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伊武深司、誕生日(に無理矢理かこつけた)ネタ。





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「は、オシャレを教えてほしい? テニスじゃなくて?」

目の前の彼女――赤月巴が突飛な事を口走るのは、いまに限った事ではなかった。
いま彼女の、その突飛な言葉を受け止めた伊武深司にしたって、これが初めてではなかった。
だからと言って、それに慣れたかというとそういうこともなく、彼女の言葉には大抵驚かされっぱなしだった。
人に驚かされっぱなしというのは悔しいしなんだか格好悪いような気がして、普段驚きを表面に出す事はなかったが──そもそも、伊武が感情を表に出す事は滅多になく、いまの彼女の突飛な言葉に対しても、かろうじてしれっとクールな表情で聞く事が出来ていたのだが。
いま居る場所は、中学生の二人連れには珍しい閑静なカフェで、そもそも感情をあらわにするような場所ではないのだが、うっかり大声を出したりしなくて良かったと内心ホッとする。
周囲を見回しても、ほかの客や店員が二人を気にする様子はない。
その突飛な事を口走った彼女はキラキラと、期待を込めて伊武を見上げている。いかにも、伊武のOKを待っているかのように。
ああ、その表情に俺は弱いんだった。内心彼女に相当やられているらしい頭を抱えながら「……………これは参ったね」そう小さくつぶやき、さて、どうしようかと考えた。

「オシャレを教えるって、どういう事さ。そもそも君っていつもなんなの? いきなり変な事を口走ったりするし、その思考回路は全く読めるものじゃないよね。その度にこっちがさんざん振り回されるってわかってるワケ、わかってないよね、わかってたら順序立てて自分の考えを相手に伝えようとするよね」

「振り回されてるって……こっちの台詞ですっ」

聞こえないようにする努力はそもそもしていないので、ぼやきが巴に聞こえるのは当然とも言えるけれど、そんな答えが返ってくるとは思わなかったので、伊武はハッとした。
どんな表情をして巴はそれを言うのか気になったけれども、なんとなくその表情を正面からとらえるのが躊躇われて、視線を窓の外の風景に彷徨わせながら、ぼやいている時よりもハッキリとしない声でそれに応えた。
応えたと言って良いものかどうかも分からない一言だったが、巴には聞こえているだろう。

「別に振り回してなんかないけど?」

自分が、巴を、振り回す?
どうやら意外な展開になっているらしい。伊武はいささか混乱した。
自分は(ぼやく以外は)普通だと思っている。他人に迷惑をかけるようなこともしないし、彼女のような予想できない発想や動きで周囲を惑わせることもない。
テニスのプレイスタイルだって、相手を追い詰めるようなことはあっても超人的な技を持つわけでもない。
こんな自分が彼女を振り回すことなんてあるわけがないのだ。
それなのに一体何を言っているのだろう。
よく分からないからか、それとも違う要因か、試合中でもないのに脈が異常に速くなってきたのを感じた。
トクトクトクトクと心臓が刻むリズムが速くて大きい。
とりあえず落ち着くのが良策だと言わんばかりに、巴の意外な言葉で忘れかけていたコーヒーカップを口に運ぶ。
冷めかけたコーヒーは香気が煎れたての時より落ちていたが、それでも少し落ち着く効果はあったようで、ようやく巴の表情を窺うことが出来た。
先ほどと相変わらず、キラキラとした目のままこちらを見つめている。
本人に言うつもりはないけれど、こういう目で見られると困ってしまう――可愛いからだ。

「深司さん、分かってなかったんですか!」

さも面白げに巴はそう言い放った。

「…………なにが?」

「だからー、深司さんは出会ってからずーーっと私を振り回しているんですってば」

気恥ずかしげに頬を赤らめて巴は話を続けた。

「だって、あっちょっと格好良い人だなーって思ってたけど、年上だし他校の人だしライバルっぽいしどうにもならないかな~って、付き合う前はドキドキしつつもハラハラしてたし、私はテニスばっかりで日焼けもしてるしオシャレじゃなくて顔もスタイルも程々だから付き合ってからもずっと愛想尽かされないか気になってばっかりだし……………………………………………………………………………………………ようするにそれくらい私は深司さんのことが好きなんですよ」

最初は調子よく話していたはずが、言葉尻のみまるで伊武がぼやくかのようにボソボソと巴は言葉を濁した。
しかし、それが聞き取れない伊武ではなく、その言葉のあまりの唐突さに思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになり、顔をとっさに伏せた。
そろそろ、感情のコントロールが限界のようだ。このまま彼女と話していると、うっかり感情が外にだだ漏れになってしまいそうで怖い。
吹き出すこと、感情を表に出すことをこらえられたのは、ここしばらく無いくらいの幸運だったかもしれないなと思いつつ、ペーパーナプキンで口を押さえた。
思わず下を向いてしまったのは、吹き出すのをこらえためではなく、どちらかと言えば赤面しているかもしれない自分に耐えられなかったからだが、なんとか試合中のように瞬時に冷静な自分を取り戻すことが出来た。
そしてすぐに巴に向き直る。彼女は先ほどに引き続き頬は赤らんだままで、自分とは違ってとても感情がわかりやすい。
それは自分とは全く逆だけれど、そこが良いのだとこれだけは素直に認められる。だれも自分と似た人間を近くに置いておきたく無いものだし、自分とは違う部分を持っている人間に惹かれるものだ。

「で、せめて深司さん好みのオシャレさんに近づけたらなーって言うのが、先ほどの話の趣旨だったんですが、お願いできますか?」

気づいたら、巴はどうやら先ほどの話に戻っているらしい。
先ほどの小さな愛の告白はどこに行ったのやら、巴は先ほどのことは何でもなかったかのような顔で伊武に頭を下げた。

「……………ホント巴には負けるよ」

そんな長いやりとりではなかったはずだが、伊武はものすごい疲労感に襲われた。
巴は自分の振り回し方を全く自覚していないらしい、ものすごく強い力で相手を大きく振り回していることに。
そしてその振り回された相手は、その振り回されっぷりにとても消耗するということに。
しかし、巴に振り回されるのならば心地よい疲労に感じてしまうのだから、自分もおおよそ単純な生き物である。
――フッ、自然と諦めにも近い笑みがこぼれた。

「でも、俺の誕生日に労働させる代償は大きいからね、覚えておいて……………あー、オシャレした巴に何をしてもらおうかな、自分からオシャレにして欲しいなんて言うのが悪いんだからね、いま以上に可愛くなった君を見て俺がなにをしたってもう責められる謂われはないんだから覚悟しておくんだね」

これまで巴を振り回してきたつもりは全くなかったが、巴が振り回されていると思っているのならそれも良いような気がしてきた。
どうせなら今日のこれからの時間は、いつも彼女が感じているらしい以上に振り回してやろう。
さて、これからどうしようかと頭の中で予定を練り始めた。巴に似合いそうなテイストのショッピングビルを脳内でピックアップする。妹たちの買い物に付き合うのがこういう時に役に立つとは……と思いながら。
とりあえずこの場にいても始まらない。さっそく席を立って巴を賑やかな祝日の街なかへと促すことにした。
今年はかなり楽しい誕生日になりそうだ。


END
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