カタン…カタン…
観覧車独特の音は乗りこんだゴンドラとともに
二人の緊張までも高みにあげていく。
『当パーク自慢の観覧車エアライドへようこそ!』
しらじらしいアニメ風の女性の声がゴンドラの中に響く。
『この観覧車はなんと世界最大級!
一周30分の空中散歩へ皆様をご招待━━━』
*チェリー・ピンク4
30分。
この時間が長いと思うのか、短いと思うのか。
どちらかと言えば二人とも「長い」と思っていた。
すでに観覧車に並ぶところから微妙だった。
やっぱり少しぎこちないお互いを感じつつ当たり障りのない会話。
その事で巴はますます落ち込むような気分になり、
巴のことが掴みきれない千石は思いきった行動にも出られず、
焦れったい気分のままだった。
かといって、お互い「やっぱり観覧車はやめよう」とは言えないままで。
(あー…。うっかり観覧車に乗りたいなんて言わなきゃ良かったかなあ。
もう何を話して良いかわかんないよううう)
でも、やっぱり千石といるのは楽しいし嬉しい。
そのジレンマが巴を悩ませる。
普段滅多にフル回転させることのないその頭は今まさに最高の回転速度だ。
ちなみにその悩み事で百面相もフル回転で、本人はもちろん気づいていないが正面に座っている千石にはよく見える。
やっぱり、巴ちゃんはカワイイよなあと改めて思う。
思うだけでなく顔もニヤついているが。
「あーーー!もう、意識しないように気をつけてたんだけどなあ!」
お手上げだ。そんな表情で声を張り上げる。
巴はなにを千石が気をつけていたのかわからず、
きょとんとした表情だ。
(意識?何を意識しない様にしてたんだろ?はっ…!今日の私の挙動不審さ???)
だったら、やばい。
もしかして余りにも挙動不審すぎて愛想をつかされたりして。
急に落ち込む自分。
急に妄想が激しくなる自分。
急に悩む自分。
客観的に見てみると今日の自分は不審だ。明らかに不審だ。不審すぎる。
もっともだからといってどうしたら良いかもさっぱり分からないのだが。
動揺する自分を落ち着かせようと、しきりにゴンドラの外の風景を眺めたりしてみるが、無駄なようだ。
(だめだ!やっぱり可愛いんだもん。どうしようもないよね)
落ち着かない表情でソワソワしている巴を前にして
そろそろ自制心が遠い彼方へ去ろうとしている。
幸いにして二人きり。
不幸にして二人きり。
誰にも邪魔されないこの小さな密室で。
カワイイ彼女とイチャイチャしたいなんて思うのは当然じゃないか?
健全じゃないか?
誰が責められる?
今日の彼女は確かに少し機嫌が悪いみたいだし、
理由が分からないだけにちょっと怖いけど。
だってテニスプレイヤーにしては案外細い肩が、
つやつやぷるぷるの唇が俺を誘ってるし。
思い切って「ごめん!」ってしてからぎゅってしてみちゃおっか?
そろそろ地平線に帰っていく太陽の雰囲気に乗じてみる?
とりあえず大きく深呼吸をして自分を落ち着かせてみる。
(ああ…やっぱり別れ話なのかあ…千石さん)
大きく息を吸った千石を見て巴は理由もなく確信する。
どうりで今日の彼はちょっとおかしいはずだ。
普段の彼ならグロスぐらいすぐに気づくだろう。
もう自分には興味がないのだ。きっと。
運が良いのか悪いのか、ギャラリーがいない。二人っきりだ。
別れ話にも丁度良いだろう。
どうしよう、このままじゃ…。
別れない。別れたくない。
いっそのこと「ごめん!」って謝っちゃおうか。
で、悪いところがあるなら言ってもらおう。
挙動不審が嫌なら頑張って普通になろう。
勇気を出して立ち上がる。
「千石さん!!!!」
…グラッ…
「……きゃああっ」
「…っ巴ちゃん!」
ゴンドラが激しく揺れる。そして巴はその揺れに耐えられなかった。
5へ
観覧車独特の音は乗りこんだゴンドラとともに
二人の緊張までも高みにあげていく。
『当パーク自慢の観覧車エアライドへようこそ!』
しらじらしいアニメ風の女性の声がゴンドラの中に響く。
『この観覧車はなんと世界最大級!
一周30分の空中散歩へ皆様をご招待━━━』
*チェリー・ピンク4
30分。
この時間が長いと思うのか、短いと思うのか。
どちらかと言えば二人とも「長い」と思っていた。
すでに観覧車に並ぶところから微妙だった。
やっぱり少しぎこちないお互いを感じつつ当たり障りのない会話。
その事で巴はますます落ち込むような気分になり、
巴のことが掴みきれない千石は思いきった行動にも出られず、
焦れったい気分のままだった。
かといって、お互い「やっぱり観覧車はやめよう」とは言えないままで。
(あー…。うっかり観覧車に乗りたいなんて言わなきゃ良かったかなあ。
もう何を話して良いかわかんないよううう)
でも、やっぱり千石といるのは楽しいし嬉しい。
そのジレンマが巴を悩ませる。
普段滅多にフル回転させることのないその頭は今まさに最高の回転速度だ。
ちなみにその悩み事で百面相もフル回転で、本人はもちろん気づいていないが正面に座っている千石にはよく見える。
やっぱり、巴ちゃんはカワイイよなあと改めて思う。
思うだけでなく顔もニヤついているが。
「あーーー!もう、意識しないように気をつけてたんだけどなあ!」
お手上げだ。そんな表情で声を張り上げる。
巴はなにを千石が気をつけていたのかわからず、
きょとんとした表情だ。
(意識?何を意識しない様にしてたんだろ?はっ…!今日の私の挙動不審さ???)
だったら、やばい。
もしかして余りにも挙動不審すぎて愛想をつかされたりして。
急に落ち込む自分。
急に妄想が激しくなる自分。
急に悩む自分。
客観的に見てみると今日の自分は不審だ。明らかに不審だ。不審すぎる。
もっともだからといってどうしたら良いかもさっぱり分からないのだが。
動揺する自分を落ち着かせようと、しきりにゴンドラの外の風景を眺めたりしてみるが、無駄なようだ。
(だめだ!やっぱり可愛いんだもん。どうしようもないよね)
落ち着かない表情でソワソワしている巴を前にして
そろそろ自制心が遠い彼方へ去ろうとしている。
幸いにして二人きり。
不幸にして二人きり。
誰にも邪魔されないこの小さな密室で。
カワイイ彼女とイチャイチャしたいなんて思うのは当然じゃないか?
健全じゃないか?
誰が責められる?
今日の彼女は確かに少し機嫌が悪いみたいだし、
理由が分からないだけにちょっと怖いけど。
だってテニスプレイヤーにしては案外細い肩が、
つやつやぷるぷるの唇が俺を誘ってるし。
思い切って「ごめん!」ってしてからぎゅってしてみちゃおっか?
そろそろ地平線に帰っていく太陽の雰囲気に乗じてみる?
