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合宿後の切原と巴。
関東大会前のやり取り。
***
「なあ、立海に転校してこねえ?」
赤月巴は切原赤也のその言葉に、ドキリとした。
そして、ついに言われてしまったな、とこっそり思った。
まさか昼下がりの公園のストリートテニスコートのベンチでこう改まった話を切り出されるとは思わなかったが。
今日は天気のいい日曜日、声のトーンが高くよく通る声の持ち主の二人の周囲には、同じくストリートテニスに興じている顔見知りが沢山いた。
彼のいまの台詞を耳にしてしまった者もいることだろう。
青学テニス部員と共通の知り合いも多いというのに。
巴はあわてて切原をコート外のベンチに引っ張っていった。
3月のジュニア選抜合宿で知り合って、こうして二人で逢うことも多くなって早三ヶ月。
巴は二人の距離が縮まれば縮まるほど、そういう話になってしまうのではないかと正直危惧していた。
まもなく関東大会が始まる。
当然とも言えるけれども、関東大会への出場権を二人は得ている。
お互い昨年の全国大会優勝・準優勝校だから決勝付近まで対戦することは無いだろうが、こんなところで負ける筈はない両校だから結局のところはいずれ対戦することになる。
倒さねばならない敵として、ネットを挟むのだ。
だから、巴は切原がいつかそう言い出しそうだなと感じていた。
切原は立海大の主将だからミクスドで出てきて巴と対戦することは無いだろうが、それにしてもかの学校からしてみれば青学は去年からの因縁もあって大いに叩き潰したい敵である。
そんな学校に、自分が好ましく思う女子を置いておきたくないと思うのは当然だろうと、自分にしたってあまり楽しいことではないしと巴は思う。
でも、やっぱり性格の差なのか性別の差なのか、巴はそれに素直に肯定できない。
だからこそ「ええー、しませんよー」そう何事も無いようにアッサリと回答した。
「なんで!」
「なんでって……そっちこそなんで転校なんて言葉を簡単に口にするんですか」
中学生の身分では一人で決められない事項だということは切原にもわかっていることだろう。
それでも巴にそうして欲しいのだとわかっているけれども、わかりたくない。
彼はこちらの事情を鑑みていない。彼の少々幼い一本気な性格からいって仕方ないことにも思えたけれども、そのことについては不満が残る。
学校が違うと寂しいから、一緒にいたい。
敵味方に分かれて戦いたくない。
そんな気持ちならば自分も一緒だけれども、そんな事で簡単に学校まで移るような女だと思われるのは嫌だった。
それ以上に嫌なことがあるのだけれども、言っていいのかどうか少々迷っていた。
彼がどう受け取るかわからなかったから。
「──簡単に口に出来るようなことなら、もっと早く言ってるさ」
切原は苦々しげな表情で吐き捨てるように言った。
彼の事だから、もっとムキになって応えてくると思ったので、巴はその表情に少したじろいだ。
「だけど、もしお前が怪我をしたりしたら、どうすればいい? むしろオレはその怪我を狙う立場なんだぜ。あいつは右をひねったから右を狙っていけ、ぶつけるくらいの気持ちでいけ──部員にもそう言うだろうけど、言えねえし出来ねえんだよ、お前に対してだけはさ」
ゆえにいまの状況が苦しいのだと切原は説明する。
切原だって、相手を傷つけなければそれに越したことは無いと頭のどこかで分ってはいるが、それでもアレが自分のテニスなのだということも知っている。そもそもキレてしまえばすべてを超越してしまうのだ。
まだ、そんな場面に遭遇していないけれどもネットの向こうにいるのが巴であっても、デビル化してしまえばどうなるか分らない。
すべてが分らなくなって、血を求めて──我にかえると目の前に倒れているのは彼女かもしれない。
