部活動が中止になってしまったとある放課後。
巴は真面目に帰宅する気にもなかなかなれず、少し遠回りだけど河川敷の遊歩道をブラブラして帰ることにした。
もうすぐ4月だというのに、春めいた気配が一切ない河川敷は荒涼としていて寂しい。
今年の春の到来がもう少し早ければ、この時期にはツクシやヨモギが芽生え、土手に観るも鮮やかな緑の絨毯が敷かれることだろうに。
少し残念に思いながらも、それでも巴は散歩の足を止めることはなかった。
彼女の足が止まることになったのは、土手に座る見慣れた姿を見つけたからだ。
「切原さん!」
癖の強い髪に、平均値ながらも周囲の学生離れした連中と比べれば少し小柄な身体。
巴はもはや見間違えることはない。切原赤也その人だった。
先日のジュニア選抜合宿では、ライバル校の選手──しかも新部長でありながらうっかりと親密な関係になってしまった彼だったからだ。
親密な関係とは言え、今日ここをブラつくことは伝えておらず、したがって偶然の出会いに心底驚いてしまった。
「よお、巴」片手をひらひらさせて巴に挨拶する彼は、とくに巴の存在に驚いていないようで、そのことも巴には驚きの材料だった。
「どうしたんですか、何でこんなところに……?」
まるで赤也が幻かどうかを確かめるように、巴は目をしばたたかせながら彼の座る場所へと足を急いだ。
至近距離まで近づいて、ようやく実体であることに納得した。
──影もあれば、身体も生々しく、これが幻であると判断することは難しかった。
「今日は、私がここに来るって事は……言ってないですよね?」
「ああ、聞いてねえよ。俺がここにいるのは不思議か。──愛の力、って言ったら信じるか?」
あくまで不思議そうにしている巴に対して、切原は意地悪っぽくそう返した。
巴は『愛の力』という単語に思わず赤面してしまった。
その表情に切原は満足したように「いいね、その反応」とにやりと笑い、そのからくりを説明した。
「今日は練習試合の件でそっちの新部長に電話したんだよ。で、そん時にお前のこと訊いたってワケ」
「──愛の力の方が良かったです」
女子ならば、誰だってそう言ってもらったほうが嬉しいだろう。そこに気付かないのがまだ中学生であり子供っぽさの残る切原たるゆえんだ。
けれど、彼のそんなところも良いなと思ってしまう巴も巴で、結局は似た者カップルといったところだろうか。
甘い愛の言葉とか駆け引きとか、そんなものはまだまだ似合いそうになかった。
「愛の力の方が良かった、か。まあそう言うなよ──ほら」切原は片手に握りしめていたらしいものと巴の手に預けた。
巴の手に乗せられたのは鮮やかで眩しすぎるくらいの黄色。
「タンポポ……!」
「今年一番最初に見つけた、たんぽぽだ。──摘んだのは良くねえかも知れないけど、やるよ、それ。なんて言うか……その、お前ってそんなカンジだよな」
鮮やかで、強い、タンポポのような──切原にとってそういうイメージなのだろうか。
だったら、嬉しい。
巴は先ほどよりも赤面していることをはっきり自覚していた。
切原も同じくそう見えるけれど、それを指摘したら怒るだろうか、照れるだろうか、それとも笑い飛ばすのだろうか。
その反応は巴にはまだ読めなかった。
二人の付き合いは、この春のようにまだ始まったばかりだったから。
荒涼とした河川敷に最初に咲いた花のように、二人の気持ちは芽生えたばかりだったから。
END
お題「School-Candy」、お題配布元紫龍堂さま
巴は真面目に帰宅する気にもなかなかなれず、少し遠回りだけど河川敷の遊歩道をブラブラして帰ることにした。
もうすぐ4月だというのに、春めいた気配が一切ない河川敷は荒涼としていて寂しい。
今年の春の到来がもう少し早ければ、この時期にはツクシやヨモギが芽生え、土手に観るも鮮やかな緑の絨毯が敷かれることだろうに。
少し残念に思いながらも、それでも巴は散歩の足を止めることはなかった。
彼女の足が止まることになったのは、土手に座る見慣れた姿を見つけたからだ。
「切原さん!」
癖の強い髪に、平均値ながらも周囲の学生離れした連中と比べれば少し小柄な身体。
巴はもはや見間違えることはない。切原赤也その人だった。
先日のジュニア選抜合宿では、ライバル校の選手──しかも新部長でありながらうっかりと親密な関係になってしまった彼だったからだ。
親密な関係とは言え、今日ここをブラつくことは伝えておらず、したがって偶然の出会いに心底驚いてしまった。
「よお、巴」片手をひらひらさせて巴に挨拶する彼は、とくに巴の存在に驚いていないようで、そのことも巴には驚きの材料だった。
「どうしたんですか、何でこんなところに……?」
まるで赤也が幻かどうかを確かめるように、巴は目をしばたたかせながら彼の座る場所へと足を急いだ。
至近距離まで近づいて、ようやく実体であることに納得した。
──影もあれば、身体も生々しく、これが幻であると判断することは難しかった。
「今日は、私がここに来るって事は……言ってないですよね?」
「ああ、聞いてねえよ。俺がここにいるのは不思議か。──愛の力、って言ったら信じるか?」
あくまで不思議そうにしている巴に対して、切原は意地悪っぽくそう返した。
巴は『愛の力』という単語に思わず赤面してしまった。
その表情に切原は満足したように「いいね、その反応」とにやりと笑い、そのからくりを説明した。
「今日は練習試合の件でそっちの新部長に電話したんだよ。で、そん時にお前のこと訊いたってワケ」
「──愛の力の方が良かったです」
女子ならば、誰だってそう言ってもらったほうが嬉しいだろう。そこに気付かないのがまだ中学生であり子供っぽさの残る切原たるゆえんだ。
けれど、彼のそんなところも良いなと思ってしまう巴も巴で、結局は似た者カップルといったところだろうか。
甘い愛の言葉とか駆け引きとか、そんなものはまだまだ似合いそうになかった。
「愛の力の方が良かった、か。まあそう言うなよ──ほら」切原は片手に握りしめていたらしいものと巴の手に預けた。
巴の手に乗せられたのは鮮やかで眩しすぎるくらいの黄色。
「タンポポ……!」
「今年一番最初に見つけた、たんぽぽだ。──摘んだのは良くねえかも知れないけど、やるよ、それ。なんて言うか……その、お前ってそんなカンジだよな」
鮮やかで、強い、タンポポのような──切原にとってそういうイメージなのだろうか。
だったら、嬉しい。
巴は先ほどよりも赤面していることをはっきり自覚していた。
切原も同じくそう見えるけれど、それを指摘したら怒るだろうか、照れるだろうか、それとも笑い飛ばすのだろうか。
その反応は巴にはまだ読めなかった。
二人の付き合いは、この春のようにまだ始まったばかりだったから。
荒涼とした河川敷に最初に咲いた花のように、二人の気持ちは芽生えたばかりだったから。
END
お題「School-Candy」、お題配布元紫龍堂さま
「あー! まいったな」
会員になっているテニスクラブの入り口に貼られた紙を見て、切原赤也は声をあげた。
時は年末。クリスマスの飾りが取り外されると同時に、街の至る所に『年末年始の休業日』のお知らせが増えていた。
このテニスクラブでも例外では無かったようで、素っ気ない白い紙には休業日が印刷されていた。
「まあ、確かに明日から休みなのはちょっと困っちゃいますけど、仕方ないですよー」
苦々しく頭を掻いている彼を横目に、ふふっと笑いながら赤月巴はそうフォローした。
テニスクラブの休業日を知るだけでこんなにがっくりしている彼を、巴はほほ笑ましく見ている。
彼がどんなときでも、実生活でもテニスのプレイでも自分の感情を抑えないところも巴は結構気に入っているのだ。
ただ、それを言うと調子に乗ることが分かり切っているから口にする予定はいまのところない。
「だってよー」
切原は不満げな表情を隠そうとしない。
「年明けまでお前と会う用事が無くなるじゃん、俺とお前ってテニスな間柄なワケだし」
……だから、クリスマスも殆どテニスで終わったんですか……、先日のクリスマスをデートというよりラリーとケンタッキーで終了した記憶を反すうさせつつ、内心ツッコんだ。
ライバル校の選手同士の立場、お互いの性格も相まって2人の関係は実に曖昧だ。
恋愛感情を仄めかせて始まった関係だったはずが、単なるテニス仲間とさほど変わり無い関係が続いている。
会って、テニスをして、たまにご飯食べて遊んで……それは友情の域を超えないレベルでの付き合いだ。
ごく、たまーにその域を超えることが無かったわけでは無いけれども、それが持続するわけでも無く気付いたらいつのまにか友情の域内に戻っている気がする。
それでも巴は切原が引退したらもうちょっとどうにかなるだろうと思っていたわけだが、そうでは無かったのだろうか。
やっぱり単なるテニス仲間でしかなかったのか。ちょっと毛色の変わった女子というだけ、それだけちょっと特別な。
そう思ったらいたたまれない気持ちになって、思ったことを理性というフィルターを通さずに口に出していた。
「それは、テニスが出来ないと私と会う必要がないってことですか? それ以外は嫌ですか」
これまでも漠然と感じていた不安。もやもやの原因を、気付いたら彼にぶつけていた。
これで希望も友情すらも全て断たれてしまうかもしれないことには、口から全ての言葉が出終わったあとに気付いた。
いま2人の立つ場所がテニスクラブの入り口で、これからプレイするために訪れたのだということを思い出したのも、その後のことで、出来るならいまの発言を取り消したいと心底思った。
こんなやり取りを、こんな場所で今年最後になるもしれないテニスをプレイする前にすべきではなかった。
しかし切原は「さっさとコートに出ようぜ」と、まるで巴の発言が聞こえなかったかのように、何事も彼女の手を引き、更衣室の前で別れた。
何だか顔を合わせづらいなと、だらだらテニスウェアに着替えた。
さすがに、ここで切原の前から逃げることも叶わず、しかしいつもよりも時間をかけてコートに出た。
切原は当然先に待っている。
「おっせぇよ、赤月。さっさと始めるぞ」
先ほどと変わらず、何事も無かったように切原は物事を進めていく。
ただ、黙々とアップを済ませて2人で打ち合うことに集中する。
テニスをすれば、ネットを挟んで向き合えば、巴もテニスプレイヤーらしく余計なことは考えずプレイに打ち込むことが出来た。
