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本文なし
一人の夜って初めてかもしれないと赤月巴は思った。
それが今日この日
━━━大晦日及びお正月だなんてなんて不幸なんだろう。
*年越し
あーあ。
孤独に自分の部屋の小さなテレビで紅白を見ながら
大きくため息をつく。
最初は、こんな筈ではなかった。
聖ルドルフ学院女子寮で
小さなニューイヤーパーティーを開くつもりでいた。
寮生の粗方は実家へと帰宅したが、
実家が遠いもの、
家庭の事情があるものなどはそのまま寮に残っていた。
巴も、帰ろうと思えば岐阜の実家に帰ることも出来たのだが、
何人かの友人が寮に残るといっていたし、
29日まで部活で、
3日からまた部活といった忙しいスケジュールでは
帰宅するのも躊躇われてそのまま残ることにした。
「あー…リョーマくんちにでも行けば良かったかなあ」
ふと越前家を懐かしむ。
先日、菜々子から寮にいるくらいなら
越前家に来ないかと誘われたのだ。
しかしながら、リョーマとはなんとなく顔をあわせづらかったのと
彼氏である観月はじめが良い顔しないだろうと断ってしまったのだ。
それにまさか、
自分がひとりぼっちになってしまうとは思わなかったから。
一番仲良しの早川楓こそ実家に帰ってしまったが、
寮には案外仲の良い子ばかりが残ることになっており、
それなりに巴は楽しみにしていた。
普段は口うるさい寮母も流石に年末年始は里帰りするために不在。
おもいっきり仲良し同士羽目を外すチャンスだと思っていた。
しかし31日になってその友人達も家の事情や、
彼氏や別の友人達と過ごすと言った理由で皆出払ってしまった。
そういうわけで、いま巴は一人寂しく過ごしている。
寮母や寮長から様々な引き継ぎや鍵などを預かっている都合上、
もはや巴だけはどこへも出ることは叶わない。
彼女に出来るのは、
紅白を見てゆく年くる年を見て寝ることだけだった。
………………
…………
聴き慣れない演歌などを聴いていたら
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
巴はいつの間にか床の上に寝転がっていた。
頭と目の前が未だ醒めやらずボンヤリしたままだ。
「……え?」
なんだか人の気配を感じる。
いまの時間帯、寮にいるのは自分だけの筈なのに、何故?
慌てて、飛び起きて首を周囲に巡らすと、
そこにはいるはずのない、観月の姿があった。
「……観月さん……?」
私はまだ眠っているのだろうか?
自分自身が信じられず、巴は自分の頬を自らつねってみた。
イタイ。
どうやら現実らしい。
「んふっ、キミはまだ寝ぼけているんですか?」
ぼんやりしたり、動揺したりと
クルクル表情を変える巴を微笑ましく見つめる観月の表情に
巴は今更ながらドキドキしてしまう。
観月の普段他人には見せることのないとろけるような優しい表情を
自分がさせていると思うととても正気ではいられないし、
信じられない。
この人は一体自分のどこを好きになったのだろう?
いつも心の中で繰り返す疑問。
しかし、とりあえずそれは置いておいて、
「寝ぼけているも何も…
観月さんがここにいることがおかしいんですよ」
ありのまま、思ったことを口にする。
自分一人しかいないとはいえ、女子寮だ。
観月といえども簡単に侵入できるはずもない。
「…ボクを誰だと思ってるんですか?」
笑いを含ませながら、観月はポケットから鍵を一つ取り出した。
「あっ、寮の合鍵…?」
観月の持つ鍵には見慣れたキーホルダー、
寮長がいつも持つ合鍵についているものと同じものだった。
現寮長はテニス部の早川楓。
つまり観月と通じていたとしてもおかしくなかったのだ。
そう考えると、巴が一人で年末を過ごすことなど
簡単に知ることが出来ただろう。
早川の厚意か、観月の脅迫かそのどちらかで今彼はここにいるのだ。多分。
「そうです。これで納得できましたか?
