忍者ブログ
Admin  +   Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

本文なし

拍手


なんの冗談なのか。
ラケットを握りしめている右手はビリビリと細かく振動して麻痺している。
これが全国区の男子の球を受けるということなのだろうか。
女子の膂力では到底敵うことの出来ない力。
カラン、と足下にラケットが転がり落ちた。

「あ~! 参りましたあ、桃城先輩」

ネット越しに対峙していた桃城新部長に向かって、赤月巴は白旗を揚げる。

「なんだあ? 俺の思いっきりの打球を受けてみたいっていったのお前だろ?
 なのにたった3球で終了かよ、甘いなあ赤月」

自分の力を周囲に思い知らせたためか満足げな表情だ。
周囲からは感心した声や戦慄した声、
「チッ……馬鹿力が……女子相手になに本気だしてんだ」との声も聞こえてくる。
最後に聞こえた言葉に「何だと、海堂テメエ!」と反応しつつ、
コートにころがしたままの巴のラケットをちらりと見遣る。

「おい、赤月悪いな。 ガット思いっきり歪ましちまってよ」

その言葉で巴は慌てて自分のラケットを拾い上げた。
自分の手に戻ってきたラケットは確かにガットが歪んでいた。
どれだけ力の入った打球を受けたらこんなコトになるのだろうか。
夏の全国大会が終わった後、張り直したガットは使い物にならなくなっていた。
ガットに入れていたステンシルマークのクマは死んでいた。

「ううっ、せっかく入れたクマもお亡くなりに…練習用、これだけなのに…。
 しかもこのクマのステンシルマーク、遠いお店でしか入れてくれないのに」

週末、練習試合があるため試合用のラケットを練習に使うのは躊躇われる。
現状では「遠いお店」に再び行くか、マーク無しだが近場で済ますの2択だ。
コートを離れながら「どうしたものかなあ」と呟いてみる。
とりあえず今日のところは練習が終わるまで、筋トレや走り込みに専念するしかない。
ラケットがないのだから仕方ないことだ。
ベンチにラケットをひとまず置いて「走り込み行ってきまーす」と外へ出ようとした。
コートの出入り口で走り込みからかえってきたリョーマにバッタリと出会った。

「なに、赤月は桃城部長とやってたんじゃなかったの?」

事情を知らないリョーマは不思議そうに尋ねた。
普段なら桃城と巴が打ち合うのなら練習時間いっぱい使っていてもおかしくないのだ。
聞いてみてもおかしくないことだった。

「それがさあ、聞いてよリョーマくん」

これまでのいきさつと、ラケットをどうすればいいのか悩んでいることを話す。
リョーマは今まで良い相談相手になったことがなかったが、話したかった。
なんだかんだいって、今一番近しい相手なのだ。

「ふーん、じゃあ今から行ってくればいいじゃん。 ロードワークと思ってさ」

その「遠くの店」に行けばいいとリョーマはあっさりと言い切った。
その店とはリョーマがかつて3本のガットを張り替えに行った大型スポーツ店のことだ。
リョーマに出来ることが自分にも出来ないはずはないと常々巴は思っていたが、
さすがに性差に寄る部分は無理もある。
中一女子の走ることの出来る距離ではない。
青い顔をして「さすがに、無理だってー!!」と絶叫をコート内に響かせた。


---


結局、行くことになってしまった。
部長の温情によって自転車を貸してもらえたが両足にはパワーアンクル装備済みだ。
なぜか複雑そうな表情をしたリョーマには「気を付けて行った方が良いよ」見送られた。
行きは何とか頑張って店まで到達し、ガットを張り替えクマの模様も再び入れたが
帰りは目的も「学校に帰り着く」ことしかなく、段々足も重くなってきた。
秋をとっくに迎えた太陽は足早に地平線へと消えていこうとしていた。
しかし「夕暮れってキレイ」などと思う余裕が当然あるはずもなく、
川岸のサイクリングロードをよたよたと走っていた。
道は目の前に橋が迫って登り斜面へと突入し、足の負担がさらに重くなってきた。

