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去年は甘いチョコがあまり好きでないことを知らなくて失敗したから
今年こそは観月さんに喜ばれるようなチョコを……。
そう思って意気込んだのは良いんだけど、
それはそれで非常に頭を悩ませるものだとは思っていなかった。



*Sweet or Better?



結局、観月さんの好みを知ろうと
1年間リサーチし続けてはきたんだけど、
そう簡単に知りたいことをピンポイントに知ることは難しかった。
いつでも質問には答えると言われているものの、
チョコはビター系が良いらしいということも知っているけれど、
さすがに「バレンタインチョコは何が良いですか?」なんて訊ける訳がない。
訊けばあっさり教えてくれるんだろうけど、
それでは面白みも何もない。
これは女子の意地というものだ。
データマンの裏をかきながら、喜ばれる贈り物…かなりの難関かも。
いっそ、去年の私のように何も知らずに渡す方が気が楽だ。
ああ、悩みすぎて頭にハゲが出来てしまいそう…ああ。
思わず頭を抱えて座り込んでしまう。

「赤月、お前こんなとこでしゃがみ込んで何やってるだーね?」

「クスクス
…そうだね、端から見るとかなりの不審人物に見えるんじゃない?」

顔を上げてみると、柳沢先輩と木更津先輩だった。
あまりにも特徴のある話し方だから、
顔を見なくてもわかりはしたんだけど。

「そういえば…ここ、テニススクールの廊下でしたね!」

とっさに勢いよく立ち上がる。
うっかり忘れてた。
もう最近では始終悩んでるので、こんなコトは日常茶飯事で。
この間なんてスーパーの手作りチョココーナーに
小一時間立ちつくしてて、人づてに聞いて駆けつけてくれた早川さんに確保されるまでそのまんまだったし…。

「なに?場所も忘れてキョドってたの?
そんなんじゃ観月に振られるよ?」

……木更津先輩は、さりげなく酷いことをいう達人だと思う。

「まあ、今日は観月は学校関係の用事で遅れてくるから
良かっただーね」

木更津先輩の発言にさりげなくフォローを入れる柳沢先輩、
やっぱりいいペアだと思う。
振られる、振られないはともかくとして、
観月さんが遅れて来るという情報は私の心を少しだけ軽くする。
今の悩みを気とられてしまうのはちょっと困るから、
顔を合わせる機会が少ない方が少し寂しいけれどありがたい。
そして、今の私にとっては、これが良い機会だからだ。

「先輩方、ちょっと相談があるんですよ」

ズバリと切り出してみる。

「観月さんて、どんなチョコがお好みか知ってます?
私もあまり甘くないものが好きだということは知ってるんですが、
具体的に…」

先輩方は微妙な表情で顔を見合わせていた。
一体どういう反応なんだか、私には分からないけど…。
この二人に相談するなんて、ちょっと早計だったかも…
早くも後悔し始めていた。

「なになに?赤月は観月にチョコレートあげるだーね?」

「柳沢…そりゃそうでしょ、
なんてったって一応観月の彼女なんだし…クスクス」

この二人ときたら!
こっちは真剣に悩んでいるっていうのに
完全におもしろがってるんだから!
そのあとも、他愛のないからかいに終始して、相談した甲斐がない。
私がもう少しで爆発しそうになった所で、

「正直言って、俺達じゃ相談相手にならないだーね」

「そうだね、観月ってそんな個人的なことを俺達に知らせないしさ
だいたい君が知らないことを俺達が知ってると思う方がおかしいよ。
でも、観月なら君がくれるものならなんでも喜ぶと思うけど?」

珍しく木更津先輩がまともな事を言う。
さすがに私が可哀想だとでも思ったんだろうか?

「そりゃ、何でも喜んで受け取ってくれそうなことくらい
私にも分かりますよ。
でも、それだけじゃ寂しいというか、
やっぱり最上級の喜びであって欲しいじゃないですか」

「まあ、言いたいことは分かるけどね」

「だーね」

納得した表情で二人はうなづく。

「……あっ、イイコト思いついただーね!
観月にはバレンタインプレゼントは…わ・た・し♪にして
チョコレートは相談料として俺達にくれれば万事解決だーね」

……なっ……!
思わず、赤面してしまう。動揺を隠しきれない。
なに、その馬鹿なセクハラまがいの提案は!

「ああ、柳沢にしては良い考えだよね、それ」

木更津先輩まで……!

ガンッ…!

