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リョーマと道を違える決心をした巴の話。
ハッピーエンドではないのでご注意を。
***
最後の荷物を箱に詰めて、部屋を出た。
明日には引っ越し業者がやってきて1年過ごしたこの部屋から
私の痕跡を運び去っていく。
そして私は新たな場所へ、あの人の元へと行くのだ。
ルドルフのユニフォームを手渡された日から、この事は覚悟していたのに。
自分であの人の手を取って歩いていくと決めたのに。
この胸の空虚さはなんだろう。
クラスメイト達に、部活動の仲間達に転校を告げた時も辛くなかった。
罵倒するも、イヤミも、蔑むような視線も当然として受け止められたし、皆には申し訳ないとは思ったけれど、ただ、ただあの人と歩む嬉しさでそんなことは気にもならなかった。
だけど。
今になって。
明日越前家を去ることになって。
寂しさとも違う、後悔とも違う何か黒いものが胸を締め付ける。
苦しくなって縁側に出て、春の訪れに柔らかくなった夜風に当たる。
まだまだ冷えはするけれど突き刺すような空気は無くなっている。
優しい夜だ。
この空気は、この家━━━越前家に似ている。
家族ではないけれど家族のような、この家。
南次郎が倫子が菜々子が褒め、叱り、心配し私を育ててくれる。
この家を去るのは、辛い。
だけどこの苦しさはそれによるものでもない。
それは、わかる。
だったらどうして…。
闇にくるまれて考える。
「なにしてるの?」
不意に後ろから声が聞こえる。
リョーマ君だ。
「明日は引っ越しだっていうのに、そんなところで風邪でも引きたいわけ?
それならそれでもいいけどさ。
ウチの健康管理が悪いだなんて余所様に思われたくないんだけど」
酷い言われようだ。
だけど、それでも心配していってくれるのはわかっている。
この1年でわかるようになった。
「どうしたの?黙ったまんま、そんなところに立っててさ。
まるで不審者だね」
彼は甘い。
彼は甘やかさないことで私を甘やかす。
私の恋する人はリョーマ君ではなくあの人だけれど、愛していないとは言い切れない。
父のように厳しいし、
兄のように甘いし、
弟のように目が離せないし、
息子のように大事にしたいし、
恋人のように傍にいて欲しい人。
私と言う人間はたった一人しかいなくて。
私の手は既にあの人の手を選び、つかんでいるというのに。
一方の手がリョーマ君へ伸ばそうとしている。
恋しいわけではないけれど、愛しい。
はっきり気づいてしまった。
私はこの人と離れがたい。
あの人との様に恋愛がしたいわけではない。
決して愛されたいとは思わない。
けれども、明日彼との生活が失われることがこんなにも苦しい。
たった1年しか過ごしては居ないけれど、自分と同じ道に私を引っ張り上げたのは彼。
彼からテニスを吸収し、成長していった私。
同じ道を、引っ張り、引っ張られて歩いていた私たち。
性格も似ていたから何度もケンカして争って、それでもお互いの隣から離れようとしなかったし出来なかった。
彼はもう何処か自分の一部分になっているのだ。
いつか、誰かが私たちのことを評して双子と言ったが、きっとそれは間違っていない。
同じ生活をし、同じ高みを見つめる私の、半身。
いや、鏡に映るもう一人の自分の姿かもしれない。
これまでも、これからも。
私を倒せるのはリョーマ君、リョーマ君を倒せるのは私。
そうでありたい。
ただ、これからは同じ道を歩かないというだけの話で。
「……ねえ、本当の意味で私を倒せるのはリョーマ君だけだって事知ってた?」
「当然。……これまでも、これからも、お互い、ね」
「これからも、お互い?」
「だってウチを出ても赤月巴をやめる訳じゃないでしょ?
