『heat up』
夏の厳しい日差しに負けず伊武深司と赤月巴は河川敷のテニスコートにて元気に打ち合う。
もちろん身体は汗だくで爽やかとは逆方向にある。
しかし、普段から言動も見た目もクールな伊武は
今日も涼しげに見える。
ワンセットプレイし終わって、ドロドロに疲れた二人は
かろうじて、申し訳程度に出来ていた小さな日陰に入り
わずかながらの涼と休息を取ることにした。
あまりにも小さい陰で、二人も入ると身体を寄せ合う格好で
キツキツに座っているしかないのだが、
それでも日向と日陰では全くちがうし、
二人ともくっついて座ることは不快ではない。
むしろ、伊武などは内心ラッキーだとすら思っている。
隣に座る相手が相手なのだから当然なのだが。
「はあ~~~~。やっぱりあっついですねえ!深司さん」
「最初から分かってたと思うけど?
……(ボソ)だけど、絶対やるって言ったのはキミの方だよね、
それに黙って付き合ってあげてる俺って凄くイイヤツなんだよね?
それなのに言い出しっぺがあついあついってさ…どうなの?ソレ?」
「……聞こえてるんですけど……」
巴はジトっとした目でついつい伊武を見てしまう。
出会ってからもう1年以上経ち、今ではさらりと流してしまえるが
今日は暑いからうっかり聞き咎めてしまった。
そしてふと、あることに気づいた。
好奇心を隠さず、そのままジッと伊武を見つめる。
「あれ…?こんなに蒸し暑いのに深司さん涼しげですよねえ」
いいなーといった顔で隣の伊武をしみじみと見つめる。
伊武は巴に見つめられて、
正面はクールなままだが内心は動揺を隠せない。
こんな性分で良かったなとチラリと思う。
神尾アキラじゃないんだから、
女子が隣で自分を見つめていると言うだけで
ドキドキしてたりしては格好悪い。
「ふーん。
……(ボソ)でも俺だって人間なんだから
体感温度はキミと変わらないけど。
もしかして俺を人間扱いしてないの?ソレってちょっと酷くない?」
ただ俺がクール系の顔立ちだから涼しげに見えるだけでしょ。
そうだと伊武は思うのだが、まだ巴は不思議そうにしている。
「だから、聞こえてますって…こんなに近い位置に居るんですから。
━━━あっ!わかった」
そして突如伊武に向かって手を伸ばす。
伊武は少し驚くがそのまま巴の行動を窺う。
巴の手が伸びて来る。
鳴き続ける蝉の声だけが響く。
厳しすぎる強い光が周囲を白くかき消す。
まるで世界に二人しかいなくなったかのように空虚な時間が流れる。
実際のところ時間にしては一瞬のことだけれども、永遠にも思えた。
何故そうなるのかは分からないが、
巴は自分の髪を撫でているようだと
伊武が気づくには少し時間がかかってしまった。
その行動根拠がよく分からない。
理解できないから頭の中が真っ白になった。
そして気づいた時にはもう手が髪から離れていた。
その手の感触が名残惜しい。
「分かりましたよー。その黒い髪がサラッサラだからです。
あーもう、深司さん、イイなー!その髪質!」
やっぱりその思考回路は分からないなあと思いつつ
伊武は巴を呆然と見ている。
「なんでいいの?
流石にキューティクルのケアまではそんなに気にしてないけど?」
「気にしてないとか言われるとちょっとムカつく!
深司さん、男子でケアもしてないのに柔らかくてサラサラなのかあ。本当に羨ましいなあ…」
ちょっとムカつくとまで言われ少し傷ついたが
返す言葉も見つからないのでそのまま黙って巴の言葉の続きを聞く。
巴はしきりに伊武の髪を見つめている。
「ああマジでイイなあ…。
深司さんに比べて私なんて、固くて太めの髪で…。
結べば朋ちゃんなんかに「注連縄!」とか言われるし…あーあ」
しかし案外伊武は巴の長い髪は好きだったので
軽く「朋ちゃん」に殺意を抱く。
コレが原因で巴が髪を切るようなことがあったらシメようと思った。
しかも彼女はその言葉でヘコみ気味のようであるし。
伊武はまるでそうするのが自然なように、
今度は逆に自分が巴の髪を撫でる。
「キミの髪、俺は好きだけどね」
そしてそのまま手を毛先まで滑らせ一房自らの指に巻き付ける。
ビックリした表情で見つめる巴を、
伊武もまた見つめながら、巻き付けた髪を口元に持っていき口づける。
「でもキミが俺の髪がいいって言うんなら、キミも口づけていいよ。
……(ボソ)でも俺はもっと他のところにして欲しいけどね」
元から暑さで紅潮している巴の身体はますます紅く染まる。
「……だから、それも聞こえてますってば!」
だいたい、涼みに来たはずなのにますます暑くさせるなんて
深司さん反則だよ、と巴は思った。
もっとも、同じく伊武もますます暑くなっていたのだが。
END
夏の厳しい日差しに負けず伊武深司と赤月巴は河川敷のテニスコートにて元気に打ち合う。
もちろん身体は汗だくで爽やかとは逆方向にある。
しかし、普段から言動も見た目もクールな伊武は
今日も涼しげに見える。
ワンセットプレイし終わって、ドロドロに疲れた二人は
かろうじて、申し訳程度に出来ていた小さな日陰に入り
わずかながらの涼と休息を取ることにした。
あまりにも小さい陰で、二人も入ると身体を寄せ合う格好で
キツキツに座っているしかないのだが、
それでも日向と日陰では全くちがうし、
二人ともくっついて座ることは不快ではない。
むしろ、伊武などは内心ラッキーだとすら思っている。
隣に座る相手が相手なのだから当然なのだが。
「はあ~~~~。やっぱりあっついですねえ!深司さん」
「最初から分かってたと思うけど?
……(ボソ)だけど、絶対やるって言ったのはキミの方だよね、
それに黙って付き合ってあげてる俺って凄くイイヤツなんだよね?
それなのに言い出しっぺがあついあついってさ…どうなの?ソレ?」
「……聞こえてるんですけど……」
巴はジトっとした目でついつい伊武を見てしまう。
出会ってからもう1年以上経ち、今ではさらりと流してしまえるが
今日は暑いからうっかり聞き咎めてしまった。
そしてふと、あることに気づいた。
好奇心を隠さず、そのままジッと伊武を見つめる。
「あれ…?こんなに蒸し暑いのに深司さん涼しげですよねえ」
いいなーといった顔で隣の伊武をしみじみと見つめる。
伊武は巴に見つめられて、
正面はクールなままだが内心は動揺を隠せない。
こんな性分で良かったなとチラリと思う。
神尾アキラじゃないんだから、
女子が隣で自分を見つめていると言うだけで
ドキドキしてたりしては格好悪い。
「ふーん。
……(ボソ)でも俺だって人間なんだから
体感温度はキミと変わらないけど。
もしかして俺を人間扱いしてないの?ソレってちょっと酷くない?」
ただ俺がクール系の顔立ちだから涼しげに見えるだけでしょ。
そうだと伊武は思うのだが、まだ巴は不思議そうにしている。
「だから、聞こえてますって…こんなに近い位置に居るんですから。
━━━あっ!わかった」
そして突如伊武に向かって手を伸ばす。
伊武は少し驚くがそのまま巴の行動を窺う。
巴の手が伸びて来る。
鳴き続ける蝉の声だけが響く。
厳しすぎる強い光が周囲を白くかき消す。
まるで世界に二人しかいなくなったかのように空虚な時間が流れる。
実際のところ時間にしては一瞬のことだけれども、永遠にも思えた。
何故そうなるのかは分からないが、
巴は自分の髪を撫でているようだと
伊武が気づくには少し時間がかかってしまった。
その行動根拠がよく分からない。
理解できないから頭の中が真っ白になった。
そして気づいた時にはもう手が髪から離れていた。
その手の感触が名残惜しい。
「分かりましたよー。その黒い髪がサラッサラだからです。
あーもう、深司さん、イイなー!その髪質!」
やっぱりその思考回路は分からないなあと思いつつ
伊武は巴を呆然と見ている。
「なんでいいの?
