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本文なし
「━━━っ、そ、そんなアホな事あるかい……」
忍足侑士は我が目を疑った。
ちなみに自分の脳も正常かどうか疑った。
なにしろ、早暁。
自宅の玄関を開けてみたら自分の彼女がいるだなんて
そんなことがあると思う訳がない。
しかも、うずくまって寝ている。
*Sleeping Pretty
「おいおい、とうとう巴の幻覚まで見るようになったんかい」
高校生の自分と中学生の彼女。
彼らの年代にとっては遠恋のようなものだ。
お互い部活も忙しくなかなか合う暇もない。
出来るなら毎日会ってお互いの存在を確かめたい、愛しい彼女。
彼女のことを考えすぎて、幻覚まで見るようになったと
彼が考えてしまっても不思議ではない。
なぜなら、普通、女子中学生がこんな早朝に他人の自宅前で
眠っている訳がないからだ。
もっとも、巴ならありえない訳ではないとちらと思ったりもしたが。
「どないしたもんやろな?おーい、ともえー」
声をかけてみるが、うずくまった体勢でありながら熟睡しているらしい。
身じろぎすらせずにすやすやとよく寝ている。
顔は伏せているので表情までは分からないが、きっと安らかに違いない。
とりあえず忍足は向かい合ってしゃがんでみる。
「なあ、ともえちゃーん?なあ?━━━まいったなあ」
すっかり困惑してしまう。
大体、彼女は早朝に何をしにきたのだろうか。
忍足はこれから部の朝練に参加するつもりでこんな早くに家を出ようとしたのだが
今日の部活をサボったりとか学校自体休みだったら
彼女に気づくのはいつになっただろうか。
きっと、同じフロアの住人に起こされるハメになっていたのだろうか。
いや、この物騒な昨今、下手すれば即通報だ。
彼女の目の前にしゃがみ込み、彼女の耳元に囁きかけてみる。
「このまま寝とったらどうなるかわからんで?ジブン?」
いっそのこと、どうにかしてみようか。
もっとも寝こけている彼女をどうにかしてもつまらないことこの上ないが。
煩いくらいに喋り、ウザイくらいに行動する、動く生身の彼女が好きなのだ。
寝ている彼女はただの人形と同じだ。つまらない。
寝顔なんかを見ている分には楽しいがそれだけだ。
もっとも今は寝顔すら観察できないので、そんな些細な楽しささえ味わえない。
それにしても巴はしつこいまでに起きる気配がない。
寝息がなければ、死んでいるのではないかと疑うまでに。
「しゃあないなあ………よっ」
丁度具合の良いことに彼女はいわゆる体育座りもしくは三角座りと呼ばれる座り方だ。
忍足としては別に彼女をこのまま寝かしたい訳でもないので
何の気遣いもせず強引にお姫様抱っこに持ち込む。
しかし、起きない。
コイツ……ワザと寝たふりしてんのとちゃうやろな?
