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NENEGARD+の鈴弥さまへの生誕祝い『おとなになれば』の不完全Ver.です。
もちろん、これも単体として読めるようにしておりますが、完全Ver.のほうは当然ながらもうちょっとちゃんとしたオチをつけてありますよ。
自分でも恥ずかしくて照れるくらい甘いオチですが。




***

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「大型スポーツ店がターミナル駅のそばに出来たんですが、
 練習帰りに一緒に行きますか?」

日曜日の練習後、赤月巴は珍しく観月はじめにそう誘われた。
今年の春出会ってから半年以上経ったが練習後のお誘いは珍しい。
折しも、その日は巴の誕生日で━━━観月どころか周囲の誰からもお祝いはまだもらえていなかったので、これは天から与えられた誕生日祝いにも感じられた。
ましてや、常日頃から淡い気持ちを抱いている観月からのお誘いであれば。
舞い上がった巴は、考える間もなく首を縦に振っていた。
そして、いつも通うテニスクラブでの練習を終えて二人はそのスポーツショップが開店したという駅の改札を出た。
その駅は、田舎から出てきたものが必ず(祭かと思った……)と思うくらい人での多い駅で、東京歴一年未満の巴も例に漏れず流れが掴めず挙動不審になっていた。
改札のある駅ビルの、年末を控えてクリスマス向けに色鮮やかにディスプレイされたいくつもの店舗を物珍しげにキョロキョロと眺めつつ観月の後ろをついて歩いていた。
改札口からは100メートルも離れてはいなかったが、観月と今はぐれたら確実に迷子になるという予感があった。
いや、予感というよりも絶対そうなる自信があった。
それゆえにご自慢の動体視力をフル活動させ観月…店舗…観月と必死に目は捉えていた。
が、ふと巴の目はひとつの店舗に留まった。
それと同時に鼻もなにかを嗅ぎ付けた。
やわらかでいて華やかな、いかにも女性的な香りだった。
それは、目の前のいかにもヨーロッパ然とした小綺麗な店舗から漂ってくる香りで、気付いたら足が店舗の前で止まっていた。

「巴くん?」

急に巴が止まった事に気付いた観月も足を止め、何があったのかと問いかける。
その声で巴は我に返った。

「なんだか良い香りだなって思って、足を止めてスミマセン」

「いえキミも女性ですし、このあたりに興味があっても不思議じゃありませんよ。
 ああ、この店ですか」

巴の視線を辿って観月も同じ店舗へと視線を向けた。

「南仏のフレグランスのブランドですね。
 スキンケアとかホームフレグランスとか扱っているんですよ」

ボクもいくつか使用したことがありますよ、と言いながら店先に足を向ける。

「え?み、観月さん?」

お店に入るんですか、と観月の行動に少し戸惑いを見せる。
そんな巴の様子にクスリとひとつ笑いこう答えた。

「きっとキミはよほどの機会に恵まれない限り入ろうなんて思わないでしょう?
 だから今ボクがその機会を与えてあげますよ」

躊躇する巴を気にせず、観月はスルリと店内に入っていった。
慌てて巴もそれに続く。
決して店に入りたくないというわけではない。むしろその逆だ。
観月が推察したようにそのタイミングが掴めなかっただけなのだ。

「うわぁ……」

巴は店内の雰囲気に圧倒されて思わず口から声がこぼれ出た。
落ち着いた色調で整えられた店内は、ラケットバッグ片手の中学生には似つかわしくないように思われて少し居心地が悪い。
スーツを着た店員が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくることにすら緊張する。
まるで、中学生がこんな店に来るなんて似つかわしくないんじゃないか。
そう思って不安げに観月を見るも、観月は堂々とその場に溶け込んでいて、中学生がこの空間にいても少しもおかしいことはないと彼の身体は語っているようだった。
迷い無く商品を手に取っている観月を見て、なるほど確かにこの店の製品を使ったことがあるのだろうと納得する。
そんな彼の背中を眺めて少し安心して、巴も周囲をぐるりと見回す。
店内はスキンケア製品などが香りごとに綺麗に陳列されており、その様々な香りに好奇心が刺激される。
なにかのボトルを真剣に見ている観月を横目にして、まずは店内端から探索を開始した。
取り扱っている香りは巴でも知っている香り━━━例えばラヴェンダー、などもあれば名前すら聞いたことのない香りもあった。
ボディーローションやオードトワレ、様々なテスターが置かれており、それが面白くて片っ端から香りを楽しんだ。
その香りはまだローティーンの巴には早いと思われるものがほとんどだったが、
ちょっと大人の世界を垣間見た気がして、それはそれで面白かった。
とりわけ中でも気に入ったのは薔薇の香りで、安い芳香剤などに使われている香りとは違って自然に近い、それでいて落ち着いた女性らしい香りだった。
そして薔薇の好きな観月の気に入りそうな香りだった。