流石にキューティクルのケアまではそんなに気にしてないけど?」
「気にしてないとか言われるとちょっとムカつく!
深司さん、男子でケアもしてないのに柔らかくてサラサラなのかあ。本当に羨ましいなあ…」
ちょっとムカつくとまで言われ少し傷ついたが
返す言葉も見つからないのでそのまま黙って巴の言葉の続きを聞く。
巴はしきりに伊武の髪を見つめている。
「ああマジでイイなあ…。
深司さんに比べて私なんて、固くて太めの髪で…。
結べば朋ちゃんなんかに「注連縄!」とか言われるし…あーあ」
しかし案外伊武は巴の長い髪は好きだったので
軽く「朋ちゃん」に殺意を抱く。
コレが原因で巴が髪を切るようなことがあったらシメようと思った。
しかも彼女はその言葉でヘコみ気味のようであるし。
伊武はまるでそうするのが自然なように、
今度は逆に自分が巴の髪を撫でる。
「キミの髪、俺は好きだけどね」
そしてそのまま手を毛先まで滑らせ一房自らの指に巻き付ける。
ビックリした表情で見つめる巴を、
伊武もまた見つめながら、巻き付けた髪を口元に持っていき口づける。
「でもキミが俺の髪がいいって言うんなら、キミも口づけていいよ。
……(ボソ)でも俺はもっと他のところにして欲しいけどね」
元から暑さで紅潮している巴の身体はますます紅く染まる。
「……だから、それも聞こえてますってば!」
だいたい、涼みに来たはずなのにますます暑くさせるなんて
深司さん反則だよ、と巴は思った。
もっとも、同じく伊武もますます暑くなっていたのだが。
END
『アメとムチ』
「まったく、君って人は加減を知らないというか単純というか
…馬鹿というか。
なんで今日みたいに元々早い時間に起きなければならない日に
お弁当なんてつくって来るんですか」
そんな時間があるなら寝ていなさい。
相も変わらずの観月の小言が朝一番から巴の耳に響き渡る。
やっぱり観月さん美声だよねなどと聞き惚れはするものの
それにうつつを抜かすとまた小言の原因を作りかねない。
あわてて顔を引き締め、すこしうなだれる。
本当は巴にはうなだれなければならない理由などあまりないので
反省する気はさらさら無い。
だって、それは観月さんのためにしたことで。
むしろ観月さんが希望してたことで。
それをただ実行しただけなのに。
ただ、日が、悪かった。
それだけ。
観月の手には不釣り合いなポップな紙袋。
中身は手製のお弁当だ。
いつか、観月は料理の上手な巴に弁当をせがんだことがあった。
観月の言うことだから当然軽口や冗談ではなく本気で。
それを知っているから、張り切ってお弁当を作成した。
よりによって、早朝朝練のある今日に。
もっとも今日作ったのは単に良い材料を昨日見つけたからなのだが。
それでなければ自分だって今日作ったりはしない。
普段はあまり見せないムッとした表情で観月を見る。
「で?何時に起きたんですか?君は」
「3時半です」
「昨夜寝たのは?」
「………12時半………」
呆れたように肩をすくめ大きなため息をつく観月。
スポーツマン、いやそれ以前に成長期の人間には睡眠が必要だ。
それは常々巴にも言い聞かせてあった。
理解してくれていると思っていた。
「どうしてそんな睡眠時間になってしまうんです。
3時間しか眠っていないじゃないですか」
ナポレオンじゃあるまいし。馬鹿馬鹿しい。
自分の言ったことを受け入れて貰えなかったいらだちで
観月はついついキツイ声音になってしまう。
「だって、仕込みとかメニューの最終チェックで遅くなっちゃったし
それでも作るのには早起きしないといけなかったし…。
ご飯、土鍋で炊きたかったから時間が必要だったんですよー」
悪びれずに巴は言う。
もちろん悪びれる理由など無いからだ。
「それに、私、観月さんのためにお弁当を作りたかったんです。
そんなに責める口調で言わなくてもいいじゃないですか!」
今日の苦労が報われるどころか
小言を喰らってしまう結果になり、
なんだか悲しくなって巴は思わず涙目になる。
こんなコト言われたくてお弁当を作った訳じゃないのに。
頑張って作って、
喜んで受け取ってくれて、
美味しかったよってっていってくれて、
そういうことを期待していたのに。
可哀想な私。
ちょっとぐらいここで泣いちゃってもいいんじゃない?
泣いちゃおうか。
しかし、その気配を察したのか、
観月は慌てて、しかし真面目な顔で巴に自分の気持ちを伝える。
「すこしキツく言ってしまいましたか?すいません。
ただ、僕も君のことが心配なんです。
こんな言葉を投げつけてしまった僕に怒るのも当然ですが
それだけは分かってください━━━都合が良いかもしれませんが」
観月はいつも自分に非があると認めたことは真摯に謝る。
残念ながら自分限定のようだが。
だけど、いつもにもまして真剣で思い詰めた口調だ。
思わず巴はひるむ。
「本当に心配なんです。
睡眠不足で君の体が変調を来したらと思うと
自分のことのように怖いし
その可愛い顔の肌が荒れてしまったらと思うと悲しいです。
前に君は無理な特訓をして倒れたことがありましたね。
その時に誓ったんです、こういう事は2度と僕が起こさせないと」
あの時、自分は医務室のベッドの上で意識が無く
私の手をずっと観月さんは握っていてくれた。
それだけでなく私のために祈っていてくれさえした。
当時の彼の心情を考えると、自分に代えて考えるととても苦しい。
それが今日までの小言に繋がっているのだろうか?
━━━身体を冷やすな。
━━━準備運動、ストレッチは念入りに。
━━━無理な生活はしない。
━━━食生活に気を付ける。
━━━学業も常日頃から怠らない。
すべては私のために。
私の身の上に無理が起きないように。
もうあんな事にならないように……?