「……ちょっ、ちょっと休憩……」

いくら女子の中では体力自慢を誇る巴といえど、やはりこの距離では疲れる。
自転車を止めて、ちょっと土手に座って休憩を取ることにした。
川から土手に吹き上げる風は、自転車で火照った体には心地よくてついぼうっとしてしまう。
何となく眠たくなってきたときに、耳慣れた音がどこかから聞こえてきた。

「ん、誰か壁打ちしてるのかな?」

パコーンパコーンと規則正しく聞こえる独特の音はテニスボールの音に違いない。
大きい橋のある河川敷では、よく壁打ちをしている人がいる。
きっとこの橋のところでも誰かが打っているのだろうと簡単に推測できた。
しかも打っている人物はかなりの実力の持ち主だ。
聞こえる音の間隔の速度はとても早い。乱れやムダが全くない。
しかもどうやら同じ場所に打ち込まれているように聞こえる。
巴はその壁打ちをしている人物に興味を抱き、土手を駆け下り橋の下へと向かった。
壁打ちの主は、呼吸も全く乱さず正確なフォームで淡々とボールを打ち返していた。
その人物に巴は見覚えがあった。

「あー、切原さん……!」

壁打ちは巴の声によって中断された。
戻ってきたボールを左手で受けて、切原は声のする方へ振り向いた。

「アンタはー…えーと青学のムダに元気な女だ、赤月だっけか」

いかにもうろ覚えですという表情で答える。
都大会でも全国大会でも対戦した学校の選手同士とはいえ、
切原はシングルス、巴はミクスドでさほど接点がなかったのだから仕方のないことだ。
巴にとっては、青学への乱入事件や対青学戦で見せた彼のプレイが強烈すぎて忘れようにも忘れられなかったのだが。

「そうです、こんにちは」

「ああ」

会話が続かない。
橋の上を通る車の音だけが聞こえてくる。
巴も勢いで声を掛けてしまったので、何を言うか考えていなかった。
二人の間に話題などあるわけがなかった。
そもそも学校同士の交流がほとんどないのだから。
この夏の大会に至っては双方敵同士だったのだ。
しばらく気まずい沈黙が続いたが、それを破ったのは切原の方だった。

「アンタも一緒にやるか、壁打ち」

「はい?」

とっさに何を言われたかよく分からなかった巴のカバンを指さして
「ほら、アンタもラケット持ってるんでしょ」と誘いかける。

「一緒に壁打ちですか?」

「ま、こんな狭い場所じゃ二人で向かって打ち合うわけにもいかねえし。
 ミクスド練習だと思ってやらねえ?
 ちょうど一人でやって飽きてきたところなんだよな」

心底飽きたような表情をして言う切原に、ちょっと笑いながら巴は頷いた。
彼は残酷なプレイをするけれども、実際話してみると案外コドモな面が目につく。
中学生を超越した人が周囲に多い巴には、中学生らしい中学生が新鮮でありホッとする。

「いいですよ、私も自転車に飽きてきたところなんで気分転換に」

ラケットバッグから先ほどガットを新調したばかりのラケットを取り出して
いそいそと切原の隣に並ぶ。「さ、やりますか」

またボールの規則正しい音が周囲に響き始めた。
お互いひとつのボールを交互に壁に当てていく。
さすがにまだまだ未熟な巴はたまに外れた場所にボールを当てているが
切原の打球は普段のラフプレーから想像できないほど正確だった。
こういうところが、基礎がキッチリとしているところが
やはり立海大付属中テニス部の新部長たるゆえんなのだろうと巴は内心納得する。

「や、やっぱり凄いですねえ、切原さん」

二人はボールを大外しすることなく打ち続けるので、
止めるタイミングが掴めないままもうすでに時計は半周近くまわっていた。
ボールを外さないのは、つまり巴のボールを引きうけ
また彼女へと綺麗な形でかえす切原の技術が凄いからで、
やはり『常勝』という言葉を背負うのに相応しい人だと感心した。

