*甘いお菓子
広く澄み渡る11月の空は本格的な冬を前に
秋の名残の暖かな陽光を地上に降り注いでいた。
そんな日だまりの中、公園の芝生広場にシートを広げ
赤月巴と千石清純は小ぶりの丸いケーキをはさみ向かい合って座っていた。
周囲に人はあまりいない。
陽が暖かいとはいえ、季節はもう芝生広場でくつろぐような時期をすぎている。
「おおっ、これは巴ちゃんの手作りケーキだね!ラッキー!!」
「はい!朝から頑張っちゃいました!」
そう言って、巴はケーキに数本ろうそくを立てる。
「こんな小さいケーキで、しかも公園の真ん中で
ろうそくってムードもへったくれもないですけど…へへへ」
少し恥ずかしそうに笑いながら、ろうそくをライターで点火する。
陽の光で明るさこそ流石に感じないが、
ゆらゆらと青白い炎が揺れているのがかろうじてわかる。
「さ、どうぞ、ろうそくってお願いごとしながら吹き消すんですよね?」
どうぞどうぞと千石を期待の眼差しで巴は見つめる。
なにせ、ろうそくを消して貰わないことにはケーキを食べることも出来ない。
千石に一刻も早く自作のケーキを食べて貰うには、
誕生日ケーキに伴う一連の儀式を早く終わらせてしまわなければならない。
千石は自分のケーキにどういう反応を示すだろう。
それを考えるだけでドキドキしてしまう。
レシピにもぬかりない。男性用で甘さ控えめだ。
試作のケーキも同級生達には好評だった。
今日のこのために作ったケーキも見た限りでは成功している。
あとは、千石の口に合うかどうかだけが問題だ。
頑張った誕生日プレゼント、彼はちゃんと満足して受け取ってくれるのだろうか。
自然と緊張してしまう。
そんな巴の必死な表情を見て思わず吹き出してしまいそうになりながらも、
千石は少し神妙な顔をして、大きく息を吸いそして火を吹き消す。
ふーーーーーっ
「お誕生日おめでとうございます!千石さん」
パチパチパチパチ……
ろうそくの火を消した千石を、巴は拍手で祝福する。
「ありがとう!巴ちゃん。いやー俺ってラッキー!
こーんなカワイイ彼女にこんな風に誕生日を祝われちゃうんだからね!」
心から嬉しそうな表情で千石はそう言った。
その言葉に嘘いつわりはない。
巴はその表情を見て幸せな気分になったが、
彼のこれ以上の表情を見られる可能性━━━美味しいケーキを食べて貰うことを
思い出し、慌ててケーキのろうそくを取り除いて食べられるように準備する。
ケーキを小皿に二人分取り分け、当然大きな方を千石に手渡す。
「どうぞ、食べてください」
「ホント、これ美味そうだよね!いっただきまーす」
大きく口をあけケーキを食べようとする千石の様子を
暖かいコーヒーを水筒からマグに注ぎながら巴は眺める。
大きくフォークに刺したケーキを嬉しそうに頬張る彼の姿は
まるで子供のようで微笑ましい。
千石はもぐもぐと丁寧に咀嚼して時間をかけて一口目を味わう。
何せ彼女の手作りのケーキだ。
いつもの調子で早食いして飲み込んでしまうなんてもったいなくて出来ない。
巴の作ったケーキは成長期の二人が食べる量としては丁度よく、
大きすぎず、小さすぎもしない。
秋にふさわしく、マロンクリームのデコレーションケーキで
栗の甘く煮たものやチョコレートで飾られている。
色合い的には茶系で地味なものだがデコレーションは凝っていて華やかだ。
「んーーーーーーーーーーーーーーんまいっ!最高!」
最上の笑顔で千石は巴に感想を簡潔ながらこれ以上ない言葉で伝える。
そしてまた直ぐさま残りを食べる作業に取りかかる。
巴にとっては、最上の賛辞だ。
頑張った甲斐があったと胸を撫で下ろす。
「あれ?」
巴はなんとなく幸せな気分でケーキを食べる千石を眺めていたのだが、
気づいたら千石は自分の分をすっかり食べ終えていた。
巴自身はまだ一口も食べていなかったのだが。
「巴ちゃんは、食べないの?」
千石は不思議そうに質問する。
まさか巴が自分に見とれていて食べるのを忘れていたなどとは思いも寄らない。
巴は、自分が千石に見とれていた事実に改めて気付き、
うしろめたさに似た気恥ずかしさを感じる。
それを隠そうとしてか、慌てて答えを返す。
「あ、もしよかったら私の分も遠慮無く食べてください!
今日のこのケーキは千石さんのために作ったんですから」
そして、すばやく自分の手にしていたケーキを差し出す。
「え?いいの?ますますラッキー!」
よほど嬉しかったらしく、いそいそと皿を受取り再び食べる作業に没頭する。
巴はこれほど喜んで食べてくれる事実を目の前で見せつけられて、
天にも昇りそうな気持ちになる。
作っているときから、もちろん喜んでくれるだろうとは思っていたが
まさかこれほどまでだとは思わなかった。
こんなに喜んでくれるのなら、もっと以前からつくってあげていればよかったと
余計な後悔までしてしまう。
気がついたら巴の皿のケーキもすぐに消えてしまいそうになっていた。
千石も決して早食いをしようとした訳ではないのだが、
夢中に、必死に、集中して食べていたので必然と早くなってしまった。
ケーキを1ホールあっという間に食べてしまう千石に
巴は驚きを隠せないがそれと同時に嬉しくもあった。
「でも、こんなに美味しいケーキ、やっぱり巴ちゃんも食べるべきだったよ!
まあ、俺が全部食べた後に言っちゃっても全く意味ないんだけどね。
ごめんね、調子に乗って全部食べちゃってさ」
満足げでありながら少し申し訳なさそうに、千石は巴にそう話す。
声は申し訳なさそうでも、表情には全く後悔はなさそうなので、
そんな複雑な彼を巴はまじまじと見つめてしまう。
そして、巴はあることに気づく。
あっ━━━と千石に言いかけようとしたが、
千石はそれに気づかず話を続ける。
「ほんっと美味しかったんだよね、マロンケーキ!
もう言葉では尽くせないくらいだよ、やっぱり食べて貰えばよかったかな?
あー!うまく言葉じゃ教えられないんだよね」
後で思えば、千石のあまりの絶賛ぶりに浮かれていたこともあったのだろう。
巴が普段絶対にすることが無い行動だったからだ。
しかし、このときは先ほど千石に言いかけようとしたこと、気づいたことを
身体で彼に伝えることを思いついてしまった。
「マロンケーキのおいしさ」を教えてもらうことも出来て一石二鳥だと。
巴は、ここが公園の広場だと言うことを忘れて千石に向けて両手を広げる。
そして彼の身体を捕まえる。
いきなりのことと、巴の勢いの強さで千石は体のバランスを崩し、
二人して後ろに倒れ込んでしまい、巴の柔らかな体が押しつけられる。
芝生の上だったのは幸いだとしか言いようがない。
もっとも、コンクリートに打ち付けられて身体にダメージが与えられたとしても
あまりの役得さに痛みは感じなかっただろうけれど。
「とっ、巴ちゃん!?」
普段巴から抱きつかれることなど滅多になかったため、
嬉しいけれども、その唐突さに千石は驚いたような声を出す。
けれども、内心ラッキーと思っているのは仕方のないことだろう。
真剣な表情で巴は千石を見つめて、一言。
「千石さん…クリーム、ついてますよ?」
「え?」
「取ってあげますね」
千石は自分の口の端に暖かさを感じた。
そして、これは何となく夢なんじゃないかと思った。
なぜなら、こんなことありえないから。
巴があろう事か自分を押し倒して口づけている。
結果的にそうなっただけだが、もうそんなことはどうでも良い。
その柔らかい感触に全神経を集中する。
しかし、その感触は直ぐさま消えてしまう。
「きゃああ!すっすいません!!思わずついっ!」
巴は急に我に返り、慌てて身体を離そうとする。
顔を離すことには成功したが、腰に回された千石の手が彼女を放さない。
どんなに藻掻いてもがっちりと固定されムダなあがきだった。
巴は諦めてそのままにされる。
千石が下から仰ぎ見る巴は影になってはっきりとはしないが、
激しく赤面し焦っていることだけは分かる。
自分でこれだけ大胆なことをしておいて、それはないよなあと、
ちくしょう、可愛いなあと千石はボンヤリと思う。
「思わず?つい?」
言葉尻を取って聞き返してみる。
彼女の反応が知りたかったからだ。
「あああああああの、ケーキが美味しいって言うからっっ
じゃ、じゃなくてっ千石さんの顔にクリームがついてて
あのその……ちょっと味見してみたくなりまして……すいません」
巴自身すでに何を言いたいのかがわからない。
自分でもよく分からない。気づいたらこうなっていたのだ。
説明などできるわけがない。
「……」
「……」
すっかり混乱している巴に千石も何故か可哀想になり
かける言葉が見つからない。
何か下手なことを言うと混乱して泣き出してしまいそうだ。
そんななか、かろうじて発することの出来た言葉があった。
「お味は?」
「…………我ながら美味しかったです…………」
「それで、今のキスが誕生日プレゼントだと思ってもいいのかな?」
千石は嬉しかったのでちょっと言ってみたかった。
巴は不意をつかれた表情になる。
もちろんそんなことを考えたこともなかった。
そしてその意味を考えた瞬間ふたたび血圧も顔色も急上昇する。
「せっ千石さんのばかっ!
誕生日プレゼントにするんならもうちょっとまともにキスしますってば!!!」
再び混乱して訳の分からないことを口走る。
かといって、心にもないことはとっさに口に出ないことは確か。
それは千石も分かっている。
「……」
「……」
また二人の間に一瞬沈黙が走る。
もうちょっとまともなキスをくれるのなら
それが誕生日プレゼントでもイイなとは流石に千石も口にしなかった。
巴をさらに暴走させてみるのも面白いかなとは思ったが、自粛。
あまりやりすぎると嫌われてしまうかもしれない恐怖と少し戦う。
「……………………………………………………
お誕生日おめでとうございます」
これは予定外なんですが、とかすかな声が千石の耳を掠める。
それと同時に今度は口の端ではなく真上に柔らかい感触を感じた。
誕生日プレゼント、沢山貰いすぎじゃない?とセルフツッコミを入れながらも
千石はそのプレゼントを有り難くいただくことにした。
一つ目は手作りケーキ。
そして二つ目のケーキより甘いお菓子。
END
広く澄み渡る11月の空は本格的な冬を前に
秋の名残の暖かな陽光を地上に降り注いでいた。
そんな日だまりの中、公園の芝生広場にシートを広げ
赤月巴と千石清純は小ぶりの丸いケーキをはさみ向かい合って座っていた。
周囲に人はあまりいない。
陽が暖かいとはいえ、季節はもう芝生広場でくつろぐような時期をすぎている。
「おおっ、これは巴ちゃんの手作りケーキだね!ラッキー!!」
「はい!朝から頑張っちゃいました!」
そう言って、巴はケーキに数本ろうそくを立てる。
「こんな小さいケーキで、しかも公園の真ん中で
ろうそくってムードもへったくれもないですけど…へへへ」
少し恥ずかしそうに笑いながら、ろうそくをライターで点火する。
陽の光で明るさこそ流石に感じないが、
ゆらゆらと青白い炎が揺れているのがかろうじてわかる。
「さ、どうぞ、ろうそくってお願いごとしながら吹き消すんですよね?」
どうぞどうぞと千石を期待の眼差しで巴は見つめる。
なにせ、ろうそくを消して貰わないことにはケーキを食べることも出来ない。
千石に一刻も早く自作のケーキを食べて貰うには、
誕生日ケーキに伴う一連の儀式を早く終わらせてしまわなければならない。
千石は自分のケーキにどういう反応を示すだろう。
それを考えるだけでドキドキしてしまう。
レシピにもぬかりない。男性用で甘さ控えめだ。
試作のケーキも同級生達には好評だった。
今日のこのために作ったケーキも見た限りでは成功している。
あとは、千石の口に合うかどうかだけが問題だ。
頑張った誕生日プレゼント、彼はちゃんと満足して受け取ってくれるのだろうか。
自然と緊張してしまう。
そんな巴の必死な表情を見て思わず吹き出してしまいそうになりながらも、
千石は少し神妙な顔をして、大きく息を吸いそして火を吹き消す。
ふーーーーーっ
「お誕生日おめでとうございます!千石さん」
パチパチパチパチ……
ろうそくの火を消した千石を、巴は拍手で祝福する。
「ありがとう!巴ちゃん。いやー俺ってラッキー!
