×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ジュニア選抜合宿前、練習中のふたり。
***
びゅうっと吹いた強い風に、新しく下ろしたばかりの真黄色のテニスボールは流され、打った人間の意図とは違ったほうへと飛んでいく。
そのボールを待ち受けていた赤月巴は慌ててそれを追う。
この距離ならば、私の足ならば、間に合うはずと、がむしゃらにボールにすがりついた。
それによって、巴の体勢は大きく乱され、無茶なフォームで打ち返すことになってしまった。
もっとも無茶なフォームのせいで、せっかく届いた球も大ホームラン。アウトもいいところだ。
バランスを大きく崩して、そのままコートに巴はごろりと転がった。
幸い、酷く身体の何処かを打ち付けることはなく、巴はそのまま仰向けに暮れ行く赤い空を眺めて、ぼんやり今日の練習がゴムのハードコートで良かったなあと思った。
これがあまりいい土ではないクレーコートだと、せっかくのお気に入りのジャージが台無しになるところだ。
「──巴くん!」こちらに向かってくる足音と共にラリーの相手だった観月の声が飛び込んできた。
巴がなかなか起き上がらないことに対して、慌てて飛んできたのだろう。
心配させてしまったかも知れないと、巴も慌てて起き上がった。
「あ、観月さん、すみません! 大丈夫ですっ」
そう言うも、観月は相変わらず心配げな顔でこちらに歩いてくる。
巴はラリーを中断させて悪いなという気持ちで、大丈夫大丈夫と言い募るも結局観月は巴の前までやって来た。
「大丈夫って簡単に言いますけどねえ、キミは……」苦虫をかみつぶしたような顔で、巴に話しかける。
あ、これは説教フラグ……そう巴は身構えた。転んだことに対してか、ボールに追いつくのがギリギリだったことか──なんのテーマにしろ、ここから長い説教が始まりそうだと肩をすくめた。
「たかがラリーで、そんな無茶な事しないでください。キミがめちゃくちゃなフォームで何処か痛めたりしたらどうするんですか、選手生命が絶たれるかも知れないんですよ」
え、と声にならない声で巴は呟いた。
まさか、いま観月がこんなことを言うとは思わなかったのだ。
かつての観月なら、部員をただの駒として扱っていた観月だったらば、こんなことは言わない。
故障を、選手生命を気にするだなんて。
もっとも、周囲の者の故障も厭わない観月はじめはとっくに居なくなっているのは、それこそ自分が知っている。
彼が悔い改めた現場にいたのだから。
それ以降は、誰に対しても選手としてのこれからについて気を配っているのも知っている。
けれどもこんな場面でいつも出るのは、その場のプレイに対する注意だ。
テニスだけでなく運動をしていれば怪我だってする。
そのことについて何かを言うなんて、これまではナンセンス以外の何ものでもなかっただろう。
「それに大体、転がってから暫く起き上がらないことに対してボクが何も思わないとでも? ──心外ですね」
上半身だけ起こしてコートに座っている状態の巴の手を取って、観月は立ち上がらせた。
その時に握りしめた両手を、巴が立ち上がっても放さない。
華奢に見える観月の案外ごつごつした男の人らしい大きな手に思わず巴はドキドキしてしまう。
ふと、観月は変わったな、巴はそう思った。
昨年4月に出逢った時の観月と、いまの観月。
人は変わるという。
まだ13年しか生きていない巴にはこれまで実感がなかったが、その言葉はきっと今の観月に当てはまるのだろう。
きっと、自分が言葉にしてしまったらとても嫌そうにするだろうけれども、以前にも増して彼は素敵な人になったと思う。
この人の元で、テニスを始めいろんなことを学べたら、一緒に経験できたらどんなに良いだろう。
そうならないだろうかと、強く思った。
このひとと、いっしょにいたい。
「失礼──」長く手を握っているのに気付いたのか、それとも巴の高まった鼓動に気付いたのか、観月も白い肌を赤らめて、さっと手を払ってしまった。
手に残る彼の体温が余韻を残し、残念感を大きく煽る。
ずっと、このまま彼の手に繋がれていたかった。
「さ、キミが大丈夫というのなら続けましょうか。明日からはジュニア選抜の合同合宿ですから、気合い入れていきましょう」
「はいっ」
「それから──、それから合宿が終わったらキミに伝えたいことがあるんです。その時には、聞いてもらえませんか?」
いまじゃいけないのかな。
巴はそう思ったけれども、あえて口をつぐむことにした。
観月が後でと言うのならば、それには意味があるのだろうと、いまの彼を素直に信じることが出来るからだ。
自分に対して、いつのまにか変わっていた観月がもはや偽りを口にすることはないと、巴はもう知っているからだ。
END
