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クリスマス&リョーマ生誕祝い的な話。だと、思う。
アメリカでテニス修行を続けているリョーマとそれを待つ巴のクリスマス話。
***
去年のクリスマスイブは一緒に過ごすことが出来たけれど、今年は叶わない。
12月24日23時45分。
赤月巴は電気もつけず暗い自室の真ん中に、ごろんと寝そべり大きくため息をついた。
この世で一番誕生日を祝いたい相手の誕生日なのに、その当人はここには居ない。
日本から遠く離れたアメリカで、テニス修行をしているはずだ。
その修行もメジャーリーガーよろしく遠征に次ぐ遠征で、リョーマの実家で暮らしているはずの巴でさえ彼が今どこに居るかということを把握していない。
『便りのないのは良い便り』と先人は言うけれども、携帯依存症なんていう言葉もあるくらいの21世紀では頻繁にメールの一つも送られてこないのはやはり良い便りとは思えない。
今どこに居るのか、何をしているのか、次はいつ帰国するのか。
それだけでも知りたいと思うけれども、リョーマの性格から考えてそれすらも面倒くさがっているのだろうと想像がつくし。
それをこちらから細かく聞き出そうとするのも、嫌がるだろうと思った。
今更だとは思うが、例えそれをやったとして、ウザイ女だと思われるのも願い下げだ。
遠距離恋愛──そう定義づけるとやたらと甘ったるく感じられて恥ずかしいけれど、遠くにあって互いを想い合うことは難しい。
南次郎じゃないけれど、その遺伝子を持つ彼が金髪美女に弱かったりするかもしれないと考えてしまったのは一度や二度どころではないし、そうでなかったとしても離れている間に愛想を尽かされているのではないかと思うこともしばしばだ。
テニス以外のこととなると案外淡白な彼だ。
自分のことを気に入っている事実のほうが不思議だと今でも思う。
横になりながら右手を伸ばすと、床に置きっぱなしにしていたらしい携帯電話が指に触れた。
それをぎゅっと握りしめた。
もしかしたら修行とはいえ新年ぐらいは帰宅するかもしれない。
それくらいは訊いても良いのかな?
そう、考えた瞬間手の中の携帯電話がブルブルと震えだした。
着信を知らせるパネルにはリョーマの名前、しかも電話着信だ。
慌てて受信ボタンに触れて耳に当てる。
「──あ、はっ、はい!! リョーマくん? なに? どうしたの?」
相手に何も告げさせない勢いで巴は携帯電話に向けて話しはじめた。
「その勢いと声なら起きてたみたいだね、いま部屋に居るよね?」
「うん、どうして?」
「いいから、外見てくれない?」
「そと──」巴は言われるままに、カーテンを開き窓から周囲を見渡す。
クリスマスイブだというのに、日付がもうすぐ変わるこの時間ではさすがに住宅街は静かだった。
ふと自宅の門付近に目をやると、そこにはここに居るはずがないと思っていた姿があった。
「リョーマくん!!」
あわてて窓を開き、電話越しではなく直接声を掛ける。
「うるさいよ、赤月。近所迷惑」
耳元でシーッと声が聞こえた。
巴もそれに気づいて思わず口を手で塞ぐ。全く意味のないことだったが。
「で、帰ってきたんだけど自宅の鍵一式無くしちゃったみたいなんだよね」
だから開けてよ、そうリョーマは告げていた。
「寒いの嫌なんだよね」そう続いた言葉は、巴の切断によって最後まで彼女の携帯電話に届くことはなかった。
巴は大慌てで携帯電話をベッドの上に投げ捨てて、そばにあった適当なジャージをひっつかんで羽織り玄関を飛び出した。
門までたいした距離ではないけれども、たどり着くまであまりにも長い時間がかかったような気がした。もしかしたら、夢なのかもしれない。そう疑うほどに。
ようやく門までたどり着くと、どうやら幻ではなさそうなリョーマの姿があった。
12月の夜の外気に耳と頬をすこし赤く染めたその姿は、あまりにも生に満ちていた。
