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本文なし
「ほえー自分のパスポートって、こんなのなんだー。
お父さんの持ってるやつと色が違うんだ…ふーん」
できたてほやほやの自分のパスポートを眺めつつ、巴は旅券事務所をあとにした。
巴は先日、Jr選抜大会において跡部とペアを組んで優勝した。
大会の優勝者はオーストラリアでの国際大会の参加券が与えられるため
Jr選抜参加者には、事前にパスポートの用意が必須となっていたのだ。
巴はパスポートを持っていなかったので、選抜前に申請を出して
ちょうど大会終了直後の今日に受け取ることになったのだった。
大会で敗退すれば、このパスポートもムダになるところだったが、
優勝したために相応の重みを持って受け取ることが出来た。
「おっと…パスポートに見とれてる場合じゃなかった!
待ち合わせ!」
この後、跡部と待ち合わせてオーストラリアの大会に向けて打ち合わせる予定だった。
自分を律し、それを他人にも求める跡部は当然時間にも厳しい。
これまでの付き合いで遅れたら冷たい言葉が飛ぶのは分かっている。
持ち前の脚力を生かしてあわてて待ち合わせの場所へと走っていった。
*10years
跡部と待ち合わせしている駅前広場。
待ち合わせの時間まであと5分あったが、跡部は既に待っていた。
もっとも、時間に間に合うように巴も到着したので怒るようなことはなかった。
そういうところは非常にフェアな男だ。
「よぉ、なんだか嬉しそうな顔をしてるじゃねえか。どうした?」
巴はいつも顔色が良いが、今日は特に良く見えたのでそう尋ねてみる。
こういう時の巴の顔は正直で、良いことがあったときはよく分かる。
「はいっ!今日パスポートが出来たので受け取りに行ってきたんですよ」
じゃーん、と言いながら、巴は自分のパスポートを高く掲げる。
それは何の変哲もない5年用の赤いパスポートだが
巴が掲げることによって何か特別な物のようにも感じられる。
実際初めてパスポートを取得した巴にとっては重要な物だったが。
「なんだ?お前パスポート持ってなかったのか」
どれだけ素晴らしい物が出てくるかと思えば単なるパスポート。
年に何度も海外に行く跡部には見慣れた物で、やや拍子抜けする。
こういうもので喜べるところはやっぱりガキだなとも思う。
「世の中の皆が皆、海外へ行く訳じゃないんですよ、跡部さんじゃあるまいし」
跡部の内心を悟った巴は少しムッとした表情で抗議する。
表情のコロコロと変わる、そんな巴を面白げに眺めて、
「俺じゃあるまいし…って…まあいい。見せてみろよ、パスポート」
手に持っていた巴のパスポートをひょいと取り上げ、後ろのページを開く。
身分証明の写真と巴本人を交互に見比べて感想を素直に述べる。
「案外、キレイに映ってるじゃねーか、写真」
確かにどんな人でも気を抜くと指名手配犯のようになってしまう証明写真が
まるで有名写真家にでも撮ってもらったかのような良い出来になっていた。
学生証やパスポートの写真に失敗したという話はよく聞くが、
逆に成功したという話は滅多に聞いたことがない。
コイツは妙なところで運が良いというか何というか…。
巴の奥の深さに跡部はとにかく感心した。
「はい!近所の写真館のおじさんの力作です。リョーマくんが連れてってくれました」
跡部の言葉を素直に褒め言葉として受け取り、
嬉しそうにニコニコとして巴はそう答える。
『リョーマ』という単語は余計だったとは気づいていない。
当然その単語に反応して眉を跳ね上げる跡部の様子にも気づいていない。
ただ跡部からパスポートを取り返して大事そうに鞄にしまっている。
「越前と…ね」
巴に聞こえないくらい押し殺した小さな声で呟く。
こんなところで気分を害するのは、大人げないと跡部は必死に自分を押さえる。
越前リョーマは巴の同居人で同級生で同じ部活の仲間だ。
