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「はーっ、今日も暑いですねえ!」

炎天下、聖ルドルフ学院テニス部スクール組の練習はようやく休憩を告げられた。
その場にいた者達はベンチへ水道へ各々行きたいところへと散っていく。
赤月巴はざばざばと水道の蛇口の下に頭を突っ込んで涼んでいた不二裕太の隣に立ち、彼の動作に習って頭から水を被った。
長い髪は水を吸ってずっしりとした質感となり、そこからしたたり落ちる雫は彼女の背中をみるみるうちに濡らしていった。

「ちょ…お前…女子は普通そんな事しねえよ…」

隣の裕太は少々あきれ顔で彼女にそう言った。
それに観月さんにこの事を見咎められたらどんなことになるか…。
そう続けようとしたとき、背後に影を感じた。

「そうですよ、巴くん?」

後ろを振り向くと、明らかに不快そうな表情をした観月が立っていた。
髪も背中も無防備に濡らした自分の彼女を見れば男なら誰でも不快になるだろう。
ただでさえ巴はそういう機微にはとことん鈍い。
いくら観月がこれまで注意しても頓着しないのだ。
腹が立つのも仕方のないことだった。

「わわ!観月さん」

「わわ…じゃないでしょう。どうしてキミはいつもそうガサツなんですか。
 確かに暑いのは分かりますけどふつう髪の長い女子はそんなことしないでしょう」

観月の声に荒いところはないが、明らかに怒っている。
さすがに知り合って1年以上経つ今では鈍い巴でもそんなことくらい分かる。
ましてや自分自身信じられないことに、自分の彼氏だ。
こうなっては、この炎天下に休憩時間いっぱい使っての説教となることは確実だ。
巴はその場から逃げようと駆けだした。
休憩時間中逃げ切れれば何とかなるとでも言うように。

「ごめんなさーい」

「待ちなさい!巴くん!せめて髪ぐらい拭いたらどうですか!」

水道脇に置いてあった巴のタオルを掴んで観月は後を追い掛けた。
「髪なんて今日このまま放って置けばすぐに乾きますよー」と巴の声が聞こえる。
しかし、彼女の足は止まらない。
巴の全速力は男子並みだ。いくら観月とはいえその差はなかなか縮まらない。

「うわー、すごい痴話ゲンカっすね…」

コートの中にしきりに「待ちなさい」「嫌です」とのやりとりが響く。
観月が巴に説教している姿は今や日常茶飯事とはいえ、ここまで低レベルだとさすがに呆れる。

「捕まえたいんでしたら、早く追いついてみてくださいよ!」

「そんなこと言ってボクを挑発しているつもりですか?あとで後悔しますよ!」

いつしか追いかけっこに変わっている二人をボンヤリ眺めつつ裕太は思わず呟いた。
こんな二人のケンカじゃ確かに犬も食わないだろうなあとしみじみ思う。

「痴話ゲンカっていうより、あれじゃあまるで
 風呂あがりに体を拭かない子供とタオルを持って追いかけるお母さんだーね」

「クスクス、それは言えてる。観月は恐いお母さんだよね」

柳沢と木更津はいつの間にか笑いながら裕太の隣にやってきて水道を使いつつ、話しかけてきた。
こちら二人も頭から水を被って身体を冷やす。
巴と違って観月に怒られることはないから、遠慮無く水遊びをしつつ全身びしょ濡れにする。
もっともやりすぎで「マナーというものが…うんぬん」と小言を言われることもあるかもしれないが、彼が巴に構っている間はそれもないだろうという判断だ。

「裕太も昔お母さんに追いかけられたクチっぽいだーね?」

柳沢のからかい気味な問いに嫌なことを思い出して、苦虫を噛み潰したような表情で裕太は答えた。

「…………俺は、兄貴に…………」

「へえ、不二周助に?やっぱり仲が良い兄弟じゃないか」

相変わらずクスクス笑いながら木更津はそう言い、
やっぱり裕太はかわいいなあ、などと思いながら裕太の本当に嫌そうな表情を楽しむ。
裕太もその面白がるような視線に気付き木更津を睨みつけるが全く効果がないようだった。
さらに楽しそうに、笑うだけだ。

「しっかし、観月が不二周助と同じ事をしているなんて知ったら
 今の裕太以上に嫌そうな顔をしそうだーね、面白そうだーね」

「そうだね、あとで言ってみようか」

ああ、なんてこの先輩たちはタチが悪いんだろう。
裕太は思わず「あー…」と頭を抱えてしまう。
どう考えても観月は荒れてしまうだろう。
「このボクがあの不二周助の子供時代と同列だとでも言うんですか?」などと顔を引きつらせて言いそうだ。
きっとその怒りのとばっちりは自分たちだ。
休憩後の練習が思いやられて頭が痛い。
オマケにこのまま巴が観月から逃げ切ってしまえばさらに不機嫌倍増だ。
少しでも怒りの矛先がこちらに向きませんようにと、こっそり願う。
「悪いけど、赤月のやつ捕まってくれないかな」思わず口をついて出るくらいには切実だ。

「ま、彼女が捕まってもそうでなくても、面白そうだけどね」

「先輩…」

相変わらず隣に立つ木更津は面白がっている。
柳沢も「だーねだーね」と同調している。
裕太が聖ルドルフに転校したことに迷いが出るのはいつもこうした瞬間だった。

「捕まえましたよ!」

いつのまにかコートを飛び出し二人はフェンスの向こうを走っていた。
そして巴の後ろにピッタリとつけていた観月がついに彼女の左腕を掴む。
巴は掴まれざま後ろを振り向き、二人の視線がぶつかった。
その瞬間、ピピピピピピピピピピピ…と休憩終了を告げるタイマーが鳴り響いた。
当事者二人も周囲の人間もハッと我に返る。

「さーて、僕らの休憩時間は延びるのかな?クスクス」

観月の説教で延長戦か?それともここで停戦か?
それは彼の胸先三寸と言ったところだ。

「この部が馬鹿ップル鑑賞部でない限り、延びるわけないじゃないですか。
 あの二人が戻ってこようと戻ってこまいと私は練習しますよ」

彼らから少し離れたところで早川はクールに言い放ってコートに入る。
「そ、そうだよな」悪質な先輩二人から逃れようと裕太も慌てて彼女に続いた。

「クスクス…真面目な後輩を持って嬉しいね、ところで柳沢?」

「なんだーね」

「あの二人がすぐに戻ってくるかどうか、帰りのアイス賭けようか?」



END
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