クリスマスの夜にテニスデート。
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12月24日。
クリスマスイブとはいえ、リョーマの誕生日とはいえ、
中学生では、ましてや同居しているもの同士では
二人っきりのラブラブクリスマスというのは難しい。
巴とリョーマにおいても例外ではなく、
越前家メンバー全員でのお祝いとなってしまっていた。
家族は皆、うすうす二人の関係には気づいてはいるものの
そんな関係は中2には未だ早いと思っているのか見て見ぬふりをしている。
従ってこれまでも、今も気を使って二人っきりにして上げるなどと言う状況には
残念ながらなったことがない。
昨年は青学テニス部でのクリスマスパーティーがあったが
越前家の茶の間では今年は5人でリョーマの生誕を祝い、
ご馳走やケーキを食べ和む夜となった。
家族がそれぞれリョーマへのプレゼントを持ち寄り、
とっておきの話をしたり、いつも通り他愛のない話をしたり。
それはそれで、悪くはない。
こんなに大人数でなにかを祝うなんて事は巴は東京に来るまで無かったことだ。
好きな人と一緒に、みんなでこうして賑やかで過ごすことは単純に嬉しく楽しい。
不意に隣に座っていたリョーマが立ち上がった。
「あれ?リョーマくん、どうしたの?」
昨年より少し大きくなったリョーマを巴は見上げて尋ねる。
「別に……今日はまだテニスのトレーニングをちゃんとしてないからやってくる」
そろそろ家族の馴れ合いにはうんざりだという表情でリョーマは答えた。
そして彼は茶の間を出て行こうとして、入り口でまた振り返る。
「赤月、コート行くから付き合えよ。
お前、メシ食い過ぎみたいだし身体動かした方が良いんじゃない?」
女子にとっては嫌な台詞を付け加えて何喰わぬ顔で出て行ってしまった。
果たしてこの場を辞して彼に付き合っても良いものだろうか。
巴は少し思案顔になる。
「巴ちゃん、ここはいいから付き合ってあげて」
リョーマの母は、すかさず助け船を出す。
菜々子も行ってらっしゃいと手を振る。
南次郎は練習に付き合わないのだろうかと、横目でチラ見すると既に酒が回っていた。
「ゴメンね、ウチの人こんなんだし、リョーマの相手してね」
さりげなく南次郎を足でこづきながら倫子は巴を送り出した。
南次郎が酔っているのか正気なのか「狼には気を付けろよー」と言ったのには
巴はさすがに苦笑して、そのまま部屋から出てリョーマの後を追いかけた。
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流石に年末の夜は空気は冷たい。
特に暖かい部屋から抜け出たばかりの身体には殊更こたえる。
巴はジャージに着替えて少し震えながらコートまで出てきた。
「リョーマくん、じゃあ、やろうよ」
寒いはずなのに平然とした表情のリョーマは巴の姿を確認すると
無言でいつも通りのメニューをこなし始めた。
それからはしばらく黙々と二人で体操やらマラソンやらで身体を暖めた。
身体がすっかりほぐれ、寒さも感じなくなった頃リョーマはようやく口を開いた。
「赤月、試合でもする?」
「し、試合?」
「そう。もしかして俺とやるんじゃ自信ない?」
挑むように言うリョーマの台詞に、巴も思わずヒートアップして、
「誕生日だからって、勝ちは譲らないよ!」
と勝ち気に答えた。
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……はぁ…はぁぁ…はぁ…
呼吸が弾む。
重なる二つの吐息はもはやどちらのものか本人にも分からない。
「……やるじゃん……」
「…そっちこそ」
試合は6-1でリョーマの勝利。
数字こそリョーマの圧勝だが内容ではお互い不満はない充実した戦いだった。
リョーマこそさすがに男性の体力で消耗は少ないが
巴は全力で戦ったため足もがくがくして立つのもやっとだ。
先ほどはあれほど寒いと思っていた外気がいまは心地よい。
「サンキュ、赤月。俺に付き合ってくれて。いい誕生日になったよ」
珍しく素直な礼をリョーマは口にする。
巴は少し驚いて目を丸くする。
テニスの試合が誕生日の思い出なんて、やっぱりテニス馬鹿だなとしみじみ思う。
もっともそんなリョーマに惹かれている自分がいる訳だが。
「…お役に立てたようで何よりだよ」
まだ巴は上手く呼吸が整わない。
仕方がないので冷たい地面に腰を下ろし、必死に落ち着こうとする。
「俺さ、一度真剣にお前と向かい合ってみたかったんだよね、二人きりで」
そう言えば試合は部活の時以外ではしたことがないことに今更気づく。
テニス部部員の2人の試合ではなく、
ただの越前リョーマと赤月巴の試合。
個人として向かい合ったのは初めてだ。
周囲の雑音はなく、そこにいるのはお互いのみと言う環境で
試合中は相手のことだけを考えていた。
巴もいつかそうしてみたかった気がする。
リョーマもそうしたかったのだろうか?
