてください」
本当にいいんですか?といった彼女の表情をあえて無視して
観月は先に目をつぶる。
この手に閉じこめた彼女の肢体は柔らかで良い香りで。
多分本当に眠るコトなんて出来はしないだろうが
彼女を安心して眠らせることなら出来る。
━━━ピピピピピピピピ…
観月のケータイのアラームが鳴っている。
その聞き慣れた音はすでにアラームの意味を何割か失っている。
つまりすぐには起きられない。
「観月さん?観月さんってば…起きてくださいよ!」
気がつくと自分の腕の中、自分の顔の間近に巴の顔があった。
当然といえば当然なのだが、観月は非常に驚いた。
どうやら、自分も眠ってしまったらしい。
しかも普段は寝汚い(早川談)巴が自分を起こしているのだから。
ちょっと屈辱感すら覚える。
もっとも隣にいる巴の姿で帳消しだが。
「おはようございます。観月さん、よく寝ていましたね」
観月さんのこんな一面が見られて嬉しいです、そういって巴はにっこりする。
言われた本人もそれに釣られてつい笑みが漏れる。
巴はかわいい。彼女を見るだけで表情が和らぐのは当然だ。
少なくとも真剣に観月はそう思っている。
「おはようございます、巴くん、君もスッキリ出来たようですね」
先ほどの赤い眼とは打ってかわって爽やかな表情を見せる巴は
まるで朝の使者のようだと、
他人が聞いたらかなり恥ずかしく思うようなことを観月は平気で思った。
いつか、こういう朝の風景が日常になるのだろうか。
自分の誕生日なんて特別な日だけでなく。
当然のように彼女が隣にいて、起こしたり起こされたりする。
そういう生活も悪くない。
今はまだ早いけれど。
うっかり制服のまま寝てしまった巴は寝ジワを気にして
すでにベッドから起き出して、鏡の前で自分の姿を見回し確認している。
そういう姿を眺めることすら楽しく感じる。
いとおしい。
驚いたけれども、こんな誕生日祝いも悪くないな、と思った。
END
オマケ
AM4:30。
ちょうど日の出と重なる時間だ。
ようやく鳥がさえずりだし、街が目を覚まそうとしている。
まだ高校生である観月はじめにはこのような早暁とは無縁で
未だ深い眠りにあった。
………コン………コン
そんな観月の部屋の窓の外から何か小さいものが当たる音がする。
…コン…コン…コンッ…ゴン
それはしばらく長い一定間隔で当てられていたが、
次第に間隔は短く、強く窓に当てられるようになった。
…ガツッ
窓が未だに割れないのが不思議な勢いで何か固形物が窓にぶつけられる。
そして観月はようやく眠りから覚めた。
「…チッ…まったくなんなんですか。こんな早朝に…」
不審人物なら半殺しの目に遭わせてやる。
寝起きの者特有の機嫌の悪さで窓に向かい、カーテンを開けた。
そこに見えた光景は、余りにもあり得なくて。
彼の常識からは外れすぎて、
強く握りしめたカーテンは破れる寸前のきしんだ音を立てた。
そこには、
巴がいた。
自分のダブルスパートナーで、今一番気になる異性だ。
それはともかく、彼の部屋は二階である。
そのあまりな光景に観月の開いた口はふさがらない。
巴は観月の部屋の窓の前の木に登り、こちらを見つめていた。
ちなみに観月の部屋の前に植わっている木は
室内のプライバシーを完全に隠してくれるので彼のお気に入りだ。
丈夫な枝振りもなかなか素晴らしいと思っている。
しかし、その枝も人間の体重に耐えられるとは限らない。
観月は慌てて窓を開けて、手をさしのべて