ただ、それは問題を先送りにしているだけだと一瞬だけ思ったけれども、さすがに切原とのテニスは面白い。それ以降は何も考えず、テニスを楽しんだ。
「そろそろ引き上げようぜ」切原がそう声を上げた時には、こんなに時間が経ってるとは思わず驚いたくらいだ。
気付いたらウェアは汗染みが出来るほどで、気まずさから黙々といつもよりも集中していたせいかかなり没頭していたらしい。
やはり切原とのテニスは楽しい。もういっそのことこのままで関係を続けても良いのかもしれない。
つい、そう考えながらざっとシャワーを浴びて、テニスクラブのラウンジで待つ切原のところへと向かう。
コートに出た時にも気付いてはいたが、年末最後の営業のせいかテニスクラブに来る客はいつもより少なく閑散としている。
ラウンジには珍しく誰もいない。従業員も最後というせいかそれぞれ散って片づけや掃除をしているようだ。
こんな調子じゃやっぱり年末年始は休んでいた方が良いよねと納得するくらいに。
切原は珍しく物憂い顔で、ラウンジの椅子に座って待っていた。
「あ、お待たせしました」
「……ん、ああ……」
なんだろう、この気まずい雰囲気は。
やはりさっきの会話のせいだろうか、いつもなら揃ったらさっさと席を立って近くのファミレスやファストフード店に向かうのだが、なんとなくそんな雰囲気では無さそうで、内心ドキドキしつつ巴も椅子に座ってみた。
「…………」しばらく2人とも沈黙が続く。
なにかこちらから言った方が良いのだろうかと、巴はなにか良い言葉が思いついたわけでも無いのに口を開こうとした。
しかし、それは切原の言葉に遮られた。
「あ……、あのさあ」
「はい」
「…………」
「…………」
「……もしかして、俺ってお前のこと、テニス以外でも誘っていいワケ……?」
「……はい?」突然何を言い出すのかと思ったら全く想定外のことで、巴は間の抜けた返事をしてしまう。周囲に見られていたら相当変な顔をしていたに違いないとあとになって思ったくらいだ。
「むしろ、テニス以外のことも誘って欲しいんですけど」とりあえず、自分の希望を端的に述べてみた。
対する切原は「やったっ」と小さくガッツポーズをしていて、巴は小首をかしげた。
「いや、だって、なんてーの? なんとなく俺って単なるテニス仲間に思われてそうだし? てかお前、憎たらしい先輩方を始めとして他校の男子にもテニス仲間が多いじゃん。俺もその中に含まれてんのかなーなんて思ってよ。ちょっと最近へこんでたってか、そんなカンジでさ」
どうやら、切原も巴と同じようなことを感じていたらしい。
言葉足らずで、気持ちが伝わっていないのはお互い様だったらしいことに気付いた。
「つーか、テニス以外でどうやって誘えばいいんだよって話でさ、……なんか悩むじゃん」
「普通にどこいこうとか、そんなで良いんですよ」巴は急に嬉しさが込み上げてきてくすくす笑いながらそう答える。
「だって、私は切原さんに誘われたら嬉しくってどこでも行っちゃうんですから。──単なるテニス仲間だなんて思ったことは一度も無いんですから。つまり、その、切原さんは特別なんです」
「お……おう」自分の言ったこと、巴の答えに対して急に照れが来たのか切原の目元はほんのり赤くなっている。
巴もそれにつられて頬が熱くなってきた。
「こ、ここ、暑いですね……」
「そうだな……」
お互い先ほどとは違った気まずさが漂う。
「あの、私、思うんですけど」巴はそれを打ち消すべく、慌てて声を出した。
「私たち、一度ちゃんと意思を確認する必要があると思うんですけど、つまり、私は切原さんを…………私の好きな人だと思ってますけど、切原さんはどうなんですか」
実に今更な話だが、考えて見ればお互いの気持ちを確認していない。
今日になって話がこじれているのはそれが原因なのだから、ここでもう一度ちゃんとしておかなくては全く意味がないだろう。
ちょうど年末だし、すっきりさせておくに限るとばかり、巴は言い迫る。
「──赤也」切原はぼそっとそう言った。「訂正しろよ」
「え?」
「だーかーら、赤也。そう呼べよ。俺は赤也。俺はお前のことは巴って呼ぶからさ。なんつーか……普通、好きなヤツのことは名前で呼ぶだろ、巴?」
「えええ、突然すぎて無理です!」
『普通、好きなヤツのことは名前で呼ぶだろ、巴?』その言葉を脳内でうっとりと反すうしつつも巴は慌てて答えた。
「恥ずかしくって無理です。ちょっと待って下さい!」
「恥ずかしいって……俺だって、恥ずかしいっての!」
先ほどよりもよほど顔を赤くして2人して言い合う。「呼べ」「無理」の応酬がしばらく続く。
息も切れてきた頃、切原がしぶしぶと「俺が年上だから折れなきゃな」ともっともらしく呟いてから、言葉を紡ぐ。
「じゃあ、来年からそう呼べ。今日はいいから。でも絶対だからな。で、正月は初詣付き合えよ。これも絶対な」
「出来なきゃ罰ゲームキス1回な」そう笑いながら言って、切原は席を立った。
巴は「横暴です」といいながらそれに従って自分も席を立つ。心の中で「──あかや、あかや」と練習しながら。
彼を切原と呼ぶのはどうやら、この年末を持って終了らしい。
END
会員になっているテニスクラブの入り口に貼られた紙を見て、切原赤也は声をあげた。
時は年末。クリスマスの飾りが取り外されると同時に、街の至る所に『年末年始の休業日』のお知らせが増えていた。
このテニスクラブでも例外では無かったようで、素っ気ない白い紙には休業日が印刷されていた。
「まあ、確かに明日から休みなのはちょっと困っちゃいますけど、仕方ないですよー」
苦々しく頭を掻いている彼を横目に、ふふっと笑いながら赤月巴はそうフォローした。
テニスクラブの休業日を知るだけでこんなにがっくりしている彼を、巴はほほ笑ましく見ている。
彼がどんなときでも、実生活でもテニスのプレイでも自分の感情を抑えないところも巴は結構気に入っているのだ。
ただ、それを言うと調子に乗ることが分かり切っているから口にする予定はいまのところない。
「だってよー」
切原は不満げな表情を隠そうとしない。
「年明けまでお前と会う用事が無くなるじゃん、俺とお前ってテニスな間柄なワケだし」
……だから、クリスマスも殆どテニスで終わったんですか……、先日のクリスマスをデートというよりラリーとケンタッキーで終了した記憶を反すうさせつつ、内心ツッコんだ。
ライバル校の選手同士の立場、お互いの性格も相まって2人の関係は実に曖昧だ。
恋愛感情を仄めかせて始まった関係だったはずが、単なるテニス仲間とさほど変わり無い関係が続いている。
会って、テニスをして、たまにご飯食べて遊んで……それは友情の域を超えないレベルでの付き合いだ。
ごく、たまーにその域を超えることが無かったわけでは無いけれども、それが持続するわけでも無く気付いたらいつのまにか友情の域内に戻っている気がする。
それでも巴は切原が引退したらもうちょっとどうにかなるだろうと思っていたわけだが、そうでは無かったのだろうか。
やっぱり単なるテニス仲間でしかなかったのか。ちょっと毛色の変わった女子というだけ、それだけちょっと特別な。
そう思ったらいたたまれない気持ちになって、思ったことを理性というフィルターを通さずに口に出していた。
「それは、テニスが出来ないと私と会う必要がないってことですか? それ以外は嫌ですか」
これまでも漠然と感じていた不安。もやもやの原因を、気付いたら彼にぶつけていた。
これで希望も友情すらも全て断たれてしまうかもしれないことには、口から全ての言葉が出終わったあとに気付いた。
いま2人の立つ場所がテニスクラブの入り口で、これからプレイするために訪れたのだということを思い出したのも、その後のことで、出来るならいまの発言を取り消したいと心底思った。
こんなやり取りを、こんな場所で今年最後になるもしれないテニスをプレイする前にすべきではなかった。
しかし切原は「さっさとコートに出ようぜ」と、まるで巴の発言が聞こえなかったかのように、何事も彼女の手を引き、更衣室の前で別れた。
何だか顔を合わせづらいなと、だらだらテニスウェアに着替えた。
さすがに、ここで切原の前から逃げることも叶わず、しかしいつもよりも時間をかけてコートに出た。
切原は当然先に待っている。
「おっせぇよ、赤月。さっさと始めるぞ」
先ほどと変わらず、何事も無かったように切原は物事を進めていく。
ただ、黙々とアップを済ませて2人で打ち合うことに集中する。
テニスをすれば、ネットを挟んで向き合えば、巴もテニスプレイヤーらしく余計なことは考えずプレイに打ち込むことが出来た。
ただ、それは問題を先送りにしているだけだと一瞬だけ思ったけれども、さすがに切原とのテニスは面白い。それ以降は何も考えず、テニスを楽しんだ。
「そろそろ引き上げようぜ」切原がそう声を上げた時には、こんなに時間が経ってるとは思わず驚いたくらいだ。
気付いたらウェアは汗染みが出来るほどで、気まずさから黙々といつもよりも集中していたせいかかなり没頭していたらしい。
やはり切原とのテニスは楽しい。もういっそのことこのままで関係を続けても良いのかもしれない。
つい、そう考えながらざっとシャワーを浴びて、テニスクラブのラウンジで待つ切原のところへと向かう。
コートに出た時にも気付いてはいたが、年末最後の営業のせいかテニスクラブに来る客はいつもより少なく閑散としている。
ラウンジには珍しく誰もいない。従業員も最後というせいかそれぞれ散って片づけや掃除をしているようだ。
こんな調子じゃやっぱり年末年始は休んでいた方が良いよねと納得するくらいに。
切原は珍しく物憂い顔で、ラウンジの椅子に座って待っていた。
「あ、お待たせしました」
「……ん、ああ……」
なんだろう、この気まずい雰囲気は。
やはりさっきの会話のせいだろうか、いつもなら揃ったらさっさと席を立って近くのファミレスやファストフード店に向かうのだが、なんとなくそんな雰囲気では無さそうで、内心ドキドキしつつ巴も椅子に座ってみた。
「…………」しばらく2人とも沈黙が続く。
なにかこちらから言った方が良いのだろうかと、巴はなにか良い言葉が思いついたわけでも無いのに口を開こうとした。
しかし、それは切原の言葉に遮られた。
「あ……、あのさあ」
「はい」
「…………」
「…………」
「……もしかして、俺ってお前のこと、テニス以外でも誘っていいワケ……?」
