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巴の帰省話。





***

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「しまった……」

大晦日、赤月巴は帰省の人々で混雑する新幹線に乗り込んで、手荷物を広げて中をのぞき込んだと同時にみるみる顔が蒼くなった。
『ある』と思い込んでいた携帯電話が見つからないのだ。

「そういえば、昨日早川さんの部屋でおしゃべりしてた時に……」

巴が暮らす聖ルドルフ学院中等部女子寮には、厳しい寮母と厳格な消灯時間が存在した。
それゆえ、昨夜消灯時間ぎりぎりになって早川の部屋を慌てて飛び出した巴が、彼女の部屋に携帯電話を置いてきてしまったのだろう。
寮からこの新幹線車内に至るまでの道程で、携帯電話を落としたとは思えないし、思い返してみれば今朝携帯電話を触った記憶もないので、きっと早川の部屋にあるような気がするのだ。
しかし、それを確かめるすべは無かった。
電話であれば新幹線車内にもあるけれど、肝心の早川の携帯電話番号が分からない。
携帯電話のメモリに頼り切った生活に陥っていた巴は、それどころか普段暮らしている寮代表の電話番号すら覚えていなかった。
いっそのこと寮に戻ろうかと思っても新幹線は既に動き出している。
携帯電話のために途中下車というのもおかしなものだ。

「あ、自分の携帯にかけてみれば良かったんだ!」

巴はそのことをやっと思いつき、慌てて席を立ちデッキの公衆電話へと向かう。
幸い自分の携帯番号くらいは覚えていた。

「…………」

しかし、残念ながらしばらくコールしたあと留守番電話に切り替わってしまった。
どうやら、早川は部屋に居ないか気づかなかったらしい。
巴は、参ったなあと一瞬思ったものの、すぐに気分を切り替えて自分の席へと戻っていった。
携帯電話がないことくらいはどうと言うこともない。
実家に戻るまではすべて鉄路で、各駅に設置されているはずの公衆電話には困らない。
せいぜい新幹線を降りたときに父親に「駅に着いたよ」と連絡を入れる必要があるくらいだ。
そうすれば、実家から最寄りの駅に着けば、電話を受けた父親が駅前で車とともに待機しているはずで、もう他に電話の必要はない。
学校の友達なんかが『あけおめメール』なんて送ってくれるかもしれないけれど、これに関してはあとで謝り倒してしまえばいい。
良いことではないけれど、巴は携帯電話を忘れても不思議に思われないようなキャラクター認識をされているから、「ごめんねー忘れちゃったんだ」といえば皆気にしないだろう。
どうしても緊急な用事が発生すれば、学校や部活や寮などには家電の番号も伝えてあったはずなので、きっと問題はないはずで。
だから、「ま、いっか」と席に戻るなりいそいそとお弁当を広げて、久しぶりの帰省の道中を楽しむことにした。
先ほど顔を蒼くしていたことなど、けろっと忘れてしまった。
そのあと、脳内にあるのは年越し蕎麦と大晦日の特番は何を見るかくらいのものだった


---


帰宅して久しぶりの我が家は不思議な感じがした。
客ではないのにどこか客じみた立場におかれている気がして、巴はどこか落ち着かずそわそわした。
真新しいカーテンに、見慣れぬ椅子に増えている観葉植物――巴が知らない間に自宅内に配置されたそれらのせいだろうか。
中学入学ぶりに帰宅し、すっかり娘らしく成長した巴に戸惑っているらしい家族のせいだろうか。
それとも中学生になってからぐんぐん伸びた自分の身長によって変化した視点の高さのせいだろうか、巴はしばし考え込んだ。
こういう時、観月はじめならばどう分析するんだろうか、知り合ってから3度目の冬を迎える想い人の姿が一瞬脳内をよぎった。
しかし、ひとしきり家族に土産話を聞かせたあとは、近所を散歩してみたり久しぶりの自分の部屋を掃除したりして、それなりに落ち着きを取り戻していった。
RRRRRR――……
必要以上に綺麗になった部屋で、しばらくまったり落ち着いていると電話のベルが家中に響き渡っているのに気づいた。
家族が受話したのかそのベルはすぐに消えたが、そのあとも年末になんの用事があるのか何度も電話が鳴っていた。
巴も今日は電話が多いなとは思ったけれど、久しぶりの帰宅では普段の自宅の様子は分からない。
案外こんなものなのかな、そう思ってあまり気にしないことにして、そのまま電話については忘れてしまっていた。


---


夜も更け紅白も中盤になってきた頃、家族は近所の人たちと忘年会のあと初詣に行ってくると出て行ってしまった。
娘が久しぶりに帰ってきたというのに家族は出かけてしまい、ぽつんと一人残されてしまった巴は玄関で見送ったあと
部屋に戻ろうとした。
そんなとき、再び電話が鳴り出した。
そのタイミングの良さにドキドキしつつ、巴は受話器を手に取った。

