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この作品は11000番を踏まれました梅屋時雨さまへ。
お題:「甘えたい」
***
ありえない。
ゲームセットの声と共にラケットが手から滑り降りる。
楽に勝てる試合だと思っていた。
いや、決して甘く見ていた訳ではない。
いつも手塚元部長からは「気を抜くな」とか「油断するな」とか
言われていたから、細心の注意をしているつもりでいた。
気の抜けたまま、
試合終了の挨拶を終えフェンスの向こうへと駆け出す。
先輩のお説教や、仲間達の慰めなどいらない。
早く一人になりたかった。
ようやく一人になれそうな場所にやってきた。
とっくに試合の終わったコート裏の水場。
勢いよく蛇口から出した水に頭を突っ込む。
もうすぐ夏だとはいえ未だ水は冷たく感じられる。
先ほどまで頭のてっぺんまで上っていた血がひいていくようだ。
2年目の都大会。
まさか初戦で自分が1戦を落としてしまうとは思わなかった。
試合は団体戦ゆえ、頼もしい仲間達が勝ってくれるだろう。
これが個人戦だったとしたらと思うと背筋が凍る想いだ。
今までの1年が台無しにしてしまったように思う。
テニスの素人から血を吐く想いでJr選抜チームの一員となるぐらいの特訓。
父親、青学テニス部、テニスに関わる人々それら周囲の期待。
全て裏切ってしまった様な気がした。
「━━━クッ」
涙は不思議と出ない。
確か一人で泣きたくてここまで来たはずなのだが、
泣き方が分からない。
水から頭を上げ、雫の流れるままにしておくが
そこに塩味は混じらない。
「そこにおったんか、巴!」
不意に後ろから聞き覚えのありすぎる声。
今一番聞きたかったような聞きたくなかったような声。
「……忍足さん……」
何故ここに?と尋ねることもない。
気づいてはいなかったが、きっと今の試合を見に来ていたのだろう。
それで、追ってきてくれたのだ。
「急に走ってコートから出て行くから、
青学の連中も心配しとったで」
それでも青学の人間が追ってこなかったのは、
忍足に遠慮してのことだろう。
なにせライバル校の人間と付き合っていることを巴は隠していない。
その程度で勝負が不利になるほど青学は弱いチームではないからだ。
「……………………私、負けちゃいましたね」
ぽつりと巴は呟く。
「そうやな」
忍足も勝負の世界に生きる人間だ。
下手な慰めや叱咤はかえって相手を押しつぶすことになるのを知っている。
とくに巴は、そんな言葉を欲しがるタイプの人間ではない。
泣き言や甘えごとを吐き出せるタイプでもない。
だから、何も言わず、ただ巴に付き合おうと思った。
今巴がしなければならないのは事実を事実として受け止めて
前を向いて進むことだけだ。
忍足が今できることは、そんな彼女を支えることだけだ。
「ほら、お前びしょびしょやん、風邪ひくで」
試合後の巴が身体を冷やさないようにと追いかけるついでに持ってきたタオルで
忍足は彼女の髪を拭いだす。
巴はされるがままになっている。
髪から水滴を取り払うと、
雫で濡れて冷えはじめた身体も拭き始める。
忍足の持つタオルが容赦なく巴を撫でていくが
それでも拒否せずにじっとしている。
恥ずかしいとか照れとかそんな感情は今はない。
ただ忍足が触れていく場所は火が灯るように暖かくなっていく、
その心地よさに酔っていた。
なんだか試合に負けて凍ってしまった心も解けていくようだ。
すっかり拭き終えると、忍足は巴の背後から抱きしめた。
「ほら、これで少しは暖かくなるやろ」
「…………」
「巴がもうちょっと発散型やったら俺もこないに心配せんのやけど、
なんでも一人でため込むタイプやからなあ。
八つ当たりでも泣き言でも俺に当ててくれればもうちょい楽になれると思うんやけど」
忍足は悩んでいる風にワザと大きく息をつき、
巴に体重を少しかける。
巴はその重みが心地良いとさえ感じた。
「はぁー、俺はそんなに頼りない彼氏なんかなあ」
「そ、そんなことは…………あれ?」
急に巴の頬に熱いものが伝って落ちた。
先ほどまではどんなに辛くても悔しくても出なかった涙が。
どんなに拭っても拭っても堪えようとしても止まらない。