危うい体勢で木から観月の部屋の窓へと移ろうとしている巴を支えた。
そして部屋の中へ迎え入れる。
「あ、観月さんすいませんっ。おじゃましまーす」
こんな時間に何をしているのか。
意味が分からない。
何故木に登って自分の部屋を訪問しているのだろう。
落ちることを考えなかったのだろうか。
いくら巴が山育ちの野生児といっても猿も木から落ちるという言葉もある。
余りにも危険だ。
思わず大声で巴の奇行に声を張り上げそうになったが、
時間が時間なのと、こんな所が見られたらどうなるか分からないので
かろうじて自分を押さえつける。
巴が部屋に着地すると同時に窓を閉め、カーテンも慌てて閉める。
「き…君は一体何をしてたんですか!そんなところで!」
悪びれない雰囲気で、はじめて観月の部屋に入った巴は
物珍しそうに室内をきょろきょろしている。
観月は変なものを室内に置いていなくて良かったとさりげなく胸を撫で下ろす。
彼とて年頃の男子高校生だ。
いきなりガサ入れ突入されるのはかなり都合が悪い時もある
。しかし、それはともかくとしてはっきり言うことは言わないと。
謎が謎のままで終わってしまう。
すでに脳内では「何故…!?」の嵐が巻き起こっている。
一番謎なのは、そんな彼女に恐ろしい程惹かれている観月本人なのだが
それは自分自身とっくに痛感しているので気にしない。
「あ、やっぱりパジャマ派なんですね、観月さん」
観月の質問には答えず、あくまでのんきに巴は言う。
「……っ!」
当然といえば当然なのだが、寝起きを起こされたため
観月はパジャマのままだった。
完璧主義の帰来がある彼にとって、そんなだらしない姿を
人に、ましてや好きな娘に見せるなんて屈辱以外の何ものでもない。
着替えてもいない、顔も洗っていない。
巴の前でそんな無防備な姿で平気でいられるほどの仲には
残念ながらまだなっていない。
しかし、かといって彼女の前で着替えるのも難だし、
顔を洗おうすると物音で他の寮生が起き出してしまうかもしれない。
巴が今、彼の部屋内にいることがばれてはマズイ。
かなりマズイ。
観月の本音としてはこれでライバル候補も払拭できるし
(実際は二人の間に何も起こっていなくても)
晴れて公認カップルとなれるのなら別に構わないが、
どう考えても高校生の取る行動としては良くないだろう。
彼女の評判が落ちるのも不本意だ。
そういう訳で仕方なく寝起きのままで巴と接する。
「ええ、パジャマですよ。
━━━僕が裸で寝ていたらどうするつもりだったんですか、君は。
まったく考え無しですね。いつものことですが」
観月の発言に巴は赤面する。しっかり想像しているのだろう。
「さて、僕の質問には答えていないと思いますけどね、君は」
思い切り不機嫌な表情で観月は問う。
まだ深夜に等しい時間にたたき起こされ、
彼の尊厳すら微妙に脅かしているのだから仕方もないことだろう。
見慣れない、観月の寝起きの不機嫌な表情に
少しおびえながらも巴は答えた。
「ええ…ええっと、今日は何の日でしょう?」
今日?
今日は5月…。
5月27日だ。
と、言うことは……。
「観月さんのお誕生日ですよね!おめでとうございます!」
音を立てずに口で「ぱちぱちぱち」といいながら軽く拍手する巴。
━━━彼女は僕の誕生日だから、こんな時間にこんな所へと来たのか?
ここに来た理由はとても単純なことなのでよく分かったが
その行動の根拠が分からない。
誕生日だったら、早朝にたたき起こさなければいけないのか?