彼女の状態に疑いを抱かない訳にはいかないが
こうやって彼女を抱く恩恵も受けた訳だし
ずっしりと重い感触は意識のないもの特有の力の抜けた重さだ。
きっと本当に寝ているのだろう。そういうことにしておこう。
忍足は仕方なしに抱いたまま彼女を部屋に入れる。
あーあ、今日の朝練はサボらなあかんな。
あとで跡部にメール入れとかな。
そんな細かいことを考えながら部屋の片隅にあるソファに彼女を横たわらせる。
広めのワンルームの彼の部屋には当然ベッドもあるわけだが
心の隅に躊躇いがあり、意図的に避ける。
彼女の目が覚めたら、何を思うか手に取るように分かるし
自分自身、どんな手を使っても自制心を保ちたい。
そういう意味では部屋に入れた時点で負けに近いのだが。
これまで頑として巴を部屋に入れたことはなかった。
もちろんこの歳になって清いお付き合いがしたいとは思わなかったが
自分の部屋に連れ込んでその流れで…というのは
あまりにも手軽でケジメもなくて、変なところに拘りある彼は嫌だった。
遊びの相手ならそんなこと躊躇わない。
遊びの相手じゃないからそこのところキッチリとしておきたい。
もちろん、彼女からはっきりOKを貰った状態でというのなら別だが
いまのところ、その兆しすらない。
まだテニス命の中2なのだから仕方のないことだが。
15分経過。
流石にいらついてきた。
いささか可哀想ではあるが、忍足の部屋までやってきたのは彼女の意思だ。
流石に室外では早朝と言うことで躊躇われたが
今度は意を決して、耳元で大声を出してみる。
「巴!はよ起きんかい!」
「………っ!」
流石に大声がそうしたのか、身体をびくっと振るわせて巴は目覚めた。
巴の眼前には当然見知らぬ場所が広がっている。
「え?」
ここはどこ?と言おうとして彼女は気づく。
自分は忍足の部屋の前に来ていた。
そして今目の前には忍足の姿。答えは自ずと出るものだ。
「あー、忍足さんのお部屋でしたか?初めて中に入りましたけど」
まだ眠りから醒めやらぬボンヤリとした声で巴は言う。
そしてきょろきょろと周囲を見渡す。
忍足は一人暮らしだと聞いていたが、
案外部屋は生活感がありながらも綺麗に片づいていてこざっぱりとしている。
機能性を優先にした部屋という印象で合理的な彼にふさわしい。
同年代男子の部屋というと、
リョーマをはじめ青学テニス部の面々の部屋しか見たことがないけれど
やはりそれぞれ個性と彼らの生活が出ていた。
たしかに彼の部屋だなあとしみじみ巴は思った。
「で、ジブン、何でこんな時間に俺の部屋の前になんておったん?」
興味深げに周囲を見渡している巴を面白げに眺めながら忍足は訊く。
それに答えるために巴はようやく忍足へと視線を向ける。
今日初めて二人の目が合う。
巴は彼から視線を外さないまま、きっぱりと簡潔に答えた。
「ああ、それは誕生日だからですよ!おめでとうございます!」
今日が何月何日かは忍足自身理解していたので意外だとは言えないが、
しかしながら想定外の返答に目を丸くする。
「は?」
そして、聞き返してみる。
自分の誕生日を彼女はどう祝ってくれるのだろう?
たしかに昨日まではそんなことを色々考えていた。
しかしまさか自分の誕生日祝いに玄関先で寝こけている女が居るとは思わなかった。
巴も忍足の言いたいことは瞬時に理解し、話を続ける。
「別に、私だって忍足さんの家の前で寝ていることがお祝いだなんて言いませんよ!