身体が震え始め、とうとう嗚咽混じりになってきた。
「巴…?」
漏れだした嗚咽と彼女の前に回していた手に落ちた涙の雫に忍足も気づいた。そこで、巴の肩を掴んで自分の前に向かせた。
「俺の胸貸したるから、好きなだけ泣いとき。
少しはスッキリするやろ。
俺はいつだってお前のためにいるんやからな」
その言葉にさらに安堵したのか、
涙は本格的に止まらなくなってしまった。
忍足の背中に手を回してしがみつき、顔を胸に埋める。
身体に馴染んだ忍足の匂いがして安心を覚える。
「…っ、うううっ……ああああ…っ」
肩を大きく振るわせて泣く巴の背中をずっと忍足はあやすようになで続ける。
どれほどの時間が経ったのか、
発作のような落涙は徐々に治まってきた。
それと同じくして巴の気持ちも落ち着いてきた。
ずっと抱きしめてくれていた身体となで続けてくれた背中が暖かい。
心も先ほどよりはずっと温かくなった。
これも忍足が居てくれたおかげだろう。
好きな人に支えられて泣くことがこんなに幸せだと思わなかった。
もちろん、負けた悔しさは忘れられるわけもないが、
彼がいつでも支えてくれるというのなら後ろを向かずに歩いて行けそうな気がする。
落ち着いてくると、段々気恥ずかしくなってきた。
思わず、顔を上げてしまう。
「あの、忍足さん…………私」
「別に、今は何も言わんでええのとちゃう?
ほら、まだ涙が乾いてへんで」
そう言って忍足は巴の頬を伝うものを自らの口で拭っていく。
流石に我にかえっているので恥ずかしいことこの上ないが、
またもや忍足のされるがままになる。
調子に乗って自分の身体をまさぐる彼の手も咎めない。
すっかり巴の涙が止まったがそれでも彼の身体にもたれるままでいる。なんといっても好きな人に支えられたままでいるのは心地良い。
「なんだか、恥ずかしいです……
忍足さんにこんな醜態見せてしまって
こんな甘えた私、やっぱり嫌ですよね」
心底恥ずかしそうに巴はそう言った。
負けたのに反省もなく、
彼氏の胸に甘えてしまった事に対しての後悔もある。
いつもは、こんな自分ではないはずなのに。
「そんなこと気にする必要はないんとちゃうか?
自分が浮上する材料になるんなら親でも彼氏でもなんでも利用すればええやんか」
そうだ、彼女が立ち上がることが出来るならなんでも良い。
拗ねてでも甘えてでもなんでもすればいいのだ。
もちろん反省は必要だが、何事も沈んだままでは始まらない。
まず自分の両足で立たなければ何も出来ないのだから。
「俺はいつでも倒れそうになったら支えたる。
支えるものがあるなら転ぶことは考えずに何事も全力で動けるやろ?
俺の迷惑とか、お前は考えそうやけどそんなことは考えんでもええからな?」
とりあえず巴が遠慮しそうな理由は封じておく。
「俺はな、いつも全力で走ってるお前が好きやねんから、
気にせんでええ。
まあ、巴が転んだときにいつでもこういうコトが出来るんやったら、
むしろ役得やんなあ?いつでもオッケーやで?━━━文句は無しな」
そういって、先ほど巴の涙を拭ったもので彼女の口を塞ぐ。
このままずっと、この先も巴が自分の腕の中にいたらどんなに幸せだろうか。
長い長い口づけの間、忍足は考えていた。
巴の中で自分無しでは生きていけないくらいの存在になればいいのに。
今の自分は残念ながら、そこまで彼女に入り込めていない。
なにせJr選抜合宿で出会い、付き合い始めてから未だ数ヶ月だ。
だけれども、これからもっと自分の存在を大きくしてやる。
彼女の好意に甘えて、隙を作って、
その隙間に自分を埋め込んでやる。
自分の中ではすでに巴という存在無しでは夜も明けないぐらいだ。
実際のところ、彼女を支えたいようで、支えられているのは自分だろう。甘えているのはむしろ自分の方なのだろう。
腕の中の自分よりも小さくて柔らかい存在は抱きしめているだけで
自分の居場所に落ち着いたような気がする。
彼女の支えになるという事こそが、
彼に取っての支えになるのだから。
「俺の支えは返品不可や、今やったらもれなく俺の愛情付き。
お買い得やと思わんか?」
「私の気持ちから身体から━━━全てで払いきれますか?」
「もちろんや」
END
お題:「甘えたい」
***
ありえない。
