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観月さん誕生日お祝いSSです。完結編。
前編
中編
***
---27日PM---
さすがに、放課の時刻が迫ってくる頃には巴の目はほぼ通常通りに戻っていた。
慣れない寝不足はさすがに尾を引いていて目尻はうっすら赤いが、そのあたりはもうよく見ないことには分からないだろう。
自分でもいま手にしている小さな鏡では、頑張って見なければ気付かない程度だ。
「よし、目、オッケー。肌もオッケー…かな」
自分の再点検を終えたところで丁度SHRが終了して日直から号令がかかった。
今週は中等部も高等部も中間試験前ということで部活はない。
あとは観月に逢いに行くだけとなった。
背中を押されたように号令から一瞬遅れて勢いよく立ち上がった。
そのまま、待ち合わせ場所まで走っていける位の勢いで。
「よぉっし! プレゼントも持ったっと!」
先日から頑張って用意した紙袋も再度確認して教室を出ようとした。
いつものごとく隣には早川がいる。
今日みたいに用事があっても、学校を出るまではいつでも二人は並んで歩いている。
この学校に転校してからはいつの間にかそういうことになっていた。
「ねえ、赤月、そういえば」
張り切っている巴に早川は声をかけた。
「昨日の悩みって解消したわけ?
━━━つまり昨日のシチュエーションがどうのこうの……ってやつだけど」
早川のとってそれは何か確認したかったというわけでもなく、ただの世間話に近い何気なく尋ねたことであったが、巴には大きな意味があった。
「わわっ、忘れてたあ!」
巴の悲愴な叫びは廊下一帯に響き渡っていった。
隣に立っていた早川の耳は突然の大声にピリピリしていたが、それよりもただ観月がこの中等部にいまいなくて良かったなあと心から思っていた。
彼がいたとしたら、廊下での大声などすぐに叱咤が飛んでいたことだろう。
そして、彼女の隣にいた者として自分もとばっちりに近い責任追及をされていたに違いない。
巴には悪いが、取扱いが非常に面倒な観月は、早川にとって出来る限り避けたい相手であった。
非常に残念ながら、いまとなってはテニスから離れたり巴との縁を切らない限りは、完全に避けられない間柄だったが。
「どうしよう……、待ち合わせ場所から先のこと全く考えてなかった……!
なんか今朝は目の腫れのことばっかり考えてたし、授業中は眠くて仕方なかったし」
きっと、今日が元々ノープランだったとしても観月は何も言わないだろう。
はじめから今日の予定を巴が立てると宣言しているのならば別だが、巴の考えていたお祝いといえばある意味サプライズに近いことだったので、観月には言っていない。
観月にすれば、巴がなにかやりたそうにしていることには気付いていても、既に彼にとって重要なのはそこではなく、ただ巴とどう過ごすかだけの話だったので、正直サプライズだろうが最初から知らされている予定通りであろうがどうでも良い。
ノープランでも、二人でいればどこでもそれなりに楽しいのだから。
これまでの付き合いでも、常々そう思っていた。
もっとも、それを巴に悟られると、「遊び心がない!」だの「私のことなんてどうでもいいんですね!」だのと物事の本質から大きく外れたところで責められるので黙っているが。
当然彼女のエスコートで素晴らしい1日になれば、それがお互いにとって一番良いとは思っている。
しかし、現在の巴はその事は知らないので、あくまで真剣に『本日の予定』がまだ立っていないことを気にしていた。
心なしか顔も青ざめている。
「仕方ないじゃない、ここまで来ちゃったら取りあえず待ち合わせ場所に行かないと。
時間に遅れることが一番観月さんが嫌いなことだって知ってるでしょ。
大体、観月さんなんて、赤月がいればどこだって何だって嬉しいんだから」
「それも、分かってる」
うつむき加減でそう答えた巴を見ながら、昨日に続いてまた余計な口出しをしてしまったことに早川は気付いた。
