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ズシッ。
不意に千石清純の左肩に圧力が加わる。
隣を見ると長い髪を揺らし、少女は眠っていた。
他人に寄りかかってしまっても目を覚まさない。



   *たそがれどき



11月の夕暮れ時のバス。
テニス部を引退した身の千石は、高校生になるまで身体を鈍らせないよう
学校推薦のテニススクールに時折通っていた。
スクールは生活圏からは少しばかり遠く、バスと電車を使わなければならないが
それでも、テニスが出来るという楽しみの方が勝っている。
今日もテニスあとの快い疲れを引きずりながらバスに乗り込んだ。
太陽は落ちきろうとしており、
薄明になりつつある街はぽつりぽつりと街灯が点き始めている。
日の明かりはかろうじて弱々しい赤ながら車内に差し込んでおり、
省エネを目指しているからなのかバスの照明はまだ点けられていない。
ラッシュアワーには少し早く、だが人もほどほどに埋まった車内にはラケットバッグを抱えた女の子が一人長い髪が乱れるのも気にせずにうたた寝をしていた。
車内での空席は何席かあった。
最後部座席の少女の隣もその内の一つだ。
女の子の隣に座れる僥倖に内心ラッキーを叫びつつ、いそいそと少女の隣に陣取る。
バスとうたた寝で少女の身体が揺れるたびに
シャンプーの香りと部活後らしく制刊剤の香りが漂ってくる。
その香りがいちいち妄想をかき立てて、
そのたびにイカンイカン!これじゃ変態のオッサンじゃないか!と
慌てて内心までも紳士を気取る。
夕暮れ時とあって俯いた顔はよく見えないけれど、
制服からして少女は青春学園中等部の生徒だとみてとる。
まだしゃきっとしたままの生地からして1年生なのだろう。

青学の1年と言えば、小生意気な越前リョーマを思い出す。
亜久津と同等に渡り合って勝利した、真っ直ぐな目をした彼のことを。
そして、もう一人。
隣に座る少女と同じく長い髪を揺らしながら豪快なテニスをしていた少女。
名前は何といったか━━━そう、赤月巴だ。
なかなか可愛い選手だったのはなんとなく覚えている。
可愛い顔して荒削りなプレイをするのをネット越しに見て驚いたのだから。
そのくせなかなかくせ者で、山吹テニス部の誇る吉川美咲のデータテニスすらも挫いてしまっていた、読めない少女。
もしかして。
もしかして、隣で平和そうに船を漕ぐ少女はあの赤月巴ではないだろうか?
いま、改めて気付く。
しかしながら実際少女の顔の細かい造作など覚えていない。
隣で眠っている少女の顔はハッキリとは見えない。
無防備に垂れ下がった髪の隙間は影が落ちて暗くなっている。
果たして目をぎらつかせながらボールを追っていた赤月巴と同一人物なのか?
試合中と平常時の表情など、大概の選手なら変わっている。
いくら女子ウォッチングが好きな千石でも自信はなかった。
なにせ面と向かったことがあるのは、夏に一戦交えた時だけだ。
全国大会も一緒に関東の代表として出場しているけれども、終了までこれと言ったきっかけもなくあまり接点がないままだった。
面白い選手だとは思っていた、
一緒にダブルスを組んでみたら、話してみたら、どんなカンジだろうとも思った。
けれども全国大会中に近づこうとも青学のガードは固く、千石自身いつもナンパ防止にと部内の誰かに首根っこを掴まれたままだった。
今がいい機会だと思った。
話しかけてこの隣にいる少女が赤月巴だという確証を得るいい機会だと。
もしも、少女が赤月巴じゃなかったとしてもそれはそれで別に構わない。
他校の女子と、しかも可愛い子揃いと評判の青学女テニの子と知り合うことが出来るいい機会には変わりないのだから。
さて、どうやって声をかけようか?
いろいろ思案を巡らせる。

