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ヤドリギにまつわる話を知っているかどうかで、分かれ道になることもある。





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「うーん、約束の時間までは結構あるなあ…散歩でもしようかな」

12月のごくごくふつうの日曜日。
珍しくスクールも部活もない。
赤月巴は橘杏と公園のストリートテニスコートで遊ぶ約束をしていた。
約束の時間は13時半。
ルドルフの学生寮で正午キッチリに昼食を食べて、
その後すぐに出てきてみれば、待ち合わせまでまだまだあった。
早めに来たので、他の誰かと打っていようかと思い
コートを覗いてみたのだが、そこはお昼時、誰もいなかった。
仕方がないので、公園内を散歩という選択に至る。

紅葉も終わり、足下には枯れ葉が広がっている公園内を無目的に歩く。
岐阜の山の中ではしょっちゅう散策をしていたが
東京に出てきてからは目まくるしい日々の中でそんな時間は見つけられず
こういう風に葉をパリパリと踏みしめながらボンヤリ歩くのは久し振りだった。

「あれ?」

歩きながら眠りでもしたのだろうかと一瞬自分を疑う。
こんな、公園内の雑木林の中で、まさか。
目の前には、いるはずのない姿が見えた。
もちろん、都内に住む人間なのでどこにいたって構わないのだが
まず、こんな真っ昼間から公園を歩いているような人間ではない。
きっとなにかしらの目的が合ってのことだろうと思われた。

「観月さーん!」

大きく手を振って遠くを歩く観月はじめに声をかける。
おちついて眺めると、かなり遠くに観月はいた。
よく、気づいたなあと巴は我ながら感心する。
きっとこれが恋する乙女の力というものだろうか。

「ああ、巴くん…!」

観月もようやく巴の姿に気がついたようで、
視線を合わせて彼女に手を振りかえす。
手を振っていない方の手は
半透明の袋に詰めたなにかの植物を抱えていて重そうだ。
巴はまるで尻尾をぶんぶんと振る犬のように観月に駆け寄った。
今日はスクールも部活も、デートの約束すらしていなかったので
まさか逢えるとは思わなかった。
久しぶりに見る私服姿は一分の隙もなく
すくなくとも巴にはこの世で一番格好いい人が現れたと思えた。
同時に観月も、自分のデータをもってしても、
今日のこのときに巴と出会うことがあるとは思わなかったので
思いもよらないラッキーを天に感謝した。

「どうしたんです?キミはなんでこんな所を一人で歩いていたんですか?」

巴がいくら野生児だとは言え、
公園の雑木林の中を一人で歩いていて良い理由はないので
とりあえず観月は訊いてみることにした。
なにしろ物騒な世の中だ。
昼間とは言え自分の彼女が一人歩きをしているなんて心配で仕方がない。
とはいえある程度信頼しているので、頭ごなしに叱ったりもしないのだが。

「ああ、今日は杏さんとストリートテニスコートで遊ぶ約束をしてるんですが
待ち合わせの時間までちょっとあるんで、
久し振りにブラブラしてみようかなー、なんて思いまして」

「そうでしたか」

観月は突拍子もない返答がこなかった事に少しホッとする。
たまに彼女は自分の想定外の答えを返し、
そのたびに自分を動揺させてしまうので心臓に悪いことこの上ない。
しかも、今日は仲の良い橘杏との約束だ。
例えば青学で仲良しだった連中と遊ぶ━━━そんな予定でもあれば
自分は彼女のことが心配になって仕方がなかっただろう。
もっとも橘杏だけでなく不動峰中テニス部面々も一緒だとすれば
気が気じゃなくなってしまうが。
彼女はどうも仲が良い異性が多すぎで、彼氏としてはやきもきさせられる。

「それは、ともかく。観月さんは何をしているんですか?
その袋の中身はなんですか?枝…ですよね?」

巴は観月の抱えていたものに目を留めて尋ねる。
たしかに、こんな所を歩いている理由も抱えているものの存在も謎だ。
観月もそれに気づいて微笑する。
流石に野生のカンをもってしても、これは分かりませんか。
巴は観月のやや楽しげな表情に小首をかしげる。
万が一、観月にアウトドア趣味があったとしても
こんな所で薪を集めるタイプでもないし……。

