- 昔書いていた36話(友情系)の転載です。
- 特に加筆修正は行ってません。
- 菊不二前提で書いていたような気がする。
- 巴は出てきません。
- 初出:2003年
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空虚……そんな言葉が今の自分にぴったりだな。
そう菊丸英二は思った。
もっとも「空虚」なんて言葉は期末テストの時に覚えたばかりの言葉だけれど。
とあるクリスマス
学校はもう既に終業式を迎え、晴れて冬休みを満喫する身であるのに。
けれどもむなしい気がする。
暖かいだけが取り柄の家の外では、
冷たいけれども暖かな色とりどりの電飾に彩られ、
赤や緑、金銀が織りなす世界がひろがっている。
今年の自分の身分はと言えば中学三年生で、
エスカレーター式の学校に通っているとはいえども、
外部受験を志すクラスメート達に気遣って派手な行事は自粛ムードだ。
きっと表沙汰にならないところで仲の良いグループなどは遊ぶのだろう。
自分にはクラスで深いつきあいをしているグループはない。
友達が居ないわけではないけれど。
部活に打ち込む人間にはありがちで、平日も休日も中心は部活だったから
深くまで付き合える人間と言えばどうしても部活の連中になってしまう。
それなら部活の仲間と遊んだりすればいいのだが。
ある意味個性的なテニス部3年の面々には、
自らクリスマスに遊ぼうなんて言い出すタイプの人間が殆どおらず、
いるとすれば黄金ペアの、自分の相棒である大石かそれこそ自分だけである。
しかし、終業式前は何かとバタバタするのが常で
大石は風邪でダウンし、自分には皆に話を持ちかけるタイミングがなかった。
たった一人、クラスメート兼部活仲間の不二には声をかけてみたが。
「そうだねー」
という、それ以上話が進みようのない返事が返ってきただけだった。
そう言えば去年は部活のみんなと部活終了後にパーティーやったっけ。
ぼんやり思い出す。
自分は当然2年生で、手塚以外の皆とともにまだ浮ついたところがあって、
大石の髪型は今の髪型に定着しかかっているときで
タカさんの体にはまだほっそりした部分も残っていたし
乾は汁のことなんて口にも出さなかった(データは取っていたけれど)
手塚も外見に幼さが若干(乾に言わせれば0,5%くらいか?)残っていた。
当時1年生だった桃城と海堂は相変わらずケンカしていた。
(原因はケーキのイチゴを最初に食べるか最後に食べるかだった気がする)
唯一当時の印象が残っていないのは不二ぐらいだろうか。
中学2年生だった、と言うことしか覚えていない。
手塚と同じで外見が幼かった…くらいだろうか。
3年生になって同じクラスになって、毎日を過ごしている内に、
いろんな不二を発見して記憶を上書きする内に当時の記憶まで消してしまったのだろうか。
部活がない。というのが自分にとっては苦行だと改めて思った。
部活さえしていれば、みんなとわいわい騒ぐ機会も多いし、
こんな風にごちゃごちゃと過去を振り返ることもない。
見るのは勝利だけ。前だけだ。
あと4ヶ月もこんな日が続くかと思うとうんざりだ。
けれどもそれは変えようのない現実で。
「よっし!外でも行くかー!」
前向きに、前向きに。とりあえず外に出て気分転換することにした。
一人でも外には何かしら楽しいことはあるだろう。
日が暮れて冷えて来るにはあと1時間ほどしかないけれど
そのぐらいが外をぶらつくには丁度いい時間だろう。
クリスマスが特別な日だと思っていた自分には意外なことだったが
それはただの平日だった。祝日でも何でもなく。
いや、多少派手な平日ではあるが。
どこぞの奥さん達は夕飯の買い物袋を下げて歩いているし
サラリーマン風のおじさん達は携帯片手に忙しそうだ。
さすがに子供達、学生達は華やかで、友人達と連んだりしているみたいだが。
本屋に行けば普通に立ち読みしている人もいるし
ゲーセンでは普通にゲームをしている人々がいる。
案外そんなものなんだと初めて知ったような気がする。
日が落ち、そろそろオレンジ色の空も完全に紺色に浸食されそうな頃
家の前に何か影があった。
暗くもなく明るくもないこの時間では遠目では判別できず、
かなり近くまで近寄ってその正体が分かった。
「英二…なにやってたの…」
既に両目が見開かれた状態の不二であった。
「なんだ、不二じゃん。ウチ来るならメールでもくれれば良かったのに」
そう言うと、さらに目は見開かれ、
「英二が持ってるんならそうしたよ。当然、ね」
不二の目からもしビームが出るならおそらく今の自分は死んでいただろう。
彼の目から何も出ないことをどこかの神様に感謝した。
と、同時に自分が今現在ケータイを所持していないことに気づく。
「あ」
「きみにね、まずメールをしたんだよ。そしたら返事がこなくて。
でもそこであきらめられない用事だったから電話したんだよ。
そしたら、きみのお姉さんが出て、出かけましたって」
「ええ~、じゃあ、俺がいないの知ってて家の前でまってたの?」
「うん、お姉さんが日が暮れるまでにかえって来るって言ってたから」
不二はそう言ってにっこり笑う。その笑顔の意味はあえて英二は無視することにした。
「い、家で待っててくれれば良かったのにー…」
暑くもないのに背中から汗がにじむ。
頭の中でぐるぐる回るのは(ヤバイ!怒ってる!どうしよう!)ということだけだ。
「ううん。ここで待ってる方がイヤミだからいいと思って」
その言葉は死の宣告に等しかった。
英二には、
「うん…そっか、そうだよね…。ごめん…」
としか言いようがなかった。
今思い出した。1年前の不二の印象。
常に穏やかなヤツだと思っていた。
自分がこんなに頭が上がらなくなる存在になるとは思っていなかった。
不二はどうでも良い人間には適当な対応しかしない。
怒りもしないし、あくまで無視だ。かえって愛想が良いくらいだ。
イヤミなんてもってのほかだ。
イヤミでも何でも感情をぶつけてくる彼のことが嬉しくて仕方ないのは
おかしな事だろうか?
