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本文なし
『アメとムチ』
「まったく、君って人は加減を知らないというか単純というか
…馬鹿というか。
なんで今日みたいに元々早い時間に起きなければならない日に
お弁当なんてつくって来るんですか」
そんな時間があるなら寝ていなさい。
相も変わらずの観月の小言が朝一番から巴の耳に響き渡る。
やっぱり観月さん美声だよねなどと聞き惚れはするものの
それにうつつを抜かすとまた小言の原因を作りかねない。
あわてて顔を引き締め、すこしうなだれる。
本当は巴にはうなだれなければならない理由などあまりないので
反省する気はさらさら無い。
だって、それは観月さんのためにしたことで。
むしろ観月さんが希望してたことで。
それをただ実行しただけなのに。
ただ、日が、悪かった。
それだけ。
観月の手には不釣り合いなポップな紙袋。
中身は手製のお弁当だ。
いつか、観月は料理の上手な巴に弁当をせがんだことがあった。
観月の言うことだから当然軽口や冗談ではなく本気で。
それを知っているから、張り切ってお弁当を作成した。
よりによって、早朝朝練のある今日に。
もっとも今日作ったのは単に良い材料を昨日見つけたからなのだが。
それでなければ自分だって今日作ったりはしない。
普段はあまり見せないムッとした表情で観月を見る。
「で?何時に起きたんですか?君は」
「3時半です」
「昨夜寝たのは?」
「………12時半………」
呆れたように肩をすくめ大きなため息をつく観月。
スポーツマン、いやそれ以前に成長期の人間には睡眠が必要だ。
それは常々巴にも言い聞かせてあった。
理解してくれていると思っていた。
「どうしてそんな睡眠時間になってしまうんです。
3時間しか眠っていないじゃないですか」
ナポレオンじゃあるまいし。馬鹿馬鹿しい。
自分の言ったことを受け入れて貰えなかったいらだちで
観月はついついキツイ声音になってしまう。
「だって、仕込みとかメニューの最終チェックで遅くなっちゃったし
それでも作るのには早起きしないといけなかったし…。
ご飯、土鍋で炊きたかったから時間が必要だったんですよー」
悪びれずに巴は言う。
もちろん悪びれる理由など無いからだ。
「それに、私、観月さんのためにお弁当を作りたかったんです。
そんなに責める口調で言わなくてもいいじゃないですか!」
今日の苦労が報われるどころか
小言を喰らってしまう結果になり、
なんだか悲しくなって巴は思わず涙目になる。
こんなコト言われたくてお弁当を作った訳じゃないのに。
頑張って作って、
喜んで受け取ってくれて、
美味しかったよってっていってくれて、
そういうことを期待していたのに。
可哀想な私。
ちょっとぐらいここで泣いちゃってもいいんじゃない?
泣いちゃおうか。
しかし、その気配を察したのか、
観月は慌てて、しかし真面目な顔で巴に自分の気持ちを伝える。
「すこしキツく言ってしまいましたか?すいません。
ただ、僕も君のことが心配なんです。
こんな言葉を投げつけてしまった僕に怒るのも当然ですが
それだけは分かってください━━━都合が良いかもしれませんが」
観月はいつも自分に非があると認めたことは真摯に謝る。
残念ながら自分限定のようだが。
だけど、いつもにもまして真剣で思い詰めた口調だ。
思わず巴はひるむ。
「本当に心配なんです。
睡眠不足で君の体が変調を来したらと思うと
自分のことのように怖いし
その可愛い顔の肌が荒れてしまったらと思うと悲しいです。
前に君は無理な特訓をして倒れたことがありましたね。
その時に誓ったんです、こういう事は2度と僕が起こさせないと」
あの時、自分は医務室のベッドの上で意識が無く
私の手をずっと観月さんは握っていてくれた。
それだけでなく私のために祈っていてくれさえした。
当時の彼の心情を考えると、自分に代えて考えるととても苦しい。
それが今日までの小言に繋がっているのだろうか?
━━━身体を冷やすな。
━━━準備運動、ストレッチは念入りに。
━━━無理な生活はしない。
━━━食生活に気を付ける。
━━━学業も常日頃から怠らない。
すべては私のために。
私の身の上に無理が起きないように。
もうあんな事にならないように……?