こーんなカワイイ彼女にこんな風に誕生日を祝われちゃうんだからね!」
心から嬉しそうな表情で千石はそう言った。
その言葉に嘘いつわりはない。
巴はその表情を見て幸せな気分になったが、
彼のこれ以上の表情を見られる可能性━━━美味しいケーキを食べて貰うことを
思い出し、慌ててケーキのろうそくを取り除いて食べられるように準備する。
ケーキを小皿に二人分取り分け、当然大きな方を千石に手渡す。
「どうぞ、食べてください」
「ホント、これ美味そうだよね!いっただきまーす」
大きく口をあけケーキを食べようとする千石の様子を
暖かいコーヒーを水筒からマグに注ぎながら巴は眺める。
大きくフォークに刺したケーキを嬉しそうに頬張る彼の姿は
まるで子供のようで微笑ましい。
千石はもぐもぐと丁寧に咀嚼して時間をかけて一口目を味わう。
何せ彼女の手作りのケーキだ。
いつもの調子で早食いして飲み込んでしまうなんてもったいなくて出来ない。
巴の作ったケーキは成長期の二人が食べる量としては丁度よく、
大きすぎず、小さすぎもしない。
秋にふさわしく、マロンクリームのデコレーションケーキで
栗の甘く煮たものやチョコレートで飾られている。
色合い的には茶系で地味なものだがデコレーションは凝っていて華やかだ。
「んーーーーーーーーーーーーーーんまいっ!最高!」
最上の笑顔で千石は巴に感想を簡潔ながらこれ以上ない言葉で伝える。
そしてまた直ぐさま残りを食べる作業に取りかかる。
巴にとっては、最上の賛辞だ。
頑張った甲斐があったと胸を撫で下ろす。
「あれ?」
巴はなんとなく幸せな気分でケーキを食べる千石を眺めていたのだが、
気づいたら千石は自分の分をすっかり食べ終えていた。
巴自身はまだ一口も食べていなかったのだが。
「巴ちゃんは、食べないの?」
千石は不思議そうに質問する。
まさか巴が自分に見とれていて食べるのを忘れていたなどとは思いも寄らない。
巴は、自分が千石に見とれていた事実に改めて気付き、
うしろめたさに似た気恥ずかしさを感じる。
それを隠そうとしてか、慌てて答えを返す。
「あ、もしよかったら私の分も遠慮無く食べてください!
今日のこのケーキは千石さんのために作ったんですから」
そして、すばやく自分の手にしていたケーキを差し出す。
「え?いいの?ますますラッキー!」
よほど嬉しかったらしく、いそいそと皿を受取り再び食べる作業に没頭する。
巴はこれほど喜んで食べてくれる事実を目の前で見せつけられて、
天にも昇りそうな気持ちになる。
作っているときから、もちろん喜んでくれるだろうとは思っていたが
まさかこれほどまでだとは思わなかった。
こんなに喜んでくれるのなら、もっと以前からつくってあげていればよかったと
余計な後悔までしてしまう。
気がついたら巴の皿のケーキもすぐに消えてしまいそうになっていた。
千石も決して早食いをしようとした訳ではないのだが、
夢中に、必死に、集中して食べていたので必然と早くなってしまった。
ケーキを1ホールあっという間に食べてしまう千石に
巴は驚きを隠せないがそれと同時に嬉しくもあった。
「でも、こんなに美味しいケーキ、やっぱり巴ちゃんも食べるべきだったよ!
まあ、俺が全部食べた後に言っちゃっても全く意味ないんだけどね。
ごめんね、調子に乗って全部食べちゃってさ」
満足げでありながら少し申し訳なさそうに、千石は巴にそう話す。
声は申し訳なさそうでも、表情には全く後悔はなさそうなので、
そんな複雑な彼を巴はまじまじと見つめてしまう。
そして、巴はあることに気づく。
あっ━━━と千石に言いかけようとしたが、
千石はそれに気づかず話を続ける。
「ほんっと美味しかったんだよね、マロンケーキ!
もう言葉では尽くせないくらいだよ、やっぱり食べて貰えばよかったかな?
あー!うまく言葉じゃ教えられないんだよね」
後で思えば、千石のあまりの絶賛ぶりに浮かれていたこともあったのだろう。
巴が普段絶対にすることが無い行動だったからだ。
しかし、このときは先ほど千石に言いかけようとしたこと、気づいたことを
身体で彼に伝えることを思いついてしまった。
「マロンケーキのおいしさ」を教えてもらうことも出来て一石二鳥だと。
巴は、ここが公園の広場だと言うことを忘れて千石に向けて両手を広げる。
そして彼の身体を捕まえる。
いきなりのことと、巴の勢いの強さで千石は体のバランスを崩し、
二人して後ろに倒れ込んでしまい、巴の柔らかな体が押しつけられる。
芝生の上だったのは幸いだとしか言いようがない。
もっとも、コンクリートに打ち付けられて身体にダメージが与えられたとしても
あまりの役得さに痛みは感じなかっただろうけれど。
「とっ、巴ちゃん!?」
普段巴から抱きつかれることなど滅多になかったため、
嬉しいけれども、その唐突さに千石は驚いたような声を出す。
けれども、内心ラッキーと思っているのは仕方のないことだろう。
真剣な表情で巴は千石を見つめて、一言。
「千石さん…クリーム、ついてますよ?」
「え?」
「取ってあげますね」
千石は自分の口の端に暖かさを感じた。
そして、これは何となく夢なんじゃないかと思った。
なぜなら、こんなことありえないから。
巴があろう事か自分を押し倒して口づけている。
結果的にそうなっただけだが、もうそんなことはどうでも良い。
その柔らかい感触に全神経を集中する。
しかし、その感触は直ぐさま消えてしまう。
「きゃああ!すっすいません!!思わずついっ!」
巴は急に我に返り、慌てて身体を離そうとする。
顔を離すことには成功したが、腰に回された千石の手が彼女を放さない。
どんなに藻掻いてもがっちりと固定されムダなあがきだった。
巴は諦めてそのままにされる。
千石が下から仰ぎ見る巴は影になってはっきりとはしないが、
激しく赤面し焦っていることだけは分かる。
自分でこれだけ大胆なことをしておいて、それはないよなあと、
ちくしょう、可愛いなあと千石はボンヤリと思う。
「思わず?つい?」
言葉尻を取って聞き返してみる。
彼女の反応が知りたかったからだ。
「あああああああの、ケーキが美味しいって言うからっっ
じゃ、じゃなくてっ千石さんの顔にクリームがついてて
あのその……ちょっと味見してみたくなりまして……すいません」
巴自身すでに何を言いたいのかがわからない。
自分でもよく分からない。気づいたらこうなっていたのだ。
説明などできるわけがない。
「……」
「……」
すっかり混乱している巴に千石も何故か可哀想になり
かける言葉が見つからない。
何か下手なことを言うと混乱して泣き出してしまいそうだ。
そんななか、かろうじて発することの出来た言葉があった。
「お味は?」
「…………我ながら美味しかったです…………」
「それで、今のキスが誕生日プレゼントだと思ってもいいのかな?」
千石は嬉しかったのでちょっと言ってみたかった。
巴は不意をつかれた表情になる。
もちろんそんなことを考えたこともなかった。
そしてその意味を考えた瞬間ふたたび血圧も顔色も急上昇する。
「せっ千石さんのばかっ!
誕生日プレゼントにするんならもうちょっとまともにキスしますってば!!!」
再び混乱して訳の分からないことを口走る。
かといって、心にもないことはとっさに口に出ないことは確か。
それは千石も分かっている。
「……」
「……」
また二人の間に一瞬沈黙が走る。
もうちょっとまともなキスをくれるのなら
それが誕生日プレゼントでもイイなとは流石に千石も口にしなかった。
巴をさらに暴走させてみるのも面白いかなとは思ったが、自粛。
あまりやりすぎると嫌われてしまうかもしれない恐怖と少し戦う。
「……………………………………………………
お誕生日おめでとうございます」
これは予定外なんですが、とかすかな声が千石の耳を掠める。
それと同時に今度は口の端ではなく真上に柔らかい感触を感じた。
誕生日プレゼント、沢山貰いすぎじゃない?とセルフツッコミを入れながらも
千石はそのプレゼントを有り難くいただくことにした。
一つ目は手作りケーキ。
そして二つ目のケーキより甘いお菓子。
END
まもなく、日が落ちようとしていた。
黄昏時━━━誰そ彼時とは良く言ったもので
周囲は光と陰のコントラストが曖昧になり道すらも分からなくなる。
そのせいか何度も道に迷った彼女はようやく一軒の民家の前に立つ。
手に持った地図と正面の家の表札をかえすがえす見る。
どうやら、この家で間違いはないようだ。
「よし!」
赤月巴は気合いを入れてインターフォンを押す。
インターフォンなど気合いを入れずとも簡単には鳴るが、今日は特別な日。
自然に力も籠もろうというものだ。
*OpeningFire
━━━ピンポーン━━━
月並みなチャイムが響き渡る。
音に少し遅れて、巴の立つ正面のドアが開いた。
「ああ、赤月か。少し遅かったじゃないか」
巴の目の前に立つのは、元不動峰中学テニス部、現在高校生の橘桔平。
彼女の良き相談相手でもある橘杏の兄だ。
当然巴自身とも親しい。
その橘は、「こんな所で立ち話している余裕はないから」と室内に招き入れる。
「おじゃましまーす」
「ほら、杏からの預かりものだ」
巴は玄関に入ってすぐに橘から紙袋を渡された。
「あっ、ありがとうございます」
「2階の杏の部屋で用意しろ。出来たらすぐに行くぞ」
「はいっ!」
ぱたぱたと巴は急いで階段を上り、事前に場所を教わっていた杏の部屋に入る。
主、杏の不在のその部屋は少し寂しげに映ったが
部屋の主の性格を表すがごとく華やかながら浮ついたところのない良い部屋だった。
おもわず珍しげに部屋を眺めてしまう。
「あ!いけないいけない!早く着替えなきゃ!」
我に返って、杏から預かった紙袋を開くとセーラー服が現れた。
巴が普段着用している青学の制服とは違い、スタンダードなセーラーだ。
見るだけなら何度も見ている不動峰中学校女子の制服である。
巴は慌ててそれまで着ていた青学の制服を脱ぎ、不動峰の制服に袖を通した。
幸いサイズはぴったりでまるで彼女のために誂えたかのようだった。
部屋の中の姿見に身体を映しおかしな所がないかをチェックしてから
あわてて、階下の橘の所まで戻る。
「お待たせしました!橘さん!」
「さあ、行くか━━━不動峰中学校へ」
そして橘に連れられて未だ見ぬ他校、不動峰へと向かった。
---
10月半ばの日曜日の昼下がり。
巴は橘杏と久し振りに会っていた。
年頃の女子二人、会うことに理由などあるようでいて無いようなものだったが
今回は巴からの相談という明確な理由があった。
もっとも本題にはいるまでにファミレスで短くはない時間を費やしたが。
最近出たコスメの新しいラインのことやファッションのこと
人気のある芸能人やドラマのこと、
もちろんテニスのことについても、彼女らにはつきない話題がある。
そして、周囲の男子のことなども━━━。
「で、巴、伊武くんとはどうなってるワケ?」
「え゛っ━━━げぼっげほげほっ…っ!」
杏に急に問われたことにより、巴は盛大に咳き込む。
不運なことにその時飲んでいたものがレモンスカッシュだったのが被害を大きくした。