脳内がパニくっていて上手く働かない。
頭脳派と呼ばれる、この僕が。
巴は混乱している観月を見てとって、説明しようとする。
「ここしばらく観月さんの誕生日プレゼントって何が良いか考えてたんです」
それは知っていた。何せ彼女は隠し事が出来ないから。
「で、私なら何が欲しいかなあ…って考えて思いついたんです」
一体、彼女は何が欲しいのか?自分にはよく分からない。
彼女のデータが採れないことは悔しいことだが、
そこに快く惹かれる自分が居るのは確かだ。
「それで君なら何が欲しいんですか?今後の参考にしますよ」
語尾に本音があらわれる。
今後の参考にして彼女を喜ばせたい、素直な気持ち。
「私なら、朝起きて一番に観月さんの顔を見たいなあって思いまして」
えへへ、と照れくさそうに笑う巴。
観月はこの世で一番カワイイ生き物を見た気がした。
それは、彼女。
「それでこんな早朝に僕の部屋まで忍んできたというのですか?」
しかしながら多少あきれ顔で言う。
気持ちは嬉しいが、確かに幸せだが、馬鹿げていないとは言えない。
彼女は世界で一番可愛くて世界で一番突飛な生き物だ。
「そうなんです!これが誕生日プレゼントなんですよー。
あっ。もちろん物としてのプレゼントもちゃんと持ってきてますから!」
がさがさと持ってきたトートから派手な包みを取り出す。
「……」
「観月さんも、朝一番に私の顔をみたいなって思ってくれてたら嬉しいんですけど…。
やっぱり、こんな無茶なことをして怒っちゃいました?」
不安そうに観月を見つめる彼女の眼は少し赤い。
眠いのを我慢してここまで来たのだろう。そんな寝不足の眼だ。
そしてよく見ると表情もとろんとして眠そうだ。
普段の巴はよく食べよく動きよく寝る娘だ。
自分でもこんな時間に起きるのは辛いのに、彼女ならなおさらだろう。
お互い、眠い。
欲しい誕生日プレゼントが今出来た。
「怒ってはいないですよ。呆れているだけです。
こんな時間に女子が一人で男子の部屋に来るとは何事ですか?
世間は今とても危険だというのに人気のない時間に外をうろつくし」
「でも、だっ男子って言っても観月さんですよ!
それに私にはかかと落としという強力な技が━━━うぐっ」
観月の華奢に見えて意外とがっしりとした手が彼女の口を塞ぐ。
「ちょっと興奮して大きな声を出さないでください。お互いの為になりません。
……それに、そんなことが聞きたいんじゃないんです。
ただ心配なだけですよ、僕は。君のことが心配でたまらないんです」
ちょっと、目を離すと何をしでかすか、
何に巻き込まれるか分からない彼女。
心配で心配で仕方がない。
いくら自分のために取った行動でもそれはぬぐえない。
巴もそれを感じ取ったのかシュンとしおれている。
「でもまあ、君は僕のためにここまで出来るんですから、
もう一つ誕生日プレゼントを贈ってはいただけないですか?」
んふっ、と相変わらずの笑みをみせる観月を見て巴の胸が跳ねる。
ようやく、観月さんと自分は男と女でビミョーにそーいう関係で
彼の部屋にふたりっきりで、と思い当たったらしい。
もっとも観月は、巴が「プレゼントはワ・タ・シ」という展開にまで
想像を巡らせているとは考えてもいなかったが。
最初は混乱した表情で、最後には悟りを開いた表情で、
「観月さんが…あの…そうしたいなら…いいですっ…」
声を振り絞ってそう答えた。
「じゃあ、君と一緒に寝ましょうか?」
余りにも直截的といえば直截的な言葉が観月の口からでる。
おおよそ彼のイメージとはかけ離れた台詞だったので巴は少し驚いた。
そして、観月に抱き上げられてベッドに運ばれる。
観月の顔を見上げると少し緊張した表情で、
彼も緊張しているのだと思うとすこし安心した。
とうぜん、観月とて年頃の男子で、
女子をお姫様抱っこするなんてはじめてで緊張する。
体格が自分と近い巴は抱きにくい相手ではあるけれど
そこは男の意地もあり絶対に落とせない。
無意識だろうが(そうだと信じたい)
自分の腕の中で巴は身を固くしている。
少しでも気が和らげばと思う。
「べつに、君が嫌がるようなことはしませんよ━━━気を楽にして?」
そうして彼女をベッドの横たわらせる。
そしてその隣に観月も身を添わせる。
彼の左手は彼女の頭の下にくぐらせ指先で優しく彼女の髪を梳く、
そして右手は彼女の身体にまるで守るように回す。
いわゆる腕枕という体勢だ。
「え?観月さん?」
いくらその手のことに少し疎い巴でも、
これから先何が行われるのか想像がつく。
覚悟も出来た。