私の背後で何かゴミ箱のような硬質なものが蹴飛ばされた音がした。
そして、追って聞き慣れた声が聞こえてきた。

「その提案はいただけませんね、
3人でなんの悪巧みかと聞いていたら…!」

観月さん!
後ろを振り向くと観月さんが機嫌の悪い表情で
こっちを冷たくにらみつけている。
こっちを…というか先輩方二人を言うのが正しいかな。

「観月…!」

「に、逃げるが勝ちだーね…!」

かなりご立腹そうな観月さんを見て、
二人は慌てて屋外コートへと走り去ってしまった。
そして、取り残される観月さんと、私。
き、気まずい…。
おそるおそる観月さんに確認するまでもない確認をしてみる。

「もしかしなくても…き、聞いてました…よね、今の話…」

「最上級の喜び……あたりからですから、
大して聞いてはいませんけどね」

「そ、そうですか…ははは」

かなり、核心的な所は聞いてるじゃない。
また思わず顔が赤くなる。
せっかくこっそり観月さんの好みを探って驚かせようと思ったのに、
これじゃあ、もうバレバレ。
あーあ。
こんなこと探ってるなんて知れるのは、
付き合う前より恥ずかしいかも。
これはもういっそのこと、直接聞いちゃっても良いのかもしれない。

「……バレンタインのチョコなんて、もはや形骸的なものでしょう?
本命チョコだなんて言ったって、
キミとボクは既に付き合ってるんですし」

すこし、いらだたしげに観月さんの方から話し始めた。

「ごもっともです」

別に叱られている訳じゃないんだけど、思わずうなだれる。
前にも訊きたいことは直接自分に訊けといわれてるから
怒られたとしても無理はないんだけどね。

「ボクはキミにバレンタイン以外でも、
常にチョコ以上のものをもらってますからね。
それこそキミから貰えるチョコなら、なんでも嬉しいですよ。
なんだったら、去年と同じ甘いチョコでも構わない。
喜んで食べましょう。
大体、去年の段階ですら拒んでいなかったでしょう?
いまさらボクが好みでないチョコを貰ったからって、
キミに悪い印象を抱く訳がない。
くだらないことで悩むなんてキミもバカですね。
ましてや、あの二人に相談するなんて…」

スラスラと水が流れるように話す観月さん。
それは確かに分かる。
私だって観月さんにもらえるものだったら何でも嬉しいし幸せだ。
でも、そんな事じゃない。

「バカってひどいです!こんなに真剣に悩んでるのに!
観月さんが私からの贈り物を拒むことがないことぐらい知ってます。
だけど、そう言う事じゃなくて…」

上手く口に出来ない。
好きな人の一番喜ぶことをしてあげたいという気持ちは
バカなのかな?
素知らぬ顔をして、一番好きなものを差し出して、
それを見て驚く顔、喜ぶ顔を見るのはいけないことかな?
私自身、泣く女は好きじゃないのに、気づいたら涙が出てきた。
慌てて顔を伏せて、
どうか雫が落ちませんようにと必死に自分に祈る。
せめて、観月さんに気づかれませんように。
だめだ。
一つ、二つ、テニススクールのリノリウムの廊下に小さな水たまりを作ってしまった。

「ちょっ…巴くん!」

さすがに気づかれてしまったみたいだ。
慌てふためいた声色で、さらに私に近づく。
近づかないで。これ以上なにか言わないで。
これ以上刺激されると、逆上した私は何を言うかわからない。
観月さんはすっかりおろおろした表情で私に手を伸ばした。
右手には男の人の持ち物とは思えない綺麗なハンカチ。
おそらく、私の涙を拭おうというのだろう。
そのまえに、観月さんの手をはねのけて
私は自分自身の袖でゴシゴシと涙を拭った。
顔を上げて、まるで観月さんに対して挑むように睨みつけた。
彼にこんな態度を取るなんて初めてだなあと妙な感慨を抱く。

「もういいです!観月さんが一番喜ぶチョコなんて
もう知りたくありません!
あの先輩達に相談してでも、観月さんの喜ぶチョコが知りたかった。
けれど、好きな人の一番好きなものを贈って、
喜ぶ顔が見たいなんて、
結局私の自己満足であって、バカなことなんですよね!
もうバカで結構です!」

結局、私は逆上してしまう。
男の観月さんに乙女心を理解しろというのは無理な話なんだけど、
それでも少しは私の気持ちを汲み取ってくれても良いのに。
そう思うとあまりにも腹立たしくて、悲しくていたたまれなくて、
きびすを返してこの場から走り去ろうとした。

