忍者ブログ
Admin  +   Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

本文なし

拍手


   *DーMODE



約束の時間ちょうどに、その車は音も静かに越前家の前に停車した。
その車を見て、巴は驚いた。
なぜなら、この時間に自分の前に現れる車はリムジンだとばかり思っていたからだ。
もちろん跡部家所有の外国車のリムジンだ。
しかし目の前にあるのはスポーツタイプの国産高級セダンで
色もいつもの黒ではなく普通車ではあまり見ることのない
いぶし銀のような深みのあるシルバーだった。

「跡部さん……なのかな?」

時間はあっていても、いつもとは全く違う車に戸惑いを見せる赤月巴を前に
その謎の車のメタルルーフが静かに格納されていく。
やがて完全に格納され、車内からは見慣れた━━━跡部景吾の姿が。

「よお、赤月」

「やっぱり、跡部さんでしたか!」

よかったというような表情でほっと胸を撫で下ろす巴。
もっとも、リムジンほどではないけれども見るからに高そうな車なので
乗る人間は跡部だろうということは見当ついたのだが。

「いつもと違う車に乗ってるんで、誰かと思っちゃいましたよ~」

そういいながら、運転手が開けてくれたドアから車内に乗り込む。
隣には跡部がくつろいで座っていた。
リムジンより当然狭い車内は、二人の距離をいつもより近づけていた。
まだ、二人が会ってから数分と経っていないというのに
早くも鼓動が高鳴っていく。

「よし、車を出せ」

その運転手への一声で車は爽快に走り出す。
10月の最初の日曜日、二人はドライブへ行こうという話になった。
話になったといってもほとんど跡部の一方的な話ではあったのだが
跡部の誘いに当然巴に異存があるはずもなく、すんなりと話は決まった。
今日は車で高原へドライブの予定だ。
山育ちの巴には「山」は珍しくも何ともないのだが
本日向かうところはそこそこ観光化された高原で
昼食は見晴らしの良いところに立つオーベルジュだという。
実家の山とは違い、普段縁のない世界に足を踏み入れることが出来るとあって
巴は数日前からワクワクしていた。
もちろん、跡部と一緒に行くと言うことはドキドキでもあったのだが。
話が決まってからはドライブに行くということもあり、
皺になりにくい可愛い服を探すのに苦労したり、
オーベルジュで出されるであろう高級ランチコースのために
テーブルマナーのおさらいをしたりと今日まで大忙しだった。

そして、もう一つドキドキワクワクすることに
跡部への誕生日プレゼント選びというものがあった。
折しも、10月4日は跡部の16歳の誕生日だ。
金持ちでセンスの良い跡部へのプレゼントは気を抜けなかった。
まだ普通の中学生である巴が使えるお金には限りがあったし
洗練されたセンスなどというものもなかったので、
プレゼントを用意するまでは、常に一人で大騒ぎしている状態だった。
そのプレゼントは、いま跡部の隣に座る彼女の膝の上に大事に置かれている。
彼女なりに厳選したプレゼントだ。
あとは渡すタイミングだけだ。
有り難いことに、いつものリムジンよりも二人の距離は近い。
タイミングさえ合えば車内でも良い雰囲気で渡すことが出来るはずだ。
いつ渡そう、いつ渡そうと長時間気を揉むよりも
さっさと、早いウチに渡してしまいたいと巴は思っていた。

他愛のない会話を繰り返し、車は山の上へと向かう道を走っていた。
良い車のせいなのか速度はかなり出ているというのに
車は相変わらずスムーズに振動もほとんど無く走っている。

「━━━そういえば、今日はどうしていつもと違う車なんですか?」

朝、迎えに来てくれたときから思っていたことを質問する。
巴は車のことは詳しくないのだが
さすがにいつも乗っているような車とは違うことには気づいていた。

「ああ、今日は流石に山に登るからな、大きな車はムダだ」

「そうなんですか、それでいつもと違う車なんですねー。
で、こういう車が跡部さんの好みなんですか?」

渋い色の銀のコンバーチブル。
リムジン車なら明らかに家所有の趣味でもなんでもない車だと分かるが
こういった車は趣味の人が乗るものだ。
巴が跡部の趣味の車だと思っても仕方がない。

「俺の好みだったらどうなんだ?」

面白そうに跡部は聞き返す。
巴がこの車に対してどう思っているのか興味ある表情だ。

「うーん、何というか、お金持ちの趣味って分からないんですけど、
跡部さんの趣味なら外国のスポーツカーとかクラシックカーとか
乗ってそうなカンジだったんですよねー。
まあ、これは車種とかは全く分からずに言ってますけどね」

