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本文なし
これは、なんたる偶然と感激でもすればいいのだろうか?
それとも、自分でも知らない間に彼女の現れる場所を解析していたんだろうか?
観月はじめは思わず考え込んでしまった。
川沿いの遊歩道。
初夏も既に通り越し梅雨に近い事を感じさせる湿った風の吹く、そんな夜。
暗がりの中、反対からヘッドライトを煌々と点灯させながらゆらゆらヨロヨロと、
危なっかしい動きの自転車がやってくる。
乗っているのは、赤月巴だ。
まわりは暗いというのに何故分かってしまったのか。
単に知人だからか、それともまた別の理由があるのだろうか、
こんな時間帯に彼女がやってくることにこれ以上ないくらいハッキリと観月は気付いてしまった。
視力だの何だの理屈で済まされないような気がする。
青春学園中等部にこの春入学したばかり、出会ったのはつい1ヶ月前のことだった。
同じテニススクールに通っているとはいえ、彼女には自分がライバル校の生徒だという意識が少ないらしく
観月はなんだかんだと子犬のような目を彼女から向けられている。
もちろん、観月とて悪い気はしない。
その巴が向こうからやって来る。
時折ふらっと自転車ごと大きく傾かせては遠くから見ている観月をハラハラさせる。
「巴くん、何をしているんですか?」
その答えは一目瞭然なのだが、観月は思わずそう声をかけてしまった。
赤月巴と自転車。
運動神経も抜群で活発な彼女だが、不思議と自転車とはイメージが繋がらなかった。
彼女が移動するときはその足で駆けていく方がしっくりする。
しかし、それ以上に自転車に振り回されているようにも見える今の彼女は、まったくもって意外だった。
たしかにプレイ中の姿を見ていても少し重心のバランスが悪いかなと思っていたが、
どうやらそれはあながち気のせいでもなさそうだった。
運動神経が抜群の彼女の欠点がバランスだなんて完璧主義の観月から見れば滑稽であったが、
それはそれで矯正のし甲斐があるなとも彼の指導者の面がそう思う。
「わわっ…観月さん…あああっ!」
巴は観月の声を確認して声の元を探るべく顔を左右に動かした。
と、同時にガシャンという音と共に自転車は転ぶ寸前まで傾いた。
持ち前の運動神経でかろうじて地面への直撃は踏みとどまり、傾いた自転車ごと体勢を整えようと必死だ。
観月は慌てて巴のところまで駆け寄っていった。
巴は恥ずかしそうな表情で体勢をなんとか立て直し、諦めた様子で自転車を降りた。
「大丈夫ですか?キミ」
中学生にもなってたやすく自転車で転倒する彼女に半ば呆れた顔で問いかける。
それに巴は照れくさそうに「あはは…平気です…」と答えた。
「いやあ、普段乗り慣れないものになんて無理して乗っちゃダメですねえ」
「では何故乗っているんです、キミの自転車ではないのですか?」
巴と自転車を返す返す見て尋ねる。
華やかなメタリックピンクのかわいらしい自転車はいかにも若い女性の乗りそうなデザインで、巴の持ち物のように観月には見えた。
「いえ、これは友達の朋ちゃんに借りたんです。
私は昔から父に走らされてばかりで自転車なんて乗ったことがなかったんですよ」
東京歴2ヶ月ほどの彼女は胸を張って「だから東京に来てはじめて自転車に乗ったんです」と言った。
まだよろける程度の実力では胸を張るも何もないのだが。
すかさず観月も「胸を張って言うことですか、それ?」とツッコミを入れる。
「で、そんなキミが何故こんな時間にこんな所を自転車で走っているんです?