とりあえず大きく深呼吸をして自分を落ち着かせてみる。
(ああ…やっぱり別れ話なのかあ…千石さん)
大きく息を吸った千石を見て巴は理由もなく確信する。
どうりで今日の彼はちょっとおかしいはずだ。
普段の彼ならグロスぐらいすぐに気づくだろう。
もう自分には興味がないのだ。きっと。
運が良いのか悪いのか、ギャラリーがいない。二人っきりだ。
別れ話にも丁度良いだろう。
どうしよう、このままじゃ…。
別れない。別れたくない。
いっそのこと「ごめん!」って謝っちゃおうか。
で、悪いところがあるなら言ってもらおう。
挙動不審が嫌なら頑張って普通になろう。
勇気を出して立ち上がる。
「千石さん!!!!」
…グラッ…
「……きゃああっ」
「…っ巴ちゃん!」
ゴンドラが激しく揺れる。そして巴はその揺れに耐えられなかった。
5へ
『━━━この揺れは演出でございます。ただいま15分地点、頂上に到着致しました』
*チェリー・ピンク5
明るいアナウンスが流れる。
どうやらこの観覧車は頂点に到達すると少し揺れる演出があるようだ。
もっとも激しい揺れは急に立ち上がった巴が引き起こしたものだったが。
「すすすすすすっすいませんっ!千石さんっ!」
巴は気がつくと千石の腕の中にいた。
いや、腕の中というより座席に座っている千石の膝に乗る格好だった。
いつの間にか千石の腕は巴を抱くように軽く背中に回している。
顔が近い。
身体がこれ以上ないくらいくっついている。
お互いの鼓動が感じられるくらいに。
「うーん…。役得?」
「え?あ、あの身体…離してください!その…重いですよ!」
慌てて早口で千石にそう告げる。
「嫌」
「ええ!?」
巴はすっかり混乱する。
これは罰ゲームなの?
だって千石さんは私と別れたくて。
それなのに私は揺れに乗じて膝に乗っちゃったりして。
そんな私にぎゅっとしてくれるなんて
私は嬉しいような気がするけど、千石さんにはメリットがないんじゃ…?
なんて、思考も既に支離滅裂だ。
混乱する巴の背中をまるで壊れ物のように千石はやさしく撫で落ち着かせる。
「落ち着いて、巴ちゃん」
「はい?」
「いーの、いーの。俺はむしろ嬉しいんだからさ」
何故嬉しいのか巴には分からない。
よく考えれば分かりそうなものだが。
好きな彼女が自分の膝の上にいる事に喜びを感じない男なんていない。
「???」
「だーってさ、今日は巴ちゃん超カワイイし。
唇ピンクでつやつやだしさあ」
あ、なんだ気づいてたんだ。
巴の胸に暖かいものが灯る。
無視してた訳じゃないんだ。素直に嬉しい。
その感情は素直に顔に表れる。
「なんていうの?んー…?そう!そう!そう!」
千石はぱっと輝いた顔で巴の目をのぞき込む。
急に視界いっぱいに飛び込んできた彼の顔に巴はビックリする。
この人の顔には妙に惹き付けられるんだよね。愛嬌があるって言うか。
━━━目が離せない。
本当に目が離せなくなった。
心臓が破れてしまいそうなくらい激しく鼓動する。
どうか、聞こえてませんように。
けれどもそう願っても、ドキドキは治まりそうにない。
それに、この輝く笑顔で私を見るこの人は、何を言い出すんだろう。
気になって仕方がない。
「そう!食べちゃいたいくらいイイんだよね!
やっぱりさあ、健全な青少年の俺としては非常に気になっちゃうんだよ。
俺って年上だし、もうちょっと余裕を持たなきゃイケナイと思って
必死に理性に頑張ってもらっちゃってたりするんだけどさー」
それでも、やっぱり。
好きなんだから、気になるんだから仕方ないよね。
そう言って巴に向かって軽やかに笑いかける。
「あー…。え…でも…」
自分の考えていたことに巴は言い淀む。
だって別れ話がはじまると勝手に思っててこんな展開考えていなかったから。
「私、別れ話切り出されるのかと思ってました…!」
一瞬間が空く。
千石は呆気にとられたような表情になる。
続いて肩を振るわせ爆笑。
「━━━っくっくくく…あーっはははははははははははははははは」
「せ、千石さん!?」
「ソレ、おかしすぎる!ありえないって…ははははは」
爆笑で身体を揺らす千石に巴も全身を揺すられる。
膝に座ったままなのだから当然だ。
不意に、体勢が崩れてあわてて千石にキツくしがみつく。
「ははっ…はー…ナイスな冗談だね、巴ちゃん」
巴がしがみついたどさくさに
千石も巴の身体に軽く回していた両手をキツく締め付ける。
彼女が我に返った時にはもう遅かった。
いつの間にか膝の上で固く抱き合うような格好だ。
その状態で千石は巴にしっかりと目を合わせ、気持ちを声に出す。
「だって、俺、こんなにキミのことカワイー!好きだー!って思ってるのに」
「……はい?」
「ね?このままキミの美味しそうな唇食べちゃってイイかな?」
せめて最初はおたがい合意の上がいい。
もう理性はどこかにとんでいっちゃってるけど、せめてそれだけは。
「え…あっあああ!その!!!ああ味見くらいなら…?」
巴は既にすっかり混乱していて自分自身何を言っているのかよく分からない。
わからないけど、口から出る言葉は肯定の意。
そんなところが巴ちゃんらしいよなあと、しみじみ思いながら
千石は顔を身体をさらに巴に寄せる。
でも、味見って何処まで味見って言うんだろう?
息がかかるくらい近づいたときにふとそう思った。
でも、まあ、いいか。
世界は一転、真っ白に。
…
……
………
なんで、このゴンドラは上へと向かっているんだろう。
我に返って周りを見回した巴はその事に疑問を抱いた。
さっき、頂上だってアナウンスがあって
それでもって搭乗口へと戻ってなかったっけ?
あまりにも突然で。
初めてのことで。
どきどきして。
しあわせで。
気持ちよくて。
頭が真っ白だったから周りがよく見えなくなっていたけど。
「あの……これは一体……?」
ゴンドラ、登ってるんですけど?
もしかして2周目だったり…?
怪訝な顔で千石を窺う。
「んー?係のお姉さんをちらっと見たら
『そのままドーゾ』って手を振ってくれたんだよねー。いやー、ラッキー」
ラッキー?
たしかに2周も乗れるのはラッキー…なのかも?
いやいや、そんな問題じゃないような…。
それはともかく。
お姉さんは見ていて。
ゴンドラが下りて再び登るくらいで。
………味見………?
って、これが味見って。
一回じゃなかったような気もするし。
ちゃんと頂かれちゃう時はどうなると言うんだろう。
思わず巴の指は自分の唇に触れる。
そこで普段は指についてしまう筈のグロスはすっかりなくて。
チェリー・ピンクの色は付いていなくて。
これって完食に近いのではとふと思った。
「キミの可愛い唇、おいしかったよ。ごちそーさま」
また再びゴンドラが揺れる。
『━━━ただいま15分地点、頂上に到着致しました』
「ね、巴ちゃん?」
耳元でかすれ気味の声が問いかける。
その気配に身体がゾクゾク反応する。
「はっ…はい!」
「3周目、しちゃったらどーする?」
どうしよう。
恥ずかしくて降りられないんじゃないだろうか。
じっと、千石の顔を見てみる。
あれ…?
