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伊武誕生日話。複雑なオトコゴコロと鈍い彼女。




***

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「で、これが俺への誕生日プレゼントって訳……? 思いっきり服ですーって感じなんだけど。━━━巴のクセに冒険したよね。俺って服装には結構ウルサイって言ってたと思うんだけどなあ……自分色に染まって欲しいって意味? ああ、そういえば異性に服を贈るって脱がせたいって意味があるんだっけ、でも巴がそんなことまで考えてるとはさすがに思えないよね……。それともへんな服を贈ろうって嫌がらせとか? まさか巴だって自分の彼氏にへんな服を着て歩いて欲しいとは思わないよね、マゾじゃあるまいし、っていうか結構サドっ気はあると思うけど

「もう、とにかく中身が気になるなら開けて確認して下さいよ!
 気に入らなければ返品して一緒にもう一度選べばいいですから!」

赤月巴は目の前の自分の彼氏、伊武深司が手にしている包み紙を強引に奪ってバリッと開封した。
祝日の夕方、活気にあふれている筈のファミリーレストランの中でも巴の声はよく通った。
近くを通ったコーヒーのお代わりポットを持ったウェイトレスがちらりと視線をよこし、何事もない事を確認すると、そのまま微笑ましいといった表情をさせつつ次の仕事へと向かっていった。
そのウェイトレスを横目に、付き合いが案外長くなりつつある巴にしか分からないくらい密かに憮然とした表情をさせて、伊武は相変わらずボソボソと話す。

「…………それって逆ギレだよね」

「いいんですっ、はい、どうぞ」

破られた包みから現れたのは、細かい地紋のある濃紺のトラックトップ。
もちろん先ほど巴が開封した袋に書かれたスポーツブランドのものだろう。
巴が知っているとは思えないが、凝ったデザインと作り手の長年のこだわりに定評のあるブランドで興味を持っていた。
折りたたまれたまま現物を渡された伊武だが、その生地の感触や色合いを見るだけで広げなくても良い物であることはすぐに分かった。
それは、先ほど彼女に対しては嫌なことを言ったりしたけれども、巴が伊武のために見立てたものだ。
自分に似合わないわけがないだろうと信じている。
少なくとも巴の目にはこの服を着た自分が素敵に映ることだろう。
あとは━━━

「ちゃんとサイズ、俺に合う訳?」

「……言われると思いました。
 それについては大丈夫、だと思います。多分」

「多分? なんで?」

なかなかその質問に応えを返さずに顔を赤くして俯いた巴を、伊武は不思議そうに眺めた。



---



そこにはただ、スポーツ用靴下を買いに来ただけだった。
部活で履くといかにスポーツ用の生地の厚い靴下であってもすぐに傷んでしまうから、こまめに買い足さなくてはいけない。今日もそのつもりでやって来た。
当初はその筈だったのに、スポーツショップのど真ん中に派手に展開されたスポーツブランドのタウンユースコーナーを見て、正確にはそこに佇むマネキンの着用しているトラックトップを見て気が変わった。
というか、突然「やらなくてはいけなかったこと」を思い出したと言うべきか。

「あー…あのジャージ、深司さんに似合いそうだな」

そう我知らず口をついて出た言葉に、巴はハッと気付いた。

「誕生日……!」

まもなく誕生日を迎える、いま自分自身の中で間違えなく優先順位1位の人。
その人の顔が火花のようにパチッと目の前を弾けて消えた。
優先順位が1位の筈なのに、誕生日へのカウントダウンはもう10日を切っているというのに、そういえばまだプレゼントを用意していなかったことを、今更ながら思い出す。
すっかり忘れていたというわけではないが、あえて探し回ることもしていなかった。
手作りのケーキと、なにか使えそうな雑貨。
それを前日までに用意していれば、何とかなるだろうと楽観的に思っていた。
衣服のプレゼントなど、以ての外だと思っていたが。
でも、これなら。
そんな考えがチラリと脳内を横切った。
成功すればとても喜んでもらえるが、それは勝率の低い賭にも似ている。
巴が目の前のトラックトップをただの『ジャージ』と表現していることからも誰にでも分かることだが、衣服についてあまり詳しくはない。
本人も、多分伊武もファッション知識やセンスなどには端から期待していない。
二人とも巴のセンスについて悪いとは思っていないが、特にこだわりがあるわけでもないし、他人の事についても無頓着だ。
例え伊武が体操服を着用してデートに登場したところで、巴は全く何とも思わないだろう。
さすがに「今日の深司さんはおかしいな」と思うだろうが。
もちろんその例えは、案外自らの装いに気を配っている伊武自身によって成立することは天と地がひっくり返ったとしてもあり得ないことである。
そんな巴がプレゼントする衣服を、彼が喜ぶだろうか。
そこが問題だ。