それに気づくと、もう涙は止まらなかった。
知らず知らずのうちに心配させていたことに気づいて
胸が苦しくなってしまう。
「観月さん…ごめんなさい。
私、心配してくれている観月さんの心も知らず無茶ばっかりで…。
酷い子ですよね…ごめんなさい…ありがとうございます」
巴の流す涙を観月が掬い取っていく。
己の唇で。
突然のことで涙も止まってしまった。
止まらないのは柔らかくて優しい感触だけ。
「君を泣かせてしまいましたね…本当に申し訳ない。
これは僕が勝手に心配しているだけです。
ついつい厳しい言葉をかけてしまうこともありますけど、
心配ゆえの愛の鞭だとでも思ってください。
しかしそれを君が負担に思う必要はないし感謝もしないでください。
僕も自己嫌悪に陥ってしまうこともあるんです」
心底申し訳なさそうな声色に巴は動揺する。
謝罪の言葉だなんて。
愛の鞭なんて言う言葉だなんて。
自分が彼にこんなコトを言わせてるのだと思うと。
きっと自分以外の誰かにこんなコトを言わないだろうと思うと。
なんてこの人は私のことを思ってくれてるのだろう。
胸が熱くなる。
「君のお弁当はもちろんご馳走になりますよ。
こんなに頑張って作ってくれたのですからね。
君が作ってくれたというだけで
僕にとっては充分美味しいものですけど、
きっと本当に美味しいお弁当なんでしょうね。楽しみです」
巴の目を見据えてにっこりと微笑みそう告げる。
つられて巴も笑顔を見せる。
「当然です。あまりにも美味しいことに驚かないでくださいね」
「心得ましたよ。━━━でも……」
そう言って先ほど口づけた巴の頬を指でなで上げる。
「ここの感触よりも触感の良いものはないでしょうけどね」
厳しい言葉の鞭と甘い言葉の飴。
私限定に観月さんは使い分けていて、狡いなあと思う時がある。
まさに、今がそう。
END
「まったく、君って人は加減を知らないというか単純というか
…馬鹿というか。
なんで今日みたいに元々早い時間に起きなければならない日に
お弁当なんてつくって来るんですか」
そんな時間があるなら寝ていなさい。
相も変わらずの観月の小言が朝一番から巴の耳に響き渡る。
やっぱり観月さん美声だよねなどと聞き惚れはするものの
それにうつつを抜かすとまた小言の原因を作りかねない。
あわてて顔を引き締め、すこしうなだれる。
本当は巴にはうなだれなければならない理由などあまりないので
反省する気はさらさら無い。
だって、それは観月さんのためにしたことで。
むしろ観月さんが希望してたことで。
それをただ実行しただけなのに。
ただ、日が、悪かった。
それだけ。
観月の手には不釣り合いなポップな紙袋。
中身は手製のお弁当だ。
いつか、観月は料理の上手な巴に弁当をせがんだことがあった。
観月の言うことだから当然軽口や冗談ではなく本気で。
それを知っているから、張り切ってお弁当を作成した。
よりによって、早朝朝練のある今日に。
もっとも今日作ったのは単に良い材料を昨日見つけたからなのだが。
それでなければ自分だって今日作ったりはしない。
普段はあまり見せないムッとした表情で観月を見る。
「で?何時に起きたんですか?君は」
「3時半です」
「昨夜寝たのは?」
「………12時半………」
呆れたように肩をすくめ大きなため息をつく観月。
スポーツマン、いやそれ以前に成長期の人間には睡眠が必要だ。
それは常々巴にも言い聞かせてあった。
理解してくれていると思っていた。
「どうしてそんな睡眠時間になってしまうんです。
3時間しか眠っていないじゃないですか」
ナポレオンじゃあるまいし。馬鹿馬鹿しい。
自分の言ったことを受け入れて貰えなかったいらだちで
観月はついついキツイ声音になってしまう。
「だって、仕込みとかメニューの最終チェックで遅くなっちゃったし
それでも作るのには早起きしないといけなかったし…。
ご飯、土鍋で炊きたかったから時間が必要だったんですよー」
悪びれずに巴は言う。
もちろん悪びれる理由など無いからだ。
「それに、私、観月さんのためにお弁当を作りたかったんです。
そんなに責める口調で言わなくてもいいじゃないですか!」
今日の苦労が報われるどころか
小言を喰らってしまう結果になり、
なんだか悲しくなって巴は思わず涙目になる。
こんなコト言われたくてお弁当を作った訳じゃないのに。
頑張って作って、
喜んで受け取ってくれて、
美味しかったよってっていってくれて、
そういうことを期待していたのに。
可哀想な私。
ちょっとぐらいここで泣いちゃってもいいんじゃない?
泣いちゃおうか。
しかし、その気配を察したのか、
観月は慌てて、しかし真面目な顔で巴に自分の気持ちを伝える。
「すこしキツく言ってしまいましたか?すいません。
ただ、僕も君のことが心配なんです。
こんな言葉を投げつけてしまった僕に怒るのも当然ですが
それだけは分かってください━━━都合が良いかもしれませんが」
観月はいつも自分に非があると認めたことは真摯に謝る。
残念ながら自分限定のようだが。
だけど、いつもにもまして真剣で思い詰めた口調だ。
思わず巴はひるむ。
「本当に心配なんです。
睡眠不足で君の体が変調を来したらと思うと
自分のことのように怖いし
その可愛い顔の肌が荒れてしまったらと思うと悲しいです。
前に君は無理な特訓をして倒れたことがありましたね。
その時に誓ったんです、こういう事は2度と僕が起こさせないと」
あの時、自分は医務室のベッドの上で意識が無く
私の手をずっと観月さんは握っていてくれた。
それだけでなく私のために祈っていてくれさえした。
当時の彼の心情を考えると、自分に代えて考えるととても苦しい。
それが今日までの小言に繋がっているのだろうか?
━━━身体を冷やすな。
━━━準備運動、ストレッチは念入りに。
━━━無理な生活はしない。
━━━食生活に気を付ける。
━━━学業も常日頃から怠らない。
すべては私のために。
私の身の上に無理が起きないように。
もうあんな事にならないように……?
