*チェリー・ピンク3
手を取り合って遊園地を遊び歩く。
今日はお互いにちょっとぎこちない空気が漂ってはいるものの
それでも充分楽しんでいるのは間違いない。
しかしお互い無難な話題で取り留めなく会話を交わし、
少しソワソワしながらご飯を食べたり、
ちょっとよそよそしくアトラクションに参加する。
確かに千石はそつなくエスコートするし、
巴はそれに答える。
やはり違和感は否めない。
時間ともに巴の傷心もすこしは薄れてきてはいたのだが。
そんな感じで日が暮れかけるまで遊園地を歩き回った。
「……さて、そろそろ……かな?」
ふ、と空の色を確かめて千石がつぶやく。
五感が非常に発達した野生児巴はそれを聞き逃さない。
「はい?なにがそろそろなんですか?」
「お姫様をお城へ届ける時間だよ」
お姫様!…もしかして自分のことを言っているのだろうか。
巴は目を皿のように丸くして驚く。
学校ではリョーマと組んでいることで
テニスの王子様とお姫様なんて事を冗談で言われたことはあるが
流石に面と向かってお姫様なんて呼ぶ人はいなかった。
そんなことを女性に面と向かって言えるのは本物の王子様ぐらいだろうか。
それなら千石は王子様なのだろうか。
白馬に乗って迎えに来た…?
(うわっ!急に照れくさくなってきたよ…!)
巴は王子様な千石を妄想して一人で照れてしまった。
選抜合宿中は色んな夢を見たが
流石に思い人が王子様…な夢は見なかった。
第一思い人が出てきた夢は西遊記の夢であり、彼は猪八戒だった。
(千石さんが王子様か…。結構イイかも。
あ、でもでも!今日みたいな事もあるしねえ。
鈍感王子って言うのはやっぱりちょっと…かなぁ?うーん)
やっぱり王子様はお姫様の変化に敏感じゃないと。
せっかく彼のために装っているのにね。
あー、でも鈍感でもやっぱり格好イイか…。
そんなこんなで顔を火照らしている巴にやや疑問を抱きつつ、
「さ?かえろっか?」
「はっ!はい?もう帰るんですか?」
まだ驚き眼の巴の肩にさりげなく腕を回して千石は歩きだそうとする。
巴が急なことで身体を固めてしまったようで、実際は歩けなかったのだが。
━━━ちゃんと普通に見えているだろうか?
彼女に焦りを気とられていないか?
巴が妄想で、彼に肩を抱かれるという行為にイッパイイッパイになっているとき
千石もまたやはり余裕をなくしていた。
女の子に触れるのは初めてではない。
だからどのタイミングで手を絡めれば、腕を肩に回せばいいかはわかる。
流石に腰まではまだ早いだろう。それぐらいの判断までは余裕だ。
しかし相手は巴である。
難しい。
触れても怒ることはないだろう、流石に。
相手が自分のことを慕ってくれているのはわかる。
しかし、次のリアクションが全く読めない。
待ち合わせたときも急に少し不機嫌になっていたし
そのせいか今日は1日中、薄い壁のようなものがあった。
あと、自分の欲望。
これ以上長く一緒にいるともちそうにない。
もっと触れたくなるキスしたくなるし帰したくなくなる。
流石にこれはマズイ。もう余裕のストックがゼロに近い。
(こうなったら早めに今日は帰るしかないよなー…うん)
残念だけど…ね、と口を開こうとすると巴がそれを遮った。
「あの!あと一つまだ乗っていないものがあるんですけど!!!」
今日はぎこちないながらもさんざん遊園地を遊び倒した二人だが
遊び残したものが一つだけあった。
『観覧車』
今日はお互い違う理由で未だそれに近づいてさえいなかった。
巴はいかにも年頃の女子の考え方で「夕暮れに乗ると綺麗だから」。
千石はいかにも年頃の男子の考え方で「二人っきりの空間は危険だから」。
もっとも彼は「二人っきりになれてラッキー」と考えないわけではなかったが
さすがに余裕のない現在、ありったけの理性で自制した。
それなのに。
「ね?これで最後にしますから!いきましょう?」
まさにとどめ。
千石の好きな巴スマイル。
千石清純15才。今一番欲しいもの、理性。
4へ