━━━ズシッ。
不意に千石の左肩に圧力が加わる。
隣を見ると長い髪を揺らし、少女は眠っていた。
他人に寄りかかってしまっても目を覚まさない。
とても気持ちよく眠っているようだった。
晩秋には心地よいぬくもりと人の重みを感じることが出来る。
規則正しい寝息。
声をかけてみようと思ってはいたが、なんだか肩の重みがもったいないもののように感じられて躊躇ってしまう。
(ま、いいか)
いま声をかけなくても、縁があればまた再び逢えるだろう。
週に何度かはスクールの往復に、このバスを使っているのだから。
今日この日にバスの車内で出会えたように。
それに、もしかしたらすぐに目を覚ますかもしれないし。
そう自分に言いきかせる。
いまここで少女を起こすのは野暮の極みのように思えた。
(こういう時間帯って黄昏時っていうんだっけ?)
千石は肩の重みを意識しながら前に顧問の伴田から聞いたことを思い出す。
夕暮れ時には人の顔がハッキリと分からないから「誰そ彼」時、つまりは「たそがれ」時になったのだと。
いま、まさに「誰そ彼」状態だと納得する。
少女が赤月巴なのか、そうでないのか。
もし、これが日中だったら、もうすこし経って車内照明が点いていたなら、
流れる髪の合間から少女の顔をかいま見ることだって出来るかもしれないのに。
ここで彼女の髪をかき分けて顔をのぞけない自分の紳士ぶりを少し残念に思う。
もうすこし傍若無人な自分だったら、出来るのに。
(いやいや、それじゃホントに変態だから!)
しばし葛藤する。

『━━━次は……』
千石の降車予定のバス停名をアナウンスが告げる。
悶々とした葛藤の中断を余儀なくされた。
そして、一瞬このまま降りても良いものかどうか迷った。
この娘はこんなに気持ちよさそうに眠っているのに、起こしてしまうかもしれない。
それに、自分自身こんなに少女の重みが心地いい。
迷った瞬間、降車ボタンの音が鳴り響き迷いを遮断される。
さすがに何も知らない彼女と共にこのまま乗ってしまうのはリスキーな事に気付く。
少し残念に思いながら、そっと彼女の身体を押し戻す。
目が覚めることを懸念していたが、かなり熟睡しているようで気がつかない。
逆方向の窓にもたれて、すやすやと眠る。
バスは静かに停車し、降車扉が開く。
目の覚めない彼女にホッとしながら席を立って扉へと向かう。
降りる乗客が多く、最後尾で降りる順番を待っていた時、
バスの車内照明がようやく灯された。
条件反射的に後ろを振り返る。
その時、照明が障ったのか少女が顔を起こした。
黄昏時は終焉を迎えて、車内照明の固い蛍光灯の明かりが少女の顔を照らしている。

「またね、赤月さん?」

おもわず、口をついて飛び出した言葉。
その言葉に驚いた風の彼女の表情を車内に残し、千石は降車した。
彼の両足がちょうど地面に着いたところで、バスの扉は閉まり発車する。
振り返ると、最後部座席の赤月巴はもの言いたげに
リアウィンド越しにこちらを見ていた。
視線が絡み合う。

「また、逢えるよ━━━なんてったって俺はラッキー千石だから」

もう聞こえるわけもないというのに声をかける。
聞こえているはずがないのに遠ざかっていく少女も頷いた。

「ま、神様からの誕生日プレゼントにしては気が利いてるんじゃない?」

次に逢えるのがいつかは分からないけれど、楽しみが出来た。
また逢うことが出来たら、どうしよう。
いっぱい会話を交わし、一緒にダブルスを組んでみたって面白いだろう。
1度、いや今日を合わせて2度しか逢ったことのない彼女だが
なんとなく気が合いそうな気がする。
好きになる予感がする。
試合の前の高揚感にも似た思いを抱きながら、
既にすっかり日が落ちた街の中、千石は帰路を急いだ。

「次に逢ったら、まず、自己紹介から始めないとね、うん」



END
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