しかし、その覚悟も虚しく考えていた展開とは違ったようだ。
すっかり混乱する。
ちゃんと覚悟も出来たのに!と思わなくもない。
当然観月は馬鹿がつくほど正直な巴のその感情を表情でみてとった。
今の状態がいくら据え膳に近かったとしても流石に躊躇われる。
常識からいってもそうだし、
そもそも自分は巴に甘いのだ、甘すぎるほどに。
こんな眠たげな表情で、でも自分のために頑張ろうとする彼女を
いまここで…というのは余りにも可哀想すぎる。
それに、はじめてはもうちょっと情緒という物も欲しいし。
ロマンス小説好きな自分の美学に反する。
そして自分自身、眠気が勝っていてそれどころじゃないような気がする。
今日も当然学校へ行かなくてはならないし、
完璧な優等生でいたいし。
ただ、可愛い彼女にこの手で触れたいのは確かで。
この手に留めたいのも確かで。
「さ、学校が間に合う時間に起こしてあげますからもう少し寝なさい?」
「え…でも」
「でも、じゃありません。僕も眠いんです寝かせてください」
本当にいいんですか?といった彼女の表情をあえて無視して
観月は先に目をつぶる。
この手に閉じこめた彼女の肢体は柔らかで良い香りで。
多分本当に眠るコトなんて出来はしないだろうが
彼女を安心して眠らせることなら出来る。
━━━ピピピピピピピピ…
観月のケータイのアラームが鳴っている。
その聞き慣れた音はすでにアラームの意味を何割か失っている。
つまりすぐには起きられない。
「観月さん?観月さんってば…起きてくださいよ!」
気がつくと自分の腕の中、自分の顔の間近に巴の顔があった。
当然といえば当然なのだが、観月は非常に驚いた。
どうやら、自分も眠ってしまったらしい。
しかも普段は寝汚い(早川談)巴が自分を起こしているのだから。
ちょっと屈辱感すら覚える。
もっとも隣にいる巴の姿で帳消しだが。
「おはようございます。観月さん、よく寝ていましたね」
観月さんのこんな一面が見られて嬉しいです、そういって巴はにっこりする。
言われた本人もそれに釣られてつい笑みが漏れる。
巴はかわいい。彼女を見るだけで表情が和らぐのは当然だ。
少なくとも真剣に観月はそう思っている。
「おはようございます、巴くん、君もスッキリ出来たようですね」
先ほどの赤い眼とは打ってかわって爽やかな表情を見せる巴は
まるで朝の使者のようだと、
他人が聞いたらかなり恥ずかしく思うようなことを観月は平気で思った。
いつか、こういう朝の風景が日常になるのだろうか。
自分の誕生日なんて特別な日だけでなく。
当然のように彼女が隣にいて、起こしたり起こされたりする。
そういう生活も悪くない。
今はまだ早いけれど。
うっかり制服のまま寝てしまった巴は寝ジワを気にして
すでにベッドから起き出して、鏡の前で自分の姿を見回し確認している。
そういう姿を眺めることすら楽しく感じる。
いとおしい。
驚いたけれども、こんな誕生日祝いも悪くないな、と思った。
END
オマケ
*君が僕にくれたもの:おまけ
「……で、君は一体どうするというですか?
前々から注意しているように、君はどうも後先を考えない」
ちょっとは反省しなさい。少し怖い顔で観月はそう言った。
本当に、この状況、どうしたものか。
ほとほと悩んでしまう。
「だって!一緒に寝ようって言ったのは観月さんじゃないですか~。
観月さんも責任の一端を握ってると思うんですけど」
少し不満げに口を尖らせて巴も言う。
「こ、声が大きいですよ。
それはそうですけど…じゃあ、君は良い案があるとでも言うんですか?」
観月のアラームが鳴る時間。
つまり寮生全員の起床時間だ。当然日も高い。
おまけに今日は観月の誕生日を祝うかのごとく快晴で雲一つ無い。
視界も当然良好だ。
したがって、巴がこっそり寮を抜け出すのは困難になってしまった。
堂々と正面玄関から出られる訳も無し。
窓からといっても、いくら木が少しは隠れ蓑になるといっても、
こんなに明るくては完全にこっそり出るのは難しい。
もちろん、他の寮生、たとえば柳沢とか木更津に協力を求めれば
なんとかなるかもしれない。
しかし、それは一番使いたくない手だ。
後で何を言われるものだか知れたものではない。
と、なると完全に打つ手無しだ。
頭を抱えて観月はしゃがみ込む。
いつの間にか、巴のペースに巻き込まれている。
いつも冷静でスマートな行動を好む、この自分がこの有様だ。
もっとも彼女絡みだと不快は感じないのだが
それが惚れた弱みと言うことなのだろうか。
あ、と巴がぽんと手を打つ。
「じゃあ、もう一回寝ましょうか?