私のつけていたはずのチェリー・ピンクが千石さんに。
色が移って。
その色の移った唇に巴は自分の指を滑らす。
「千石さんの、その美味しそうな色の唇は私が食べちゃっていいんですよね?」
「はいドーゾ」
もう既にどのタイミングで観覧車から降りればいいのか。
二人にも分からない。
夕日が綺麗と乗ったはずの観覧車だけれど
綺麗なものは既に夜景へと取り変わっていて。
巴の頭から門限という単語はすっかり失われているし
千石からは理性が消えかかっている。
もちろん最低限の理性は頑として残してはいるものの
3周目も悪くないんじゃないかと思ってしまうあたり本当に最低限のようだ。
とりあえず、そのチェリー・ピンクがお互いから消えるまでは
観覧車に乗り続けてしまうかもしれない。
END
*チェリー・ピンク5
明るいアナウンスが流れる。
どうやらこの観覧車は頂点に到達すると少し揺れる演出があるようだ。
もっとも激しい揺れは急に立ち上がった巴が引き起こしたものだったが。
「すすすすすすっすいませんっ!千石さんっ!」
巴は気がつくと千石の腕の中にいた。
いや、腕の中というより座席に座っている千石の膝に乗る格好だった。
いつの間にか千石の腕は巴を抱くように軽く背中に回している。
顔が近い。
身体がこれ以上ないくらいくっついている。
お互いの鼓動が感じられるくらいに。
「うーん…。役得?」
「え?あ、あの身体…離してください!その…重いですよ!」
慌てて早口で千石にそう告げる。
「嫌」
「ええ!?」
巴はすっかり混乱する。
これは罰ゲームなの?
だって千石さんは私と別れたくて。
それなのに私は揺れに乗じて膝に乗っちゃったりして。
そんな私にぎゅっとしてくれるなんて
私は嬉しいような気がするけど、千石さんにはメリットがないんじゃ…?
なんて、思考も既に支離滅裂だ。
混乱する巴の背中をまるで壊れ物のように千石はやさしく撫で落ち着かせる。
「落ち着いて、巴ちゃん」
「はい?」
「いーの、いーの。俺はむしろ嬉しいんだからさ」
何故嬉しいのか巴には分からない。
よく考えれば分かりそうなものだが。
好きな彼女が自分の膝の上にいる事に喜びを感じない男なんていない。
「???」
「だーってさ、今日は巴ちゃん超カワイイし。
唇ピンクでつやつやだしさあ」
あ、なんだ気づいてたんだ。
巴の胸に暖かいものが灯る。
無視してた訳じゃないんだ。素直に嬉しい。
その感情は素直に顔に表れる。
「なんていうの?んー…?そう!そう!そう!」
千石はぱっと輝いた顔で巴の目をのぞき込む。
急に視界いっぱいに飛び込んできた彼の顔に巴はビックリする。
この人の顔には妙に惹き付けられるんだよね。愛嬌があるって言うか。
━━━目が離せない。
本当に目が離せなくなった。
心臓が破れてしまいそうなくらい激しく鼓動する。
どうか、聞こえてませんように。
けれどもそう願っても、ドキドキは治まりそうにない。
それに、この輝く笑顔で私を見るこの人は、何を言い出すんだろう。
気になって仕方がない。
「そう!食べちゃいたいくらいイイんだよね!
やっぱりさあ、健全な青少年の俺としては非常に気になっちゃうんだよ。
俺って年上だし、もうちょっと余裕を持たなきゃイケナイと思って
必死に理性に頑張ってもらっちゃってたりするんだけどさー」
それでも、やっぱり。
好きなんだから、気になるんだから仕方ないよね。
そう言って巴に向かって軽やかに笑いかける。
「あー…。え…でも…」
自分の考えていたことに巴は言い淀む。
だって別れ話がはじまると勝手に思っててこんな展開考えていなかったから。
「私、別れ話切り出されるのかと思ってました…!」
一瞬間が空く。
千石は呆気にとられたような表情になる。
続いて肩を振るわせ爆笑。
「━━━っくっくくく…あーっはははははははははははははははは」
「せ、千石さん!?」
「ソレ、おかしすぎる!ありえないって…ははははは」
爆笑で身体を揺らす千石に巴も全身を揺すられる。
膝に座ったままなのだから当然だ。
不意に、体勢が崩れてあわてて千石にキツくしがみつく。
「ははっ…はー…ナイスな冗談だね、巴ちゃん」
巴がしがみついたどさくさに
千石も巴の身体に軽く回していた両手をキツく締め付ける。
彼女が我に返った時にはもう遅かった。
いつの間にか膝の上で固く抱き合うような格好だ。
その状態で千石は巴にしっかりと目を合わせ、気持ちを声に出す。
「だって、俺、こんなにキミのことカワイー!好きだー!って思ってるのに」
「……はい?」
「ね?このままキミの美味しそうな唇食べちゃってイイかな?」
せめて最初はおたがい合意の上がいい。
もう理性はどこかにとんでいっちゃってるけど、せめてそれだけは。
「え…あっあああ!その!!!ああ味見くらいなら…?」
巴は既にすっかり混乱していて自分自身何を言っているのかよく分からない。
わからないけど、口から出る言葉は肯定の意。
そんなところが巴ちゃんらしいよなあと、しみじみ思いながら
千石は顔を身体をさらに巴に寄せる。
でも、味見って何処まで味見って言うんだろう?
息がかかるくらい近づいたときにふとそう思った。
でも、まあ、いいか。
世界は一転、真っ白に。
…
……
………
なんで、このゴンドラは上へと向かっているんだろう。
我に返って周りを見回した巴はその事に疑問を抱いた。
さっき、頂上だってアナウンスがあって
それでもって搭乗口へと戻ってなかったっけ?
あまりにも突然で。
初めてのことで。
どきどきして。
しあわせで。
気持ちよくて。
頭が真っ白だったから周りがよく見えなくなっていたけど。
「あの……これは一体……?」
ゴンドラ、登ってるんですけど?
もしかして2周目だったり…?
怪訝な顔で千石を窺う。
「んー?係のお姉さんをちらっと見たら
『そのままドーゾ』って手を振ってくれたんだよねー。いやー、ラッキー」
ラッキー?
たしかに2周も乗れるのはラッキー…なのかも?
いやいや、そんな問題じゃないような…。
それはともかく。
お姉さんは見ていて。
ゴンドラが下りて再び登るくらいで。
………味見………?
って、これが味見って。
一回じゃなかったような気もするし。
ちゃんと頂かれちゃう時はどうなると言うんだろう。
思わず巴の指は自分の唇に触れる。
そこで普段は指についてしまう筈のグロスはすっかりなくて。
チェリー・ピンクの色は付いていなくて。
これって完食に近いのではとふと思った。
「キミの可愛い唇、おいしかったよ。ごちそーさま」
また再びゴンドラが揺れる。
『━━━ただいま15分地点、頂上に到着致しました』
「ね、巴ちゃん?」
耳元でかすれ気味の声が問いかける。
その気配に身体がゾクゾク反応する。
「はっ…はい!」
「3周目、しちゃったらどーする?」
どうしよう。
恥ずかしくて降りられないんじゃないだろうか。
じっと、千石の顔を見てみる。
あれ…?