「……はい?」突然何を言い出すのかと思ったら全く想定外のことで、巴は間の抜けた返事をしてしまう。周囲に見られていたら相当変な顔をしていたに違いないとあとになって思ったくらいだ。
「むしろ、テニス以外のことも誘って欲しいんですけど」とりあえず、自分の希望を端的に述べてみた。
対する切原は「やったっ」と小さくガッツポーズをしていて、巴は小首をかしげた。
「いや、だって、なんてーの? なんとなく俺って単なるテニス仲間に思われてそうだし? てかお前、憎たらしい先輩方を始めとして他校の男子にもテニス仲間が多いじゃん。俺もその中に含まれてんのかなーなんて思ってよ。ちょっと最近へこんでたってか、そんなカンジでさ」
どうやら、切原も巴と同じようなことを感じていたらしい。
言葉足らずで、気持ちが伝わっていないのはお互い様だったらしいことに気付いた。
「つーか、テニス以外でどうやって誘えばいいんだよって話でさ、……なんか悩むじゃん」
「普通にどこいこうとか、そんなで良いんですよ」巴は急に嬉しさが込み上げてきてくすくす笑いながらそう答える。
「だって、私は切原さんに誘われたら嬉しくってどこでも行っちゃうんですから。──単なるテニス仲間だなんて思ったことは一度も無いんですから。つまり、その、切原さんは特別なんです」
「お……おう」自分の言ったこと、巴の答えに対して急に照れが来たのか切原の目元はほんのり赤くなっている。
巴もそれにつられて頬が熱くなってきた。
「こ、ここ、暑いですね……」
「そうだな……」
お互い先ほどとは違った気まずさが漂う。
「あの、私、思うんですけど」巴はそれを打ち消すべく、慌てて声を出した。
「私たち、一度ちゃんと意思を確認する必要があると思うんですけど、つまり、私は切原さんを…………私の好きな人だと思ってますけど、切原さんはどうなんですか」
実に今更な話だが、考えて見ればお互いの気持ちを確認していない。
今日になって話がこじれているのはそれが原因なのだから、ここでもう一度ちゃんとしておかなくては全く意味がないだろう。
ちょうど年末だし、すっきりさせておくに限るとばかり、巴は言い迫る。
「──赤也」切原はぼそっとそう言った。「訂正しろよ」
「え?」
「だーかーら、赤也。そう呼べよ。俺は赤也。俺はお前のことは巴って呼ぶからさ。なんつーか……普通、好きなヤツのことは名前で呼ぶだろ、巴?」
「えええ、突然すぎて無理です!」
『普通、好きなヤツのことは名前で呼ぶだろ、巴?』その言葉を脳内でうっとりと反すうしつつも巴は慌てて答えた。
「恥ずかしくって無理です。ちょっと待って下さい!」
「恥ずかしいって……俺だって、恥ずかしいっての!」
先ほどよりもよほど顔を赤くして2人して言い合う。「呼べ」「無理」の応酬がしばらく続く。
息も切れてきた頃、切原がしぶしぶと「俺が年上だから折れなきゃな」ともっともらしく呟いてから、言葉を紡ぐ。
「じゃあ、来年からそう呼べ。今日はいいから。でも絶対だからな。で、正月は初詣付き合えよ。これも絶対な」
「出来なきゃ罰ゲームキス1回な」そう笑いながら言って、切原は席を立った。
巴は「横暴です」といいながらそれに従って自分も席を立つ。心の中で「──あかや、あかや」と練習しながら。
彼を切原と呼ぶのはどうやら、この年末を持って終了らしい。
END
「なあ、立海に転校してこねえ?」
赤月巴は切原赤也のその言葉に、ドキリとした。
そして、ついに言われてしまったな、とこっそり思った。
まさか昼下がりの公園のストリートテニスコートのベンチでこう改まった話を切り出されるとは思わなかったが。
今日は天気のいい日曜日、声のトーンが高くよく通る声の持ち主の二人の周囲には、同じくストリートテニスに興じている顔見知りが沢山いた。
彼のいまの台詞を耳にしてしまった者もいることだろう。
青学テニス部員と共通の知り合いも多いというのに。
巴はあわてて切原をコート外のベンチに引っ張っていった。
3月のジュニア選抜合宿で知り合って、こうして二人で逢うことも多くなって早三ヶ月。
巴は二人の距離が縮まれば縮まるほど、そういう話になってしまうのではないかと正直危惧していた。
まもなく関東大会が始まる。
当然とも言えるけれども、関東大会への出場権を二人は得ている。
お互い昨年の全国大会優勝・準優勝校だから決勝付近まで対戦することは無いだろうが、こんなところで負ける筈はない両校だから結局のところはいずれ対戦することになる。
倒さねばならない敵として、ネットを挟むのだ。
だから、巴は切原がいつかそう言い出しそうだなと感じていた。
切原は立海大の主将だからミクスドで出てきて巴と対戦することは無いだろうが、それにしてもかの学校からしてみれば青学は去年からの因縁もあって大いに叩き潰したい敵である。
そんな学校に、自分が好ましく思う女子を置いておきたくないと思うのは当然だろうと、自分にしたってあまり楽しいことではないしと巴は思う。
でも、やっぱり性格の差なのか性別の差なのか、巴はそれに素直に肯定できない。
だからこそ「ええー、しませんよー」そう何事も無いようにアッサリと回答した。
「なんで!」
「なんでって……そっちこそなんで転校なんて言葉を簡単に口にするんですか」
中学生の身分では一人で決められない事項だということは切原にもわかっていることだろう。
それでも巴にそうして欲しいのだとわかっているけれども、わかりたくない。
彼はこちらの事情を鑑みていない。彼の少々幼い一本気な性格からいって仕方ないことにも思えたけれども、そのことについては不満が残る。
学校が違うと寂しいから、一緒にいたい。
敵味方に分かれて戦いたくない。
そんな気持ちならば自分も一緒だけれども、そんな事で簡単に学校まで移るような女だと思われるのは嫌だった。
それ以上に嫌なことがあるのだけれども、言っていいのかどうか少々迷っていた。
彼がどう受け取るかわからなかったから。
「──簡単に口に出来るようなことなら、もっと早く言ってるさ」
切原は苦々しげな表情で吐き捨てるように言った。
彼の事だから、もっとムキになって応えてくると思ったので、巴はその表情に少したじろいだ。
「だけど、もしお前が怪我をしたりしたら、どうすればいい? むしろオレはその怪我を狙う立場なんだぜ。あいつは右をひねったから右を狙っていけ、ぶつけるくらいの気持ちでいけ──部員にもそう言うだろうけど、言えねえし出来ねえんだよ、お前に対してだけはさ」
ゆえにいまの状況が苦しいのだと切原は説明する。
切原だって、相手を傷つけなければそれに越したことは無いと頭のどこかで分ってはいるが、それでもアレが自分のテニスなのだということも知っている。そもそもキレてしまえばすべてを超越してしまうのだ。
まだ、そんな場面に遭遇していないけれどもネットの向こうにいるのが巴であっても、デビル化してしまえばどうなるか分らない。
すべてが分らなくなって、血を求めて──我にかえると目の前に倒れているのは彼女かもしれない。
そんなとき、どうすればいい? 駆け寄って抱きしめていいのか? そんな権利があるわけない。
「だから、転校してこいっていうんですか? 私だけに青学の友達とか信用とかすべてを捨てさせて? 裏切り者だとかスパイとか言われてこれから暮らせと?」
巴は暗にお前だけが心配だと言われて嬉しくないわけではなかったが、ついムキになる。
怪我をする、させる前提なのが何よりも気に入らない。
先ほど言いよどんでいた、転校したくない理由まで一気に迸る。
「誰かを傷つけなければ保てない、そんなテニスがまかり通ってその上で常勝を掲げる学校に行くなんて、まっぴら! ──いくら試合中でも、去年の手塚先輩やリョーマくん……あんなに対戦相手を苦しめなければ戦えない校風になら私は染まれませんし、そんなことで得る常勝ならいりません」
親友の那美は小学生の頃に、試合中人を傷つけてしまった経験がトラウマになって苦しんでいる。
手塚や河村をはじめとして先輩方が試合中痛みを堪えてなお戦い続ける様は見ていて辛かった。
自分はスポーツドクターになりたいのだ。
だからこそ試合には怪我が付き物とはいえ、それをむしろ推奨するような考えには従えない。
「…………っ!」
巴の剣幕に切原は何も言えず、ギリっと何かに耐えるように唇を固く結んだ。
確かにそういうことになる。そう言われてしまえば何も言えなかった。
現状が自分には少々辛いことだからといって、彼女にも辛いことを強いたいわけではない。
そのまま視線で巴に話の続きを促す。
「それに、それ以前に、私はテニスを初めて1年です。まだまだ負けることが多い私みたいな人間には『常勝』なんて言葉は向いてません。勝つ事が全てなんていうテニスは求めていないんです、だから立海大には行けません」
「なあ、それって俺のプレイスタイル全否定じゃねえかよ」
巴の言うこともわかるけれども、それでも切原はぼやきたくなった。
じゃあ、なんでそんな俺と一緒にいるんだよ。そう気持ちを疑っても仕方が無いだろう。
「そうですね、でも私は切原さんのテニスが好きで一緒にいるわけじゃないですし……もちろんテニスごと好きになれれば良かったでしょうけど」
「おい──」その台詞に切原は思わず顔を赤くする。
「そ、それはつまりテニス部分以外のところで俺のことを…す…き…ってか想ってるってこと…かよ…」
切原のあまりにもストレートな質問に巴もつられて顔を赤くしながら、それに応える。
巴もここまでいま言うつもりは無かったのだけれど、話の雲行きが怪しくなってしまったこともあり、切原がまだまだ子どもじみた考えの持ち主ということもあり、いっそ言ってしまった方がわかりやすいと判断して言い過ぎるくらいに言うことにした。
「そう、聞こえませんでしたか? ようするに……嫌いなプレイスタイルに目をつぶれるほど盲目だってこと……です……」
「っいやったあ!」
ガバッ。
そう形容するしかないくらいに大げさに切原は巴に抱きついた。
ギューギューと腕を締め付けてくる切原の中で「ここ、公園! 公園です! みんな見てます!」と言う巴の声は切原には伝わらない。
切原本人が聞こえない振りをしているのだから伝わる筈も無いのだが。
巴は抗議に応じない切原の頬にむけて両腕をいっぱいに伸ばし、ようやくたどり着いた頬をつまんだ。
「いてーっ」切原は声を上げ、うっかりと拘束をゆるめてしまった。
「調子に乗り過ぎです!」そう言いながら、周囲をきょろきょろと窺うと自分たちに絡み付いていた視線がパッと離れていった。