今日はもう二人してお休みしちゃって、みんなが学校行っちゃうまで」
まあ、あとは寮母さんの外出狙って。
のんきな声で言う。
彼女が言うと、馬鹿馬鹿しい提案ももっともらしく聞こえるから不思議だ。
だが、まあいいでしょう。それも悪くない。
彼女と一緒なら、なんだって。
「でも、お腹空きませんか?」
観月らしく現実的な意見を述べる。
食べ盛りの彼らのこと、食欲は切り離せない。
しかし、その意見も巴のえへへ…と得意そうな笑みで解決の兆しだ。
じゃーん、と先ほど出していた派手な包みを開ける。
「ドライフルーツたっぷりのバースデーケーキでーす♪はい、解決解決~」
いつ食べてもらえるか分からなかったので、生ケーキは避けたんですが
それが今回良い方に転がりましたねー、いつでも食べられますよ。
得意げに胸を反らして巴は言う。
観月も嬉しげにそれに答える。
「じゃあ、これを食べて腹ごしらえしてまた寝てしまいましょうか」
優等生の自分がサボって彼女と二度寝なんて本来もってのほかだけれど。
今日は特別の日だ、こんな日があっても良いだろう。
彼女に出会ってから自分自身変化が顕著だ。
よい傾向か悪い傾向かは分からないけれども、
自分自身の気持ちだけははっきりといい傾向に向かっているのが分かる。
それで充分。
「ですが、寮から抜け出せたらその後は、
朝練に出られなかった分ちゃんとトレーニングしますからね。
充分睡眠も取るんですから心してくださいね」
でも、いつもの変わらない自分も大切に。
えー、と不満げな彼女の声が聞こえても、それだけは変えずに。
END
「……で、君は一体どうするというですか?
前々から注意しているように、君はどうも後先を考えない」
ちょっとは反省しなさい。少し怖い顔で観月はそう言った。
本当に、この状況、どうしたものか。
ほとほと悩んでしまう。
「だって!一緒に寝ようって言ったのは観月さんじゃないですか~。
観月さんも責任の一端を握ってると思うんですけど」
少し不満げに口を尖らせて巴も言う。
「こ、声が大きいですよ。
それはそうですけど…じゃあ、君は良い案があるとでも言うんですか?」
観月のアラームが鳴る時間。
つまり寮生全員の起床時間だ。当然日も高い。
おまけに今日は観月の誕生日を祝うかのごとく快晴で雲一つ無い。
視界も当然良好だ。
したがって、巴がこっそり寮を抜け出すのは困難になってしまった。
堂々と正面玄関から出られる訳も無し。
窓からといっても、いくら木が少しは隠れ蓑になるといっても、
こんなに明るくては完全にこっそり出るのは難しい。
もちろん、他の寮生、たとえば柳沢とか木更津に協力を求めれば
なんとかなるかもしれない。
しかし、それは一番使いたくない手だ。
後で何を言われるものだか知れたものではない。
と、なると完全に打つ手無しだ。
頭を抱えて観月はしゃがみ込む。
いつの間にか、巴のペースに巻き込まれている。
いつも冷静でスマートな行動を好む、この自分がこの有様だ。
もっとも彼女絡みだと不快は感じないのだが
それが惚れた弱みと言うことなのだろうか。
あ、と巴がぽんと手を打つ。
「じゃあ、もう一回寝ましょうか?