実は、誕生日プレゼントに忍足さんが何を欲しがっているのかわからなくって
氷帝の皆さんに訊いてみたりもしたんですけれど、あまり役に立たなくて……」
巴は本当に忍足の欲しいものが知りたかったというのに、
氷帝学園の面々と言えば、
「私がプレゼントでーすって言ってみそ」
「オレ、ポッキー詰め合わせとかマジマジうれCー!」
「俺様に馬鹿なこときいてんじゃねえよ、アーン?…なあ、樺地?」
「━━━ウス」
などと、非常に役に立たない情報ばかりを仕入れる結果となってしまった。
もちろん彼らに真面目な相談を持ちかける巴にも責任がないとは言い切れない。
げんなりする回想を振り切って言葉を紡ぐ。
「それで、自分なりに一生懸命考えてみたんですけど、
自分が祝われる立場だったりしたら何が良いかなーって思ったときに
会いたいな、って思っちゃったんです。
朝、誰よりも早く一番にあっておめでとうって言って欲しいかなって」
だから早朝、巴は忍足が朝練で家を出る前に会おうと思った。
しかし、実際家を出る時間は知らなかったし
それを本人に訊いたりして、彼女の思惑がバレてしまっては
喜び半分になってしまうだろうから、始発で早めに来て家の前で待っていた。
そしたら寝てしまった。
「そういう訳です」
「おーまーえーはーアーホーかー」
忍足はリズミカルに関西人独特の歌うような節回しでツッコミを入れる。
「そらジブンが俺のことよう考えてくれて嬉しないって言うんは嘘になる。
せやけど、彼女がそんな危ないことしたら心配でたまらんで」
心底心配そうに巴にそう告げる。
しかし彼女にはあまり心配の理由が分かっていないのか
さほど反省の色もなくきょとんとしている。
「スイマセン。━━━待ちくたびれて寝ちゃったって言うのもありますけど
ここしばらくは『これ』のおかげで眠れてなくって眠かったんです」
がさごそと彼女の傍らに置かれた紙袋から出された『これ』は
編み目の細かい、明らかに手慣れた者が作った手の込んだ手編みのマフラー。
落ち着いたアースカラーはどの服にも馴染むように見える。
忍足も思わず「へえ?」と感嘆混じりに声を上げる。
その声で巴も満足そうな表情になる。
「まだ10月だし、マフラーの時期には早いんですが
どうせなら冬の初めから身につけて欲しいなーなんて思っちゃったり」
照れくさそうに、えへへと笑う。
「…そやな、せっかくやからジブンが俺の首に巻いてくれへんか」
「いま、ですか?」
「そうや、今や」
彼女が彼の首に巻こうと身体を近づける。
まさしく彼にマフラーを巻き付けた瞬間
忍足は彼女の腰を自らの身体に引き寄せて、そのまま彼女の口元に唇を寄せる。
「……んっ」
案外巴は抵抗せず、そのまま為すがままにされる。
むしろ彼女自ら身体をすり寄せてくる感覚を覚えて満足を覚えた。
背中の添えられた彼女の手の感触にゾクゾクさせられる。
━━━これはOKやって思うてもええかな?
そう思いはしたが、しかし自分でも驚いたことに
脳内で自制心がこれ以上はやめとけと働きかけていた。
惜しげに身体を離し、彼女の首筋へと顔を埋める。
ここで流されてやるんは、自分的にみっともないからなあ。
お互いガッコにもちゃんと行かなあかんしな。
こんな時現実的すぎる自分が悲しい。そう思った。
そしてそのまま顔をうずめた体勢で懇願するような口調で彼女にこう言った。
巴は首にくすぐったさを感じだが、そのままにしておいた。
自分の肩に掛かる忍足の体重が心地良い。
「なあ、季節が終わってこのマフラーはずさなあかんようになったら
またジブンの手ではずしてくれんか?」
忍足の言葉の意図がつかめず、巴は少なからず困惑する。
「はい?」
「そんで、そのときは━━━」
忍足は埋めたままの顔を上げ、彼女の耳元に、唇が触れるか触れないかの位置で
お得意の低めの甘いボイスでこうお願いした。
「今以上にジブンに触れてええやろか?とりあえず許可欲しいねんけど」
まあ、今すぐでもかまわへんねんけどな、ジブンの心の準備がまだやろ?
巴はしばらく経ってようやく忍足の意図に気付き、
しかしながら顔を真っ赤にしながら、躊躇いつつも何度も何度もうなづく。
「え、エエですよ……」
「おっ?ジブン、そのイントネーション大阪弁感染ったんちゃうん?