ゲームセットの声と共にラケットが手から滑り降りる。
楽に勝てる試合だと思っていた。
いや、決して甘く見ていた訳ではない。
いつも手塚元部長からは「気を抜くな」とか「油断するな」とか
言われていたから、細心の注意をしているつもりでいた。
気の抜けたまま、
試合終了の挨拶を終えフェンスの向こうへと駆け出す。
先輩のお説教や、仲間達の慰めなどいらない。
早く一人になりたかった。
ようやく一人になれそうな場所にやってきた。
とっくに試合の終わったコート裏の水場。
勢いよく蛇口から出した水に頭を突っ込む。
もうすぐ夏だとはいえ未だ水は冷たく感じられる。
先ほどまで頭のてっぺんまで上っていた血がひいていくようだ。
2年目の都大会。
まさか初戦で自分が1戦を落としてしまうとは思わなかった。
試合は団体戦ゆえ、頼もしい仲間達が勝ってくれるだろう。
これが個人戦だったとしたらと思うと背筋が凍る想いだ。
今までの1年が台無しにしてしまったように思う。
テニスの素人から血を吐く想いでJr選抜チームの一員となるぐらいの特訓。
父親、青学テニス部、テニスに関わる人々それら周囲の期待。
全て裏切ってしまった様な気がした。
「━━━クッ」
涙は不思議と出ない。
確か一人で泣きたくてここまで来たはずなのだが、
泣き方が分からない。
水から頭を上げ、雫の流れるままにしておくが
そこに塩味は混じらない。
「そこにおったんか、巴!」
不意に後ろから聞き覚えのありすぎる声。
今一番聞きたかったような聞きたくなかったような声。
「……忍足さん……」
何故ここに?と尋ねることもない。
気づいてはいなかったが、きっと今の試合を見に来ていたのだろう。
それで、追ってきてくれたのだ。
「急に走ってコートから出て行くから、
青学の連中も心配しとったで」
それでも青学の人間が追ってこなかったのは、
忍足に遠慮してのことだろう。
なにせライバル校の人間と付き合っていることを巴は隠していない。
その程度で勝負が不利になるほど青学は弱いチームではないからだ。
「……………………私、負けちゃいましたね」
ぽつりと巴は呟く。
「そうやな」
忍足も勝負の世界に生きる人間だ。
下手な慰めや叱咤はかえって相手を押しつぶすことになるのを知っている。
とくに巴は、そんな言葉を欲しがるタイプの人間ではない。
泣き言や甘えごとを吐き出せるタイプでもない。
だから、何も言わず、ただ巴に付き合おうと思った。
今巴がしなければならないのは事実を事実として受け止めて
前を向いて進むことだけだ。
忍足が今できることは、そんな彼女を支えることだけだ。
「ほら、お前びしょびしょやん、風邪ひくで」
試合後の巴が身体を冷やさないようにと追いかけるついでに持ってきたタオルで
忍足は彼女の髪を拭いだす。
巴はされるがままになっている。
髪から水滴を取り払うと、
雫で濡れて冷えはじめた身体も拭き始める。
忍足の持つタオルが容赦なく巴を撫でていくが
それでも拒否せずにじっとしている。
恥ずかしいとか照れとかそんな感情は今はない。
ただ忍足が触れていく場所は火が灯るように暖かくなっていく、
その心地よさに酔っていた。
なんだか試合に負けて凍ってしまった心も解けていくようだ。
すっかり拭き終えると、忍足は巴の背後から抱きしめた。
「ほら、これで少しは暖かくなるやろ」
「…………」
「巴がもうちょっと発散型やったら俺もこないに心配せんのやけど、
なんでも一人でため込むタイプやからなあ。
八つ当たりでも泣き言でも俺に当ててくれればもうちょい楽になれると思うんやけど」
忍足は悩んでいる風にワザと大きく息をつき、
巴に体重を少しかける。
巴はその重みが心地良いとさえ感じた。
「はぁー、俺はそんなに頼りない彼氏なんかなあ」
「そ、そんなことは…………あれ?」
急に巴の頬に熱いものが伝って落ちた。
先ほどまではどんなに辛くても悔しくても出なかった涙が。
どんなに拭っても拭っても堪えようとしても止まらない。
身体が震え始め、とうとう嗚咽混じりになってきた。
「巴…?」
漏れだした嗚咽と彼女の前に回していた手に落ちた涙の雫に忍足も気づいた。そこで、巴の肩を掴んで自分の前に向かせた。