私のつけていたはずのチェリー・ピンクが千石さんに。
色が移って。
その色の移った唇に巴は自分の指を滑らす。
「千石さんの、その美味しそうな色の唇は私が食べちゃっていいんですよね?」
「はいドーゾ」
もう既にどのタイミングで観覧車から降りればいいのか。
二人にも分からない。
夕日が綺麗と乗ったはずの観覧車だけれど
綺麗なものは既に夜景へと取り変わっていて。
巴の頭から門限という単語はすっかり失われているし
千石からは理性が消えかかっている。
もちろん最低限の理性は頑として残してはいるものの
3周目も悪くないんじゃないかと思ってしまうあたり本当に最低限のようだ。
とりあえず、そのチェリー・ピンクがお互いから消えるまでは
観覧車に乗り続けてしまうかもしれない。
END
ネクタイをきゅっと結ぶ。…結んだつもり。
初めて結ぶからよれよれ。何とか形にはなったけど。
たかがネクタイを結ぶだけで30分もかかってしまい、
既に寮を出るタイムリミット寸前だ。もう一度自分の姿を鏡に映して確認。
初めて着る聖ルドルフ学院の制服。糊が目一杯利いていてまだぎこちないカンジ。
「やばっ!早く出なくちゃ観月さん待たせちゃう!」
*甘いアナタ
ふと我に返って慌てて朝食も取らずに寮を飛び出す。
登校初日から全力疾走とは先が思いやられるなあ。
そう、今日が始業式。
去年中学生になったばかりだというのに、また再び新入生。
そんなわけで、色々手続きをやらねばならず
今日は早川さんや他の寮生よりも早く登校しないといけなくて。
ただ先日、その事を観月さんに伝えると、
「私が推薦をした以上、責任を持って学校までお送りしますよ。
━━━いきなり迷子になっても困りますし」
と、相変わらず心配性のお母さんのような物言いで
学校まで送ってもらうことが決定した。
しかし、いきなり迷子って…。
ふだん観月さんが私のことをどう思っているのかよくわかるね。とほほ。
心配している事も同時によくわかってその点だけは嬉しいんだけど。
待ち合わせの最寄り駅に着くと当然の事ながら、観月さんが待っていた。
「やっぱり走ってくると思いましたよ」
あきれ顔で、呼吸を整える私を見ている。
もしかしてこんな事まで計算通りですか…。
段々呼吸が整ってきてふと顔を上げた私の前に白い袋が差し出された。
「何ですか?これ?」
「……あなたは初日から朝ご飯抜きで登校するつもりですか」
袋を開くとコンビニおにぎり2個とお茶のペットボトル。
わあ、観月さんちゃんとわかっていらっしゃる!
…って、ここまでバレバレですか!
そんなに私って分かり易いのかなあ。
「さ、電車が来るまであと5分しか有りませんよ、早く食べて」
やっぱり観月さんはお母さんみたいだ。
多分本人に言うとムッとした表情で「やめてください」って言うんだけど。
そのあと「ちゃんと異性として好意を抱いてますよ」って伝えると
大抵普段見せない、何のたくらみもなさそうな笑顔を私には見せてくれるから
そして「私もですよ」ってぎゅっとしてくれるだろうから。
やっぱり、言っちゃおうか。
「観月さんて、お母さんみたいですよね?」
結局、朝ご飯を食べるタイミングは逃しちゃったみたい。
END
初めて結ぶからよれよれ。何とか形にはなったけど。
たかがネクタイを結ぶだけで30分もかかってしまい、
既に寮を出るタイムリミット寸前だ。もう一度自分の姿を鏡に映して確認。
初めて着る聖ルドルフ学院の制服。糊が目一杯利いていてまだぎこちないカンジ。
「やばっ!早く出なくちゃ観月さん待たせちゃう!」
*甘いアナタ
ふと我に返って慌てて朝食も取らずに寮を飛び出す。
登校初日から全力疾走とは先が思いやられるなあ。
そう、今日が始業式。
去年中学生になったばかりだというのに、また再び新入生。
そんなわけで、色々手続きをやらねばならず
今日は早川さんや他の寮生よりも早く登校しないといけなくて。
ただ先日、その事を観月さんに伝えると、
「私が推薦をした以上、責任を持って学校までお送りしますよ。
━━━いきなり迷子になっても困りますし」
と、相変わらず心配性のお母さんのような物言いで
学校まで送ってもらうことが決定した。
しかし、いきなり迷子って…。
ふだん観月さんが私のことをどう思っているのかよくわかるね。とほほ。
心配している事も同時によくわかってその点だけは嬉しいんだけど。
待ち合わせの最寄り駅に着くと当然の事ながら、観月さんが待っていた。
「やっぱり走ってくると思いましたよ」
あきれ顔で、呼吸を整える私を見ている。
もしかしてこんな事まで計算通りですか…。
段々呼吸が整ってきてふと顔を上げた私の前に白い袋が差し出された。
「何ですか?これ?」
「……あなたは初日から朝ご飯抜きで登校するつもりですか」
袋を開くとコンビニおにぎり2個とお茶のペットボトル。
わあ、観月さんちゃんとわかっていらっしゃる!
…って、ここまでバレバレですか!
そんなに私って分かり易いのかなあ。
「さ、電車が来るまであと5分しか有りませんよ、早く食べて」
やっぱり観月さんはお母さんみたいだ。
多分本人に言うとムッとした表情で「やめてください」って言うんだけど。
そのあと「ちゃんと異性として好意を抱いてますよ」って伝えると
大抵普段見せない、何のたくらみもなさそうな笑顔を私には見せてくれるから
そして「私もですよ」ってぎゅっとしてくれるだろうから。
やっぱり、言っちゃおうか。
「観月さんて、お母さんみたいですよね?」
結局、朝ご飯を食べるタイミングは逃しちゃったみたい。
END
「…ど…どうしたんですか?めず…珍しいですね、
急に呼び出すなんて…」
息を弾ませ巴は開口一番に目の前の人間に問う。息が上がっているのは全力疾走で待ち合わせ場所までたどり着いたからだ。
「そうか?」
「そうですよ!私が呼び出すのは珍しくないですけど!」
「お前…自分で言うな…」
あきれ顔の跡部は息を必死で整えている途中の巴を見おろしながらいう。巴はほんの30分前に電話で「今すぐ来い」と跡部から呼び出された。
とくに用件も告げられず、とにかく来いと言われ
訳がわからないながら慌てて身なりを整えて待ち合わせ場所までやってきた。
全速力で。
待ち合わせ場所はストリートテニスコートのある公園。
二人が初めて出会った場所。
*ホワイトデー
「それにしても本当にどうしたんですか?こんな所に呼び出したりして」
「あーん?場所なんか何処でもよかったんだがな
ただここが待ち合わせに適してただけだ。お前の家からも近いしな」
「はあ」
「用件はこれだ」
そう言い、水色の小袋を巴に手渡す。
いぶかしげに小首をかしげる巴。
何処かで見たことのある紙袋だ。アクセサリー?