「ごっ…ゴメンゴメン!そんなに慌てるとは思わなかったから!大丈夫!?」
巴のあまりにも苦しそうな表情に杏も心配そうに謝罪する。
「━━━っ…だ、だいじょうぶです。…すいません…」
水をゆっくり飲みながら、ようやく巴は落ち着きを取り戻す。
「ああー、よかった。それで?さっきの答えは?」
杏の表情は好奇心に彩られている。
答えない訳にはいかないらしい。
もっとも、巴の今日の用件も「それ」関連だったため、
勇気を出し答えることにした。
「もうすぐ、深司さんの誕生日…なんですけど、悩んでるんです!」
「ん~、私としては二人の進展が訊きたいんだけど…。で?それで?」
「誕生日って何をすればいいのかなーって考えちゃって」
本当に悩んでいる。
伊武は自分のスタイルを確立していて、本当に掴めない人だ。
誕生日に何をすれば喜んでくれるのか皆目見当がつかない。
去年はたまたまコンサートチケットをあげることが出来たが
今年も同じという訳にはいかないだろう。
一体どうしたものだろうかと2ヶ月ぐらい前から悩み続けていた。
せっかく付き合っているのだから適当な物はあげたくない。
喜んでもらいたい。
どうせならプレゼント以外にも思い出を作りたい。
そう思っていた。
「んー…誕生日…ねえ」
杏も巴の真剣そうな表情を受けて、真面目に考えてくれているようだ。
どことなく考え込んでいる表情だ。
「ねえ、巴、伊武くんの誕生日って11月3日だっけ?文化の日?」
「はい、3日で━━━って!ウチの学校、文化祭だ!」
突然大きな問題にぶち当たる。
そう言えば去年は文化祭が終わってからお祝いを言いに行ったのだった。
不動峰は普通に学校が休みだったようで河原のコートで逢うことが出来たのだが。
「そう、不動峰も今年は3日なんだよね、文化祭。どうする?」
どちらも文化祭ということになると、お互い忙しくて逢うのも困難になる。
二人ともが文化祭の後かたづけをしてから逢うとなると。
「しかもウチ、夜に全員参加の打ち上げのファイヤーストームがあるんだよね。
同じ日に文化祭のうえにこれじゃあ、巴たち逢うの難しいかなあ」
うーん…と低く杏はうなる。
何か良い案が有るといいんだけどと、必死に頭を回転させる。
「そうだ!こういうのは、どう?」
自分の閃きに爛々と目を輝かせながら杏は自分の考えた計画を巴に話す。
「私が…不動峰のファイヤーストームに参加するってことですか…?」
巴にはとても素敵なアイディアのように思えた。
「そうよ、それにねウチのファイヤーストームにはいいジンクスがあってね━━━」
---
そして、日が暮れた今、巴は不動峰中学校の校門前にいる。
計画を持ちかけた杏は自分自身も文化祭に出なければならないため
校内までの案内を不動峰OBである自分の兄に任せることにした。
伊武の誕生日を祝うと言うことで、後輩思いの橘も喜んで話に乗った。
「まあ、これで深司が喜ぶといいんだがな」
「そうですね!がんばります!」
「頑張ってくれ━━━上手く生徒に混ざれよ。
杏は多分校門を入ってすぐ左の木のあたりにいるはずだから」
「はい!行ってきます!ありがとうございました」
橘に挨拶をし大きく手を振って不動峰の校内に足を踏み入れる。
初めての学校と不法侵入で巴の胸は既に早鐘を打っている。
きょろきょろとものなれない表情で辺りを見回すと
確かに木の下で杏は待っていた。
「巴!良かった!もうすぐ始まっちゃうんでどうしようかと思ってたところ」
楽しそうな表情で巴に駆け寄ってきた。
「すいませんっ。ちょっと遅れちゃいましたね」
素直に謝る。
「いいの、いいの。そんなことより、行くよ?いい?」
その一言にひときわ鼓動が激しくなる。
どうやら自分で思っているよりも遙かに緊張しているようだ。
失敗して教師にでも見つかってしまえばおおごとだ。
手引きをしてくれた杏も必然的に咎められてしまう。
頭の中はいまになって「どうしよう!」という思いで一杯になってしまった。
ついつい足がすくんでしまう。
「大丈夫!行くよ」
杏は巴の表情に緊張を見てとり、手を引っ張って歩き始める。
「どうせこんな暗がりじゃ、誰も分からないって━━━深司くん以外には、ね」
すっかりパニック状態の巴と歩きつつそれに、と話を続ける。
「案外他校生が混じってるんだよ、ほら、この間ジンクスの話をしたでしょう?」
「は…はい、そうでしたね」
ジンクス。それは恋しい人がいる人にはとても良いジンクスで。
それを求める人々がどうやら毎年忍び込んでくるらしい。
そう言えば、周囲の物陰には校内に慣れない様子の人影もちらほら。
どうもこっそり入ってきた他校生は、巴だけではないようで少し安心する。
「ほら、あそこにもうすぐ火がつくんだよ」
杏の指さす方向を眺めてみれば、校庭の中心に木のやぐらが組まれている。
その周囲をぐるっと生徒が取り囲んでいる。
特に並んでいる訳ではないらしく、友人やカップル同士で点火を待っているようだ。
「火がついたらダンスが始まるんだ。
一応生徒全員だから伊武くんとかテニス部の連中もどこかにいる筈なんだけど」
辺りを見回すと、集団のものも一人のものも皆ソワソワしている。
意中の人に、もしくは自分を想っている誰かに声をかけられるのを待っているのだ。
こういったイベントは絶好の告白のチャンスだ。
誰もがきっかけを待っている。
巴はそれに思い当たると、
脳内のライバルに伊武を取られてはならないと思い、必死に伊武を捜し始める。
「あっ…杏さんいました!」
どんなに暗がりでも自分の想い人の周囲には明かりが灯っているようだ。
ぱっとひときわ明るく見える。
伊武はこんなイベントに参加しなければならない不本意さを表情に出している。
あれは、紛れもなく伊武だ。
周囲には不動峰男子テニス部の面々も揃っている。
どうやら伊武の制服は神尾に掴まれていて逃げられないようになっているらしい。
巴は内心(神尾さんグッジョブ!)と歓声を送った。
そしてこっそりと伊武に気づかれないように杏と離れて近寄る。
もちろん伊武を驚かしたいからだ。
彼らの背後に回る。
「ったく……ばかばかしいよなあ……なんで俺がこんな所にいないとイケナイんだよ
本当にばかばかしいよね、こんなのに参加しても簡単に彼女なんて出来ないってのに
お前ら期待しすぎだよね……それともなに?俺のモテっぷりを皆で眺めたい訳?
全く参っちゃうよなあ…俺にはれっきとした彼女が居るって━━━」
「深司うるせー!」
神尾に頭をはたかれる伊武。
巴は思わず「あっ!」と声を上げてしまう。
周囲の面々はその声の主に自然と反応して振り返ってしまう。
「あっ!赤月お前!」
「赤月さんだ」
「赤月さん?」
「………巴?」
次々と口に出し、その次に危険なことに気づいて口をつぐむ。
ここで大騒ぎして教師にでも見つかっては問題だからだ。
巴が見つかったのを機に杏も彼らに近寄ってきた。
「杏ちゃん!なんで赤月がこんな所に居るんだよ?」
「えへへー、巴のウチのガッコの制服姿も可愛いでしょ?
私からの伊武くんへの誕生日プレゼント、ってところかなあ」
「なんだよ!深司ばっかりずりぃ」と言おうとした神尾の口を石田は塞ぎ
ずるずると遠くへ引きずっていく。
森や内村、杏までも「どうぞごゆっくりー」と遠ざかっていく。
巴と伊武は二人で取り残されてしまった。
「……」
「……」
周囲に気を使われてしまい、なんだか照れくさくて黙ってしまう。
こんな時何から喋ればいいのか、まだ二人には経験が足りない。
巴のほうから思い切って口を開く。
「あの…深司さん!お誕生日おめでとうございます!」
「………ありがとう。それだけ、言いに来たの?」
話が続かない。
しかし、さらに話を続けようとしたときに、人々がざわめきはじめた。
校庭の中心の方を見遣ると、ちょうど火が点いたようだった。
それと同時に雰囲気の良いダンスナンバーが流れはじめる。
火の近くにいる生徒達はこぞって踊り始める。
周囲は炎の柔らかな明かりに照らされ、二人の姿もようやくはっきり現れる。
巴は炎の明るさが赤っぽい色で助かったと思った。
蛍光灯の元だったらどれぐらい赤面しているかバレてしまうから。
もっとも伊武も同じ事を考えていたのだが、巴は知るよしもない。
「まいっちゃうよね…自分の彼女は不法侵入者なんだから。
一応その彼氏らしい俺も共犯者になっちゃうのかな。あー若い身空で前科持ちか」
伊武は内心は嬉しかった。
当然自分の彼女が危険を冒して自分の元へとやってきたのだから
嬉しいに決まっている。
しかし、何と言っていいか分からない。
ついつい、いつもの調子で話してしまう。
「深司さん……」
もっとも巴だってそれは分かっている。
ボヤキはいつもの習性のようなもので悪気はない。
それどころか、緊張していたのでいつもの深司で良かったとすら思う。
「深司さん、もちろん誕生日に逢いたかったっていうのもありますけど、
杏さんに聞いちゃったんです、このファイヤーストームのジンクス」
「あー…」
少し照れくさそうに伊武は髪をかき上げながら答える。
「ジンクス…ね。巴もそんなこと信じるなんて女子みたいなコトするんだ。
わーおどろきだなー」
まるで棒読みの伊武の返事に巴はポカッと頭を殴る。
「深司さんの馬鹿ぁ」
「痛い…本当にこの子俺の彼女なのかなあ…もの凄い暴力だよね…」
「もう!じゃあ、もうイイですよーだ!帰ります!」
少し憤慨した表情で巴はくるりと後ろを向く。
もうジンクスなんて知らない。背中はそう言いたげだ。
「………せっかく深司さんの誕生日お祝いして、
ついでにジンクスにあやかろうと思って頑張ってきたのに」
そう言い捨てて、一歩足を踏み出す。
今日はかなりの勇気を持ってきたのだ。
ボヤキと分かっていてももう心が耐えられないように感じた。
たまには伊武も反省すれば良いのだと思った。
「え?」
不意にファイヤーストームの炎の暖かさとはまた違った暖かさが背後を包む。
気づいたら、巴は伊武の腕の中にいた。
「………………………………………どうせ、俺は冗談が上手くないよ………。
………………………嫌になるよね本気の娘に何言っていいか分からないなんて、さ。
………………………………………………
………………………………………………
………………………俺の事に腹立てるのはあとにしてもうちょっと話聞いてくれない?」
低く低く、周囲の音にかき消される寸前の声が巴の耳元に届く。
かろうじて聞こえるのは巴の耳近くに伊武の顔があるからだ。
「深司………さん?」
「………………その制服、可愛くてどうしようかと思った。
明日からウチの学校の女子がどうしようもなく色あせて見えるんだろうな。
巴のせいだね。なにかしら責任とるべきだよね。
責任とって俺とその、………ジンクスとやらにあやかってみようよ」
伊武の腕に力がこもる。
素直じゃない謝罪に巴の心が解ける。
「で、巴?そのジンクスって、何?」
伊武にストレートに尋ねられ思わずさらに顔を赤くする。
本当は知ってるクセに。
のど元まで出かかるが、また捻くれたことをぼやきだしたらこまるので慌てて止める。