「なにか、お探しでしょうか?」

マネキンの前で思案していた巴の前に、見かねたのか店員が声を掛けた。
スポーツショップ内のブースだからだろうか、アパレルショップの店員よりも親しみ安い印象のその店員は、このコーナーの担当らしく、タウンユースのスポーツウェアを綺麗に着こなしている。
トップスも巴の言うところの『ジャージ』ではあるけれどもただ爽やかなお洒落のイメージで、だらしないとか汗くさそうとか体育教師風とか、ジャージで受けるマイナスイメージはどこにも見あたらない。
巴も女子とはいえ運動部員の端くれ、手塚や不二といった自分の学校の特殊な先輩達を除外すると、普通の運動部系の男子達はなぜか私服すらスポーツ系で固めてしまう傾向があることを知っている。
ジャージの呪縛から逃れられないのか、ちょっとファッションにはこだわりがあると言っている伊武でさえその傾向があるように思える。
だったら、目の前の店員は、その彼の居るこのコーナーは正解例の一つだろうと巴にも分かる。
巴一人では自信のない分野ではあるが、彼に相談に乗って貰えればきっと正解が見つかるはず。
中学生女子として大人の男性に相談するのはとても高いハードルで、きちんと聞いてもらえるかどうかすら確信が持てずにドキドキしながらも、勇気を出して自分の希望を口に出してみた。
ファッションに自信がない自分が好きな人のために、贈り物をしたいこと。
それについてアドヴァイスがぜひ欲しいこと。
そして、それは店員にとっては仕事なのだから当然といえば当然のことであるけれども、叶えられた。
根気よく、普段伊武が着用している服の傾向や色について、好きなメーカー・ブランドについて聞き出し、巴が一番最初に目をつけたトラックトップが最適だと太鼓判を押してくれた。
けれども、サイズを確認する段になって初めて暗雲が漂った。

「そういえば、サイズ、知らないかも!」

これまで興味がなかったし、セーターを編むわけでもなく訊き出すタイミングなんてあったわけでもないので仕方のないことだ。
それでも、伊武についてこんな単純すぎることを知らない自分に巴はショックを受けた。
すこし青ざめた表情の巴を、プロの店員らしくフォローし、身長や体格からサイズを割り出してくれた。
そしてボトムや襟周りのサイズが細かいシャツを買うわけではないし、そのサイズで大丈夫だろうと言い添えて該当商品を巴に手渡した。
そして、ふと突然思いついたのか、「彼氏のジャージとか着たことってないですか?」そう口にした。

「はい……?」

その言葉の意味が分からず、巴は思わず小首をかしげる。

「ああ、寒いときとか雨のときとか、彼女に上着貸したりするのって、結構僕の……っていうか男のロマンだったりするんで」

大人の男性と思っていた店員から発せられた、案外大人げない発言に内心驚きながらも、巴はそういえば━━━と記憶を掘り起こしてみた。
もっとも掘り起こすと言うほどのことはなくあっさりと思い出した。

「あります」

「そうですか? じゃあこれをお客様が一度着てみますか。
 本当にサイズ数値的には問題ないと思うんですけど、
 着てみて肩幅とか袖丈とか明らかにおかしければ、多分気付きますよ」

それが、本当に気付くのかどうか巴には分からないし、何だか言いくるめられた気がしないでもないが、素直にその言葉に従うことにした。
店内の大きな姿見の前で、濃紺のトップスにおそるおそる袖を通してみた。
男性用のそれは当然ながら巴には大きく、肩にすこし普段自分着る服よりも重みが加わった。
袖が余ってだぶついている。
着丈も長くて腰をすっぽり隠している。
そういえば、初めて伊武のジャージを借りたときもそんな感じだったなあと思い出す。
特に大柄なわけでもないというのに、何故か自分の体よりも一回り大きかった。
これが男女差なのかと、産まれて初めて思い知ったのと共に、胸に小さなさざめきを覚えた。
広い肩、長い腕。何もかもが自分と違う。

「どうですか?」

大丈夫みたいですね?と店員が巴に確認の声を掛ける。
その声に我に返って、「あっ、はい」と慌ててトップスを脱いで店員に渡す。

「これ……下さい!」

値札に書かれた数字は、まだ中学生の巴には安くはなかったが、ものは確かだったしなによりも伊武にはとても似合うような気がしたので、一向に構わなかった。
放課後の食べ歩きの回数が減るだけだ。



---



「━━━で、これがその試着して買ってきたものだって訳? ……ふーん」

先ほどよりも冷ややかに自分の手の中にあるトップスを見下ろして、伊武は巴のプレゼント選びの過程についての感想を述べた。
その表情はどう見ても、彼女からプレゼントを貰って嬉しいといった表情ではなく、巴は内心「しまったー!」と冷や汗を掻いていた。