「これはなんなんでしょう?」
本気でわからない風情で巴は問いかける。
跡部の目は心なしか凍ってしまったようだ。
「巴…今日は何の日か言ってみろ…」
「何の日…って3月14日ですよねえ?ああ!今日は松の廊下の日なんですよ!たしか!」
「あん?」
「忠臣蔵ですよ。殿中でござるって、アレ」
「違げーよ」
「そうですかあ、じゃ、大阪万博の開催…」
跡部はその言葉をすかさず遮る。
いかにも自分で言うのは不本意という顔で言葉を紡ぐ。
「ふざけるのも大概にしろ。今日はホワイトデーだろうが」
「ああ!跡部さんでもそんな俗なコトするんですね!」
きっぱり俗だと言われ少し傷ついたような表情を見せるも
巴はそれに気づかない。
彼女は大概鈍い。特に色恋沙汰、自分に関わるような事では。
時に野生の勘としか言いようのない鋭さをもみせるが、それは本当に希だ。
仕方ないことと跡部も半ば諦めてはいるが
それに振り回されることが面白くないこともまた確かだ。
「俗とはなんだ、俗とは。俺は義理堅いんだよ」
「そうですかあ」
そうか、義理か…なにげない一言だとは思うけれど、
巴はそこに引っかかる。
もちろん、義理以外のものが欲しかったから。
「跡部さん、大量にチョコを貰ったと思うんですけど
義理堅いんなら全員にちゃんとお返しはしたんですか?」
もちろん、お返しする位跡部にはなんて事はないだろう。先だっての合宿中に部員全員分のお土産を買うところにつきあったのだ。
約200人の部員一人一人に、それなりのお土産を購入していた。
ホワイトデーのお返しだって同レベルのことだろう。
しかし、そんな中の一人として換算されるのは流石にやりきれなさがある。
「しない」
「義理堅いクセにケチですね」
「違う。もういい、お前その袋返せ」
跡部の背後には何故かロシアの雪原が見えるようだ。
もう3月なのに。跡部の周囲の気候だけ極寒。
流石にホワイトデーのお返しを渡した相手にケチと言われるほど
屈辱はないだろう。
もうちょっと察しても良いだろうに…そこが巴なのだろうが。
跡部がお返しを渡さない、その理由。
「いやですよ!返すなんて。せっかく跡部さんがくれたものなのに!」
だって、他ならぬ跡部からのプレゼントだし。
通常のプレゼントとホワイトデーのプレゼントは込められた意味が違うし。
なにがなんでも渡すまいとがっちり紙袋を胸に押さえ込む巴。
跡部もそれを無理には取ろうとしない。
むろん彼とて無理に奪い返す気はない。当たり前だ。
それに「せっかく跡部さんがくれたものなのに!」と言う一言に
コイツ可愛いこというじゃねえか、とニヤつきそうな自分もいる。
「じゃあ、察しろ。俺が他のヤツにお返しをしない理由を…な」
「はい?」
これも結局俺自身が言わないと気付きもしないのかよ、と
深く深くため息をつく。
「……誰からも、貰ってないんだよ。チョコは」
「ええええええええええええええ!実はモテないんですか!?」
「馬鹿か!んな訳ないだろ!」
気づいたら声を荒げてしまった。
周囲の人間に与える影響を考慮して
テニスの練習時以外はきわめて平静でいるようにしている彼であったが
今回は流石に平静を保てない。
巴と接して平静を保てる人間が居るとしたら修行僧ぐらいのものだろう。
「じゃあ、なんでですか」
きょとんとして巴は跡部を見つめる。まるで子犬のような目だ。
これだから憎めない。
俺様としたことが、これじゃ保父さんか何かだぜ…。
またため息をつく。
「全部、受取拒否だ」
「そんなもったいない」
「もったいなくねーよ。この俺にふさわしいチョコは一つだけだからな」
さすがにその意味は理解でき、思わず赤面する。
贈ったチョコが果たして跡部にふさわしいものか自己評価は別として
跡部は高く評価してくれているようだ。
彼にふさわしいチョコは、私のチョコだけ。
それはまるで自分自身が彼にふさわしいと言われているようで。
しあわせだった。
「それなら、私にふさわしいお返しも跡部さんからの一つだけです。
もっとも、私、義理でも跡部さん以外の人にチョコはあげていませんけど」
父宛や菜々子との合作の越前家男性陣へのチョコケーキは別として、だが。
バレンタインデー前は跡部へのチョコのことで頭がいっぱいで
他の人間にあげるチョコなんてかけらも考えなかった。
「義理…」
「…跡部さん?」
自分の失言に跡部は急に気づく。
『俗とはなんだ、俗とは。俺は義理堅いんだよ』その一言。
義理堅いからあげた訳じゃない。
「さっきの“義理堅い”って発言は撤回だ」
「はい?」
「これまでの俺にとって確かにホワイトデーは俗な、意味のないものだったが
お前が居るから今の俺にはとても意味のある行事なんだよ
━━━これだけ言えば、もう十分だろう?」
絶句。
あまりの恥ずかしさに声が出ない巴は赤い顔でかくかく頷く。
やっぱり彼は何かすべてを超越している。
殺し文句すら。
彼からの大ダメージな台詞にどのくらい心臓が保つかわからないけれど
これからもずっとこの人についていこう、そう巴は心に誓った。
しかし、彼の繰り出す殺し文句が
すべて彼女の鈍さに起因しているとはやはり気づいていないのだった。
『万事はっきりと大袈裟すぎるほどにアピールしないと
巴は理解しない』
翌日から跡部の日記の1ページ目には必ずこの言葉が書き加えられるようになる。
忘れないように。
END
急に呼び出すなんて…」
息を弾ませ巴は開口一番に目の前の人間に問う。息が上がっているのは全力疾走で待ち合わせ場所までたどり着いたからだ。
「そうか?」
「そうですよ!私が呼び出すのは珍しくないですけど!」
「お前…自分で言うな…」
あきれ顔の跡部は息を必死で整えている途中の巴を見おろしながらいう。巴はほんの30分前に電話で「今すぐ来い」と跡部から呼び出された。
とくに用件も告げられず、とにかく来いと言われ
訳がわからないながら慌てて身なりを整えて待ち合わせ場所までやってきた。
全速力で。
待ち合わせ場所はストリートテニスコートのある公園。
二人が初めて出会った場所。
*ホワイトデー
「それにしても本当にどうしたんですか?こんな所に呼び出したりして」
「あーん?場所なんか何処でもよかったんだがな
ただここが待ち合わせに適してただけだ。お前の家からも近いしな」
「はあ」
「用件はこれだ」
そう言い、水色の小袋を巴に手渡す。
いぶかしげに小首をかしげる巴。
何処かで見たことのある紙袋だ。アクセサリー?
「これはなんなんでしょう?」
本気でわからない風情で巴は問いかける。
跡部の目は心なしか凍ってしまったようだ。
「巴…今日は何の日か言ってみろ…」
「何の日…って3月14日ですよねえ?ああ!今日は松の廊下の日なんですよ!たしか!」
「あん?」
「忠臣蔵ですよ。殿中でござるって、アレ」
「違げーよ」
「そうですかあ、じゃ、大阪万博の開催…」
跡部はその言葉をすかさず遮る。
いかにも自分で言うのは不本意という顔で言葉を紡ぐ。
「ふざけるのも大概にしろ。今日はホワイトデーだろうが」
「ああ!跡部さんでもそんな俗なコトするんですね!」
きっぱり俗だと言われ少し傷ついたような表情を見せるも
巴はそれに気づかない。
彼女は大概鈍い。特に色恋沙汰、自分に関わるような事では。
時に野生の勘としか言いようのない鋭さをもみせるが、それは本当に希だ。
仕方ないことと跡部も半ば諦めてはいるが
それに振り回されることが面白くないこともまた確かだ。