それに気づくと、もう涙は止まらなかった。
知らず知らずのうちに心配させていたことに気づいて
胸が苦しくなってしまう。
「観月さん…ごめんなさい。
私、心配してくれている観月さんの心も知らず無茶ばっかりで…。
酷い子ですよね…ごめんなさい…ありがとうございます」
巴の流す涙を観月が掬い取っていく。
己の唇で。
突然のことで涙も止まってしまった。
止まらないのは柔らかくて優しい感触だけ。
「君を泣かせてしまいましたね…本当に申し訳ない。
これは僕が勝手に心配しているだけです。
ついつい厳しい言葉をかけてしまうこともありますけど、
心配ゆえの愛の鞭だとでも思ってください。
しかしそれを君が負担に思う必要はないし感謝もしないでください。
僕も自己嫌悪に陥ってしまうこともあるんです」
心底申し訳なさそうな声色に巴は動揺する。
謝罪の言葉だなんて。
愛の鞭なんて言う言葉だなんて。
自分が彼にこんなコトを言わせてるのだと思うと。
きっと自分以外の誰かにこんなコトを言わないだろうと思うと。
なんてこの人は私のことを思ってくれてるのだろう。
胸が熱くなる。
「君のお弁当はもちろんご馳走になりますよ。
こんなに頑張って作ってくれたのですからね。
君が作ってくれたというだけで
僕にとっては充分美味しいものですけど、
きっと本当に美味しいお弁当なんでしょうね。楽しみです」
巴の目を見据えてにっこりと微笑みそう告げる。
つられて巴も笑顔を見せる。
「当然です。あまりにも美味しいことに驚かないでくださいね」
「心得ましたよ。━━━でも……」
そう言って先ほど口づけた巴の頬を指でなで上げる。
「ここの感触よりも触感の良いものはないでしょうけどね」
厳しい言葉の鞭と甘い言葉の飴。
私限定に観月さんは使い分けていて、狡いなあと思う時がある。
まさに、今がそう。
END
『アメとムチ』
「まったく、君って人は加減を知らないというか単純というか
…馬鹿というか。
なんで今日みたいに元々早い時間に起きなければならない日に
お弁当なんてつくって来るんですか」
そんな時間があるなら寝ていなさい。
相も変わらずの観月の小言が朝一番から巴の耳に響き渡る。
やっぱり観月さん美声だよねなどと聞き惚れはするものの
それにうつつを抜かすとまた小言の原因を作りかねない。
あわてて顔を引き締め、すこしうなだれる。
本当は巴にはうなだれなければならない理由などあまりないので
反省する気はさらさら無い。
だって、それは観月さんのためにしたことで。
むしろ観月さんが希望してたことで。
それをただ実行しただけなのに。
ただ、日が、悪かった。
それだけ。
観月の手には不釣り合いなポップな紙袋。
中身は手製のお弁当だ。
いつか、観月は料理の上手な巴に弁当をせがんだことがあった。
観月の言うことだから当然軽口や冗談ではなく本気で。
それを知っているから、張り切ってお弁当を作成した。
よりによって、早朝朝練のある今日に。
もっとも今日作ったのは単に良い材料を昨日見つけたからなのだが。
それでなければ自分だって今日作ったりはしない。
普段はあまり見せないムッとした表情で観月を見る。
「で?何時に起きたんですか?君は」
「3時半です」
「昨夜寝たのは?」
「………12時半………」
呆れたように肩をすくめ大きなため息をつく観月。
スポーツマン、いやそれ以前に成長期の人間には睡眠が必要だ。
それは常々巴にも言い聞かせてあった。
理解してくれていると思っていた。
「どうしてそんな睡眠時間になってしまうんです。
3時間しか眠っていないじゃないですか」
ナポレオンじゃあるまいし。馬鹿馬鹿しい。
自分の言ったことを受け入れて貰えなかったいらだちで
観月はついついキツイ声音になってしまう。
「だって、仕込みとかメニューの最終チェックで遅くなっちゃったし
それでも作るのには早起きしないといけなかったし…。
ご飯、土鍋で炊きたかったから時間が必要だったんですよー」
悪びれずに巴は言う。
もちろん悪びれる理由など無いからだ。
「それに、私、観月さんのためにお弁当を作りたかったんです。
そんなに責める口調で言わなくてもいいじゃないですか!」
今日の苦労が報われるどころか
小言を喰らってしまう結果になり、
なんだか悲しくなって巴は思わず涙目になる。
こんなコト言われたくてお弁当を作った訳じゃないのに。
頑張って作って、
喜んで受け取ってくれて、
美味しかったよってっていってくれて、
そういうことを期待していたのに。
可哀想な私。
ちょっとぐらいここで泣いちゃってもいいんじゃない?