そのことを考えると非常にやるせない気分になるし、
いっそこのまま連れ去って氷帝に入学させて自分の家に住まわせたいとも思う。
けれども、それを行えるのは『自分』ではない。
結局、そういったことは跡部といえども大人の手が必要になってしまう。
自分はまだ世間では15才でしかない。
世の中の全てを自分の手で賄えると思えるほど、幼くはない。
いま、巴を自分の手中に入れたとしても、
全てが自分の思い通りに、自分の力のみで動かせる訳ではないのだ。
せめて、自分の足だけで世界に立てるようになるまでは待つべきだ。
誰かの手を借りてまで、彼女をそばに置こうなんてまっぴらだ。
それがつまらない嫉妬のためだというならばなおさらだ。
そう彼のプライドはそう告げている。
彼女を自分の籠に閉じこめて鍵をかけてしまうのはまだ早い。
「━━━今日パスポートを作ったって事は次のパスポートの更新は18才の時だな、
じゃあ次の次くらいが妥当って所か……」
まるで独り言を呟くように跡部は声を出した。
何か考えているような表情だったが、巴には何を考えているのか分からなかった。
もちろん、そこまで人の気持ちに聡い彼女だったなら、
跡部とてこれまでも苦労しなかったのだろうが。
「なにが妥当なんですか?次って?」
経験上、跡部が考えていることを読める訳がないと思っている巴は
探ることをはなから諦めて、直接声に出して問いただしてみる。
一体、なにが妥当だというのだろうか?
回数には意味があるのだろうか?
「パスポートの更新手続きと変更手続きは1度にした方が楽だって事だよ」
そんな簡単なことも分からないのかと言外に匂わせて跡部はそう答える。
更新手続きは未成年は5年ごと。
13才の巴が次に更新するのは18才で、さらに次は23才。
変更手続きと言えば、住所氏名が変わるときにするものだろう。
そこでなぜ、変更の話になるのか分からない。
「えっと…やっぱり意味が分からないんですけど…?」
跡部は自分についてなにか予知しているとでも言うのだろうか?
頭の中はクエスチョンマークだらけで混乱を来している。
この人の言っている意味が掴めない。
それが表情にも出ているため、跡部は思わずいらだち紛れに答える。
いちいち説明するのも恥ずかしいと思いながら。
「鈍いヤツだな、ちょうど10年後ぐらいにお前の姓を変えてやるってんだよ、俺が。
そうなるとパスポートも変更手続きしないといけないだろう?」
姓を、跡部が、変えてくれる。
その意味に気づくと同時に頭を抱える。
跡部は色々と常人離れしているが、言動に置いても相当のものだと巴は痛感する。
まさか、プロポーズだったとはついぞ気づかなかった。
もっともこの年齢でこんな事態に陥るとは普通の人は思うはずもないだろう。
自分自身、他人より突き抜けた部分があることは自覚していたが
それでもやはり跡部に比べれば凡庸な何て事のない女子中学生だ。
夢物語、妄想の一環として跡部の隣に立つ自分を想像したことはあるが、
これは想像の範囲外だ。
「ええっ」
あまりのことに巴は頭がパンクしてまともな答えが出てこない。
跡部自身は少し喋りすぎたと思い、巴の反応も気にしない。
正直彼とてここまで言うつもりではなかった。
『越前』というスイッチを押されるまでは。
このスイッチを押されてはどんな冷静な自分も焦り始める。
確実にじわじわと近づく目に見える脅威だった。
「まあ、そういうことだ」
「はあ」
「次からは跡部家専属の写真館で、もっとキレイに撮ってやるよ」
もちろん、連れて行くのは越前じゃなく、この俺だ。
そのときには彼女の隣に立って写真を撮るのも良いだろう。
きっといい絵になるに違いないと跡部は想像する。
「気が早いですよ…10年後なんてどうなってるかも分からないのに」
いくら巴でも、10年後のことを言われても困ってしまう。
人の心は移ろいやすいものだ。
自分が引き続き跡部のことが好きなのは間違いなさそうだが、
果たして跡部もそうだろうか?