それに気づくと、もう涙は止まらなかった。
知らず知らずのうちに心配させていたことに気づいて
胸が苦しくなってしまう。
「観月さん…ごめんなさい。
私、心配してくれている観月さんの心も知らず無茶ばっかりで…。
酷い子ですよね…ごめんなさい…ありがとうございます」
巴の流す涙を観月が掬い取っていく。
己の唇で。
突然のことで涙も止まってしまった。
止まらないのは柔らかくて優しい感触だけ。
「君を泣かせてしまいましたね…本当に申し訳ない。
これは僕が勝手に心配しているだけです。
ついつい厳しい言葉をかけてしまうこともありますけど、
心配ゆえの愛の鞭だとでも思ってください。
しかしそれを君が負担に思う必要はないし感謝もしないでください。
僕も自己嫌悪に陥ってしまうこともあるんです」
心底申し訳なさそうな声色に巴は動揺する。
謝罪の言葉だなんて。
愛の鞭なんて言う言葉だなんて。
自分が彼にこんなコトを言わせてるのだと思うと。
きっと自分以外の誰かにこんなコトを言わないだろうと思うと。
なんてこの人は私のことを思ってくれてるのだろう。
胸が熱くなる。
「君のお弁当はもちろんご馳走になりますよ。
こんなに頑張って作ってくれたのですからね。
君が作ってくれたというだけで
僕にとっては充分美味しいものですけど、
きっと本当に美味しいお弁当なんでしょうね。楽しみです」
巴の目を見据えてにっこりと微笑みそう告げる。
つられて巴も笑顔を見せる。
「当然です。あまりにも美味しいことに驚かないでくださいね」
「心得ましたよ。━━━でも……」
そう言って先ほど口づけた巴の頬を指でなで上げる。
「ここの感触よりも触感の良いものはないでしょうけどね」
厳しい言葉の鞭と甘い言葉の飴。
私限定に観月さんは使い分けていて、狡いなあと思う時がある。
まさに、今がそう。
END
『Taming of the Shrew』
今日は跡部さんの所の牧場へやってきた。
跡部さんが直々に私を誘うことは滅多にない。
いつもなら私がちょっと強引に誘って、
「仕方ないから付き合ってやる」という形になるからだ。
跡部さんは意外とテニス馬鹿の帰来があって、
無駄な時間を費やすぐらいなら
その分練習に励みたいというタイプ。
見た目やその行動の派手さからは想像できない。
もちろん、プレーを見れば努力家であることは一目瞭然なのだけど。
「うわあ!久し振りシルバーミーティア号!」
つやつやな毛並みと聡明で美しい顔をした白馬に挨拶をする。
跡部さんの馬だ。
以前、ジュニア選抜の合宿所にまで跡部さんを追っかけてきた。
その行動力には敬服する。
まさか誰も連れずに1頭で跡部さんの元へと来るなんて驚いた。
その白馬との再会。
あのときは跡部さんと二人乗りするという幸運に恵まれ思い出深い。
うっかり思い出を反芻してしまう。
「おい、馬に乗ってみるか?」
跡部さんに誘われる。
流石にシルバーミーティア号には乗せてもらえなかったけど
おとなしい、私のような初心者でも乗りやすい馬をあてがってもらえた。
おそるおそる乗ってみることにした。
---
「跡部さーん!」
私を遠くから眺めている跡部さんに手を振ってみる。
振りかえしてはもらえないけど、
やるな…といったカンジの笑みを返される。
普段から体を鍛えてバランス感覚に優れているからか
なんとか、といったカンジだけれども馬は私と一緒に走ってくれる。
柵の中を何周かして再び跡部さんの元へと戻る。
「やるじゃねえか、オマエ」
私を馬から支えて降ろしてくれて、珍しく私を褒めてくれる。
なんだか嬉しいかも。
跡部さんは普段私を褒めることも滅多にないからだ。
テニスを一緒にしていればたちまち鬼コーチだ。
本当に天から沢山のものを与えられているのに
この人はテニスに真摯だ。
もっともそんな跡部さんだから尊敬するし憧れるのだけれど。
跡部さんの手は下ろしてくれてから、私の身体から離れない。
普段あまり密着することはないものだから、意識してしまう。
跡部さんの身体から発する香りは、
きっと外国製のコロンなのだろうけど爽やかでいかにも彼らしい。
やだな、急にドキドキして来ちゃったよ。
顔、赤くなってないといいんだけど。
ありゃ?目まで合っちゃったよ。
…これって、もしかしてイイカンジ?
「しかし、残念だったな」
?
残念?
「お前が一人で乗れないようなら、
俺と二人で馬に乗ろうと思ってたんだがな。
どうやら、その必要はないようだ━━━まあ予想していたが」
視線をはずさず跡部さんはそう言った。
思わずむくれ顔になる。
この人はイジワルだ。
そんなことを考えているなら初めから言ってくれれば良かったのに!
私は跡部さんと馬に乗りたかったのに!
そう、抗議しようと口を開こうとした。
しかし、それを遮るように跡部さんは話を続ける。
「だが、初めっから言ってしまうのはアンフェアだからな。
例え勝負が最初から決まっていたとしても…な。
まあ、オマエのふくれっ面も見られたことだし、おもしろかったよ」
「わ、私の反応を楽しんでるんですか!ヒドいですっ!」
「まあ、焦って怒るなよ。
アンフェアなことはやめてフェアにいこうって話をしてるんだからよ」
フェア?なんだろう?
思わず首をかしげてしまう。
そんな私を見て、跡部さんは吹き出し笑い。
「本当に面白い反応を示すヤツだなオマエは。
さて、本題だ。
━━━なあ、俺と一緒にシルバーミーティア号に乗ってくれないか?
俺はオマエ以外のヤツを乗せたことはないしこれからも乗せたくはないが
オマエとならこれからもいつまででも乗っていたんだよ」
また私の反応を見てからかっているのだろうか。
よく分からないけど、とりあえずその言葉が取り消されないウチに
大きくうなずいてみる。
あ、また笑った。
END
今日は跡部さんの所の牧場へやってきた。
跡部さんが直々に私を誘うことは滅多にない。
いつもなら私がちょっと強引に誘って、
「仕方ないから付き合ってやる」という形になるからだ。
跡部さんは意外とテニス馬鹿の帰来があって、
無駄な時間を費やすぐらいなら
その分練習に励みたいというタイプ。
見た目やその行動の派手さからは想像できない。
もちろん、プレーを見れば努力家であることは一目瞭然なのだけど。
「うわあ!久し振りシルバーミーティア号!」
つやつやな毛並みと聡明で美しい顔をした白馬に挨拶をする。
跡部さんの馬だ。
以前、ジュニア選抜の合宿所にまで跡部さんを追っかけてきた。
その行動力には敬服する。
まさか誰も連れずに1頭で跡部さんの元へと来るなんて驚いた。
その白馬との再会。
あのときは跡部さんと二人乗りするという幸運に恵まれ思い出深い。
うっかり思い出を反芻してしまう。
「おい、馬に乗ってみるか?」
跡部さんに誘われる。
流石にシルバーミーティア号には乗せてもらえなかったけど
おとなしい、私のような初心者でも乗りやすい馬をあてがってもらえた。
おそるおそる乗ってみることにした。
---
「跡部さーん!」
私を遠くから眺めている跡部さんに手を振ってみる。
振りかえしてはもらえないけど、
やるな…といったカンジの笑みを返される。
普段から体を鍛えてバランス感覚に優れているからか
なんとか、といったカンジだけれども馬は私と一緒に走ってくれる。
柵の中を何周かして再び跡部さんの元へと戻る。
「やるじゃねえか、オマエ」
私を馬から支えて降ろしてくれて、珍しく私を褒めてくれる。
なんだか嬉しいかも。
跡部さんは普段私を褒めることも滅多にないからだ。
テニスを一緒にしていればたちまち鬼コーチだ。
本当に天から沢山のものを与えられているのに
この人はテニスに真摯だ。
もっともそんな跡部さんだから尊敬するし憧れるのだけれど。
跡部さんの手は下ろしてくれてから、私の身体から離れない。
普段あまり密着することはないものだから、意識してしまう。
跡部さんの身体から発する香りは、
きっと外国製のコロンなのだろうけど爽やかでいかにも彼らしい。
やだな、急にドキドキして来ちゃったよ。
顔、赤くなってないといいんだけど。
ありゃ?目まで合っちゃったよ。
…これって、もしかしてイイカンジ?
「しかし、残念だったな」
?
残念?
「お前が一人で乗れないようなら、
俺と二人で馬に乗ろうと思ってたんだがな。
どうやら、その必要はないようだ━━━まあ予想していたが」
視線をはずさず跡部さんはそう言った。
思わずむくれ顔になる。
この人はイジワルだ。
そんなことを考えているなら初めから言ってくれれば良かったのに!