泣いちゃおうか。
しかし、その気配を察したのか、
観月は慌てて、しかし真面目な顔で巴に自分の気持ちを伝える。
「すこしキツく言ってしまいましたか?すいません。
ただ、僕も君のことが心配なんです。
こんな言葉を投げつけてしまった僕に怒るのも当然ですが
それだけは分かってください━━━都合が良いかもしれませんが」
観月はいつも自分に非があると認めたことは真摯に謝る。
残念ながら自分限定のようだが。
だけど、いつもにもまして真剣で思い詰めた口調だ。
思わず巴はひるむ。
「本当に心配なんです。
睡眠不足で君の体が変調を来したらと思うと
自分のことのように怖いし
その可愛い顔の肌が荒れてしまったらと思うと悲しいです。
前に君は無理な特訓をして倒れたことがありましたね。
その時に誓ったんです、こういう事は2度と僕が起こさせないと」
あの時、自分は医務室のベッドの上で意識が無く
私の手をずっと観月さんは握っていてくれた。
それだけでなく私のために祈っていてくれさえした。
当時の彼の心情を考えると、自分に代えて考えるととても苦しい。
それが今日までの小言に繋がっているのだろうか?
━━━身体を冷やすな。
━━━準備運動、ストレッチは念入りに。
━━━無理な生活はしない。
━━━食生活に気を付ける。
━━━学業も常日頃から怠らない。
すべては私のために。
私の身の上に無理が起きないように。
もうあんな事にならないように……?
それに気づくと、もう涙は止まらなかった。
知らず知らずのうちに心配させていたことに気づいて
胸が苦しくなってしまう。
「観月さん…ごめんなさい。
私、心配してくれている観月さんの心も知らず無茶ばっかりで…。
酷い子ですよね…ごめんなさい…ありがとうございます」
巴の流す涙を観月が掬い取っていく。
己の唇で。
突然のことで涙も止まってしまった。
止まらないのは柔らかくて優しい感触だけ。
「君を泣かせてしまいましたね…本当に申し訳ない。
これは僕が勝手に心配しているだけです。
ついつい厳しい言葉をかけてしまうこともありますけど、
心配ゆえの愛の鞭だとでも思ってください。
しかしそれを君が負担に思う必要はないし感謝もしないでください。
僕も自己嫌悪に陥ってしまうこともあるんです」
心底申し訳なさそうな声色に巴は動揺する。
謝罪の言葉だなんて。
愛の鞭なんて言う言葉だなんて。
自分が彼にこんなコトを言わせてるのだと思うと。
きっと自分以外の誰かにこんなコトを言わないだろうと思うと。
なんてこの人は私のことを思ってくれてるのだろう。
胸が熱くなる。
「君のお弁当はもちろんご馳走になりますよ。
こんなに頑張って作ってくれたのですからね。
君が作ってくれたというだけで
僕にとっては充分美味しいものですけど、
きっと本当に美味しいお弁当なんでしょうね。楽しみです」
巴の目を見据えてにっこりと微笑みそう告げる。
つられて巴も笑顔を見せる。
「当然です。あまりにも美味しいことに驚かないでくださいね」
「心得ましたよ。━━━でも……」
そう言って先ほど口づけた巴の頬を指でなで上げる。
「ここの感触よりも触感の良いものはないでしょうけどね」
厳しい言葉の鞭と甘い言葉の飴。
私限定に観月さんは使い分けていて、狡いなあと思う時がある。
まさに、今がそう。
END
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