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「……って事がこないだあってん」

「へえ……それってかなり面白いですね!」

本当に楽しそうに目の前の彼女は頷く。
彼女、赤月巴は俺の話をいつもよく聞き、素晴らしくイイ反応を返してくる。
楽しそうな返事、的を射た質問。
どんなときでも自分が不愉快になることや、彼女が不愉快そうにしていることがない。
自分にとって最上の話し相手だ。
彼女にとってもそうだと良いのだが。
そう思っていただけに、あることに気づくのに時間がかかってしまった。



*おねだり



「……でな?再来週逢おうって言っとったやんか?」

「あっ、はい!そうでしたね」

そもそも、それについての話をしようと今夜は電話したのだ。
本題にはいるまでに随分の時間を要してしまったが。

「どこ行こか?巴はどこがええ?」

「わ、私ですか?えっえーと、そうですね…。
ああ前に忍足さんが話していた公園!あそこに連れて行って貰えますか?」

「公園?まあ、巴がエエって言うんならそれでエエけど」

「はい」

「じゃあ、再来週楽しみにしときな」

「もちろんです!」

そこからまたしばらく待ち合わせの話やら雑談やらでしばらく通話する。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、
どことなく巴の声が眠そうになってきたところで会話を切り上げる。

「ほなな」

「おやすみなさーい」

忍足侑士は携帯を即座に充電器に立て、
今日交わした会話についてしばし思い起こす。
いつもと変わらない、他愛のない会話。
重要なのは内容ではなく好きな相手と会話する行為、そのものにある。
そして、次のデートの約束について。
付き合い始める前はなかなかガードが堅くて約束するのも一苦労だった。
今思えば、軟派ではないものの軽くは見えると自分も自覚があるので
彼女もそのあたりを警戒していたのだろう。
今はもちろん違うことを分かってくれていると思うのだが。
そんな彼女との約束だ。
次もきっと楽しませられるようなデートにしようと意気込む。

「今度は…公園やったな、前に話とった秋が綺麗な…」

とりあえず予習復習とばかりにガイドブックを手にする。
正直忍足も巴よりはマシだが、それでも完璧に東京を知っている訳ではない。
だから困ったことにならないように、あらかじめ行く場所の確認はしておく。
東京のガイドブックを読むなんて格好悪いという風潮もあるけれど
彼女の前で道に迷ったり電車を乗り間違える方が格好悪いに決まっている。
笑われたら「慎重なだけや」と笑い返せる自信はある。
ふと、本に挟まった付箋に気がつく。
そう言えば、これは前に出かけたときに付けたものだったか。
そんなに前のことではないけれども、懐かしさがこみ上げる。

「そういや…」

前のデートも、その前のデートも、その前の前のデートも。

「巴が行きたいっておねだりで出かけた事ってあったやろか…」

「どこ行こう?」という話になったときに、率先して語ったことは?
大概は自分からの提案や、自分が彼女に話していたところ、
または自分が好きなところに行きたいと言われたのではなかったか?
「あんまり東京くわしくないんで忍足さんのお薦めで」
そう言われたことが何度あった?

「━━━彼女は俺とおって楽しんでるんやろか?」

急に不安に襲われる。
数は多くないけれど、これまで女子と出かけることになったときは
「アタシ○○行きたい!」「△△連れてって!」なんて
なんどねだられたことだろうか。
女子の期待に応えたい自分は大体頑張って連れて行ったものだが。
そもそも冷静になって考えてみれば、彼女は甘えない。
自分で解決できそうなことは自分で何とかしてしまうし、
何とかならなそうな時でも極限まで一人で頑張ってしまっている。
そもそも、彼女は実にはっきりとした女子で
自己主張はキチンとするタイプだ。
欲しいものは欲しいと言い、行きたいところは行きたいと言うだろう。
行きたいところは一人で行ってしまっているのだろうか?
一人で?俺以外の誰かと?
まさか。
しかし、それでは、何故自分と付き合っているのだろう。
せめて自分の隣では少しくらい甘えてくれても良いんじゃないか?

 もしかして俺と距離置きたいんちゃうやろか…?