もっともボク自身はもうちょっと早い時間に
キミの元へ行きたかったんですけどね。
ボクも現在は高一…まだまだ寮内では若輩者ですから、
先輩の目を盗むのはなかなか難しいものがありましてね
…すいません」
現在、高等部の寮に住まう観月にも色々あるようで、
いくらあの観月といえども先輩達には気を使うものらしい。
特に異性関係は大変難しいもの━━━例えばからかわれたり、
仲を壊されたりといろいろとあるのだと
以前、観月と同じ寮の柳沢が巴に話していた。
先輩の目を誤魔化しつつ寮を忍び出る観月の姿は想像しがたい。
彼なら先輩の目など気にせずに堂々としていそうなタイプだからだ。
「じゃあ、どうやって誤魔化してここまできたんですか?」
とりあえず、想像できないので訊いてみる。
「柳沢と結託して、先輩達を全員酔い潰してきました。
……ま、明日の昼までは昼までは皆さん起きあがることもままならないでしょうね」
なぜ東京が実家の筈の柳沢が寮に残ったままなのかという謎は
さておいて、
巴は思いも寄らない答えに顔を青ざめさせる。
いかなる手段を用いて酔い潰させたかは追求しないほうが良さそうである。
明らかに、怖い答えが返ってきそうだ。
「…ま、まあ、何はともあれ、
私のところへ来ていただいて嬉しいです。
今年の年越しは寂しいことになるんだろうと思っていましたから」
「いえ…キミに寂しい思いなんてさせませんよ、
ボクが彼氏でいる限りは」
何とも頼もしい答えに、巴の先ほどまで寂しいと思っていた気持ちは
どこかへ飛んでいってしまったようだ。
嬉しくておもわず、観月へと身体を寄せる。
観月もそれを待ち受けていて巴の身体を柔らかく包み込む。
今年一年の終わりを一番好きな人と迎えられるなんて、幸せなことだなと巴は思う。
ちょっとうっとりした所でふとあることに気づく。
「あっ…観月さん?もしかして、観月さんもお酒飲みました?」
彼の身体から少し酒の匂いが漂う。
まだ未成年なのに!と非難がましい声で観月を咎める。
普段から一流のプレイヤーとなるように自制を煩く説いているのは彼なのだから仕方ない。
「……まあ、多少は。男子寮ですからね、
こういうコトは多少ありますよ。
普段は断っていますが…今日は酔い潰すのが目的でしたからね。
大丈夫です、我を失うくらい飲んでいる訳ではありませんですから」
「そうは言われても!未成年はお酒飲んじゃダメなんですよ!
あっ!まさか、
今までの発言も酔った上でのことじゃないですよね?」
本当に酔っている人間は大抵酔っていないと言い張る。
巴の父も越前南次郎もそうだったように。
なので、おそるおそる訊いてみる。
もっとも本当に酔っている相手に訊くのであれば、
まともな答えは期待できないのだが。
「まさか。このボクは山形生まれですよ?