つくづく自分は恋愛絡みの問題には向いていないと思い知らされる。
たまたま巴と観月の二人に近い人間として、話を聞いてしまうことも多いが、こういった話の時はどうしても役に立たずに辛い。
転校してから1年以上たつことだし、はやく恋愛相談担当の友達でも作ってくれないかなと思ったりもするが、残念ながら巴の性格では恋愛脳の友達などなかなか出来そうにもなかった。
---
放課後の待ち合わせはいつも決まっていた。
駅前のからくり時計の下のベンチだった。
しぶしぶノープランで待ち合わせ場所にやってきた巴は、その場所に観月がいないことに少しばかり安堵した。
観月が決めないわけがないので待ち合わせの時間は当然決まっていたが、なにぶん学校が終わってからの待ち合わせということで休日の時のように厳守は難しい。
先生や委員会や部活、『なにかしらの用事』は予告なしでやってくるからだ。
かといって、観月が数分遅れたところでその間に何か良い案が思い浮かぶとは、巴自身到底思えなかった。
一度周囲をぐるりと見渡して、運の良いことに空いていたベンチに巴はちょこんと座り観月の到着を待つことにした。
もちろん脳内で悪あがきをしてみるものの、上手くはいかない。
からくり時計の針がムダにカチ、カチと動いていくのみだった。
その針が到着したときよりも45度ほど傾いたとき、待ち人はやって来た。
結局、ここまで巴には良い案が浮かばないままだ。
逃げるわけにはいかない以上、開き直るしかないと腹を括った。
「巴くん、待たせてしまってすみませんでした。
今日はキミがボクのために用意してくれた日だというのに」
「い、いいえ!
私なんかよりも観月さんの方が忙しいのなんて分かり切ってることですから」
大慌てでベンチから立ち上がり、観月は悪くないと巴は主張した。
観月が遅れてきて謝るときにいつもそうするように。
「━━━キミはいつもそう言ってくれますね、正直助かります。
でも、拗ねてみせるのも彼女たる特権だと思いますけどね、んふっ」
観月もまたいつも通り冗談交じりに彼女をいなして、この場所から動こうと誘導する。
が、巴はベンチから立ち上がったその姿勢のまま動こうとしなかった。
「……巴くん、どうしたんですか?」
長らく付き合っていれば、多少なりとも彼女の奇行には慣れている。
慣れてはいるが、その行動のひとつひとつの理由は知りたいと観月は思う。
それを知ることで自分お得意のデータ化できたら面白いと思うし、そうしなくても自分には理解できない彼女の気持ちを知ること、それだけでなんだか楽しい気分になるのだから。
「ごめんなさいっ!
今日は私から誘ったクセにノープランですっ!」
色んな人から『開き直った巴はタチが悪い』と良く言われるが、いまこの時点が最たるタチの悪さだろうと巴は自身そう思った。
そんなことをあっさり、しかも大きい声で告げられた観月は、この答えばかりは予想外でぽかんと彼女を見つめるばかりだ。
自意識過剰かもしれないが、さすがに自らの誕生日に逢おうと誘うだけ誘っておいて計画も無しだとは思わなかった。なにか素敵な出来事の企画の一つでもあってしかるべきではないだろうか、普通。
その『普通』ではない部分も、観月にとっては巴の良いところの一つだったりするので非難は出来ないが。
ここで、こう来られるとは思わなかった。
「……んふっ、今日はどうお祝いしてくれるのかと思ったんですけどね。
その辺は巴くんらしいというか……ふふっ」
観月から笑みが漏れる。
しかし巴はそこで観月にウケるとは思わなかったので思わず目を丸くした。
「いいんですか!? それで……怒られると思ったんですけど……」
「いいえ、そんなことで怒っていてはボクの身が持ちませんよ。
完璧なプランを立ててくる巴くんの方が、らしくないと思ってますからね」
聞く人が聞けば馬鹿にしてると取られるセリフをさらっと観月は口にして、また巴を促す。
「じゃあ、適当にフラフラしましょうか、今日は暖かくて天気も良いし公園でも?