まさかと思いますが練習ですか?」
「違いますよー。朋ちゃんちにお邪魔してたら門限も結構近づいてたんです。
で『急ぐんなら自転車貸してあげるわよ』って朋ちゃんが言ってくれて━━━」
話の途中で巴はふと思い出した。
「って、あー!!!門限が!!!」
とたんに慌てふためく。そういえば急いでいたのだ。
ここで観月と立ち話をしている場合ではなかったことに巴は改めて気付いた。
自転車を再び乗ることには自信がなかったが、これに乗るしかない。
腹を括って再び乗ろうとしたところで、横からハンドルを観月に奪われた。
「巴くん、乗りなさい」
「え?」
一瞬言われている意味が巴には分からず惚けてしまう。
二人の間にはさらさらと川の水が流れる音だけがしばらく周囲に響いていた。
観月はその様子にわれ関せずといった表情で先に自転車にまたがる。
その動作で巴もようやくその意味を知った。
「後ろに荷台があるでしょう?早く乗って」
「二人乗り…ですか!」
「何を素っ頓狂な声を出しているんですか。
ボクだって二人乗りなんて褒められた事じゃないのは重々承知ですけど、キミが無事に門限までに帰り着きたいのならこうするほか無いでしょう?
借り物の自転車をここに放置するわけにもいきませんしね」
観月は我ながら柄にもないことをしているなと思った。
つまりはライバル校の選手に対しての親切。
見返りがなさそうな相手への気配り。
時計を見ると、どうやら自分の住まう寮の門限も巴の家の門限よりは遅いものの近づいている。
青春台方面の彼女の下宿先に行ってしまえば、例え交通機関を都合良く乗り継げたとしても門限に間に合うかどうかは怪しいところだ。
選択肢は門限を諦めて寮母から説教の上反省文を提出するか、それとも諦めずに全力疾走しかない。
こんな割に合わないことをする自分ではないのに、と自分自身に観月は首をひねる。
しかし、口に出してしまったものはしょうがない。
こうなったら一刻も早く彼女を家まで送り届けて帰るだけだと意思を固める。
そして、なぜか乗ることに躊躇している彼女に「嫌なんですか?」と問いかける。
自分がこんな破格なことをしているというのにと思うと少し苛立たしい。
「いえ、二人乗りをするのはもちろん良いんですが…初めてなんですよ」
巴はまるで叱られるのを恐れている子供のようにおずおずと問いに答えた。
「なにがですか?」
「男の人と…いえそれどころか誰かと二人乗りするなんてことがですよ。
さっき東京に来てはじめて乗ったって言ったじゃないですか」
観月は「何を馬鹿なことを…」と言いかけて口を閉じる。
少し頬が緩んでいるの事に気付いたが、暗がりで彼女のところからは表情があまり見えないことに少し安堵してそのままにしておいた。
なぜここで自分はにやけてしまうのか、その理由が分からないまま取り繕うように早口で追って巴に告げた。
彼女に話しかけているのに、彼女の顔を見ることが出来なかった。
「じゃあ、その初めてがボクだということに感謝しなさい。
ボクは滅多にこんなコトしませんからね」
巴は観月と二人乗りをするという行為にドキドキしながらも、しかしもうこれ以上の選択肢はなく「えいっ!」と荷台にまたがった。
さすがに観月の身体に腕を回す事は少し恥ずかしくて出来ず、荷台をぎゅっと握る。
「……ボクも少し恥ずかしくはありますけど、キミにケガをさせたくないですからね。
ちゃんとボクに掴まってくれませんか?」
めずらしく小さくもそもそと注意をする観月の話に、
巴は同じく小さな声で返事をしながら躊躇いがちに両腕を観月の腰へと持っていった。
多分、いま自分の顔は火を噴いたように赤く染まっているのだろう。
異性との二人乗りが初めてなら、こんな風に身体に手を回すのも初めてだ。
その自覚はあり、巴は暗いことと観月の背後にいることを見えない何かに感謝する。
あとは、胸の鼓動が観月に聞こえていなければいいのだけれどもそれは分からない。
願わくば聞こえていませんように、と心の中で呟いた。
いつになく近くに見える観月の背中を正視できず、巴は川の向こうの風景に目をやる。