「リョーマくん、おかえり! いつ帰ってきたの?」
急いで門扉の鍵を解除しながら、巴はリョーマに尋ねた。
メールや電話ではあれほど訊くことをためらっていたのが嘘のようで、実際に顔を合わせるとあれを訊こうこれが知りたいと、言葉が次々と口からこぼれ出る。
「先に家に入りたい、寒い」と巴の質問をかわし、するりとリョーマは敷地内へと足を踏み入れ母屋へと向かった。
巴もリョーマの後に続く。
夜にリョーマとこういう風に歩くのはどれくらい振りだろうと思うと、思わず顔が緩んだ。
リョーマが言うように外気温は低く寒かったが、巴はそれに気づかないくらい心も身体も暖かかった。
彼の気持ちも同じだといいなと思っていると、あっという間に玄関まで来てしまった。
すでにリョーマの両親も菜々子も寝静まっている。
3人ともクリスマスイブということで、食事中ワインをかなり空けていたのが効いたのだろう。
二人はしんとした家の中を心持ち抜き足差し足しつつ歩き、2階のリョーマの自室までやってきた。
リョーマの部屋は主不在の期間が長いというのに、リョーマの母の気配りから常にいつでも使える状態に整えられていた。
今回のように急に帰宅したときには非常にありがたい。
二人並んで部屋へと入る。
さすがに使用していない部屋の独特の空気は払いきれず、冷えきっている。
巴は勝手知ったるといった調子で、エアコンのスイッチを入れた。
むっとした埃くさく生暖かい空気が部屋に流れ込んだ。
そんな中、二人は何となく部屋の真ん中にかしこまって座った。
部屋に入ってからまず口を開いたのはやはり巴だった。
「それで、どうして今日帰ってきてるの? 連絡もなかったしこんな時間に……」
「年末だからね……っていうか、いま短期ステイしてる家がイベント好きで騒がしかったし」
「わっがまま~」
話の腰を折る巴の素直な感想に、カチンとした表情をさせつつ「……別に良いじゃん」とばそぼそと小さな声で抗議した後、話の続きに戻る。
「そんなに騒がしいのが十二夜行われるって言うからね、慌てて帰国することにしたわけ。そうしたら、飛行機は成田への到着が数時間も遅れるし、リムジンバスも渋滞しててこんな時間になったんだよね──連絡しなかったのは単に面倒だったから」
めずらしく巴に突っ込まれない程度にリョーマは丁寧に説明した。
巴に対して説明不足だと後がうるさい。学習しているのだ。
ふと、今思い出したというように、リョーマは巴に問いかけた。
「で、肝心な言葉を忘れてない?」
肝心な言葉、それはまだリョーマが言ってもらっていない言葉で、欲しい言葉だった。
「え……? ああ! お帰りなさい、リョーマくん。メリークリスマス!」
「…………」それもそうだけど、とリョーマは内心ツッコミつつ、次の言葉を待つ。
巴は違ったかと小首をかしげつつ、再び口を開いた。
「あ、それとお誕生日おめでとう」
しかし、リョーマの微妙な表情を見て、これまた不正解だということを悟る。
リョーマの欲しい言葉が何なのか、巴は知らないはずがないのだが、肝心なときに気の回らない性格がここでも発揮されている。
リョーマは促すように言ってみた。
ここまでいくと、まるで強請っているようなものだったけれど、それで得られるのならば惜しくはないし、せっかくここまで遥々と帰ってきて、欲しい言葉の一つももらえないのでは報われないと思った。
「もう一声……欲しいな、せっかく誕生日に帰ってきたんだし」
「もう一声?」
相変わらず巴は全く思い当たらないらしい。
普段言い慣れていない言葉を言わせようとしているのだから、それはそうかもしれないけれど、ちょっと寂しいとも思った。
巴はリョーマの言葉の真意を測りかねている。
自分がリョーマに与えられる言葉とは何だろう。
喜ぶようなことを言えば良いんだなとはなんとなく感じたけれども、具体的に何を言えば良いかといえば全く思い当たらなかった。
そもそも、これまで言葉を強請られるなんていう経験はなかったのだから仕方がない。