高台のベンチからならこれから綺麗な夕陽の一つでも見られるでしょうしね」
学生のデートスポットでもあるそこへ行こうと観月は誘った。
確かにいまからどこに行くにしても、計画していないのなら時間的にも金銭的にも多少の無理が生じる。
公園であれば、どんな条件でもそこそこ楽しめるだろう。
巴は、今日は自分でエスコートするはずだったのに……と少々落ち込みこそすれど、その申し出には異存はなく観月の腕をさりげなく掴んで共に歩き出した。
---
さすがに放課後の学生カップル達はこんな良い場所を逃すわけもなく、公園は人が多かった。
夕陽を望もうと行った公園内の高台のベンチは既に満員御礼で、二人は高台一面に広がる芝生にじかに腰を下ろすことにした。
もちろん観月は巴に膝を立てるななどと細かいことを注意することを忘れない。
途中のコンビニで買ったペットボトルのお茶を手渡しながら、観月は巴に改まった調子で話し始めた。
その雰囲気に巴も思わず背筋を伸ばして聞く体制になった。
「ねえ、巴くんはいつも一人で精一杯頑張りすぎてしまうクセがあるでしょう?
そんなキミももちろん大好きですけど、それだけじゃあ彼氏としては寂しいですね」
唐突なその話題に巴の思考は付いていかない。
不思議そうな顔のまま、観月の次の言葉を待つ。
彼の顔が妙にいつにも増して真面目な顔なのが、巴の緊張感を煽り立てていた。
「たまにはちゃんとボクに甘えてみませんか?
せっかくボクみたいなしっかりした彼氏が居るんです。
キミはもうちょっと力を抜いた方がイイと思うんですけどね。
━━━ああ、もちろん手を抜くという意味じゃなくて」
ようやく、巴も彼の話を理解した。
どうやら自分が今回ノープランだったことに責任を感じていることを、観月は悟っているようだった。
それなのにここまで言ってフォローしてくれるなんて、情けなくもあるし有り難くもある。
観月の言葉が直接耳よりも先に心にじわじわ染みこんできた。
良い意味でも悪い意味でも、いまの自分に一番の影響力を持つのはこの人なんだと実感する。
隣で、こうやって真摯な目で話してくれる人がいるのはとても安心することだ。
「ああそうだ、キミ、そんなに真っ直ぐ正座するように座ってないで、
こっちに……そう、ボクの肩にもたれ掛かりなさい━━━眠いんでしょう?」
言われるままに遠慮無く観月の肩に巴は体重を預けたが、急に全く話題を変えられて戸惑いは隠せなかった。
何故か自分が寝不足であることを知られている。
まさか朝練の時に早川は正直に真実を話してしまったのではないだろうか。
信頼の置ける女友達に僅かな疑念が生まれる。
「んふっ、そのうっすら赤い目の端を見れば分かりますよ。
どうせ今朝も体調不良というよりは寝不足だったりするんでしょう。
キミが眠いときはいつも赤ちゃんみたいに体温が高くなって、こうやってもたれ掛かられるとボクも暖かくて心地良いですね」
どうやら早川の疑いはシロだったらしい。
目が腫れて仕方なかったこと自体は知られていないことにホッと胸を撫で下ろした。
肌はガサガサ目はパンパンとあんな恥ずかしい顔をしていたと、この端正な顔を持つ自分の好きな人に知られたくはない。
女子なら一様にそう思うことだろう、そして巴もそうだった。
観月は巴の体温が心地良いと言ったが、それは巴も同じことで、観月の低めの体温が快かった。
思わず目を閉じてそのまま眠ってしまいたくなる。
観月はそれでも構わないと言うのだろうが、巴にしてみればこの状態を眠りで途切れさせてしまうのは、とてももったいないことのように思えた。
「ん……? 寝ないんですか、巴くん」
「だって、空が赤くなってきましたよ、ほら」
ついつい二人の世界に夢中になってしまっていたが、陽はずいぶん傾いており彼らのいる公園の木々は鮮やかな新緑から一転優しいオレンジへと色を塗り替えていた。
夕陽がやわらかく二人はもちろん周囲を包み込む。
「あ、そうだ。
お誕生日おめでとうございます、観月さん。これ、プレゼントです」
巴は渡すならばいまだと考えて、プレゼントを手渡す。
観月は巴に「いいですか?」と許可を得てから、あくまで丁寧にプレゼントの包みを解いた。
中に入っていたのは、分厚く柔らかそうなアイボリーとロイヤルブルーのタオルだった。
銀糸で観月のイニシャルが施されている。
こういう優雅さを忘れない実用品は観月の好むものだった。
「これは……一流ホテルのタオルと言っても通りそうな位良い品ですね」
「観月さんって肌が弱いですから、こういったものが良いかなって思ったんです」
「キミがボク自身のことをちゃんと考えて贈ってくれるというのは良いですね。
去年もそうでしたけど、それがボクにとっては一番嬉しいですよ。
あ、もちろんプレゼントだって嬉しいですけどね」