「彼女に自分の上着を着せるのは男のロマン、ね。店員もなかなかイイこと言うじゃん」

思わぬコメントに、巴はまじまじと伊武の顔を見た。
いかにも面白くないといった表情をしているのに、店員の意見には同調しているのが面白い。
やっぱり、男の人ってそういうシチュエーションが好きなんだ、伊武も多分に漏れないんだなあとある意味感心する。
たまに年頃の男子とかけ離れたことを言ったりするものだから、つい特別な目で見てしまうこともしばしばある彼が、年相応、ありきたりな面を見せるとホッとする。
だから彼の見せる表情で一番好きな面は、やはり橘や神尾といった不動峰のメンバーと一緒にいるときだったりする、いかにも年相応なテニス部男子に見えるから。
皮肉や嫌味に満ちたボヤキすらも、彼らの中では単なるじゃれ合いに見えるから。

「でも、さ」

伊武の言葉はどうやら続くらしい。
しかもボヤキが始まるんだろう気配がする。
そのくらい巴も既に察知のスキルを習得済みだ。

「やっぱり、さあ━━━面白くないよね、だぶついた上着を着る可愛い彼女の姿っての? まあ巴が可愛いかどうかはこの際問題じゃないんだけど、その姿を彼氏じゃない誰かに見せるっていうのは流石に無防備だし彼氏に対する配慮が足りないんじゃないのかな。そういう面でかなり鈍いっていうのはわかってるけどやっぱり俺としては面白くないんだけど。しかもそれをこの場面で嬉々としてしゃべるっていう神経がさあ━━━

「で、どうして欲しいんですか」

これまでの付き合いで、ほうっておくと延々とボヤいていることは分かっている。
適度なところで遮ってあげるのも優しさだと、不動峰の面々を見て気付いた。
ゆえに巴は伊武のボヤキを質問を投げかけることによって断ち切った。
これを断ち切ることに関しては、不二先輩にも負けない━━━自信を持って巴は言える。
その巴の断ち切りに、イラつく表情を見せながらも伊武は素直に応えを口にした。

「だからさ、他の男に見せるものをなんで俺に見せないのかって事だよ。なんでこんな事を俺に言わせるかなあ。そんなことまでして買ってくれたんなら、いっそこんなショップバッグに入れずに、直接着てくればいいじゃん、いつもみたいに脳天気なアホ面で『プレゼントは私込みでーすv』なんてやればそりゃ俺だって満面の笑みで喜んで見せたってイイのに……

巴はここがファミレスで周囲の目もあるということを忘れて、驚きの表情を見せた。
大きく目を見開き、あんぐりと口を開けて。
まさか、伊武がこんな子供じみたことを言うとは思わなかったのと、そもそもバカップルの象徴のような行動をするなんて発想すらなかったのだから、酷く驚いたとしても仕方のないことだ。

「……深司さんの満面の笑みは……ちょっと怖いです」

それだけを口にするのがやっとでも、これまた仕方のないことだと言えた。

「ふうん」

しかし、当然その返事は伊武には面白いものではない。
巴が素直に従って行動に移すとも思えないし、また、こんな所でやられても困るのだが、恥じらうとかちょっとでも可愛いリアクションが欲しいのが複雑なオトコゴコロとやらで。
この少女がいつになったら、もう少し男女の駆け引きに聡くなるのだろうかと深くため息をついた。
自分に対して嫉妬心を見せている彼氏が目の前にいたら、もう少し何かしら特別な反応をしても良いだろうに。

「ま、いいや━━━巴、出るよ」

伊武は返事を待たずに立ち上がり伝票を手に取った。

「え? 深司さん、どうしたんですか」

慌てて巴もそれを追う。

「巴が自分で動けないなら、俺が動かしてあげるよ、つまりもうちょっと落ち着いたところでそのジャージ着せて見せてよってこと」

「はぁ!?」

「誕生日プレゼントってのは、相手が喜ぶものを贈るのが筋でしょ。他の男に見せたものを俺が見られないなんて不公平じゃないの? 俺だって妬くことあるんだし━━━まあ覚悟決めなよ。鈍いところも可愛いと思うときもあるけど、大体は重い罪だよ

ああ、ここまでこだわるなんて、女子に男物を着せるのはやっぱり男子のロマンなんだなあ。
そうすこし見当違いなことを考えながらも、巴は黙って伊武について行くことにした。
ロマンとやらは解せないけれども、伊武が喜ぶのであれば、それはやはり巴にとっても悪いことではない。
なんだかんだ言っても、好きな人が喜んでくれるのなら何だってしたいのだ。
それを人は女のロマンという━━━かもしれない。



END
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