カリスマ性のある彼は色んな人間を惹き付ける。
彼に近づく人間の中に彼の眼鏡に叶う者がいないとも限らない。
今現在、巴が彼の隣に立つのを許されているのも不思議なくらいなのだから。
そのとき、自分はあっさり捨てられるのではないだろうか?
この可能性は否定できず、巴の心に突き刺さる。
「バカか?お前は。お前はこの俺様が選んだ女なんだぜ?
10年後も俺が目を離せない様なイイ女であるに決まってる」
彼女が彼女で━━━ひたむきで明るくて真っ直ぐに自分を見つめる、
そのままの彼女でいるならば、これからもずっと隣に並んでいたい。
跡部はそう願う。
「でも、私自身はそれほどイイ女である自信がないんですが…」
心底自信がなさそうに巴はそう告げる。
自分は全てに於いて凡庸だ。
特別賢くもなければ美人でもない。
跡部のようなカリスマ性も持ち合わせている訳でない。
彼の隣を歩くたびに繰り返す疑問は、ここでも当然わき上がる。
当然、跡部の隣を歩けるように努力は続けているけれども
それが実になったことはまだ無かった。
「せいぜい、俺に見合うように女磨いとけよ」
しかし、跡部はそんな巴の悩みも気にしない。
巴は巴であればいい、そう思っている。
巴が密かに頑張っているのも知っている。
いつか実になればいいとは思っているが、そうでなくても構わないとも思っている。
もっとも、何事にも向上していく彼女を見るのは嬉しく楽しいものだが。
「み、磨き過ぎちゃったときはどうすればいいんですか?」
余計な心配という気もしないでもないが、
自分の頑張っている現状を鑑みて巴はそう尋ねる。
あると思えないが、自分が頑張りすぎて素晴らしい女性になる可能性。
そんな未来だってあるかも知れない。
非常に前向きな巴は、そんな可能性について訊かずにはいられなかった。
たしかに、私は頑張るけど、その時跡部さんはどうするの?
そう試す一言でもあった。
「アーン?その時は俺が頑張ってお前に見合う男になるに決まってるだろうが」
至極当然と言った表情で跡部はそう返す。
他人が努力するなら、自分もそれ相応、いやそれ以上の努力をする。
それをこれまで当然だとしてきた。それが例えどんなことだとしてもだ。
巴がいい女になるべく努力するというのなら、自分もそれ相応の努力をしよう。
好きな相手に対してのことならば、なおさらだ。
それが当然だと難なく答える。
「ま、互いに頑張ればちょうど10年後ぐらいには誰にも有無を言わせない
世界一の新郎新婦になってると思わねえか?」
そんなバカみたいに誠実なところを見せられて、
それに加えていつしか自分に寄り添っていて、
とどめに耳元でそんなことを低く囁かれたら頷くしかないじゃない?
なんだかんだ言ってもう自分は彼に陥落しているのだ。
10年後、自分がいい女だったとしても、そうじゃないとしても
彼の隣にいるのは自分であってみせる。
そう決意を込めながら、ひとつ大きく頷いてみせた。
「じゃあ、これは約束の証にもらっとくぜ?」
頷き顔を上げた勢いでかすかに上ずった額に、約束の印をひとつ落とす。
「まあ、これからはどこにでも何度でも約束の印付けてやるから覚悟してな」
思わず何か庇うように額を手で押さえつつ巴は問う。
「10年後まで━━━約束の日までですか?」
「いや?これからずっと一生に決まってんだろ、覚悟しとけ」
跡部自身、今日こんな事まで話すつもりはなかったのだが、
それでもいつかは話すことだから今でも構わないかと思い直す。
早いか遅いかだけの差だ。
END
「ほえー自分のパスポートって、こんなのなんだー。
お父さんの持ってるやつと色が違うんだ…ふーん」
できたてほやほやの自分のパスポートを眺めつつ、巴は旅券事務所をあとにした。
巴は先日、Jr選抜大会において跡部とペアを組んで優勝した。
大会の優勝者はオーストラリアでの国際大会の参加券が与えられるため
Jr選抜参加者には、事前にパスポートの用意が必須となっていたのだ。
巴はパスポートを持っていなかったので、選抜前に申請を出して
ちょうど大会終了直後の今日に受け取ることになったのだった。
大会で敗退すれば、このパスポートもムダになるところだったが、
優勝したために相応の重みを持って受け取ることが出来た。
「おっと…パスポートに見とれてる場合じゃなかった!