「………私、赤月巴は伊武深司のことが大好きです。
これからもずっと一緒にいることを誓います」
一息呼吸を入れて、とうとうと言葉を紡ぐ。
不動峰中のファイヤーストームのジンクス。
『炎の前で愛を誓うと炎の精霊が二人の恋の炎をいつまでも熱く燃やしてくれる』
誰が言い出したのか分からないがなかなかに効果があるらしいという噂。
「さ、さあ!深司さんはジンクスにあやかってくれるつもりはあるんですか!?」
半ばヤケになって深司に巴は問う。
自分自身はもう恥ずかしいことを口に出してしまったのだ。
こわいものなどほとんど無い。
すると、珍しく後ろから笑いをはらんだ伊武の声を聞いた。
「………俺はこんなジンクスに頼らなくてもいつまでも熱いままだと思うけどね……
巴がそれで幸せな気分になるっていうんなら仕方ないからいくらでも誓うよ。
………………………………………………………………………、あいしてる」
そして、そのあとさらに小さくかすれた声で
「………嬉しい誕生日プレゼントをありがとう………これからもよろしく」
確かにそう聞こえた。
END
黄昏時━━━誰そ彼時とは良く言ったもので
周囲は光と陰のコントラストが曖昧になり道すらも分からなくなる。
そのせいか何度も道に迷った彼女はようやく一軒の民家の前に立つ。
手に持った地図と正面の家の表札をかえすがえす見る。
どうやら、この家で間違いはないようだ。
「よし!」
赤月巴は気合いを入れてインターフォンを押す。
インターフォンなど気合いを入れずとも簡単には鳴るが、今日は特別な日。
自然に力も籠もろうというものだ。
*OpeningFire
━━━ピンポーン━━━
月並みなチャイムが響き渡る。
音に少し遅れて、巴の立つ正面のドアが開いた。
「ああ、赤月か。少し遅かったじゃないか」
巴の目の前に立つのは、元不動峰中学テニス部、現在高校生の橘桔平。
彼女の良き相談相手でもある橘杏の兄だ。
当然巴自身とも親しい。
その橘は、「こんな所で立ち話している余裕はないから」と室内に招き入れる。
「おじゃましまーす」
「ほら、杏からの預かりものだ」
巴は玄関に入ってすぐに橘から紙袋を渡された。
「あっ、ありがとうございます」
「2階の杏の部屋で用意しろ。出来たらすぐに行くぞ」
「はいっ!」
ぱたぱたと巴は急いで階段を上り、事前に場所を教わっていた杏の部屋に入る。
主、杏の不在のその部屋は少し寂しげに映ったが
部屋の主の性格を表すがごとく華やかながら浮ついたところのない良い部屋だった。
おもわず珍しげに部屋を眺めてしまう。
「あ!いけないいけない!早く着替えなきゃ!」
我に返って、杏から預かった紙袋を開くとセーラー服が現れた。
巴が普段着用している青学の制服とは違い、スタンダードなセーラーだ。
見るだけなら何度も見ている不動峰中学校女子の制服である。
巴は慌ててそれまで着ていた青学の制服を脱ぎ、不動峰の制服に袖を通した。
幸いサイズはぴったりでまるで彼女のために誂えたかのようだった。
部屋の中の姿見に身体を映しおかしな所がないかをチェックしてから
あわてて、階下の橘の所まで戻る。
「お待たせしました!橘さん!」
「さあ、行くか━━━不動峰中学校へ」
そして橘に連れられて未だ見ぬ他校、不動峰へと向かった。
---
10月半ばの日曜日の昼下がり。
巴は橘杏と久し振りに会っていた。
年頃の女子二人、会うことに理由などあるようでいて無いようなものだったが
今回は巴からの相談という明確な理由があった。
もっとも本題にはいるまでにファミレスで短くはない時間を費やしたが。
最近出たコスメの新しいラインのことやファッションのこと
人気のある芸能人やドラマのこと、
もちろんテニスのことについても、彼女らにはつきない話題がある。
そして、周囲の男子のことなども━━━。
「で、巴、伊武くんとはどうなってるワケ?」
「え゛っ━━━げぼっげほげほっ…っ!」
杏に急に問われたことにより、巴は盛大に咳き込む。
不運なことにその時飲んでいたものがレモンスカッシュだったのが被害を大きくした。
「ごっ…ゴメンゴメン!そんなに慌てるとは思わなかったから!大丈夫!?」
巴のあまりにも苦しそうな表情に杏も心配そうに謝罪する。
「━━━っ…だ、だいじょうぶです。…すいません…」
水をゆっくり飲みながら、ようやく巴は落ち着きを取り戻す。
「ああー、よかった。それで?さっきの答えは?」
杏の表情は好奇心に彩られている。
答えない訳にはいかないらしい。
もっとも、巴の今日の用件も「それ」関連だったため、
勇気を出し答えることにした。
「もうすぐ、深司さんの誕生日…なんですけど、悩んでるんです!」
「ん~、私としては二人の進展が訊きたいんだけど…。で?それで?」
「誕生日って何をすればいいのかなーって考えちゃって」
本当に悩んでいる。
伊武は自分のスタイルを確立していて、本当に掴めない人だ。
誕生日に何をすれば喜んでくれるのか皆目見当がつかない。
去年はたまたまコンサートチケットをあげることが出来たが
今年も同じという訳にはいかないだろう。
一体どうしたものだろうかと2ヶ月ぐらい前から悩み続けていた。
せっかく付き合っているのだから適当な物はあげたくない。
喜んでもらいたい。
どうせならプレゼント以外にも思い出を作りたい。
そう思っていた。
「んー…誕生日…ねえ」
杏も巴の真剣そうな表情を受けて、真面目に考えてくれているようだ。
どことなく考え込んでいる表情だ。
「ねえ、巴、伊武くんの誕生日って11月3日だっけ?文化の日?」
「はい、3日で━━━って!ウチの学校、文化祭だ!」
突然大きな問題にぶち当たる。
そう言えば去年は文化祭が終わってからお祝いを言いに行ったのだった。
不動峰は普通に学校が休みだったようで河原のコートで逢うことが出来たのだが。
「そう、不動峰も今年は3日なんだよね、文化祭。どうする?」
どちらも文化祭ということになると、お互い忙しくて逢うのも困難になる。
二人ともが文化祭の後かたづけをしてから逢うとなると。
「しかもウチ、夜に全員参加の打ち上げのファイヤーストームがあるんだよね。
同じ日に文化祭のうえにこれじゃあ、巴たち逢うの難しいかなあ」
うーん…と低く杏はうなる。
何か良い案が有るといいんだけどと、必死に頭を回転させる。
「そうだ!こういうのは、どう?」
自分の閃きに爛々と目を輝かせながら杏は自分の考えた計画を巴に話す。
「私が…不動峰のファイヤーストームに参加するってことですか…?」
巴にはとても素敵なアイディアのように思えた。
「そうよ、それにねウチのファイヤーストームにはいいジンクスがあってね━━━」
---
そして、日が暮れた今、巴は不動峰中学校の校門前にいる。
計画を持ちかけた杏は自分自身も文化祭に出なければならないため
校内までの案内を不動峰OBである自分の兄に任せることにした。
伊武の誕生日を祝うと言うことで、後輩思いの橘も喜んで話に乗った。
「まあ、これで深司が喜ぶといいんだがな」
「そうですね!がんばります!」
「頑張ってくれ━━━上手く生徒に混ざれよ。
杏は多分校門を入ってすぐ左の木のあたりにいるはずだから」
「はい!行ってきます!ありがとうございました」
橘に挨拶をし大きく手を振って不動峰の校内に足を踏み入れる。
初めての学校と不法侵入で巴の胸は既に早鐘を打っている。
きょろきょろとものなれない表情で辺りを見回すと
確かに木の下で杏は待っていた。
「巴!良かった!もうすぐ始まっちゃうんでどうしようかと思ってたところ」
楽しそうな表情で巴に駆け寄ってきた。
「すいませんっ。ちょっと遅れちゃいましたね」
素直に謝る。
「いいの、いいの。そんなことより、行くよ?いい?」
その一言にひときわ鼓動が激しくなる。
どうやら自分で思っているよりも遙かに緊張しているようだ。
失敗して教師にでも見つかってしまえばおおごとだ。
手引きをしてくれた杏も必然的に咎められてしまう。
頭の中はいまになって「どうしよう!」という思いで一杯になってしまった。
ついつい足がすくんでしまう。
「大丈夫!行くよ」
杏は巴の表情に緊張を見てとり、手を引っ張って歩き始める。
「どうせこんな暗がりじゃ、誰も分からないって━━━深司くん以外には、ね」
すっかりパニック状態の巴と歩きつつそれに、と話を続ける。
「案外他校生が混じってるんだよ、ほら、この間ジンクスの話をしたでしょう?」
「は…はい、そうでしたね」
ジンクス。それは恋しい人がいる人にはとても良いジンクスで。
それを求める人々がどうやら毎年忍び込んでくるらしい。
そう言えば、周囲の物陰には校内に慣れない様子の人影もちらほら。
どうもこっそり入ってきた他校生は、巴だけではないようで少し安心する。
「ほら、あそこにもうすぐ火がつくんだよ」
杏の指さす方向を眺めてみれば、校庭の中心に木のやぐらが組まれている。
その周囲をぐるっと生徒が取り囲んでいる。
特に並んでいる訳ではないらしく、友人やカップル同士で点火を待っているようだ。
「火がついたらダンスが始まるんだ。
一応生徒全員だから伊武くんとかテニス部の連中もどこかにいる筈なんだけど」
辺りを見回すと、集団のものも一人のものも皆ソワソワしている。
意中の人に、もしくは自分を想っている誰かに声をかけられるのを待っているのだ。
こういったイベントは絶好の告白のチャンスだ。
誰もがきっかけを待っている。
巴はそれに思い当たると、
脳内のライバルに伊武を取られてはならないと思い、必死に伊武を捜し始める。
「あっ…杏さんいました!」
どんなに暗がりでも自分の想い人の周囲には明かりが灯っているようだ。
ぱっとひときわ明るく見える。
伊武はこんなイベントに参加しなければならない不本意さを表情に出している。
あれは、紛れもなく伊武だ。
周囲には不動峰男子テニス部の面々も揃っている。
どうやら伊武の制服は神尾に掴まれていて逃げられないようになっているらしい。
巴は内心(神尾さんグッジョブ!)と歓声を送った。
そしてこっそりと伊武に気づかれないように杏と離れて近寄る。
もちろん伊武を驚かしたいからだ。
彼らの背後に回る。
「ったく……ばかばかしいよなあ……なんで俺がこんな所にいないとイケナイんだよ
本当にばかばかしいよね、こんなのに参加しても簡単に彼女なんて出来ないってのに
お前ら期待しすぎだよね……それともなに?俺のモテっぷりを皆で眺めたい訳?
全く参っちゃうよなあ…俺にはれっきとした彼女が居るって━━━」
「深司うるせー!」
神尾に頭をはたかれる伊武。
巴は思わず「あっ!」と声を上げてしまう。
周囲の面々はその声の主に自然と反応して振り返ってしまう。
「あっ!赤月お前!」
「赤月さんだ」
「赤月さん?」
「………巴?」
次々と口に出し、その次に危険なことに気づいて口をつぐむ。
ここで大騒ぎして教師にでも見つかっては問題だからだ。
巴が見つかったのを機に杏も彼らに近寄ってきた。
「杏ちゃん!なんで赤月がこんな所に居るんだよ?」
「えへへー、巴のウチのガッコの制服姿も可愛いでしょ?