その言葉を聞き、跡部ははじめ驚いたように、次にニヤリと表情を変える。

「よく分かってるじゃねーか」

賞賛混じりの声で答える。

「あたりだ。これは車屋が勝手に宣伝だと言って置いていきやがった車だ。
俺の趣味は…厳密には違うがほとんどお前の言った車であってるな」

「置いて…普通勝手に置いていかないと思うんですけど…」

「俺が乗ると宣伝になるんだそうだ」

「そうですか…」

流石お金持ちの世界は違うなあ、としみじみ感じ入る。
そこで、はたと疑問が浮かぶ。

「そういえば跡部さんが、そんな趣味に走った車に乗ってるところを
全くもって見たことがないんですけど」

もし、自分に見せたくないだけだったとしたら傷つくなあと
巴はちょっと苦悩しながら訊いてみる。
車は山道に差し掛かってきた。
観光化され車用に整備された道も傾斜し、カーブが急になってきた。
外の景色はすでに高原のもので、目的地も近いように感じられる。
最初の大きなカーブに差し掛かったところで
二人はそれに気付き、しばし外を眺めていた。
先に我に返った跡部はそれに答える。

「バカか?お前?趣味の車を親の金で買ったって仕方ないだろうが。
どうせ今買ったとしても自分で運転できないしな。
俺は自分の金で自分で運転できるようになってから手に入れる」

プライドを覗かせてそう言いきる。
当然と言えばあまりにも当然だが、意外といえば意外な答えに巴は驚く。
きっぱり言い切った跡部の横顔はりりしく格好いい。
惚れ直しそうだ。
少しうっとりしつつも、あることに気づく。
そして慌てて膝の上の紙袋から小箱を━━━誕生日プレゼントを取り出す。

「そうだ、あの、これ!跡部さんに、誕生日プレゼントです」

何故か意外そうな表情で跡部は差し出されたそれを受け取る。

「ありがとうな、お前のことだから忘れてると思ってたが」

意外な表情の理由は、
巴がよもや今日プレゼントを用意しているとは思わなかったからだった。
そして、「開けてください」とも言われず「開けて良いか」とも訊かず
無言でシンプルなブルーのリボンを解いていく。

「あ、まだ開けていいですよって言って無いじゃないですか!」

「いいじゃねえか、どうせ俺のものになるんだろう?━━━どれどれ」

包みを開くと、そこには羽の形をしたシルバープレートのついた
シンプルなキーホルダーが入っていた。
プレートには跡部のイニシャルが刻まれている。

「━━━へぇ、お前にしてはなかなか良いセンスじゃねえか」

その跡部の一言で、巴は喜色満面の笑顔になった。
そんな笑顔で見られるのは跡部としてもかなり嬉しい。
プレゼントを貰ったことを差し引いても相当嬉しい。
普段はクールな顔が歪んでしまいそうだ。

「いま、跡部さんはいつか自分の車を買うって言ってましたけど、
そのときに、これ、車のキーに付けてくれますか?」

全くそう言う意図無しに買ったものではあったが、
話を聞けば丁度良いプレゼントのようだ。
まだ車を買うまでに何年かはあるけれども、無くさないでいてくれれば
きっと跡部は付けてくれるだろう。そんな確信がある。

「いいぜ…つけてやるよ。このお礼は、そうだな
お前を最初に俺の車に乗せるっていうことでどうだ?」

意外な礼の言葉に巴は飛び上がるような気持ちになった。

「いいんですか!?っていうか、車に乗れるまでそばにいられるってことですか」

言葉を逆手に取れば、そう言うことにもなるだろう。
免許が取れる年齢になるまでにもあと2年はある。
この先、しばらくは一緒にいてくれと言われているようなものだ。

「……そこまでは考えていった訳じゃねえけどな……そう言うことだな」

そういって少し考え込む表情になる跡部に、巴は少し不安を覚えた。
もしかして気軽に言ってしまったものの、嫌だったとか。
そんな悲しい想像をして一人勝手にへこむ。
恋する乙女は情緒不安定だ。

その時、静かに走っていた車が急カーブに差し掛かり、大きく揺れる。

「きゃっ…!」

Gには勝てず、巴は隣の席へと倒れ込む。
即ち、跡部の身体へと。
その巴の身体を庇うように、跡部は彼女を横から抱え込む。
当然自然と身体が密着する形になる。
前の座席からは運転手が謝罪の言葉が聞こえてくるが
巴には遠く聞こえてくる雑音にしか聞こえなかった。
今聞こえているのは跡部の思ったより早く打つ心臓の鼓動だけだ。
まるで自然に跡部が巴の耳元に顔を近づけた。
普段より低く深い声で巴に問いかける。

「じゃあ、俺が免許を取るのは60の時にするから、
お前はその時まで俺のそばで俺の車に乗るのを待ってくれるか?」

「はい?」

「━━━あと44年、俺のそばで━━━」

それってプロポーズっていうんじゃ…。
そんな幸せな表情をして一人勝手に浮かれる。
恋する乙女は情緒不安定だ。



END



ちなみに、結局予定通り18の誕生日に免許を取った跡部に
「70で免許を返却するまで俺の車に乗ってくれるか?」
と言われる巴であった。
PR
プロフィール
HN:
ななせなな
性別:
非公開
忍者カウンター
P R
material by bee  /  web*citron
忍者ブログ [PR]