忍者ブログ
Admin  +   Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

こちらは試作品Ver.です。
完成品はリクエストいただいたはと小屋のはとこさまのところに展示させていただいてます。




***

拍手


11時。
大きなラケットバッグを背負って、赤月巴が駅前の待ち合わせ場所にたどり着くと、彼女を待っているらしい人物━━━観月はじめは電話をしていた。

「……はい……じゃあ、15時からの予約だったんですね……わかりました。
 その時間で結構です、それじゃあよろしくお願いします。失礼します」

通話が終わり、巴の気配に気付いた観月は彼女に向き合う。

「観月さん?」

「失礼しました、巴くん。キッチリ時間通りですね。
 ━━━なのに申し訳ないんですが…」

非常に申し訳ないといった表情で観月は言い淀む。
巴はその話の続きを視線で促す。

「テニスコート、予約は13時からと申し込んでいたのですが、
 こちらの確認ミスで15時からになっていたんですよ。
 この待ち合わせ時間だと…随分空いてしまいますね、すいません」

昼食を一緒に食べることを考えてこの時間に待ち合わせを決めたのだが
15時まではかなり時間が空いてしまう。
本当にすみませんね貴重な時間を取らせてしまって、と観月は再度謝る。

「いえ、いいんですよ、それより…この空いた時間、どうしましょうか?」

「そうですね…最初から昼食を途中でとるつもりでしたし、
 とりあえず予定通りにまず動きますか」

観月はそう答え、二人で駅の構内へと向かっていった。

「私のことよりも、観月さんは大丈夫ですか?
 高校受験とか、Jr選抜合宿のこととかで色々忙しいのに
 テニスの練習に付き合ってもらっちゃったりして」

「ボクは大丈夫ですよ、普段から自分のことはキチンと管理していますし
 大体今日テニスに誘ったのはボクですよ?余裕がなければ誘いませんよ。
 それに最近テニスの森で打ってませんからね、
 ひさしぶりにあのコートで練習がしたかったんですよ。いいコートですから」

今日は二人は、よくテニスの大会の会場として使われる場所へ行く予定をしていた。
いつも通っているテニススクールのコートもいいコートだが、
たまには場所を変えてやるのも良い気分転換になる。
巴は久し振りに訪れるコートを懐かしみ楽しみにしていた。
それに、あの場所に行くには東京での観光スポットを通過する交通機関を利用する。
車窓からそれを観月と眺めるというのも楽しみだった。
さすがに練習として誘ってくれた観月本人にいうことは出来なかったが。



昼食は大幅に時間もあることだしと、観月の提案で人気の臨海スポットに途中下車することにした。
観月の苦手な騒がしい空間であることは、その場所へ向かう車内からも察することが出来たが今日に限っては目をつぶることにした。
なにより、「このスポット初めて来ました!」と目を輝かせている少女が隣にいるというのに、それをあえて無視できる人間がいたらお目にかかってみたい。
むしろ観月は殴りに行きたいと思った。そんな奴がいるならば。
ここで言うべき言葉はただ一つ「じゃあ、ここで降りて時間を潰しましょうか?」
それだけだ。
観月も、それに従う。
巴の狂喜乱舞ぶりは何も観月のデータを披露するまでもなく予測できることだった。



こんな自分を一年前の自分は想像出来ただろうか?
出来るわけがない。
この観月はじめが騒がしい店内で栄養価の低いファストフードで腹を満たし、
衛生面で不安のある移動屋台で糖分を過剰摂取し、
自分では見えないけれど多分全開の笑顔で進んで観覧車に乗っている。
外には相変わらず濁った色をしている東京湾と淀んだ空気にかすむ街の風景が広がっている。
風の吹く澄んだ晴天の日には富士山も眺められるそうだが、今現在は確認できそうにない。
確認できるのは目の前に座った少女の喜色満面な顔つきだけだ。