そんなとき、どうすればいい? 駆け寄って抱きしめていいのか? そんな権利があるわけない。
「だから、転校してこいっていうんですか? 私だけに青学の友達とか信用とかすべてを捨てさせて? 裏切り者だとかスパイとか言われてこれから暮らせと?」
巴は暗にお前だけが心配だと言われて嬉しくないわけではなかったが、ついムキになる。
怪我をする、させる前提なのが何よりも気に入らない。
先ほど言いよどんでいた、転校したくない理由まで一気に迸る。
「誰かを傷つけなければ保てない、そんなテニスがまかり通ってその上で常勝を掲げる学校に行くなんて、まっぴら! ──いくら試合中でも、去年の手塚先輩やリョーマくん……あんなに対戦相手を苦しめなければ戦えない校風になら私は染まれませんし、そんなことで得る常勝ならいりません」
親友の那美は小学生の頃に、試合中人を傷つけてしまった経験がトラウマになって苦しんでいる。
手塚や河村をはじめとして先輩方が試合中痛みを堪えてなお戦い続ける様は見ていて辛かった。
自分はスポーツドクターになりたいのだ。
だからこそ試合には怪我が付き物とはいえ、それをむしろ推奨するような考えには従えない。
「…………っ!」
巴の剣幕に切原は何も言えず、ギリっと何かに耐えるように唇を固く結んだ。
確かにそういうことになる。そう言われてしまえば何も言えなかった。
現状が自分には少々辛いことだからといって、彼女にも辛いことを強いたいわけではない。
そのまま視線で巴に話の続きを促す。
「それに、それ以前に、私はテニスを初めて1年です。まだまだ負けることが多い私みたいな人間には『常勝』なんて言葉は向いてません。勝つ事が全てなんていうテニスは求めていないんです、だから立海大には行けません」
「なあ、それって俺のプレイスタイル全否定じゃねえかよ」
巴の言うこともわかるけれども、それでも切原はぼやきたくなった。
じゃあ、なんでそんな俺と一緒にいるんだよ。そう気持ちを疑っても仕方が無いだろう。
「そうですね、でも私は切原さんのテニスが好きで一緒にいるわけじゃないですし……もちろんテニスごと好きになれれば良かったでしょうけど」
「おい──」その台詞に切原は思わず顔を赤くする。
「そ、それはつまりテニス部分以外のところで俺のことを…す…き…ってか想ってるってこと…かよ…」
切原のあまりにもストレートな質問に巴もつられて顔を赤くしながら、それに応える。
巴もここまでいま言うつもりは無かったのだけれど、話の雲行きが怪しくなってしまったこともあり、切原がまだまだ子どもじみた考えの持ち主ということもあり、いっそ言ってしまった方がわかりやすいと判断して言い過ぎるくらいに言うことにした。
「そう、聞こえませんでしたか? ようするに……嫌いなプレイスタイルに目をつぶれるほど盲目だってこと……です……」
「っいやったあ!」
ガバッ。
そう形容するしかないくらいに大げさに切原は巴に抱きついた。
ギューギューと腕を締め付けてくる切原の中で「ここ、公園! 公園です! みんな見てます!」と言う巴の声は切原には伝わらない。
切原本人が聞こえない振りをしているのだから伝わる筈も無いのだが。
巴は抗議に応じない切原の頬にむけて両腕をいっぱいに伸ばし、ようやくたどり着いた頬をつまんだ。
「いてーっ」切原は声を上げ、うっかりと拘束をゆるめてしまった。
「調子に乗り過ぎです!」そう言いながら、周囲をきょろきょろと窺うと自分たちに絡み付いていた視線がパッと離れていった。
ここはコートの外のベンチとはいえ、コートを見るために置かれているものだったから、視界が良い。
特に青学の先輩方と通じている数人の顔を確認してしまった。絶対見ていたと確信した。
あーあ、明日には部の方にもなんか変な噂になって伝わっているんだろうな、そう思うと頭が痛い。