ここはコートの外のベンチとはいえ、コートを見るために置かれているものだったから、視界が良い。
特に青学の先輩方と通じている数人の顔を確認してしまった。絶対見ていたと確信した。
あーあ、明日には部の方にもなんか変な噂になって伝わっているんだろうな、そう思うと頭が痛い。
頭を抱えながらも、二人の話の続きとして切原に釘を刺す事にした。
「だからって、私はやっぱり人を傷つけるようなテニスは許せないですし、その点は切原さんにも改めてもらいたいと思ってます。これだけはわかって欲しいです」
「う……はい」
巴の鋭い視線が切原に突き刺さる、その痛みに耐えかねて切原も慌てて頷く。
ここで頷けなければ、彼女を喪ってしまうかもしれないという焦りがそうさせたというのもあるが。
「転校もそう言うわけで無しです」
「……おう」
残念そうに項垂れて殊勝に話を聞く切原の様子に、巴は思わず頬を緩める。
見ればまるでやんちゃな中型犬が飼い主に叱られているようだ。
この人のこういうところが堪らないんだよねと、内心思う。
子どもじみて暴力的で、そんな彼に嫌悪を覚えたことが無いと言えば嘘になるのに、それでもこんなに気になってしまうなんて、嫌いになれないなんて、むしろそういうところも魅力かもしれないなんて思うなんて、どうしようもないと自分でも思う。
だから、ついつい余計な事を付け足してしまったのかもしれない。
「でも、もし、この先私がこのまま切原さんが好きなままで、切原さんもこの先いい方向に変わるようだったら、考えてもいいです」
「マジかよ」
何を、とは訊かないまま、切原はぱっと顔を輝かせて希望のまなざしで巴を見つめた。
「ただし、立海大学への進学を、ですけどね。スポーツ医学を学ぶ学部があるようですし」
「だーいーがーくー?」
いまじゃないのかよ、そう少々不満げに口を尖らせて、聞き返した。
持ち上げておいて落とすなよ、表情がそう告げている。
巴は予想通りの反応に半ば苦笑しつつ応えた。
「一応青学の大学にも医学部はあるんですけどね、でもこのまま内部でずーっと行くのも怠けちゃいそうですし…外部受験をしてもいいなって思ってたんですよ。だから、立海大は選択肢の一つとしてアリかなって」
そして巴はニヤリとしてこう続けた。
「それに、私が立海大への進学を考えたら、切原さんは内部受験にも力が入るんじゃないですか? いくらテニスの成績が良くてもあの学校はある程度の成績が保てないと、上がれないんですよね? 幸村さんから聞きましたよ」
「ゆき……! ちぇ、何でもお見通しかよ。……まあ、いいか。じゃあ、俺も頑張るから、お前も頑張れよ。立海大は結構難関だぜ?」
切原は聞きたくない名詞を聞き少々へこみもしたが、そこは立ち直りの早い性格ゆえあっさりと立ち直って笑顔で巴の言葉を受けた。
いまではないけれども、いつか一緒の学校に通う事があるかもしれない。
しつこくして嫌われたいわけではないのだから、その答えだけでもいまは良しとした方が良さそうだと判断する。
それに「はい、私も頑張りますから」とニコニコと笑いながらこちらを見ている彼女を見て、どうでもいい気持ちになってしまった。
彼女を、そして人を傷つけないテニスを心がける、それに加えて進学できるようにも頑張る。
それだけでこの笑顔がこの先も見られるのであればそれはとても簡単なことのように思えたからだ。
「じゃあ、約束、な。証文代わりに──」
そういって切原の唇が巴のそれにサッと触れていった。
感じるのは周囲からの視線、そしてそれは一瞬の後に気まずそうに離れていった。
巴は切原が離れたその唇で、
「ぎゃーっ!!! だからっ! ここは公園で! みんな見てるって言ってるじゃないですか!」
公園中に響き渡るような絶叫をある意味証文代わりに残していった。
巴はどうしようもないくらい切原にハマっている自覚はあったが、周囲を気にせずムードに溺れられるほどの経験値はまだなかった。
一方隣で切原は「わりぃ、わりぃ」とカラッと笑っている。周りの目は特に気にならないらしい。
そう言うところも結構彼のいいところなんだけれど、そう巴は思ったけれども、これ以上調子に載せないためには口をつぐんでいるしか無いと判断した。
END
なんの冗談なのか。
ラケットを握りしめている右手はビリビリと細かく振動して麻痺している。
これが全国区の男子の球を受けるということなのだろうか。
女子の膂力では到底敵うことの出来ない力。
カラン、と足下にラケットが転がり落ちた。
「あ~! 参りましたあ、桃城先輩」
ネット越しに対峙していた桃城新部長に向かって、赤月巴は白旗を揚げる。
「なんだあ? 俺の思いっきりの打球を受けてみたいっていったのお前だろ?
なのにたった3球で終了かよ、甘いなあ赤月」
自分の力を周囲に思い知らせたためか満足げな表情だ。
周囲からは感心した声や戦慄した声、
「チッ……馬鹿力が……女子相手になに本気だしてんだ」との声も聞こえてくる。
最後に聞こえた言葉に「何だと、海堂テメエ!」と反応しつつ、
コートにころがしたままの巴のラケットをちらりと見遣る。
「おい、赤月悪いな。 ガット思いっきり歪ましちまってよ」
その言葉で巴は慌てて自分のラケットを拾い上げた。
自分の手に戻ってきたラケットは確かにガットが歪んでいた。
どれだけ力の入った打球を受けたらこんなコトになるのだろうか。
夏の全国大会が終わった後、張り直したガットは使い物にならなくなっていた。
ガットに入れていたステンシルマークのクマは死んでいた。
「ううっ、せっかく入れたクマもお亡くなりに…練習用、これだけなのに…。
しかもこのクマのステンシルマーク、遠いお店でしか入れてくれないのに」
週末、練習試合があるため試合用のラケットを練習に使うのは躊躇われる。
現状では「遠いお店」に再び行くか、マーク無しだが近場で済ますの2択だ。
コートを離れながら「どうしたものかなあ」と呟いてみる。
とりあえず今日のところは練習が終わるまで、筋トレや走り込みに専念するしかない。
ラケットがないのだから仕方ないことだ。
ベンチにラケットをひとまず置いて「走り込み行ってきまーす」と外へ出ようとした。
コートの出入り口で走り込みからかえってきたリョーマにバッタリと出会った。
「なに、赤月は桃城部長とやってたんじゃなかったの?」
事情を知らないリョーマは不思議そうに尋ねた。
普段なら桃城と巴が打ち合うのなら練習時間いっぱい使っていてもおかしくないのだ。
聞いてみてもおかしくないことだった。
「それがさあ、聞いてよリョーマくん」
これまでのいきさつと、ラケットをどうすればいいのか悩んでいることを話す。
リョーマは今まで良い相談相手になったことがなかったが、話したかった。
なんだかんだいって、今一番近しい相手なのだ。
「ふーん、じゃあ今から行ってくればいいじゃん。 ロードワークと思ってさ」
その「遠くの店」に行けばいいとリョーマはあっさりと言い切った。
その店とはリョーマがかつて3本のガットを張り替えに行った大型スポーツ店のことだ。
リョーマに出来ることが自分にも出来ないはずはないと常々巴は思っていたが、
さすがに性差に寄る部分は無理もある。
中一女子の走ることの出来る距離ではない。
青い顔をして「さすがに、無理だってー!!」と絶叫をコート内に響かせた。
---
結局、行くことになってしまった。
部長の温情によって自転車を貸してもらえたが両足にはパワーアンクル装備済みだ。
なぜか複雑そうな表情をしたリョーマには「気を付けて行った方が良いよ」見送られた。
行きは何とか頑張って店まで到達し、ガットを張り替えクマの模様も再び入れたが
帰りは目的も「学校に帰り着く」ことしかなく、段々足も重くなってきた。
秋をとっくに迎えた太陽は足早に地平線へと消えていこうとしていた。
しかし「夕暮れってキレイ」などと思う余裕が当然あるはずもなく、
川岸のサイクリングロードをよたよたと走っていた。
道は目の前に橋が迫って登り斜面へと突入し、足の負担がさらに重くなってきた。
「……ちょっ、ちょっと休憩……」
いくら女子の中では体力自慢を誇る巴といえど、やはりこの距離では疲れる。
自転車を止めて、ちょっと土手に座って休憩を取ることにした。
川から土手に吹き上げる風は、自転車で火照った体には心地よくてついぼうっとしてしまう。
何となく眠たくなってきたときに、耳慣れた音がどこかから聞こえてきた。
「ん、誰か壁打ちしてるのかな?」
パコーンパコーンと規則正しく聞こえる独特の音はテニスボールの音に違いない。
大きい橋のある河川敷では、よく壁打ちをしている人がいる。
きっとこの橋のところでも誰かが打っているのだろうと簡単に推測できた。
しかも打っている人物はかなりの実力の持ち主だ。
聞こえる音の間隔の速度はとても早い。乱れやムダが全くない。
しかもどうやら同じ場所に打ち込まれているように聞こえる。
巴はその壁打ちをしている人物に興味を抱き、土手を駆け下り橋の下へと向かった。
壁打ちの主は、呼吸も全く乱さず正確なフォームで淡々とボールを打ち返していた。
その人物に巴は見覚えがあった。
「あー、切原さん……!」
壁打ちは巴の声によって中断された。
戻ってきたボールを左手で受けて、切原は声のする方へ振り向いた。
「アンタはー…えーと青学のムダに元気な女だ、赤月だっけか」
いかにもうろ覚えですという表情で答える。
都大会でも全国大会でも対戦した学校の選手同士とはいえ、
切原はシングルス、巴はミクスドでさほど接点がなかったのだから仕方のないことだ。
巴にとっては、青学への乱入事件や対青学戦で見せた彼のプレイが強烈すぎて忘れようにも忘れられなかったのだが。
「そうです、こんにちは」
「ああ」
会話が続かない。
橋の上を通る車の音だけが聞こえてくる。
巴も勢いで声を掛けてしまったので、何を言うか考えていなかった。
二人の間に話題などあるわけがなかった。
そもそも学校同士の交流がほとんどないのだから。
この夏の大会に至っては双方敵同士だったのだ。
しばらく気まずい沈黙が続いたが、それを破ったのは切原の方だった。
「アンタも一緒にやるか、壁打ち」
「はい?」
とっさに何を言われたかよく分からなかった巴のカバンを指さして
「ほら、アンタもラケット持ってるんでしょ」と誘いかける。
「一緒に壁打ちですか?」
「ま、こんな狭い場所じゃ二人で向かって打ち合うわけにもいかねえし。
ミクスド練習だと思ってやらねえ?