巴はその言葉に何となく照れを感じて、顔を僅かに伏せる。
付き合い始めてから1年以上たつけれども、洗練されているようでいて直截的な観月の物言いは巴を時に照れさせる。そしていつまで経っても慣れない。
「…………喜んでもらって、私こそ嬉しいです…………」
夕陽に照らされていながらも赤面していることが分かる巴の表情に、観月の顔にも笑みが生まれる。
観月はいついかなる時に見ても飽きない彼女にまた魅入ってしまう。
「キミはいつだって、何もしなくたってボクをこんなに幸せにするんですよ。
それは、自覚しなさい。」
「はい?」
彼の話が見えない巴は思わず問い返した。
見えないのも当然だ。
観月だってとっさに思いついたことを口走ったのだから仕方ない。
「だから、ボクにいくらでも甘えて良いし、こうしていつでももたれ掛かりなさい」
「でも……」
戸惑い気味の巴の声を聞き、自分でも何を言っているんだと思いつつ、観月は話を続けた。
「もしも、その扱いに納得がいかないと言うのであれば。
それならキミの持てる精一杯で、ずっとボクの隣に居続ける努力をしてください。
たったそれだけ……それだけでボクは報われるんですよ」
「え、そんなことで良いんですか? 簡単なことですよ」
「どんな簡単なことでも、物事を持続させるというのは案外難しいことですよ。
いくら、キミとボクとの仲と言ってもね。
━━━あ、あと一つお願いがあります」
「それも、簡単なことでしょうか……?」
急に無理なお願いが来るかもしれないと思い巴は少しドキドキする。
アメとムチは観月の得意とするところだったから、いつものように脳内では警戒警報のサイレンが鳴り響いている。
甘い言葉の後に振るわれるムチは相当痛そうだ。
「ええ……んふ。いえ、簡単かもしれないし、難しいかもしれません。
毎年、この日にまたこの公園で二人で過ごしましょうって事ですから」
『この日』つまり観月の誕生日ということだ。
「いいですけど、そうしたら毎年観月さんのお誕生日は公園ですよ!?
そりゃ、今年は何をして良いんだか思いつきませんでしたけど……。
でも、来年こそはちゃんとしますから!」
この公園に来たのは必然ではない。偶然のことだ。
たまたま、巴がせっかく二人で会うというのに計画が立てられなかっただけで。
この公園自体に何か思い入れがあるわけでも用事があるわけでもない。
「構いませんよ、ここが良いんです、良くなりました。
だって、ここに来ればボクのいまの気持ちをまた思い出すでしょう?」
ありのままの彼女、赤月巴と一緒に過ごしたい。
ただそれだけの純粋な願いを自覚し、彼女に告げた場所。
「だからこそ、いいんです」
「?」
納得していなさそうな巴の表情を楽しげに眺めつつ、芝生に伏せられた彼女の手に自分の手を重ねた。
じんわりとした暖かみが観月の手のひらに広がった。
こんな暖かさを味わえるのなら、いつでも何度だってここに来ても構わないとすら彼は思う。
それがたとえ自分の誕生日ではないとしても。
「だって、いまキミ━━━巴のことをこんなに好きになっている自分のことを、いつだって忘れたくないですからね」
「そっ、そう言うことなら……」
アメとムチのムチも甘い言葉のラッシュだったらしい。
目が回る思いで巴は観月の言葉を受け止める。
「ちなみに」
巴の耳元へ観月が口を寄せる。
恐ろしいほど近い距離から彼の声が発せられて、思わず巴は体を震わせる。
「毎年プレゼントはちゃんといただきますからね━━━キミを」
そう言って耳元に近づけられていた筈の彼の唇は、頬を掠めてあらためて巴の唇にたどり着いた。
END
前編
中編
***
---27日PM---
さすがに、放課の時刻が迫ってくる頃には巴の目はほぼ通常通りに戻っていた。
慣れない寝不足はさすがに尾を引いていて目尻はうっすら赤いが、そのあたりはもうよく見ないことには分からないだろう。
自分でもいま手にしている小さな鏡では、頑張って見なければ気付かない程度だ。
「よし、目、オッケー。肌もオッケー…かな」
自分の再点検を終えたところで丁度SHRが終了して日直から号令がかかった。
今週は中等部も高等部も中間試験前ということで部活はない。
あとは観月に逢いに行くだけとなった。
背中を押されたように号令から一瞬遅れて勢いよく立ち上がった。
そのまま、待ち合わせ場所まで走っていける位の勢いで。
「よぉっし! プレゼントも持ったっと!」
先日から頑張って用意した紙袋も再度確認して教室を出ようとした。
いつものごとく隣には早川がいる。
今日みたいに用事があっても、学校を出るまではいつでも二人は並んで歩いている。
この学校に転校してからはいつの間にかそういうことになっていた。
「ねえ、赤月、そういえば」
張り切っている巴に早川は声をかけた。
「昨日の悩みって解消したわけ?