今日はもう二人してお休みしちゃって、みんなが学校行っちゃうまで」
まあ、あとは寮母さんの外出狙って。
のんきな声で言う。
彼女が言うと、馬鹿馬鹿しい提案ももっともらしく聞こえるから不思議だ。
だが、まあいいでしょう。それも悪くない。
彼女と一緒なら、なんだって。
「でも、お腹空きませんか?」
観月らしく現実的な意見を述べる。
食べ盛りの彼らのこと、食欲は切り離せない。
しかし、その意見も巴のえへへ…と得意そうな笑みで解決の兆しだ。
じゃーん、と先ほど出していた派手な包みを開ける。
「ドライフルーツたっぷりのバースデーケーキでーす♪はい、解決解決~」
いつ食べてもらえるか分からなかったので、生ケーキは避けたんですが
それが今回良い方に転がりましたねー、いつでも食べられますよ。
得意げに胸を反らして巴は言う。
観月も嬉しげにそれに答える。
「じゃあ、これを食べて腹ごしらえしてまた寝てしまいましょうか」
優等生の自分がサボって彼女と二度寝なんて本来もってのほかだけれど。
今日は特別の日だ、こんな日があっても良いだろう。
彼女に出会ってから自分自身変化が顕著だ。
よい傾向か悪い傾向かは分からないけれども、
自分自身の気持ちだけははっきりといい傾向に向かっているのが分かる。
それで充分。
「ですが、寮から抜け出せたらその後は、
朝練に出られなかった分ちゃんとトレーニングしますからね。
充分睡眠も取るんですから心してくださいね」
でも、いつもの変わらない自分も大切に。
えー、と不満げな彼女の声が聞こえても、それだけは変えずに。
END
━━━おや?
気付かないウチに眠ってしまったんですか。
全く仕方のない人ですね。
*おはよう
観月はPCから予測試合データを弾き出す手を止め、
隣りで気持ち良さそうに寝ている娘を眺めた。
その寝顔には少し疲労の色が見える。
それもそうだろう、何せJr選抜合宿の終盤だ。
日々ハードな特訓を施されている。
どんな体力自慢の選手であっても疲れは隠せなくなってきている。
当然体力自慢ではない観月も、疲労の色が濃くなっている。
もともと体力自体有り余るほうではないし
選手の肉体としても細身で小柄な方だ。
彼が選抜されたのもひとえにその卓越した頭脳による所が大きい。
もっとも頭脳が目立っているだけで
技術にしても基礎能力にしても他の選手にひけを取らないものだが。
だが、疲れていても彼は他人にみせるようなことはしない。
他人に対して弱みを見せることはしない。
逆に平然としてみせることで周囲に与える精神的な物を考慮している。
皆が疲れ切っていて、この休憩時間も睡眠に当てる選手が多い中
平気な顔をして普段と変わりない見せることは相手に脅威を感じさせることだ
実際、今観月に脅威を覚える者も少なくないだろう。
巴に対してもそうだ。例え彼女しか見ていなくても平気を装う。
隣ですやすや眠る彼女はとても気持ちが良さそうで、
目が覚めたら、疲労は消え去っているのだろうとは思うけれど、
彼女の隣で一緒にまどろむことは幸せなことかもしれないけれど、
自分もそれに従って眠る気にはとてもなれない。
すでに自分が完璧な人間ではないことは巴も知っている。
けれども、少しでも自分が完璧な人間に映るように努力はしたい。
疲れていても平気な顔をして安心させたい。
寝ている自分を見つけて「観月さんも疲れてるんだな」なんて
不安感を抱かせてはならない。
彼女が目を覚ました時には平然としている自分を見て欲しい。
そして、まだあどけなさの残る彼女の寝姿を眺めていたいという欲もある。
なんの夢を見ているのかころころと表情を変える彼女を見逃すのは惜しいし、
立てる寝息すら愛おしい。
それに、僕が寝てしまったら
誰かが巴くんの寝姿を無遠慮に見てしまうかもしれませんしね。
彼女のこんな姿を眺めていても良いのは自分だけですから。
データを取らずとも想定だけでもライバルは沢山いる。
隙を与えてはいけない。
これが独占欲と呼ばれ、誰かにあざ笑われても構わない。
「……くしゅっ」
やれやれ、こんなところで眠ってしまうと本当に風邪を引いてしまいますよ。
それに女性の身体は冷やしてはいけないように出来ているというのに…。
寒さのせいか、一つくしゃみをして少し堅く縮こまった彼女の身体を見て
観月は自分の身につけていたジャージを掛けてやる。
実際のところは自分だって寒いのだけれど
彼女が風邪を引いて苦しむよりは、自分が苦しんだ方が何倍もマシだから。
だから寒くても平然と、引き続きPCに向かって作業を続けた。
もっとも、北国生まれの自分には寒さも我慢できる程度だったというのもあるが。
寒さでうっすら覚め始めた意識の中、急に暖かさに包まれる。
あれ?さっきまでなんだか寒かったはずなのに━━━。
心地よい、身体に馴染んだ暖かさ。
それになぜか観月さんの匂いもする。
観月さんにぎゅってされたらこんなカンジなのかなあ?