今夜はなかなか眠れそうにない。

---

黄金色の葉が舞い散る街路樹を並んで歩く。
公園内の広い道だ。
周囲には二人と同じくカップルで歩いている人や犬と散歩している人、
ジョギングしている人なんかがいてそれそれがそれぞれの楽しみ方をしている。
巴と忍足も、それなりに路上のアクセサリー売りや
ファストフード販売の車を眺め冷やかしたりしながらゆっくりと歩く。
刺激も何もないあくまで平穏な風景に、二人とも落ち着くものを感じていた。

 平和だなあ!

 平和やなあ…

まさかお互い同じ事を考えているとは思ってもいない。

「忍足さんオススメの公園だなんていうから、
もうちょっと賑やかで派手な所じゃないかと思ってました」

「巴はそういう所の方がよかったんか?」

昨日の懸念がまた脳内にリフレインされ忍足は内心焦りを感じる。

「あっそう言うワケじゃないです!ただ……」

「ただ?」

「こういう所だっていうことでかえって嬉しいかもです。
この公園、賑やかだけどなんだか穏やかで良いですよね、和みます」

「そうか?」

自分が今思っていることを聞くなら、このタイミングかもしれないと思い
忍足は口を開く決心をする。

「ところで、なあ、聞きたいんやけど……ええか?」

しかし、やっぱり聞きづらくて言い淀んでしまう。

 まさか俺と距離置きたいんちゃう?って普通訊けるかいな!

巴は何でしょう?と言った顔で真っ直ぐとこちらを見ている。
こんなカンジで彼女は律儀で真っ直ぐな少女だ。
忍足が何を言わんとしているのか待っている。

「あ、あのな?巴は俺のことどない思ってるんや?」

 あほ!ストレートに訊きすぎや!

自分自身でツッコミを入れる。
おかげで彼女もストレートに答えるしかなくなってしまう。
しかし、巴は別段困った風も見せず

「はい?忍足さんのことなら、す、好きだって思っていますけど?」

恥ずかしげに頬を染めながら、即座にそう答えた。

 やっぱり、俺のこと好きと思っていてくれてんのか!

もちろん忍足の聞きたかった言葉ではある。
しかし、だったらどうして。
どうして、もうちょっと自分に甘えて寄っかかってくれないのだ。
彼女のちょっと無理なお願いを聞くのも男のロマンの一つなのだ。
なぜそれを叶えてくれないのか?
そんなに不甲斐ない彼氏だと見られているのか、自分は?

 俺って彼女に何を求められてるんやろか

「それなら、どうして少しも俺に甘えてくれへんねん。
彼女やったら彼氏に寄っかかりたいなーなんて思うこともあるやろ?
俺にワガママ聞いて欲しいなーおねだりしたーいとか思ったことないんか?
巴はいっつも一人で立っとって、俺寂しいわ。
なあ?もっと、俺に、甘えてくれんか?」

巴は驚いた表情をする。
そんなことを思われ、指摘されるとは思っていなかったからだ。
もちろん、彼女とて今の接し方は淡泊かなと思わないこともなかったのだが。

「それは、その…なんていうかー…つまりー」

巴は今自分の思っていることを上手く表現できない。
それでも一生懸命脳をフル回転させて、自分の言葉を探しながら言葉を続ける。

「よくわからなくって…どうしたらいいか…」

「どうしたら?」

「こっこんなコト言うのも恥ずかしいんですけどっ。
誰かをすき…好きになって、お付き合いするなんて事初めてなんでっ」

巴は本当に恥ずかしすぎて前のめりになって話す。
自分には経験が本当にないのだ。
全くどうして良いものやら分からない。
こんな事を話してる間にも、忍足には呆れられ嫌われているかもしれない。
それを思うと胃や心臓が何者かにギリギリと締め付けられているように痛い。
何か、なにか言わなければ本当に去って行かれるかもしれない。
その恐怖が巴を饒舌にさせた。

「私は忍足さんが好きですし、こんな私と忍足さんは付き合ってくれるけど、
やっぱり自分でも私って子供だなと思いますし、未熟だし。
少しでも大人に見えればいいなって頑張ってるんですっ。
甘えるとかってどうすればいいのか分からないし、
第一、第一ワガママな嫌な女だって嫌われたら困っちゃいますし」

一気に息継ぎなしに言い切る。
おかげで顔はますます赤く息は荒い。
そんな巴に忍足は目が釘付けで離せない。言葉が出ない。
なぜなら、絶句するほど可愛いと思ってしまったから。
そんな忍足の気持ちには気づかず、
未だ言葉が足りないのかとばかり巴は言葉を続ける。