私からの伊武くんへの誕生日プレゼント、ってところかなあ」
「なんだよ!深司ばっかりずりぃ」と言おうとした神尾の口を石田は塞ぎ
ずるずると遠くへ引きずっていく。
森や内村、杏までも「どうぞごゆっくりー」と遠ざかっていく。
巴と伊武は二人で取り残されてしまった。
「……」
「……」
周囲に気を使われてしまい、なんだか照れくさくて黙ってしまう。
こんな時何から喋ればいいのか、まだ二人には経験が足りない。
巴のほうから思い切って口を開く。
「あの…深司さん!お誕生日おめでとうございます!」
「………ありがとう。それだけ、言いに来たの?」
話が続かない。
しかし、さらに話を続けようとしたときに、人々がざわめきはじめた。
校庭の中心の方を見遣ると、ちょうど火が点いたようだった。
それと同時に雰囲気の良いダンスナンバーが流れはじめる。
火の近くにいる生徒達はこぞって踊り始める。
周囲は炎の柔らかな明かりに照らされ、二人の姿もようやくはっきり現れる。
巴は炎の明るさが赤っぽい色で助かったと思った。
蛍光灯の元だったらどれぐらい赤面しているかバレてしまうから。
もっとも伊武も同じ事を考えていたのだが、巴は知るよしもない。
「まいっちゃうよね…自分の彼女は不法侵入者なんだから。
一応その彼氏らしい俺も共犯者になっちゃうのかな。あー若い身空で前科持ちか」
伊武は内心は嬉しかった。
当然自分の彼女が危険を冒して自分の元へとやってきたのだから
嬉しいに決まっている。
しかし、何と言っていいか分からない。
ついつい、いつもの調子で話してしまう。
「深司さん……」
もっとも巴だってそれは分かっている。
ボヤキはいつもの習性のようなもので悪気はない。
それどころか、緊張していたのでいつもの深司で良かったとすら思う。
「深司さん、もちろん誕生日に逢いたかったっていうのもありますけど、
杏さんに聞いちゃったんです、このファイヤーストームのジンクス」
「あー…」
少し照れくさそうに伊武は髪をかき上げながら答える。
「ジンクス…ね。巴もそんなこと信じるなんて女子みたいなコトするんだ。
わーおどろきだなー」
まるで棒読みの伊武の返事に巴はポカッと頭を殴る。
「深司さんの馬鹿ぁ」
「痛い…本当にこの子俺の彼女なのかなあ…もの凄い暴力だよね…」
「もう!じゃあ、もうイイですよーだ!帰ります!」
少し憤慨した表情で巴はくるりと後ろを向く。
もうジンクスなんて知らない。背中はそう言いたげだ。
「………せっかく深司さんの誕生日お祝いして、
ついでにジンクスにあやかろうと思って頑張ってきたのに」
そう言い捨てて、一歩足を踏み出す。
今日はかなりの勇気を持ってきたのだ。
ボヤキと分かっていてももう心が耐えられないように感じた。
たまには伊武も反省すれば良いのだと思った。
「え?」
不意にファイヤーストームの炎の暖かさとはまた違った暖かさが背後を包む。
気づいたら、巴は伊武の腕の中にいた。
「………………………………………どうせ、俺は冗談が上手くないよ………。
………………………嫌になるよね本気の娘に何言っていいか分からないなんて、さ。
………………………………………………
………………………………………………
………………………俺の事に腹立てるのはあとにしてもうちょっと話聞いてくれない?」
低く低く、周囲の音にかき消される寸前の声が巴の耳元に届く。
かろうじて聞こえるのは巴の耳近くに伊武の顔があるからだ。
「深司………さん?」
「………………その制服、可愛くてどうしようかと思った。
明日からウチの学校の女子がどうしようもなく色あせて見えるんだろうな。
巴のせいだね。なにかしら責任とるべきだよね。
責任とって俺とその、………ジンクスとやらにあやかってみようよ」
伊武の腕に力がこもる。
素直じゃない謝罪に巴の心が解ける。
「で、巴?そのジンクスって、何?」
伊武にストレートに尋ねられ思わずさらに顔を赤くする。
本当は知ってるクセに。
のど元まで出かかるが、また捻くれたことをぼやきだしたらこまるので慌てて止める。
「………私、赤月巴は伊武深司のことが大好きです。
これからもずっと一緒にいることを誓います」
一息呼吸を入れて、とうとうと言葉を紡ぐ。
不動峰中のファイヤーストームのジンクス。
『炎の前で愛を誓うと炎の精霊が二人の恋の炎をいつまでも熱く燃やしてくれる』
誰が言い出したのか分からないがなかなかに効果があるらしいという噂。
「さ、さあ!深司さんはジンクスにあやかってくれるつもりはあるんですか!?」
半ばヤケになって深司に巴は問う。
自分自身はもう恥ずかしいことを口に出してしまったのだ。
こわいものなどほとんど無い。
すると、珍しく後ろから笑いをはらんだ伊武の声を聞いた。
「………俺はこんなジンクスに頼らなくてもいつまでも熱いままだと思うけどね……
巴がそれで幸せな気分になるっていうんなら仕方ないからいくらでも誓うよ。
………………………………………………………………………、あいしてる」
そして、そのあとさらに小さくかすれた声で
「………嬉しい誕生日プレゼントをありがとう………これからもよろしく」
確かにそう聞こえた。
END
10月。
聖ルドルフ学院中等部は9月末からの修学旅行を終えて
帰国した3年生を再び迎え、
また、もうすぐ訪れる創立記念日の休みを控えて
生徒達はにぎやかに少し浮き足だって過ごしていた。
今年転入してきた赤月巴もその例外ではなく、
どことなしにうきうきと日々を過ごしていた。
もっとも部活、スクール共にテニスの精進は厳しくも楽しいものだったし、
テニス部員達やクラスメイト達ともすでにうち解けている。
同じクラスで寮生の早川は面倒くさそうにしながらも
結局は率先して巴に世話を焼いてくれる。
なによりも大好きな彼氏━━━観月はじめがいる。
中等部と高等部ではいつも一緒という訳にはいかないが、
性格のマメな彼のことだから時間を見つけては逢い、
メールを送りあう日々だった。
そんな日々の中に過ごす巴に沈んだ時の方が少ないのだったが。
*記念日
「おい、赤月」
移動教室の途中、早川楓と3年の教室前を通ると後ろから声をかけられた。
聞き慣れたその声に振り向くと、そこに立っていたのは不二裕太だった。
「あれれ?不二先輩じゃないですか、どうしたんですか?」
「校内で私たちに声をかけるなんて珍しいですね」
早川の言葉通り、滅多にないことだったので二人ともビックリしている。
裕太も照れくさそうに、頭を掻きつつ二人に紙袋を差し出した。
「これ」
小さめの紙袋。
二人にはなにかを貰う理由など思い当たらなかったので小首をかしげてしまう。
「なんですか?これは」
「…土産だよ、修学旅行の」
そういえば裕太は先日まで修学旅行でヨーロッパへ行っていた。
二人はその事に思い当たり、すかさず礼を述べる。
「あっ、ありがとうございます!」
裕太には姉がいるせいか、案外そういう面では気の利いたことをする。
きっと今回も不二由美子の行き届いた教育がなせるワザだろう。
もっとも女子ウケするお土産が選べるかどうかは別の問題であるが。
「開けて良いですか?」
一応気を使って訊ねる早川を尻目に、巴は既にべりべりと開けていた。
出てきたのは木靴がモチーフらしいペンダント。
「わあ、可愛い!」
「あっ…私と巴、色違いなんですね」
巴が黄色で早川が赤。
裕太がいうにはあえて意識したことではないそうだが、
今年はオランダを中心に回ったのでこういう土産になったとか。
裕太から詳しく土産話でも…と思ったところで予鈴が聞こえた。
「ほら、話ならまたしてやるから早く行けよ」
---
机の上に裕太の土産をおき、眺めながら巴は授業を受ける。
本来見つかれば没収になりかねないが
つまらない授業に目の保養は必要だと自分は納得している。
そういえば去年は観月さんにデンマークのお土産を貰ったっけ。
まだ二人が付き合い出す前。
まだ二人が敵同士の学校で腹のさぐり合いで時間を費やしている時。
でも、お土産は本当に嬉しかったので未だに机の上に飾っている。
何となく照れくさいので観月には秘密にしているが、
きっとそれを観月が知ってしまったら彼もまた照れてしまうだろう。
まだ二人が付き合い出す前、まだお互いがお互いのためを考えていないとき。
でも、その時にはもう好きだった。
そういえば、あのときいつかデンマークに連れて行ってくれるっていってたっけ。
今考えてみるとアレってまさしく新婚旅行の話題だよねえ。
中学生の自分からすればまだまだ先の遠い未来のことのように感じる。
実際はあと2年ほどすれば観月共々結婚できる年齢の達するのだが
それでもやはり遠い未来だ。
来年のことすら分からないと言うのに2年後まで想像することなど出来ない。
1年前にはまさか観月と付き合うことになろうとは巴自身思っていなかった。
自分の中では「好き」と「付き合う」とがイコールで結ぶことが出来るほど
恋愛方面に於いて成熟していなかったこともあるのだが。
人生何が起こるか分からない。
そういえば、好きな人にものを貰うって初めての経験だったなあ。
それに気づくと無性に嬉しさがこみ上げてきた。
そういう経験の相手が観月でよかったとも思った。
例えお土産でも、自分のことを考えて買ってきてくれたものだ。
胸が熱くなってくる。
---
聖ルドルフ学院の創立記念日は、それを祝うかのように快晴だった。
創立記念日で学校は休みで、その日ばかりは部活もスクールもお休みだ。
寮にいる面々も部活から解放されて朝から居ないものが多かった。
巴も同じく朝から寮を出て、待ち合わせの場所へと急ぐ。
高等部も中等部と同じく学校は休校で、すなわち観月も休みだった。
休日同志の彼氏彼女、当然逢わない訳がない。
「すみませんっ!おまたせしました」
待ち合わせ時間にはまだ早かったが、当然のように観月は待っていた。
付き合う前は必ず早いということはなかったはずだが
いつしか「彼女を一人で待たせるなんてとんでもない」と彼は思うようになっていた
。周囲からお母さんみたいと言われてしまうほどに心配性な彼は
巴が一人で待つことで引き起こされるトラブルについて幾つもシミュレートしていた。
「いいえ、まだ時間よりは早いですからね、問題ないですよ」
観月の姿を認めたとたん顔を真っ赤にして駆け寄ってくる巴の姿に
満足を覚えながらにこやかに答える観月。
自分に向かって駆け寄ってくる事一つすら愛おしく思える。
そんなことからも周囲から密かに「巴馬鹿」と呼ばれていることは知っているが
それは否定しないし、否定したくない。
正面切って言われれば笑顔で「僻みですか?」と答えよう。
自分の彼女を可愛いと思わない方が人間的にどうかしているのだ。
まったく、出会って1年以上、付き合ってから半年以上も立つというのに
まだ彼女を見るとドキドキして居るんですから、
ボクもおかしなものですよね…それも悪くありませんが。
高鳴る鼓動の心地よさに思わず目を細めつつ巴の隣に並び、歩き始める。
今日は久し振りの完全オフ。
門限という時間制限はあるものの、その制限はスクール帰りや
下校途中に待ち合わせて…などという普段よりは大分長い。
普段は目的地に真っ直ぐ直行するところであるが、
珍しくそのあたりをぶらぶら歩こうと言うことになっていた。
以前は無駄に時間を費やすことやアテの無い行動が嫌いであった観月だが、
巴と居るときに限ってはそんな時間も悪くないと思うようになっていた。
とにかく、彼女の隣にいることに既に意味があるのだ。
---
そうして二人でぶらぶらとウィンドウショッピングなど楽しみつつ
とりとめのない話などをしつつ午前中を楽しく過ごした。
健康的な巴がお腹が空いたと告げたので、
目についたレストラン数件の中から適当に選んで入ることにした。
観月は普段どんなときもリサーチする派なので
適当な飲食店に入るということも少ない。
なので、「巴くん、どこに入りましょうか?」と訊かれたとき、
少なからず巴は驚いたのだが、
それは自分がもたらした変化のだということに気付き、少し嬉しくなる。
気づくと、どんどんお互いのことを思い合う場面が増えていっている。
服を選ぶときも「自分がどう見えるか」でなく「相手が気に入ってくれるか」
話すときも「自分のこと」ではなく「相手のこと」
食べるものにしても「自分の好きなもの」ではなく「相手の好きなもの」を。
決して自分の考えを殺すのではない。
ただ、まず先に考えてしまうだけだ。
気づくと観月がどう考えるか、何を選ぶかを自然と分かるようになっている。
きっとそのことは観月も同じだろう。
いまも自分の入りたい店ではなく、巴に選択を委ねている。
そして相手をもっと理解して、そしてもっともっと好きになっていく。
これ以上好きになってしまったらどうすれば良いんだろう。
ただでさえ、頭の中は観月さんで一杯なのになあ。
この先の自分が怖くなって巴はこっそりため息を漏らす。
そんな巴の選んだレストランは、店頭のメニューにいろんな紅茶の名前が並ぶお店で
結局、観月を喜ばせる店だ。
「いい品揃えですね」と好奇心に顔を輝かせる観月に心をときめかす。
「━━━何にもチェックせず入ったお店でしたけど、良いですね」
ランチコースの最後の紅茶とデザートが出てきたところで嬉しそうに観月は言う。
コースの紅茶なのにちゃんとしたリーフの紅茶で満足そうだ。
「そうですね!今度また来ましょうね、観月さん」
デザートのケーキを一生懸命頬張りながら巴は答える。
観月が紅茶に満足なら、巴はデザートに満足していた。
デザートが運ばれてくると嬉しそうに目を輝かせた巴に
観月は自分のガトーショコラを半分、巴のティラミスの皿に取り分けた。
巴の目はさらに幸せの色に輝いた。
いいのかと観月に訊ねたところ、
「そんなキミの表情の方がボクにとってはデザートですから」
と、恥ずかしげも無く言われてしまった。
「あ、そうそう!」
一瞬つまってしまった雰囲気を打開しようと巴は口を開いた。
「私、観月さんに渡したいものがあって持ってきていたんですよ」
「渡したいもの?……なんでしょうか?」
観月にはなんの心あたりもなく、首をかしげる。
そんな彼に小さな袋を手渡す。
「これ…たいしたものじゃないんですけど、プレゼントなんです」
「プレゼントですか、今キミになにか貰う理由はないのですが?」
誕生日でもクリスマスでも巴が旅行に行っていたということもない。
別になにか特別なことがなけれな贈り物をしてはいけないという法はないが、
やはり疑問は残るところである。
もっとも、巴の考えなど正確につかめたことはほとんど無いのだが。
観月は巴に許可を求めて開封する。
中から出てきたのはシルバーチェーンの携帯ストラップ。
ムダのないシンプルなデザインだ。
「見ての通りですよ。ストラップです。━━━実は私とお揃いです」
そう言って、自らの携帯を取りだしてみせる。
確かにそこには彼の手にあるものと同じものが付けられていた。
「と、言うことはお揃いのものを付けるためにボクにくれたんですか?」
ペアのものが欲しいのなら二人で一緒に選んで買っても良かったのに、
実はそう思う心も観月には少しあった。
きっと、二人で選ぶ時間も楽しいものに違いなかったから。
しかしストラップは実に自分好みで、
これを選んでいるときの巴を思うとたまらない。
きっと自分のことが頭を占めているのだと思うと思わず抱きしめてしまいたくなる。
もっとも、このレストラン店内ではそんなこと出来るはずもないのだが。
「本当は今日じゃないけど去年初めてプレゼントを貰った記念日ですから!」
突拍子もないことを急に巴は口走る。
「初めて…プレゼントを…?ボクが?」
観月は不覚にも全く覚えがなかった。
こんな中途半端な時期、まだ付き合ってもいない女性にプレゼントなど贈るだろうか。
まさか、自分が?