頭を抱えながらも、二人の話の続きとして切原に釘を刺す事にした。
「だからって、私はやっぱり人を傷つけるようなテニスは許せないですし、その点は切原さんにも改めてもらいたいと思ってます。これだけはわかって欲しいです」
「う……はい」
巴の鋭い視線が切原に突き刺さる、その痛みに耐えかねて切原も慌てて頷く。
ここで頷けなければ、彼女を喪ってしまうかもしれないという焦りがそうさせたというのもあるが。
「転校もそう言うわけで無しです」
「……おう」
残念そうに項垂れて殊勝に話を聞く切原の様子に、巴は思わず頬を緩める。
見ればまるでやんちゃな中型犬が飼い主に叱られているようだ。
この人のこういうところが堪らないんだよねと、内心思う。
子どもじみて暴力的で、そんな彼に嫌悪を覚えたことが無いと言えば嘘になるのに、それでもこんなに気になってしまうなんて、嫌いになれないなんて、むしろそういうところも魅力かもしれないなんて思うなんて、どうしようもないと自分でも思う。
だから、ついつい余計な事を付け足してしまったのかもしれない。
「でも、もし、この先私がこのまま切原さんが好きなままで、切原さんもこの先いい方向に変わるようだったら、考えてもいいです」
「マジかよ」
何を、とは訊かないまま、切原はぱっと顔を輝かせて希望のまなざしで巴を見つめた。
「ただし、立海大学への進学を、ですけどね。スポーツ医学を学ぶ学部があるようですし」
「だーいーがーくー?」
いまじゃないのかよ、そう少々不満げに口を尖らせて、聞き返した。
持ち上げておいて落とすなよ、表情がそう告げている。
巴は予想通りの反応に半ば苦笑しつつ応えた。
「一応青学の大学にも医学部はあるんですけどね、でもこのまま内部でずーっと行くのも怠けちゃいそうですし…外部受験をしてもいいなって思ってたんですよ。だから、立海大は選択肢の一つとしてアリかなって」
そして巴はニヤリとしてこう続けた。
「それに、私が立海大への進学を考えたら、切原さんは内部受験にも力が入るんじゃないですか? いくらテニスの成績が良くてもあの学校はある程度の成績が保てないと、上がれないんですよね? 幸村さんから聞きましたよ」
「ゆき……! ちぇ、何でもお見通しかよ。……まあ、いいか。じゃあ、俺も頑張るから、お前も頑張れよ。立海大は結構難関だぜ?」
切原は聞きたくない名詞を聞き少々へこみもしたが、そこは立ち直りの早い性格ゆえあっさりと立ち直って笑顔で巴の言葉を受けた。
いまではないけれども、いつか一緒の学校に通う事があるかもしれない。
しつこくして嫌われたいわけではないのだから、その答えだけでもいまは良しとした方が良さそうだと判断する。
それに「はい、私も頑張りますから」とニコニコと笑いながらこちらを見ている彼女を見て、どうでもいい気持ちになってしまった。
彼女を、そして人を傷つけないテニスを心がける、それに加えて進学できるようにも頑張る。
それだけでこの笑顔がこの先も見られるのであればそれはとても簡単なことのように思えたからだ。
「じゃあ、約束、な。証文代わりに──」
そういって切原の唇が巴のそれにサッと触れていった。
感じるのは周囲からの視線、そしてそれは一瞬の後に気まずそうに離れていった。
巴は切原が離れたその唇で、
「ぎゃーっ!!! だからっ! ここは公園で! みんな見てるって言ってるじゃないですか!」
公園中に響き渡るような絶叫をある意味証文代わりに残していった。
巴はどうしようもないくらい切原にハマっている自覚はあったが、周囲を気にせずムードに溺れられるほどの経験値はまだなかった。
一方隣で切原は「わりぃ、わりぃ」とカラッと笑っている。周りの目は特に気にならないらしい。
そう言うところも結構彼のいいところなんだけれど、そう巴は思ったけれども、これ以上調子に載せないためには口をつぐんでいるしか無いと判断した。