日本酒の1合や2合で酔う訳無いでしょう?」
何となく酔っぱらい理論のような気がする。
普段、完璧なまでに自分をもコントロールする彼のことだ、
本当に目的のためだけに飲んだのだろうが…。
「でも…まあ、そうですね」
観月が呟くように声を出す。
巴が返事をする前に、観月は巴への束縛を強くして唇を寄せる。
「えっ…み観月さん?」
「そうですね、どうせ酔っていると思われているのなら
それでも構わないですね。
このまま酔いに任せてしまうことにしますか
なに、酔っぱらいのしていることです。潔く諦めてください」
そのまま観月の唇は耳元へ首筋へとせわしなく動いていく。
「ちょ、ちょっと…」
突然の行為に巴は慌てふためく。
確かに誰もいない寮に二人きりで…
そう言うことになってもおかしくないかもしれない。
しかし。
「心の準備ってものが……観月さんっ」
「準備なら、今しなさい。ボクはそんなに待てませんよ、
何しろ酔ってますからね」
もしかしたら本当は、本当に酔っていないのかもしれない。
巴はそう思い始める。
なにしろ、これまで付き合ってきた時間のなかで
決定的に足りなかったものは
こういう雰囲気になる場所とチャンスなのだから。
ぐるぐるぐるぐると巴の脳内はフル回転だ。
どうしよう、いいかも、でも、やっぱり、こわい、だけど、すき。
そうこうしている間にも観月の動きは大胆になっていく。
これは、もう覚悟を決めるしかないのかもしれないと、
硬くしていた身を観月に委ねる。
たまには流れに乗ってみることも必要だ。
「巴くん、愛してますよ、大事にしますから」
観月の声に喜びと優しさが滲む。
彼の一言で巴の気負いも緩む。
その一言だけで充分幸せだと思った。
その時、ちょうど除夜の鐘の一撞き目が外に響き渡った。
低く重い荘厳な鐘の音を聴きながら巴は観月に応えようとした。
二人はそのまま床に沈み込む。
「…………………………観月さん?」
やっぱり。
安堵半分、落胆半分といったところだ。
やっぱり酔ってるじゃない。
観月は崩れ落ちるように床に倒れ込み、そのまま眠りについてしまっていた。
時計を見ると丁度0時を指していた。
とんだ年越しになってしまったようだ。
「あけましておめでとうございます、観月さん」
やれやれと思いながら巴は自分の布団を観月に掛けてやる。
しかし少し眉を動かす程度で目を覚まさない。
外では相変わらず除夜の鐘が響いている。
鐘の音には煩悩を祓う力があると言うが、
観月にまで影響してしまったのだろうか。
しかし、実際のところ観月はどこまで正気だったのだろう。
最後まで?それとも最初から正気ではなかった?
もちろん、巴としてみれば前者であって欲しい。
「愛してますよ、大事にしますから」の言葉が
酔いに任せたものと思いたくない。
あくまで本心であって欲しい。
平和そうな顔をして眠る観月を憎たらしく思う。
新年早々、こんなに自分の心を引っかき回していくなんて。
しかし、何はともあれ自分の元に訪ねて来てくれたことで
寂しかった、不幸がっていた気持ちはどこかに行ってしまったことには感謝する。
なにより一人寂しい年越しを回避するどころか、
好きな人との年越しになったのだ。
「目が覚めたら、どうしようかな?ねえ、観月さん?」
朝、目が覚めて自分が夜にしたことを思い出したら、
彼はきっと後悔するだろう。
自分の行為を悔い、必死に謝罪をするのだろう。
特に酒の勢いを借りる行為など彼自身が嫌うことの一つだろうから。
その態度はきっと真摯なものに違いない。
でもくやしいから、しばらくは許してあげないことにしよう。
スポーツドクターの卵として未成年の飲酒の弊害について講義しようか?
だけど全く覚えていなかったら?
巴は少し不安になる。
観月が酔ったところなど初めて見るからどういう風に酔うのか分からないけれど
記憶を失うものもいると言うし、観月もそうだったらどうしようか。
それは、ここまでされて覚悟を決めさせておきながら酷すぎる。
罰ゲームでもさせる?