「アンタも結構イイ線行ってると思うぜ。
 ここまで俺に付き合える女子って立海でも涼香ぐらいだしな」

巴は夏に対戦した背の高い迫力美女の姿を思い出す。
確か彼女が『涼香』だったはずだ。

「えーと、原さんでしたっけ」

「そう、原。真田さんのことが好きだっつー奇特な俺の幼馴染みだ」

さらりと人の恋バナを他人に暴露する切原。
『あの真田』を慕う女子がいるという爆弾投下に驚いて巴は目測を誤る。
「え、あああ~っ!」叫び声も虚しくラケットは空を切り、
ボールはラケットの下をすり抜けて川へと吸い込まれてしまった。

「ごっごめんなさい!ボール、川に落としちゃいました」

切原=恐い人というイメージが脳内で抜けきらない巴は平謝りをする。
目が赤くなったらどうしよう。
それよりデビル化したらどうしよう。
顔を青くした巴を面白げに見ながら彼は「いや構わねえよ」と案外あっさり答えた。

「タイムリミット…だしな、もうこんなに暗い」

これ以上続けていても、やがてボールが見えずに同じ結果になっていただろうと言う。

「それでも、ボールのことはホントにすみません!」

その巴の言葉に「じゃあ、はい」と切原は右手を出す。
意味が分からず巴はきょとんとした顔をする。

「どうせ、アンタのバッグにも1個や2個ボールが入ってるでしょ。
 それで良いから替わりによこせよ」

「ええ、でも、私のボールで良いんですか?別に新しくもないですよ」

自らのラケットバッグをのぞき込んでボールを探しながら巴は答える。
バッグの中にはストリートコートで遊んだりする時用の使い古されたボールしか入っていない。
人のボールを川に落としてしまった替わりならせめて新しいもので返したいものだが
どうやら今回はそれはかなわないらしい。

「いいよ、次に会ったときまでの人質…いやボール質だな。
 次に会ったら新しいのと交換な、それでいいぜ」

ニヤリと彼独特の表情を浮かべながら切原はそう答えた。
その言葉で巴は躊躇いがちに彼にボールを手渡した。
手の中のボールに印刷されていたクマの絵と彼女のラケットを返す返す見ながら
「そんなにクマ好きかよ…ガキ」と、切原は呆れたように呟いた。
幸い巴の耳には届かなかった。

「次って、いつもこんな場所にいるんですか?
 それなら返しに来ますけど」

まさか立海の部長がこんな所でいつも壁打ちをしているとは思えない。
そういえば何故ここにいるのだろうかと、巴は初めて疑問に思った。

「まっさか、仮にも新部長様だぜ、俺。
 今日はたまたま練習が早く終わったからここで打ってただけ。
 テニススクール行くにも中途半端な時間だったからな」

「ああ、そういうことでしたか」

納得の表情を浮かべる。
そんな巴を見て、切原もふと気付いたように疑問を口に出す。

「俺のことよりも、青学の奴らこそこの辺よく来るワケ?
 越前リョーマともこの辺で会ったことがあるんだけどよ」

青学とは遠く離れたこの場所で青学の選手と2回も遭遇してしまった切原は
心底不思議そうに疑問を口に出した。

「そんなこともないんですけど…ほら、この先に大型スポーツ店があるじゃないですか、
 あそこに用があってここを通るんですよ」

「ああ…あの店な、俺も良く行くぜ。ガットの張り替えが速いし。
 俺みたいなプレーすると結構ガットが痛みやすいんだよな」

うんうんと頷いた。まああの店なら遠くても行っちゃうよなと納得する。

「そうですよね、結構イイ店で…遠くさえなければ行くんですけどねー。
 今日も自転車で時間かけてきたんですけど……ああああああああ!」

巴はなにかにスイッチを入れられたように急に叫びだした。
さすがの切原もその突然の声にビクッと驚く。

「な、なんだよ、いきなり」

「もうこんな時間じゃないですか!桃城先輩の自転車借りてきたのに!
 遅くなったら、すっごく怒られる~!どうしよう!」

すでに練習を終えるような時間だった。
巴が帰ってこないと、桃城は帰宅するための自転車がない。
自転車がないだけならそのときには徒歩でも帰宅するだろうが
面倒見の良い彼のことだから巴のことを待っているだろう。
なんだかんだいって人の良い他の部員達も。
遅くなれば当然彼らは心配するし、心配を掛けるようなことをした彼女を怒るだろう。
巴としても怒られるのが恐いのではなく、心配してくれる人たちに申し訳なく思う。
もう頭が真っ白になってしまった。

