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この作品は6001番を踏まれましたしいたけさまへ。
お題:「意外とやきもち焼きのダビデと、そんなダビデをちょっと可愛いと思う巴ちゃん」
***
タタン…タタン…タタン…
タタン…タタン…
タタン…
単調なリズムをレールに刻みながら列車は街から自然のあるところへと走っていく。
眠りから覚めたばかりの春の空気のなかを颯爽と抜けていくその列車は、赤月巴をはじめとする青春学園中等部テニス部レギュラー陣を乗せて都内より一歩先んじて春を迎えている房総へと向かっていた。
「わあっ!海、海!リョーマ君、海だよっ…何寝てるの!」
岐阜の山奥から昨年上京してきたばかりの巴には
東京湾を眺めながら走る列車は、刺激が強すぎて興奮している。
もし彼女が犬ならば、既に尻尾がちぎれそうなくらい振っていることだろう。
「……はぁ?海?そりゃ海ぐらいあるでしょ、
バカじゃないの?お前」
眠たげな目を一瞬開いて越前リョーマは一つ言い放ち、
再び睡眠に還る。
「えー!だって海なのに!クールだなあ、
まったくもー信じられない!」
横から加勢するかのような声がした。
「ホント!ホント!
おチビにはこの東京湾の偉大さがわからにゃいかなあ!」
「くすくす…英二にはその偉大さが分かるんだ、教えてよ」
「おっ、不二は知りたいんだ?
じゃあ、じーっくり聞かせようじゃないの!」
一瞬で彼らはすぐに自分たちの話題に夢中になってしまった。
残念━━━そう思いながら周囲を見回すと、
相変わらずの面々が、睡眠を取ったり千葉名物ハマグリ弁当を食べていたりトランプに興じていたり
千葉の蘊蓄を語ったりとそれぞれの作業に没頭していた。
「あーん、海も良いけど早く駅に着かないかなあ…」
巴はふと寂しくなり、駅で待っているはずの人物に思いを馳せる。
先日行われたジュニア選抜でミクスドのペアを組んだ相手、
天根ヒカルのことを。
ババロアを救ってくれた出会いから、ほんの数日でどんどん惹かれていった相手。
ダビデさん、この間あったばっかりだけど、元気かなあ。
青学テニス部は春休みを利用して六角中学テニス部と合同合宿を行うことになった。
両校は親しく交流があり、男子だけは夏も合同合宿を行っていた。
今回は巴が天根と先日ペアを組み、U-16大会出場の権利を得たこともあって
巴や那美ら女子の参加が許された。
本来なら卒業したはずの3年生が来ることは異例なのだが
中学生でも高校生でもないこの期間に身体が鈍っては困るという申し出があり特別に3年生の参加も許された。
おかげで相変わらずのにぎやかなご一行様だ、
『━━━次は○○駅、○○駅です』
アナウンスが流れる。次は彼女らが下車する駅━━━六角中の面々が迎えに来ているはずの駅だった。
「よし、皆忘れ物をするなよ!降りる準備をしろよー」
ついクセでお母さんのように場を仕切ってしまう大石の声で
巴も慌てて自分の荷をまとめる。
散らかしたおやつも慌ててかたづける。
列車は閑散とした駅に滑り込み、
まるで青学の面々のためだけにドアは開かれたようだ。
開いたドアからは潮の香りが流れ込んでくる。海に近い証拠だ。
全員がホームに降り立つと、
直ぐさまネイビーとアイボリーの古ぼけたツートンカラーの列車は遠ざかっていく。
「おい、モエリン」
巴が振り向くと、
そこには乾が大きな黒い袋を巴に差し出した形で立っていた。
「お前の大きい荷物は俺が大事にもってやるから、
代わりにこれを大事にもっていろよ」
そういって乾はラケットバッグやら私物のつまった複数の彼女の荷物を引き受け、その代わりに彼のもっていた袋を手渡した。