END
関東大会前のやり取り。
***
「なあ、立海に転校してこねえ?」
赤月巴は切原赤也のその言葉に、ドキリとした。
そして、ついに言われてしまったな、とこっそり思った。
まさか昼下がりの公園のストリートテニスコートのベンチでこう改まった話を切り出されるとは思わなかったが。
今日は天気のいい日曜日、声のトーンが高くよく通る声の持ち主の二人の周囲には、同じくストリートテニスに興じている顔見知りが沢山いた。
彼のいまの台詞を耳にしてしまった者もいることだろう。
青学テニス部員と共通の知り合いも多いというのに。
巴はあわてて切原をコート外のベンチに引っ張っていった。
3月のジュニア選抜合宿で知り合って、こうして二人で逢うことも多くなって早三ヶ月。
巴は二人の距離が縮まれば縮まるほど、そういう話になってしまうのではないかと正直危惧していた。
まもなく関東大会が始まる。
当然とも言えるけれども、関東大会への出場権を二人は得ている。
お互い昨年の全国大会優勝・準優勝校だから決勝付近まで対戦することは無いだろうが、こんなところで負ける筈はない両校だから結局のところはいずれ対戦することになる。
倒さねばならない敵として、ネットを挟むのだ。
だから、巴は切原がいつかそう言い出しそうだなと感じていた。
切原は立海大の主将だからミクスドで出てきて巴と対戦することは無いだろうが、それにしてもかの学校からしてみれば青学は去年からの因縁もあって大いに叩き潰したい敵である。
そんな学校に、自分が好ましく思う女子を置いておきたくないと思うのは当然だろうと、自分にしたってあまり楽しいことではないしと巴は思う。
でも、やっぱり性格の差なのか性別の差なのか、巴はそれに素直に肯定できない。
だからこそ「ええー、しませんよー」そう何事も無いようにアッサリと回答した。
「なんで!」
「なんでって……そっちこそなんで転校なんて言葉を簡単に口にするんですか」
中学生の身分では一人で決められない事項だということは切原にもわかっていることだろう。
それでも巴にそうして欲しいのだとわかっているけれども、わかりたくない。
彼はこちらの事情を鑑みていない。彼の少々幼い一本気な性格からいって仕方ないことにも思えたけれども、そのことについては不満が残る。
学校が違うと寂しいから、一緒にいたい。
敵味方に分かれて戦いたくない。
そんな気持ちならば自分も一緒だけれども、そんな事で簡単に学校まで移るような女だと思われるのは嫌だった。
それ以上に嫌なことがあるのだけれども、言っていいのかどうか少々迷っていた。
彼がどう受け取るかわからなかったから。
「──簡単に口に出来るようなことなら、もっと早く言ってるさ」
切原は苦々しげな表情で吐き捨てるように言った。
彼の事だから、もっとムキになって応えてくると思ったので、巴はその表情に少したじろいだ。
「だけど、もしお前が怪我をしたりしたら、どうすればいい? むしろオレはその怪我を狙う立場なんだぜ。あいつは右をひねったから右を狙っていけ、ぶつけるくらいの気持ちでいけ──部員にもそう言うだろうけど、言えねえし出来ねえんだよ、お前に対してだけはさ」
ゆえにいまの状況が苦しいのだと切原は説明する。
切原だって、相手を傷つけなければそれに越したことは無いと頭のどこかで分ってはいるが、それでもアレが自分のテニスなのだということも知っている。そもそもキレてしまえばすべてを超越してしまうのだ。
まだ、そんな場面に遭遇していないけれどもネットの向こうにいるのが巴であっても、デビル化してしまえばどうなるか分らない。
すべてが分らなくなって、血を求めて──我にかえると目の前に倒れているのは彼女かもしれない。
そんなとき、どうすればいい? 駆け寄って抱きしめていいのか? そんな権利があるわけない。