「そう、何か帰ってきて良かったなーなんて思えるような甘い言葉の一つでも欲しいね」
結局リョーマが音を上げた形になってしまった。
欲しいものを口にするというのはここまで恥ずかしいものだったのかと、初めて思い知り、顔を伏せてしまいそうになる。
けれども、それでは巴を見ていることも出来ず、思いとどまる。
なにしろしばらくぶりに見る彼女の顔は、変わっていないように見えて変わっているし、久しぶりに見ることが出来るその顔には見飽きない自信があったのだから。
巴は視線をそらさないリョーマの口から出た言葉、欲しているものに気づいて頬に赤みがさした。
「甘い言葉……ねぇ」それは一体どんなことを言えば良いのか。
改めて考えるととても気恥ずかしいことだった。
その場の雰囲気に流されれば、勢いに流されれば、何も考えず口に出来たかもしれないけれど、それを改めて言えといわれても困る。
少なくとも巴は困った。
けれど──上目遣いでリョーマの顔を見ていると、明らかに期待しているような、それでいていつものからかうよう瞳が巴を捉えていた。
もう逃げられないのは明らかで、仕方ないのかなとため息をついた。
そして、交渉を持ちかけた。
「言っても良いけど、約束してもらうからね」
「良いけど? なに?」
話によるけどね、と巴の話によっては後だしジャンケンのように言ってしまえば良いと狡いことを考えつつ、リョーマは続きを聞く気になった。
「これからは、ノルマを課します。せめて週一でメール欲しいな」
「メール?」
「そう、いまどこでなにをしているか位は知りたいもん」
そんなことは自分からメールして聞けば良いのに、リョーマは素直にそう思う。
巴からメールを送ってくれれば、それを全く無視するつもりなんて毛頭ないのだから。
けれども巴はこう続けた。
「アメリカじゃ生活習慣も流れる時間も違うし、いまメール送ったら負担になるかな、とか、練習の邪魔かも、なんて考えちゃうと自分からは送りづらいよ、どうしても」
心の中でいつも思っていたことを素直に口にした。
巴はリョーマがどのように生活してどのように修行を続けているのか知らない。
だからこそ便りがないことを不安に思うけれども、しかしながら自分から便りを求めることはリョーマの迷惑になるかもしれないと思い、身動きが取れなくなっていたのだ。
「なんだ、そんなこと。わかったよ」
リョーマはその不安を感じ取り、あっさりと降参する。
それで遠くの巴が安心するというのなら、欲しい言葉がもらえるのならそれで良いと思えた。
メールの文面を考えるだけでも手間だし面倒だと思うけれども、それを惜しむことで巴が遠ざかっていくのは本意ではない。
自分だって巴がいま何をしているかを知りたい気持ちはもちろんある訳だし。
「ありがとう、リョーマくん──だいすき。帰ってきてくれて嬉しいよ」
リョーマの返事にかぶるように、息せき切ったように巴はそう言葉にした。
深夜であり他の部屋に響かないように配慮したのか、それはとても小さな声だったけれども巴の正面に向かい合うような形で座っていたリョーマには当然はっきりと聞き取れた。
巴が恥ずかしげにチラと一瞬視線を外したことも、先ほどにも増して頬に赤みが増したこともリョーマの動体視力は見逃さなかった。
たったそれだけで、なんとなく幸せな気持ちになるのだから、自分も巴に負けずとも劣らず単純だなとリョーマは思った。全く不本意だったが。
けれども、そんな不本意なら悪くないとも思う。
リョーマは巴の両肩に自分の両手を伸ばして引き寄せた。
越前家お決まりのシャンプーの香りと、少し高めの巴の体温を感じることが出来た。
修行をしてテニスの高みを目指すことが出来てなかなかに充実している、そんないまの生活にはほとんど不満はないけれども、いまの生活には巴が足りない。
それをリョーマは痛切に感じてしまった。
「ねぇ、いつか──」
いつか、自分の隣に来てくれない?