「俗とはなんだ、俗とは。俺は義理堅いんだよ」
「そうですかあ」
そうか、義理か…なにげない一言だとは思うけれど、
巴はそこに引っかかる。
もちろん、義理以外のものが欲しかったから。
「跡部さん、大量にチョコを貰ったと思うんですけど
義理堅いんなら全員にちゃんとお返しはしたんですか?」
もちろん、お返しする位跡部にはなんて事はないだろう。先だっての合宿中に部員全員分のお土産を買うところにつきあったのだ。
約200人の部員一人一人に、それなりのお土産を購入していた。
ホワイトデーのお返しだって同レベルのことだろう。
しかし、そんな中の一人として換算されるのは流石にやりきれなさがある。
「しない」
「義理堅いクセにケチですね」
「違う。もういい、お前その袋返せ」
跡部の背後には何故かロシアの雪原が見えるようだ。
もう3月なのに。跡部の周囲の気候だけ極寒。
流石にホワイトデーのお返しを渡した相手にケチと言われるほど
屈辱はないだろう。
もうちょっと察しても良いだろうに…そこが巴なのだろうが。
跡部がお返しを渡さない、その理由。
「いやですよ!返すなんて。せっかく跡部さんがくれたものなのに!」
だって、他ならぬ跡部からのプレゼントだし。
通常のプレゼントとホワイトデーのプレゼントは込められた意味が違うし。
なにがなんでも渡すまいとがっちり紙袋を胸に押さえ込む巴。
跡部もそれを無理には取ろうとしない。
むろん彼とて無理に奪い返す気はない。当たり前だ。
それに「せっかく跡部さんがくれたものなのに!」と言う一言に
コイツ可愛いこというじゃねえか、とニヤつきそうな自分もいる。
「じゃあ、察しろ。俺が他のヤツにお返しをしない理由を…な」
「はい?」
これも結局俺自身が言わないと気付きもしないのかよ、と
深く深くため息をつく。
「……誰からも、貰ってないんだよ。チョコは」
「ええええええええええええええ!実はモテないんですか!?」
「馬鹿か!んな訳ないだろ!」
気づいたら声を荒げてしまった。
周囲の人間に与える影響を考慮して
テニスの練習時以外はきわめて平静でいるようにしている彼であったが
今回は流石に平静を保てない。
巴と接して平静を保てる人間が居るとしたら修行僧ぐらいのものだろう。
「じゃあ、なんでですか」
きょとんとして巴は跡部を見つめる。まるで子犬のような目だ。
これだから憎めない。
俺様としたことが、これじゃ保父さんか何かだぜ…。
またため息をつく。
「全部、受取拒否だ」
「そんなもったいない」
「もったいなくねーよ。この俺にふさわしいチョコは一つだけだからな」
さすがにその意味は理解でき、思わず赤面する。
贈ったチョコが果たして跡部にふさわしいものか自己評価は別として
跡部は高く評価してくれているようだ。
彼にふさわしいチョコは、私のチョコだけ。
それはまるで自分自身が彼にふさわしいと言われているようで。
しあわせだった。
「それなら、私にふさわしいお返しも跡部さんからの一つだけです。
もっとも、私、義理でも跡部さん以外の人にチョコはあげていませんけど」
父宛や菜々子との合作の越前家男性陣へのチョコケーキは別として、だが。
バレンタインデー前は跡部へのチョコのことで頭がいっぱいで
他の人間にあげるチョコなんてかけらも考えなかった。
「義理…」
「…跡部さん?」
自分の失言に跡部は急に気づく。
『俗とはなんだ、俗とは。俺は義理堅いんだよ』その一言。
義理堅いからあげた訳じゃない。
「さっきの“義理堅い”って発言は撤回だ」
「はい?」
「これまでの俺にとって確かにホワイトデーは俗な、意味のないものだったが
お前が居るから今の俺にはとても意味のある行事なんだよ
━━━これだけ言えば、もう十分だろう?」
絶句。
あまりの恥ずかしさに声が出ない巴は赤い顔でかくかく頷く。
やっぱり彼は何かすべてを超越している。
殺し文句すら。
彼からの大ダメージな台詞にどのくらい心臓が保つかわからないけれど
これからもずっとこの人についていこう、そう巴は心に誓った。
しかし、彼の繰り出す殺し文句が
すべて彼女の鈍さに起因しているとはやはり気づいていないのだった。
『万事はっきりと大袈裟すぎるほどにアピールしないと
巴は理解しない』
翌日から跡部の日記の1ページ目には必ずこの言葉が書き加えられるようになる。
忘れないように。
END
ターミナル駅前。大きな交差点を二人は渡る。
雑踏の中、気づいたら自然に手を繋がれていた。
巴はビックリして自分に繋がれた手の先━━━観月を見つめる。
色素薄目の整った顔立ちはいつもと相変わらず冷静な表情だ。
「…?巴くん、どうかしましたか?」
巴の驚いた表情に観月は不審に思い問いかける。
「ああ、手…嫌でしたか、スミマセンね」
巴が手を繋ぐのを嫌がっていると考え、観月は慌てて繋いだ手を解こうとする。
もちろん、巴は嫌だった訳じゃないのでそれを阻止する。
観月の手をきつく握りしめることによって。
「あ!違うんですよ………い、嫌じゃありませんてば」
恥ずかしそうに観月の誤解を解こうと声を出す。
「わかりましたよ…そんなに力を込められては解けるものも解けませんよ。
だいたいキミは自分の握力をちゃんと把握しているんですか?
女子にしては強すぎるんですから加減してください」
「ああっ…すいません!…痛かったですか?」
巴の申し訳なさそうな表情に満足して観月は笑う。
「んふっ。痛くはないですよ…冗談です。ボクだって男ですよ?
好きな女性に手を握られて痛みを感じる訳がないでしょう?」
好きな女性…もしかしてもしかしなくても、私のことなんだろうか。
今観月さんの手を握っているのは自分で。 なんだかドキドキしてきた。
巴の血圧も脈拍も上昇中。
観月さん、今日はいつもとなんだか違うような気がする。
表情は至って冷静。 声は落ち着き払っている。
だけれども、この人はいつもは急に手を繋いだりしないし
さらっと甘い言葉をささやけるような人じゃない。
そうだと思っていたんだけれど、どうやら違ったらしい。
ともかく今日は違うようだ。
「ほら、人が多いですから、はぐれちゃいますよ」と手を繋ぎなおして
先ほどの言動は何でもないことだったように
普通通りの顔をして観月は隣を歩く。
巴は動揺を隠しきれなくてちらちらと横目で何度も観月を追う。
意識しすぎたのか、気づいたら少し手を引かれる格好になっていて、
あっと思った時には観月は自然に歩む速度を落として再び横に並ぶようになった。
女性をエスコートする男性としては理想的な態度だ。
そして、人並みを上手く避けて歩いていく。
うわー。どうしちゃったんだろう。
なんだか本当にいつもと違う人みたいだ。
もちろんいつも格好良いけど、今日はなおさらよく見える。
ああ、どうしよう、あまりにもドキドキしすぎて体温まで上昇してる。
あ、手!手に汗かいちゃうかも…どうしよう。
その事に気付き、巴はやや挙動不審な動きになる。
その動きに普段から巴の挙動に慣れている筈の観月も
怪訝そうな顔になり、彼女を窺う。
「……どうしたんですか?なにか?」
「え…だっだって、今日の観月さん、なんか違いますよ」
思い切って考えていたことを素直に口にする。
その素直さが巴の良いところだ。
観月もその率直さに惹かれていたので気分を害することはない。
「んふっ。そうですか?」
それどころか上機嫌のようだ。
その理由が分からない巴は脳内疑問符でいっぱいになる。
「まあ、そんなところで不思議そうな顔をしないでもう少し歩きましょう。