「もしもし……?」

「――ようやく、キミが出ましたか」受話器から巴には耳馴染みのいい、一番好きな男性の声が聞こえてきた。
すこし高くどこか癖のあるしゃべり方、それは観月の声に間違いない。

「み、観月さん!? どうしたんですか、これ、私の家の電話ですよ?」

まさか、自宅にかかってくるとは思っても見なかった電話に巴は動揺を隠せない。
実家の家電という、普段あり得ないシチュエーションにドキドキと動悸も激しくなってきたようだ。

「どうもこうも……、キミ、早川の部屋に携帯電話を忘れてきたでしょう。だったらキミの声を聴こうと思ったらこうするしかないじゃないですか、そんなことくらい予想してくれないと」

さも当然といった口調で観月は答えた。

「キミの携帯電話に掛けたら、早川が出て事情を説明してくれましたよ。それでテニス部の緊急連絡先の載った名簿を見てこちらに掛けてみたんですけど……正直、困ってしまいましたよ、シナリオ外の出来事があるなんて……」

心底疲れた口調で観月が語るのが珍しく、巴は少し驚きながら「シナリオ外って?」と話を促す。

「やっぱり気づいてませんでしたか、今日は何度もキミ宛に電話したんですけどね、声を出すたびにキミのお父上に電話を切られてしまいまして……経験したことはありませんが、携帯電話のない時代の男女交際の困難さを思わずにはいられませんでしたよ」

「え、お父さんってば!」

そういえば、今日何度も鳴り響いていた電話のベルは……まさか観月からだったのだろうか、巴はいまになって気にせずにいたことを後悔した。
受話器を取っていたらもう少し早く観月と話せたというのに。
それにしても、父がそんなことをしていたとは驚きだ。観月とのことはほのめかしたことはあるけれど、キッチリと話し合ったことはないし、交際に反対しているとか(南次郎はともかく)異性を近づけたくないとかそんなことを言われたこともなかったのに。
そっくりそのまま観月に伝えると、苦笑混じりに返事が返ってきた。

「んふ……ボクもこれまた経験がありませんけど、男親というものはそうなんでしょうね。我が家でも姉がいますからなんとなくわかりますよ」

「そうですかー」

「そうですよ、まあ男としては簡単に親公認と言うよりも、少しは苦労してみたい気もしますしね。お父上のオーケーが出るまで頑張りましょうか」

なんとなく楽しげにそう話す観月に、巴は目を丸くする。
何よりも段取りを気にし、物事をスムーズに進めたいと思っている彼が、自分と付き合うことをそんな風に考えるとは思わなかった。

「え、じゃあ、ずっとオーケーが出なかったらどうするんですか」

「んー、相手を折れされて手に入れるっていうことに醍醐味があるわけだし、そのことに関しては失敗しない自信があるんですけどね」

「失敗しない自信ですか」そう言われると巴も少々気恥ずかしくなる。

「でも駄目だったら、キミを攫うまででしょう? 苦労の仕方が変わるだけですよ、安心なさい。実際、ボクはキミを青学から攫った実績がありますからね。――ところで、いまお父上はどうしているんですか?」

「父だったら、今出かけてて多分しばらく帰ってこないので大丈夫です」

「そうですか……帰ってこない、ですか」

受話器の向こうで観月は少し口ごもったあと、笑いを含んだ声でこう言った。

「これが、キミが電話の向こうでなければ――その攫う絶好のチャンスだったでしょうにね。電話越しではキミに愛をささやけてもそれ以上のことは、出来ませんからね。残念です」

それは残念かも、巴もそう思いクスリと笑い、「でも、まだ愛はささやいて貰ってませんよ?」そう返す。

「そうでしたね、『愛してますよ、巴くん』。これではお父上のボクの電話を取り次ぎたくないはずですよね、娘に付く虫はやっかいですから」

「ふふふっ、ですね」

「それにしても――キミはいつ東京に戻ってくるんですか? つまり、ボクは何日このハードルに立ち向かわなければいけないのか知りたいんですけどね」

うんざりした口調ではなく、おもしろがった感じでそう訊いてくるのは巴にとって意外だったが、案外悪くない。
実際、毎日電話をしたければ巴から掛けるという手もあるのだが、そして観月もそれは当然分かっているはずだが、そうしようとはしない態度が巴には嬉しい。

「観月さんは相手を折れされて手に入れるっていうことに醍醐味を感じるわけですよね? じゃあ、あと2日――たった2日です、頑張ってくださいね。待ってますから」

「言いますね……まあ、期待してなさい、キミの声を聴けるんだったらハードルも越えられるよう努力してみますよ」



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