袋は見た目よりも案外軽く、何が入っているものか全く見当がつかないが、合宿でテニス用具やらいろいろ持参していたのでそれらの内の一つだと思った。
「これって、何の袋ですか?」
「乾特製野菜汁制作キットだ」
乾のメガネがきらりと光る。彼以外の人間は逆に青くなる。
「わー!乾!おまえってやつは何持ってきてるんだにゃ!」
「………砂浜走りたいか………?」
「先輩!恐ろしい人だ…」
周囲の部員達は口々に悲鳴を上げる。
その時、巴は不意に後ろから首を締められた。
「ぐっ……!な、なにするんですか!菊丸先輩!?」
後ろから飛びかかられたりすることは日常茶飯事なので
さほど驚かずにその格好のまましれっと歩きながら問いかける。
「捨てろー!それ、その袋!捨てろー!!!」
「袋?乾先輩の野菜汁キットですか?私だって捨てたいです!」
「それ、捨てないといけねーな、いけねーよ」
「……それ、捨てたらどうなるか分かってるだろうな?」
そんな感じで和気相合とホームから改札へと彼らは移動してきた。
駅の改札をくぐると、原色の大きな字が目に飛び込んできた。
『歓迎!青学テニス部!ウェルカム!』
いつの間に作ったのか派手な横断幕と六角中テニス部の面々が待ち受けていた。
ジュニア選抜の合宿に参加して以来、見慣れた面々。
葵に佐伯に……。
並んだ顔を一人一人確認していく。
合宿はほんの数日前のことなのに何故か懐かしい。
一番見たかった顔のところで巴の視線が止まる。
なにかおかしい。
巴の表情が凍る。
天根ヒカルことダビデの顔はとても歓迎しているものの表情ではなかった。
本物のダビデ像のように厳めしい。
巴はダビデとは心が通じ合ったと思っていたので
頭から冷水をぶちまけられた様なショックを感じた。
まさか、こんな形で歓迎を受けるとは思わなかった。
「ダ、ダビデさん、こんにちは━━━」
巴はそれでも気を取り直してダビデに声をかけた。
しかし、ダビデはフイッと顔を背け改札に背を向けて歩き出す。
「今夜のバーベキューの買い出しに行ってくる。
ついでに近所の畜産農家に頼んである鶏肉をとりにく…………ぷっ」
口調自体はいつものダビデだ。
「こんのダビデがぁ!寒いんだよ!」
どこからかツッコミ担当の黒羽のとびげりがダビデに炸裂する。
流石にダビデもその強烈さには耐えきれず足がよろめく。
しかし、その歩みは止めず、駅前に止めてあった自らの自転車に乗ろうとした。
「あっ、ちょ…ちょっと待ってくださいよ!ダビデさん!!」
巴は、手に持っていた黒い大きな袋を放り投げてダビデを追いかける。
巴の後ろからは、乾の怒声と他の人間の歓声が追って上がる。
ダビデは既に自転車を漕ぎ始めていたが
巴は尋常じゃない脚力を生かして近づき、
彼の自転車の後部のステップに飛び乗る。
その衝撃に自転車はふらつくが、ダビデは気合いでそれを持ち直す。
「おい、あぶないじゃないか!…飛び乗るなんて」
少し慌てた声で後ろの巴に声をかける。
しかし、ダビデは後ろに乗る少女を降ろそうとはしなかった。
二人はそのまま、海沿いの道を自転車で駆けていく。
「ふふっ…」
巴はかすかに笑う。
「なんだ?」
「また、一緒に自転車に乗れましたね」
「そーだな」
「ねえ?どうして、さっきはあんなに不機嫌そうだったんですか?」
思い詰めた声で唐突に核心に触れる。
その言葉に動揺してか自転車は大きくバランスを崩す。
巴はぎゅっとダビデの背中にしがみつき、
ダビデはまたそれに動揺して自転車を危うくする。
後ろに好きな女子がいるだけでも大変緊張するのに
それ以上に密着されてしまっては、
緊張どころの話ではなくなってしまう。