私は跡部さんと馬に乗りたかったのに!
そう、抗議しようと口を開こうとした。
しかし、それを遮るように跡部さんは話を続ける。
「だが、初めっから言ってしまうのはアンフェアだからな。
例え勝負が最初から決まっていたとしても…な。
まあ、オマエのふくれっ面も見られたことだし、おもしろかったよ」
「わ、私の反応を楽しんでるんですか!ヒドいですっ!」
「まあ、焦って怒るなよ。
アンフェアなことはやめてフェアにいこうって話をしてるんだからよ」
フェア?なんだろう?
思わず首をかしげてしまう。
そんな私を見て、跡部さんは吹き出し笑い。
「本当に面白い反応を示すヤツだなオマエは。
さて、本題だ。
━━━なあ、俺と一緒にシルバーミーティア号に乗ってくれないか?
俺はオマエ以外のヤツを乗せたことはないしこれからも乗せたくはないが
オマエとならこれからもいつまででも乗っていたんだよ」
また私の反応を見てからかっているのだろうか。
よく分からないけど、とりあえずその言葉が取り消されないウチに
大きくうなずいてみる。
あ、また笑った。
END
家庭科の授業で買った「食品成分表」と計算機が今のお友達。
寝食を惜しんでページをめくり、計算機を叩く。
巴の部屋の中にはプロテインやサプリメント、
その他諸々の箱や包みが積み上がっている。
リミットは明日。
明日までに何とか完成させる。
あの人の驚いた顔が見たくて。
賞賛の表情を独り占めしたくて。
*Precious Drink
今年の誕生日は気合いを入れている。
去年はまだお互いよく分かっていなかったので
誕生日といってもたいしたことはしなかった。
せいぜいお祝いの言葉と適当なプレゼント。
でも後で━━━好きになっていくにつれて物凄く後悔した。
今の私ならもっと上手くできるのに。
だから、今年は気合いを入れて。
頑張ってあの人好みのプレゼントを愛情込めて。
よくやったね、嬉しいよって言ってもらえるように。
だから。
今年は、巴特製汁。
乾先輩が高等部に行っても、残った中等部の私も頑張ってると、
彼の考えを引き継いで頑張っていると認めてもらえるように。
そして、褒めてもらえるように。
1ヶ月前ぐらいから考えて悩んで試行錯誤して、今日までやってきた。
計算され尽くした、栄養。
乾汁とは違って、私なりに味も考慮した。
どうしても味が落ちる栄養素の入った食材は
それを補うサプリなんかでカバー。
乾汁には及ばなくても、私なりに完璧でありますように。
「よっしゃ!これで完璧~♪」
計算上は完璧。
後は明日作って渡すだけ。
気づくと、時計は既に日付を越えていた。
慌てて、翌日の用意をして巴は就寝した。
朝起きて、前日用意していた材料をミキサーに放り込む。
放り込みながら、これを受け取った時の乾に思いを馳せる。
ふと手にとったプルーンを見て、
去年乾と作ったスペシャルドリンクを思い出した。
なんとなく、あの時にはもう先輩のことが好きだったんだなあ。
休日にいきなり電話で呼び出されて速攻会いに行ったもんなあ…。
ついつい、回想モードに入りそうになる。
いけない。先輩に渡すのは登校中。
今日だけは絶対遅れることは出来ないのに。
慌てて止めそうになっていた作業を続ける。
「おはようございます!乾先輩」
また一つ年齢差が開いてしまった乾に朝からハイテンションな巴が駆け寄る。
手にはあからさまな紙袋。もちろんプレゼント入りだ。
「おはよう、トモエ。どうした?今日も元気だな」
「そっりゃそうですよう!先輩、お誕生日おめでとうございます!」
はい、これプレゼントです、と紙袋を渡す。
中身は普通にデータを取る時に使うような文具一式だ。
汁も作ってはいるものの、それはそれ、形として残るものも渡したかった。
「あと、それと、もう一つ用意して居るんですよ!」
「もうひとつ?それは、計算外だな」
これまでのデータから計算するに、乾は巴からのプレゼントは
文具関係のもので間違いないだろうと思っていた。
たしかに今それは受け取ったが、
それ以外にもまだなにかプレゼントがあるという。
さすがにそこまでは読めなかった。
「で、なんなんだ?
それはここ数日お前の様子がすこしおかしいのと関係があるのか?」
ニヤリと笑って、巴の表情を窺う。
たしかにここ数日はソワソワしていて落ち着きがなかった。
それはただ、自分の誕生日が近づいてきているからだろう
うぬぼれだがそう思っていた。
その勘は当たっているようだが、それ以上のなにかがあるらしい。
巴の言葉を待つ。
「えへへ。ばれちゃってましたか」
じゃーん!、そういってカバンから取り出したのは水筒。
「なんだ?水筒…?」
銀色に輝く水筒を見て乾は困惑する。
流石に水筒とは想定の範囲外だ。
手作り弁当とかそう言ったモノならばちらっとは考えたのだが。
「巴特製スペシャルジュースでーす!
このジュースは日常不足しがちな栄養素を補う目的のものです。
だから、毎日飲んでくださいねー」
レシピもちゃんと作ってきていますから…そういってコップに注ぐ。
そして乾に手渡す。
色は謎の色だが、匂いは飲めないにおいではない。
臭みを増す原因の菜っ葉関係は入れてはいないのだろう。
しかし、自分のドリンクの例もあるので
飲むにはすこし躊躇いがある。勇気が要る。
自分が他人に飲ませる分には一向に構わないのだがと思う。
しかし、わくわくという言葉が的確な表情で巴は乾を見つめている。
ここで、飲まなければヘタレ、もしくは別れ話確定だろう。
仕方がない。
一気に喉へとスペシャルジュースを流し込む。
「……ん?案外イケるぞ、これ」
巴の笑顔が全開になる。
その言葉を待っていたのだから当然だ。
乾は残りのジュースを飲みながら、巴の書いたレシピを眺める。
確かに爆発的な効果は期待できるものではないが
毎日の栄養素を補う目的では問題ない。
事細かに考えられた材料選びだ。
生ものの代わりにサプリを使っている事はすこし引っかかるが
味の事を考えたら評価せざるを得ないだろう。
自分でも自分製の汁は毎日飲むに耐えるとは思っていない。
なんというか、その辺の発想は女性的だと思う。
そのような評価を包み隠さず巴に伝えてやる。
乾だって悔しいと思うところはすこしはあるけれども、
自分のためだけに彼女が考えてくれた特製レシピだ。
嬉しいことの方が上回る。
「よく頑張ったな、トモエ」
「やったー!先輩にそう言われたかったんです!」
素直に喜びを表す巴。
そう言うところが、コイツの可愛いところだと思う。
これまでも、自分の教えたこと伝えたことを素直に吸収してきた。
打てば響くというのはこういう事を言うのだろう。
思わず良い子良い子というように頭を撫でてしまう。
身長差からいって彼女の頭は丁度良い位置にある。
巴は思わず顔を赤らめてしまう。
本当に、コイツは可愛い。
「まったく、お前は可愛いな」
これは、本音だ。
「その、打てば響くような素直なところも、
俺のために頑張ってくれるようなも、
データが取りづらい、意表をつく行動もみんな可愛いと思う」
頭を撫でたり、可愛いという言葉を「子供っぽい」ととったのか、
巴はすこし顔を膨らませ「もー、子供扱いしないでくださいよー」
と、抗議の意思を表す。
それすらも愛らしく感じてしまう乾は、
頭を撫でていた手に力を込め、引き寄せる。
「…あっ」
とつぜんの事に足をよろめかせ乾の身体にもたれかかる形になってしまう。
頭に手をしっかり置いたまま、乾は巴の顔に自分の顔を寄せる。
「さすがに、俺は子供に手を出そうとは思わないけど?