それは変わらないいつもの街の夜の風景で、いまここで日常と違うことをしているのは自分なのだと改めて思い知らされる。
きっと、この二人乗りの相手がリョーマや桃城だったらこんな奇妙な気持ちにはならないだろうに。
何の躊躇いもなく、何の胸の高まりもなく自転車にまたがれたのにと思う。
少し経って「いいですか?行きますよ」との観月の声に平静を装って「はい」とただ一言だけ答えた。
観月は巴の声を後ろに聞き、ペダルをグッと踏みしめた。
「キミは少しバランスが悪いようですからね。二人乗りはバランスを取るのが難しい。
重心移動には気を配って下さい」
そう巴に語りかけ、最初は少しよろめきながらもそのうち真っ直ぐ快走しはじめた。
川岸を離れ、巴の住む街へと向かっていく。
さーっと流れるように走る自転車に何とも言えない爽快感を巴は覚え、
「観月さん!自転車、サイコーですね!」
と調子よく声を上げ、その勢いでぎゅっと観月へと伸ばした腕に力を込めてしまう。
つまり、それは抱きつくような形で。
観月は背中に感じるやわらかな圧力に動揺してハンドルを取られて自転車がぐらついた。
さすがにこんな時にまで冷静でいられるほどの精神力は持ち得ていなかったため、
ついつい叫ぶような声で咎め立ててしまった。
「キミ、危ないからおとなしくしていなさい!」
「すみませんっ!」巴は自分がいま勢いでやってしまったことに気付いて慌てて身を離す。
誰か知り合いが見ていたら「なんて大胆な」と巴をはやし立てるだろう。
流れゆく周囲の風景に人影がないことを確かめてホッと天を仰ぐ。
仰ぎ見た頭上にはこの時期に珍しく星が輝いていて何となく幸福感に包まれた。
こんな思わぬところで観月と星空の下でサイクリングだ。
このままずっとどこまでも走っていけたらいいのになどと、馬鹿げたことまで思ってしまう。
その時ふと、風を切って走っていく音の中に「んふっ、ま、たまにはこんなアクシデントがあっても良いですね」とやわらかな観月の声が聞こえたような気がした。
「なにか言いました?観月さん?」と問い返すも、前から聞こえてきたのは「いいえ、気のせいでしょう、運転に集中させて下さい」と何故か機嫌の悪そうな答えだけだった。
巴にとって、その時の観月の表情が見えないことは非常に残念だったといえる。
なぜなら、その不機嫌そうな声とは真逆の表情だったから。
END
これは、なんたる偶然と感激でもすればいいのだろうか?
それとも、自分でも知らない間に彼女の現れる場所を解析していたんだろうか?
観月はじめは思わず考え込んでしまった。
川沿いの遊歩道。
初夏も既に通り越し梅雨に近い事を感じさせる湿った風の吹く、そんな夜。
暗がりの中、反対からヘッドライトを煌々と点灯させながらゆらゆらヨロヨロと、
危なっかしい動きの自転車がやってくる。
乗っているのは、赤月巴だ。
まわりは暗いというのに何故分かってしまったのか。
単に知人だからか、それともまた別の理由があるのだろうか、
こんな時間帯に彼女がやってくることにこれ以上ないくらいハッキリと観月は気付いてしまった。
視力だの何だの理屈で済まされないような気がする。
青春学園中等部にこの春入学したばかり、出会ったのはつい1ヶ月前のことだった。
同じテニススクールに通っているとはいえ、彼女には自分がライバル校の生徒だという意識が少ないらしく
観月はなんだかんだと子犬のような目を彼女から向けられている。
もちろん、観月とて悪い気はしない。
その巴が向こうからやって来る。
時折ふらっと自転車ごと大きく傾かせては遠くから見ている観月をハラハラさせる。
「巴くん、何をしているんですか?」
その答えは一目瞭然なのだが、観月は思わずそう声をかけてしまった。
赤月巴と自転車。
運動神経も抜群で活発な彼女だが、不思議と自転車とはイメージが繋がらなかった。
彼女が移動するときはその足で駆けていく方がしっくりする。
しかし、それ以上に自転車に振り回されているようにも見える今の彼女は、まったくもって意外だった。
たしかにプレイ中の姿を見ていても少し重心のバランスが悪いかなと思っていたが、
どうやらそれはあながち気のせいでもなさそうだった。
