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桜の花びらが風に乗って舞う。
ひらひら、ひらひらと周囲にピンクを散らしていく。
その艶やかな様に赤月巴は思わず嘆息する。
桜など毎年見ている訳だが、今年の桜はいつもより特別な気がした。

「……キレイだなあ」

学校に咲く桜はなにか神聖なもののように感じる。
学びに集う者たちを、華やかに歓迎する。
巴も、今まさに迎え入れられているかのように感じる。

『聖ルドルフ学院』

巴の立つ正面の門には、重厚な書体で刻まれている。
思わず息を呑んだ。
これから、この門をくぐるのだ。
その校門はまるで巴にとっては未来へと続く門のように思えた。

「よしっ…行こう」

声だけは勇ましく、しかしそろりそろりと門へと足を踏み出した。



*peeping lovers



今日は転校手続きに必要な書類を届けるのと挨拶がてらやってきた。
これまで諸般のいろいろな手続きを観月に任せきりにしていたが、
やはり、親の同意書や学費に関する事などは自らの手でやらねばならず、
また、転校第1日目までに校内をすこし見ておきたかったので
観月には連絡せず、自分ひとりだけでやって来た。
彼に連絡しなかったのは、きっと迎えに来てくれたり、
いろいろと案内などをかって出てくれるだろうと思ったからだ。
この春休みさんざん彼の時間を自分自身のために遣わせてしまったのだから、
せめて自分で出来ることは自分でやろうと思ったのだ。

「しっかし…凄い学校だなあ…」

校門を入ってぐるりと周囲を見渡せば、洋風建築の校舎と、
清楚な作りの礼拝堂が見える。
同じ私学とは言え、青学とは大分趣の違う学校だ。

「さすが観月さんの通っている学校だけある…のかな?」

観月には西洋趣味があることを思い出しつつ、巴は校舎へと向かった。
応接室で、教頭と新年度2年生担当になる教師と軽く面談を行い、用事を済ませる。
小一時間ほどして解放された巴は、とりあえずぶらぶらと校内を回ってみることにした。
休みのせいで人気のない廊下。
グラウンドから聞こえてくる運動部の威勢の良いかけ声。
遠くから漏れ聞こえてくる楽器の音。
それらは、青学とはあまり変わりのないものだった。
同じ中学生達の生活。学校という器が違うだけの。
モダンなルドルフの校舎は、素っ気ない青学の校舎で暮らしてきた巴には
やや緊張させるものだったが、それでも変わらない。
青学の頼もしい仲間達はいないけれども、新しい仲間が待っている。
大好きなあの人も。



「あれ?」

3階の廊下を歩いていたときに、ひらり、と目の前を桜の花びらが横切った。
どうやら近くの教室の窓が開いていたらしい。
その教室に入って窓に近寄り、身を乗り出して周囲を見渡してみる。
周囲の街並みと、校内のグラウンド、教会などが見渡せる。
桜が咲いているせいか周囲はほんのりとピンクのヴェールがかかっている。
ふと、あることに巴は気付き、しきりにクビを探るようにキョロキョロと動かす。

「あれ?テニスコートはここからじゃ見えないんだ…」

確か、今日はルドルフのテニス部員は全員学校で練習しているはずだ。
先週観月がそう言っていたのを聞いていた。
しかし彼らの姿どころか、テニスコートすら見えない。
もしかしたら、上からこっそり眺めることが出来るかも、と思ったのだが。
堂々と見学したところでもちろん何ら問題はないのだが、
見たことのない観月を見てみたかった。
これまで自分の知る観月は、自分がいることを前提に動く観月だ。
観月は巴に甘い。
観月は巴に汚いところを見せたがらない。
もちろん意識している相手の前では当然のことだが、
巴にしてみれば好きな相手のことならばなんでも知りたいし見てみたい。
今が絶好のチャンスなのではないかと思ったのだが。
しかし、この場からテニスコートが見えないとなると仕方がない。
校舎からでなくてもどこかからこっそりのぞけるかも知れないと思い、
その場を探すべく教室を出て、階段を下り始めた。



校舎の正面から外に出て、外周を回り始めるとすぐにフェンスが見えた。
どうやらテニスコートのフェンスらしい。
周囲を見渡すと案外開けたところにコートがあり、
身を隠せそうなのは校舎とコートの間にある植え込みだけだった。
巴は身体をかがめてその植え込みにこっそりと身体を隠す。
気を付けてみようとすると、簡単にバレてしまいそうだったが、
テニス部員達は集中して練習に取り組んでいるのか気がつきそうにない。
巴は尋常なまでに良い視力を駆使して、コートに注目する。

「……いた……!」

観月はすぐに見つかった。
いや、探す努力をしなくても簡単に巴の視界に飛び込んできた。
巴のセンサーは観月の気配に敏感だ。
どこにいてもすぐに見つけてしまう。
観月は球出しをしながら、部員達に的確な指示を与えていた。
もう、この春からは高校生だというのに、後輩の育成に余念がない。
厳しく、嫌味を織り交ぜながらもその指示にはムダがなく完璧だ。
観月自身の練習はちゃんと出来ているのか心配なところだが、
周囲を見ると赤澤や柳沢・木更津といった同級生達もいる。
彼らもそれぞれ練習していたり後輩を教えたりしている。
きっと育成と同時に自分たちもレベルアップを図っているのだろう。
巴は少し安心する。
マネージャーに徹する観月も好きではあるが、
やはりプレイヤーとして動く観月には特別心惹かれるものがある。
巴自身がテニスプレイヤーだからかもしれないし
ボールを真摯に追う観月の姿が単純に好きだからかもしれない。
自分が干渉しない空間での観月の顔はいつもと少し違って見える。
自分に向ける柔らかなところが削ぎ落とされて、今はひたすら他人行儀な顔だ。
巴のよく知る観月はじめという男の顔は、
出会った頃は青学テニス部の自分に対して探るような営業スマイルだったし、
よく知るようになってからは、優しい眼差しだった。
だから、初めて見たルドルフテニス部の中での観月の顔は巴には新鮮だった。
以前、観月と巴の仲を柳沢達にからかわれたりもしたが、
こうやって見てみると、からかわれてしまうのもわかるような気がした。
いつも見ている、いつも好きでいる人の筈なのに、
それなのに今日は何故かいつもにましてドキドキする。
見てはいけないものを見てしまったような気がするのに、
その見てはいけないものにも惹き付けられる自分がいる。
目の前で、厳しい顔で厳しい声を飛ばしている男は、
普段自分が知っている、観月はじめでは無いというのに。



観月から叱咤を受けた後輩は、気を乱してしまったのかボールを大きく弾いてしまった。
そのボールはテニスとしてはあり得ない程大きく綺麗な弧を描き、
フェンスを越えて、巴の目の前に飛び込んできた。
観月から視線を外せないでいた巴は、ボールに気づくのが遅すぎた。
巴の眼前に黄色いものが飛び込んだかと思った瞬間、額に衝撃が走った。

「きゃっ」

隠れていたというのに、思わず叫び声を上げてしまう。
ボールは一度植え込みの前でバウンドしていたのでぶつかった衝撃はさほど無かったが
観月を熱心に見ていた巴には突然のことで驚きが大きかった。

「いたたたた…」

なでなでとぶつかった箇所をさすっていると、
こちらへ向かう足音がきこえ、やがて巴のすぐそばで止まった。



02へつづく
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