━━━つまり昨日のシチュエーションがどうのこうの……ってやつだけど」
早川のとってそれは何か確認したかったというわけでもなく、ただの世間話に近い何気なく尋ねたことであったが、巴には大きな意味があった。
「わわっ、忘れてたあ!」
巴の悲愴な叫びは廊下一帯に響き渡っていった。
隣に立っていた早川の耳は突然の大声にピリピリしていたが、それよりもただ観月がこの中等部にいまいなくて良かったなあと心から思っていた。
彼がいたとしたら、廊下での大声などすぐに叱咤が飛んでいたことだろう。
そして、彼女の隣にいた者として自分もとばっちりに近い責任追及をされていたに違いない。
巴には悪いが、取扱いが非常に面倒な観月は、早川にとって出来る限り避けたい相手であった。
非常に残念ながら、いまとなってはテニスから離れたり巴との縁を切らない限りは、完全に避けられない間柄だったが。
「どうしよう……、待ち合わせ場所から先のこと全く考えてなかった……!
なんか今朝は目の腫れのことばっかり考えてたし、授業中は眠くて仕方なかったし」
きっと、今日が元々ノープランだったとしても観月は何も言わないだろう。
はじめから今日の予定を巴が立てると宣言しているのならば別だが、巴の考えていたお祝いといえばある意味サプライズに近いことだったので、観月には言っていない。
観月にすれば、巴がなにかやりたそうにしていることには気付いていても、既に彼にとって重要なのはそこではなく、ただ巴とどう過ごすかだけの話だったので、正直サプライズだろうが最初から知らされている予定通りであろうがどうでも良い。
ノープランでも、二人でいればどこでもそれなりに楽しいのだから。
これまでの付き合いでも、常々そう思っていた。
もっとも、それを巴に悟られると、「遊び心がない!」だの「私のことなんてどうでもいいんですね!」だのと物事の本質から大きく外れたところで責められるので黙っているが。
当然彼女のエスコートで素晴らしい1日になれば、それがお互いにとって一番良いとは思っている。
しかし、現在の巴はその事は知らないので、あくまで真剣に『本日の予定』がまだ立っていないことを気にしていた。
心なしか顔も青ざめている。
「仕方ないじゃない、ここまで来ちゃったら取りあえず待ち合わせ場所に行かないと。
時間に遅れることが一番観月さんが嫌いなことだって知ってるでしょ。
大体、観月さんなんて、赤月がいればどこだって何だって嬉しいんだから」
「それも、分かってる」
うつむき加減でそう答えた巴を見ながら、昨日に続いてまた余計な口出しをしてしまったことに早川は気付いた。
つくづく自分は恋愛絡みの問題には向いていないと思い知らされる。
たまたま巴と観月の二人に近い人間として、話を聞いてしまうことも多いが、こういった話の時はどうしても役に立たずに辛い。
転校してから1年以上たつことだし、はやく恋愛相談担当の友達でも作ってくれないかなと思ったりもするが、残念ながら巴の性格では恋愛脳の友達などなかなか出来そうにもなかった。
---
放課後の待ち合わせはいつも決まっていた。
駅前のからくり時計の下のベンチだった。
しぶしぶノープランで待ち合わせ場所にやってきた巴は、その場所に観月がいないことに少しばかり安堵した。