もうすぐ、目的地に到着するんですから
━━━ほら、目の前に緑色の看板が見えるでしょう?」
今日の二人の目的は買い物だ。
スポーツ雑貨と、合宿に備えての細々としたもの、
そう言ったモノが一気に揃う雑貨のデパートとも言うべきビルが目標だ。
普段は学校近くの大手スポーツ用品店に下校途中に寄ったりするのだが、
久し振りに日曜日の練習がないため、
大きな所へ買い物に行こうということになった。
そして電車を乗り継いで人々が多く集う街へとやってきた。
よくよく考えると、そこは多くのカップルのデートコースでもある。
そういえば、観月さんとこういったところに二人っきりで来るの初めてだなあ。
朋ちゃん達とか女友達となら来たことはあるんだけど。
巴はぼんやり考える。
━━━コレって、デートっぽいよね。普通に。
手を繋いで、繁華街でショッピングで。
二人とも制服でもジャージでもないし。
そういえば私服の観月さんて久しぶりに見るなあ。
あっ、ヤダまたドキドキしてきたみたい。
もう一度観月の横顔をそろっと窺う。 やっぱり冷静そうな横顔。
観月さんはコレがデートみたいだって事、気づいてないのかな。
意外とテニス馬鹿的なところがあるもんねえ。
そんなことをつらつらと考えていると目的地に到着した。
白を基調とした広い入り口に差し掛かったときに、
再び思ったことを口に出してみた。
「ねえ、観月さん。私思ったことがあるんですけど」
「はい?なんですか、思った事って?またなにか突飛なことですか」
巴が何を言い出すか分からず、心底不思議そうな表情を観月は見せる。
そして、ちゃんとした話だと思ったのか入り口の端に巴を導き
他の客の邪魔にならないように話を聞く体勢に入る。
手を繋いだままということには二人は気づかない。
それぐらい自然に繋いでいて違和感がないということか。
「あ、そんなにたいした話じゃないんですけどね。
ほら、私たちって、今日はデート中のカップルに見えるんじゃないかと思って」
「……!!!デ…デート…ですか?」
急に精神的に揺れが見え出す観月。
ああ、こういうカンジの方が観月さんっぽいよねと巴は逆に冷静になる。
いつも余裕綽々っていうよりも、少し余裕ありげで余裕なさそうな方がイイ。
巴は観月のそういうところがちょっと可愛いなあと思うようにもなっていた。
「まあ、考えなくもなかったですけどね…」
態勢を立て直そうと、動揺を抑えようときわめて冷静を装う努力をする。
もちろん、観月とてデートだと思わなかった訳じゃない。
むしろ、逆に買い物にかこつけてデートに誘っていた訳なのだが
流石に巴はそこまで考えが及ばなかったらしい。
無邪気に思いついたことを観月に告げているだけだ。
しかし、図星には違いないのでその事で動悸が激しくなる。
デートだから、二人でお出かけなんて滅多にない機会だから、
場所を選んで、余裕を持って。 お約束のように手を繋いでみたり
言葉でその気にさせて甘い雰囲気作りをしてきたり
自分でも必死に努力してきた訳だが
どうやら巴には「いつもと違う」程度にしか思われていなかった訳だ。
ここまで来てやっと「コレってデートかも」と思った訳だ。
少し落胆を隠せない。 ここまで鈍いと犯罪に近いですね…。
鈍い巴にははっきり言ってやる必要があると思い
普段冷静な、格好つけの態度を脱ぎ捨てて思い切って率直な言葉を口にする。
「……いえ、最初からキミとのデートのつもりだったんですけどね、コレでも」
「ええっ!そうだったんですか」
だったら、そういってくれなくちゃ分からないですよ、という言葉を無視して続ける。
初めからはっきりと言えるなら、そんな自分なら、こんなに苦労しない。
「デートしましょう」なんてスマートじゃない誘い方が出来るものですか。
「そうだったんですよ。ボクだって、キミに関しては精一杯なんですよ。
こうして、努力して何でもない振りをしてキミを誘って
キミと手を繋いで…キミの本心は分からないですからね」
デートだって事にすら気づかないキミですから。
なんて、自分らしくない馬鹿馬鹿しいことを言っているのだろうと観月は思う。
普段の自分なら、巴以外の相手になら、こんな事は絶対に言わない。
弱みは見せたくない。
カガミ売り場の前なんかじゃなくて良かったと何となく思った。
少なくとも自分自身のみっともない姿を見なくて済む。
観月の確かに北国生まれ特有の白い肌は紅くなっていて目も泳いでいた。
観月さんが真っ赤になって動揺している。
その事実は巴にも激しく動揺させた。
彼をこんなに乱しているのは自分、その事実に。 正直言って、可愛い。
そんな観月さんが好き。
そして、自分だけが彼を動揺させることが出来るのならば
もっと動揺させてみたい。
自分自身の存在で彼をもっともっと乱してみたい。
そう思って繋いでいた手をふりほどく。その行動に観月は少なからず驚く。
「……!やっぱり、こんなボクとデートだなんて嫌でしたか…」
ふりほどかれた手を見て、 半ば呆然とした口調で観月はぽつりという。
「そんな訳、ないじゃないですか!」
当然そんな訳ない。
巴の手が離れ、ぶらりと垂れ下がったままの観月の左手に
もう一度巴は手を伸ばした。 そして今度は観月の腕に絡みつかせる。
その身体ごと。ぎゅっと押しつけるようにして。
その事にビックリした観月は慌てて身体と離そうとする。
「とっ…巴くん、なななななにやってるんですか!」
もうどう頑張っても冷静にはなれないらしく、声もうわずっている。
きっと他の人たちは観月さんのこんな姿を見たことはないんだろうなと
巴は満足感でいっぱいになる。
たしかに、自分はこの手のことには鈍いらしいし
今日だって気づかずにここまで来たけれども観月のことが好きなのは真実。
デートだって、手を繋いだり腕を組んだり甘い雰囲気だって大歓迎だ。
さらに腕ごと身体を離そうとする観月を慌てて引き留める。
もう一度、身体ごとその腕に押しつけるように。力一杯。
観月の薄く見えて案外厚い胸はさら激しく上下し、
また、紅い肌がますます紅く染まっていく。
「ねえ、観月さん?
デート中のカップルだったらこれぐらい当然じゃないですか?」
身体を寄せることで近づいた距離を利用して耳元で囁いてみる。
満足げな表情をたたえながら。
観月さんの心臓が弱くなくて良かったなと思いながら。
弱かったらきっと発作が起きていることだろう。
END
雑踏の中、気づいたら自然に手を繋がれていた。
巴はビックリして自分に繋がれた手の先━━━観月を見つめる。
色素薄目の整った顔立ちはいつもと相変わらず冷静な表情だ。
「…?巴くん、どうかしましたか?」
巴の驚いた表情に観月は不審に思い問いかける。
「ああ、手…嫌でしたか、スミマセンね」
巴が手を繋ぐのを嫌がっていると考え、観月は慌てて繋いだ手を解こうとする。
もちろん、巴は嫌だった訳じゃないのでそれを阻止する。
観月の手をきつく握りしめることによって。
「あ!違うんですよ………い、嫌じゃありませんてば」
恥ずかしそうに観月の誤解を解こうと声を出す。
「わかりましたよ…そんなに力を込められては解けるものも解けませんよ。
だいたいキミは自分の握力をちゃんと把握しているんですか?
女子にしては強すぎるんですから加減してください」
「ああっ…すいません!…痛かったですか?」
巴の申し訳なさそうな表情に満足して観月は笑う。
「んふっ。痛くはないですよ…冗談です。ボクだって男ですよ?