嬉しすぎて彼の感情をつい受け止めずにはいられない。
不二の用事はパーティーだった。
パーティーなんて聞いてないと抗議すると、事の顛末を教えてくれた。
と、言っても不二も今朝知ったばかりだったのだが。
つまり、企画は終業式前には完全に出来ていたのだけれども
大石が風邪で寝込んでいたので全員に伝えることを失念していたらしい。
一部には既に伝えてあったため、記憶の混乱も手伝ったようだった。
知っていた人間は当然全員知っているだろうと今日まで思っていたらしかった。
大石の企画である。まさか企画の通達という初歩のことが成されていないとは
誰にも予想だに出来なかったのだ。
会場であるファミレスの店内奥にある団体席には
旧(既に旧だ)青学レギュラー陣達が待っていた。
「英二、遅いぞ」
「菊丸、ファミレス周り50周してくるか?」
「先輩遅いっす!」
などと次々と待ち受けていたメンバーから声がかかる。
こんな事全く知らなかったんだから仕方ないという思いはあるけれど
声をかける一人一人に謝罪の意を伝える。
無いと思っていたパーティーがあり、
しかもわざわざ呼びに来てくれ(不二が直々に)、待っててくれる人もいる。
嬉しいことこの上ない。
「まあ、もっとも今日の主賓もまだ来てないんだけどね」
そう言う河村に英二は首をかしげ、
「主賓?サンタさんでも来るわけ?」
不思議に思い、そのことを素直に口に乗せる。
ぐるっと席を見渡す。
この時点でいないのは大石と越前だけだ。
越前が遅いのはいつものことだけど大石が遅いのはおかしい。
まだ来ていない主賓というのはどちらかの事だろうか?
「おや?知らないのか?俺のデータによると越前の誕生日は
12月24日、すなわち今日だ」
そうノートを見つつ乾が答える。
後ろからは「…今日もデータ取るつもりですか先輩…」との声がうっすら漏れる。
「要するにクリスマスと越前の誕生日、両方のパーティーと言うことだ」
部長も生徒会長も引退してる手塚が話をしめる。
何の肩書きもなくとも彼にはそれがふさわしい。
「じゃあ、主賓って越前のことなんだー。で、大石は?」
「捕獲係」
「へ?」
「鈍いね、英二。僕がきみの捕獲係。大石が越前の捕獲係ってことさ」
そう不二が説明する。
「ほ、捕獲って俺たちは野生動物じゃないんだぞう!」
言うと同時に、目の前の不二のケータイがなる。
「あ。メール。大石達もう店の近くにいるって。良かったね、英二」
「ほえ?なんでそこで俺に話を振るのさー?」
単純に最後の遅刻者じゃなかったからか?よく分からない。
不二はそんな不思議そうな表情をする英二を眺め、くすりと笑い、
そして英二の右手に筒状のものを握らせた。
「ん?なに?クラッカーじゃん」
手を開いて不二が握らせたものを見て、元々大きい英二の目はさらに大きくなった。
もちろん、パーティーにはクラッカーはつきもので。
でも、それで何が良かったんだろう?
「だからさ、英二、クラッカー鳴らすとかって好きでしょ?
越前達より遅れたらさすがに鳴らせないでしょうに。
それとも後で一人で孤独に鳴らしてみるのも良かった……あ」
いつの間にか店内に入ってきていた二人が席の前にたどり着いた。
と、同時に次々とテニス部面々はクラッカーのひもを引く。
普段からの反射神経の賜で鳴らすタイミングは逃さない。
「メリークリスマス&ハッピーバースデー越前!」
お互い計っていたわけでもないのにそろって声に出す。
当の越前は顔を赤らめ「やめてくださいよ…恥ずかしい」などとつぶやいている。
あ、だから「良かった」のか。
こんな瞬間を分かち合うことに間に合って。
クラッカーもそうだけど。それ以外のことも含めての。
「僕はね、こういう幸せな瞬間を英二と迎えたかったんだよ。だからね、良かったの。
さっき迎えに行ったときも言ったでしょ?あきらめられない用事だったって。
こんな時に隣に英二がいないのは寂しいからね」
隣でクラッカーと握りしめたまま立っている英二にしか聞こえない声で不二が言う。
空虚……そんな言葉は今の自分には無縁な言葉だ。
もっともそんな言葉がまた試験に出るかもしれないから忘れはしないけれど。
END