普段、六角中テニス部という男だらけの空間に暮らす彼にとっては
同年代の女子は異星人にも等しい脅威だ。
他の男子がラッキーと思う境遇でも、
自分にはそう思うだけの余裕がない。
なにかあってからでは困るので、
丁度海岸に降りられる場所で自転車を止める。
「うわあ!水際に行けますね!行っていいですか?」
先ほどの思い詰めた声とは打ってかわって明るい声で問いかける。
本当に海が珍しい様子で、ダビデは暖かい気持ちになる。
良い返事の代わりに黙って彼女の手を取り、海岸へと降りる。
「きっと、嫉妬した。君には知っといて欲しい」
珍しく、自分の言ったことには笑わない。
急に先ほどの問いに対しての返事がやってきて、巴は戸惑う。
「嫉妬……ですか?私、なにかダビデさんに誤解を与えるようなことをしました?」
巴は疑問に思って素直にそう口にする。
普段、ダジャレ以外は上手いことを口にする彼ではないから
この発言もきっとなにか理由があってのこと。
嫉妬だというのなら確かに嫉妬したのだろう。
しかし、自分は誤解されるような行為
━━━たとえば、あり得ないけれど他の異性とイチャイチャするなど
そんなことはした覚えが全くないのでどうしても疑問に思う。
すると、
「君が、他のヤツと楽しそうに電車を降りてきたから、
面白くなかった」
照れくさそうな、不本意そうな表情でそう語った。
自分でも、つまらないことで嫉妬するなんて滑稽だと分かっている。
分かっているが事実そう感じてしまうのだから仕方がない。
女子をここまで身近に感じたことはなかったから、
こんな気持ちも初めてなのだけれど、これを人は嫉妬と呼ぶのだろう。
今、水際で波と戯れる彼女はとても可愛い。
その彼女にまとわりつく男どもをうっとおしく思うのは罪なのだろうか、
そのダビデの表情を見た巴は何とも言えない気持ちになった。
かわいい。
かわいすぎる。
ダビデが嫉妬キャラだとは思いも寄らないことだった。
この私に、嫉妬。
しかも青学テニス部相手に。ありえない。
思わず笑いが込み上げてくる。
波と戯れるのをひとまず止めてダビデと向かい合う。
「はははっ、ダビデさん、面白すぎます…」
「人のそういう気持ちを笑うのはどうかと思うけど」
憮然とした表情で面白くなさそうにダビデは答える。
しかし、そんな表情のダビデの目をしっかり見据えて巴は言う。
「スイマセン…だって…そうですね、たとえて言うなら、
私と青学の皆さんの仲の良さって、六角中の仲の良さと変わらないですもん。
ダビデさんと黒羽さんがじゃれ合っているようなものです」
「………俺と………バネさん………」
それを考えるとそれに対して嫉妬するのはなんだか気持ちが悪い。
「そうですよ」
ここがキメ時だと言うように、巴はダビデの両腕をしっかりと掴みはっきりという。
男の人って、ホントにつまらないことを考えすぎるというか
単純で実に可愛いと思う。
普段嫉妬とは関係なさそうな、ダビデならなおさら可愛い。
彼の新たな面を発見して、こういうとこも好きだなあ。
そう、しみじみ思う。
「だいたい、例えば誰かが私に対して、万が一そういう気持ちを抱いたとしても
私の目に映る異性はすでにダビデさんしかいない訳で、
嫉妬とか、そんなことをするだけムダってもんですよ!」
「ムダ……」
なんだか自分の抱いた気持ちが馬鹿馬鹿しく思えてきて、気が抜ける。
彼女が自分に対して、いつからそのように思ってくれていたのかは分からないが
嬉しい、それは確かだ。
その気持ちに応えて、嫉妬なんてしなくて良いくらい自信を持とう。
ダビデは内心、そう決心した。
「でも、そんなダビデさんも良いですね!