好きな女性に手を握られて痛みを感じる訳がないでしょう?」
好きな女性…もしかしてもしかしなくても、私のことなんだろうか。
今観月さんの手を握っているのは自分で。 なんだかドキドキしてきた。
巴の血圧も脈拍も上昇中。
観月さん、今日はいつもとなんだか違うような気がする。
表情は至って冷静。 声は落ち着き払っている。
だけれども、この人はいつもは急に手を繋いだりしないし
さらっと甘い言葉をささやけるような人じゃない。
そうだと思っていたんだけれど、どうやら違ったらしい。
ともかく今日は違うようだ。
「ほら、人が多いですから、はぐれちゃいますよ」と手を繋ぎなおして
先ほどの言動は何でもないことだったように
普通通りの顔をして観月は隣を歩く。
巴は動揺を隠しきれなくてちらちらと横目で何度も観月を追う。
意識しすぎたのか、気づいたら少し手を引かれる格好になっていて、
あっと思った時には観月は自然に歩む速度を落として再び横に並ぶようになった。
女性をエスコートする男性としては理想的な態度だ。
そして、人並みを上手く避けて歩いていく。
うわー。どうしちゃったんだろう。
なんだか本当にいつもと違う人みたいだ。
もちろんいつも格好良いけど、今日はなおさらよく見える。
ああ、どうしよう、あまりにもドキドキしすぎて体温まで上昇してる。
あ、手!手に汗かいちゃうかも…どうしよう。
その事に気付き、巴はやや挙動不審な動きになる。
その動きに普段から巴の挙動に慣れている筈の観月も
怪訝そうな顔になり、彼女を窺う。
「……どうしたんですか?なにか?」
「え…だっだって、今日の観月さん、なんか違いますよ」
思い切って考えていたことを素直に口にする。
その素直さが巴の良いところだ。
観月もその率直さに惹かれていたので気分を害することはない。
「んふっ。そうですか?」
それどころか上機嫌のようだ。
その理由が分からない巴は脳内疑問符でいっぱいになる。
「まあ、そんなところで不思議そうな顔をしないでもう少し歩きましょう。
もうすぐ、目的地に到着するんですから
━━━ほら、目の前に緑色の看板が見えるでしょう?」
今日の二人の目的は買い物だ。
スポーツ雑貨と、合宿に備えての細々としたもの、
そう言ったモノが一気に揃う雑貨のデパートとも言うべきビルが目標だ。
普段は学校近くの大手スポーツ用品店に下校途中に寄ったりするのだが、
久し振りに日曜日の練習がないため、
大きな所へ買い物に行こうということになった。
そして電車を乗り継いで人々が多く集う街へとやってきた。
よくよく考えると、そこは多くのカップルのデートコースでもある。
そういえば、観月さんとこういったところに二人っきりで来るの初めてだなあ。
朋ちゃん達とか女友達となら来たことはあるんだけど。
巴はぼんやり考える。
━━━コレって、デートっぽいよね。普通に。
手を繋いで、繁華街でショッピングで。
二人とも制服でもジャージでもないし。
そういえば私服の観月さんて久しぶりに見るなあ。
あっ、ヤダまたドキドキしてきたみたい。
もう一度観月の横顔をそろっと窺う。 やっぱり冷静そうな横顔。
観月さんはコレがデートみたいだって事、気づいてないのかな。
意外とテニス馬鹿的なところがあるもんねえ。
そんなことをつらつらと考えていると目的地に到着した。
白を基調とした広い入り口に差し掛かったときに、
再び思ったことを口に出してみた。
「ねえ、観月さん。私思ったことがあるんですけど」
「はい?なんですか、思った事って?またなにか突飛なことですか」
巴が何を言い出すか分からず、心底不思議そうな表情を観月は見せる。
そして、ちゃんとした話だと思ったのか入り口の端に巴を導き
他の客の邪魔にならないように話を聞く体勢に入る。
手を繋いだままということには二人は気づかない。
それぐらい自然に繋いでいて違和感がないということか。
「あ、そんなにたいした話じゃないんですけどね。
ほら、私たちって、今日はデート中のカップルに見えるんじゃないかと思って」
「……!!!デ…デート…ですか?」
急に精神的に揺れが見え出す観月。
ああ、こういうカンジの方が観月さんっぽいよねと巴は逆に冷静になる。
いつも余裕綽々っていうよりも、少し余裕ありげで余裕なさそうな方がイイ。
巴は観月のそういうところがちょっと可愛いなあと思うようにもなっていた。
「まあ、考えなくもなかったですけどね…」
態勢を立て直そうと、動揺を抑えようときわめて冷静を装う努力をする。
もちろん、観月とてデートだと思わなかった訳じゃない。
むしろ、逆に買い物にかこつけてデートに誘っていた訳なのだが
流石に巴はそこまで考えが及ばなかったらしい。
無邪気に思いついたことを観月に告げているだけだ。
しかし、図星には違いないのでその事で動悸が激しくなる。
デートだから、二人でお出かけなんて滅多にない機会だから、
場所を選んで、余裕を持って。 お約束のように手を繋いでみたり
言葉でその気にさせて甘い雰囲気作りをしてきたり
自分でも必死に努力してきた訳だが
どうやら巴には「いつもと違う」程度にしか思われていなかった訳だ。
ここまで来てやっと「コレってデートかも」と思った訳だ。
少し落胆を隠せない。 ここまで鈍いと犯罪に近いですね…。
鈍い巴にははっきり言ってやる必要があると思い
普段冷静な、格好つけの態度を脱ぎ捨てて思い切って率直な言葉を口にする。
「……いえ、最初からキミとのデートのつもりだったんですけどね、コレでも」
「ええっ!そうだったんですか」
だったら、そういってくれなくちゃ分からないですよ、という言葉を無視して続ける。
初めからはっきりと言えるなら、そんな自分なら、こんなに苦労しない。
「デートしましょう」なんてスマートじゃない誘い方が出来るものですか。
「そうだったんですよ。ボクだって、キミに関しては精一杯なんですよ。
こうして、努力して何でもない振りをしてキミを誘って
キミと手を繋いで…キミの本心は分からないですからね」
デートだって事にすら気づかないキミですから。
なんて、自分らしくない馬鹿馬鹿しいことを言っているのだろうと観月は思う。
普段の自分なら、巴以外の相手になら、こんな事は絶対に言わない。
弱みは見せたくない。
カガミ売り場の前なんかじゃなくて良かったと何となく思った。
少なくとも自分自身のみっともない姿を見なくて済む。
観月の確かに北国生まれ特有の白い肌は紅くなっていて目も泳いでいた。
観月さんが真っ赤になって動揺している。
その事実は巴にも激しく動揺させた。
彼をこんなに乱しているのは自分、その事実に。 正直言って、可愛い。
そんな観月さんが好き。
そして、自分だけが彼を動揺させることが出来るのならば
もっと動揺させてみたい。
自分自身の存在で彼をもっともっと乱してみたい。
そう思って繋いでいた手をふりほどく。その行動に観月は少なからず驚く。
「……!やっぱり、こんなボクとデートだなんて嫌でしたか…」
ふりほどかれた手を見て、 半ば呆然とした口調で観月はぽつりという。
「そんな訳、ないじゃないですか!」
当然そんな訳ない。
巴の手が離れ、ぶらりと垂れ下がったままの観月の左手に
もう一度巴は手を伸ばした。 そして今度は観月の腕に絡みつかせる。
その身体ごと。ぎゅっと押しつけるようにして。
その事にビックリした観月は慌てて身体と離そうとする。
「とっ…巴くん、なななななにやってるんですか!」
もうどう頑張っても冷静にはなれないらしく、声もうわずっている。
きっと他の人たちは観月さんのこんな姿を見たことはないんだろうなと
巴は満足感でいっぱいになる。
たしかに、自分はこの手のことには鈍いらしいし
今日だって気づかずにここまで来たけれども観月のことが好きなのは真実。
デートだって、手を繋いだり腕を組んだり甘い雰囲気だって大歓迎だ。
さらに腕ごと身体を離そうとする観月を慌てて引き留める。
もう一度、身体ごとその腕に押しつけるように。力一杯。
観月の薄く見えて案外厚い胸はさら激しく上下し、
また、紅い肌がますます紅く染まっていく。
「ねえ、観月さん?
デート中のカップルだったらこれぐらい当然じゃないですか?」
身体を寄せることで近づいた距離を利用して耳元で囁いてみる。
満足げな表情をたたえながら。
観月さんの心臓が弱くなくて良かったなと思いながら。
弱かったらきっと発作が起きていることだろう。
END
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