観月が決めないわけがないので待ち合わせの時間は当然決まっていたが、なにぶん学校が終わってからの待ち合わせということで休日の時のように厳守は難しい。
先生や委員会や部活、『なにかしらの用事』は予告なしでやってくるからだ。
かといって、観月が数分遅れたところでその間に何か良い案が思い浮かぶとは、巴自身到底思えなかった。
一度周囲をぐるりと見渡して、運の良いことに空いていたベンチに巴はちょこんと座り観月の到着を待つことにした。
もちろん脳内で悪あがきをしてみるものの、上手くはいかない。
からくり時計の針がムダにカチ、カチと動いていくのみだった。
その針が到着したときよりも45度ほど傾いたとき、待ち人はやって来た。
結局、ここまで巴には良い案が浮かばないままだ。
逃げるわけにはいかない以上、開き直るしかないと腹を括った。
「巴くん、待たせてしまってすみませんでした。
今日はキミがボクのために用意してくれた日だというのに」
「い、いいえ!
私なんかよりも観月さんの方が忙しいのなんて分かり切ってることですから」
大慌てでベンチから立ち上がり、観月は悪くないと巴は主張した。
観月が遅れてきて謝るときにいつもそうするように。
「━━━キミはいつもそう言ってくれますね、正直助かります。
でも、拗ねてみせるのも彼女たる特権だと思いますけどね、んふっ」
観月もまたいつも通り冗談交じりに彼女をいなして、この場所から動こうと誘導する。
が、巴はベンチから立ち上がったその姿勢のまま動こうとしなかった。
「……巴くん、どうしたんですか?」
長らく付き合っていれば、多少なりとも彼女の奇行には慣れている。
慣れてはいるが、その行動のひとつひとつの理由は知りたいと観月は思う。
それを知ることで自分お得意のデータ化できたら面白いと思うし、そうしなくても自分には理解できない彼女の気持ちを知ること、それだけでなんだか楽しい気分になるのだから。
「ごめんなさいっ!
今日は私から誘ったクセにノープランですっ!」
色んな人から『開き直った巴はタチが悪い』と良く言われるが、いまこの時点が最たるタチの悪さだろうと巴は自身そう思った。
そんなことをあっさり、しかも大きい声で告げられた観月は、この答えばかりは予想外でぽかんと彼女を見つめるばかりだ。
自意識過剰かもしれないが、さすがに自らの誕生日に逢おうと誘うだけ誘っておいて計画も無しだとは思わなかった。なにか素敵な出来事の企画の一つでもあってしかるべきではないだろうか、普通。
その『普通』ではない部分も、観月にとっては巴の良いところの一つだったりするので非難は出来ないが。
ここで、こう来られるとは思わなかった。
「……んふっ、今日はどうお祝いしてくれるのかと思ったんですけどね。
その辺は巴くんらしいというか……ふふっ」
観月から笑みが漏れる。
しかし巴はそこで観月にウケるとは思わなかったので思わず目を丸くした。
「いいんですか!? それで……怒られると思ったんですけど……」
「いいえ、そんなことで怒っていてはボクの身が持ちませんよ。
完璧なプランを立ててくる巴くんの方が、らしくないと思ってますからね」
聞く人が聞けば馬鹿にしてると取られるセリフをさらっと観月は口にして、また巴を促す。
「じゃあ、適当にフラフラしましょうか、今日は暖かくて天気も良いし公園でも?