「俺の胸貸したるから、好きなだけ泣いとき。
少しはスッキリするやろ。
俺はいつだってお前のためにいるんやからな」
その言葉にさらに安堵したのか、
涙は本格的に止まらなくなってしまった。
忍足の背中に手を回してしがみつき、顔を胸に埋める。
身体に馴染んだ忍足の匂いがして安心を覚える。
「…っ、うううっ……ああああ…っ」
肩を大きく振るわせて泣く巴の背中をずっと忍足はあやすようになで続ける。
どれほどの時間が経ったのか、
発作のような落涙は徐々に治まってきた。
それと同じくして巴の気持ちも落ち着いてきた。
ずっと抱きしめてくれていた身体となで続けてくれた背中が暖かい。
心も先ほどよりはずっと温かくなった。
これも忍足が居てくれたおかげだろう。
好きな人に支えられて泣くことがこんなに幸せだと思わなかった。
もちろん、負けた悔しさは忘れられるわけもないが、
彼がいつでも支えてくれるというのなら後ろを向かずに歩いて行けそうな気がする。
落ち着いてくると、段々気恥ずかしくなってきた。
思わず、顔を上げてしまう。
「あの、忍足さん…………私」
「別に、今は何も言わんでええのとちゃう?
ほら、まだ涙が乾いてへんで」
そう言って忍足は巴の頬を伝うものを自らの口で拭っていく。
流石に我にかえっているので恥ずかしいことこの上ないが、
またもや忍足のされるがままになる。
調子に乗って自分の身体をまさぐる彼の手も咎めない。
すっかり巴の涙が止まったがそれでも彼の身体にもたれるままでいる。なんといっても好きな人に支えられたままでいるのは心地良い。
「なんだか、恥ずかしいです……
忍足さんにこんな醜態見せてしまって
こんな甘えた私、やっぱり嫌ですよね」
心底恥ずかしそうに巴はそう言った。
負けたのに反省もなく、
彼氏の胸に甘えてしまった事に対しての後悔もある。
いつもは、こんな自分ではないはずなのに。
「そんなこと気にする必要はないんとちゃうか?
自分が浮上する材料になるんなら親でも彼氏でもなんでも利用すればええやんか」
そうだ、彼女が立ち上がることが出来るならなんでも良い。
拗ねてでも甘えてでもなんでもすればいいのだ。
もちろん反省は必要だが、何事も沈んだままでは始まらない。
まず自分の両足で立たなければ何も出来ないのだから。
「俺はいつでも倒れそうになったら支えたる。
支えるものがあるなら転ぶことは考えずに何事も全力で動けるやろ?
俺の迷惑とか、お前は考えそうやけどそんなことは考えんでもええからな?」
とりあえず巴が遠慮しそうな理由は封じておく。
「俺はな、いつも全力で走ってるお前が好きやねんから、
気にせんでええ。
まあ、巴が転んだときにいつでもこういうコトが出来るんやったら、
むしろ役得やんなあ?いつでもオッケーやで?━━━文句は無しな」
そういって、先ほど巴の涙を拭ったもので彼女の口を塞ぐ。
このままずっと、この先も巴が自分の腕の中にいたらどんなに幸せだろうか。
長い長い口づけの間、忍足は考えていた。
巴の中で自分無しでは生きていけないくらいの存在になればいいのに。
今の自分は残念ながら、そこまで彼女に入り込めていない。
なにせJr選抜合宿で出会い、付き合い始めてから未だ数ヶ月だ。
だけれども、これからもっと自分の存在を大きくしてやる。
彼女の好意に甘えて、隙を作って、
その隙間に自分を埋め込んでやる。
自分の中ではすでに巴という存在無しでは夜も明けないぐらいだ。
実際のところ、彼女を支えたいようで、支えられているのは自分だろう。甘えているのはむしろ自分の方なのだろう。
腕の中の自分よりも小さくて柔らかい存在は抱きしめているだけで
自分の居場所に落ち着いたような気がする。
彼女の支えになるという事こそが、
彼に取っての支えになるのだから。
「俺の支えは返品不可や、今やったらもれなく俺の愛情付き。
お買い得やと思わんか?」
「私の気持ちから身体から━━━全てで払いきれますか?」
「もちろんや」
END
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HN:
ななせなな
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