そうですね…たまには嫉妬してくれてもイイですよ?ほどほどに!」
それが好きのバロメーターだというのなら
どんどん嫉妬して欲しいと笑顔で微笑む彼女にダビデは、
「勘弁してくれ…」
そう呟くしかなかった。
巴は前向きすぎて怖い。怖いけれど、可愛い。
まあ、そんなところも好きなのだけど。
「あ…そう言えば、買い出し!」
買い出しから戻ったらダビデだけ周囲から盛大に嫉妬ともとれる叱責を被るのは別のお話。
彼女が自分の隣にいる優越感から、他の男から嫉妬されるのは案外悪くないと巴に言うと
「バカ…!」と真っ赤になってうつむかれるのも、また別のお話。
END
お題:「意外とやきもち焼きのダビデと、そんなダビデをちょっと可愛いと思う巴ちゃん」
***
タタン…タタン…タタン…
タタン…タタン…
タタン…
単調なリズムをレールに刻みながら列車は街から自然のあるところへと走っていく。
眠りから覚めたばかりの春の空気のなかを颯爽と抜けていくその列車は、赤月巴をはじめとする青春学園中等部テニス部レギュラー陣を乗せて都内より一歩先んじて春を迎えている房総へと向かっていた。
「わあっ!海、海!リョーマ君、海だよっ…何寝てるの!」
岐阜の山奥から昨年上京してきたばかりの巴には
東京湾を眺めながら走る列車は、刺激が強すぎて興奮している。
もし彼女が犬ならば、既に尻尾がちぎれそうなくらい振っていることだろう。
「……はぁ?海?そりゃ海ぐらいあるでしょ、
バカじゃないの?お前」
眠たげな目を一瞬開いて越前リョーマは一つ言い放ち、
再び睡眠に還る。
「えー!だって海なのに!クールだなあ、
まったくもー信じられない!」
横から加勢するかのような声がした。
「ホント!ホント!
おチビにはこの東京湾の偉大さがわからにゃいかなあ!」
「くすくす…英二にはその偉大さが分かるんだ、教えてよ」
「おっ、不二は知りたいんだ?
じゃあ、じーっくり聞かせようじゃないの!」
一瞬で彼らはすぐに自分たちの話題に夢中になってしまった。
残念━━━そう思いながら周囲を見回すと、
相変わらずの面々が、睡眠を取ったり千葉名物ハマグリ弁当を食べていたりトランプに興じていたり
千葉の蘊蓄を語ったりとそれぞれの作業に没頭していた。
「あーん、海も良いけど早く駅に着かないかなあ…」
巴はふと寂しくなり、駅で待っているはずの人物に思いを馳せる。
先日行われたジュニア選抜でミクスドのペアを組んだ相手、
天根ヒカルのことを。
ババロアを救ってくれた出会いから、ほんの数日でどんどん惹かれていった相手。
ダビデさん、この間あったばっかりだけど、元気かなあ。
青学テニス部は春休みを利用して六角中学テニス部と合同合宿を行うことになった。
両校は親しく交流があり、男子だけは夏も合同合宿を行っていた。
今回は巴が天根と先日ペアを組み、U-16大会出場の権利を得たこともあって
巴や那美ら女子の参加が許された。
本来なら卒業したはずの3年生が来ることは異例なのだが
中学生でも高校生でもないこの期間に身体が鈍っては困るという申し出があり特別に3年生の参加も許された。
おかげで相変わらずのにぎやかなご一行様だ、
『━━━次は○○駅、○○駅です』
アナウンスが流れる。次は彼女らが下車する駅━━━六角中の面々が迎えに来ているはずの駅だった。
「よし、皆忘れ物をするなよ!降りる準備をしろよー」
ついクセでお母さんのように場を仕切ってしまう大石の声で
巴も慌てて自分の荷をまとめる。
散らかしたおやつも慌ててかたづける。
列車は閑散とした駅に滑り込み、
まるで青学の面々のためだけにドアは開かれたようだ。
開いたドアからは潮の香りが流れ込んでくる。海に近い証拠だ。
全員がホームに降り立つと、
直ぐさまネイビーとアイボリーの古ぼけたツートンカラーの列車は遠ざかっていく。
「おい、モエリン」
巴が振り向くと、
そこには乾が大きな黒い袋を巴に差し出した形で立っていた。
「お前の大きい荷物は俺が大事にもってやるから、
代わりにこれを大事にもっていろよ」