そうリョーマは言いたかったが、ハッと口をつぐんだ。
自分も寂しい、巴だって寂しいだろうけれども、いまそれを言ってしまうのは反則だと知っている。
巴をいまこの家から引き離すのは自分のエゴにすぎない。
だから、リョーマはいつの間にか巴の背中にまわした自分の腕に更に力を込めた。
「またいつか、お前の前に戻ってくるまでに、お前の熱を忘れないように俺に刻み付けてよ」
巴はというと、リョーマの肩に顔を埋めて「どんどん刻み付けていってやる」蠢くように返事をした後、リョーマに負けじと自らの腕に力を込めていった。
「あ、言うの忘れてた──赤月、良いクリスマスを」
「それは、リョーマくん次第だよ」
二人はしきりに忍び笑いをし、その後はお互いの熱を刻み付けることに専念することにした。
忘れることが出来ないほどの迸る熱をその身体に。
END
アメリカでテニス修行を続けているリョーマとそれを待つ巴のクリスマス話。
***
去年のクリスマスイブは一緒に過ごすことが出来たけれど、今年は叶わない。
12月24日23時45分。
赤月巴は電気もつけず暗い自室の真ん中に、ごろんと寝そべり大きくため息をついた。
この世で一番誕生日を祝いたい相手の誕生日なのに、その当人はここには居ない。
日本から遠く離れたアメリカで、テニス修行をしているはずだ。
その修行もメジャーリーガーよろしく遠征に次ぐ遠征で、リョーマの実家で暮らしているはずの巴でさえ彼が今どこに居るかということを把握していない。
『便りのないのは良い便り』と先人は言うけれども、携帯依存症なんていう言葉もあるくらいの21世紀では頻繁にメールの一つも送られてこないのはやはり良い便りとは思えない。
今どこに居るのか、何をしているのか、次はいつ帰国するのか。
それだけでも知りたいと思うけれども、リョーマの性格から考えてそれすらも面倒くさがっているのだろうと想像がつくし。
それをこちらから細かく聞き出そうとするのも、嫌がるだろうと思った。
今更だとは思うが、例えそれをやったとして、ウザイ女だと思われるのも願い下げだ。
遠距離恋愛──そう定義づけるとやたらと甘ったるく感じられて恥ずかしいけれど、遠くにあって互いを想い合うことは難しい。
南次郎じゃないけれど、その遺伝子を持つ彼が金髪美女に弱かったりするかもしれないと考えてしまったのは一度や二度どころではないし、そうでなかったとしても離れている間に愛想を尽かされているのではないかと思うこともしばしばだ。
テニス以外のこととなると案外淡白な彼だ。
自分のことを気に入っている事実のほうが不思議だと今でも思う。
横になりながら右手を伸ばすと、床に置きっぱなしにしていたらしい携帯電話が指に触れた。
それをぎゅっと握りしめた。
もしかしたら修行とはいえ新年ぐらいは帰宅するかもしれない。
それくらいは訊いても良いのかな?
そう、考えた瞬間手の中の携帯電話がブルブルと震えだした。
着信を知らせるパネルにはリョーマの名前、しかも電話着信だ。
慌てて受信ボタンに触れて耳に当てる。
「──あ、はっ、はい!! リョーマくん? なに? どうしたの?」
相手に何も告げさせない勢いで巴は携帯電話に向けて話しはじめた。
「その勢いと声なら起きてたみたいだね、いま部屋に居るよね?」
「うん、どうして?」
「いいから、外見てくれない?」
「そと──」巴は言われるままに、カーテンを開き窓から周囲を見渡す。
クリスマスイブだというのに、日付がもうすぐ変わるこの時間ではさすがに住宅街は静かだった。
ふと自宅の門付近に目をやると、そこにはここに居るはずがないと思っていた姿があった。
「リョーマくん!!」
あわてて窓を開き、電話越しではなく直接声を掛ける。
「うるさいよ、赤月。近所迷惑」
耳元でシーッと声が聞こえた。
巴もそれに気づいて思わず口を手で塞ぐ。全く意味のないことだったが。
「で、帰ってきたんだけど自宅の鍵一式無くしちゃったみたいなんだよね」
だから開けてよ、そうリョーマは告げていた。
「寒いの嫌なんだよね」そう続いた言葉は、巴の切断によって最後まで彼女の携帯電話に届くことはなかった。
巴は大慌てで携帯電話をベッドの上に投げ捨てて、そばにあった適当なジャージをひっつかんで羽織り玄関を飛び出した。
門までたいした距離ではないけれども、たどり着くまであまりにも長い時間がかかったような気がした。もしかしたら、夢なのかもしれない。そう疑うほどに。
ようやく門までたどり着くと、どうやら幻ではなさそうなリョーマの姿があった。