「だから、転校してこいっていうんですか? 私だけに青学の友達とか信用とかすべてを捨てさせて? 裏切り者だとかスパイとか言われてこれから暮らせと?」
巴は暗にお前だけが心配だと言われて嬉しくないわけではなかったが、ついムキになる。
怪我をする、させる前提なのが何よりも気に入らない。
先ほど言いよどんでいた、転校したくない理由まで一気に迸る。
「誰かを傷つけなければ保てない、そんなテニスがまかり通ってその上で常勝を掲げる学校に行くなんて、まっぴら! ──いくら試合中でも、去年の手塚先輩やリョーマくん……あんなに対戦相手を苦しめなければ戦えない校風になら私は染まれませんし、そんなことで得る常勝ならいりません」
親友の那美は小学生の頃に、試合中人を傷つけてしまった経験がトラウマになって苦しんでいる。
手塚や河村をはじめとして先輩方が試合中痛みを堪えてなお戦い続ける様は見ていて辛かった。
自分はスポーツドクターになりたいのだ。
だからこそ試合には怪我が付き物とはいえ、それをむしろ推奨するような考えには従えない。
「…………っ!」
巴の剣幕に切原は何も言えず、ギリっと何かに耐えるように唇を固く結んだ。
確かにそういうことになる。そう言われてしまえば何も言えなかった。
現状が自分には少々辛いことだからといって、彼女にも辛いことを強いたいわけではない。
そのまま視線で巴に話の続きを促す。
「それに、それ以前に、私はテニスを初めて1年です。まだまだ負けることが多い私みたいな人間には『常勝』なんて言葉は向いてません。勝つ事が全てなんていうテニスは求めていないんです、だから立海大には行けません」
「なあ、それって俺のプレイスタイル全否定じゃねえかよ」
巴の言うこともわかるけれども、それでも切原はぼやきたくなった。
じゃあ、なんでそんな俺と一緒にいるんだよ。そう気持ちを疑っても仕方が無いだろう。
「そうですね、でも私は切原さんのテニスが好きで一緒にいるわけじゃないですし……もちろんテニスごと好きになれれば良かったでしょうけど」
「おい──」その台詞に切原は思わず顔を赤くする。
「そ、それはつまりテニス部分以外のところで俺のことを…す…き…ってか想ってるってこと…かよ…」
切原のあまりにもストレートな質問に巴もつられて顔を赤くしながら、それに応える。
巴もここまでいま言うつもりは無かったのだけれど、話の雲行きが怪しくなってしまったこともあり、切原がまだまだ子どもじみた考えの持ち主ということもあり、いっそ言ってしまった方がわかりやすいと判断して言い過ぎるくらいに言うことにした。
「そう、聞こえませんでしたか? ようするに……嫌いなプレイスタイルに目をつぶれるほど盲目だってこと……です……」
「っいやったあ!」
ガバッ。
そう形容するしかないくらいに大げさに切原は巴に抱きついた。
ギューギューと腕を締め付けてくる切原の中で「ここ、公園! 公園です! みんな見てます!」と言う巴の声は切原には伝わらない。
切原本人が聞こえない振りをしているのだから伝わる筈も無いのだが。
巴は抗議に応じない切原の頬にむけて両腕をいっぱいに伸ばし、ようやくたどり着いた頬をつまんだ。
「いてーっ」切原は声を上げ、うっかりと拘束をゆるめてしまった。
「調子に乗り過ぎです!」そう言いながら、周囲をきょろきょろと窺うと自分たちに絡み付いていた視線がパッと離れていった。
ここはコートの外のベンチとはいえ、コートを見るために置かれているものだったから、視界が良い。
特に青学の先輩方と通じている数人の顔を確認してしまった。絶対見ていたと確信した。
あーあ、明日には部の方にもなんか変な噂になって伝わっているんだろうな、そう思うと頭が痛い。
頭を抱えながらも、二人の話の続きとして切原に釘を刺す事にした。