待ち合わせ!」
この後、跡部と待ち合わせてオーストラリアの大会に向けて打ち合わせる予定だった。
自分を律し、それを他人にも求める跡部は当然時間にも厳しい。
これまでの付き合いで遅れたら冷たい言葉が飛ぶのは分かっている。
持ち前の脚力を生かしてあわてて待ち合わせの場所へと走っていった。
*10years
跡部と待ち合わせしている駅前広場。
待ち合わせの時間まであと5分あったが、跡部は既に待っていた。
もっとも、時間に間に合うように巴も到着したので怒るようなことはなかった。
そういうところは非常にフェアな男だ。
「よぉ、なんだか嬉しそうな顔をしてるじゃねえか。どうした?」
巴はいつも顔色が良いが、今日は特に良く見えたのでそう尋ねてみる。
こういう時の巴の顔は正直で、良いことがあったときはよく分かる。
「はいっ!今日パスポートが出来たので受け取りに行ってきたんですよ」
じゃーん、と言いながら、巴は自分のパスポートを高く掲げる。
それは何の変哲もない5年用の赤いパスポートだが
巴が掲げることによって何か特別な物のようにも感じられる。
実際初めてパスポートを取得した巴にとっては重要な物だったが。
「なんだ?お前パスポート持ってなかったのか」
どれだけ素晴らしい物が出てくるかと思えば単なるパスポート。
年に何度も海外に行く跡部には見慣れた物で、やや拍子抜けする。
こういうもので喜べるところはやっぱりガキだなとも思う。
「世の中の皆が皆、海外へ行く訳じゃないんですよ、跡部さんじゃあるまいし」
跡部の内心を悟った巴は少しムッとした表情で抗議する。
表情のコロコロと変わる、そんな巴を面白げに眺めて、
「俺じゃあるまいし…って…まあいい。見せてみろよ、パスポート」
手に持っていた巴のパスポートをひょいと取り上げ、後ろのページを開く。
身分証明の写真と巴本人を交互に見比べて感想を素直に述べる。
「案外、キレイに映ってるじゃねーか、写真」
確かにどんな人でも気を抜くと指名手配犯のようになってしまう証明写真が
まるで有名写真家にでも撮ってもらったかのような良い出来になっていた。
学生証やパスポートの写真に失敗したという話はよく聞くが、
逆に成功したという話は滅多に聞いたことがない。
コイツは妙なところで運が良いというか何というか…。
巴の奥の深さに跡部はとにかく感心した。
「はい!近所の写真館のおじさんの力作です。リョーマくんが連れてってくれました」
跡部の言葉を素直に褒め言葉として受け取り、
嬉しそうにニコニコとして巴はそう答える。
『リョーマ』という単語は余計だったとは気づいていない。
当然その単語に反応して眉を跳ね上げる跡部の様子にも気づいていない。
ただ跡部からパスポートを取り返して大事そうに鞄にしまっている。
「越前と…ね」
巴に聞こえないくらい押し殺した小さな声で呟く。
こんなところで気分を害するのは、大人げないと跡部は必死に自分を押さえる。
越前リョーマは巴の同居人で同級生で同じ部活の仲間だ。
そのことを考えると非常にやるせない気分になるし、
いっそこのまま連れ去って氷帝に入学させて自分の家に住まわせたいとも思う。
けれども、それを行えるのは『自分』ではない。
結局、そういったことは跡部といえども大人の手が必要になってしまう。
自分はまだ世間では15才でしかない。
世の中の全てを自分の手で賄えると思えるほど、幼くはない。
いま、巴を自分の手中に入れたとしても、
全てが自分の思い通りに、自分の力のみで動かせる訳ではないのだ。
