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   *赤い花3



夢中に海へ突進していた巴は、ふと後ろを振り向く。
そばに来ていると思っていた跡部は━━━いない。
いまだ遠く、砂浜に佇んだきりだ。
これはどうしたことか。誘われたときのテンションとは全く違い沈んだカンジだ。

「うーん…これは…水着のチョイスを間違えたかなあ」

急にプライベートビーチに変更したときの跡部も確かに変だった。
あれは確か水着に着替えたあと。
と、言うことは水着が気に入らなかったとしか考えられない。
少なくとも、巴はそう考えた。
跡部のスケールは巴には計り知れない。
もっとも、跡部もその逆のことを思っていたのだが。

「あーあ、せっかく菜々子さんの素敵な水着を貰ったのになあ」

ちょっと上品で可愛い。
そんな水着を着ることが出来てちょっと誇らしかったのに、
そういえば水着姿の自分を褒めて貰っていない。

「……落ち込むなあ」

「誰が落ち込むって?アーン?」

「ひゃっ!」

気づいたら背後に跡部がきていた。
水際で砂浜なのだから誰かがきたら直ぐさま気づくはずなのに
巴は気づかなかった。それほど自分の考えに没頭していた。

「来てたんですか!跡部さん」

あまりの驚きに心臓がバクバクいっている。
年寄りなら心臓麻痺を起こしてもおかしくないぐらいだ。
いるんならいるって言ってくださいよ!
あまりにも無茶な抗議を言ってみる。
当然跡部はそれをさらりと流してしまったのだが。

「で、誰が落ち込むのか訊いているんだがな、俺は」

跡部は少ししつこく訊いてみる。
もし自分の強引さで彼女のテンションが落ちているとしたら?
それがちょっと心配になったからだ。

「ああ、その事ですか。それは…そのう…」

巴は言い淀んだ。それもその筈で、

「跡部さんが…水着を褒めてくれないので…」

自分でもちょっと馬鹿馬鹿しいことだと思っているからだ。

「あ!ごっごめんなさい!変なこと言って!!
跡部さん好みの水着を着てこなかった私が悪いんですよね…あ…ははは」

あわてて笑って誤魔化そうとする。
しかし眦からは涙が滲み出てきた。
あわててゴシゴシとこすり、何事もなかったかのように振る舞う。

「………」

「あっ、今日の水着、なかなか自信があったんですよ!
ちょっと自意識過剰でしたよねえ…そうですよね…へへへ」

しばらく二人の間には微妙な空気が漂う。
巴は必死に何事もないかのように装う努力をしているし、
跡部はそんな巴を黙って見ていた。
しかし、その空気を破ったのは跡部の方だった。
折れたのは、と表現した方がいいだろうか。
「……………………俺の方だ」

「はい?」

「……自意識過剰なのは、俺様の方だって言ってるんだよ」

「え?」

非常に気まずそうに、言いにくそうに跡部は重く口を開いた。
思いもかけない返答に巴はきょとんとそんな彼をみつめている。

「俺はあの庶民の海水浴場にいる全員が、お前を見ているように思えたんだ」

「えーまさか!」

「だから…だから、俺はお前を引っ張ってここまで来た」

巴はその言葉の意味をよく理解できずに黙って次の言葉を待っている。

「あー、クソッ、俺様にこんなコト言わせてんじゃねえよ。バカが。
俺にとってお前は周囲の視線を釘付けに出来るんじゃねえかと思わせるくらい
その…イイ女に見えたって事だ。その水着もよく似合ってるぜ」

普段、言い慣れないようなことを言っている自覚があるので
跡部は言葉の使いように迷う。
自分らしくありつつも、普段使わない言葉は大変に気を遣う。
けれども、本当に聞いて欲しい相手にそれを惜しんではいけないことは
人の頂点に立ち、人心を掌握すべき人間である彼にはよく分かっていた。

「俺はな、自分が人から見られていることは当然だと受け止めているが
お前が他の人間に見られているのには慣れてねえし、不快に思う」

皮肉気な笑みを浮かべて言葉を続ける。

「どうしても……お前が誰かに盗られやしないかと思っちまうんだよ。
実際見られたって減るもんじゃねえけど、俺的には減ってんだよ。充分な。
つまんねえ独占欲だ……………………どうだ?自意識過剰だろう?」

ハッと自らを嘲笑う跡部に巴は驚いていた。
まさか、他の誰でもなく跡部の口から「自意識過剰」なんて言う言葉が
飛び出してくるとは思わなかった。
ましてや。
私が水着で。
周囲の人に見られて。
それが跡部さんは嫌で。
プライベートビーチで。
それって…それってば、つまり。
嫉妬した。
そういうことではないだろうか。