「あの、すみません…もう帰りますんで!じゃっ!」

切原の問いかけにも答えず、慌てて土手を駆け上り、
巴を心配して待っているだろう人々のところへと帰っていった。

「……なんだあ?慌ただしいヤツだなあ」

あまりの突然なことに呆気にとられつつ切原は巴を見送った。

「おもしれえ女━━━ま、悪くねえな」

手の中に入ったままのテニスボールをぎゅっと握りしめる。


---


「あら、赤也ってこんなボール持ってたっけ?……かわいい」

練習中、切原の倒れたラケットバッグから転がり落ちたテニスボールを原は拾い上げた。
持ち主には似つかわしくないクマの柄が入っている。
彼がこんなファンシーなテニスボールを持っているかと思うと微笑ましく、
思わずクスクスと笑い声がこぼれ落ちる。
もしかしたら幼馴染みの彼の新たな一面を見てしまったのかもしれない。
引退した三年生にでも見つかれば酷くからかわれるだろうにと思いながら問いかける。

「ねえ赤也、このテニスボール、どうしたの?」

手にしたボールを「これ、これ」と掲げて、少し離れたところにいた切原に見せる。
周囲にいた部員達の目が一斉に原の手に集まった。

「なんだよ━━━ええっ、ちょ、それナシだろ涼香」

切原は原の手にあるボールが自分のボールだと即座に気付き慌てて飛んできた。
そしてもの凄いスピードでもぎ取り自分の手に取り返した。
「ちょっと乱暴ね」と原の抗議にも耳を貸さない。

「それにしても、ふふっ随分可愛いボールを持ってるじゃない。
 赤也ってばこんな趣味があったの?」

からかい気味な原の言葉を少し顔を歪めて「うるせえよ」と切り捨てる。

「で、どうしたの?自分で買ったワケじゃないでしょう」

「…………まあ…………言ってみれば、シンデレラの靴、みたいなものかな」

「はあ?赤也熱でもあるの?」

切原が狂ってしまったのではないかと原は本気で心配になった。
このどうしようもないくらいガキっぽい彼が乙女チックな事を言っている。
狂ってはいなくても高熱は出していそうだ。

「靴じゃねえか、ボールだもんな。
 ま、次に会うときに持ち主に返そうかと思って今日持ってきたんだ」

「ふーん、まあいいけどね、どんな相手に返すのか見物だわ。
 どう考えても女子の持ち物じゃない、それ」

テニス中心の生活で馬鹿ばっかりやってても、結局思春期男子というところか。
半ば呆れた表情で「色気づいちゃって」と面と向かって言ってやる。

「ばっ……!ちげーよ、そんなんじゃねえよ。ただ━━━」

照れくさそうな顔を隠そうともせず、慌てて原の言葉を切原は否定した。

「ただ?」

これまでの経験からいって、切原はなんだかんだ言っても誰かに聞いて欲しいのだと察した原は
そのまま切原の言葉を待つ。幼馴染みも大変だ。

「おもしれえヤツだったから、また話してみたいって思っただけだよ」

「そう?」

「そうなの!お前ら女子はなんでも色恋に結びつけるんだからなー」

テニス部エースという肩書きから興味もないのに、いろんな恋愛ネタに巻き込まれてきた切原は心底うんざりと言った表情で言葉を吐き出す。

「そうなんですか?」

「ああもう、しつこい涼━━━え?ええええええええええ?」

長身の原の後ろからひょこっと顔を出した少女は切原を驚かせるものだった。

「なんで、赤月がこんな所にいるんだよ!!!」

どうやら切原は本気で驚いているようだった。
原は、ため息をつきながら「それは今日は青学と練習試合だからよ」と答える。
切原は話題にしていた相手がこの場に、よりによって原の後ろにいることに驚いているだけだったのだが話し相手の原はそれを知らない。

「いや、覚えてるってば……よく来たな青学さん」

慌ててその場を離れて彼らから少しばかり離れたところに控えていた
青学の選手達を迎えに走っていった。
原は素直に切原は青学の選手がこの場にいることを驚いているのだと思っていた。