せめて、自分の足だけで世界に立てるようになるまでは待つべきだ。
誰かの手を借りてまで、彼女をそばに置こうなんてまっぴらだ。
それがつまらない嫉妬のためだというならばなおさらだ。
そう彼のプライドはそう告げている。
彼女を自分の籠に閉じこめて鍵をかけてしまうのはまだ早い。
「━━━今日パスポートを作ったって事は次のパスポートの更新は18才の時だな、
じゃあ次の次くらいが妥当って所か……」
まるで独り言を呟くように跡部は声を出した。
何か考えているような表情だったが、巴には何を考えているのか分からなかった。
もちろん、そこまで人の気持ちに聡い彼女だったなら、
跡部とてこれまでも苦労しなかったのだろうが。
「なにが妥当なんですか?次って?」
経験上、跡部が考えていることを読める訳がないと思っている巴は
探ることをはなから諦めて、直接声に出して問いただしてみる。
一体、なにが妥当だというのだろうか?
回数には意味があるのだろうか?
「パスポートの更新手続きと変更手続きは1度にした方が楽だって事だよ」
そんな簡単なことも分からないのかと言外に匂わせて跡部はそう答える。
更新手続きは未成年は5年ごと。
13才の巴が次に更新するのは18才で、さらに次は23才。
変更手続きと言えば、住所氏名が変わるときにするものだろう。
そこでなぜ、変更の話になるのか分からない。
「えっと…やっぱり意味が分からないんですけど…?」
跡部は自分についてなにか予知しているとでも言うのだろうか?
頭の中はクエスチョンマークだらけで混乱を来している。
この人の言っている意味が掴めない。
それが表情にも出ているため、跡部は思わずいらだち紛れに答える。
いちいち説明するのも恥ずかしいと思いながら。
「鈍いヤツだな、ちょうど10年後ぐらいにお前の姓を変えてやるってんだよ、俺が。
そうなるとパスポートも変更手続きしないといけないだろう?」
姓を、跡部が、変えてくれる。
その意味に気づくと同時に頭を抱える。
跡部は色々と常人離れしているが、言動に置いても相当のものだと巴は痛感する。
まさか、プロポーズだったとはついぞ気づかなかった。
もっともこの年齢でこんな事態に陥るとは普通の人は思うはずもないだろう。
自分自身、他人より突き抜けた部分があることは自覚していたが
それでもやはり跡部に比べれば凡庸な何て事のない女子中学生だ。
夢物語、妄想の一環として跡部の隣に立つ自分を想像したことはあるが、
これは想像の範囲外だ。
「ええっ」
あまりのことに巴は頭がパンクしてまともな答えが出てこない。
跡部自身は少し喋りすぎたと思い、巴の反応も気にしない。
正直彼とてここまで言うつもりではなかった。
『越前』というスイッチを押されるまでは。
このスイッチを押されてはどんな冷静な自分も焦り始める。
確実にじわじわと近づく目に見える脅威だった。
「まあ、そういうことだ」
「はあ」
「次からは跡部家専属の写真館で、もっとキレイに撮ってやるよ」
もちろん、連れて行くのは越前じゃなく、この俺だ。
そのときには彼女の隣に立って写真を撮るのも良いだろう。
きっといい絵になるに違いないと跡部は想像する。
「気が早いですよ…10年後なんてどうなってるかも分からないのに」
いくら巴でも、10年後のことを言われても困ってしまう。
人の心は移ろいやすいものだ。
自分が引き続き跡部のことが好きなのは間違いなさそうだが、
果たして跡部もそうだろうか?