そんな思考が脳内を駆けめぐる。
確かにもう去年の今頃の時点では彼女が気になっていた。
自覚はある。
だからといって、いやだからこそ覚えのないプレゼントなどしないはずだ。
巴はそうやって頭を悩ましている観月を、ほほえましく眺めている。
うすうす気づいていたが、彼にとって土産など何のカウントにも入らないだろう。
きっとちゃんとした人への贈り物ともなると、気合いを入れるタイプだから。
ゆえに彼が覚えていなくても気にならない。
むしろ、今、この動揺が出まくりの状態が嬉しい。
他人にこんな表情を見せる人ではないと言うこともあるし、
悩むと言うことはこの人が自分に対して誠実だと言うことだからだ。
こういうときの観月さんって可愛いよねえ。
本人にはとても聞かせられないことを巴は思う。
「じゃあ、答えはあとでお話ししますから、とりあえずお店出ちゃいましょう?」
かなり考え込んでいるらしい様子の観月に声をかける。
このままでは日が暮れるまで悩んでしまいそうだ。
---
また再び町中をうろつく。
相変わらずファッションビルを冷やかしたり、
街角でアイスクリームを食べたりしながら天気の良い昼下がりを過ごす。
先ほどの巴の発言を観月はまだ気にはしていたが
巴があとで話すといった手前、みずからその話題に触れるのは控えた。
細かいことにねちねち拘るのはみっともなく美しくないからだ。
巴も観月の真意には気づいていたが
焦らしてみるのも面白いと言わんばかりになにも話さなかった。
普段、賢く冷静な観月にジリジリさせられている方なのでお返しだ。
「あーっ!今日は楽しかったですねえ!」
「そうですね、普段こんなにのんびり買い物なんて出来ませんからね」
陽も傾きかけ、すっかり歩き疲れてしまった二人は
公園のベンチに座り休憩をとる。
無目的な買い物に出ることすら久しぶりだった巴は
ここぞと言わんばかりに色々買い物をしてしまったため
ごそごそと観月の右隣で荷物整理をはじめた。
「ところで、巴くん」
「はい?」
観月の言葉を聞きながらも荷物整理に熱中し返事も熱がこもらない。
「ボクは先ほどの件、考えたんですけどね」
「あっ、まだ考えてましたか」
悩んでるものに対して、やや無神経とも受け取れる返事をする巴に、
観月は多少の忍耐を試される。
無神経な彼女に対して心の広い彼氏を演じる、という忍耐を。
もっとも巴の前でこれまで心の狭い彼氏など演じたこともないのだが。
「さっきの答えですけどね、観月さんずっと気になってました?」
「そりゃあ、そうでしょう。“プレゼント”なんてしましたっけ?
━━━もし、それが本当なのだとしたら忘れてしまっていて申し訳ないですが」
巴の発言に耐えながらも、そこのところは本当にすまなく思っていたので
その心情は素直に声へと滲み出る。
巴もそれを聞いてちょっと意地悪してしまったことを反省する。
「こっちこそ、意味深なことを言ってごめんなさい。
デンマークのお土産のことなんです。プレゼントとは言えないですよね。
あのとき、本当に嬉しかったものですから━━━つい」
「そうでしたか…!」
観月はしばし絶句する。
不覚にも巴があれをプレゼントにカウントしているとは思わなかった。
去年の10月上旬、たしかに物をあげた。それは覚えている。
彼女が嬉しそうな表情だったのも覚えている。
その時にたしか、今考えると相当赤面ものだが
勢いに乗ってついついプロポーズめいた発言をしてしまったのも覚えている。
その時の、記念日か。
思い出せばついつい笑みもこぼれる。
女子という生き物が記念日というものを作るのが好きだということは
知識として知ってはいたが、ここで実際に遭遇できるとは思わなかった。
「━━━っはははは、じゃあ、本当は必要なかったですかね?」
堪えきれなくなって、観月は吹き出してしまった。
そして、独り言めいたことを口にする。
巴は荷物整理の手を止めて不思議そうに観月を見ている。
「んふっ、いや、やっぱり必要ですね」
「はい?」
何が必要だったり必要じゃなかったりしたのだろうか。
巴にはさっぱり分からず困惑する。
観月は自分のすぐ横にある巴の手を取り、彼女を見つめる。
そして柔らかな声で言葉を紡ぐ。
「キミは…細かいことまで良く覚えてくれているんですね。
とても、嬉しいですよ。でも、去年のことは忘れてください。
ボク自身もカウントしてなかったですものし、
ただのお土産が記念日になってしまうなんてプライドが許しませんから」
「でも!嬉しかったことは本当で━━━」
忘れてくれとの発言に、ムキになって巴は言い返そうとするも
それを鋭い観月の声が遮る。
「ですから━━━ですから、これが必要なんです」
観月の右手に握られていた巴の左手は軽く持ち上げられて
さらに観月の左手が添えられる。
そしてごく自然に彼女の薬指になにかが滑り降りる。
それは巴自身ならば絶対選ばないような、いや選べないような
凝った華奢なデザインの指輪だった。
「初めてのプレゼントの記念日というのならば、これをもって記念日としてください」
突然のことであまりの驚きに巴は声が出ない。
いつ彼はこれを用意したというのだろうか、
トイレにいったり買い物に夢中になっているときに買ったりしたんだろうか。
いずれにしても嬉しいことには変わりないのだが。
「ボクとしては身に覚えのない、いや、ただのお土産が
キミの記念日になってしまうなんて不本意で耐えられませんからね。
どうせキミの思い出となるのならばこっちの方がふさわしいでしょう?」
「観月さん…」
「これからボクが何度もキミに贈るであろう、
キミが一生その指に嵌め続けるだろうものの最初の一つを贈られた記念日の方が」
一旦言葉を切り巴の、その彼からの贈り物が嵌った指に優しく口づける。
そしてまた再び巴への言葉を続ける。
「最終的に“ここ”に嵌るのはダイヤですから━━━覚悟してくださいね」
END
聖ルドルフ学院中等部は9月末からの修学旅行を終えて
帰国した3年生を再び迎え、
また、もうすぐ訪れる創立記念日の休みを控えて
生徒達はにぎやかに少し浮き足だって過ごしていた。
今年転入してきた赤月巴もその例外ではなく、
どことなしにうきうきと日々を過ごしていた。
もっとも部活、スクール共にテニスの精進は厳しくも楽しいものだったし、
テニス部員達やクラスメイト達ともすでにうち解けている。
同じクラスで寮生の早川は面倒くさそうにしながらも
結局は率先して巴に世話を焼いてくれる。
なによりも大好きな彼氏━━━観月はじめがいる。
中等部と高等部ではいつも一緒という訳にはいかないが、
性格のマメな彼のことだから時間を見つけては逢い、
メールを送りあう日々だった。
そんな日々の中に過ごす巴に沈んだ時の方が少ないのだったが。
*記念日
「おい、赤月」
移動教室の途中、早川楓と3年の教室前を通ると後ろから声をかけられた。
聞き慣れたその声に振り向くと、そこに立っていたのは不二裕太だった。
「あれれ?不二先輩じゃないですか、どうしたんですか?」
「校内で私たちに声をかけるなんて珍しいですね」
早川の言葉通り、滅多にないことだったので二人ともビックリしている。
裕太も照れくさそうに、頭を掻きつつ二人に紙袋を差し出した。
「これ」
小さめの紙袋。
二人にはなにかを貰う理由など思い当たらなかったので小首をかしげてしまう。
「なんですか?これは」
「…土産だよ、修学旅行の」
そういえば裕太は先日まで修学旅行でヨーロッパへ行っていた。
二人はその事に思い当たり、すかさず礼を述べる。
「あっ、ありがとうございます!」
裕太には姉がいるせいか、案外そういう面では気の利いたことをする。
きっと今回も不二由美子の行き届いた教育がなせるワザだろう。
もっとも女子ウケするお土産が選べるかどうかは別の問題であるが。
「開けて良いですか?」
一応気を使って訊ねる早川を尻目に、巴は既にべりべりと開けていた。
出てきたのは木靴がモチーフらしいペンダント。
「わあ、可愛い!」
「あっ…私と巴、色違いなんですね」
巴が黄色で早川が赤。
裕太がいうにはあえて意識したことではないそうだが、
今年はオランダを中心に回ったのでこういう土産になったとか。
裕太から詳しく土産話でも…と思ったところで予鈴が聞こえた。
「ほら、話ならまたしてやるから早く行けよ」
---
机の上に裕太の土産をおき、眺めながら巴は授業を受ける。
本来見つかれば没収になりかねないが
つまらない授業に目の保養は必要だと自分は納得している。
そういえば去年は観月さんにデンマークのお土産を貰ったっけ。
まだ二人が付き合い出す前。
まだ二人が敵同士の学校で腹のさぐり合いで時間を費やしている時。
でも、お土産は本当に嬉しかったので未だに机の上に飾っている。
何となく照れくさいので観月には秘密にしているが、
きっとそれを観月が知ってしまったら彼もまた照れてしまうだろう。
まだ二人が付き合い出す前、まだお互いがお互いのためを考えていないとき。
でも、その時にはもう好きだった。
そういえば、あのときいつかデンマークに連れて行ってくれるっていってたっけ。
今考えてみるとアレってまさしく新婚旅行の話題だよねえ。
中学生の自分からすればまだまだ先の遠い未来のことのように感じる。
実際はあと2年ほどすれば観月共々結婚できる年齢の達するのだが
それでもやはり遠い未来だ。
来年のことすら分からないと言うのに2年後まで想像することなど出来ない。
1年前にはまさか観月と付き合うことになろうとは巴自身思っていなかった。