「ともえっ!」

勢いを付けようとした所で、左腕を掴まれる。
おかげで走り去ろうという計画は無に返してしまった。
左腕はさすがテニスプレーヤーの握力で握られて少し痛いけれど、
とっさの時にも利き腕は大事にしてくれる。
観月さんらしいといえばらしい。

「なんなんですか!まだ、お話が残ってるんですか?
弁解なら聞きませんっ!」

私は怒ってるんだから。
それを表明して、
腕を掴んだままの観月さんの手を振り払おうとする。
だけど、もの凄い力でどうしても払うことが出来なかった。

「ボクはっ…!」

観月さんには珍しく荒い声で。
思わず身をビクッと竦めてしまった。

「ボクが好きなのは、
カカオ80%位の洗練されたビターなトリュフですよ!
でも、彼女が作ってくれるって言うんなら外はパリッ中はトロッの
焼きたてのフォンダンショコラなんて食べてみたいですね!
だけど、一番嬉しいのは彼女の気持ちですよ。
ボクのために何を贈ろうかと頭を一杯にしている彼女なんて
チョコよりも大好物ですよ。
悩むのは良い、一杯ボクについて調べようとするのは良い。
でも、それをボク以外の男に相談するなんてもってのほかですよ!
ボクだって人の彼氏です。
他の男に話しかけてる彼女を見るのも嫌なんです。
ましてや、彼女は無防備だし…」

息継ぎもせずここまで一気に観月さんは吐きだした。
さすがに息苦しくなったのか、
大きく深呼吸して私の肩にもたれ掛かるように顔を埋める。
私の肩のあたりから引き続き話し声が聞こえてきた。
先ほどとは違い、殊勝な声で。

「要するに、キミの行為に対して
嫉妬して当たり散らしてしまいました。
スイマセン…もう少し人間が出来ていると思っていたんですが」

言葉の最後の方はもうため息混じりに話している。
どうやら観月さんが珍しく反省しているらしい。

「ちゃんと、私に悪いと思ってますか?」

本当はそんなこと思ってもいないけれど、疑わしげに聞いてみる。

「とうぜんです。許して下さい」

かなり私が怒ったことも、
自分が嫉妬で当たり散らしたことにも罪悪感を持っているらしい。

「私はこんな性格ですから
これからも他の男の人と話したりはすると思いますよ?」

もちろん、好きなのは観月さんだけだけど。

「理性では分かっています。
特にキミは男テニ連中と仲が良いですしね…。
なんとか押さえるように努力しますよ」

すっかり観月さんは消沈した声で、
ちょっときつく当たりすぎたかな。
このあたりでもう厳しくするのは止めにしよう。

「じゃあ、もう良いです。
週末で良ければフォンダンショコラも作ってあげます。
だから、もう顔を上げて観月さんの素敵な顔を私に見せて下さい」

その言葉で観月さんは顔を上げる。
まだすまなそうな顔をしていたけれど。

「フォンダンショコラ…本当に作ってくれますね?約束ですよ?」

そう観月さんは私を窺うような表情で訊いてくる。
それが普段の観月さんでは見られない表情で、
思わず笑いがこみ上げてきた。
観月さんも、私に対してこういう表情をすることがあるんだと知って嬉しくもある。

「ええ、いいですよ、約束しますよ。
本命チョコですし、私の料理の腕全てをかけて作って見せますよ!」

笑顔でそう答えた。
観月さんはホッとした表情に変わる。

「約束…そう、もう一つ約束してくれませんか?」

観月さんがふと思いついたように一つ付け加える。
何だろう?なにか約束するような事項でもあったかな?
考える前にうっかり「はい」と口走ってしまう。

「いいですか?
出来ればボクの前でも控えておいて欲しいくらいですけど…
他の人の前で涙を見せるような行為はしないでくださいね?
キミの涙は人の感情を揺さぶって危険きわまりないですから」

約束と言うから、何かと思えば…。

「そんな、私の涙で動揺するのなんて
観月さんくらいじゃないかと思うんですが…」

彼氏の欲目ってヤツでは?さすがにそれは口にしないけど。

「それでも、いえ、それならそれでいいんです。
キミが泣く所なんて可愛くて仕方がない。
このボクでさえ激しくドキドキしてしまうくらいなんですから、
キミに免疫のない男が見ちゃったらどうなってしまうか分からないじゃないですか!」

そうして、まるで私を独占物だと知らしめるように
私にぎゅっと抱きついた。
観月さんがけっこう嫉妬深いだなんてことも、
今まで気づかなかったけれども、
それよりもチョコの好みはビターなのに、
私に対する態度は限りなくベタ甘だということを
今初めて知ってしまった。
なんだか、凄い発見かも。



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