まあ、お前の貴重なジュースに媚薬でも入っていない限りだけど、な」
入っていません!
そう巴は言おうと思ったが、その声はさらに近づいた乾の顔にかき消されてしまった。
「でも、媚薬が入っていようがいなかろうが手は出すけどな、お前になら」
本当は媚薬を混入してしまったんじゃないだろうか?
巴は自分自身を疑ってしまう。
乾は普段も急に甘いことをさらっと言うタイプだが、今日は別段甘い。
これをジュースの効果と言わずしてなんと言うだろう。
でも、ジュース、毎日飲んでくれるんだよね…?
こんなコトが毎日だったら恥ずかしくて身が持たないかもと巴は恐れを抱いた。
END
寝食を惜しんでページをめくり、計算機を叩く。
巴の部屋の中にはプロテインやサプリメント、
その他諸々の箱や包みが積み上がっている。
リミットは明日。
明日までに何とか完成させる。
あの人の驚いた顔が見たくて。
賞賛の表情を独り占めしたくて。
*Precious Drink
今年の誕生日は気合いを入れている。
去年はまだお互いよく分かっていなかったので
誕生日といってもたいしたことはしなかった。
せいぜいお祝いの言葉と適当なプレゼント。
でも後で━━━好きになっていくにつれて物凄く後悔した。
今の私ならもっと上手くできるのに。
だから、今年は気合いを入れて。
頑張ってあの人好みのプレゼントを愛情込めて。
よくやったね、嬉しいよって言ってもらえるように。
だから。
今年は、巴特製汁。
乾先輩が高等部に行っても、残った中等部の私も頑張ってると、
彼の考えを引き継いで頑張っていると認めてもらえるように。
そして、褒めてもらえるように。
1ヶ月前ぐらいから考えて悩んで試行錯誤して、今日までやってきた。
計算され尽くした、栄養。
乾汁とは違って、私なりに味も考慮した。
どうしても味が落ちる栄養素の入った食材は
それを補うサプリなんかでカバー。
乾汁には及ばなくても、私なりに完璧でありますように。
「よっしゃ!これで完璧~♪」
計算上は完璧。
後は明日作って渡すだけ。
気づくと、時計は既に日付を越えていた。
慌てて、翌日の用意をして巴は就寝した。
朝起きて、前日用意していた材料をミキサーに放り込む。
放り込みながら、これを受け取った時の乾に思いを馳せる。
ふと手にとったプルーンを見て、
去年乾と作ったスペシャルドリンクを思い出した。
なんとなく、あの時にはもう先輩のことが好きだったんだなあ。
休日にいきなり電話で呼び出されて速攻会いに行ったもんなあ…。
ついつい、回想モードに入りそうになる。
いけない。先輩に渡すのは登校中。
今日だけは絶対遅れることは出来ないのに。
慌てて止めそうになっていた作業を続ける。
「おはようございます!乾先輩」
また一つ年齢差が開いてしまった乾に朝からハイテンションな巴が駆け寄る。
手にはあからさまな紙袋。もちろんプレゼント入りだ。
「おはよう、トモエ。どうした?今日も元気だな」
「そっりゃそうですよう!先輩、お誕生日おめでとうございます!」
はい、これプレゼントです、と紙袋を渡す。
中身は普通にデータを取る時に使うような文具一式だ。
汁も作ってはいるものの、それはそれ、形として残るものも渡したかった。
「あと、それと、もう一つ用意して居るんですよ!」
「もうひとつ?それは、計算外だな」
これまでのデータから計算するに、乾は巴からのプレゼントは
文具関係のもので間違いないだろうと思っていた。
たしかに今それは受け取ったが、
それ以外にもまだなにかプレゼントがあるという。
さすがにそこまでは読めなかった。
「で、なんなんだ?
それはここ数日お前の様子がすこしおかしいのと関係があるのか?」
ニヤリと笑って、巴の表情を窺う。
たしかにここ数日はソワソワしていて落ち着きがなかった。
それはただ、自分の誕生日が近づいてきているからだろう
うぬぼれだがそう思っていた。
その勘は当たっているようだが、それ以上のなにかがあるらしい。
巴の言葉を待つ。
「えへへ。ばれちゃってましたか」
じゃーん!、そういってカバンから取り出したのは水筒。
「なんだ?水筒…?」
銀色に輝く水筒を見て乾は困惑する。
流石に水筒とは想定の範囲外だ。
手作り弁当とかそう言ったモノならばちらっとは考えたのだが。
「巴特製スペシャルジュースでーす!
このジュースは日常不足しがちな栄養素を補う目的のものです。
だから、毎日飲んでくださいねー」
レシピもちゃんと作ってきていますから…そういってコップに注ぐ。
そして乾に手渡す。
色は謎の色だが、匂いは飲めないにおいではない。
臭みを増す原因の菜っ葉関係は入れてはいないのだろう。
しかし、自分のドリンクの例もあるので
飲むにはすこし躊躇いがある。勇気が要る。
自分が他人に飲ませる分には一向に構わないのだがと思う。
しかし、わくわくという言葉が的確な表情で巴は乾を見つめている。
ここで、飲まなければヘタレ、もしくは別れ話確定だろう。
仕方がない。
一気に喉へとスペシャルジュースを流し込む。
「……ん?案外イケるぞ、これ」
巴の笑顔が全開になる。
その言葉を待っていたのだから当然だ。
乾は残りのジュースを飲みながら、巴の書いたレシピを眺める。
確かに爆発的な効果は期待できるものではないが
毎日の栄養素を補う目的では問題ない。
事細かに考えられた材料選びだ。
生ものの代わりにサプリを使っている事はすこし引っかかるが
味の事を考えたら評価せざるを得ないだろう。
自分でも自分製の汁は毎日飲むに耐えるとは思っていない。
なんというか、その辺の発想は女性的だと思う。
そのような評価を包み隠さず巴に伝えてやる。
乾だって悔しいと思うところはすこしはあるけれども、
自分のためだけに彼女が考えてくれた特製レシピだ。
嬉しいことの方が上回る。
「よく頑張ったな、トモエ」
「やったー!先輩にそう言われたかったんです!」
素直に喜びを表す巴。
そう言うところが、コイツの可愛いところだと思う。
これまでも、自分の教えたこと伝えたことを素直に吸収してきた。
打てば響くというのはこういう事を言うのだろう。
思わず良い子良い子というように頭を撫でてしまう。
身長差からいって彼女の頭は丁度良い位置にある。
巴は思わず顔を赤らめてしまう。
本当に、コイツは可愛い。
「まったく、お前は可愛いな」
これは、本音だ。
「その、打てば響くような素直なところも、
俺のために頑張ってくれるようなも、
データが取りづらい、意表をつく行動もみんな可愛いと思う」
頭を撫でたり、可愛いという言葉を「子供っぽい」ととったのか、
巴はすこし顔を膨らませ「もー、子供扱いしないでくださいよー」
と、抗議の意思を表す。
それすらも愛らしく感じてしまう乾は、
頭を撫でていた手に力を込め、引き寄せる。
「…あっ」
とつぜんの事に足をよろめかせ乾の身体にもたれかかる形になってしまう。
頭に手をしっかり置いたまま、乾は巴の顔に自分の顔を寄せる。
「さすがに、俺は子供に手を出そうとは思わないけど?