そういって乾はラケットバッグやら私物のつまった複数の彼女の荷物を引き受け、その代わりに彼のもっていた袋を手渡した。
袋は見た目よりも案外軽く、何が入っているものか全く見当がつかないが、合宿でテニス用具やらいろいろ持参していたのでそれらの内の一つだと思った。
「これって、何の袋ですか?」
「乾特製野菜汁制作キットだ」
乾のメガネがきらりと光る。彼以外の人間は逆に青くなる。
「わー!乾!おまえってやつは何持ってきてるんだにゃ!」
「………砂浜走りたいか………?」
「先輩!恐ろしい人だ…」
周囲の部員達は口々に悲鳴を上げる。
その時、巴は不意に後ろから首を締められた。
「ぐっ……!な、なにするんですか!菊丸先輩!?」
後ろから飛びかかられたりすることは日常茶飯事なので
さほど驚かずにその格好のまましれっと歩きながら問いかける。
「捨てろー!それ、その袋!捨てろー!!!」
「袋?乾先輩の野菜汁キットですか?私だって捨てたいです!」
「それ、捨てないといけねーな、いけねーよ」
「……それ、捨てたらどうなるか分かってるだろうな?」
そんな感じで和気相合とホームから改札へと彼らは移動してきた。
駅の改札をくぐると、原色の大きな字が目に飛び込んできた。
『歓迎!青学テニス部!ウェルカム!』
いつの間に作ったのか派手な横断幕と六角中テニス部の面々が待ち受けていた。
ジュニア選抜の合宿に参加して以来、見慣れた面々。
葵に佐伯に……。
並んだ顔を一人一人確認していく。
合宿はほんの数日前のことなのに何故か懐かしい。
一番見たかった顔のところで巴の視線が止まる。
なにかおかしい。
巴の表情が凍る。
天根ヒカルことダビデの顔はとても歓迎しているものの表情ではなかった。
本物のダビデ像のように厳めしい。
巴はダビデとは心が通じ合ったと思っていたので
頭から冷水をぶちまけられた様なショックを感じた。
まさか、こんな形で歓迎を受けるとは思わなかった。
「ダ、ダビデさん、こんにちは━━━」
巴はそれでも気を取り直してダビデに声をかけた。
しかし、ダビデはフイッと顔を背け改札に背を向けて歩き出す。
「今夜のバーベキューの買い出しに行ってくる。
ついでに近所の畜産農家に頼んである鶏肉をとりにく…………ぷっ」
口調自体はいつものダビデだ。
「こんのダビデがぁ!寒いんだよ!」
どこからかツッコミ担当の黒羽のとびげりがダビデに炸裂する。
流石にダビデもその強烈さには耐えきれず足がよろめく。
しかし、その歩みは止めず、駅前に止めてあった自らの自転車に乗ろうとした。
「あっ、ちょ…ちょっと待ってくださいよ!ダビデさん!!」
巴は、手に持っていた黒い大きな袋を放り投げてダビデを追いかける。
巴の後ろからは、乾の怒声と他の人間の歓声が追って上がる。
ダビデは既に自転車を漕ぎ始めていたが
巴は尋常じゃない脚力を生かして近づき、
彼の自転車の後部のステップに飛び乗る。
その衝撃に自転車はふらつくが、ダビデは気合いでそれを持ち直す。
「おい、あぶないじゃないか!…飛び乗るなんて」
少し慌てた声で後ろの巴に声をかける。
しかし、ダビデは後ろに乗る少女を降ろそうとはしなかった。
二人はそのまま、海沿いの道を自転車で駆けていく。
「ふふっ…」
巴はかすかに笑う。
「なんだ?」
「また、一緒に自転車に乗れましたね」
「そーだな」
「ねえ?どうして、さっきはあんなに不機嫌そうだったんですか?」
思い詰めた声で唐突に核心に触れる。
その言葉に動揺してか自転車は大きくバランスを崩す。
巴はぎゅっとダビデの背中にしがみつき、
ダビデはまたそれに動揺して自転車を危うくする。
後ろに好きな女子がいるだけでも大変緊張するのに
それ以上に密着されてしまっては、
緊張どころの話ではなくなってしまう。
普段、六角中テニス部という男だらけの空間に暮らす彼にとっては
同年代の女子は異星人にも等しい脅威だ。
他の男子がラッキーと思う境遇でも、
自分にはそう思うだけの余裕がない。
なにかあってからでは困るので、
丁度海岸に降りられる場所で自転車を止める。
「うわあ!水際に行けますね!行っていいですか?」