高台のベンチからならこれから綺麗な夕陽の一つでも見られるでしょうしね」
学生のデートスポットでもあるそこへ行こうと観月は誘った。
確かにいまからどこに行くにしても、計画していないのなら時間的にも金銭的にも多少の無理が生じる。
公園であれば、どんな条件でもそこそこ楽しめるだろう。
巴は、今日は自分でエスコートするはずだったのに……と少々落ち込みこそすれど、その申し出には異存はなく観月の腕をさりげなく掴んで共に歩き出した。
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さすがに放課後の学生カップル達はこんな良い場所を逃すわけもなく、公園は人が多かった。
夕陽を望もうと行った公園内の高台のベンチは既に満員御礼で、二人は高台一面に広がる芝生にじかに腰を下ろすことにした。
もちろん観月は巴に膝を立てるななどと細かいことを注意することを忘れない。
途中のコンビニで買ったペットボトルのお茶を手渡しながら、観月は巴に改まった調子で話し始めた。
その雰囲気に巴も思わず背筋を伸ばして聞く体制になった。
「ねえ、巴くんはいつも一人で精一杯頑張りすぎてしまうクセがあるでしょう?
そんなキミももちろん大好きですけど、それだけじゃあ彼氏としては寂しいですね」
唐突なその話題に巴の思考は付いていかない。
不思議そうな顔のまま、観月の次の言葉を待つ。
彼の顔が妙にいつにも増して真面目な顔なのが、巴の緊張感を煽り立てていた。
「たまにはちゃんとボクに甘えてみませんか?
せっかくボクみたいなしっかりした彼氏が居るんです。
キミはもうちょっと力を抜いた方がイイと思うんですけどね。
━━━ああ、もちろん手を抜くという意味じゃなくて」
ようやく、巴も彼の話を理解した。
どうやら自分が今回ノープランだったことに責任を感じていることを、観月は悟っているようだった。
それなのにここまで言ってフォローしてくれるなんて、情けなくもあるし有り難くもある。
観月の言葉が直接耳よりも先に心にじわじわ染みこんできた。
良い意味でも悪い意味でも、いまの自分に一番の影響力を持つのはこの人なんだと実感する。
隣で、こうやって真摯な目で話してくれる人がいるのはとても安心することだ。
「ああそうだ、キミ、そんなに真っ直ぐ正座するように座ってないで、
こっちに……そう、ボクの肩にもたれ掛かりなさい━━━眠いんでしょう?」
言われるままに遠慮無く観月の肩に巴は体重を預けたが、急に全く話題を変えられて戸惑いは隠せなかった。
何故か自分が寝不足であることを知られている。
まさか朝練の時に早川は正直に真実を話してしまったのではないだろうか。
信頼の置ける女友達に僅かな疑念が生まれる。
「んふっ、そのうっすら赤い目の端を見れば分かりますよ。
どうせ今朝も体調不良というよりは寝不足だったりするんでしょう。
キミが眠いときはいつも赤ちゃんみたいに体温が高くなって、こうやってもたれ掛かられるとボクも暖かくて心地良いですね」
どうやら早川の疑いはシロだったらしい。
目が腫れて仕方なかったこと自体は知られていないことにホッと胸を撫で下ろした。
肌はガサガサ目はパンパンとあんな恥ずかしい顔をしていたと、この端正な顔を持つ自分の好きな人に知られたくはない。
女子なら一様にそう思うことだろう、そして巴もそうだった。
観月は巴の体温が心地良いと言ったが、それは巴も同じことで、観月の低めの体温が快かった。
思わず目を閉じてそのまま眠ってしまいたくなる。
観月はそれでも構わないと言うのだろうが、巴にしてみればこの状態を眠りで途切れさせてしまうのは、とてももったいないことのように思えた。
「ん……? 寝ないんですか、巴くん」
「だって、空が赤くなってきましたよ、ほら」
ついつい二人の世界に夢中になってしまっていたが、陽はずいぶん傾いており彼らのいる公園の木々は鮮やかな新緑から一転優しいオレンジへと色を塗り替えていた。
夕陽がやわらかく二人はもちろん周囲を包み込む。
「あ、そうだ。
お誕生日おめでとうございます、観月さん。これ、プレゼントです」
巴は渡すならばいまだと考えて、プレゼントを手渡す。
観月は巴に「いいですか?」と許可を得てから、あくまで丁寧にプレゼントの包みを解いた。