━━━まだまだだね」
「まだまだ?それもお互い様でしょ!」
どちらからともなく手を伸ばす。
引き寄せる。
身体を寄せ合うのは初めてだけれど初めての気がしない。
心に湧くのはお互いへの愛と言うよりも自己愛に近い。
自分ではない自分がただ愛おしくて抱きしめる。
たぶん、この先私を抱きしめる事が出来るのはあの人ただ一人だけ。
リョーマ君が実際自分のことをどう思っているかなんて知らないし、多分その事について知る機会は訪れることはないだろう。
けれども、それでいい。
身体を離す頃には胸の締め付けはもう無くなっていた。
きっとこの夜のことは、明日陽が昇れば思い出すのも照れくさくて、お互い何も無かったような顔をして生活を続けるのだろうけど。
きっとすこしは離れがたい気持ちは残るだろうけど。
でも、それでも、新たに歩き出すことが出来る。
これは別離じゃなくて単に行き着く先は一緒の、お互い違う道を歩くだけだから。
いつかは目的地で━━━それはテニスの頂点なのか、
他のことなのか今はわからないけれど、私たちは出会うために歩くのだから。
自分とは違う道で、でも同じ方向に向かって歩く自分の片割れの存在をもう私は気づいているから。
だから、もうこの場所には立ち止まらない。
あなたの隣に立てないことを寂しいとも思わない。
end
ハッピーエンドではないのでご注意を。
***
最後の荷物を箱に詰めて、部屋を出た。
明日には引っ越し業者がやってきて1年過ごしたこの部屋から
私の痕跡を運び去っていく。
そして私は新たな場所へ、あの人の元へと行くのだ。
ルドルフのユニフォームを手渡された日から、この事は覚悟していたのに。
自分であの人の手を取って歩いていくと決めたのに。
この胸の空虚さはなんだろう。
クラスメイト達に、部活動の仲間達に転校を告げた時も辛くなかった。
罵倒するも、イヤミも、蔑むような視線も当然として受け止められたし、皆には申し訳ないとは思ったけれど、ただ、ただあの人と歩む嬉しさでそんなことは気にもならなかった。
だけど。
今になって。
明日越前家を去ることになって。
寂しさとも違う、後悔とも違う何か黒いものが胸を締め付ける。
苦しくなって縁側に出て、春の訪れに柔らかくなった夜風に当たる。
まだまだ冷えはするけれど突き刺すような空気は無くなっている。
優しい夜だ。
この空気は、この家━━━越前家に似ている。
家族ではないけれど家族のような、この家。
南次郎が倫子が菜々子が褒め、叱り、心配し私を育ててくれる。
この家を去るのは、辛い。
だけどこの苦しさはそれによるものでもない。
それは、わかる。
だったらどうして…。
闇にくるまれて考える。
「なにしてるの?」
不意に後ろから声が聞こえる。
リョーマ君だ。
「明日は引っ越しだっていうのに、そんなところで風邪でも引きたいわけ?
それならそれでもいいけどさ。
ウチの健康管理が悪いだなんて余所様に思われたくないんだけど」
酷い言われようだ。
だけど、それでも心配していってくれるのはわかっている。
この1年でわかるようになった。
「どうしたの?黙ったまんま、そんなところに立っててさ。
まるで不審者だね」
彼は甘い。
彼は甘やかさないことで私を甘やかす。
私の恋する人はリョーマ君ではなくあの人だけれど、愛していないとは言い切れない。
父のように厳しいし、
兄のように甘いし、
弟のように目が離せないし、
息子のように大事にしたいし、
恋人のように傍にいて欲しい人。
私と言う人間はたった一人しかいなくて。
私の手は既にあの人の手を選び、つかんでいるというのに。
一方の手がリョーマ君へ伸ばそうとしている。
恋しいわけではないけれど、愛しい。
はっきり気づいてしまった。
私はこの人と離れがたい。
あの人との様に恋愛がしたいわけではない。
決して愛されたいとは思わない。
けれども、明日彼との生活が失われることがこんなにも苦しい。
たった1年しか過ごしては居ないけれど、自分と同じ道に私を引っ張り上げたのは彼。
彼からテニスを吸収し、成長していった私。
同じ道を、引っ張り、引っ張られて歩いていた私たち。
性格も似ていたから何度もケンカして争って、それでもお互いの隣から離れようとしなかったし出来なかった。
彼はもう何処か自分の一部分になっているのだ。
いつか、誰かが私たちのことを評して双子と言ったが、きっとそれは間違っていない。
同じ生活をし、同じ高みを見つめる私の、半身。
いや、鏡に映るもう一人の自分の姿かもしれない。
これまでも、これからも。
私を倒せるのはリョーマ君、リョーマ君を倒せるのは私。
そうでありたい。
ただ、これからは同じ道を歩かないというだけの話で。
「……ねえ、本当の意味で私を倒せるのはリョーマ君だけだって事知ってた?」
「当然。……これまでも、これからも、お互い、ね」
「これからも、お互い?」
「だってウチを出ても赤月巴をやめる訳じゃないでしょ?
━━━まだまだだね」
「まだまだ?それもお互い様でしょ!」
どちらからともなく手を伸ばす。
引き寄せる。
身体を寄せ合うのは初めてだけれど初めての気がしない。
心に湧くのはお互いへの愛と言うよりも自己愛に近い。
自分ではない自分がただ愛おしくて抱きしめる。
たぶん、この先私を抱きしめる事が出来るのはあの人ただ一人だけ。
リョーマ君が実際自分のことをどう思っているかなんて知らないし、多分その事について知る機会は訪れることはないだろう。
けれども、それでいい。
身体を離す頃には胸の締め付けはもう無くなっていた。
きっとこの夜のことは、明日陽が昇れば思い出すのも照れくさくて、お互い何も無かったような顔をして生活を続けるのだろうけど。
きっとすこしは離れがたい気持ちは残るだろうけど。
でも、それでも、新たに歩き出すことが出来る。
これは別離じゃなくて単に行き着く先は一緒の、お互い違う道を歩くだけだから。
いつかは目的地で━━━それはテニスの頂点なのか、
他のことなのか今はわからないけれど、私たちは出会うために歩くのだから。
自分とは違う道で、でも同じ方向に向かって歩く自分の片割れの存在をもう私は気づいているから。
だから、もうこの場所には立ち止まらない。
あなたの隣に立てないことを寂しいとも思わない。
end
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