それよりテニス部メンバーに話してしまおうか。
脳内でいろいろシミュレートしてみる。
世の中には、「好きだからオッケー」では
済まされないことはたくさんある。
「でも、とりあえずは…こんな時間だしね」
もう新しい年になってしまった。
巴は特に深夜番組には興味がなかったし、
夜更かし自体好きではなかったので
そのまま寝てしまうことにした。
もちろん、寮住まいであるがゆえ布団は一組しかない。
ごそごそと観月の隣へ潜り込む。
「おやすみなさい、観月さん」
目が覚めたら観月はこの状況をどう思うのだろうか。
その事を考えると少し朝が楽しみだ。
巴が隣で寄り添っても全く気付きもしない観月に
ひとつおやすみのキスを落とし、
彼の体温にくるまって巴も眠りについた。
新年の朝一番に見る顔が大好きな人の顔だというのは、
なんて素敵なことだろう。
もっともその新年の朝は、いきなり荒れそうな雰囲気なのだけれど。
END
一人の夜って初めてかもしれないと赤月巴は思った。
それが今日この日
━━━大晦日及びお正月だなんてなんて不幸なんだろう。
*年越し
あーあ。
孤独に自分の部屋の小さなテレビで紅白を見ながら
大きくため息をつく。
最初は、こんな筈ではなかった。
聖ルドルフ学院女子寮で
小さなニューイヤーパーティーを開くつもりでいた。
寮生の粗方は実家へと帰宅したが、
実家が遠いもの、
家庭の事情があるものなどはそのまま寮に残っていた。
巴も、帰ろうと思えば岐阜の実家に帰ることも出来たのだが、
何人かの友人が寮に残るといっていたし、
29日まで部活で、
3日からまた部活といった忙しいスケジュールでは
帰宅するのも躊躇われてそのまま残ることにした。
「あー…リョーマくんちにでも行けば良かったかなあ」
ふと越前家を懐かしむ。
先日、菜々子から寮にいるくらいなら
越前家に来ないかと誘われたのだ。
しかしながら、リョーマとはなんとなく顔をあわせづらかったのと
彼氏である観月はじめが良い顔しないだろうと断ってしまったのだ。
それにまさか、
自分がひとりぼっちになってしまうとは思わなかったから。
一番仲良しの早川楓こそ実家に帰ってしまったが、
寮には案外仲の良い子ばかりが残ることになっており、
それなりに巴は楽しみにしていた。
普段は口うるさい寮母も流石に年末年始は里帰りするために不在。
おもいっきり仲良し同士羽目を外すチャンスだと思っていた。
しかし31日になってその友人達も家の事情や、
彼氏や別の友人達と過ごすと言った理由で皆出払ってしまった。
そういうわけで、いま巴は一人寂しく過ごしている。
寮母や寮長から様々な引き継ぎや鍵などを預かっている都合上、
もはや巴だけはどこへも出ることは叶わない。
彼女に出来るのは、
紅白を見てゆく年くる年を見て寝ることだけだった。
………………
…………
聴き慣れない演歌などを聴いていたら
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
巴はいつの間にか床の上に寝転がっていた。
頭と目の前が未だ醒めやらずボンヤリしたままだ。
「……え?」
なんだか人の気配を感じる。
いまの時間帯、寮にいるのは自分だけの筈なのに、何故?
慌てて、飛び起きて首を周囲に巡らすと、
そこにはいるはずのない、観月の姿があった。
「……観月さん……?」
私はまだ眠っているのだろうか?
自分自身が信じられず、巴は自分の頬を自らつねってみた。
イタイ。
どうやら現実らしい。
「んふっ、キミはまだ寝ぼけているんですか?」
ぼんやりしたり、動揺したりと
クルクル表情を変える巴を微笑ましく見つめる観月の表情に
巴は今更ながらドキドキしてしまう。
観月の普段他人には見せることのないとろけるような優しい表情を
自分がさせていると思うととても正気ではいられないし、
信じられない。
この人は一体自分のどこを好きになったのだろう?
いつも心の中で繰り返す疑問。
しかし、とりあえずそれは置いておいて、
「寝ぼけているも何も…
観月さんがここにいることがおかしいんですよ」
ありのまま、思ったことを口にする。
自分一人しかいないとはいえ、女子寮だ。
観月といえども簡単に侵入できるはずもない。
「…ボクを誰だと思ってるんですか?」
笑いを含ませながら、観月はポケットから鍵を一つ取り出した。
「あっ、寮の合鍵…?」
観月の持つ鍵には見慣れたキーホルダー、
寮長がいつも持つ合鍵についているものと同じものだった。
現寮長はテニス部の早川楓。
つまり観月と通じていたとしてもおかしくなかったのだ。
そう考えると、巴が一人で年末を過ごすことなど
簡単に知ることが出来ただろう。
早川の厚意か、観月の脅迫かそのどちらかで今彼はここにいるのだ。多分。
「そうです。これで納得できましたか?