自分の中では「好き」と「付き合う」とがイコールで結ぶことが出来るほど
恋愛方面に於いて成熟していなかったこともあるのだが。
人生何が起こるか分からない。
そういえば、好きな人にものを貰うって初めての経験だったなあ。
それに気づくと無性に嬉しさがこみ上げてきた。
そういう経験の相手が観月でよかったとも思った。
例えお土産でも、自分のことを考えて買ってきてくれたものだ。
胸が熱くなってくる。
---
聖ルドルフ学院の創立記念日は、それを祝うかのように快晴だった。
創立記念日で学校は休みで、その日ばかりは部活もスクールもお休みだ。
寮にいる面々も部活から解放されて朝から居ないものが多かった。
巴も同じく朝から寮を出て、待ち合わせの場所へと急ぐ。
高等部も中等部と同じく学校は休校で、すなわち観月も休みだった。
休日同志の彼氏彼女、当然逢わない訳がない。
「すみませんっ!おまたせしました」
待ち合わせ時間にはまだ早かったが、当然のように観月は待っていた。
付き合う前は必ず早いということはなかったはずだが
いつしか「彼女を一人で待たせるなんてとんでもない」と彼は思うようになっていた
。周囲からお母さんみたいと言われてしまうほどに心配性な彼は
巴が一人で待つことで引き起こされるトラブルについて幾つもシミュレートしていた。
「いいえ、まだ時間よりは早いですからね、問題ないですよ」
観月の姿を認めたとたん顔を真っ赤にして駆け寄ってくる巴の姿に
満足を覚えながらにこやかに答える観月。
自分に向かって駆け寄ってくる事一つすら愛おしく思える。
そんなことからも周囲から密かに「巴馬鹿」と呼ばれていることは知っているが
それは否定しないし、否定したくない。
正面切って言われれば笑顔で「僻みですか?」と答えよう。
自分の彼女を可愛いと思わない方が人間的にどうかしているのだ。
まったく、出会って1年以上、付き合ってから半年以上も立つというのに
まだ彼女を見るとドキドキして居るんですから、
ボクもおかしなものですよね…それも悪くありませんが。
高鳴る鼓動の心地よさに思わず目を細めつつ巴の隣に並び、歩き始める。
今日は久し振りの完全オフ。
門限という時間制限はあるものの、その制限はスクール帰りや
下校途中に待ち合わせて…などという普段よりは大分長い。
普段は目的地に真っ直ぐ直行するところであるが、
珍しくそのあたりをぶらぶら歩こうと言うことになっていた。
以前は無駄に時間を費やすことやアテの無い行動が嫌いであった観月だが、
巴と居るときに限ってはそんな時間も悪くないと思うようになっていた。
とにかく、彼女の隣にいることに既に意味があるのだ。
---
そうして二人でぶらぶらとウィンドウショッピングなど楽しみつつ
とりとめのない話などをしつつ午前中を楽しく過ごした。
健康的な巴がお腹が空いたと告げたので、
目についたレストラン数件の中から適当に選んで入ることにした。
観月は普段どんなときもリサーチする派なので
適当な飲食店に入るということも少ない。
なので、「巴くん、どこに入りましょうか?」と訊かれたとき、
少なからず巴は驚いたのだが、
それは自分がもたらした変化のだということに気付き、少し嬉しくなる。
気づくと、どんどんお互いのことを思い合う場面が増えていっている。
服を選ぶときも「自分がどう見えるか」でなく「相手が気に入ってくれるか」
話すときも「自分のこと」ではなく「相手のこと」
食べるものにしても「自分の好きなもの」ではなく「相手の好きなもの」を。
決して自分の考えを殺すのではない。
ただ、まず先に考えてしまうだけだ。
気づくと観月がどう考えるか、何を選ぶかを自然と分かるようになっている。
きっとそのことは観月も同じだろう。
いまも自分の入りたい店ではなく、巴に選択を委ねている。
そして相手をもっと理解して、そしてもっともっと好きになっていく。
これ以上好きになってしまったらどうすれば良いんだろう。
ただでさえ、頭の中は観月さんで一杯なのになあ。
この先の自分が怖くなって巴はこっそりため息を漏らす。
そんな巴の選んだレストランは、店頭のメニューにいろんな紅茶の名前が並ぶお店で
結局、観月を喜ばせる店だ。
「いい品揃えですね」と好奇心に顔を輝かせる観月に心をときめかす。
「━━━何にもチェックせず入ったお店でしたけど、良いですね」
ランチコースの最後の紅茶とデザートが出てきたところで嬉しそうに観月は言う。
コースの紅茶なのにちゃんとしたリーフの紅茶で満足そうだ。
「そうですね!今度また来ましょうね、観月さん」
デザートのケーキを一生懸命頬張りながら巴は答える。
観月が紅茶に満足なら、巴はデザートに満足していた。
デザートが運ばれてくると嬉しそうに目を輝かせた巴に
観月は自分のガトーショコラを半分、巴のティラミスの皿に取り分けた。
巴の目はさらに幸せの色に輝いた。
いいのかと観月に訊ねたところ、
「そんなキミの表情の方がボクにとってはデザートですから」
と、恥ずかしげも無く言われてしまった。
「あ、そうそう!」
一瞬つまってしまった雰囲気を打開しようと巴は口を開いた。
「私、観月さんに渡したいものがあって持ってきていたんですよ」
「渡したいもの?……なんでしょうか?」
観月にはなんの心あたりもなく、首をかしげる。
そんな彼に小さな袋を手渡す。
「これ…たいしたものじゃないんですけど、プレゼントなんです」
「プレゼントですか、今キミになにか貰う理由はないのですが?」
誕生日でもクリスマスでも巴が旅行に行っていたということもない。
別になにか特別なことがなけれな贈り物をしてはいけないという法はないが、
やはり疑問は残るところである。
もっとも、巴の考えなど正確につかめたことはほとんど無いのだが。
観月は巴に許可を求めて開封する。
中から出てきたのはシルバーチェーンの携帯ストラップ。
ムダのないシンプルなデザインだ。
「見ての通りですよ。ストラップです。━━━実は私とお揃いです」
そう言って、自らの携帯を取りだしてみせる。
確かにそこには彼の手にあるものと同じものが付けられていた。
「と、言うことはお揃いのものを付けるためにボクにくれたんですか?」
ペアのものが欲しいのなら二人で一緒に選んで買っても良かったのに、
実はそう思う心も観月には少しあった。
きっと、二人で選ぶ時間も楽しいものに違いなかったから。
しかしストラップは実に自分好みで、
これを選んでいるときの巴を思うとたまらない。
きっと自分のことが頭を占めているのだと思うと思わず抱きしめてしまいたくなる。
もっとも、このレストラン店内ではそんなこと出来るはずもないのだが。
「本当は今日じゃないけど去年初めてプレゼントを貰った記念日ですから!」
突拍子もないことを急に巴は口走る。
「初めて…プレゼントを…?ボクが?」
観月は不覚にも全く覚えがなかった。
こんな中途半端な時期、まだ付き合ってもいない女性にプレゼントなど贈るだろうか。
まさか、自分が?
そんな思考が脳内を駆けめぐる。
確かにもう去年の今頃の時点では彼女が気になっていた。
自覚はある。
だからといって、いやだからこそ覚えのないプレゼントなどしないはずだ。
巴はそうやって頭を悩ましている観月を、ほほえましく眺めている。
うすうす気づいていたが、彼にとって土産など何のカウントにも入らないだろう。
きっとちゃんとした人への贈り物ともなると、気合いを入れるタイプだから。
ゆえに彼が覚えていなくても気にならない。
むしろ、今、この動揺が出まくりの状態が嬉しい。
他人にこんな表情を見せる人ではないと言うこともあるし、
悩むと言うことはこの人が自分に対して誠実だと言うことだからだ。
こういうときの観月さんって可愛いよねえ。
本人にはとても聞かせられないことを巴は思う。
「じゃあ、答えはあとでお話ししますから、とりあえずお店出ちゃいましょう?」
かなり考え込んでいるらしい様子の観月に声をかける。
このままでは日が暮れるまで悩んでしまいそうだ。
---
また再び町中をうろつく。
相変わらずファッションビルを冷やかしたり、
街角でアイスクリームを食べたりしながら天気の良い昼下がりを過ごす。
先ほどの巴の発言を観月はまだ気にはしていたが
巴があとで話すといった手前、みずからその話題に触れるのは控えた。
細かいことにねちねち拘るのはみっともなく美しくないからだ。
巴も観月の真意には気づいていたが
焦らしてみるのも面白いと言わんばかりになにも話さなかった。
普段、賢く冷静な観月にジリジリさせられている方なのでお返しだ。
「あーっ!今日は楽しかったですねえ!」
「そうですね、普段こんなにのんびり買い物なんて出来ませんからね」
陽も傾きかけ、すっかり歩き疲れてしまった二人は
公園のベンチに座り休憩をとる。
無目的な買い物に出ることすら久しぶりだった巴は
ここぞと言わんばかりに色々買い物をしてしまったため
ごそごそと観月の右隣で荷物整理をはじめた。
「ところで、巴くん」
「はい?」
観月の言葉を聞きながらも荷物整理に熱中し返事も熱がこもらない。
「ボクは先ほどの件、考えたんですけどね」
「あっ、まだ考えてましたか」
悩んでるものに対して、やや無神経とも受け取れる返事をする巴に、
観月は多少の忍耐を試される。
無神経な彼女に対して心の広い彼氏を演じる、という忍耐を。
もっとも巴の前でこれまで心の狭い彼氏など演じたこともないのだが。
「さっきの答えですけどね、観月さんずっと気になってました?」
「そりゃあ、そうでしょう。“プレゼント”なんてしましたっけ?