中に入っていたのは、分厚く柔らかそうなアイボリーとロイヤルブルーのタオルだった。
銀糸で観月のイニシャルが施されている。
こういう優雅さを忘れない実用品は観月の好むものだった。
「これは……一流ホテルのタオルと言っても通りそうな位良い品ですね」
「観月さんって肌が弱いですから、こういったものが良いかなって思ったんです」
「キミがボク自身のことをちゃんと考えて贈ってくれるというのは良いですね。
去年もそうでしたけど、それがボクにとっては一番嬉しいですよ。
あ、もちろんプレゼントだって嬉しいですけどね」
巴はその言葉に何となく照れを感じて、顔を僅かに伏せる。
付き合い始めてから1年以上たつけれども、洗練されているようでいて直截的な観月の物言いは巴を時に照れさせる。そしていつまで経っても慣れない。
「…………喜んでもらって、私こそ嬉しいです…………」
夕陽に照らされていながらも赤面していることが分かる巴の表情に、観月の顔にも笑みが生まれる。
観月はいついかなる時に見ても飽きない彼女にまた魅入ってしまう。
「キミはいつだって、何もしなくたってボクをこんなに幸せにするんですよ。
それは、自覚しなさい。」
「はい?」
彼の話が見えない巴は思わず問い返した。
見えないのも当然だ。
観月だってとっさに思いついたことを口走ったのだから仕方ない。
「だから、ボクにいくらでも甘えて良いし、こうしていつでももたれ掛かりなさい」
「でも……」
戸惑い気味の巴の声を聞き、自分でも何を言っているんだと思いつつ、観月は話を続けた。
「もしも、その扱いに納得がいかないと言うのであれば。
それならキミの持てる精一杯で、ずっとボクの隣に居続ける努力をしてください。
たったそれだけ……それだけでボクは報われるんですよ」
「え、そんなことで良いんですか? 簡単なことですよ」
「どんな簡単なことでも、物事を持続させるというのは案外難しいことですよ。
いくら、キミとボクとの仲と言ってもね。
━━━あ、あと一つお願いがあります」
「それも、簡単なことでしょうか……?」
急に無理なお願いが来るかもしれないと思い巴は少しドキドキする。
アメとムチは観月の得意とするところだったから、いつものように脳内では警戒警報のサイレンが鳴り響いている。
甘い言葉の後に振るわれるムチは相当痛そうだ。
「ええ……んふ。いえ、簡単かもしれないし、難しいかもしれません。
毎年、この日にまたこの公園で二人で過ごしましょうって事ですから」
『この日』つまり観月の誕生日ということだ。
「いいですけど、そうしたら毎年観月さんのお誕生日は公園ですよ!?
そりゃ、今年は何をして良いんだか思いつきませんでしたけど……。
でも、来年こそはちゃんとしますから!」
この公園に来たのは必然ではない。偶然のことだ。
たまたま、巴がせっかく二人で会うというのに計画が立てられなかっただけで。
この公園自体に何か思い入れがあるわけでも用事があるわけでもない。
「構いませんよ、ここが良いんです、良くなりました。
だって、ここに来ればボクのいまの気持ちをまた思い出すでしょう?」
ありのままの彼女、赤月巴と一緒に過ごしたい。
ただそれだけの純粋な願いを自覚し、彼女に告げた場所。
「だからこそ、いいんです」
「?」
納得していなさそうな巴の表情を楽しげに眺めつつ、芝生に伏せられた彼女の手に自分の手を重ねた。
じんわりとした暖かみが観月の手のひらに広がった。
こんな暖かさを味わえるのなら、いつでも何度だってここに来ても構わないとすら彼は思う。
それがたとえ自分の誕生日ではないとしても。
「だって、いまキミ━━━巴のことをこんなに好きになっている自分のことを、いつだって忘れたくないですからね」
「そっ、そう言うことなら……」
アメとムチのムチも甘い言葉のラッシュだったらしい。
目が回る思いで巴は観月の言葉を受け止める。
「ちなみに」
巴の耳元へ観月が口を寄せる。
恐ろしいほど近い距離から彼の声が発せられて、思わず巴は体を震わせる。
「毎年プレゼントはちゃんといただきますからね━━━キミを」
そう言って耳元に近づけられていた筈の彼の唇は、頬を掠めてあらためて巴の唇にたどり着いた。
END
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