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*ロミオとジュリエット



その部屋には、PCのキーボードを叩く音と紙が擦れる音、
加湿器の蒸気が勢いよく噴き出す音だけが響いていた。
赤月巴は、師走に入り毎年苦手とする作業━━━年賀状の作成に入っていた。
今年は聖ルドルフ学院に転入して最初の年で
年賀状を送る相手の取捨選択に悩まされていた。
その彼女の正面にはノートPCに向かいキーボードに指を滑らせている観月はじめの姿。
ノートPCが観月の部屋のローテーブルに向かい合って座る二人を遮り
お互いの表情を窺えなくしている。
観月は冬休みに実家へ帰る寮生達のために
年末年始用の自主練習のメニューを組み立てている。
全員共通ではなく、それぞれの個性、体力に合った練習メニューで
そのあたり観月の性格の細やかさを如実に表している。
PCから一時も顔を上げない観月に寂しさを覚えつつも、
巴も自分がやらなければならないことに没頭しょうと努めていた。

とりあえずルドルフの生徒への年賀状の用意は終わった。
あとはそれ以外の人間、例えば青学の元クラスメート達や部活仲間達。
彼らへの年賀状を送るか否かを決めるだけだ。
しかし、それが一番悩む作業であった。
自分は結果的には彼らに背を向けたのだ。
「頑張って!」と快く送り出してくれる仲間達もいたけれども
やはり微妙な表情の者もいたし、
はっきりと「裏切り者」という言葉を叩きつけた者もいた。
果たして、彼らに送って良いものかどうか戸惑う。
青学の生徒であった去年はなんの躊躇いもなく送ることが出来たのだが。
自分からの年賀状は喜んで受け取って貰えるのだろうか。

悩んでも結論などなかなか出るものでなく、
無意識のうちにアドレス帳を開いたり閉じたり、
宛名を書きかけては手を止めをしきりに繰り返していた。

「……後悔していますか?」

真剣に作業に没頭していたはずの観月がぽつりと呟くように尋ねた。
その声はやや緊張を伴った固い声であった。

「後悔?」

「ボクの所━━━ルドルフに転校したことですよ」

巴には思いがけない問いだった。
たしかに巴は観月に誘われるままにルドルフにやってきた。
その彼に後悔しているのかと聞かれるとは思わなかった。
観月が、その事について少しでも気にしているとは思わなかった。
後悔などするくらいなら、初めから観月の手など取らなかった。
その事を彼も分かっていてくれていると思っていた。
なにから、話せばキチンとした答えになるだろうか。
上手く言葉が出なくて巴はもどかしく思った。

「キミは多分、あのときボクの手を取らなくてもよかった。
青学でもキミは良いプレイヤーへと伸びていったことでしょう。
かなり高い確率で、元プロとよきライバルのいる家ならば
キミは今よりも高みに上れたかもしれない。
だから、キミには後悔する権利もあります。
なにより、キミはまだ幼かった、それなのにボクは判断を迫った」

それに、多分、あのときにボクの手を取らなくても、
ボクは相変わらずキミのことが好きなままだった。
自分のそばにいてくれる幸せは何にも代え難いけれども
彼女も同じ考えだとは限らない。
現に今、青学のことを考えて珍しく長く悩んでいた。
ルドルフに来たくなど無かったとは言わせないけれども、
それでもやはりいくらかの悔いはあるのだろう。
彼女の様子をそう見てとる。

「確かに、後悔しなかったと言えば嘘になるかもしれません」

巴はあくまで正直に答える。
観月に誤魔化しても仕方がない。
もしあの時━━━そう考えたことは何度もある。
ルドルフの生活は楽しくて充実したものではあるけれども、
それでも、ふとしたときにその考えがついて出てしまう。
しかしその考えは、例え青学に残ったとしても考えていただろう。
あの時、観月の手を取っていれば?
もしあのまま青学にいたとしても、観月のことは好きでいたかもしれない。
けれども、今のような関係が築けたとはとても思えない。
それならば後悔しても今の生活を選び取れたことは正解なのだ。
不意に、あることを思い出す。

「でもね、観月さんと居ることを後悔したことはないです」

観月は押し黙って彼女の言葉を聞く。
なにか、真面目な演説を拝聴するかのように。

「私は文化芸術に疎くって…友達の朋ちゃんに聞いた話ですけどね」

ふと朋香の顔を思い浮かべる。
その顔はルドルフへと気持ちよく送り出してくれた、その時の笑顔だ。
そういえば、「アンタ達ロミジュリみたいだったね」と、この話はその時にしてくれたものだった。

「ロミオとジュリエットって16歳と14歳だったんだそうですよ。
今の私たちと変わらない年齢なんです。
でも、ちゃんと愛し合って自分たちの人生をつかみ取ろうとしていました。
…結果は悲劇に終わってしまったかもしれませんけれど」

PCに遮られて見えない観月を、それでも真剣な表情で見据えて巴は話す。

「だから私がいま、自分の判断で観月さんの手を取るのだって
幼い未熟な人間の判断の見誤りだとは思えません。
何歳であろうとも、好きな相手の所に飛び込むのに判断を間違う訳ないじゃないですか」

「それは詭弁というものですよ。彼らは話の中の登場人物なんですから」

命をかけて全てを捨てて相手の懐に飛び込む。
それは確かに素敵なことかもしれないが、同時に滑稽でもある。
現実世界では全てを捨てきることなど出来ないのだから。
逆にそれが出来てしまうのは幼さゆえだともいえるだろう。
だからこそ、大人になっていく巴に後悔していないか確認したかった。
あのとき、手を取らなかったら?
これからもっと頻繁に考えてしまうかもしれないテーマだ。

「それこそ詭弁というものですよ、観月さん。
現実に全てを投げうって、私は今ここに居るんです。
きっとこれからももう一つあったはずの道について考えちゃいます。
だけど、それは観月さんの隣にいるのが嫌だからじゃないです。
もう一つの道はバラ色の道だったに違いないとは誰でも考えちゃうことですよ」

そう言って巴は観月の隣に身体を移動させ、
相変わらずPCに向けたままの身体に横からもたれかかる。

「それに、もう一つの道も観月さんが好きって言う前提ですからね。
青学とルドルフに別れたまま好きでいるか、
それとも一緒にいて好きでいるかだったら、そりゃ一緒の方がイイじゃないですか?」

そろそろ、ちゃんと観月の顔を見たいなと巴は観月の端正な顔をのぞき込む。
彼は意外にも頬は少し上気しつつも、いたたまれない表情に見えた。

「ほらほら、そんな顔しないでください!
観月さんの綺麗な顔が沈んでるなんて、私許せないですから!笑っててください」

そう言って観月の脇腹をくすぐり出す。
観月もそれにはたまらず吹き出してしまう。

「んふっ……全くキミにはかないませんね。前向きで…強い。
キミならはまかり間違っても悲劇で終わったりなんかしませんよ。
大丈夫、ボクが保証しますよ━━━それより」

「それより?」

気づくと巴の視界が転じていた。
いつの間にか目に見えるのは天井と自分を見下ろしている観月の顔だ。

「ロミオとジュリエットのように熱烈に愛し合ってみましょうか?
ボクは、鳥の声なんかで君を帰したりはしませんからね、心しておきなさい。
せっかく…PCに集中してキミのことを意識しないようにしていたのに」



END
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