カリスマ性のある彼は色んな人間を惹き付ける。
彼に近づく人間の中に彼の眼鏡に叶う者がいないとも限らない。
今現在、巴が彼の隣に立つのを許されているのも不思議なくらいなのだから。
そのとき、自分はあっさり捨てられるのではないだろうか?
この可能性は否定できず、巴の心に突き刺さる。
「バカか?お前は。お前はこの俺様が選んだ女なんだぜ?
10年後も俺が目を離せない様なイイ女であるに決まってる」
彼女が彼女で━━━ひたむきで明るくて真っ直ぐに自分を見つめる、
そのままの彼女でいるならば、これからもずっと隣に並んでいたい。
跡部はそう願う。
「でも、私自身はそれほどイイ女である自信がないんですが…」
心底自信がなさそうに巴はそう告げる。
自分は全てに於いて凡庸だ。
特別賢くもなければ美人でもない。
跡部のようなカリスマ性も持ち合わせている訳でない。
彼の隣を歩くたびに繰り返す疑問は、ここでも当然わき上がる。
当然、跡部の隣を歩けるように努力は続けているけれども
それが実になったことはまだ無かった。
「せいぜい、俺に見合うように女磨いとけよ」
しかし、跡部はそんな巴の悩みも気にしない。
巴は巴であればいい、そう思っている。
巴が密かに頑張っているのも知っている。
いつか実になればいいとは思っているが、そうでなくても構わないとも思っている。
もっとも、何事にも向上していく彼女を見るのは嬉しく楽しいものだが。
「み、磨き過ぎちゃったときはどうすればいいんですか?」
余計な心配という気もしないでもないが、
自分の頑張っている現状を鑑みて巴はそう尋ねる。
あると思えないが、自分が頑張りすぎて素晴らしい女性になる可能性。
そんな未来だってあるかも知れない。
非常に前向きな巴は、そんな可能性について訊かずにはいられなかった。
たしかに、私は頑張るけど、その時跡部さんはどうするの?
そう試す一言でもあった。
「アーン?その時は俺が頑張ってお前に見合う男になるに決まってるだろうが」
至極当然と言った表情で跡部はそう返す。
他人が努力するなら、自分もそれ相応、いやそれ以上の努力をする。
それをこれまで当然だとしてきた。それが例えどんなことだとしてもだ。
巴がいい女になるべく努力するというのなら、自分もそれ相応の努力をしよう。
好きな相手に対してのことならば、なおさらだ。
それが当然だと難なく答える。
「ま、互いに頑張ればちょうど10年後ぐらいには誰にも有無を言わせない
世界一の新郎新婦になってると思わねえか?」
そんなバカみたいに誠実なところを見せられて、
それに加えていつしか自分に寄り添っていて、
とどめに耳元でそんなことを低く囁かれたら頷くしかないじゃない?
なんだかんだ言ってもう自分は彼に陥落しているのだ。
10年後、自分がいい女だったとしても、そうじゃないとしても
彼の隣にいるのは自分であってみせる。
そう決意を込めながら、ひとつ大きく頷いてみせた。
「じゃあ、これは約束の証にもらっとくぜ?」
頷き顔を上げた勢いでかすかに上ずった額に、約束の印をひとつ落とす。
「まあ、これからはどこにでも何度でも約束の印付けてやるから覚悟してな」
思わず何か庇うように額を手で押さえつつ巴は問う。
「10年後まで━━━約束の日までですか?」
「いや?これからずっと一生に決まってんだろ、覚悟しとけ」
跡部自身、今日こんな事まで話すつもりはなかったのだが、
それでもいつかは話すことだから今でも構わないかと思い直す。
早いか遅いかだけの差だ。
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