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コポコポと心地よい音をたてながら巴は紅茶を注ぐ。

「今日は観月さんのために、チェリーティーを入れてみました。
山形って言えばサクランボですよね?」



*あなたは専属の



したり顔で観月にそう告げる。
確かに部屋には爽やかで甘酸っぱいサクランボの香りが
茶葉の香りと良い具合に絡み合って広がっている。

今日は観月の誕生日。
巴は頑張って男子の女子寮入室許可をとりつけ
観月を聖ルドルフ女子寮の自室へと招いた。

入室許可証は少なくとも担任と寮母の判子が必要で
男兄弟といえども許可を得るのは難しいとされているが
許可を欲しているのが優等生の観月だったので今回はすんなり許可された。
「こんなコトで普段の行いの良さを試されるとは思いませんでしたね」
しみじみと許可が下りたと知った観月はそうつぶやいたものだった。

簡素ながらやはりどことなく女性らしさも感じる、
巴の部屋の中心のテーブルには所狭しと言わんばかりに、
サンドウィッチ、スコーン、ケーキやタルトといった
アフタヌーンティーに必須な食べ物が並べられていた。
残念ながら、中学生と高校生の二人では夜祝うという訳にはいかないので
日中、こうしてアフタヌーンティーでお祝いすることになった。
当初は「誕生日祝いなんて構いませんよ」と、拒否していた観月だったが
巴のムダすぎるほどの熱意に圧され承諾した。
そして、しぶしぶつきあうといったカンジで巴の部屋を訪れたのだったが
室内に入って驚嘆し、来てよかったと思い直した。
なにせ、その数々の食べ物はすべて巴の手作りで、
料理が上手という噂もあながち大袈裟でないことを知った。
もちろん、味の確認はまだだが、
整った形をしているそれらは、はじめて作る物でないことを表している。
一見でも手慣れた人間が作ったことはよく分かる。
もっとも観月とて料理には精通していないので、
それがどこまでのレベルのものなのかは分かっていないのだが。

そして、今それらを食べようと巴が観月の為に紅茶を入れている。
いつ練習したのか巴の紅茶を入れる手つきは堂々としたもので
紅茶にうるさい観月も安心して見られるレベルだった。
部屋には相変わらず良い香りが漂う。
巴の部屋であろうとなかろうと、
女性の部屋というだけで甘い良い香りが漂っているものだが
彼女の部屋は特別良い香りだと感じる。
チェリーの香りは自分の好きな香りで、
普段フレーバーティーはアールグレイしか嗜まない観月だが
香りに刺激されて早く飲みたいとすら感じる。
茶葉本来の持ち味を生かした紅茶が好きだったはずなのに
これはどうしたことだろうか。
それは多分、彼女の部屋で、彼女の入れたお茶だからだろう。
しかし、それとはまた相反する感情も生まれる。
それは━━━

「はい、観月さん。どうぞ召し上がってください!」

いかにも反応を楽しみにしているといった表情で
観月に紅茶と軽食を勧める。
彼女のワクワクした表情を正面に受け止めながら
一通り飲食していく観月。
「どうですか?」口には出さずに眼で訴える巴。
そして感想を言うために口を開く。

「どうも紅茶はいただけませんね」

「えっ?」

ショックを受けた様な表情で巴は観月を見る。
茶葉多すぎたかな、温度間違ったかな、蒸らしが足りなかった…???
何がいけなかったのか、頭が混乱する。
あんなに頑張って練習したのに!
観月さんならこの練習の成果を喜んでくれるとばかり。
すっかりしょげかえる。

「君はいつの間にこんなに紅茶の煎れ方を練習していたんですか?
以前は紅茶には全く無頓着だったのに、がんばりましたね」

観月の口からどんなダメ出しが…と思った巴だが、
それとは反して褒め言葉を聞いた。
何を言われたか全く解せずきょとんとした表情になる。
じゃあ、さっきの否定は何だったのか?よく分からない。
そういった表情だ。
んふっ、といつものように笑って言葉を続ける。

「でもね、僕は嬉しくないんですよ」

まあ、君が僕のためにしてくれたという気持ち自体は嬉しいですが。
そういって、巴のすっかり混乱した表情を真剣な表情で観月は見つめる。

「君は紅茶の煎れ方なんて覚えなくていいんです。
いつだって僕が煎れたお茶だけを口にすればいい、それこそ一生」

その言葉の意図を感じ取り、巴は急に照れくさくなるが
観月はあくまで真剣な表情のままだ。

「もちろん、君は他の誰のために紅茶を入れる必要もないし、
君が僕以外の誰かのために紅茶を入れることを考えると僕は気が変になりそうです」

そしてふっと、観月の表情が緩む。

「逆に僕は君の作った食べ物ばかりを口にしたいですね。
━━━まあ、そればっかりは無理でしょうけどね」

口調がいかにも残念そうなので、思わず巴は吹き出してしまう。
それにつられて観月も笑い出す。
紅茶は嗜好品だから口にしなくても一生過ごせるが
食品となるとそうはいかないのが当然だ。
誰かの作った物しか一生口にしない、
それはもちろん幸せなことだろうがどう考えても難しい。
だいたい、彼らが寮生だという時点でアウトだ。
それを分かっていても、あえて観月はそう言いたかった。
巴のために。
これから先君の作ったものばかりを一生食べる覚悟がある、
それを示したかった。

「そうですね、じゃあ、出来る限りそうしてくれますか?
私、チャンスがあれば頑張ってガンガンお料理作っちゃいますから!
あっそれと、やっぱり私も観月さんの紅茶しか飲みたくないです。
でも紅茶は好きなんです、観月さんも頑張っていれてくださいよ?」

今は学生だから日々のお弁当ぐらいしかチャンスはないが出来る限り頑張ろう、
観月さん直々に紅茶を入れて貰う機会をがんばってつくろう、そう巴は胸に誓う。
そうしてもうひとつ。

「あと、今日もそうですけど、観月さんの誕生日ケーキを作るのは
いつだって私でありたいんですけど、いいですよね?」

巴はケーキにフォークを突き刺し、それを観月の口元へと運ぶ。
いわゆる「あーん」の体勢だ。
観月も躊躇わずにそれを口へと入れる。

「……はい。いいでしょう、おいしいですこのケーキ。
どうやら僕の口には君の作ったケーキしか口に合わないみたいですから」

珍しく優しげに眉を和らげて観月はそう答える。
そしてなにか申し合わせた訳ではないのに二人の声が重なった。

「「これからも、よろしく」」



END
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