ええ傾向やな、うん」
満足げに巴の目を見据えつつかすかに笑う。
その笑顔は、いつもクセ者と呼ばれるときとはかけ離れた彼自身の笑顔だった。
「巴、待っとき、春になったら」
「春になったら?」
もう一度彼女の耳元に口を寄せ低く甘く囁いた。
「お前を今日みたいに寝かせたりせえへんから、眠り姫さん」
END
「━━━っ、そ、そんなアホな事あるかい……」
忍足侑士は我が目を疑った。
ちなみに自分の脳も正常かどうか疑った。
なにしろ、早暁。
自宅の玄関を開けてみたら自分の彼女がいるだなんて
そんなことがあると思う訳がない。
しかも、うずくまって寝ている。
*Sleeping Pretty
「おいおい、とうとう巴の幻覚まで見るようになったんかい」
高校生の自分と中学生の彼女。
彼らの年代にとっては遠恋のようなものだ。
お互い部活も忙しくなかなか合う暇もない。
出来るなら毎日会ってお互いの存在を確かめたい、愛しい彼女。
彼女のことを考えすぎて、幻覚まで見るようになったと
彼が考えてしまっても不思議ではない。
なぜなら、普通、女子中学生がこんな早朝に他人の自宅前で
眠っている訳がないからだ。
もっとも、巴ならありえない訳ではないとちらと思ったりもしたが。
「どないしたもんやろな?おーい、ともえー」
声をかけてみるが、うずくまった体勢でありながら熟睡しているらしい。
身じろぎすらせずにすやすやとよく寝ている。
顔は伏せているので表情までは分からないが、きっと安らかに違いない。
とりあえず忍足は向かい合ってしゃがんでみる。
「なあ、ともえちゃーん?なあ?━━━まいったなあ」
すっかり困惑してしまう。
大体、彼女は早朝に何をしにきたのだろうか。
忍足はこれから部の朝練に参加するつもりでこんな早くに家を出ようとしたのだが
今日の部活をサボったりとか学校自体休みだったら
彼女に気づくのはいつになっただろうか。
きっと、同じフロアの住人に起こされるハメになっていたのだろうか。
いや、この物騒な昨今、下手すれば即通報だ。
彼女の目の前にしゃがみ込み、彼女の耳元に囁きかけてみる。
「このまま寝とったらどうなるかわからんで?ジブン?」
いっそのこと、どうにかしてみようか。
もっとも寝こけている彼女をどうにかしてもつまらないことこの上ないが。
煩いくらいに喋り、ウザイくらいに行動する、動く生身の彼女が好きなのだ。
寝ている彼女はただの人形と同じだ。つまらない。
寝顔なんかを見ている分には楽しいがそれだけだ。
もっとも今は寝顔すら観察できないので、そんな些細な楽しささえ味わえない。
それにしても巴はしつこいまでに起きる気配がない。
寝息がなければ、死んでいるのではないかと疑うまでに。
「しゃあないなあ………よっ」
丁度具合の良いことに彼女はいわゆる体育座りもしくは三角座りと呼ばれる座り方だ。
忍足としては別に彼女をこのまま寝かしたい訳でもないので
何の気遣いもせず強引にお姫様抱っこに持ち込む。
しかし、起きない。
コイツ……ワザと寝たふりしてんのとちゃうやろな?
