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「うわ!すっごい」

ホームルームが終わり、生徒が下校しようと次々教室を出て行く中
クラスメイトが窓の向こうを見て感嘆の声を上げるのに赤月巴は気を惹かれた。
何の代わり映えもない学校生活に起こった凄い事って何だろう。
「なになに~?」と聞き返すのは当然のことだった。

「あー、なんかさあ校門のとこで、他校っぽい男子が花持って待ってるんだよね。
 今日ってホワイトデーじゃん?誰かに渡すのかなあ」

結構イケてる男子だしいいな~いいな~と羨ましげに窓の外を眺める彼女のもとへ
「わたしもみるーっ」と巴の隣にいた小鷹那美は駆け出し、共に眺める。

「……ねえ、巴?今日はもう巴はかえった方がいいと思うんだよね?
 今日の部活はラッキーなことに任意だしさあ」

外を見ながら、急に話題とは関係ない話を小鷹は口にする。
それどころか「はやく帰りなよ」と急かしだした。

「え~なんで那美ちゃんてばそんな事急に言い出すの?
 今日は一緒に練習しよって約束したじゃない」

小鷹の真意が掴めず、巴はいらだたしげに尋ねた。

「……あ、れ」

小鷹は詳しいことは何も語らず窓の外を指さした。
その指さす方向へと巴も視線を移す。

「ぎゃ!」

どこから出したともつかない声が巴の口から飛び出た。
目にも鮮やかな色を抱えた、観月はじめの姿がそこにはあった。
声を出した3秒後には巴はクラスメイト達の前から姿を消していた。
その俊足ぶりをテニスにもっと生かせばいいのに。
少し呆れた顔で小鷹は再び窓の外を眺める。
じきに陸上部もかくやといったスピードの友人が飛び出してくるに違いない。



息も切らさず巴は花を抱えた中学生男子の前に現れた。
彼女よりも花が似合うだろうその男子は待ち人が現れたにもかかわらず
少々不機嫌そうな言葉で彼女を迎え入れた。

「ああ、巴くん、よかった。キミを待っていたんですよ」

「……待っていた……って、こんな所でですか。ビックリしましたよ!」

「まあ、そりゃそうでしょうね」

「ボク自身驚いていますから」深く息を吐きながら観月はそう答える。
観月が自分から巴を訪れたにしては浮かない表情をしている。
先日の合宿の最後に恥ずかしくも告白めいた言葉を自分に投げかけたとは思えないその表情に、思わず不審と不安が入り乱れた表情で巴は観月を見つめてしまう。

「観月さん?」

その言葉で観月は我に返ったような顔になる。

「ああ、失礼しました━━━ここでは難ですから近くの公園にでも」

校門前でのやりとりに好奇心旺盛な視線が降り注いでいたことに気付き、
二人は大急ぎで場所を変えた。



「すみません、キミにお時間を取らせてしまいましたね」

「いいえ、そんなことはないんですけど」

一体、観月は自分に何の用なんだろう?
すこし好奇心を覗かせた目で観月の言葉を促す。
もちろん花束を持った観月が自分の前に現れた理由なら想像がつくが
それをハッキリ知りたいと思うのは何も自分に限ったことではないだろう。
公園のどこかから沈丁花のあまやかな香りの漂う中、巴の心も甘い期待に震える。

「まずは、はい」

まさに春の色の塊というのに相応しい感じの花束を観月は巴に手渡す。

「ホワイトデーのお返し…と言うんでしょうか。
 キミにはやっぱりマシュマロなんかのお菓子のほうが良いかとは思ったんですが」

「が?」

観月は中途半端に言葉をとぎらせ、少し苦々しい表情になる。

「━━━キミには正直に言ったほうがいいでしょうね。
 ボクとしたことがちょっとした事で木更津と柳沢に嵌められましてね。
 その罰ゲームが、青学の校門で花束を持ってキミを待つと言うことだったんです」

その表情から、巴はその嵌められたことに関しては触れない方が良いことを悟る。
しかし、自分に会いに来た理由が罰ゲームだからというのはさすがに気分の良い物ではない。
せっかくホワイトデーに少女漫画から飛び出してきたような情景が自分の前に現れたのだと嬉しかったのに、その理由が罰ゲームだったとは。
興ざめだ。
その巴の表情に観月も自分の失言を悟り慌てて言葉を付け足す。

「もちろん、キミにホワイトデーのプレゼントを
 ━━━ボクの気持ちを渡したかったのは本当です。
 ただ、こんな形ではなかった、と言うだけでその気持ちには変わりない。
 やっぱり、すみません。こんな話を聞かせるべきではなかったですね」

「あーそうですね…観月さんの本意ではなくても私は嬉しかったので、
 この花束も校門で待って下さっていたことも、
 それに関してはやっぱりちょっと悲しいですけど……」

そこで言葉を切って花束に目をやると、その中に埋もれていたものに気付いた。
巴がそれに気付いたことで観月は満足そうに「どうぞ」と促す。
花を壊さないようにそっと手で取り出すと、
きれいな透明の袋に包まれたクッキーが出てきた。

「クッキー?」

花とクッキー。なんだか本当に乙女チックな気がしてくすぐったい。
しかも、そのクッキーはどうやら手作りのようだった。

「ええ、実はボクが焼いたんですよ…実家ではよく姉に習いましたからね。
 ボクの家に植えているハーブのクッキーなんです。
 もし良ければ、もう少し持ってきたのでそれを食べませんか?」