「だからって、私はやっぱり人を傷つけるようなテニスは許せないですし、その点は切原さんにも改めてもらいたいと思ってます。これだけはわかって欲しいです」
「う……はい」
巴の鋭い視線が切原に突き刺さる、その痛みに耐えかねて切原も慌てて頷く。
ここで頷けなければ、彼女を喪ってしまうかもしれないという焦りがそうさせたというのもあるが。
「転校もそう言うわけで無しです」
「……おう」
残念そうに項垂れて殊勝に話を聞く切原の様子に、巴は思わず頬を緩める。
見ればまるでやんちゃな中型犬が飼い主に叱られているようだ。
この人のこういうところが堪らないんだよねと、内心思う。
子どもじみて暴力的で、そんな彼に嫌悪を覚えたことが無いと言えば嘘になるのに、それでもこんなに気になってしまうなんて、嫌いになれないなんて、むしろそういうところも魅力かもしれないなんて思うなんて、どうしようもないと自分でも思う。
だから、ついつい余計な事を付け足してしまったのかもしれない。
「でも、もし、この先私がこのまま切原さんが好きなままで、切原さんもこの先いい方向に変わるようだったら、考えてもいいです」
「マジかよ」
何を、とは訊かないまま、切原はぱっと顔を輝かせて希望のまなざしで巴を見つめた。
「ただし、立海大学への進学を、ですけどね。スポーツ医学を学ぶ学部があるようですし」
「だーいーがーくー?」
いまじゃないのかよ、そう少々不満げに口を尖らせて、聞き返した。
持ち上げておいて落とすなよ、表情がそう告げている。
巴は予想通りの反応に半ば苦笑しつつ応えた。
「一応青学の大学にも医学部はあるんですけどね、でもこのまま内部でずーっと行くのも怠けちゃいそうですし…外部受験をしてもいいなって思ってたんですよ。だから、立海大は選択肢の一つとしてアリかなって」
そして巴はニヤリとしてこう続けた。
「それに、私が立海大への進学を考えたら、切原さんは内部受験にも力が入るんじゃないですか? いくらテニスの成績が良くてもあの学校はある程度の成績が保てないと、上がれないんですよね? 幸村さんから聞きましたよ」
「ゆき……! ちぇ、何でもお見通しかよ。……まあ、いいか。じゃあ、俺も頑張るから、お前も頑張れよ。立海大は結構難関だぜ?」
切原は聞きたくない名詞を聞き少々へこみもしたが、そこは立ち直りの早い性格ゆえあっさりと立ち直って笑顔で巴の言葉を受けた。
いまではないけれども、いつか一緒の学校に通う事があるかもしれない。
しつこくして嫌われたいわけではないのだから、その答えだけでもいまは良しとした方が良さそうだと判断する。
それに「はい、私も頑張りますから」とニコニコと笑いながらこちらを見ている彼女を見て、どうでもいい気持ちになってしまった。
彼女を、そして人を傷つけないテニスを心がける、それに加えて進学できるようにも頑張る。
それだけでこの笑顔がこの先も見られるのであればそれはとても簡単なことのように思えたからだ。
「じゃあ、約束、な。証文代わりに──」
そういって切原の唇が巴のそれにサッと触れていった。
感じるのは周囲からの視線、そしてそれは一瞬の後に気まずそうに離れていった。
巴は切原が離れたその唇で、
「ぎゃーっ!!! だからっ! ここは公園で! みんな見てるって言ってるじゃないですか!」
公園中に響き渡るような絶叫をある意味証文代わりに残していった。
巴はどうしようもないくらい切原にハマっている自覚はあったが、周囲を気にせずムードに溺れられるほどの経験値はまだなかった。
一方隣で切原は「わりぃ、わりぃ」とカラッと笑っている。周りの目は特に気にならないらしい。
そう言うところも結構彼のいいところなんだけれど、そう巴は思ったけれども、これ以上調子に載せないためには口をつぐんでいるしか無いと判断した。
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