「んふっ、わかりませんか?」

面白そうに問いかける。

「はい、見当もつきませんけど」

袋を凝視しながら巴は考えるが、
なにぶん袋も半透明ゴミ袋なので中身が茫洋としている。
観月は巴が中身をみたいということを察して、袋を開けてやる。
中には冬なのに未だ青々とした枝葉がつまっていた。
流石に直接見れば、山育ちの巴にはなんの植物だか理解できた。
もっとも、何故、それを観月が持っているかまではよく分からなかったが。

「ああ、ヤドリギでしたか!……でもなんで観月さんが?」

とりあえず、訊いてみなければ分からないことなので訊いてみる。

「まあ、キミはこういうコトには疎そうですけどね…。
もうすぐクリスマスですから、と言うことでピンとはきませんか?」

当然、ピンと来ない。
もともと父親と二人で過ごしてきた巴は年中行事には疎い。
それが日本のものでなければなおさらだ。

「全然」

「……でしょうね。良いでしょう教えてあげますよ。
ルドルフではクリスマスパーティーが行われるのはご存じですよね?
その飾り付けに、このヤドリギを使うんですよ。
不本意ながらボクが今年ヤドリギを持ってくる係なんです」

「へえ、よく知らないんですが、本格的なクリスマスなんですね」

観月は天真爛漫に感心する巴を見て、
やはりヤドリギが必要な意味については知らないということを確認する。
そして、あるイイコトを思いつく。
自分にとってはかなりイイ思いつきだった。

「そうですね…ヤドリギのこと、お教えしましょうか?」

「あっ、はい。是非」

そう巴が答えると、観月はヤドリギの枝を一つ上に掲げて彼女を引き寄せた。

「み、観月さん…っ?んっ」



二人が離れるのには随分時間がかかったように思われた。
巴の気分的にも、実質的にも。
キスをするのは嫌ではないけれど、話の途中に何をするんだとは思ったので
軽く観月をにらみつけるように見る。

「ヤドリギの下ではね、キスして良いことになっているんですよ。
特に女性は断ってはいけないんです。そういう習慣が向こうにはあるんですよ。
ルドルフの学生達の中にもその習慣にあやかりたい人たちが沢山いると言うことです。
んふっ…勉強になったでしょう?」

余裕の表情をして観月はそう答えた。
もちろん、肝心なこと━━━クリスマスが条件の一つだということは省いているが。
彼女に触れるには良い口実になった。
いま、ここでこんな状況で逢えたことはやっぱり運が良かったようだ。
そんな余裕そうな満足そうな表情の観月を見て、
巴は少し悔しさにも似た感情を覚える。
ヤドリギにかこつけなければキスひとつ出来ないような間柄でもあるまいし。
だから、こう言ってみた。

「じゃあ、ヤドリギの下にうっかり立っちゃったら誰とでもキスして良いんですね」

「え?」

「観月さん以外とでも」

とたんに観月は血相を変える。
そんなに慌てるくらいならこんな小道具使ってキスなんてしなければいいものを
そう思って巴はおかしみを覚えた。
巴の表情を見て、からかわれていると悟った観月はさらに意趣返しを試みた。

「そうですね、ボクはそんなことがあったら嫌ですけどね。
そうだ、パーティーの間中、キミの唇を塞いでおけばそんな展開にはなりませんよね。
良いでしょう、ではボクが直々にそうしてあげますよ。
なに、可愛い彼女を守ることぐらいボクにはなんて事ありませんよ」

つらつらと棒読み気味であるものの、観月はそう告げた。
今度は逆に巴の顔色が変わる番だった。
しかし、彼女が何かを言う前に、

「もうそろそろ、橘くんの妹さんが待っている時間じゃありませんか?」

と、さらに慌てさせる。そして冷静に考えさせる余地を与えない。

「そ、そうですね!それじゃ!」

と、巴は動揺したまま必死にストリートテニスコートへと駆けていく。
観月は「返答無しは肯定ととらえて良いんですよね」と
試合中に見せるような腹に一物ありそうな笑みで彼女を見送った。



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