自分と二人きりで向かい合うこと。
もちろん、二人で向かい合うだけならテニスでなくても良かったはずだ。
それをあえてテニスで、という所がなんともリョーマらしい。
いや、二人らしいというべきか。
そこまで考えて、巴は密かに笑う。
案外お互いがお互いに深くハマってることに気づいた。
「私もさ、リョーマくんとこうしてみたかったよ。で、分かった」
「なに分かったってワケ?」
自分だって分かっているクセにそう思いながらも律儀に巴は答える。
「私、自分で思ってたよりずーっとリョーマくんのこと好きみたい」
言われるとは思わなかった、あまりにもストレートすぎる言葉にリョーマは絶句する。
試合中の相手の自分への真剣な眼差しが、
言葉よりも多くのことを伝えてくれた。
それはきっとお互い同じ。
「…………」
「あれ?これは私の勝ちだったりする?」
少々動揺しているらしきリョーマを見てとって、これはしたりと笑顔で言い放つ。
「……っ、バーカ。言葉だけが気持ちを伝える手段じゃないって事はさっき気づいただろ?
だから、お前の勝ちはないね」
そうしてリョーマは「言葉」ではなく、
他の手段をもって気持ちを伝える。
自らの行動で。
座り込んだ巴のまえにしゃがみ込み、
息がようやく整ってきた巴の震える唇に自らのそれを押し当てて。
「……ほらね、俺の勝ち」
すっかり茹でダコ状態で真っ赤になっている巴を見てそう言った。
「たっ…誕生日の思い出はさっきので充分だったんじゃない?」
心はすっかり蕩けているものの、悔し紛れに巴は呟いた。
そんな状態の巴にリョーマはニヤリと笑ってそれに答える。
「誕生日?違うよ、これはクリスマスプレゼント」
そういって、リョーマは何か思い出したらしく、
ハッとして自分のポケットを探る。
「まあ、俺だけ貰うのも何だしね、これはお前に」
巴の首筋になにか冷たいものが触れる。
冬にふさわしい六花モチーフのネックレス。
リョーマは巴の正面を向いたまま、
腕を彼女の後ろに回して留め金を留めた。
その瞬間巴はリョーマの胸を掴み自分に引き寄せた。
そして、先ほどお互いが触れていた場所に
もう一度唇を触れさせてみる。
「…………」
「…………プレゼントのお礼」
真っ赤になって、必死な表情で巴はリョーマの目を見据えて
自分の気持ちを伝えた。
「メリークリスマス、そして誕生日おめでとう。リョーマくん。
私の勝ちはないかもしれないけど、その代わりリョーマくんを勝たせることもしないから!」
この勝負は五分五分。
これからずっと続く勝負。
テニスでは負けてもこれだけは負けられないと巴は意気込む。
そんな表情の巴を見て、やれやれといった顔で座ったままの巴を急に抱き上げる。
「きゃっ…!?」
「お前、こんなじゃもう立てないでしょ?
家までこのまま行ってやるよ」
「いっ、いいよ!だいたい、私重いし、汗くさいし!」
慌ててリョーマの厚意を辞退しようと必死になる。
うれしいけれど、恥ずかしい。それが本音だ。
その意は介さず、案外力強く巴を安定させて歩いていくリョーマに訴えかける。
「汗?そう?俺は気にならないけど、お互い様だし」
「わっ私は気になるのー!」
この場面をどうにか切り抜けようと必死で巴は言葉を探す。
それはリョーマも気づいているが気づかないふりをする。
そして彼は妙案を思いつく。
「気になるんだ。じゃ、一緒に風呂でも入ろっか?
さっき菜々子さんに貰ったバスボムがあるんだけど使ってみたいんじゃない?」
巴は南次郎に言われた「狼に気を付けろ」という言葉を不意に思い出しながら、
生まれてから初めて一生懸命になって好きな相手に抵抗を試みた。
もっとも、「冗談だよ」とその腕から解放されたときには
抵抗しつつちょっとガッカリするという生まれて初めての自己矛盾も味わったのだった。
END