「まったく赤也もボンヤリしてるわね、真田さんを見習えばいいのに」

やれやれ、と巴を振り返る。
真田に恐ろしい印象を持つ巴は曖昧に笑って返す。
果たして真田を見習うことが立海にとって良いのか分からなかったからだ。

「じゃあ、女子の更衣室に案内するからミクスドの女子はこちらへ━━━」

女子選手達を案内しようとしたところで、ふと巴の持ち物に目を留める。

「あら赤月さんはこのクマの絵のブランドが好きなの?」

つい最近何処かで見たようなクマの絵を見ながら尋ねる。
一緒について来た青学の女子選手達も口を揃えて「巴は好きだよねー」と答える。

「はい、試合用ではさすがに使いませんけどラケットもボールもこの柄なんですよ」

ふと原の頭の上にピコーンと電球が灯った。
ラケットも『ボール』もこの柄。
『ま、次に会うときに持ち主に返そうかと思って今日持ってきたんだ』との切原の言葉。
どうやら本当に切原は今日青学が来ることを忘れていたわけではないらしい。
こんなところに、とんだシンデレラがいたもんだ。

「ねえ、赤月さん突然だけどガラスの靴を持って王子様がきたらあなたどうする?」

「そりゃまた突然ですねえ、でも、そうですね……」

うーんと一瞬考え込んでからまた再び口を開いた。
周囲の人間が一斉に耳をそばだてる。

「テニスが強ければ考えてあげても良いですよ」

これは面白い答えが聞けたと、原は内心にやりとする。
切原が聞いたらどう反応するだろうか?
周囲の女子達も興味のある話題らしくクスクスと笑いながら興味深く巴の答えを聞いた。

「へえ、どのくらいなの?その強さは」

「少なくても…そうですね、リョーマくん程度には」

身近で強い相手と言うことで同居人の名前を屈託なく巴は挙げた。
「べつにだからといってリョーマくんが恋愛対象ってワケじゃないですよ」とどこか言い訳がましくとってつける巴に、
周囲の女子達が「それじゃあ一生カレシできないよ」とからかう姿は原にも微笑ましく映った。
ポニーテールの女子がくるりと原を振り返って「ですよねえ?」と同意を求める。

「そうね、あまりにもハードルが高いんじゃないかしら」

『リョーマくん程度に強い相手』という括りに、自分の想い人を脳裏に思い浮かべて内心焦りながらもそう答えた。心からの答えだった。
切原は一度越前リョーマに負けていることを原は知っている。
巴がその事を知っているかどうかは分からないが、
そんな王子様の条件を知ったら切原は打倒リョーマに躍起にならざるを得ないだろう。

「ホント勇ましいお姫様ね」

面白くなりそうだ、あとで切原に伝えなくては。
これを伝えたらあの幼馴染みはどんな反応を示すだろうか。
原にはそれが楽しみで仕方なかった。


---


「ボールはやっぱり返せねえし、受け取れない」

新品のボール缶を巴から差し出されるも、切原はこれを拒絶した。
なぜ拒絶されたのか分からない巴に切原は言葉を続けた。

「━━━俺がもっと強くなったときに受け取ってくれねえか?」

ちょっと真剣にも見えるその表情に気圧されながら巴は頷いた。

「よくわからないですけど、切原さんが強くなったときですね。
 じゃあ、私も受け取るのに条件があるんですけど」

「条件?」

「はい、たまにはこの間みたいに壁打ち付き合ってくれますか?
 切原さんと壁を打つの楽しかったんで。
 そしたらボールのことはいつでもいいですよ」

「そうだな……仕方ないから付き合ってやるか」

目の前の巴を本当に面白いヤツだと思いながら切原は快諾する。

「仕方ないのはこっちの方ですよ、そのボール古いけど気に入ってるんですから」

「まーまー、いつか絶対返してやるから……待ってろ」

その時は、近い将来絶対やってくるから。
手のなかにあるクマ柄のボールをぎゅっと握りしめ誓いを立てる。



END
PR
プロフィール
HN:
ななせなな
性別:
非公開
忍者カウンター
P R
material by bee  /  web*citron
忍者ブログ [PR]