12月の夜の外気に耳と頬をすこし赤く染めたその姿は、あまりにも生に満ちていた。
「リョーマくん、おかえり! いつ帰ってきたの?」
急いで門扉の鍵を解除しながら、巴はリョーマに尋ねた。
メールや電話ではあれほど訊くことをためらっていたのが嘘のようで、実際に顔を合わせるとあれを訊こうこれが知りたいと、言葉が次々と口からこぼれ出る。
「先に家に入りたい、寒い」と巴の質問をかわし、するりとリョーマは敷地内へと足を踏み入れ母屋へと向かった。
巴もリョーマの後に続く。
夜にリョーマとこういう風に歩くのはどれくらい振りだろうと思うと、思わず顔が緩んだ。
リョーマが言うように外気温は低く寒かったが、巴はそれに気づかないくらい心も身体も暖かかった。
彼の気持ちも同じだといいなと思っていると、あっという間に玄関まで来てしまった。
すでにリョーマの両親も菜々子も寝静まっている。
3人ともクリスマスイブということで、食事中ワインをかなり空けていたのが効いたのだろう。
二人はしんとした家の中を心持ち抜き足差し足しつつ歩き、2階のリョーマの自室までやってきた。
リョーマの部屋は主不在の期間が長いというのに、リョーマの母の気配りから常にいつでも使える状態に整えられていた。
今回のように急に帰宅したときには非常にありがたい。
二人並んで部屋へと入る。
さすがに使用していない部屋の独特の空気は払いきれず、冷えきっている。
巴は勝手知ったるといった調子で、エアコンのスイッチを入れた。
むっとした埃くさく生暖かい空気が部屋に流れ込んだ。
そんな中、二人は何となく部屋の真ん中にかしこまって座った。
部屋に入ってからまず口を開いたのはやはり巴だった。
「それで、どうして今日帰ってきてるの? 連絡もなかったしこんな時間に……」
「年末だからね……っていうか、いま短期ステイしてる家がイベント好きで騒がしかったし」
「わっがまま~」
話の腰を折る巴の素直な感想に、カチンとした表情をさせつつ「……別に良いじゃん」とばそぼそと小さな声で抗議した後、話の続きに戻る。
「そんなに騒がしいのが十二夜行われるって言うからね、慌てて帰国することにしたわけ。そうしたら、飛行機は成田への到着が数時間も遅れるし、リムジンバスも渋滞しててこんな時間になったんだよね──連絡しなかったのは単に面倒だったから」
めずらしく巴に突っ込まれない程度にリョーマは丁寧に説明した。
巴に対して説明不足だと後がうるさい。学習しているのだ。
ふと、今思い出したというように、リョーマは巴に問いかけた。
「で、肝心な言葉を忘れてない?」
肝心な言葉、それはまだリョーマが言ってもらっていない言葉で、欲しい言葉だった。
「え……? ああ! お帰りなさい、リョーマくん。メリークリスマス!」
「…………」それもそうだけど、とリョーマは内心ツッコミつつ、次の言葉を待つ。
巴は違ったかと小首をかしげつつ、再び口を開いた。
「あ、それとお誕生日おめでとう」
しかし、リョーマの微妙な表情を見て、これまた不正解だということを悟る。
リョーマの欲しい言葉が何なのか、巴は知らないはずがないのだが、肝心なときに気の回らない性格がここでも発揮されている。
リョーマは促すように言ってみた。
ここまでいくと、まるで強請っているようなものだったけれど、それで得られるのならば惜しくはないし、せっかくここまで遥々と帰ってきて、欲しい言葉の一つももらえないのでは報われないと思った。
「もう一声……欲しいな、せっかく誕生日に帰ってきたんだし」
「もう一声?」
相変わらず巴は全く思い当たらないらしい。
普段言い慣れていない言葉を言わせようとしているのだから、それはそうかもしれないけれど、ちょっと寂しいとも思った。
巴はリョーマの言葉の真意を測りかねている。
自分がリョーマに与えられる言葉とは何だろう。
喜ぶようなことを言えば良いんだなとはなんとなく感じたけれども、具体的に何を言えば良いかといえば全く思い当たらなかった。
そもそも、これまで言葉を強請られるなんていう経験はなかったのだから仕方がない。
「そう、何か帰ってきて良かったなーなんて思えるような甘い言葉の一つでも欲しいね」
結局リョーマが音を上げた形になってしまった。
欲しいものを口にするというのはここまで恥ずかしいものだったのかと、初めて思い知り、顔を伏せてしまいそうになる。
けれども、それでは巴を見ていることも出来ず、思いとどまる。