***
びゅうっと吹いた強い風に、新しく下ろしたばかりの真黄色のテニスボールは流され、打った人間の意図とは違ったほうへと飛んでいく。
そのボールを待ち受けていた赤月巴は慌ててそれを追う。
この距離ならば、私の足ならば、間に合うはずと、がむしゃらにボールにすがりついた。
それによって、巴の体勢は大きく乱され、無茶なフォームで打ち返すことになってしまった。
もっとも無茶なフォームのせいで、せっかく届いた球も大ホームラン。アウトもいいところだ。
バランスを大きく崩して、そのままコートに巴はごろりと転がった。
幸い、酷く身体の何処かを打ち付けることはなく、巴はそのまま仰向けに暮れ行く赤い空を眺めて、ぼんやり今日の練習がゴムのハードコートで良かったなあと思った。
これがあまりいい土ではないクレーコートだと、せっかくのお気に入りのジャージが台無しになるところだ。
「──巴くん!」こちらに向かってくる足音と共にラリーの相手だった観月の声が飛び込んできた。
巴がなかなか起き上がらないことに対して、慌てて飛んできたのだろう。
心配させてしまったかも知れないと、巴も慌てて起き上がった。
「あ、観月さん、すみません! 大丈夫ですっ」
そう言うも、観月は相変わらず心配げな顔でこちらに歩いてくる。
巴はラリーを中断させて悪いなという気持ちで、大丈夫大丈夫と言い募るも結局観月は巴の前までやって来た。
「大丈夫って簡単に言いますけどねえ、キミは……」苦虫をかみつぶしたような顔で、巴に話しかける。
あ、これは説教フラグ……そう巴は身構えた。転んだことに対してか、ボールに追いつくのがギリギリだったことか──なんのテーマにしろ、ここから長い説教が始まりそうだと肩をすくめた。
「たかがラリーで、そんな無茶な事しないでください。キミがめちゃくちゃなフォームで何処か痛めたりしたらどうするんですか、選手生命が絶たれるかも知れないんですよ」
え、と声にならない声で巴は呟いた。
まさか、いま観月がこんなことを言うとは思わなかったのだ。
かつての観月なら、部員をただの駒として扱っていた観月だったらば、こんなことは言わない。
故障を、選手生命を気にするだなんて。
もっとも、周囲の者の故障も厭わない観月はじめはとっくに居なくなっているのは、それこそ自分が知っている。
彼が悔い改めた現場にいたのだから。
それ以降は、誰に対しても選手としてのこれからについて気を配っているのも知っている。
けれどもこんな場面でいつも出るのは、その場のプレイに対する注意だ。
テニスだけでなく運動をしていれば怪我だってする。
そのことについて何かを言うなんて、これまではナンセンス以外の何ものでもなかっただろう。
「それに大体、転がってから暫く起き上がらないことに対してボクが何も思わないとでも? ──心外ですね」
上半身だけ起こしてコートに座っている状態の巴の手を取って、観月は立ち上がらせた。
その時に握りしめた両手を、巴が立ち上がっても放さない。
華奢に見える観月の案外ごつごつした男の人らしい大きな手に思わず巴はドキドキしてしまう。
ふと、観月は変わったな、巴はそう思った。
昨年4月に出逢った時の観月と、いまの観月。
人は変わるという。
まだ13年しか生きていない巴にはこれまで実感がなかったが、その言葉はきっと今の観月に当てはまるのだろう。
きっと、自分が言葉にしてしまったらとても嫌そうにするだろうけれども、以前にも増して彼は素敵な人になったと思う。
この人の元で、テニスを始めいろんなことを学べたら、一緒に経験できたらどんなに良いだろう。
そうならないだろうかと、強く思った。
このひとと、いっしょにいたい。
「失礼──」長く手を握っているのに気付いたのか、それとも巴の高まった鼓動に気付いたのか、観月も白い肌を赤らめて、さっと手を払ってしまった。
手に残る彼の体温が余韻を残し、残念感を大きく煽る。
ずっと、このまま彼の手に繋がれていたかった。
「さ、キミが大丈夫というのなら続けましょうか。明日からはジュニア選抜の合同合宿ですから、気合い入れていきましょう」
「はいっ」
「それから──、それから合宿が終わったらキミに伝えたいことがあるんです。その時には、聞いてもらえませんか?」
いまじゃいけないのかな。
巴はそう思ったけれども、あえて口をつぐむことにした。
観月が後でと言うのならば、それには意味があるのだろうと、いまの彼を素直に信じることが出来るからだ。
自分に対して、いつのまにか変わっていた観月がもはや偽りを口にすることはないと、巴はもう知っているからだ。
END
PR
プロフィール
HN:
ななせなな
性別:
非公開
カテゴリー
最新記事
(01/01)
(05/24)
(05/03)
(05/03)
(02/14)
忍者カウンター
P R