なんだかよく分からないけれど、幸せな気分になって
巴は再び眠りの国に帰っていった。
休憩時間もあと半分を過ぎ、休憩していた選手達も動き始めた。
そのざわめきで巴は現実世界に引き戻された。
「あれ?観月さん…」
寝てしまうちょっと前と何ら変わらず作業をしている観月が目に入る。
変わっているのは彼の服装。ジャージを着ていない。半袖のウェアだ。
それもその筈だ。自分の肩にかけられているのだから。
「ああ、巴くん、起きてしまったんですか?
あと20分ぐらいあります。この時間はもう最後まで寝ていてください」
目を開いて一番最初に映るものが
小言を言わない優しい観月さんだなんて幸せだなあとぼんやり思う。
思ってなんだか顔がにやけてきた。
「えへへー…」
「どうしたんです。起きて急に笑い出すなんて」
気持ちの悪い、と言外に含めて眉をひそめて観月があきらかに不審そうに問う。
このちょっと突き放したカンジの観月さんもイイよねー。
などと、巴に思われていることなどつゆ知らず。
「なんだか、観月さんって、カッコイイなって思いまして。
だって、隣でずっと起きていてくれて安心して眠っちゃいましたし、
ジャージもあったかかったですし」
「……そ、そうですか?」
「はい。だから余りにも幸せで笑っちゃったんです」
にっこり笑って巴はそう言った。
━━━よかった、彼女の目には自分の狙い通りの自分が映っているようですね。
彼女の目に浮かぶのは自分に対する安心感、信頼。
いつだって彼女の目に映りたいと思っていた自分の姿がそこにある。
「んふっ」
「観月さんこそ、どうしたんですか?私、何か変なこと言いましたか?」
急に笑い出す観月を不思議そうに見る巴。
「いいえ━━━何も。ただ、僕こそ幸せで」
ああ、でも、と引き続き言葉を紡ぐ。普段滅多に見ないような幸福そうな笑顔で。
「これからはうたた寝する時は必ず僕の隣でだけと約束してください。
目覚めて最初に見るのも僕、君が寒さで凍えないようにするのも、
悪い視線から護るのも僕。……いいですね?」
END
気付かないウチに眠ってしまったんですか。
全く仕方のない人ですね。
*おはよう
観月はPCから予測試合データを弾き出す手を止め、
隣りで気持ち良さそうに寝ている娘を眺めた。
その寝顔には少し疲労の色が見える。
それもそうだろう、何せJr選抜合宿の終盤だ。
日々ハードな特訓を施されている。
どんな体力自慢の選手であっても疲れは隠せなくなってきている。
当然体力自慢ではない観月も、疲労の色が濃くなっている。
もともと体力自体有り余るほうではないし
選手の肉体としても細身で小柄な方だ。
彼が選抜されたのもひとえにその卓越した頭脳による所が大きい。
もっとも頭脳が目立っているだけで
技術にしても基礎能力にしても他の選手にひけを取らないものだが。
だが、疲れていても彼は他人にみせるようなことはしない。
他人に対して弱みを見せることはしない。
逆に平然としてみせることで周囲に与える精神的な物を考慮している。
皆が疲れ切っていて、この休憩時間も睡眠に当てる選手が多い中
平気な顔をして普段と変わりない見せることは相手に脅威を感じさせることだ
実際、今観月に脅威を覚える者も少なくないだろう。
巴に対してもそうだ。例え彼女しか見ていなくても平気を装う。
隣ですやすや眠る彼女はとても気持ちが良さそうで、
目が覚めたら、疲労は消え去っているのだろうとは思うけれど、
彼女の隣で一緒にまどろむことは幸せなことかもしれないけれど、
自分もそれに従って眠る気にはとてもなれない。
すでに自分が完璧な人間ではないことは巴も知っている。
けれども、少しでも自分が完璧な人間に映るように努力はしたい。
疲れていても平気な顔をして安心させたい。