先ほどの思い詰めた声とは打ってかわって明るい声で問いかける。
本当に海が珍しい様子で、ダビデは暖かい気持ちになる。
良い返事の代わりに黙って彼女の手を取り、海岸へと降りる。
「きっと、嫉妬した。君には知っといて欲しい」
珍しく、自分の言ったことには笑わない。
急に先ほどの問いに対しての返事がやってきて、巴は戸惑う。
「嫉妬……ですか?私、なにかダビデさんに誤解を与えるようなことをしました?」
巴は疑問に思って素直にそう口にする。
普段、ダジャレ以外は上手いことを口にする彼ではないから
この発言もきっとなにか理由があってのこと。
嫉妬だというのなら確かに嫉妬したのだろう。
しかし、自分は誤解されるような行為
━━━たとえば、あり得ないけれど他の異性とイチャイチャするなど
そんなことはした覚えが全くないのでどうしても疑問に思う。
すると、
「君が、他のヤツと楽しそうに電車を降りてきたから、
面白くなかった」
照れくさそうな、不本意そうな表情でそう語った。
自分でも、つまらないことで嫉妬するなんて滑稽だと分かっている。
分かっているが事実そう感じてしまうのだから仕方がない。
女子をここまで身近に感じたことはなかったから、
こんな気持ちも初めてなのだけれど、これを人は嫉妬と呼ぶのだろう。
今、水際で波と戯れる彼女はとても可愛い。
その彼女にまとわりつく男どもをうっとおしく思うのは罪なのだろうか、
そのダビデの表情を見た巴は何とも言えない気持ちになった。
かわいい。
かわいすぎる。
ダビデが嫉妬キャラだとは思いも寄らないことだった。
この私に、嫉妬。
しかも青学テニス部相手に。ありえない。
思わず笑いが込み上げてくる。
波と戯れるのをひとまず止めてダビデと向かい合う。
「はははっ、ダビデさん、面白すぎます…」
「人のそういう気持ちを笑うのはどうかと思うけど」
憮然とした表情で面白くなさそうにダビデは答える。
しかし、そんな表情のダビデの目をしっかり見据えて巴は言う。
「スイマセン…だって…そうですね、たとえて言うなら、
私と青学の皆さんの仲の良さって、六角中の仲の良さと変わらないですもん。
ダビデさんと黒羽さんがじゃれ合っているようなものです」
「………俺と………バネさん………」
それを考えるとそれに対して嫉妬するのはなんだか気持ちが悪い。
「そうですよ」
ここがキメ時だと言うように、巴はダビデの両腕をしっかりと掴みはっきりという。
男の人って、ホントにつまらないことを考えすぎるというか
単純で実に可愛いと思う。
普段嫉妬とは関係なさそうな、ダビデならなおさら可愛い。
彼の新たな面を発見して、こういうとこも好きだなあ。
そう、しみじみ思う。
「だいたい、例えば誰かが私に対して、万が一そういう気持ちを抱いたとしても
私の目に映る異性はすでにダビデさんしかいない訳で、
嫉妬とか、そんなことをするだけムダってもんですよ!」
「ムダ……」
なんだか自分の抱いた気持ちが馬鹿馬鹿しく思えてきて、気が抜ける。
彼女が自分に対して、いつからそのように思ってくれていたのかは分からないが
嬉しい、それは確かだ。
その気持ちに応えて、嫉妬なんてしなくて良いくらい自信を持とう。
ダビデは内心、そう決心した。
「でも、そんなダビデさんも良いですね!
そうですね…たまには嫉妬してくれてもイイですよ?ほどほどに!」
それが好きのバロメーターだというのなら
どんどん嫉妬して欲しいと笑顔で微笑む彼女にダビデは、
「勘弁してくれ…」
そう呟くしかなかった。
巴は前向きすぎて怖い。怖いけれど、可愛い。
まあ、そんなところも好きなのだけど。
「あ…そう言えば、買い出し!」
買い出しから戻ったらダビデだけ周囲から盛大に嫉妬ともとれる叱責を被るのは別のお話。
彼女が自分の隣にいる優越感から、他の男から嫉妬されるのは案外悪くないと巴に言うと
「バカ…!」と真っ赤になってうつむかれるのも、また別のお話。
END
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