運動神経が抜群の彼女の欠点がバランスだなんて完璧主義の観月から見れば滑稽であったが、
それはそれで矯正のし甲斐があるなとも彼の指導者の面がそう思う。
「わわっ…観月さん…あああっ!」
巴は観月の声を確認して声の元を探るべく顔を左右に動かした。
と、同時にガシャンという音と共に自転車は転ぶ寸前まで傾いた。
持ち前の運動神経でかろうじて地面への直撃は踏みとどまり、傾いた自転車ごと体勢を整えようと必死だ。
観月は慌てて巴のところまで駆け寄っていった。
巴は恥ずかしそうな表情で体勢をなんとか立て直し、諦めた様子で自転車を降りた。
「大丈夫ですか?キミ」
中学生にもなってたやすく自転車で転倒する彼女に半ば呆れた顔で問いかける。
それに巴は照れくさそうに「あはは…平気です…」と答えた。
「いやあ、普段乗り慣れないものになんて無理して乗っちゃダメですねえ」
「では何故乗っているんです、キミの自転車ではないのですか?」
巴と自転車を返す返す見て尋ねる。
華やかなメタリックピンクのかわいらしい自転車はいかにも若い女性の乗りそうなデザインで、巴の持ち物のように観月には見えた。
「いえ、これは友達の朋ちゃんに借りたんです。
私は昔から父に走らされてばかりで自転車なんて乗ったことがなかったんですよ」
東京歴2ヶ月ほどの彼女は胸を張って「だから東京に来てはじめて自転車に乗ったんです」と言った。
まだよろける程度の実力では胸を張るも何もないのだが。
すかさず観月も「胸を張って言うことですか、それ?」とツッコミを入れる。
「で、そんなキミが何故こんな時間にこんな所を自転車で走っているんです?
まさかと思いますが練習ですか?」
「違いますよー。朋ちゃんちにお邪魔してたら門限も結構近づいてたんです。
で『急ぐんなら自転車貸してあげるわよ』って朋ちゃんが言ってくれて━━━」
話の途中で巴はふと思い出した。
「って、あー!!!門限が!!!」
とたんに慌てふためく。そういえば急いでいたのだ。
ここで観月と立ち話をしている場合ではなかったことに巴は改めて気付いた。
自転車を再び乗ることには自信がなかったが、これに乗るしかない。
腹を括って再び乗ろうとしたところで、横からハンドルを観月に奪われた。
「巴くん、乗りなさい」
「え?」
一瞬言われている意味が巴には分からず惚けてしまう。
二人の間にはさらさらと川の水が流れる音だけがしばらく周囲に響いていた。
観月はその様子にわれ関せずといった表情で先に自転車にまたがる。
その動作で巴もようやくその意味を知った。
「後ろに荷台があるでしょう?早く乗って」
「二人乗り…ですか!」
「何を素っ頓狂な声を出しているんですか。
ボクだって二人乗りなんて褒められた事じゃないのは重々承知ですけど、キミが無事に門限までに帰り着きたいのならこうするほか無いでしょう?
借り物の自転車をここに放置するわけにもいきませんしね」
観月は我ながら柄にもないことをしているなと思った。
つまりはライバル校の選手に対しての親切。
見返りがなさそうな相手への気配り。
時計を見ると、どうやら自分の住まう寮の門限も巴の家の門限よりは遅いものの近づいている。
青春台方面の彼女の下宿先に行ってしまえば、例え交通機関を都合良く乗り継げたとしても門限に間に合うかどうかは怪しいところだ。
選択肢は門限を諦めて寮母から説教の上反省文を提出するか、それとも諦めずに全力疾走しかない。
こんな割に合わないことをする自分ではないのに、と自分自身に観月は首をひねる。
しかし、口に出してしまったものはしょうがない。
こうなったら一刻も早く彼女を家まで送り届けて帰るだけだと意思を固める。
そして、なぜか乗ることに躊躇している彼女に「嫌なんですか?」と問いかける。
自分がこんな破格なことをしているというのにと思うと少し苛立たしい。
「いえ、二人乗りをするのはもちろん良いんですが…初めてなんですよ」
巴はまるで叱られるのを恐れている子供のようにおずおずと問いに答えた。
「なにがですか?」
「男の人と…いえそれどころか誰かと二人乗りするなんてことがですよ。
