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この時期に相応しい甘い香りにつられて、早川楓は寮の厨房に足を踏み入れた。
そこにいたのは数人の寮暮らしの女子。
うち一人は自分もよく知っている赤月巴だった。
2月の10日も過ぎれば彼女らが何をしているかなんて、考えなくても分かる。
手作りチョコレートを作る集団だ。
もちろんバレンタインデーに向けての。

「あんた、部屋にいないと思ったらこんな所にいたのね」

ころころと手慣れた感じでトリュフを形成していた巴の前で話しかける。

「あ、楓ちゃん!味見!…はい、あーん」

あーんとした瞬間、早川の口の中にまだ生暖かいチョコレートが放り込まれた。
口の中には舌触りが良くほろ苦いものが広がっていく。

「これ、観月さん用?」

行儀良く食べ終わってから早川はそう尋ねた。
訊くまでもなく答えは分かっていたのだったが。

「そうやっぱり分かっちゃう?」

この上なく嬉しそうな顔をして巴はそう答えた。
普段は中2にしてはいかにも子供っぽい彼女が、こういうときだけはキチンと女の子の顔をしてみせる。
自分にその気持ちは分からないけれど、人って面白いと早川は純粋にそう思った。

「観月さんはあんまり甘いものは好きじゃないみたいだからさ、ちょっと苦めかな?
 あ、でもスクールの皆さん用はもうちょっと甘いよ」

「さっき練習代わりに作った義理チョコなんだけど」と巴は贈る相手に結構失礼なことを言いつつ冷蔵庫からバットを取り出して、今度は冷えたトリュフを早川の口に放り込んだ。
今度はかなり甘い。市販のミルクトリュフといったカンジだった。

「まあね、これだったら贈られる方も嬉しいんじゃない?」

確かに喜ばれると思うけれど、こんなに美味しいものを義理用として作ったんじゃ観月も不快だろうなとこっそり思う。
本命用じゃなければ、義理チョコなどほどほどに手を抜けばいいのにと巴に忠告したところでその意図は伝わらないだろう。
多分、観月が妬くんじゃないか?なんて自分が言ってやるのもお節介が過ぎる。
ここは黙っておくに限るだろう。



2月14日早朝。
テニス部の朝練に出るために、二人は揃って寮から出た。
巴は義理チョコの詰まった紙袋を小脇に抱えている。
まもなく春が来ると言ってもまだまだ朝の外気は冷える。
二人の吐く息は盛大に白くけぶって消えていった。

「あ、観月さん」

恋の力なのか何なのか、巴は寮の玄関近くに立っていた観月に気付いた。
普段はさすがに早朝寮まで迎えに来たりはしないが、珍しく巴を待っていた。
早川はバレンタインデーだからこの寒い中わざわざ来たのだろうかと思ったとき、
観月が左手にぶら下げている大きな紙袋に気付いた。
彼はその袋を巴に差し出して要求した。

「これと引き替えに、キミが持っているその紙袋を渡しなさい」

気を利かして先に行ってしまおうかと早川は思ったが、その意外な展開に少し足を止めて成り行きを見守る。

「これ、義理チョコしか入ってないですよ…?
 観月さんの分は夕方に一旦寮に戻って持ってこようと思ってたんで」

観月の要求の意図が掴めないままに巴はそう答えた。

「いえ、その袋でいいんですよ。
 どうせその義理チョコはくだらない連中に配るにもかかわらずキミの手作りなんでしょう?
 そんなもったいないことをボクが許すと思ってるんですか」

事の成り行きが見えてきた様な気がした早川は「馬鹿馬鹿しい…先に行ってるわよ」と足早にその場を去ることにした。
昨晩は観月が嫉妬しないかどうか心配していたが、観月本人の思考はもうすでに自分より先を行っていたらしい。
心配して損した、昨日忠告しなくて良かったと思いながら一人駅に向かう。
自分なら観月のような男とは付き合えないだろう。色々と大変だ。
あれは巴だから付き合えるのかも知れない、その逆も、観月だから巴と付き合えるのだろうとも思った。
「割れ鍋に綴じ蓋」という言葉を一人呟く。
二人を語るときにこんなにピッタリな言葉もないだろうとその言葉を思いついた自分に自画自賛する。

早川は角を曲がり二人の前から消えてしまった。
なんとなく早川は事の次第を察知していたらしいことに巴は気付き、今自分の置かれている状況がどうなっているのか訊きたかったのだが、もちろんそれが叶うことはない。

「で、……観月さんはどうして欲しいんですか?」

さすがに義理チョコを渡せと言われても、困る。
義理は義理だが人間関係を潤滑にする効果もあるものを、おいそれと手放すわけにもいかない。
「義理だけどチョコはあげますねー」などと何人かに宣言してしまったこともある。
それを履行しないのはマズイ、かなりマズイ。

「ですから、これを用意したんですよ」

ニヤッと笑って、観月自身が持っていた紙袋を開いて巴に見せる。
華やかな、しかしよそよそしい感じの包装が施された小箱が詰まっている。
ちょうどコンビニで売っているどう見ても義理チョコのような━━━。

「━━━義理チョコ?」

「そうです、キミにしては珍しく察しがいいですね。
 今年はこれを配りなさい。数はちゃんとあっているはずですよ」

巴が配る義理チョコの数までデータ化して予測しているのは少し恐いものがあるが
本人はそれに気付かず「さすが、数はあってますね」などと暢気に言っている。

「キミのことですから、どうせ義理チョコと言っても手作りだったりするんでしょう。
 そんなものをボク以外の男にあげるなんてもったいない。
 キミが作ったものはボクが全部食べますよ」
 
そう言ってやや強引に巴から紙袋を奪ってしまう。

「あっ」

「さ…朝練に遅れますから駅まで急ぎますよ」

観月は反論を許さない態度で、さっさと歩き始めた。
「待って下さいよ」と巴も慌ててそれに倣う。

「大体、キミはオトコゴコロというものが分かってませんね。
 それと、ボクの独占欲」

歩きながら少々不機嫌な声でそう語る。

「━━━キミはボクだけのものでいればいいんですよ。
 他の男に手作りチョコを贈るなんてもってのほかですよ」

巴が観月を横から見れば頬が赤い事に気付いた。
寒さのせいだけではないと巴にもよく分かる。
あまりにも自分中心の馬鹿げた考えを押しつけられたというのに、なぜか腹が立たない。
それどころか嬉しい自分に驚いてしまう。
追いついて隣に並ぶ形になってから巴は観月に話しかけた。

「ね、観月さん?その義理チョコかなり甘いと思うんですけど…大丈夫ですか?」

観月は前を向いたままそれに答えた。

「そんな風に思われていたなんて心外ですよ。
 食べ物の好みはあくまで好みであってそれ以上でもそれ以下でもありません。
 大体、ボクはキミが好きなんですよ、最優先事項ですよ。
 好きなキミが作ったものをボクが嫌がるわけがないじゃないですか」

巴も思わず顔を赤くする。一瞬言葉を失うくらいに心臓が跳ねた。
その様子を観月は横目で見つつ言葉を続ける。

「そうですね…それでも気にするというのなら、
 全部無くなるまで毎日キミの手で食べさせて下さいよ、一つ一つ」

言い終わると、振り向いて「ね?ボクもホワイトデーには3倍返し頑張りますから」と巴をしっかり見据えた。
真っ直ぐぶつかってくる瞳に見事に捉えられた巴はその言葉に頷く以外の答えが出てこなかった。



END
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