そう言って、今度は観月は鞄の中から袋を取り出す。
そしてもう一つ、はじめからそのつもりだったのか魔法瓶も。
近くのベンチに座るように促しながら
「お茶もね、淹れてきました」そう言って手際よくカップに注ぎ巴に手渡す。
手に馴染む暖かさを感じながらお茶をすすり、クッキーを口に含む。
そのどちらも独特の風味でありながら、お互いを壊さない味で
普段お茶と言えばティーバッグ、クッキーと言えば既製品の彼女には新鮮だった。

「おいしいですね!どちらも!」

さきほどのしょんぼりした気持ちはどこかへ押しやって巴は明るい声で感想を述べた。
「それはどうも」と返事に答え、観月も自分の作品を一つくわえる。

「キミはあまりハーブには馴染みがなさそうでしたからどうかと思ったんですが
 お口にあったみたいで良かったです。どんどん食べて下さいね」

その言葉を皮切りに二人は日が落ちる頃クッキーが尽きるまで、
喋りあい、笑いあって時を過ごした。

「あ~!お花もクッキーもお茶もとっても嬉しかったです!
 ありがとうございました!」

満足そうに巴はお礼の言葉を口にした。
経緯はどうあれ、自分にとってはなかなかいいホワイトデーだった。
バレンタインデーに本命チョコをあげたのも、それに応えてもらえたことも
自分の人生の中では初めてのことだったしそれを考えると上出来ではないだろうか。
それに、もう気付いていた。いや、最初から知っていたのだ。多分。
観月は自分を騙そうと思えばいくらでも簡単に騙せるのだ。
「キミのために花を持って待っていた」なんて言えば自分は簡単に舞い上がるのに。
それは彼とて分かり切っている、計算するまでもないことだろうに。
なのに、彼はそうしなかった。
それを誠実という言葉以外の何で表せばいいというのだろう。
その事を思うと胸が熱くなる。
ルドルフに来ないかと誘われたときも、やはり胸が高まったけれどここまでではなかったような気がする。
胸のどこかに自分もコマとして使われるのではないかという疑念があったからだ。
けれども、「ボクの気持ちを渡したかったのは本当だ」などと言われたことでそれも吹き飛んだ。
あのセリフの意味って、バレンタインデーの私の気持ちに応えてくれるってことだよねと自分自身で再確認をおこなう。
公園からの帰り道、観月に送ってもらうその道がもっと長ければいいと
これほど思ったことがあっただろうか。
もっとも、ドキドキしっぱなしであまり長いと心臓が持ちそうにないのだけれど。
やっぱり越前家の門前に着いたときにはどうしようもない寂しさに襲われた。
「じゃあ、これで」と素っ気なく去っていく観月の後ろ姿をみることが
これほど辛いことだなんて、知らなかった。
その気持ちをあまりにも持て余してしまい、
玄関に入るやいなや迎えに出てくれた菜々子にさらけ出してしまった。
自分の気持ちも、今日のことも。
これまでのことも、これからのことも、全部。


「いくら罰ゲームだからって、興味ない女の子のところへなんて行けないわよ。
 巴ちゃん、大丈夫だから。きっと特別な存在だと思われてるわよ」

実際に妹がいたらこんな話もするのだろうとウキウキしながら菜々子は自室で巴の話を聞き、それに答える。

「そうかなあ」

「そうよ。花を持って手作りクッキー焼いて…なんて勇気が要る事じゃない」

観月なら普通にやりかねないし似合うのだから始末に負えないわけだが
それを菜々子は知るよしもない。あくまで一般論を述べる。

「あ、そういえば、クッキー。まだあるんでしょ?どんなの?」

持ち帰り用にととっておいていた袋を菜々子に手渡してみせる。
「あらぁ本格的」と感嘆してそれを彼女は眺めた。

「へえ、まるで中学生男子の手作りだとは思えないわね…
 これはキャラウェイクッキーね」

巴は知らなかったがクッキーの中に入っているハーブはキャラウェイと言うらしい。
キャラウェイ…と初めて知る単語を口にしながら菜々子とクッキーを見つめた。
几帳面な形をしたクッキーはいかにも観月らしいつくりだ。
きっと1グラムも分量を間違えていないだろうと思うと微笑ましい。
すこしにやつきながらクッキーを見ていると、
隣の菜々子は何か思い当たることがあったらしい。
「あっ!」と声を上げる。
そして、その思い当たったことが何か楽しいことだったのか、笑い出した。

「巴ちゃんの心配なんて杞憂よ。彼は本当にあなたのことが好きだって。
 答えは━━━このクッキーにあるわよ」

そういってクッキー、その中に入っているキャラウェイの種の粒を指さす。
これに何故答えが?不思議そうな顔をして巴は菜々子の顔を見つめる。
菜々子はちょっと待っててと立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出してきた。

「これ、貸してあげるから読んでみると良いわよ」

そうして巴にその本を手渡した。
『ハーブ&スパイス辞典』、表紙にはそう書かれていた。



菜々子に本を借り、自室に戻った巴は早速それを開いてみることにした。

「えーと、キャラ…ウェイ…だっけ?キャラウェイ、キャラウェイ…」

律儀に索引からキャラウェイを辿りページを開く。

「あった!……媚薬……恋人同士で食べると永遠につづく……?」

分かったことは昔魔女が媚薬として使っていたことと、
恋人同士が食べればその愛が末永く続くこと。
誠実のシンボル。

「こんな所にも知識を広げてるんだ……観月さん……」

妙なところに感動を覚える。さすがデータマン。
まさか観月に限って言えば、食品の効能を知らずに用いることなどしないはず。
やはりそう言う意味なのだろう。

「でも、間違ってますよ、観月さん」

まぶたの裏の鮮やかに思い起こすことが出来る端正な顔に向かって話しかける。

「だって媚薬なんて効く余地もないくらいもう観月さんにドキドキしてるんだもん」

そりゃもう、キャラウェイなんて必要ないくらいに。



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