なにしろしばらくぶりに見る彼女の顔は、変わっていないように見えて変わっているし、久しぶりに見ることが出来るその顔には見飽きない自信があったのだから。
巴は視線をそらさないリョーマの口から出た言葉、欲しているものに気づいて頬に赤みがさした。
「甘い言葉……ねぇ」それは一体どんなことを言えば良いのか。
改めて考えるととても気恥ずかしいことだった。
その場の雰囲気に流されれば、勢いに流されれば、何も考えず口に出来たかもしれないけれど、それを改めて言えといわれても困る。
少なくとも巴は困った。
けれど──上目遣いでリョーマの顔を見ていると、明らかに期待しているような、それでいていつものからかうよう瞳が巴を捉えていた。
もう逃げられないのは明らかで、仕方ないのかなとため息をついた。
そして、交渉を持ちかけた。
「言っても良いけど、約束してもらうからね」
「良いけど? なに?」
話によるけどね、と巴の話によっては後だしジャンケンのように言ってしまえば良いと狡いことを考えつつ、リョーマは続きを聞く気になった。
「これからは、ノルマを課します。せめて週一でメール欲しいな」
「メール?」
「そう、いまどこでなにをしているか位は知りたいもん」
そんなことは自分からメールして聞けば良いのに、リョーマは素直にそう思う。
巴からメールを送ってくれれば、それを全く無視するつもりなんて毛頭ないのだから。
けれども巴はこう続けた。
「アメリカじゃ生活習慣も流れる時間も違うし、いまメール送ったら負担になるかな、とか、練習の邪魔かも、なんて考えちゃうと自分からは送りづらいよ、どうしても」
心の中でいつも思っていたことを素直に口にした。
巴はリョーマがどのように生活してどのように修行を続けているのか知らない。
だからこそ便りがないことを不安に思うけれども、しかしながら自分から便りを求めることはリョーマの迷惑になるかもしれないと思い、身動きが取れなくなっていたのだ。
「なんだ、そんなこと。わかったよ」
リョーマはその不安を感じ取り、あっさりと降参する。
それで遠くの巴が安心するというのなら、欲しい言葉がもらえるのならそれで良いと思えた。
メールの文面を考えるだけでも手間だし面倒だと思うけれども、それを惜しむことで巴が遠ざかっていくのは本意ではない。
自分だって巴がいま何をしているかを知りたい気持ちはもちろんある訳だし。
「ありがとう、リョーマくん──だいすき。帰ってきてくれて嬉しいよ」
リョーマの返事にかぶるように、息せき切ったように巴はそう言葉にした。
深夜であり他の部屋に響かないように配慮したのか、それはとても小さな声だったけれども巴の正面に向かい合うような形で座っていたリョーマには当然はっきりと聞き取れた。
巴が恥ずかしげにチラと一瞬視線を外したことも、先ほどにも増して頬に赤みが増したこともリョーマの動体視力は見逃さなかった。
たったそれだけで、なんとなく幸せな気持ちになるのだから、自分も巴に負けずとも劣らず単純だなとリョーマは思った。全く不本意だったが。
けれども、そんな不本意なら悪くないとも思う。
リョーマは巴の両肩に自分の両手を伸ばして引き寄せた。
越前家お決まりのシャンプーの香りと、少し高めの巴の体温を感じることが出来た。
修行をしてテニスの高みを目指すことが出来てなかなかに充実している、そんないまの生活にはほとんど不満はないけれども、いまの生活には巴が足りない。
それをリョーマは痛切に感じてしまった。
「ねぇ、いつか──」
いつか、自分の隣に来てくれない?
そうリョーマは言いたかったが、ハッと口をつぐんだ。
自分も寂しい、巴だって寂しいだろうけれども、いまそれを言ってしまうのは反則だと知っている。
巴をいまこの家から引き離すのは自分のエゴにすぎない。
だから、リョーマはいつの間にか巴の背中にまわした自分の腕に更に力を込めた。
「またいつか、お前の前に戻ってくるまでに、お前の熱を忘れないように俺に刻み付けてよ」
巴はというと、リョーマの肩に顔を埋めて「どんどん刻み付けていってやる」蠢くように返事をした後、リョーマに負けじと自らの腕に力を込めていった。
「あ、言うの忘れてた──赤月、良いクリスマスを」
「それは、リョーマくん次第だよ」
二人はしきりに忍び笑いをし、その後はお互いの熱を刻み付けることに専念することにした。
忘れることが出来ないほどの迸る熱をその身体に。
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