ちょうど一人でやって飽きてきたところなんだよな」
心底飽きたような表情をして言う切原に、ちょっと笑いながら巴は頷いた。
彼は残酷なプレイをするけれども、実際話してみると案外コドモな面が目につく。
中学生を超越した人が周囲に多い巴には、中学生らしい中学生が新鮮でありホッとする。
「いいですよ、私も自転車に飽きてきたところなんで気分転換に」
ラケットバッグから先ほどガットを新調したばかりのラケットを取り出して
いそいそと切原の隣に並ぶ。「さ、やりますか」
またボールの規則正しい音が周囲に響き始めた。
お互いひとつのボールを交互に壁に当てていく。
さすがにまだまだ未熟な巴はたまに外れた場所にボールを当てているが
切原の打球は普段のラフプレーから想像できないほど正確だった。
こういうところが、基礎がキッチリとしているところが
やはり立海大付属中テニス部の新部長たるゆえんなのだろうと巴は内心納得する。
「や、やっぱり凄いですねえ、切原さん」
二人はボールを大外しすることなく打ち続けるので、
止めるタイミングが掴めないままもうすでに時計は半周近くまわっていた。
ボールを外さないのは、つまり巴のボールを引きうけ
また彼女へと綺麗な形でかえす切原の技術が凄いからで、
やはり『常勝』という言葉を背負うのに相応しい人だと感心した。
「アンタも結構イイ線行ってると思うぜ。
ここまで俺に付き合える女子って立海でも涼香ぐらいだしな」
巴は夏に対戦した背の高い迫力美女の姿を思い出す。
確か彼女が『涼香』だったはずだ。
「えーと、原さんでしたっけ」
「そう、原。真田さんのことが好きだっつー奇特な俺の幼馴染みだ」
さらりと人の恋バナを他人に暴露する切原。
『あの真田』を慕う女子がいるという爆弾投下に驚いて巴は目測を誤る。
「え、あああ~っ!」叫び声も虚しくラケットは空を切り、
ボールはラケットの下をすり抜けて川へと吸い込まれてしまった。
「ごっごめんなさい!ボール、川に落としちゃいました」
切原=恐い人というイメージが脳内で抜けきらない巴は平謝りをする。
目が赤くなったらどうしよう。
それよりデビル化したらどうしよう。
顔を青くした巴を面白げに見ながら彼は「いや構わねえよ」と案外あっさり答えた。
「タイムリミット…だしな、もうこんなに暗い」
これ以上続けていても、やがてボールが見えずに同じ結果になっていただろうと言う。
「それでも、ボールのことはホントにすみません!」
その巴の言葉に「じゃあ、はい」と切原は右手を出す。
意味が分からず巴はきょとんとした顔をする。
「どうせ、アンタのバッグにも1個や2個ボールが入ってるでしょ。
それで良いから替わりによこせよ」
「ええ、でも、私のボールで良いんですか?別に新しくもないですよ」
自らのラケットバッグをのぞき込んでボールを探しながら巴は答える。
バッグの中にはストリートコートで遊んだりする時用の使い古されたボールしか入っていない。
人のボールを川に落としてしまった替わりならせめて新しいもので返したいものだが
どうやら今回はそれはかなわないらしい。
「いいよ、次に会ったときまでの人質…いやボール質だな。
次に会ったら新しいのと交換な、それでいいぜ」
ニヤリと彼独特の表情を浮かべながら切原はそう答えた。
その言葉で巴は躊躇いがちに彼にボールを手渡した。
手の中のボールに印刷されていたクマの絵と彼女のラケットを返す返す見ながら
「そんなにクマ好きかよ…ガキ」と、切原は呆れたように呟いた。
幸い巴の耳には届かなかった。
「次って、いつもこんな場所にいるんですか?
それなら返しに来ますけど」
まさか立海の部長がこんな所でいつも壁打ちをしているとは思えない。
そういえば何故ここにいるのだろうかと、巴は初めて疑問に思った。
「まっさか、仮にも新部長様だぜ、俺。
今日はたまたま練習が早く終わったからここで打ってただけ。
テニススクール行くにも中途半端な時間だったからな」
「ああ、そういうことでしたか」
納得の表情を浮かべる。
そんな巴を見て、切原もふと気付いたように疑問を口に出す。
「俺のことよりも、青学の奴らこそこの辺よく来るワケ?
越前リョーマともこの辺で会ったことがあるんだけどよ」
青学とは遠く離れたこの場所で青学の選手と2回も遭遇してしまった切原は
心底不思議そうに疑問を口に出した。
「そんなこともないんですけど…ほら、この先に大型スポーツ店があるじゃないですか、
あそこに用があってここを通るんですよ」
「ああ…あの店な、俺も良く行くぜ。ガットの張り替えが速いし。
俺みたいなプレーすると結構ガットが痛みやすいんだよな」
うんうんと頷いた。まああの店なら遠くても行っちゃうよなと納得する。
「そうですよね、結構イイ店で…遠くさえなければ行くんですけどねー。
今日も自転車で時間かけてきたんですけど……ああああああああ!」
巴はなにかにスイッチを入れられたように急に叫びだした。
さすがの切原もその突然の声にビクッと驚く。
「な、なんだよ、いきなり」
「もうこんな時間じゃないですか!桃城先輩の自転車借りてきたのに!
遅くなったら、すっごく怒られる~!どうしよう!」
すでに練習を終えるような時間だった。
巴が帰ってこないと、桃城は帰宅するための自転車がない。
自転車がないだけならそのときには徒歩でも帰宅するだろうが
面倒見の良い彼のことだから巴のことを待っているだろう。
なんだかんだいって人の良い他の部員達も。
遅くなれば当然彼らは心配するし、心配を掛けるようなことをした彼女を怒るだろう。
巴としても怒られるのが恐いのではなく、心配してくれる人たちに申し訳なく思う。
もう頭が真っ白になってしまった。
「あの、すみません…もう帰りますんで!じゃっ!」
切原の問いかけにも答えず、慌てて土手を駆け上り、
巴を心配して待っているだろう人々のところへと帰っていった。
「……なんだあ?慌ただしいヤツだなあ」
あまりの突然なことに呆気にとられつつ切原は巴を見送った。
「おもしれえ女━━━ま、悪くねえな」
手の中に入ったままのテニスボールをぎゅっと握りしめる。
---
「あら、赤也ってこんなボール持ってたっけ?……かわいい」
練習中、切原の倒れたラケットバッグから転がり落ちたテニスボールを原は拾い上げた。
持ち主には似つかわしくないクマの柄が入っている。
彼がこんなファンシーなテニスボールを持っているかと思うと微笑ましく、
思わずクスクスと笑い声がこぼれ落ちる。
もしかしたら幼馴染みの彼の新たな一面を見てしまったのかもしれない。
引退した三年生にでも見つかれば酷くからかわれるだろうにと思いながら問いかける。
「ねえ赤也、このテニスボール、どうしたの?」
手にしたボールを「これ、これ」と掲げて、少し離れたところにいた切原に見せる。
周囲にいた部員達の目が一斉に原の手に集まった。
「なんだよ━━━ええっ、ちょ、それナシだろ涼香」
切原は原の手にあるボールが自分のボールだと即座に気付き慌てて飛んできた。
そしてもの凄いスピードでもぎ取り自分の手に取り返した。
「ちょっと乱暴ね」と原の抗議にも耳を貸さない。
「それにしても、ふふっ随分可愛いボールを持ってるじゃない。
赤也ってばこんな趣味があったの?」
からかい気味な原の言葉を少し顔を歪めて「うるせえよ」と切り捨てる。
「で、どうしたの?自分で買ったワケじゃないでしょう」
「…………まあ…………言ってみれば、シンデレラの靴、みたいなものかな」
「はあ?赤也熱でもあるの?」
切原が狂ってしまったのではないかと原は本気で心配になった。
このどうしようもないくらいガキっぽい彼が乙女チックな事を言っている。
狂ってはいなくても高熱は出していそうだ。
「靴じゃねえか、ボールだもんな。
ま、次に会うときに持ち主に返そうかと思って今日持ってきたんだ」
「ふーん、まあいいけどね、どんな相手に返すのか見物だわ。
どう考えても女子の持ち物じゃない、それ」
テニス中心の生活で馬鹿ばっかりやってても、結局思春期男子というところか。
半ば呆れた表情で「色気づいちゃって」と面と向かって言ってやる。
「ばっ……!ちげーよ、そんなんじゃねえよ。ただ━━━」
照れくさそうな顔を隠そうともせず、慌てて原の言葉を切原は否定した。
「ただ?」
これまでの経験からいって、切原はなんだかんだ言っても誰かに聞いて欲しいのだと察した原は
そのまま切原の言葉を待つ。幼馴染みも大変だ。
「おもしれえヤツだったから、また話してみたいって思っただけだよ」
「そう?」
「そうなの!お前ら女子はなんでも色恋に結びつけるんだからなー」
テニス部エースという肩書きから興味もないのに、いろんな恋愛ネタに巻き込まれてきた切原は心底うんざりと言った表情で言葉を吐き出す。
「そうなんですか?」
「ああもう、しつこい涼━━━え?ええええええええええ?」
長身の原の後ろからひょこっと顔を出した少女は切原を驚かせるものだった。
「なんで、赤月がこんな所にいるんだよ!!!」
どうやら切原は本気で驚いているようだった。
原は、ため息をつきながら「それは今日は青学と練習試合だからよ」と答える。
切原は話題にしていた相手がこの場に、よりによって原の後ろにいることに驚いているだけだったのだが話し相手の原はそれを知らない。
「いや、覚えてるってば……よく来たな青学さん」
慌ててその場を離れて彼らから少しばかり離れたところに控えていた
青学の選手達を迎えに走っていった。
原は素直に切原は青学の選手がこの場にいることを驚いているのだと思っていた。
「まったく赤也もボンヤリしてるわね、真田さんを見習えばいいのに」
やれやれ、と巴を振り返る。
真田に恐ろしい印象を持つ巴は曖昧に笑って返す。
果たして真田を見習うことが立海にとって良いのか分からなかったからだ。
「じゃあ、女子の更衣室に案内するからミクスドの女子はこちらへ━━━」
女子選手達を案内しようとしたところで、ふと巴の持ち物に目を留める。
「あら赤月さんはこのクマの絵のブランドが好きなの?」
つい最近何処かで見たようなクマの絵を見ながら尋ねる。
一緒について来た青学の女子選手達も口を揃えて「巴は好きだよねー」と答える。
「はい、試合用ではさすがに使いませんけどラケットもボールもこの柄なんですよ」
ふと原の頭の上にピコーンと電球が灯った。
ラケットも『ボール』もこの柄。
『ま、次に会うときに持ち主に返そうかと思って今日持ってきたんだ』との切原の言葉。
どうやら本当に切原は今日青学が来ることを忘れていたわけではないらしい。
こんなところに、とんだシンデレラがいたもんだ。
「ねえ、赤月さん突然だけどガラスの靴を持って王子様がきたらあなたどうする?」
「そりゃまた突然ですねえ、でも、そうですね……」
うーんと一瞬考え込んでからまた再び口を開いた。
周囲の人間が一斉に耳をそばだてる。
「テニスが強ければ考えてあげても良いですよ」
これは面白い答えが聞けたと、原は内心にやりとする。
切原が聞いたらどう反応するだろうか?