もっともボク自身はもうちょっと早い時間に
キミの元へ行きたかったんですけどね。
ボクも現在は高一…まだまだ寮内では若輩者ですから、
先輩の目を盗むのはなかなか難しいものがありましてね
…すいません」
現在、高等部の寮に住まう観月にも色々あるようで、
いくらあの観月といえども先輩達には気を使うものらしい。
特に異性関係は大変難しいもの━━━例えばからかわれたり、
仲を壊されたりといろいろとあるのだと
以前、観月と同じ寮の柳沢が巴に話していた。
先輩の目を誤魔化しつつ寮を忍び出る観月の姿は想像しがたい。
彼なら先輩の目など気にせずに堂々としていそうなタイプだからだ。
「じゃあ、どうやって誤魔化してここまできたんですか?」
とりあえず、想像できないので訊いてみる。
「柳沢と結託して、先輩達を全員酔い潰してきました。
……ま、明日の昼までは昼までは皆さん起きあがることもままならないでしょうね」
なぜ東京が実家の筈の柳沢が寮に残ったままなのかという謎は
さておいて、
巴は思いも寄らない答えに顔を青ざめさせる。
いかなる手段を用いて酔い潰させたかは追求しないほうが良さそうである。
明らかに、怖い答えが返ってきそうだ。
「…ま、まあ、何はともあれ、
私のところへ来ていただいて嬉しいです。
今年の年越しは寂しいことになるんだろうと思っていましたから」
「いえ…キミに寂しい思いなんてさせませんよ、
ボクが彼氏でいる限りは」
何とも頼もしい答えに、巴の先ほどまで寂しいと思っていた気持ちは
どこかへ飛んでいってしまったようだ。
嬉しくておもわず、観月へと身体を寄せる。
観月もそれを待ち受けていて巴の身体を柔らかく包み込む。
今年一年の終わりを一番好きな人と迎えられるなんて、幸せなことだなと巴は思う。
ちょっとうっとりした所でふとあることに気づく。
「あっ…観月さん?もしかして、観月さんもお酒飲みました?」
彼の身体から少し酒の匂いが漂う。
まだ未成年なのに!と非難がましい声で観月を咎める。
普段から一流のプレイヤーとなるように自制を煩く説いているのは彼なのだから仕方ない。
「……まあ、多少は。男子寮ですからね、
こういうコトは多少ありますよ。
普段は断っていますが…今日は酔い潰すのが目的でしたからね。
大丈夫です、我を失うくらい飲んでいる訳ではありませんですから」
「そうは言われても!未成年はお酒飲んじゃダメなんですよ!
あっ!まさか、
今までの発言も酔った上でのことじゃないですよね?」
本当に酔っている人間は大抵酔っていないと言い張る。
巴の父も越前南次郎もそうだったように。
なので、おそるおそる訊いてみる。
もっとも本当に酔っている相手に訊くのであれば、
まともな答えは期待できないのだが。
「まさか。このボクは山形生まれですよ?