━━━もし、それが本当なのだとしたら忘れてしまっていて申し訳ないですが」
巴の発言に耐えながらも、そこのところは本当にすまなく思っていたので
その心情は素直に声へと滲み出る。
巴もそれを聞いてちょっと意地悪してしまったことを反省する。
「こっちこそ、意味深なことを言ってごめんなさい。
デンマークのお土産のことなんです。プレゼントとは言えないですよね。
あのとき、本当に嬉しかったものですから━━━つい」
「そうでしたか…!」
観月はしばし絶句する。
不覚にも巴があれをプレゼントにカウントしているとは思わなかった。
去年の10月上旬、たしかに物をあげた。それは覚えている。
彼女が嬉しそうな表情だったのも覚えている。
その時にたしか、今考えると相当赤面ものだが
勢いに乗ってついついプロポーズめいた発言をしてしまったのも覚えている。
その時の、記念日か。
思い出せばついつい笑みもこぼれる。
女子という生き物が記念日というものを作るのが好きだということは
知識として知ってはいたが、ここで実際に遭遇できるとは思わなかった。
「━━━っはははは、じゃあ、本当は必要なかったですかね?」
堪えきれなくなって、観月は吹き出してしまった。
そして、独り言めいたことを口にする。
巴は荷物整理の手を止めて不思議そうに観月を見ている。
「んふっ、いや、やっぱり必要ですね」
「はい?」
何が必要だったり必要じゃなかったりしたのだろうか。
巴にはさっぱり分からず困惑する。
観月は自分のすぐ横にある巴の手を取り、彼女を見つめる。
そして柔らかな声で言葉を紡ぐ。
「キミは…細かいことまで良く覚えてくれているんですね。
とても、嬉しいですよ。でも、去年のことは忘れてください。
ボク自身もカウントしてなかったですものし、
ただのお土産が記念日になってしまうなんてプライドが許しませんから」
「でも!嬉しかったことは本当で━━━」
忘れてくれとの発言に、ムキになって巴は言い返そうとするも
それを鋭い観月の声が遮る。
「ですから━━━ですから、これが必要なんです」
観月の右手に握られていた巴の左手は軽く持ち上げられて
さらに観月の左手が添えられる。
そしてごく自然に彼女の薬指になにかが滑り降りる。
それは巴自身ならば絶対選ばないような、いや選べないような
凝った華奢なデザインの指輪だった。
「初めてのプレゼントの記念日というのならば、これをもって記念日としてください」
突然のことであまりの驚きに巴は声が出ない。
いつ彼はこれを用意したというのだろうか、
トイレにいったり買い物に夢中になっているときに買ったりしたんだろうか。
いずれにしても嬉しいことには変わりないのだが。
「ボクとしては身に覚えのない、いや、ただのお土産が
キミの記念日になってしまうなんて不本意で耐えられませんからね。
どうせキミの思い出となるのならばこっちの方がふさわしいでしょう?」
「観月さん…」
「これからボクが何度もキミに贈るであろう、
キミが一生その指に嵌め続けるだろうものの最初の一つを贈られた記念日の方が」
一旦言葉を切り巴の、その彼からの贈り物が嵌った指に優しく口づける。
そしてまた再び巴への言葉を続ける。
「最終的に“ここ”に嵌るのはダイヤですから━━━覚悟してくださいね」
END
━━━カランカランと祝福のベルが周囲に鳴り響く。
「うん、俺ってラッキー!」
「千石さん、すごいです!」
目の前にころがっているパチンコ玉みたいな銀の玉をみて
巴と千石は手を取り合ってはしゃぐ。
「2等当せんおめでとうございます!
賞品は青春台スポーツ店より“スポーツグッズ”をペアで差し上げます」
抽選所のおじさんは声高らかに私たちにそう告げた。
*祝当選
「“スポーツグッズ”だって!まさに私たちにピッタリですよね!
さすがラッキー千石って呼ばれるだけのコトはありますよねえ」
興奮と称讃の色を隠さず、巴は千石にそう言った。
千石はまんざらではなさそうにそれを聞きながら、賞品の袋を受け取っている。
久しぶりにお互いの時間が合い、街へと二人は買い物にやってきた。
まずは腹ごしらえから…と、入ったファミレスで抽選券をもらい、
とりあえずせっかくなので1回ひいてみようと抽選所へとやってきた二人だった。
たった1回きり。
それでいて2等。
いつもティッシュか飴玉しかもらった事のない巴にとっては
まさに奇跡のような出来事を千石は起こしてみせた。
「で、賞品の中身ってなんですかね?」
近くの小さなベンチに二人腰掛け、賞品の袋を眺めた。
待ち切れないといった表情の巴を、
むしろ賞品の袋よりも真剣に眺める千石は
そういう顔の時ってめちゃくちゃかわいいよなぁ、などと考えながら、
「じゃあキミがあけてしまってよ」
と巴に頼んだ。
ばりばりばりばりと豪快な音を立てながら袋はあっけなく破られ、
そのなかから出てきたのは有名スポーツブランドのトレーニングウェアと
リストバンドだった。
「うわあ!物凄く高そうなウェアが出てきましたよ!千石さん!!!」
巴の声が弾む。
部活に生きる二人にとって、ウェアは実用的な品だ。
中学生の小遣いでは手を出すのも大変なそのウェアは
1等の高級レストランお食事券よりもはるかに上等で
むしろ彼らにとってはこちらが1等だろう。
「わお♪すごいね。
しかもキミとペアだなんてラッキー!」
千石も弾む声で答える。
最初から「ペア」だと言われていたものの
直接目で見ると、実感が湧いてくる。
若い層向けのラインで販売されているそのウェアは
当然彼ら向けの作りで、明るくさわやかな色味だった。
このウェアを着て二人でトレーニングなんか出来たら最高だよね!
巴は心が弾む。
何故か河川敷などをランニングする自分たちを想像して
ちょっと顔がにやけている。
家も離れているし、高校生の彼と中学生の自分では
逢う時間どころか連絡でさえなかなか取れない。
そんな状態なので実際問題二人でトレーニングなどというのは
絵に描いた餅状態であるが、
そんなことははなっから無視だ。
オトメの、特に巴の妄想力はたくましい。
うきうきにやにやと様々な妄想を楽しみ百面相をする巴を
幸せそうに眺めながら千石はぽつりとつぶやく。
「でもね、もっといい“当たり”を引いたんだけどね、俺は」
それはキミ。
キミと出会えたこと。
沢山のライバルを押しのけてキミをこの手で掴んだこと。
なんて、ラッキーなんだろうね。
もちろんキミはものじゃないから、そりゃもうカワイイ女の子だから
“当たり”なんて適切じゃないかもだけど。
俺の気分としては、
お年玉年賀葉書より、
宝くじの一等前後賞よりも、
何よりも価値のある、欲しいものだったから。
キミはこの発言の意味合いを理解できてないみたいできょとんとしてるけど
いつかその“当たり”の意味を。
そしていつか全身で俺のラッキー具合を実感させてあげるよ。
で、気づいてよ。
俺を選んだ自分のその“ラッキー”さも、ね。
そんなことを考え、また巴とシンクロして千石も顔がにやついてきた。
端から見ればまさか片方は妄想力を爆発させて、
もう片方は自分の幸運さに顔をほころばせているとは誰も思わないだろう。
ただ商店街の抽選に当たって喜んでいる幸運なカップルとしか。
END
「うん、俺ってラッキー!」
「千石さん、すごいです!」
目の前にころがっているパチンコ玉みたいな銀の玉をみて
巴と千石は手を取り合ってはしゃぐ。
「2等当せんおめでとうございます!
賞品は青春台スポーツ店より“スポーツグッズ”をペアで差し上げます」
抽選所のおじさんは声高らかに私たちにそう告げた。
*祝当選
「“スポーツグッズ”だって!まさに私たちにピッタリですよね!
さすがラッキー千石って呼ばれるだけのコトはありますよねえ」
興奮と称讃の色を隠さず、巴は千石にそう言った。
千石はまんざらではなさそうにそれを聞きながら、賞品の袋を受け取っている。
久しぶりにお互いの時間が合い、街へと二人は買い物にやってきた。
まずは腹ごしらえから…と、入ったファミレスで抽選券をもらい、
とりあえずせっかくなので1回ひいてみようと抽選所へとやってきた二人だった。
たった1回きり。
それでいて2等。
いつもティッシュか飴玉しかもらった事のない巴にとっては
まさに奇跡のような出来事を千石は起こしてみせた。
「で、賞品の中身ってなんですかね?」
近くの小さなベンチに二人腰掛け、賞品の袋を眺めた。
待ち切れないといった表情の巴を、
むしろ賞品の袋よりも真剣に眺める千石は
そういう顔の時ってめちゃくちゃかわいいよなぁ、などと考えながら、
「じゃあキミがあけてしまってよ」
と巴に頼んだ。
ばりばりばりばりと豪快な音を立てながら袋はあっけなく破られ、
そのなかから出てきたのは有名スポーツブランドのトレーニングウェアと
リストバンドだった。
「うわあ!物凄く高そうなウェアが出てきましたよ!千石さん!!!」
巴の声が弾む。
部活に生きる二人にとって、ウェアは実用的な品だ。
中学生の小遣いでは手を出すのも大変なそのウェアは
1等の高級レストランお食事券よりもはるかに上等で
むしろ彼らにとってはこちらが1等だろう。
「わお♪すごいね。
しかもキミとペアだなんてラッキー!」
千石も弾む声で答える。
最初から「ペア」だと言われていたものの
直接目で見ると、実感が湧いてくる。
若い層向けのラインで販売されているそのウェアは
当然彼ら向けの作りで、明るくさわやかな色味だった。
このウェアを着て二人でトレーニングなんか出来たら最高だよね!
巴は心が弾む。
何故か河川敷などをランニングする自分たちを想像して
ちょっと顔がにやけている。
家も離れているし、高校生の彼と中学生の自分では
逢う時間どころか連絡でさえなかなか取れない。
そんな状態なので実際問題二人でトレーニングなどというのは
絵に描いた餅状態であるが、
そんなことははなっから無視だ。
オトメの、特に巴の妄想力はたくましい。
うきうきにやにやと様々な妄想を楽しみ百面相をする巴を
幸せそうに眺めながら千石はぽつりとつぶやく。
「でもね、もっといい“当たり”を引いたんだけどね、俺は」
それはキミ。
キミと出会えたこと。
沢山のライバルを押しのけてキミをこの手で掴んだこと。
なんて、ラッキーなんだろうね。
もちろんキミはものじゃないから、そりゃもうカワイイ女の子だから
“当たり”なんて適切じゃないかもだけど。
俺の気分としては、
お年玉年賀葉書より、
宝くじの一等前後賞よりも、
何よりも価値のある、欲しいものだったから。
キミはこの発言の意味合いを理解できてないみたいできょとんとしてるけど
いつかその“当たり”の意味を。
そしていつか全身で俺のラッキー具合を実感させてあげるよ。
で、気づいてよ。
俺を選んだ自分のその“ラッキー”さも、ね。
そんなことを考え、また巴とシンクロして千石も顔がにやついてきた。
端から見ればまさか片方は妄想力を爆発させて、
もう片方は自分の幸運さに顔をほころばせているとは誰も思わないだろう。
ただ商店街の抽選に当たって喜んでいる幸運なカップルとしか。
END
『ケガ』
これ以上転んだりぶつかったりして怪我をするのは止めてください。
キミの綺麗な身体に傷が付いてしまうのは惜しいですからね。
え?キミの身体が綺麗だから好きなのか…って?
冗談。そんな馬鹿なこと思うはずはないでしょうが。
キミがどんなだってボクはキミのことが………。
………恥ずかしいこと言わせないでください………。
じゃあ、キミはボクが傷だらけだったら嫌だって言うんですか?
お互い様でしょう?
ほら、馬鹿なことを言ってないで
さっさと包帯を巻かせてくださいよ。
キミの足に手を触れるのがどれだけ心臓に悪いと思ってるんですか?
ボクが老人なら心臓発作で死んでしまうでしょうね。
ただでさえ、キミに出会ってから不整脈気味なんですから。
何言ってるんですか。ボクだって男ですよ。
好きな女子の足なんか見て正気で居られると思うんですか。
もう、キミはほんっとに…これ以降怪我禁止です。
ボクに足を触れられたいなら…そうですね。
他の方法を使って━━━な、なに言ってるんですか。
ほら、治療は終わりましたよ!
さっさと立って、練習練習。
この話のつづきは、あとで、二人っきりの時にお願いしますよ。
END
これ以上転んだりぶつかったりして怪我をするのは止めてください。
キミの綺麗な身体に傷が付いてしまうのは惜しいですからね。
え?キミの身体が綺麗だから好きなのか…って?
冗談。そんな馬鹿なこと思うはずはないでしょうが。
キミがどんなだってボクはキミのことが………。
………恥ずかしいこと言わせないでください………。
じゃあ、キミはボクが傷だらけだったら嫌だって言うんですか?
お互い様でしょう?
ほら、馬鹿なことを言ってないで
さっさと包帯を巻かせてくださいよ。
キミの足に手を触れるのがどれだけ心臓に悪いと思ってるんですか?
ボクが老人なら心臓発作で死んでしまうでしょうね。
ただでさえ、キミに出会ってから不整脈気味なんですから。
何言ってるんですか。ボクだって男ですよ。
好きな女子の足なんか見て正気で居られると思うんですか。
もう、キミはほんっとに…これ以降怪我禁止です。
ボクに足を触れられたいなら…そうですね。
他の方法を使って━━━な、なに言ってるんですか。
ほら、治療は終わりましたよ!
さっさと立って、練習練習。
この話のつづきは、あとで、二人っきりの時にお願いしますよ。
END
プロフィール
HN:
ななせなな
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