周囲の女子達も興味のある話題らしくクスクスと笑いながら興味深く巴の答えを聞いた。
「へえ、どのくらいなの?その強さは」
「少なくても…そうですね、リョーマくん程度には」
身近で強い相手と言うことで同居人の名前を屈託なく巴は挙げた。
「べつにだからといってリョーマくんが恋愛対象ってワケじゃないですよ」とどこか言い訳がましくとってつける巴に、
周囲の女子達が「それじゃあ一生カレシできないよ」とからかう姿は原にも微笑ましく映った。
ポニーテールの女子がくるりと原を振り返って「ですよねえ?」と同意を求める。
「そうね、あまりにもハードルが高いんじゃないかしら」
『リョーマくん程度に強い相手』という括りに、自分の想い人を脳裏に思い浮かべて内心焦りながらもそう答えた。心からの答えだった。
切原は一度越前リョーマに負けていることを原は知っている。
巴がその事を知っているかどうかは分からないが、
そんな王子様の条件を知ったら切原は打倒リョーマに躍起にならざるを得ないだろう。
「ホント勇ましいお姫様ね」
面白くなりそうだ、あとで切原に伝えなくては。
これを伝えたらあの幼馴染みはどんな反応を示すだろうか。
原にはそれが楽しみで仕方なかった。
---
「ボールはやっぱり返せねえし、受け取れない」
新品のボール缶を巴から差し出されるも、切原はこれを拒絶した。
なぜ拒絶されたのか分からない巴に切原は言葉を続けた。
「━━━俺がもっと強くなったときに受け取ってくれねえか?」
ちょっと真剣にも見えるその表情に気圧されながら巴は頷いた。
「よくわからないですけど、切原さんが強くなったときですね。
じゃあ、私も受け取るのに条件があるんですけど」
「条件?」
「はい、たまにはこの間みたいに壁打ち付き合ってくれますか?
切原さんと壁を打つの楽しかったんで。
そしたらボールのことはいつでもいいですよ」
「そうだな……仕方ないから付き合ってやるか」
目の前の巴を本当に面白いヤツだと思いながら切原は快諾する。
「仕方ないのはこっちの方ですよ、そのボール古いけど気に入ってるんですから」
「まーまー、いつか絶対返してやるから……待ってろ」
その時は、近い将来絶対やってくるから。
手のなかにあるクマ柄のボールをぎゅっと握りしめ誓いを立てる。
END
ラケットを握りしめている右手はビリビリと細かく振動して麻痺している。
これが全国区の男子の球を受けるということなのだろうか。
女子の膂力では到底敵うことの出来ない力。
カラン、と足下にラケットが転がり落ちた。
「あ~! 参りましたあ、桃城先輩」
ネット越しに対峙していた桃城新部長に向かって、赤月巴は白旗を揚げる。
「なんだあ? 俺の思いっきりの打球を受けてみたいっていったのお前だろ?
なのにたった3球で終了かよ、甘いなあ赤月」
自分の力を周囲に思い知らせたためか満足げな表情だ。
周囲からは感心した声や戦慄した声、
「チッ……馬鹿力が……女子相手になに本気だしてんだ」との声も聞こえてくる。
最後に聞こえた言葉に「何だと、海堂テメエ!」と反応しつつ、
コートにころがしたままの巴のラケットをちらりと見遣る。
「おい、赤月悪いな。 ガット思いっきり歪ましちまってよ」
その言葉で巴は慌てて自分のラケットを拾い上げた。
自分の手に戻ってきたラケットは確かにガットが歪んでいた。
どれだけ力の入った打球を受けたらこんなコトになるのだろうか。
夏の全国大会が終わった後、張り直したガットは使い物にならなくなっていた。
ガットに入れていたステンシルマークのクマは死んでいた。
「ううっ、せっかく入れたクマもお亡くなりに…練習用、これだけなのに…。
しかもこのクマのステンシルマーク、遠いお店でしか入れてくれないのに」
週末、練習試合があるため試合用のラケットを練習に使うのは躊躇われる。
現状では「遠いお店」に再び行くか、マーク無しだが近場で済ますの2択だ。
コートを離れながら「どうしたものかなあ」と呟いてみる。
とりあえず今日のところは練習が終わるまで、筋トレや走り込みに専念するしかない。
ラケットがないのだから仕方ないことだ。
ベンチにラケットをひとまず置いて「走り込み行ってきまーす」と外へ出ようとした。
コートの出入り口で走り込みからかえってきたリョーマにバッタリと出会った。
「なに、赤月は桃城部長とやってたんじゃなかったの?」
事情を知らないリョーマは不思議そうに尋ねた。
普段なら桃城と巴が打ち合うのなら練習時間いっぱい使っていてもおかしくないのだ。
聞いてみてもおかしくないことだった。
「それがさあ、聞いてよリョーマくん」
これまでのいきさつと、ラケットをどうすればいいのか悩んでいることを話す。
リョーマは今まで良い相談相手になったことがなかったが、話したかった。
なんだかんだいって、今一番近しい相手なのだ。
「ふーん、じゃあ今から行ってくればいいじゃん。 ロードワークと思ってさ」
その「遠くの店」に行けばいいとリョーマはあっさりと言い切った。
その店とはリョーマがかつて3本のガットを張り替えに行った大型スポーツ店のことだ。
リョーマに出来ることが自分にも出来ないはずはないと常々巴は思っていたが、
さすがに性差に寄る部分は無理もある。
中一女子の走ることの出来る距離ではない。
青い顔をして「さすがに、無理だってー!!」と絶叫をコート内に響かせた。
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結局、行くことになってしまった。
部長の温情によって自転車を貸してもらえたが両足にはパワーアンクル装備済みだ。
なぜか複雑そうな表情をしたリョーマには「気を付けて行った方が良いよ」見送られた。
行きは何とか頑張って店まで到達し、ガットを張り替えクマの模様も再び入れたが
帰りは目的も「学校に帰り着く」ことしかなく、段々足も重くなってきた。
秋をとっくに迎えた太陽は足早に地平線へと消えていこうとしていた。
しかし「夕暮れってキレイ」などと思う余裕が当然あるはずもなく、
川岸のサイクリングロードをよたよたと走っていた。
道は目の前に橋が迫って登り斜面へと突入し、足の負担がさらに重くなってきた。
「……ちょっ、ちょっと休憩……」
いくら女子の中では体力自慢を誇る巴といえど、やはりこの距離では疲れる。
自転車を止めて、ちょっと土手に座って休憩を取ることにした。
川から土手に吹き上げる風は、自転車で火照った体には心地よくてついぼうっとしてしまう。
何となく眠たくなってきたときに、耳慣れた音がどこかから聞こえてきた。
「ん、誰か壁打ちしてるのかな?」
パコーンパコーンと規則正しく聞こえる独特の音はテニスボールの音に違いない。
大きい橋のある河川敷では、よく壁打ちをしている人がいる。
きっとこの橋のところでも誰かが打っているのだろうと簡単に推測できた。
しかも打っている人物はかなりの実力の持ち主だ。
聞こえる音の間隔の速度はとても早い。乱れやムダが全くない。
しかもどうやら同じ場所に打ち込まれているように聞こえる。
巴はその壁打ちをしている人物に興味を抱き、土手を駆け下り橋の下へと向かった。
壁打ちの主は、呼吸も全く乱さず正確なフォームで淡々とボールを打ち返していた。
その人物に巴は見覚えがあった。
「あー、切原さん……!」
壁打ちは巴の声によって中断された。
戻ってきたボールを左手で受けて、切原は声のする方へ振り向いた。
「アンタはー…えーと青学のムダに元気な女だ、赤月だっけか」
いかにもうろ覚えですという表情で答える。
都大会でも全国大会でも対戦した学校の選手同士とはいえ、
切原はシングルス、巴はミクスドでさほど接点がなかったのだから仕方のないことだ。
巴にとっては、青学への乱入事件や対青学戦で見せた彼のプレイが強烈すぎて忘れようにも忘れられなかったのだが。
「そうです、こんにちは」
「ああ」
会話が続かない。
橋の上を通る車の音だけが聞こえてくる。
巴も勢いで声を掛けてしまったので、何を言うか考えていなかった。
二人の間に話題などあるわけがなかった。
そもそも学校同士の交流がほとんどないのだから。
この夏の大会に至っては双方敵同士だったのだ。
しばらく気まずい沈黙が続いたが、それを破ったのは切原の方だった。
「アンタも一緒にやるか、壁打ち」
「はい?」
とっさに何を言われたかよく分からなかった巴のカバンを指さして
「ほら、アンタもラケット持ってるんでしょ」と誘いかける。
「一緒に壁打ちですか?」
「ま、こんな狭い場所じゃ二人で向かって打ち合うわけにもいかねえし。
ミクスド練習だと思ってやらねえ?