さっき東京に来てはじめて乗ったって言ったじゃないですか」
観月は「何を馬鹿なことを…」と言いかけて口を閉じる。
少し頬が緩んでいるの事に気付いたが、暗がりで彼女のところからは表情があまり見えないことに少し安堵してそのままにしておいた。
なぜここで自分はにやけてしまうのか、その理由が分からないまま取り繕うように早口で追って巴に告げた。
彼女に話しかけているのに、彼女の顔を見ることが出来なかった。
「じゃあ、その初めてがボクだということに感謝しなさい。
ボクは滅多にこんなコトしませんからね」
巴は観月と二人乗りをするという行為にドキドキしながらも、しかしもうこれ以上の選択肢はなく「えいっ!」と荷台にまたがった。
さすがに観月の身体に腕を回す事は少し恥ずかしくて出来ず、荷台をぎゅっと握る。
「……ボクも少し恥ずかしくはありますけど、キミにケガをさせたくないですからね。
ちゃんとボクに掴まってくれませんか?」
めずらしく小さくもそもそと注意をする観月の話に、
巴は同じく小さな声で返事をしながら躊躇いがちに両腕を観月の腰へと持っていった。
多分、いま自分の顔は火を噴いたように赤く染まっているのだろう。
異性との二人乗りが初めてなら、こんな風に身体に手を回すのも初めてだ。
その自覚はあり、巴は暗いことと観月の背後にいることを見えない何かに感謝する。
あとは、胸の鼓動が観月に聞こえていなければいいのだけれどもそれは分からない。
願わくば聞こえていませんように、と心の中で呟いた。
いつになく近くに見える観月の背中を正視できず、巴は川の向こうの風景に目をやる。
それは変わらないいつもの街の夜の風景で、いまここで日常と違うことをしているのは自分なのだと改めて思い知らされる。
きっと、この二人乗りの相手がリョーマや桃城だったらこんな奇妙な気持ちにはならないだろうに。
何の躊躇いもなく、何の胸の高まりもなく自転車にまたがれたのにと思う。
少し経って「いいですか?行きますよ」との観月の声に平静を装って「はい」とただ一言だけ答えた。
観月は巴の声を後ろに聞き、ペダルをグッと踏みしめた。
「キミは少しバランスが悪いようですからね。二人乗りはバランスを取るのが難しい。
重心移動には気を配って下さい」
そう巴に語りかけ、最初は少しよろめきながらもそのうち真っ直ぐ快走しはじめた。
川岸を離れ、巴の住む街へと向かっていく。
さーっと流れるように走る自転車に何とも言えない爽快感を巴は覚え、
「観月さん!自転車、サイコーですね!」
と調子よく声を上げ、その勢いでぎゅっと観月へと伸ばした腕に力を込めてしまう。
つまり、それは抱きつくような形で。
観月は背中に感じるやわらかな圧力に動揺してハンドルを取られて自転車がぐらついた。
さすがにこんな時にまで冷静でいられるほどの精神力は持ち得ていなかったため、
ついつい叫ぶような声で咎め立ててしまった。
「キミ、危ないからおとなしくしていなさい!」
「すみませんっ!」巴は自分がいま勢いでやってしまったことに気付いて慌てて身を離す。
誰か知り合いが見ていたら「なんて大胆な」と巴をはやし立てるだろう。
流れゆく周囲の風景に人影がないことを確かめてホッと天を仰ぐ。
仰ぎ見た頭上にはこの時期に珍しく星が輝いていて何となく幸福感に包まれた。
こんな思わぬところで観月と星空の下でサイクリングだ。
このままずっとどこまでも走っていけたらいいのになどと、馬鹿げたことまで思ってしまう。
その時ふと、風を切って走っていく音の中に「んふっ、ま、たまにはこんなアクシデントがあっても良いですね」とやわらかな観月の声が聞こえたような気がした。
「なにか言いました?観月さん?」と問い返すも、前から聞こえてきたのは「いいえ、気のせいでしょう、運転に集中させて下さい」と何故か機嫌の悪そうな答えだけだった。
巴にとって、その時の観月の表情が見えないことは非常に残念だったといえる。
なぜなら、その不機嫌そうな声とは真逆の表情だったから。
END
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