寝ている自分を見つけて「観月さんも疲れてるんだな」なんて
不安感を抱かせてはならない。
彼女が目を覚ました時には平然としている自分を見て欲しい。
そして、まだあどけなさの残る彼女の寝姿を眺めていたいという欲もある。
なんの夢を見ているのかころころと表情を変える彼女を見逃すのは惜しいし、
立てる寝息すら愛おしい。
それに、僕が寝てしまったら
誰かが巴くんの寝姿を無遠慮に見てしまうかもしれませんしね。
彼女のこんな姿を眺めていても良いのは自分だけですから。
データを取らずとも想定だけでもライバルは沢山いる。
隙を与えてはいけない。
これが独占欲と呼ばれ、誰かにあざ笑われても構わない。
「……くしゅっ」
やれやれ、こんなところで眠ってしまうと本当に風邪を引いてしまいますよ。
それに女性の身体は冷やしてはいけないように出来ているというのに…。
寒さのせいか、一つくしゃみをして少し堅く縮こまった彼女の身体を見て
観月は自分の身につけていたジャージを掛けてやる。
実際のところは自分だって寒いのだけれど
彼女が風邪を引いて苦しむよりは、自分が苦しんだ方が何倍もマシだから。
だから寒くても平然と、引き続きPCに向かって作業を続けた。
もっとも、北国生まれの自分には寒さも我慢できる程度だったというのもあるが。
寒さでうっすら覚め始めた意識の中、急に暖かさに包まれる。
あれ?さっきまでなんだか寒かったはずなのに━━━。
心地よい、身体に馴染んだ暖かさ。
それになぜか観月さんの匂いもする。
観月さんにぎゅってされたらこんなカンジなのかなあ?
なんだかよく分からないけれど、幸せな気分になって
巴は再び眠りの国に帰っていった。
休憩時間もあと半分を過ぎ、休憩していた選手達も動き始めた。
そのざわめきで巴は現実世界に引き戻された。
「あれ?観月さん…」
寝てしまうちょっと前と何ら変わらず作業をしている観月が目に入る。
変わっているのは彼の服装。ジャージを着ていない。半袖のウェアだ。
それもその筈だ。自分の肩にかけられているのだから。
「ああ、巴くん、起きてしまったんですか?
あと20分ぐらいあります。この時間はもう最後まで寝ていてください」
目を開いて一番最初に映るものが
小言を言わない優しい観月さんだなんて幸せだなあとぼんやり思う。
思ってなんだか顔がにやけてきた。
「えへへー…」
「どうしたんです。起きて急に笑い出すなんて」
気持ちの悪い、と言外に含めて眉をひそめて観月があきらかに不審そうに問う。
このちょっと突き放したカンジの観月さんもイイよねー。
などと、巴に思われていることなどつゆ知らず。
「なんだか、観月さんって、カッコイイなって思いまして。
だって、隣でずっと起きていてくれて安心して眠っちゃいましたし、
ジャージもあったかかったですし」
「……そ、そうですか?」
「はい。だから余りにも幸せで笑っちゃったんです」
にっこり笑って巴はそう言った。
━━━よかった、彼女の目には自分の狙い通りの自分が映っているようですね。
彼女の目に浮かぶのは自分に対する安心感、信頼。
いつだって彼女の目に映りたいと思っていた自分の姿がそこにある。
「んふっ」
「観月さんこそ、どうしたんですか?私、何か変なこと言いましたか?」
急に笑い出す観月を不思議そうに見る巴。
「いいえ━━━何も。ただ、僕こそ幸せで」
ああ、でも、と引き続き言葉を紡ぐ。普段滅多に見ないような幸福そうな笑顔で。
「これからはうたた寝する時は必ず僕の隣でだけと約束してください。
目覚めて最初に見るのも僕、君が寒さで凍えないようにするのも、
悪い視線から護るのも僕。……いいですね?」
END
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