「それに…前、『甘えた奴は好きじゃない』って忍足さん、言いましたし…」

身長差ゆえ上目遣い気味に忍足を見、そんなことを言う巴に忍足は堪らなくなった。
もし、今、このタイミングで世界征服を頼まれたら頑張ってしまいそうな、
彼女の言うことなら何でもきいてしまいたい気分だ。
まさに、甘えるなら今のタイミングだろう。

 可愛すぎる。

何故自分は、こんな彼女の気持ちを一瞬でも疑ってしまったのだろうか。
よく考えると父子家庭の上に、他人の家に下宿するという身の上の彼女が
人に甘えるという行為を上手くできるはずがない。
相手に迷惑をかけるかもしれないような自己主張は行わない。
自分のことよりもまず相手のことを考えるのは無理無いではないか。
彼女がただ単に甘え下手なことを知り、より愛おしく感じる。
そしてその気持ちはそのまま行動に移る。

「━━━っ?忍足さんっ!?」

気づいたら、ぎゅっという音がしそうなくらい目一杯巴を抱きしめていた。
こんな人前でおおっぴらに抱きつかれたことなど一度もなかった巴は
驚き慌てふためいてしばし藻掻いてみたが、
その抱擁の堅さにしばらくしておとなしくすることにした。
やがて巴の頭の上、すぐ間近で耳に馴染んだ忍足の声が聞こえた。

「あほう!それは俺にとってホンマどうでもええ奴に対することや!
……俺がジブンのことどうでもええとでも思っとると思っとったんか」

少し怒ったようなすねたような口調で巴にささやく。

「ホンマ、ジブン、めっちゃ可愛いなあ!
男はな好きな女子には甘えられたいんやって!甘えてや。
例えジブンがどんな無茶言うたかって、
可愛いワガママの一つと笑えるぐらいの度量は俺かて持っとるわ」

軽い口調でありながら、言葉に重みがある。
巴は本能的にそれを信じて良いことを知った。
『好きな女子』という単語はまだくすぐったい気がするけれど、
自分のことを指していることはとても嬉しい。暖かい気分になる。

「…そうですね、頑張って甘えてみます」
甘えは頑張ってするものじゃないというツッコミを我慢しながらも
巴の譲歩の言葉に安堵する。
そして、忍足は気づかされてしまった。
自分がむしろ彼女に甘えているという事実に。
『彼女に甘えて欲しい、ねだられたい』と甘えているのだ。
彼女に甘えられているベタ甘な自分に酔いたいがために。
思えば自分からは進んで甘やかそうとしたことはなかった。
 
 まだまだ俺も人間が出来てへんな。

痛切に感じた。彼女よりも実年齢的にも精神的にも大人だと思っていたが、
もしかすると彼女の方が大人なのかもしれないと初めて思った。
甘えている自分を今こうしてしっかりと受け止めてくれているのだから。

 俺も、彼女にちゃんと応えんとな

これからはガンガン自分から進んで甘やかしていこうと密かに決心した。
これまでの淡泊な状態から脱出して。

「なあ、巴?」

「なんですか?」

「これからは、ベタベタに嫌になるくらい甘やかしたるからな。
朝も夜も俺無しで生きられんくらいに…な。しっかり覚悟しときや」

「…………今でも充分忍足さん無しでは生きられないんですけどね…………」

小さくそう呟く。
しかし自分でもその台詞は自分でもあまりにも恥ずかしく感じられ、慌てて次の言葉を探す。
そして丁度ひとつ忍足にお願いしたいことがあったことを思い出した。
これは甘えることになるんだろうか?そうかもしれない。そうだといいんだけれど。

「あの、さっきのアクセサリーの露天で、カワイイ指輪がいくつかあったんですけど
忍足さん、見立ててくれないですか?…………ペアリングなんで一緒に着けてくれたら嬉しいなーなんて」

あくまで恥ずかしそうにそう告げる彼女に、忍足まで赤面しそうになる。
こんな時でも「買って」とはいわない彼女が愛おしい。
そんな彼の様子を知ってか知らずかさらに言葉を続ける。

「あと、あの、その…こっこれから、ゆ、ゆうしさんって呼んでもイイですか?」

こんなおねだりを断る男が居たら決闘を申し込んでも良いかもしれないと忍足は思った。



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