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『おふねにのって』



「あっ!赤月危ないダーネ!!!」

相変わらずの騒々しい声で柳沢の警告が聞こえたときには
既に遅かった。
柳沢の放った打球は見事に巴の後頭部に直撃していた。
それと同時に彼女の周囲の世界は白く、
きらきらとした星が飛び、周りからの声が遠ざかっていった。
背中からは冷たい汗が流れて、膝が力を失い崩れ落ちる。
特に衝撃を覚えなかったのは誰かが受け止めてくれたんだろうな、
ああ、自分は気を失うんだなと思いながら世界は暗転した。



ゆらゆら、ゆらゆら。
さながら船に揺られて眠っているようで。
なんとなく、自分が揺られていたのは覚えているような気がする。
意識がはっきりとしない中の出来事だが。
暖かいものに支えられて揺られて安心していたような気がする。
そう思いながら、重く感じるまぶたを開いてみた。
視界は一面、白かった。
それが医務室の天井であることに気づくのに少し時間がかかった。

「良かった…!目が覚めたんですね…」

耳に馴染んだ声が遠くに聞こえた。
実際はかなり近かったようだが、
覚醒したばかりの巴には自分以外の全てのことが
まだ自分とは違う世界の出来事のように感じられた。

「……観月…さん?」

「キミは柳沢の馬鹿のボールに当たって気絶してしまったんですよ。
頭に当たったので本当はすぐに動かしてはいけなかったんですが…
ボクが慌てて運んでしまいました
…すいません、無事で良かった…!」

観月のひやりとした手が頬に触れる。
巴は気持ちが良くてそのままにしておいた。

「観月さんが運んでくれたんですか?
すいません!私、重かったでしょう」

自分と体格のそう変わらない、
そして意識を失った人間を運んだのだから
随分大変だったはずだ。巴は申し訳なさで一杯になる。
しかも、これが初めてという訳ではないのだ。
昨春のジュニア選抜合宿でも倒れた巴を医務室まで運んでくれた。

「いいんです、キミが無事でいてくれれば。
それにキミを抱っこ出来たんですから、ずいぶんな役得ですね」

心底安心したように滅多に見ない無防備な笑みを観月はみせていた。
巴は役得という言葉に思わず顔を赤らめた。
それを見て、釣られて観月も赤くなる。

「普段抱っこ以上のことをしていても、未だ照れますか、キミは」

「それはそれ、これはこれ、です」

あまりの恥ずかしさに視線をそらしながら巴は答えた。
そして会話を変えようと努めた。

「あ、そうだ、観月さんが運んでくれてるときに、
ゆらゆらと船に揺られているみたいな気持ちになりました。
━━━もっとも生まれてから一度も船に乗ったことはないですが」

観月も少し気恥ずかしさがあったので、巴の話題に乗ってやる。

「船に乗ったことがない?一度も?」

「はい、岐阜の山育ちですから機会には恵まれなかったので…。
ちなみにボートすら乗ったことがないんですよ、えへへ」

観月と話している間に、巴はすっかり回復したようで、
コロコロと表情を変えながら
船についての幻想やらなにやら話し続けた。

「やっぱり、船には乗ってみたいですか?」

「そうですね!憧れの乗り物ですから!
もうひとつ憧れだった飛行機にはオーストラリアでの世界大会の時に
観月さんと一緒に乗りましたもんね!」

目をきらきらさせて巴はそう答えた。

「では、ボクと乗りに行きましょうか?
もっとも学生の身ですから豪華客船なんて招待は出来ませんけど…。
そうですね、手始めに公園のボートか、水上バスにでも」

「あはは、ボートだといい特訓にもなりそうですよね」

巴が無邪気にそう答える。
観月がボートに乗る前に言いそうな台詞だ。
それに本人は気付き、言い直す。
彼女と二人で、なぜいい特訓をしなければならないのか。

「では、水上バスにお付き合いしていただけますか?」

「喜んで!」

そうしてベッドに身体を寝かせたままだった巴は体を起こし、
両手を脇に座っていた観月の首に絡ませる。
驚いた顔で観月が巴の顔を見つめると、巴はこう言った。

「船酔いなんてしたら大変なので、
とりあえず揺れに慣れておこうと思うんですけど
また、コートまで運んでいただけますか?観月さん?」

「こちらこそ、喜んで」

どさくさ紛れに、近づいた彼女の頬に一つ唇を落としてから
観月は巴をふたたび抱き上げた。



END
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