(こういう香りを身に纏ったら、観月さんも喜んでくれるかな)

なんとなくぼんやりそう考えているときに、当の観月から声がかかった。

「なにか気になる香りでもありましたか?」

ちょうど観月のことを考えているタイミングで本人から声がかかった驚きで、巴は心臓を大きく跳ね上がらせつつ振り返った。
まったく彼は色んな意味で心臓に悪いと思いながら。
観月に言わせればこれはお互い様なのだが、巴はその事をまだ知らない。

「あっ、これ……薔薇の香りなんですよ」

巴はやわらかな芳香を放つボディーローションのテスターのボトルを観月へと向けた。
観月はそのままボトルを受け取るかと思いきや、そのまま鼻をボトルへと寄せる。
まるで、デート中にこの店を訪れたカップルさながらに。
巴の手はそれほど伸びていなかったため、期せず観月の顔が自分へと接近する格好になった。
目の前に揺れる観月の髪は今までにないくらい巴に近かった。
先ほどとは違う意味で心臓をどくどくさせながら、平然を装おうと話を続ける。
しかしながら、話し始めた瞬間に観月の顔は巴の近くから離れ、平静を装う努力はすぐに必要なくなってしまった。
逆にガッカリした表情にならないよう気を付けなければならなかった。

「こんな香りなんて良いかなあって。
 ちょっとステキだし買っちゃおうかなあ、なんて思ったりして」

「んふっ、たしかにボクもこの香りは好きですね。でも……」

観月は少し考えるような表情で言葉を濁らせる。
「でも?」と巴は不安げにオウム返しにその言葉の意味を問いかける。
その言葉の意味するところが、良いことなのか悪いことなのか心配で仕方なかった。

「キミには似合いませんね」

きっぱりとそう告げられた。
言葉が深々と巴の心まで突き刺さり、その感情はあからさまに顔に表れてしまった。
それを見て観月もマズイことを口走ってしまったと気付いたのか、
少々驚いたように目を開いて少し考えた後、取り繕うように言葉を紡いだ。

「ちょっと言葉が足りなかったですね。キミが悪いとかそういう事じゃないですよ。
 ただ、まだキミにはちょっと早いんですよ。
 こういう馥郁とした香りは、どんな女性でももう少し大人にならないと似合いません。
 今のキミが付ける香りとしてはあまりにもアンバランスです」

「早い……ですか」

観月のその言葉に少し興味が出て、巴は話の続きを促す。
まだ中1ということもあって、巴はあまり似合う香りだとかそういったことを気にしたことがなかった。

「ええ、簡単に言うなら……そうですね、キミは女性のスーツをどう思いますか?」

突飛な質問に巴は律儀に答える。

「えーと、オトナ?ってカンジですかね。
 私にはまだ似合わないかなあ、せいぜい制服程度ですよね……あ」

観月の質問の意図するところに気付いた。
化粧にしろ衣服にしろ、年齢によって似合う似合わないがある。
小学校の時に来ていた服をいま着ても幼稚にしか見えないように、
いま社会人が着るようなスーツを着てもムダに背伸びしたようにしか見えないように。
香りもきっとそうなんだろうと巴は考えた。
これまで興味を持っていなかったので知らなかったが。

「わかりましたか?キミは察しが良いので助かります。
 今のキミに似合う香りだってもちろんあるんですから気落ちしないでくださいよ」

そう言いながら、観月は「こっちに来てください」と巴を店の中心にある陳列棚に誘導した。
どうやら期間限定の特設コーナーとなっているらしいその棚には、落ち着いたレモン色の商品が所狭しと並んでいた。

「観月さん、このコーナーは?」

まだ巴がチェックしていなかったコーナーだった。
彼がここに巴を連れてきたのはいったい何のためなのか。
巴はその意図を本人に確認する。
当の観月はスプレー式の小瓶を手に取り、ムエットに中身を吹き付けていた。