「まさか」

思わず本音が口を突いてしまった。

「…俺がこんな言葉を冗談で言うと思っているのか?アーン?」

「そ、そういうつもりじゃあ!」

「じゃあ、どういう意味なんだよ」

跡部はもはや自分の本音のほとんどをさらけ出してしまった。
もうなんでも来いといった状況だ。
こうなったら、巴の本音も知りたいと思うのは当然のことではないだろうか。
あざけりの言葉でも、どんな言葉でも。
彼女の心底にある真実。
俺が嫉妬を、独占欲を認めたように。
彼女の真実もこの海の前に、俺の前に晒せばいい。

「どういう意味って……。
跡部さんっていつも格好良くって、
弱いところがあってもそれを克服して、でも表に見せなくて…
私に見せてくれる顔はいつもパーフェクトな顔だと思ってました」

「パーフェクトな顔?」

それは、当然だ。
跡部は自分でも完璧な姿だと思っている。
弱さを克服するのは当然で、努力は惜しまない。
目指すのはパーフェクトな己の姿。
見せている、というよりも当然そう見えてしまうというのが本当のところか。

「はい、完璧な。私はそんな跡部さんを見ていたし、好きでした」

好き、その言葉に反応してしまう自分に跡部は思わず動揺する。
誰彼無く言われ慣れている自分なのに
彼女の一言にはなぜこれほどまでに心を揺さぶられてしまうのだろう。
目の前の彼女は、どちらかというと普通の少女だ。
もちろんテニスの実力など少し飛び抜けたところはあるものの。
平均すればごく普通の、何処にでもいる中学女子だ。
それこそ彼女よりもテニスも容姿も上の人間など大勢いるだろう。
でも、心を動かすのは彼女だけだ。
彼女でしか、ありえない。

「…好きでした?過去形かよ」

「好きでいて、いいんですか?……その…そういう意味で」

巴の口からストレートな言葉が返ってくる。
追って、ちょっと必死な表情で巴が話を続けた。

「まさか…って、私さっき言いましたよね?
まさか、私のことをそんな風に見てくれているとは思わなかったんです。
私も、他の人と同じ跡部さんの信者の一人だと思ってました。
そりゃあ、ちょっとは気に入られているとは思わなくも無かったですけど」

「これはまた、自意識過剰だな」

「…!」
 
巴は自分のことを言われていると思い、しばし衝撃を受ける。
それを見て、跡部はちょっとからかいすぎたかと思い、言い直す。

「バーカ、自意識過剰は俺のことだよ。
俺はこれまでお前が子犬のようについてきやがるから
もうすでに、その気になってたんだよ。
……まさか、お前が俺との関係をそういう風にみていたとはな」

少し態度を改めないといけねえな。
跡部はそう思い直す。

「よし、これからはお前にだけは俺の完璧な姿以外も見せてやる。
まあ、お前に対する気持ち以外は常にほぼパーフェクトだけどな。
まずは、だな……………………」

「え?あっ…んっ」

巴の口が少しひんやりとした柔らかいもので塞がれる。
もっとも塞がれる、というより触れるといった程度ですぐに離れてしまったのだが。
しかし、視点を何処に定めてよいのか迷ってしまうぐらい巴の近くに
まだ跡部の端正な顔があった。
彼の青みがかった目が彼女をとらえている。

「俺がここまで近い姿を見せるのはお前だけだ…他の誰にも許さない。
……………………俺の唇に触れる存在もお前以外の誰でもない。
こういう俺の姿を見るって言うのは、どうだ?」

巴の右手を取り、相変わらず二人の顔の距離は変わらないまま
その甲に唇を寄せ、そしてその中心に赤い花を散らす。
そして手をとったまま跡部は巴から身体を離す。
お互い、離れていく体温を狂おしいほど惜しんだ。
しかしながら巴は、あまりにも性急な出来事に二の句が継げない。
心臓は先ほどよりも心拍数が上がっている気がするし、
その鼓動は全世界に聞こえているのではないかと思うほどだ。
体温は確実に2度は上がったに違いない。
現に自分の肌は日焼けではあり得ない色に染まっている。
自らの内から滲み出る赤。
そんなことをした張本人、跡部は相変わらず完璧に涼しい顔をしている。
でも、そんな姿でも彼にだって余裕がそんなに無いことを
巴はもう知ってしまっている。
独占欲は焦り、余裕の無さの表れでもあるから。
しかし、知っていても巴は全身真っ赤になったまま動けないのは変わらない。
そんな彼女を見て跡部はおもわず吹き出してしまう。
吹き出す姿も相変わらずパーフェクトに決まっている。

「お前の今の身体は、まるでその水着に咲く赤い花と同じ色になってるな。まったく、面白いヤツだよ、お前は」

しばらく飽きないな。
跡部はそう思ったが、巴がこれ以上赤くなっても困るので、
(しかも、理由はその言葉に憤慨して、だ)
とりあえず、言わないことにした。



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