まあ、お前の貴重なジュースに媚薬でも入っていない限りだけど、な」
入っていません!
そう巴は言おうと思ったが、その声はさらに近づいた乾の顔にかき消されてしまった。
「でも、媚薬が入っていようがいなかろうが手は出すけどな、お前になら」
本当は媚薬を混入してしまったんじゃないだろうか?
巴は自分自身を疑ってしまう。
乾は普段も急に甘いことをさらっと言うタイプだが、今日は別段甘い。
これをジュースの効果と言わずしてなんと言うだろう。
でも、ジュース、毎日飲んでくれるんだよね…?
こんなコトが毎日だったら恥ずかしくて身が持たないかもと巴は恐れを抱いた。
END
コポコポと心地よい音をたてながら巴は紅茶を注ぐ。
「今日は観月さんのために、チェリーティーを入れてみました。
山形って言えばサクランボですよね?」
*あなたは専属の
したり顔で観月にそう告げる。
確かに部屋には爽やかで甘酸っぱいサクランボの香りが
茶葉の香りと良い具合に絡み合って広がっている。
今日は観月の誕生日。
巴は頑張って男子の女子寮入室許可をとりつけ
観月を聖ルドルフ女子寮の自室へと招いた。
入室許可証は少なくとも担任と寮母の判子が必要で
男兄弟といえども許可を得るのは難しいとされているが
許可を欲しているのが優等生の観月だったので今回はすんなり許可された。
「こんなコトで普段の行いの良さを試されるとは思いませんでしたね」
しみじみと許可が下りたと知った観月はそうつぶやいたものだった。
簡素ながらやはりどことなく女性らしさも感じる、
巴の部屋の中心のテーブルには所狭しと言わんばかりに、
サンドウィッチ、スコーン、ケーキやタルトといった
アフタヌーンティーに必須な食べ物が並べられていた。
残念ながら、中学生と高校生の二人では夜祝うという訳にはいかないので
日中、こうしてアフタヌーンティーでお祝いすることになった。
当初は「誕生日祝いなんて構いませんよ」と、拒否していた観月だったが
巴のムダすぎるほどの熱意に圧され承諾した。
そして、しぶしぶつきあうといったカンジで巴の部屋を訪れたのだったが
室内に入って驚嘆し、来てよかったと思い直した。
なにせ、その数々の食べ物はすべて巴の手作りで、
料理が上手という噂もあながち大袈裟でないことを知った。
もちろん、味の確認はまだだが、
整った形をしているそれらは、はじめて作る物でないことを表している。
一見でも手慣れた人間が作ったことはよく分かる。
もっとも観月とて料理には精通していないので、
それがどこまでのレベルのものなのかは分かっていないのだが。
そして、今それらを食べようと巴が観月の為に紅茶を入れている。
いつ練習したのか巴の紅茶を入れる手つきは堂々としたもので
紅茶にうるさい観月も安心して見られるレベルだった。
部屋には相変わらず良い香りが漂う。
巴の部屋であろうとなかろうと、
女性の部屋というだけで甘い良い香りが漂っているものだが
彼女の部屋は特別良い香りだと感じる。
チェリーの香りは自分の好きな香りで、
普段フレーバーティーはアールグレイしか嗜まない観月だが
香りに刺激されて早く飲みたいとすら感じる。
茶葉本来の持ち味を生かした紅茶が好きだったはずなのに
これはどうしたことだろうか。
それは多分、彼女の部屋で、彼女の入れたお茶だからだろう。
しかし、それとはまた相反する感情も生まれる。
それは━━━
「はい、観月さん。どうぞ召し上がってください!」
いかにも反応を楽しみにしているといった表情で
観月に紅茶と軽食を勧める。
彼女のワクワクした表情を正面に受け止めながら
一通り飲食していく観月。
「どうですか?」口には出さずに眼で訴える巴。
そして感想を言うために口を開く。
「どうも紅茶はいただけませんね」
「えっ?」
ショックを受けた様な表情で巴は観月を見る。
茶葉多すぎたかな、温度間違ったかな、蒸らしが足りなかった…???
何がいけなかったのか、頭が混乱する。
あんなに頑張って練習したのに!
観月さんならこの練習の成果を喜んでくれるとばかり。
すっかりしょげかえる。
「君はいつの間にこんなに紅茶の煎れ方を練習していたんですか?
以前は紅茶には全く無頓着だったのに、がんばりましたね」
観月の口からどんなダメ出しが…と思った巴だが、
それとは反して褒め言葉を聞いた。
何を言われたか全く解せずきょとんとした表情になる。
じゃあ、さっきの否定は何だったのか?よく分からない。
そういった表情だ。
んふっ、といつものように笑って言葉を続ける。
「でもね、僕は嬉しくないんですよ」
まあ、君が僕のためにしてくれたという気持ち自体は嬉しいですが。
そういって、巴のすっかり混乱した表情を真剣な表情で観月は見つめる。
「君は紅茶の煎れ方なんて覚えなくていいんです。
いつだって僕が煎れたお茶だけを口にすればいい、それこそ一生」
その言葉の意図を感じ取り、巴は急に照れくさくなるが
観月はあくまで真剣な表情のままだ。
「もちろん、君は他の誰のために紅茶を入れる必要もないし、
君が僕以外の誰かのために紅茶を入れることを考えると僕は気が変になりそうです」
そしてふっと、観月の表情が緩む。
「逆に僕は君の作った食べ物ばかりを口にしたいですね。
━━━まあ、そればっかりは無理でしょうけどね」
口調がいかにも残念そうなので、思わず巴は吹き出してしまう。
それにつられて観月も笑い出す。
紅茶は嗜好品だから口にしなくても一生過ごせるが
食品となるとそうはいかないのが当然だ。
誰かの作った物しか一生口にしない、
それはもちろん幸せなことだろうがどう考えても難しい。
だいたい、彼らが寮生だという時点でアウトだ。
それを分かっていても、あえて観月はそう言いたかった。
巴のために。
これから先君の作ったものばかりを一生食べる覚悟がある、
それを示したかった。
「そうですね、じゃあ、出来る限りそうしてくれますか?
私、チャンスがあれば頑張ってガンガンお料理作っちゃいますから!