「ああっ、観月さん観月さん!あそこにも観覧車がありますよ!」

「あの場所だと…江戸川区の公園の観覧車でしょうか」

「変わった船が!」

「水上バスですね…確か有名な漫画家さんがデザインしたそうですよ」

1年前の自分ならばくだらないと切り捨てるような会話に今の自分は乗り気だ。
自分自身信じられず、驚きで一杯だ。
彼女といるとどうして自分はこうなってしまうのだろう?
脳内でハチマキを付けたチームメイトが「観月は赤月にメロメロだね」とせせら嗤う。
アヒルみたいなチームメイトも「お熱いダーネ」と彼をからかう。
けれども実際にそう言われても今の自分は気にならない。
だって本当にそうなのだから。
でなければ、何故自分が必死に彼女を誘い出して観覧車にまで乗ったりするだろうか。
頭の中に描かれたチームメイトを閉め出しながら、徹底的に巴との会話を楽しもうと観月は決心する。
狭い密室で気になる女子と楽しむことに専念しない男はいない。
それが例え観月はじめであったとしても、だ。
向かいに座る彼女は何か見つけるごとに「観月さん!」と問いかける。
楽しそうに興味深そうに弾む声。
これまでこんな甘い声で自分の名前を呼ばれたことがあっただろうか?
陶然としながらその声に応える。
これまで、自分の名前に関して好き嫌いを感じたことは無かったが━━━長男だからはじめというネーミングセンスに関してはその単純さを不快に思うことがあったが、彼女の声が呼んでくれるならとても素晴らしい名前のように感じる。
ただ名前を呼ばれているだけなのに全身を愛撫されている気持ちになるのは何故だろう。
もっとも、彼の中ではとっくに出ている答えだった。
こんな気持ちにさせてくれるのは彼女以外に存在しないのだから明白だ。
この観覧車が地上に到着しなければいいのにと思ってしまう理由もそれに準じている。
もっとも地上に着かない観覧車など無いのだけれど。



観覧車を降りて観月は腕時計に目をやった。
信じたくはないけれど、自分の腕に嵌めた電波時計は正確だ。
時間を間違えようがないことを非常に残念に感じた。

「さて、そろそろ時間ですね。なかなかここも楽しいですけれど、
 コートの予約時間が迫っていますから移動しましょうか?」

「はぁい」

いかにも残念そうに巴は答える。
正直言えば観月自身も残念だった。
最初からテニスをしようなんて誘わずに出掛けようと誘えば良かったとさえ思う。
駅に向かうわずかな距離も名残惜しい。

「少しの時間でしたけど、なんだかデートみたいでしたね!
 このスポット、カップルも多いですし私たちもそう見えちゃいましたかねえ?」

駅の階段を上りきったところで
えへへ、と照れくさそうに巴はそう感想を述べた。
観月はその巴の言葉にわずかな動揺を覚えながらも、券売機で二人分の切符を購入しながらその言葉に対してなんて事の無いような素振りで「そうですね」とだけ答える。
デートみたい、か。
観月は頭の中で巴が何気なく言ったであろう言葉を反芻する。
最初から、デートするつもりだったと言えば彼女はどう思うだろう?
コートの予約ミスは最初から仕組まれていたとしたら?
しかし、それを言う時期ではないと彼は考えていた。
せめてJr選抜合宿が終わるまでは。
彼女が自分と共に歩くことを決心するまでは。
今はまだ恋だの愛だの言っている時期ではないと思う。
感情を揺さぶる行為は合宿を控えたこの時期に彼女を潰しかねない。
テニスをする彼女を今はまだ尊重したいと思う。
それが聖ルドルフ学院の選手兼プレイングマネージャーである観月はじめのケジメだ。
だからその言葉には「んふっ」と意味ありげに笑顔で答えるだけに留めることにした。

「次は、キチンとデートとして出掛けましょうね」

しかしながら、彼が必死に自身のケジメと戦っているにもかかわらず、巴はさらっと観月が言いたかった言葉をそのまま口に出してしまった。
その言葉に異存はないけれども、初めて彼女に対して悔しさを覚えた瞬間でもあった。
自分にはこんなセリフはさらりと言えない。
観月自身はせいぜい練習にかこつけてデートに誘うことしか出来なかったというのに。
まあ、キミのそんなところが好きなんですけどね。
そうしみじみ思いながら、返事代わりに空いた手で彼女の手を取ってホームへと歩き始めた。
言葉で言えない分、彼女に触れる指先に想いを込める。



END
PR
≪ Caraway   *HOME*   チョコの行方は ≫
プロフィール
HN:
ななせなな
性別:
非公開
忍者カウンター
P R
material by bee  /  web*citron
忍者ブログ [PR]