「ほら」

観月はそのムエットを巴の鼻先でゆらゆらと振って見せた。
ふんわりと独特のとろりとした甘みと酸っぱい香りが同時に巴の鼻をくすぐった。
「これ、ハニーレモンって香りらしいですよ」と観月は説明した。

「ハニーレモン……たしかに甘いだけでも酸っぱいだけでもない不思議な香りですね」

部活終了後に食べるハニーレモンとも違う丸みのある香りに巴は魅了される。

「そうでしょう?ボクもさっきテスターを嗅いでそう思いましたよ。
 こういう爽やかな香りならいまのキミにも似合うと思いますよ、ボクは」

そう言って観月は手にしていたムエットを巴に手渡し、空いた手で商品のボディーローションを手に取る。
「ちょっと待っていてください」と言ってレジへと向かっていった。
個人的な買い物かなと思い、巴はまた店内をぶらつきながら観月の会計を待った。
しばらくしてこの店のショップ袋らしい青い紙袋を下げた彼が戻ってきて、そのまま店を出ることにした。
店から少し離れたところで「これを、キミに」と観月は先ほどの袋を巴に差し出した。

「え?観月さん、それってさっき買ったヤツじゃないですか」

それをどうして自分に渡そうとするのか?その意図を測りかねて巴は混乱する。
その様子は観月には簡単に見て取れた。
自分の誕生日に人から物を差し出されたら普通は誕生日プレゼントだと簡単に気付くだろうが、どうやら巴はそうでないらしかった。
あまりにも自分のことに無頓着すぎる巴に頭痛を覚えながら丁寧に解説してやる。

「今日はキミの誕生日ですよね。さすがにボクだってその位知ってますよ。
 本当は目的地のスポーツ用品店でなにか買ってあげようかと思ったんですが、
 こっちの方が女性への贈り物なら相応しいですからね」

まだ知り合ってから1年も経っておらず、観月はデータマンとしては少々忸怩たるものがあるが巴の『贈られて嬉しいプレゼント』までは把握していなかった。
贈られて嬉しいかどうか分からないものを人にあげる趣味は観月にはなかったので、今日直接巴の欲しがる物を買って贈ろうと思っていたのだ。
もっとも、そこまで本人に説明する気は毛頭無いのだが。
おずおずと、しかし本当に嬉しそうに紙袋を手に取る巴の表情を見て、満足感が広がる。

「でも、まあ、来年からは現地調達じゃなくて、
 あらかじめキミの欲しいものを徹底的にリサーチして贈ることにしますよ」

「えっ!いいんですか?」

観月の発言に目を丸くして巴は応える。
『来年からは』という言葉は、どういう形であれ長く関わりたいという意思の現れだ。
他人をゲームの駒として扱うような冷淡な面がある彼が、自分と長く関わりたいと思ってくれていることに驚きを覚える。

「別に、驚くことはないでしょう?同じテニスクラブで練習する仲間なんですから、どちらかが辞めない限りは今年限りのお付き合いという訳でもないでしょう」

『仲間』という言葉には落胆せずにはいられなかったが、それでもこの先があることを巴は素直に喜んだ。
嬉しくて、紙袋を胸に抱きしめて、笑う。
気恥ずかしさで、観月の少し前を歩き始めた。
目的地のスポーツ用品店がどこにあるかは分かっていないが、間違っていたら後ろの観月が声を掛けるだろうからそのまま進む。
観月の言葉は、この短い間でもいろいろあったがそれでも全面的に信用している。
だから『来年からは』という言葉も信じる。
信じたい。

「━━━いつか」

言いにくそうに小さな声で観月が声を出す。
雑踏に紛れるか紛れないか、ギリギリの声で。

「いつか、キミが大人になって、あの店の薔薇の香りが似合うような女性になったら、
 その時は是非ともボクにあの香りをキミに贈らせて下さい」

背後から聞こえる観月の声は、あまりにも巴自身に都合の良い言葉で信じられない思いだった。
だから、きっとプレゼントで嬉しさが突き抜けすぎたための幻聴なんだと疑った。
観月が自分に向かってそんなことを言うなんて、都合のいい夢でしかないと。

「ボクの、一番好みの香りですから是非キミに身に纏ってもらいたいんです」

そのあと続けられた言葉は、観月の普段の声からしてもあまりにも小さく、
そして周囲のざわめき、巴自信の感情のオーバーフローによって彼女の耳には届かなかった。
正確に言えば、聴力にも自信がある巴の耳には届いていたが現実の物として認識されず、
この後随分長い間、自分自身の妄想と言うことで処理されていた。



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