あっそれと、やっぱり私も観月さんの紅茶しか飲みたくないです。
でも紅茶は好きなんです、観月さんも頑張っていれてくださいよ?」
今は学生だから日々のお弁当ぐらいしかチャンスはないが出来る限り頑張ろう、
観月さん直々に紅茶を入れて貰う機会をがんばってつくろう、そう巴は胸に誓う。
そうしてもうひとつ。
「あと、今日もそうですけど、観月さんの誕生日ケーキを作るのは
いつだって私でありたいんですけど、いいですよね?」
巴はケーキにフォークを突き刺し、それを観月の口元へと運ぶ。
いわゆる「あーん」の体勢だ。
観月も躊躇わずにそれを口へと入れる。
「……はい。いいでしょう、おいしいですこのケーキ。
どうやら僕の口には君の作ったケーキしか口に合わないみたいですから」
珍しく優しげに眉を和らげて観月はそう答える。
そしてなにか申し合わせた訳ではないのに二人の声が重なった。
「「これからも、よろしく」」
END
「今日は観月さんのために、チェリーティーを入れてみました。
山形って言えばサクランボですよね?」
*あなたは専属の
したり顔で観月にそう告げる。
確かに部屋には爽やかで甘酸っぱいサクランボの香りが
茶葉の香りと良い具合に絡み合って広がっている。
今日は観月の誕生日。
巴は頑張って男子の女子寮入室許可をとりつけ
観月を聖ルドルフ女子寮の自室へと招いた。
入室許可証は少なくとも担任と寮母の判子が必要で
男兄弟といえども許可を得るのは難しいとされているが
許可を欲しているのが優等生の観月だったので今回はすんなり許可された。
「こんなコトで普段の行いの良さを試されるとは思いませんでしたね」
しみじみと許可が下りたと知った観月はそうつぶやいたものだった。
簡素ながらやはりどことなく女性らしさも感じる、
巴の部屋の中心のテーブルには所狭しと言わんばかりに、
サンドウィッチ、スコーン、ケーキやタルトといった
アフタヌーンティーに必須な食べ物が並べられていた。
残念ながら、中学生と高校生の二人では夜祝うという訳にはいかないので
日中、こうしてアフタヌーンティーでお祝いすることになった。
当初は「誕生日祝いなんて構いませんよ」と、拒否していた観月だったが
巴のムダすぎるほどの熱意に圧され承諾した。
そして、しぶしぶつきあうといったカンジで巴の部屋を訪れたのだったが
室内に入って驚嘆し、来てよかったと思い直した。
なにせ、その数々の食べ物はすべて巴の手作りで、
料理が上手という噂もあながち大袈裟でないことを知った。
もちろん、味の確認はまだだが、
整った形をしているそれらは、はじめて作る物でないことを表している。
一見でも手慣れた人間が作ったことはよく分かる。
もっとも観月とて料理には精通していないので、
それがどこまでのレベルのものなのかは分かっていないのだが。
そして、今それらを食べようと巴が観月の為に紅茶を入れている。
いつ練習したのか巴の紅茶を入れる手つきは堂々としたもので
紅茶にうるさい観月も安心して見られるレベルだった。
部屋には相変わらず良い香りが漂う。
巴の部屋であろうとなかろうと、
女性の部屋というだけで甘い良い香りが漂っているものだが
彼女の部屋は特別良い香りだと感じる。
チェリーの香りは自分の好きな香りで、
普段フレーバーティーはアールグレイしか嗜まない観月だが
香りに刺激されて早く飲みたいとすら感じる。
茶葉本来の持ち味を生かした紅茶が好きだったはずなのに
これはどうしたことだろうか。
それは多分、彼女の部屋で、彼女の入れたお茶だからだろう。
しかし、それとはまた相反する感情も生まれる。
それは━━━
「はい、観月さん。どうぞ召し上がってください!」
いかにも反応を楽しみにしているといった表情で
観月に紅茶と軽食を勧める。
彼女のワクワクした表情を正面に受け止めながら
一通り飲食していく観月。
「どうですか?」口には出さずに眼で訴える巴。
そして感想を言うために口を開く。
「どうも紅茶はいただけませんね」
「えっ?」
ショックを受けた様な表情で巴は観月を見る。
茶葉多すぎたかな、温度間違ったかな、蒸らしが足りなかった…???
何がいけなかったのか、頭が混乱する。
あんなに頑張って練習したのに!
観月さんならこの練習の成果を喜んでくれるとばかり。
すっかりしょげかえる。
「君はいつの間にこんなに紅茶の煎れ方を練習していたんですか?
以前は紅茶には全く無頓着だったのに、がんばりましたね」
観月の口からどんなダメ出しが…と思った巴だが、
それとは反して褒め言葉を聞いた。
何を言われたか全く解せずきょとんとした表情になる。
じゃあ、さっきの否定は何だったのか?よく分からない。
そういった表情だ。
んふっ、といつものように笑って言葉を続ける。
「でもね、僕は嬉しくないんですよ」
まあ、君が僕のためにしてくれたという気持ち自体は嬉しいですが。
そういって、巴のすっかり混乱した表情を真剣な表情で観月は見つめる。
「君は紅茶の煎れ方なんて覚えなくていいんです。
いつだって僕が煎れたお茶だけを口にすればいい、それこそ一生」
その言葉の意図を感じ取り、巴は急に照れくさくなるが
観月はあくまで真剣な表情のままだ。
「もちろん、君は他の誰のために紅茶を入れる必要もないし、
君が僕以外の誰かのために紅茶を入れることを考えると僕は気が変になりそうです」
そしてふっと、観月の表情が緩む。
「逆に僕は君の作った食べ物ばかりを口にしたいですね。
━━━まあ、そればっかりは無理でしょうけどね」
口調がいかにも残念そうなので、思わず巴は吹き出してしまう。
それにつられて観月も笑い出す。
紅茶は嗜好品だから口にしなくても一生過ごせるが
食品となるとそうはいかないのが当然だ。
誰かの作った物しか一生口にしない、
それはもちろん幸せなことだろうがどう考えても難しい。
だいたい、彼らが寮生だという時点でアウトだ。
それを分かっていても、あえて観月はそう言いたかった。
巴のために。
これから先君の作ったものばかりを一生食べる覚悟がある、
それを示したかった。
「そうですね、じゃあ、出来る限りそうしてくれますか?
私、チャンスがあれば頑張ってガンガンお料理作っちゃいますから!
あっそれと、やっぱり私も観月さんの紅茶しか飲みたくないです。
でも紅茶は好きなんです、観月さんも頑張っていれてくださいよ?」
今は学生だから日々のお弁当ぐらいしかチャンスはないが出来る限り頑張ろう、
観月さん直々に紅茶を入れて貰う機会をがんばってつくろう、そう巴は胸に誓う。
そうしてもうひとつ。
「あと、今日もそうですけど、観月さんの誕生日ケーキを作るのは
いつだって私でありたいんですけど、いいですよね?」
巴はケーキにフォークを突き刺し、それを観月の口元へと運ぶ。
いわゆる「あーん」の体勢だ。
観月も躊躇わずにそれを口へと入れる。
「……はい。いいでしょう、おいしいですこのケーキ。
どうやら僕の口には君の作ったケーキしか口に合わないみたいですから」
珍しく優しげに眉を和らげて観月はそう答える。
そしてなにか申し合わせた訳ではないのに二人の声が重なった。
「「これからも、よろしく」」
END
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