彼女の状態に疑いを抱かない訳にはいかないが
こうやって彼女を抱く恩恵も受けた訳だし
ずっしりと重い感触は意識のないもの特有の力の抜けた重さだ。
きっと本当に寝ているのだろう。そういうことにしておこう。
忍足は仕方なしに抱いたまま彼女を部屋に入れる。
あーあ、今日の朝練はサボらなあかんな。
あとで跡部にメール入れとかな。
そんな細かいことを考えながら部屋の片隅にあるソファに彼女を横たわらせる。
広めのワンルームの彼の部屋には当然ベッドもあるわけだが
心の隅に躊躇いがあり、意図的に避ける。
彼女の目が覚めたら、何を思うか手に取るように分かるし
自分自身、どんな手を使っても自制心を保ちたい。
そういう意味では部屋に入れた時点で負けに近いのだが。
これまで頑として巴を部屋に入れたことはなかった。
もちろんこの歳になって清いお付き合いがしたいとは思わなかったが
自分の部屋に連れ込んでその流れで…というのは
あまりにも手軽でケジメもなくて、変なところに拘りある彼は嫌だった。
遊びの相手ならそんなこと躊躇わない。
遊びの相手じゃないからそこのところキッチリとしておきたい。
もちろん、彼女からはっきりOKを貰った状態でというのなら別だが
いまのところ、その兆しすらない。
まだテニス命の中2なのだから仕方のないことだが。
15分経過。
流石にいらついてきた。
いささか可哀想ではあるが、忍足の部屋までやってきたのは彼女の意思だ。
流石に室外では早朝と言うことで躊躇われたが
今度は意を決して、耳元で大声を出してみる。
「巴!はよ起きんかい!」
「………っ!」
流石に大声がそうしたのか、身体をびくっと振るわせて巴は目覚めた。
巴の眼前には当然見知らぬ場所が広がっている。
「え?」
ここはどこ?と言おうとして彼女は気づく。
自分は忍足の部屋の前に来ていた。
そして今目の前には忍足の姿。答えは自ずと出るものだ。
「あー、忍足さんのお部屋でしたか?初めて中に入りましたけど」
まだ眠りから醒めやらぬボンヤリとした声で巴は言う。
そしてきょろきょろと周囲を見渡す。
忍足は一人暮らしだと聞いていたが、
案外部屋は生活感がありながらも綺麗に片づいていてこざっぱりとしている。
機能性を優先にした部屋という印象で合理的な彼にふさわしい。
同年代男子の部屋というと、
リョーマをはじめ青学テニス部の面々の部屋しか見たことがないけれど
やはりそれぞれ個性と彼らの生活が出ていた。
たしかに彼の部屋だなあとしみじみ巴は思った。
「で、ジブン、何でこんな時間に俺の部屋の前になんておったん?」
興味深げに周囲を見渡している巴を面白げに眺めながら忍足は訊く。
それに答えるために巴はようやく忍足へと視線を向ける。
今日初めて二人の目が合う。
巴は彼から視線を外さないまま、きっぱりと簡潔に答えた。
「ああ、それは誕生日だからですよ!おめでとうございます!」
今日が何月何日かは忍足自身理解していたので意外だとは言えないが、
しかしながら想定外の返答に目を丸くする。
「は?」
そして、聞き返してみる。
自分の誕生日を彼女はどう祝ってくれるのだろう?
たしかに昨日まではそんなことを色々考えていた。
しかしまさか自分の誕生日祝いに玄関先で寝こけている女が居るとは思わなかった。
巴も忍足の言いたいことは瞬時に理解し、話を続ける。
「別に、私だって忍足さんの家の前で寝ていることがお祝いだなんて言いませんよ!