ちょうど一人でやって飽きてきたところなんだよな」
心底飽きたような表情をして言う切原に、ちょっと笑いながら巴は頷いた。
彼は残酷なプレイをするけれども、実際話してみると案外コドモな面が目につく。
中学生を超越した人が周囲に多い巴には、中学生らしい中学生が新鮮でありホッとする。
「いいですよ、私も自転車に飽きてきたところなんで気分転換に」
ラケットバッグから先ほどガットを新調したばかりのラケットを取り出して
いそいそと切原の隣に並ぶ。「さ、やりますか」
またボールの規則正しい音が周囲に響き始めた。
お互いひとつのボールを交互に壁に当てていく。
さすがにまだまだ未熟な巴はたまに外れた場所にボールを当てているが
切原の打球は普段のラフプレーから想像できないほど正確だった。
こういうところが、基礎がキッチリとしているところが
やはり立海大付属中テニス部の新部長たるゆえんなのだろうと巴は内心納得する。
「や、やっぱり凄いですねえ、切原さん」
二人はボールを大外しすることなく打ち続けるので、
止めるタイミングが掴めないままもうすでに時計は半周近くまわっていた。
ボールを外さないのは、つまり巴のボールを引きうけ
また彼女へと綺麗な形でかえす切原の技術が凄いからで、
やはり『常勝』という言葉を背負うのに相応しい人だと感心した。
「アンタも結構イイ線行ってると思うぜ。
ここまで俺に付き合える女子って立海でも涼香ぐらいだしな」
巴は夏に対戦した背の高い迫力美女の姿を思い出す。
確か彼女が『涼香』だったはずだ。
「えーと、原さんでしたっけ」
「そう、原。真田さんのことが好きだっつー奇特な俺の幼馴染みだ」
さらりと人の恋バナを他人に暴露する切原。
『あの真田』を慕う女子がいるという爆弾投下に驚いて巴は目測を誤る。
「え、あああ~っ!」叫び声も虚しくラケットは空を切り、
ボールはラケットの下をすり抜けて川へと吸い込まれてしまった。
「ごっごめんなさい!ボール、川に落としちゃいました」
切原=恐い人というイメージが脳内で抜けきらない巴は平謝りをする。
目が赤くなったらどうしよう。
それよりデビル化したらどうしよう。
顔を青くした巴を面白げに見ながら彼は「いや構わねえよ」と案外あっさり答えた。
「タイムリミット…だしな、もうこんなに暗い」
これ以上続けていても、やがてボールが見えずに同じ結果になっていただろうと言う。
「それでも、ボールのことはホントにすみません!」
その巴の言葉に「じゃあ、はい」と切原は右手を出す。
意味が分からず巴はきょとんとした顔をする。
「どうせ、アンタのバッグにも1個や2個ボールが入ってるでしょ。
それで良いから替わりによこせよ」
「ええ、でも、私のボールで良いんですか?別に新しくもないですよ」
自らのラケットバッグをのぞき込んでボールを探しながら巴は答える。
バッグの中にはストリートコートで遊んだりする時用の使い古されたボールしか入っていない。
人のボールを川に落としてしまった替わりならせめて新しいもので返したいものだが
どうやら今回はそれはかなわないらしい。
「いいよ、次に会ったときまでの人質…いやボール質だな。
次に会ったら新しいのと交換な、それでいいぜ」
ニヤリと彼独特の表情を浮かべながら切原はそう答えた。
その言葉で巴は躊躇いがちに彼にボールを手渡した。
手の中のボールに印刷されていたクマの絵と彼女のラケットを返す返す見ながら
「そんなにクマ好きかよ…ガキ」と、切原は呆れたように呟いた。
幸い巴の耳には届かなかった。
「次って、いつもこんな場所にいるんですか?
それなら返しに来ますけど」
まさか立海の部長がこんな所でいつも壁打ちをしているとは思えない。
そういえば何故ここにいるのだろうかと、巴は初めて疑問に思った。
「まっさか、仮にも新部長様だぜ、俺。
今日はたまたま練習が早く終わったからここで打ってただけ。
テニススクール行くにも中途半端な時間だったからな」
「ああ、そういうことでしたか」
納得の表情を浮かべる。
そんな巴を見て、切原もふと気付いたように疑問を口に出す。
「俺のことよりも、青学の奴らこそこの辺よく来るワケ?
越前リョーマともこの辺で会ったことがあるんだけどよ」
青学とは遠く離れたこの場所で青学の選手と2回も遭遇してしまった切原は
心底不思議そうに疑問を口に出した。
「そんなこともないんですけど…ほら、この先に大型スポーツ店があるじゃないですか、
あそこに用があってここを通るんですよ」
「ああ…あの店な、俺も良く行くぜ。ガットの張り替えが速いし。
俺みたいなプレーすると結構ガットが痛みやすいんだよな」
うんうんと頷いた。まああの店なら遠くても行っちゃうよなと納得する。
「そうですよね、結構イイ店で…遠くさえなければ行くんですけどねー。
今日も自転車で時間かけてきたんですけど……ああああああああ!」
巴はなにかにスイッチを入れられたように急に叫びだした。
さすがの切原もその突然の声にビクッと驚く。
「な、なんだよ、いきなり」
「もうこんな時間じゃないですか!桃城先輩の自転車借りてきたのに!
遅くなったら、すっごく怒られる~!どうしよう!」
すでに練習を終えるような時間だった。
巴が帰ってこないと、桃城は帰宅するための自転車がない。
自転車がないだけならそのときには徒歩でも帰宅するだろうが
面倒見の良い彼のことだから巴のことを待っているだろう。
なんだかんだいって人の良い他の部員達も。
遅くなれば当然彼らは心配するし、心配を掛けるようなことをした彼女を怒るだろう。
巴としても怒られるのが恐いのではなく、心配してくれる人たちに申し訳なく思う。
もう頭が真っ白になってしまった。
「あの、すみません…もう帰りますんで!じゃっ!」
切原の問いかけにも答えず、慌てて土手を駆け上り、
巴を心配して待っているだろう人々のところへと帰っていった。
「……なんだあ?慌ただしいヤツだなあ」
あまりの突然なことに呆気にとられつつ切原は巴を見送った。
「おもしれえ女━━━ま、悪くねえな」
手の中に入ったままのテニスボールをぎゅっと握りしめる。
---
「あら、赤也ってこんなボール持ってたっけ?……かわいい」
練習中、切原の倒れたラケットバッグから転がり落ちたテニスボールを原は拾い上げた。
持ち主には似つかわしくないクマの柄が入っている。
彼がこんなファンシーなテニスボールを持っているかと思うと微笑ましく、
思わずクスクスと笑い声がこぼれ落ちる。
もしかしたら幼馴染みの彼の新たな一面を見てしまったのかもしれない。
引退した三年生にでも見つかれば酷くからかわれるだろうにと思いながら問いかける。
「ねえ赤也、このテニスボール、どうしたの?」
手にしたボールを「これ、これ」と掲げて、少し離れたところにいた切原に見せる。
周囲にいた部員達の目が一斉に原の手に集まった。
「なんだよ━━━ええっ、ちょ、それナシだろ涼香」
切原は原の手にあるボールが自分のボールだと即座に気付き慌てて飛んできた。
そしてもの凄いスピードでもぎ取り自分の手に取り返した。
「ちょっと乱暴ね」と原の抗議にも耳を貸さない。
「それにしても、ふふっ随分可愛いボールを持ってるじゃない。
赤也ってばこんな趣味があったの?」
からかい気味な原の言葉を少し顔を歪めて「うるせえよ」と切り捨てる。
「で、どうしたの?自分で買ったワケじゃないでしょう」
「…………まあ…………言ってみれば、シンデレラの靴、みたいなものかな」
「はあ?赤也熱でもあるの?」
切原が狂ってしまったのではないかと原は本気で心配になった。
このどうしようもないくらいガキっぽい彼が乙女チックな事を言っている。
狂ってはいなくても高熱は出していそうだ。
「靴じゃねえか、ボールだもんな。
ま、次に会うときに持ち主に返そうかと思って今日持ってきたんだ」
「ふーん、まあいいけどね、どんな相手に返すのか見物だわ。
どう考えても女子の持ち物じゃない、それ」
テニス中心の生活で馬鹿ばっかりやってても、結局思春期男子というところか。
半ば呆れた表情で「色気づいちゃって」と面と向かって言ってやる。
「ばっ……!ちげーよ、そんなんじゃねえよ。ただ━━━」
照れくさそうな顔を隠そうともせず、慌てて原の言葉を切原は否定した。
「ただ?」
これまでの経験からいって、切原はなんだかんだ言っても誰かに聞いて欲しいのだと察した原は
そのまま切原の言葉を待つ。幼馴染みも大変だ。
「おもしれえヤツだったから、また話してみたいって思っただけだよ」
「そう?」
「そうなの!お前ら女子はなんでも色恋に結びつけるんだからなー」
テニス部エースという肩書きから興味もないのに、いろんな恋愛ネタに巻き込まれてきた切原は心底うんざりと言った表情で言葉を吐き出す。
「そうなんですか?」
「ああもう、しつこい涼━━━え?ええええええええええ?」
長身の原の後ろからひょこっと顔を出した少女は切原を驚かせるものだった。
「なんで、赤月がこんな所にいるんだよ!!!」
どうやら切原は本気で驚いているようだった。
原は、ため息をつきながら「それは今日は青学と練習試合だからよ」と答える。
切原は話題にしていた相手がこの場に、よりによって原の後ろにいることに驚いているだけだったのだが話し相手の原はそれを知らない。
「いや、覚えてるってば……よく来たな青学さん」
慌ててその場を離れて彼らから少しばかり離れたところに控えていた
青学の選手達を迎えに走っていった。
原は素直に切原は青学の選手がこの場にいることを驚いているのだと思っていた。
「まったく赤也もボンヤリしてるわね、真田さんを見習えばいいのに」
やれやれ、と巴を振り返る。
真田に恐ろしい印象を持つ巴は曖昧に笑って返す。
果たして真田を見習うことが立海にとって良いのか分からなかったからだ。
「じゃあ、女子の更衣室に案内するからミクスドの女子はこちらへ━━━」
女子選手達を案内しようとしたところで、ふと巴の持ち物に目を留める。
「あら赤月さんはこのクマの絵のブランドが好きなの?」
つい最近何処かで見たようなクマの絵を見ながら尋ねる。
一緒について来た青学の女子選手達も口を揃えて「巴は好きだよねー」と答える。
「はい、試合用ではさすがに使いませんけどラケットもボールもこの柄なんですよ」
ふと原の頭の上にピコーンと電球が灯った。
ラケットも『ボール』もこの柄。
『ま、次に会うときに持ち主に返そうかと思って今日持ってきたんだ』との切原の言葉。
どうやら本当に切原は今日青学が来ることを忘れていたわけではないらしい。
こんなところに、とんだシンデレラがいたもんだ。
「ねえ、赤月さん突然だけどガラスの靴を持って王子様がきたらあなたどうする?」
「そりゃまた突然ですねえ、でも、そうですね……」
うーんと一瞬考え込んでからまた再び口を開いた。
周囲の人間が一斉に耳をそばだてる。
「テニスが強ければ考えてあげても良いですよ」
これは面白い答えが聞けたと、原は内心にやりとする。
切原が聞いたらどう反応するだろうか?