日本酒の1合や2合で酔う訳無いでしょう?」
何となく酔っぱらい理論のような気がする。
普段、完璧なまでに自分をもコントロールする彼のことだ、
本当に目的のためだけに飲んだのだろうが…。
「でも…まあ、そうですね」
観月が呟くように声を出す。
巴が返事をする前に、観月は巴への束縛を強くして唇を寄せる。
「えっ…み観月さん?」
「そうですね、どうせ酔っていると思われているのなら
それでも構わないですね。
このまま酔いに任せてしまうことにしますか
なに、酔っぱらいのしていることです。潔く諦めてください」
そのまま観月の唇は耳元へ首筋へとせわしなく動いていく。
「ちょ、ちょっと…」
突然の行為に巴は慌てふためく。
確かに誰もいない寮に二人きりで…
そう言うことになってもおかしくないかもしれない。
しかし。
「心の準備ってものが……観月さんっ」
「準備なら、今しなさい。ボクはそんなに待てませんよ、
何しろ酔ってますからね」
もしかしたら本当は、本当に酔っていないのかもしれない。
巴はそう思い始める。
なにしろ、これまで付き合ってきた時間のなかで
決定的に足りなかったものは
こういう雰囲気になる場所とチャンスなのだから。
ぐるぐるぐるぐると巴の脳内はフル回転だ。
どうしよう、いいかも、でも、やっぱり、こわい、だけど、すき。
そうこうしている間にも観月の動きは大胆になっていく。
これは、もう覚悟を決めるしかないのかもしれないと、
硬くしていた身を観月に委ねる。
たまには流れに乗ってみることも必要だ。
「巴くん、愛してますよ、大事にしますから」
観月の声に喜びと優しさが滲む。
彼の一言で巴の気負いも緩む。
その一言だけで充分幸せだと思った。
その時、ちょうど除夜の鐘の一撞き目が外に響き渡った。
低く重い荘厳な鐘の音を聴きながら巴は観月に応えようとした。
二人はそのまま床に沈み込む。
「…………………………観月さん?」
やっぱり。
安堵半分、落胆半分といったところだ。
やっぱり酔ってるじゃない。
観月は崩れ落ちるように床に倒れ込み、そのまま眠りについてしまっていた。
時計を見ると丁度0時を指していた。
とんだ年越しになってしまったようだ。
「あけましておめでとうございます、観月さん」
やれやれと思いながら巴は自分の布団を観月に掛けてやる。
しかし少し眉を動かす程度で目を覚まさない。
外では相変わらず除夜の鐘が響いている。
鐘の音には煩悩を祓う力があると言うが、
観月にまで影響してしまったのだろうか。
しかし、実際のところ観月はどこまで正気だったのだろう。
最後まで?それとも最初から正気ではなかった?
もちろん、巴としてみれば前者であって欲しい。
「愛してますよ、大事にしますから」の言葉が
酔いに任せたものと思いたくない。
あくまで本心であって欲しい。
平和そうな顔をして眠る観月を憎たらしく思う。
新年早々、こんなに自分の心を引っかき回していくなんて。
しかし、何はともあれ自分の元に訪ねて来てくれたことで
寂しかった、不幸がっていた気持ちはどこかに行ってしまったことには感謝する。
なにより一人寂しい年越しを回避するどころか、
好きな人との年越しになったのだ。
「目が覚めたら、どうしようかな?ねえ、観月さん?」
朝、目が覚めて自分が夜にしたことを思い出したら、
彼はきっと後悔するだろう。
自分の行為を悔い、必死に謝罪をするのだろう。
特に酒の勢いを借りる行為など彼自身が嫌うことの一つだろうから。
その態度はきっと真摯なものに違いない。
でもくやしいから、しばらくは許してあげないことにしよう。
スポーツドクターの卵として未成年の飲酒の弊害について講義しようか?
だけど全く覚えていなかったら?
巴は少し不安になる。
観月が酔ったところなど初めて見るからどういう風に酔うのか分からないけれど
記憶を失うものもいると言うし、観月もそうだったらどうしようか。
それは、ここまでされて覚悟を決めさせておきながら酷すぎる。
罰ゲームでもさせる?
それよりテニス部メンバーに話してしまおうか。
脳内でいろいろシミュレートしてみる。
世の中には、「好きだからオッケー」では
済まされないことはたくさんある。
「でも、とりあえずは…こんな時間だしね」
もう新しい年になってしまった。
巴は特に深夜番組には興味がなかったし、
夜更かし自体好きではなかったので
そのまま寝てしまうことにした。
もちろん、寮住まいであるがゆえ布団は一組しかない。
ごそごそと観月の隣へ潜り込む。
「おやすみなさい、観月さん」
目が覚めたら観月はこの状況をどう思うのだろうか。
その事を考えると少し朝が楽しみだ。
巴が隣で寄り添っても全く気付きもしない観月に
ひとつおやすみのキスを落とし、
彼の体温にくるまって巴も眠りについた。
新年の朝一番に見る顔が大好きな人の顔だというのは、
なんて素敵なことだろう。
もっともその新年の朝は、いきなり荒れそうな雰囲気なのだけれど。
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