実は、誕生日プレゼントに忍足さんが何を欲しがっているのかわからなくって
氷帝の皆さんに訊いてみたりもしたんですけれど、あまり役に立たなくて……」
巴は本当に忍足の欲しいものが知りたかったというのに、
氷帝学園の面々と言えば、
「私がプレゼントでーすって言ってみそ」
「オレ、ポッキー詰め合わせとかマジマジうれCー!」
「俺様に馬鹿なこときいてんじゃねえよ、アーン?…なあ、樺地?」
「━━━ウス」
などと、非常に役に立たない情報ばかりを仕入れる結果となってしまった。
もちろん彼らに真面目な相談を持ちかける巴にも責任がないとは言い切れない。
げんなりする回想を振り切って言葉を紡ぐ。
「それで、自分なりに一生懸命考えてみたんですけど、
自分が祝われる立場だったりしたら何が良いかなーって思ったときに
会いたいな、って思っちゃったんです。
朝、誰よりも早く一番にあっておめでとうって言って欲しいかなって」
だから早朝、巴は忍足が朝練で家を出る前に会おうと思った。
しかし、実際家を出る時間は知らなかったし
それを本人に訊いたりして、彼女の思惑がバレてしまっては
喜び半分になってしまうだろうから、始発で早めに来て家の前で待っていた。
そしたら寝てしまった。
「そういう訳です」
「おーまーえーはーアーホーかー」
忍足はリズミカルに関西人独特の歌うような節回しでツッコミを入れる。
「そらジブンが俺のことよう考えてくれて嬉しないって言うんは嘘になる。
せやけど、彼女がそんな危ないことしたら心配でたまらんで」
心底心配そうに巴にそう告げる。
しかし彼女にはあまり心配の理由が分かっていないのか
さほど反省の色もなくきょとんとしている。
「スイマセン。━━━待ちくたびれて寝ちゃったって言うのもありますけど
ここしばらくは『これ』のおかげで眠れてなくって眠かったんです」
がさごそと彼女の傍らに置かれた紙袋から出された『これ』は
編み目の細かい、明らかに手慣れた者が作った手の込んだ手編みのマフラー。
落ち着いたアースカラーはどの服にも馴染むように見える。
忍足も思わず「へえ?」と感嘆混じりに声を上げる。
その声で巴も満足そうな表情になる。
「まだ10月だし、マフラーの時期には早いんですが
どうせなら冬の初めから身につけて欲しいなーなんて思っちゃったり」
照れくさそうに、えへへと笑う。
「…そやな、せっかくやからジブンが俺の首に巻いてくれへんか」
「いま、ですか?」
「そうや、今や」
彼女が彼の首に巻こうと身体を近づける。
まさしく彼にマフラーを巻き付けた瞬間
忍足は彼女の腰を自らの身体に引き寄せて、そのまま彼女の口元に唇を寄せる。
「……んっ」
案外巴は抵抗せず、そのまま為すがままにされる。
むしろ彼女自ら身体をすり寄せてくる感覚を覚えて満足を覚えた。
背中の添えられた彼女の手の感触にゾクゾクさせられる。
━━━これはOKやって思うてもええかな?
そう思いはしたが、しかし自分でも驚いたことに
脳内で自制心がこれ以上はやめとけと働きかけていた。
惜しげに身体を離し、彼女の首筋へと顔を埋める。
ここで流されてやるんは、自分的にみっともないからなあ。
お互いガッコにもちゃんと行かなあかんしな。
こんな時現実的すぎる自分が悲しい。そう思った。
そしてそのまま顔をうずめた体勢で懇願するような口調で彼女にこう言った。
巴は首にくすぐったさを感じだが、そのままにしておいた。
自分の肩に掛かる忍足の体重が心地良い。
「なあ、季節が終わってこのマフラーはずさなあかんようになったら
またジブンの手ではずしてくれんか?」
忍足の言葉の意図がつかめず、巴は少なからず困惑する。
「はい?」
「そんで、そのときは━━━」
忍足は埋めたままの顔を上げ、彼女の耳元に、唇が触れるか触れないかの位置で
お得意の低めの甘いボイスでこうお願いした。
「今以上にジブンに触れてええやろか?とりあえず許可欲しいねんけど」
まあ、今すぐでもかまわへんねんけどな、ジブンの心の準備がまだやろ?
巴はしばらく経ってようやく忍足の意図に気付き、
しかしながら顔を真っ赤にしながら、躊躇いつつも何度も何度もうなづく。
「え、エエですよ……」
「おっ?ジブン、そのイントネーション大阪弁感染ったんちゃうん?
ええ傾向やな、うん」
満足げに巴の目を見据えつつかすかに笑う。
その笑顔は、いつもクセ者と呼ばれるときとはかけ離れた彼自身の笑顔だった。
「巴、待っとき、春になったら」
「春になったら?」
もう一度彼女の耳元に口を寄せ低く甘く囁いた。
「お前を今日みたいに寝かせたりせえへんから、眠り姫さん」
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