周囲の女子達も興味のある話題らしくクスクスと笑いながら興味深く巴の答えを聞いた。
「へえ、どのくらいなの?その強さは」
「少なくても…そうですね、リョーマくん程度には」
身近で強い相手と言うことで同居人の名前を屈託なく巴は挙げた。
「べつにだからといってリョーマくんが恋愛対象ってワケじゃないですよ」とどこか言い訳がましくとってつける巴に、
周囲の女子達が「それじゃあ一生カレシできないよ」とからかう姿は原にも微笑ましく映った。
ポニーテールの女子がくるりと原を振り返って「ですよねえ?」と同意を求める。
「そうね、あまりにもハードルが高いんじゃないかしら」
『リョーマくん程度に強い相手』という括りに、自分の想い人を脳裏に思い浮かべて内心焦りながらもそう答えた。心からの答えだった。
切原は一度越前リョーマに負けていることを原は知っている。
巴がその事を知っているかどうかは分からないが、
そんな王子様の条件を知ったら切原は打倒リョーマに躍起にならざるを得ないだろう。
「ホント勇ましいお姫様ね」
面白くなりそうだ、あとで切原に伝えなくては。
これを伝えたらあの幼馴染みはどんな反応を示すだろうか。
原にはそれが楽しみで仕方なかった。
---
「ボールはやっぱり返せねえし、受け取れない」
新品のボール缶を巴から差し出されるも、切原はこれを拒絶した。
なぜ拒絶されたのか分からない巴に切原は言葉を続けた。
「━━━俺がもっと強くなったときに受け取ってくれねえか?」
ちょっと真剣にも見えるその表情に気圧されながら巴は頷いた。
「よくわからないですけど、切原さんが強くなったときですね。
じゃあ、私も受け取るのに条件があるんですけど」
「条件?」
「はい、たまにはこの間みたいに壁打ち付き合ってくれますか?
切原さんと壁を打つの楽しかったんで。
そしたらボールのことはいつでもいいですよ」
「そうだな……仕方ないから付き合ってやるか」
目の前の巴を本当に面白いヤツだと思いながら切原は快諾する。
「仕方ないのはこっちの方ですよ、そのボール古いけど気に入ってるんですから」
「まーまー、いつか絶対返してやるから……待ってろ」
その時は、近い将来絶対やってくるから。
手のなかにあるクマ柄のボールをぎゅっと握りしめ誓いを立てる。
END
『したいけど、したくない』
お前と初めてネットを挟んで向かい合うんだぜ、緊張するさ。
だって俺のテニスは相手を傷つけるテニス。
ヒューズのぶっとんだ俺は何をするか分からない。
別にいつも相手を傷つけてる訳じゃない。
練習や遊びの時は『多少』攻撃的なテニスになるだけだ。
ちゃんと理性で押さえられる。
でも、お前が相手じゃ。
実力・可能性未知数のお前相手じゃ分からない。
きっとマジになっちまう。
もし理性が焼き切れてしまったらお前に何をするか分かったもんじゃない。
俺がお前に傷を付ける?
そんなことがあってたまるもんかってんだ。
でも、自分が信用できない。
「私だったら攻撃的なテニスに受けて立ちますよ!」
マジかよ。
いくらお前が女子だからってイっちゃってる俺は手加減しないぜ?
俺だってお前を危険にさらすかもしれないことはしたくないしよ。
死ぬほど、気をつけるったって万が一って事があるだろ?
それでもお前は俺とテニスがしたいのかよ。
「いいんです、それでも切原さんと打ち合いたいです」
お前もよくよく酔狂なヤツだなあ。
もし、その、よーくみるとなかなか可愛い顔に傷でも付いたらどうするんだよ。
それどころか、お前のテニス人生終わっちゃうかもよ?
「そうですね……うーん……」
ほら、やっぱイヤだろ。
「じゃ、こうしましょうか。
万が一私に何かあったら一生切原さんに責任を取ってもらいます」
一生責任?どうすりゃいいんだよ。
「そうですねえ…どうしましょうか?死ぬまでには考えておきますよ」
…なんだよ、死ぬまでって。
決まらなきゃ俺とお前は死ぬまで付き合わなきゃいけないって事かよ。
お前はそれでいいのかよ。
「切原さんとなら、ずっと一緒にいたいですからこちらとしても好都合ですよ?
あー、わざと決めかねて一生束縛するって言う手もありますね」
なにいってやがる。それはこっちのセリフだろ。
俺ならお前が嫌がったって一緒にいるさ。
でもよ。
その責任の取り方は、俺が困るんだよ。
なんでって?
そりゃ、わかるだろ?
責任がとりてえから、ワザと傷つけてしまいたくなるじゃないかよ。
頼むから軽々しくそんな責任の取り方させるなよ。
そのかわり、何も起こらなくてもこれからもずっとそばにいてやるからよ。
「じゃあ、こうしましょうか」
なんだよ、その意地悪そうな顔はよ。
「試合中、私にボールがぶつかるごとに1週間キスしないって言うのは?」
うわ、そりゃ、正気失えないぜ。
「私もそれはちょっと辛いんで、切原さん頑張って下さいね」
おう。
死ぬ気で頑張ってみるぜ。
でも、そのかわり。
何事もなく試合が終わったらキス1回な。
覚悟しとけよ。
END
お前と初めてネットを挟んで向かい合うんだぜ、緊張するさ。
だって俺のテニスは相手を傷つけるテニス。
ヒューズのぶっとんだ俺は何をするか分からない。
別にいつも相手を傷つけてる訳じゃない。
練習や遊びの時は『多少』攻撃的なテニスになるだけだ。
ちゃんと理性で押さえられる。
でも、お前が相手じゃ。
実力・可能性未知数のお前相手じゃ分からない。
きっとマジになっちまう。
もし理性が焼き切れてしまったらお前に何をするか分かったもんじゃない。
俺がお前に傷を付ける?
そんなことがあってたまるもんかってんだ。
でも、自分が信用できない。
「私だったら攻撃的なテニスに受けて立ちますよ!」
マジかよ。
いくらお前が女子だからってイっちゃってる俺は手加減しないぜ?
俺だってお前を危険にさらすかもしれないことはしたくないしよ。
死ぬほど、気をつけるったって万が一って事があるだろ?
それでもお前は俺とテニスがしたいのかよ。
「いいんです、それでも切原さんと打ち合いたいです」
お前もよくよく酔狂なヤツだなあ。
もし、その、よーくみるとなかなか可愛い顔に傷でも付いたらどうするんだよ。
それどころか、お前のテニス人生終わっちゃうかもよ?
「そうですね……うーん……」
ほら、やっぱイヤだろ。
「じゃ、こうしましょうか。
万が一私に何かあったら一生切原さんに責任を取ってもらいます」
一生責任?どうすりゃいいんだよ。
「そうですねえ…どうしましょうか?死ぬまでには考えておきますよ」
…なんだよ、死ぬまでって。
決まらなきゃ俺とお前は死ぬまで付き合わなきゃいけないって事かよ。
お前はそれでいいのかよ。
「切原さんとなら、ずっと一緒にいたいですからこちらとしても好都合ですよ?
あー、わざと決めかねて一生束縛するって言う手もありますね」
なにいってやがる。それはこっちのセリフだろ。
俺ならお前が嫌がったって一緒にいるさ。
でもよ。
その責任の取り方は、俺が困るんだよ。
なんでって?
そりゃ、わかるだろ?
責任がとりてえから、ワザと傷つけてしまいたくなるじゃないかよ。
頼むから軽々しくそんな責任の取り方させるなよ。
そのかわり、何も起こらなくてもこれからもずっとそばにいてやるからよ。
「じゃあ、こうしましょうか」
なんだよ、その意地悪そうな顔はよ。
「試合中、私にボールがぶつかるごとに1週間キスしないって言うのは?」
うわ、そりゃ、正気失えないぜ。
「私もそれはちょっと辛いんで、切原さん頑張って下さいね」
おう。
死ぬ気で頑張ってみるぜ。
でも、そのかわり。
何事もなく試合が終わったらキス1回な。
覚悟しとけよ。
END
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